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大阪高等裁判所 昭和63年(く)118号 決定 1988年10月14日

少年 O・A(昭45.1.24生)

主文

原決定を取消す。

本件を奈良家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、附添人○○作成の抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、要するに、本件非行は、被害額僅少の窃盗事件1件であり、右犯行において、少年は共犯者らの間で主導的立場にあつたものではなく、年長者の共犯者に引きづられた犯行であること、また右犯行は計画的なものではなく、被害者は少年に対し寛大な処分を望む旨の嘆願書を提出していること、少年の過去の非行は、事案自体いずれも大それたことをしていた訳ではなく、両親の不仲、離婚という不安定な家庭環境が、少年を非行に走らせた主原因であつたが、現在家庭環境は好転していること、少年は初めて鑑別所収容を経験し、真しな反省・悔悟の情を持つに至つたこと、父の知人が少年の今後の保護・監督を親身になつて行なうことを誓つていることなどの諸事情を総合して考えると、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は著しく不当であり、少年を保護観察に付せられたい、というのである。

よつて検討するのに、原決定は、少年に対し、本件非行は被害自体は特に大きなものではないとしながら、少年の要保護性を重視して、少年を中等少年院に送致するものであるが、少年調査票(意見・中等少年院送致相当)、奈良少年鑑別所長作成の鑑別結果通知書(結論は右に同じ。以下「鑑別結果」という。)等を含む関係記録に基づき考察してみるに、まず、本件非行内容は、少年は、本年(昭和63年)4月末ごろから少年の中学校当時の先輩のアパートを溜り場として、徒遊中の数名の仲間と深夜の雑談、喫煙、シンナー吸引、パチンコ店出入り等を続けていたところ、本件当日、たまたま仲間の1人が鼻紙がないと言つたことをきつかけとして、その場にいた数名と店舗荒らしによる窃盗を共謀し、軽自動車(1台)、バイク(1台)に分乗して、同日午前0時30分ごろ犯行現場に赴き、本件非行に及んだものであるところ、少年は成人1人を含む年上の3名に伍して積極的に行動したもので、所論のように年長者に引きづられたとか計画的なものでないとはいえないが、右犯行自体に則して考えれば少年院送致を当然ならしめるほどの要保護性までは認められないといわなければならない。そこでさらに要保護性の観点から少年の処遇について検討を加えるのに、少年は、中学生のころ、父母の不和及び離婚、実父の少年に対する甘やかし等により基本的生活習慣を身につけず、衝動を抑制する力に欠け、自己顕示性、我がまま、虚栄的態度の強さといつた性格を形成するに至り、中学2、3年ごろから、喫煙、バイクの無免許運転、シンナー遊び等に走つて怠学が目立ち、中学卒業後紡績工、喫茶店店員、土工等を転々としたが長続きせず、家業の後継者も調理師資格をとつた実弟に取つて代わられて、家庭内における少年の存在価値が希薄化したため、外に自己充足の場を求めて、一時は暴力団にも加わつて文身も施し、父親に頼んでここを離脱した後は前示のように不良仲間と無為徒食の生活を送つていることなど、少年の性格上の問題点及び生活のみだれが本件の原因をなしていると認められること、実父には、適切な指導監督の能力の点でやや問題があること、さらには、中学在学中、バイクの無免許運転、喧嘩による暴力行為の非行で各1回、中学卒業後シンナーの窃盗未遂、交際中の女性に対する傷害の非行で各不処分(計不処分歴4回)に、昭和61年には、無免許・酒気帯び運転で交通保護観察(良好解除済み)に処せられた前歴を有し、本件の翌日にはシンナーを吸つて、交際中の女性に対し、輪姦に近い事件を起こしており、特に、原決定も説示するように、前示の傷害の非行に対する審判は、本件の9日前になされたものであることなどの非行歴、処分歴をも総合すると、少年を中等少年院に収容して、厳格な矯正教育により、節度ある生活習慣と規範意識を身につけさせることを相当と認めた原決定の処分も、あながち首肯し得ないではない。

しかしながら、主たる処分歴は交通保護観察に止まつており、これまでの非行内容に徴し、今直ちに矯正施設収容を当然とするほどには非行性が深化しているとは必ずしも認められず、要保護性、特に収容処遇の必要性については慎重な判断が必要であると考えられるところ、本件非行の原因が前示のように少年の性格や生活のみだれにあることは否み得ないとしても、鑑別結果によれば、少年の非行性を除去する方策の一つとして、健全な職業的態度の習得と共に仕事による自己実現の充足の必要性が指摘されており、少年が定職を得ることができれば要保護性について違つた見方も可能であること、実父には、前示のように適切な指導・監督の能力の点でいささか問題があるが、少年の義母とともに頻繁に鑑別所や家庭裁判所に出向いており、親としての少年の更生に対する熱意を十分認めることができ、姉、弟、義母との仲も良く家庭から見放された状態にはないこと、少年は今回初めて少年鑑別所に収容され、それなりに反省、悔悟の状況も認められること、さらに、本人の公務との関係や少年が通勤せねばならないことなどから多少の難が無いわけではないが、極道気質を理解し、非行少年の更生の経験及び熱意を有する土建業を営む市会議員が、実父の依頼で少年を雇用し、厳しく監督する旨申し出ており、その他、実父の知人が奈良少年院に足を運び、少年と面接したうえ、その指導、監督を誓い、これらの人による実父の指導、監督に関するアドバイス等も期待できることが窺われることなどを総合考慮すると、少年の健全育成のためには、少年自身がこれまでの生活態度を清算し、真しな更生意欲を持つことが不可欠であるが、そのためにも、前示社会資源を活用し、今一度、少年に対し社会内での更生の機会を与えることが具体的に妥当な措置であると思料されるのであり、少年に対し直ちに中等少年院送致の保護処分を言い渡した原決定は、その処分が著しく不当であるといわなければならない。論旨は理由がある。

