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大阪高等裁判所 昭和63年(行ス)9号 決定 1988年9月01日

奈良市西大寺東町二丁目一番六三号

抗告人

辰巳寿一

右訴訟代理人弁護士

佐藤真理

吉田恒俊

相良博美

同市登大路町八一番地

相手方

奈良税務署長

右指定代理人

小見山進

中嶋康雄

藤本幸造

幸田数徳

奈良地方裁判所昭和六一年(モ)第二〇五号文書提出命令申立事件(本案同五七年(行ウ)第四号所得税更正処分取消請求事件)につき、同裁判所が昭和六三年六月二二日にした却下決定に対して、抗告人から即時抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  当裁判所も、抗告人の本件抗告は失当であつて棄却すべきものと判断するが、その理由は、次に付加する外、原決定がその理由において説示するところと同じであるから、これを引用する。

2  抗告人は、秘密の保持を要請されている内容の文書であるにもかかわらず、これを訴訟維持のため、敢えてみずからの主張の根拠にした当事者は、右文書についての秘密保持の利益を放棄したものとみなされるべき旨主張する。

しかしながら、前記引用にかかる理由説示のとおり、税務署長である相手方は、国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条により、納税者の青色申告決算書記載の売上金額、売上原価等について、守秘義務を負つているものであり、かつ、私人の右決算書の内容等は、一般に他人に知られることを望まない個人の秘密に属するものであるから、偶々、税務署長が訴訟当事者として、右納税者の住所氏名を秘匿して右数値を移記した報告書を提出したことにより、各納税者が右秘密保持の利益を放棄したものとも解し得ないことは明らかである。

従つて、相手方は、なお守秘義務を免れないものであつて、当裁判所も、抗告人の引用する裁判例の見解には左袒できない。

2  以上、原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 上田次郎 裁判長 川鍋正隆 裁判長 若林諒)

文書提出命令の申立に関する却下決定に対する抗告状

抗告人(原告) 辰巳寿一

相手方(被告) 奈良税務署長

右当事者間の奈良地方裁判所昭和六一年(モ)第二〇五号文書提出命令申立事件(本案昭和五七年(行ウ)第四号所得税更正処分取消請求事件)について、同裁判所が昭和六三年六月二二日になした却下決定に対し、抗告人(原告)は全部不服であるから抗告致します。

抗告の趣旨

一、原決定を取消す。

二、相手方(被告)は乙第六ないし一〇号証の原本(住所、店名部分の塗りつぶしのないもの)を提出せよ。との裁判を求める。

抗告の理由

一、相手方(被告)の提出の乙第六ないし一〇号証、住所、店名部分が塗りつぶしてあり、A店ないしE店なるものが現に存在している否かについても申立人(原告)側では確認のしようがない。

そもそもこれらの文書は相手方の上級機関の長たる大阪国税長が、相手方と同列の各税務署長宛に出した紹介文書(乙第一ないし五号証)に対する各税務署長からの回答書という体裁をとつており、住所、店名の顕出なしには何ら客観性を有しない。本件訴訟のために相手方を含む税務行政当局内部で作成したもので、要するに被告本人の主張と大差のないものといわざるを得ない。かかる文書なるものを訴訟の「有力」証拠と称して提出することは異常という他ない。

二、原決定は「税務署長である被告は、国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条により納税者の青色申告決算書記載の売上金額、売上原価等について守秘義務を負つているのであるから、民事訴訟法二八一条一号、二七二条の類推適用により、被告は本件文書の提出を拒むことができる」という。しかし、民訴法三一二条一号の「当事者がみずから引用した文書」については、証言拒絶に関する民訴法二七二条、二八一条の規定は類推適用されず、たとえ守秘義務のあるものであつても提出義務は免除されないと解すべきである。けだし、民訴法三一二条一号で当事者がみずから引用した文書について提出義務を認めたのは、もつぱら訴訟において当事者は実質的に平等であらねばならないという基本的要素に基づくものであり、当事者が訴訟においてその所持する文書をみずから引用して自己の主張の根拠としながら、秘密の保持を要請されているからといつてその提出を拒否するのは当該訴訟における相手方、本件について言えば抗告人の防御権を侵害するばかりでなく、訴訟における信義誠実の原則に反し、文書を引用してなした相手方の主張が真実であるとの心証を一方的に形成せしめ適正な裁判を誤らしめる危険さえ包蔵しているので、これを抗告人の批判にさらすことが採証法則上公正であると考えられるからであり、そしてこのような場合秘密の保持を要請されている内容の文書であるにもかかわらずこれを訴訟維持のために敢えてみずからの主張の根拠にした当事者は、該文書についての守秘義務を遵守せず、それによつて得られる秘密保持の利益を放棄したものとみなされるべきだからである。もし右当事者においてあくまで秘密保持の利益を保持しようとするならば、一部を隠蔽しなければならないような文書を書証として提出することはて断念すべきである(名古屋高判昭和五二年二月三日判時八四五号六八頁)。

原判決のいうように、乙第六ないし一〇号証の作成の経緯等について、原告は相手方(被告)申請の上田和幸証人に対する反対尋問を行い、また原告本人尋問などを通じて、仮にA店ないしE店なるものが存在し、それらの所得税(法人税)青色申告書通りに乙第六ないし一〇号証が作成されていたとしても、これらの五件の同業者と原告では、卸売の比率が著しく異なつており、到底業態が類似したものとはいえないことを立証しえたと確信している。

しかし、同業者の売上原価率による推計という手本が本件訴訟における被告側の最も重要な主張であり、原告としては同業者の選定の不合理さを詳細に主張立証するためには、是非とも乙第六ないし一〇号証の原本(住所、業者名を明らかにしたもの)を確認する必要がある。

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