大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)374号 判決 1989年4月14日

控訴人

株式会社ヤクエイ

右代表者代表取締役

竹 内 紘 一

右訴訟代理人弁護士

間 瀬 俊 道

荒 木 重 典

被控訴人

財団法人順天厚生事業団

右代表者理事

谷 上 耕 二

右訴訟代理人弁護士

奥 村   孝

中 原 和 之

主文

一  本件控訴中主位的請求に関する部分を棄却する。

二  控訴人の当審請求を棄却する。

三  原判決中控訴人の予備的請求を棄却した部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、金一一〇万一九三二円及びこれに対する昭和六〇年一月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の予備的請求を棄却する

四  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

五  この判決は、第三項の1に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金一九九〇万四六〇四円及びこれに対する昭和六〇年一月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の事実摘示と同じであるから、これをここに引用する。

一  控訴人の主張の変更(不法行為に基づく請求の追加及び損害額の変更)

原判決四枚目二行目から六枚目表九行目までを次のとおり改める。

「7 控訴人が昭和六〇年一月三〇日までの間に被った損害の額は次のとおりである。

(一)  控訴人が現実に支出したことによる損害

(1) 内装工事費 七六万八四〇〇円

(2) 利息 一三七万八九六三円(内訳)

(ア) 第一勧業銀行 四九万三〇〇八円

(イ) 国民金融公庫 八八万五九五五円

(3) 家賃、共益費

三一五万一〇〇〇円

一三万七〇〇〇円×二三月

(4) 薬剤師連合会費 八万七〇〇〇円

三八〇〇円×二三月

(5) 従業員保険金負担金

一二〇万〇八七六円

五万二二一二円×二三月

(6) 給料三人分 七九五万八六五九円(内訳)

(ア) 吉山明美 三二二万円

(一〇万五〇〇〇円×一二月+賞与一〇万五〇〇〇円×四月)÷一二月×二三月

(イ) 高野恵子 六六万円

三万円×二三月

(ウ) 松村淑子 四〇七万八六五九円

(一三万三〇〇〇円×一二月+賞与一三万三〇〇〇円×四月)÷一二月×二三月

(7) 以上合計 一四五七万五二九八円

(二)  得べかりし営業収益の喪失による損害 一八五九万九〇四二円

八〇万八六五四円×二三月

(その内訳明細は、原判決四枚目裏五行目から六枚目表三行目までと同じであるから、ここにこれを引用する。)

8 よって、控訴人は被控訴人に対し、債務不履行もしくは不法行為(民法四四条、当審で追加)による損害賠償請求として、前項(一)、(二)の合計額三三一七万四三四〇円のうち一九九〇万四六〇四円及びこれに対する債務不履行(もしくは不法行為)及び損害発生の後である昭和六〇年一月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

二  控訴人の主張(本件契約の成立について)

次の事実によれば、本件契約が昭和五七年一二月二〇日に成立したことは明らかであり、これと異なる原審の認定は誤りである。

(一)  医薬分業の実施は、被控訴人の経営に多大の利益を与えるものである。

(二)  控訴人代表者竹内は、被控訴人代表者谷上との間で昭和五七年一二月二〇日に薬価差益の六割を支払う旨の合意をした。

(三)  谷上は、右同日竹内に対し、中村秀三郎院長は医薬分業に賛成であると述べていた。

(四)  被控訴人が昭和五七年一二月二八日から翌五八年二月九日までの間に医薬分業に関して理事会を行った事実はない。

(五)  医薬分業の実施は、谷上も供述しているとおり、理事長の裁量事項である。

(六)  控訴人が本件薬局開設に当たり国民金融公庫から五〇〇万円、第一勧業銀行から三五〇万円の借入れをするに際し、同公庫等の担当者は、被控訴人に対し医薬分業の実施を確認したうえで融資を実行した。

(七)  竹内は、昭和五七年一二月二〇日に谷上から「理事会に諮りその承認決議を必要とする」旨の説明を受けたことはない。

第三  証拠関係<省略>

理由

第一主位的請求について

一債務不履行による損害賠償請求について

当裁判所も、控訴人の右請求は失当として棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由説示の該当部分(原判決八枚目表二行目から一五枚目表三行目まで)と同じであるから、これをここに引用する。