よつて、少年法33条2項、少年審判規則50条により、原決定を取消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 重富純和 裁判官 川上美明 生田暉雄)

〔参考1〕 抗告申立書

抗告申立書

昭和63年(少)第1029号事件

抗告人(少年)O・A

申立の趣旨

昭和63年9月14日奈良家庭裁判所のなした中等少年院送致の決定を取り消して、少年を保護観察に付する旨の決定を求める。

申立の理由

1 抗告人(少年)O・Aは、窃盗事件で逮捕されたあと奈良少年鑑別所に送致され、調査官の調査を受けたのち、昭和63年9月14日 奈良家庭裁判所により、中等少年院送致の決定を受けた。

しかしながら、左記の諸事由から鑑みて、右決定は不当であるので本申立に及んだ次第である。

2 本件窃盗事件は、少年O・A外5名でなされた犯行であるが、O・Aは当時18才でありO・Aより年長のA(20才)、B(19才)、C(19才)らの主導の下で行なわれたものであって、O・Aは決して主謀者でもなければ、当該集団の中心的な存在でもなく、右年長者らに引きづられて犯行をなしたものである。

3 また右犯行は、決して計画的なものに非ず衝動的、偶発的に行なわれたものであり、また幸いにして被害額も僅少であって、当該被害者である○○店のD店長からも、O・Aを宥恕すると共に同人に対して寛大な処分がなされるようにとの嘆願書も出されている。

4 E子の件について、O・Aは犯行を認めるが加き供述をなしているが、O・Aの右供述は、Cの供述調書に沿う形で、これに合わせるようにしてなされたものであり、真実ではないのである。

即ちO・Aは、従前E子と交際を持ち性的関係もあったのであり、今回のE子との件も従前の関係の延長線上のことでしかなく、E子との性的関係は同人との合意に基づくものであって、決して同人を強いて姦淫したというものではない。

現にE子は、当時O・Aに対して盛んに結婚して欲しい旨を口にしており、O・Aを強引に桜井市役所まで連れ出し、婚姻届出をなすよう要求しているのである。

また、自らの愛人に対して、同僚達に姦淫を慫慂するなどあり得ることではない。

尚、Cは、当日O・Aらがアパートを訪れてより30分ほどしてアパートを出てしまっており、E子やO・Aらとの間のことは一切知らないのである。

5 以上のとおり、本件は被害僅少の窃盗事件一件のみであり、しかも当該事件については被害者から嘆願書も提出され、O・A自らも深く反省、悔悟している。

過去のO・Aの行状については、事案自体いずれも大それたことをしていた訳けではなく、両親の不仲、離婚という家庭環境が、傷付きやすい思春期にあったO・Aをして悲観的な状況に追い込んでいたことが主原困であった。

しかし、現在父親も再婚して夫婦円満であり異母弟も出来てこれを可愛がっており、継母もO・Aのことを我が子のように親身になって心配してくれている。

こうした過去の行状こそあったが、少年鑑別所に収容されることも今回が初めてのことであり、当該施設での長期の身柄拘束を経る中で、O・A自身今度ばかりは正真正銘自己の行動に対して改悛している。

6 O・Aの今後については、これを心配し気遺ってくれ、O・Aの更正、改善について協力を惜しまない人達が多数おり、嘆願をも寄せてくれている。

特に、O・Aの身柄引受人を承諾してくれた奈良県磯城郡○○町○○××、衆議院議員F氏などは、奈良少年院に足を運んでくれ、30分にわたってO・Aを説諭すると共に励ましてくれたのである。

そして、O・Aが戻ってくれば、必ず同人を保護、監督し定職につかせて、今後二度と非行に走らないよう、そして悪い仲間達からも本人を遠ざけるようにすると誓ってくれており、O・Aの改善、更正は十二分に可能である。

尚、O・Aは、一時誘われるまま組に関係したこともあるが、今はこれらからも完全に手を切り、身体につけた傷も自由の身になればすぐにでも手術して取り除くと誓約している。

7 以上のとおり、O・Aは心底より前非を悔い二度と再び非行は犯さず、定職につき真面目にやると腹の底から反省していること、またO・Aの身内は勿論のこと、F氏はじめ多くの方々の確かな指導、監督あることを御勘案の上何卒今回に限り、O・Aに対してなされた少年院送致の処分をお取り消し下さいますよう、茲にお願い申し上げる次第であります。

添付書類

1 附添人選任届 1通

2 嘆願書    1通

3 身柄引受書  1通

4 嘆願書    1通

昭和63年9月27日

右少年O・A附添人

弁護士 ○○

大阪高等裁判所御中

〔参考2〕原審(奈良家 昭63(少)1029号 昭63.9.14決定)<省略>

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