1  原判決八枚目表七行目の「尋問の結果」の次に「(原審第一回)」を、七、八行目の「第一回」の前に「原審」を、九枚目表三行目の「原告」の次に「(原審第一回)」を加え、一一行目の「当事者間に争いがない。」を「原審における控訴人及び被控訴人各代表者尋問の結果により認められる。」と、一二行目の「右当事者間に争いのない事実のとおり」を「右のとおり」と各改め、同裏一、二行目の「第一、二回」を「原審第一、二回及び当審」に改め、一〇枚目裏一行目の「一、二」の次に「、当審証人片渕昭三郎の証言」を、六行目の「原告」の前に「前掲」を、末行の「原告」の前に「前掲証人片渕昭三郎の証言、前掲被控訴人及び」を、「代表者」の前に「各」を加え、同行から一一枚目表一行目の「(第一、二回)」を削り、同三行目の「いたこと」の次に「、右の薬価差益の六割の支払を計算に入れると、本件診療所の経営は分業実施によって不利益は受けず、むしろ利益が見込まれたこと」を、「右」の次に「控訴人」を加える。

2  原判決一一枚目裏四行目の「原告」の前に「前掲」を、「結果」の次に「及び甲第一五、第四二号証」を、一二枚目表二行目の「証言」の次に「、前掲証人片渕昭三郎の証言」を加え、同裏一行目の「一二号証」を「一一号証の一」に、八行目の「減少」を「変動」に改め、一四枚目表九行目の「第一」の前に「原審」を、末行の「代表者の供述」の次に「(原審第一回)」を、同裏七行目の「結果」の次に「(原審第一、二回及び当審)」を加える。

二不法行為による損害賠償請求について

控訴人の右請求は、本件契約が成立したことを前提とするものと解されるから、前記のとおり本件契約の成立が認定できない以上、その余の点について判断するまでもなく、同請求は理由がない。

第二予備的請求(契約締結上の過失)について

一前記第一の一(引用にかかる原判決理由説示二、三1、2、3(二))で認定した事実関係によると、(1)被控訴人代表者谷上は、控訴人代表者竹内に対し、かねてより医薬分業の実施の実現に向けて努力することを約していて、控訴人の調剤薬局開設のための店舗の賃借に協力しており、(2)谷上及び竹内両名は、昭和五七年一二月二〇日に本件店舗を検分後、被控訴人理事長室において、同店舗での調剤薬局開設の可能時期、被控訴人の在庫薬品の引取り、薬価差益の分配比率等の問題について話し合ったというのである。そして、<証拠>によれば、(3)竹内は、右の谷上との話合いの直後から、本件店舗で調剤薬局を開設するための準備作業を開始したこと(その内容は請求原因4(一)ないし(六)記載のとおりであるが、(一)の知事に対する許可申請の日は昭和五八年二月一日であり、(二)の融資については、第一勧業銀行からの三五〇万円の融資は同年一月一〇日であるが、国民金融公庫からの五〇〇万円の融資があったのは同年二月二一日であり、(五)の知事からの指定通知の日は二月二五日である。)、(4)ところが、前記第一の一(引用にかかる原判決理由説示三3(五))で認定したように、昭和五八年二月九日の被控訴人理事会で医薬分業は時期尚早であるとの結論が出されたので、谷上は即日その結論を竹内に伝えたこと、(5)竹内は、右の結論に承服できなかったので、同月二三日付けの内容証明郵便で被控訴人に抗議したが、これに対し、被控訴人(谷上)は、同月二五日付けの内容証明郵便で、重ねて本件契約の不成立を主張したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右の事実によれば、昭和五七年一二月二〇日から昭和五八年二月九日までの間の控訴人と被控訴人との関係は、未だ本件契約の成立には至っていなかったとはいうものの、同契約締結に向けてのかなり緊密な準備段階にあったというべきであるから、被控訴人としては、控訴人に対し、控訴人が右の契約が成立するものと信じたことにより不測の損害を被らないように配慮すべき信義則上の注意義務を負い、この義務を怠った場合には、控訴人に対して損害賠償義務を負うものと解するのが相当である。

二そこで、右の注意義務違反の有無について見るに、谷上が竹内に対して昭和五七年一二月二〇日に「医薬分業の実施には被控訴人の理事会の承認決議を必要とする」旨の説明をしたことは前記第一の一(引用にかかる原判決理由説示四)で認定したところであるが、しかし、前掲控訴人代表者尋問の結果(原審第一、二回及び当審)によれば、谷上は、昭和五六年三月ころ以降昭和五八年一月末ころまでの間、医薬分業の実現についての危惧を述べたことはなく、その間前記控訴人の薬局開設の準備行為を援助・奨励しこそすれ制止したことはないことが認められる。前掲甲第一二号証及び被控訴人代表者尋問の結果中には、「谷上は理事会の承認決議を得るまで右の準備行為を待つように忠告した」旨、右認定に反する部分があるが、谷上は一方で竹内に対して「薬局の開設が三月一日よりも早くならないか」と言ったことを自認している(右被控訴人代表者尋問の結果)のであって、右甲第一二号証の記載及び谷上の供述はたやすく信用できない。そして、控訴人代表者竹内は、被控訴人代表者たる谷上の早期の薬局開設を援助・奨励するような挙措、態度に久しく接していたばかりでなく、被控訴人内部に医薬分業に反対する動きのあるような告知を受けたことはなく、薬局開設のためにはかなりの人的・物的設備を要すること当然であるから、右竹内が昭和五八年一月初めより薬局開設の準備に入ったことは無理からぬところであるといわねばならない。

そうすると、谷上としては、理事会における医薬分業問題の議論の推移を同人に伝え、それに応じた適宜の対応策を講ずるよう勧告するなどして、控訴人に無用の準備や出費をさせることのないように措置すべき義務があるのにこれを怠ったもの(そして、谷上の立場に照らすと、右の義務を怠るにつき同人には少なくとも過失があった。)といわざるを得ないのであって、控訴人代表者に対し前記のような理事会権限の説明をしただけでは右の義務を尽したものと認めることはできない。

三そこで、損害について検討する。

1  前記一で説明したように、ここで問題となる損害は、控訴人において本件契約が成立することを信じて支出した費用等のいわゆる信頼利益にかかるものに限られるものというべきである。そして、既に認定したように、被控訴人は控訴人に対して昭和五八年二月二五日ころには本件契約を成立させる意思がないことを確定的に表示しているのであるから、右の信頼利益の範囲は遅くとも同月末日までに発生したものに限定されるものというべく、被控訴人の抗弁は理由がある。

2  このような観点から考えると、次の(一)ないし(四)の合計一一〇万一九三二円が本件の損害と認められる。

(一) 内装工事費

<証拠>によれば、控訴人は昭和五八年一月一五日ころ本件店舗につき内装工事を施し、その費用として同月二四日に七六万八四〇〇円を支払ったことが認められる。

(二) 利息

<証拠>によれば、控訴人は、前記借入金の利息のうち、昭和五八年三月末日までの分として、合計五万二五三二円(第一勧業銀行分四万三五四六円、国民金融公庫分八九八六円)を支払ったことが認められる。

(三) 家賃、共益費

<証拠>によると、控訴人は本件店舗の昭和五八年一、二月分の賃料及び共益費として二七万四〇〇〇円を支払ったことが認められる。

(四) 薬剤師連合会費

<証拠>によれば、控訴人は昭和五七年二月末日までに、右の会費として七〇〇〇円を支払ったことが認められる。

(五) 従業員給料及び保険金負担金について

昭和五八年二月末日までに支払った金額を特定するだけの資料はない。

四したがって、控訴人の予備的請求は、被控訴人に対して右の一一〇万一九三二円及びこれに対する本件訴訟提起後である昭和六〇年一月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当である。

第三結論

以上のとおりであるから、控訴人の本件控訴中原審での主位的請求(債務不履行による損害賠償請求)に関する部分は理由がないからこれを棄却し、控訴人が当審で追加した主位的請求(不法行為による損害賠償請求)も理由がないからこれを棄却し、原判決中控訴人の予備的請求を棄却した部分は一部不当であるから、右の部分を本判決主文第三項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官今中道信 裁判官仲江利政 裁判官鳥越健治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例