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奈良地方裁判所 平成元年(ワ)130号 判決

原告

成和化学株式会社(X)

右代表者代表取締役

長谷川満夫

右訴訟代理人弁護士

水島昇

川崎伸男

小野裕樹

被告

奈良県(Y)

右代表者知事

柿本善也

右訴訟代理人弁護士

川崎祥記

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  廃棄物処理法、都市計画法違反及び本件不適合処分の違法性について

1  被告は、旧廃棄物処理法一四条(新法一四条、一四条の二)の産業廃棄物処理業の許可につき地元住民の同意を得ることを申請者の能力に関する要件とし、処理施設の所在する周辺おおむね五〇〇メートルの範囲内に住居があるときはその自治会長の同意をもって地元住民の同意としている旨を主張し、証人桝谷克之は、その旨の証言をしている。

しかし、旧廃棄物処理法一四条二項一号は「申請者の能力が厚生省令で定める技術上の基準に適合するものであること」(新法一四条三項は「申請者の能力がその事業を的確に、かつ、継続して行うに足りるものとして厚生省令で定める水準に適合すること」)と規定し、平成四年厚生省令四六号による改正前の同法施行規則一〇条ワは「産業廃棄物の処分を的確に遂行する能力」を右技術上の基準として規定している(右改正後の施行規則一〇条の五第一号ロ(2)は「産業廃棄物の処分を的確に、かつ、継続して行うに足りる経理的基礎を有すること」と規定している)ところ、右各規定によれば、被告の主張する「住民の同意」を申請者の能力に関する要件とすることはできない(昭和五四年一一月二六日還整一二八号、環産四二号厚生省環境衛生局水道環境部環境整備課長、産業廃棄物対策室長連名通知、甲三三の1、2)。

2  原告は、前記当事者間に争いのない事実一のとおり産業廃棄物処理業の許可につき事前協議を終了し、知事から産業廃棄物処理業変更許可書を提出するように通知まで受けているから、申請さえすれば、知事は右変更申請を許可せざるを得ず、原告は、本件建築物を廃溶液再生工場として稼働させることができたと認められる。したがって、この点の被告の―主張、すなわち、原告が右許可の不要な専ら再生利用の目的となる産業廃棄物のみの処分を行う廃溶液の再生工場を建築しようとしているから都市計画法四二条一項、三四条一〇号ロに違反する旨の主張―はその前提を欠き失当である。

3  したがって、本件不適合処分は違法である。

二  行政指導が行われていることを理由とする本件確認処分留保の違法性について

1  このような建築確認の留保は、建築主の任意の協力・服従のもとに行政指導が行われていることに基づく事実上の措置にとどまるものであるから、建築主において自己の申請に対する確認処分を留保されたままでの行政指導には応じられないとの意思を明確にしている場合には、かかる建築主の明示の意思に反してその受忍を強いることは許されない筋合のものであるといわなければならず、建築主が右のような行政指導に不協力・不服従の意思を表明している場合には、当該建築主が受ける不利益と行政指導の目的とする公益上の必要性と比較衡量して、右行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在しない限り、右行政指導が行われているとの理由だけで確認処分を留保することは、違法であると解するのが相当である。したがって、建築主が、建築確認申請に係る建築物の建築計画をめぐって付近住民との紛争につき関係機関から話合いによって解決するようにとの行政指導を受け、これに応じて住民と協議を始めた場合でも、その後、建築主事に対し右申請に対する処分が留保されたままでは行政指導に協力できない旨の意思を真摯かつ明確に表明して当該申請に対し直ちに応答すべきことを求めたときは、前記特段の事情が存在しない限り、それ以後の右申請に対する処分の留保は、国家賠償法一条一項所定の違法な行為となる(最高裁判所第三小法廷昭和六〇年七月一六日判決民集三九巻五号九八九頁)。

2  以上の観点に立って、原告が建築主事の行政指導に対し本件建築確認申請に対する処分が留保されままでは行政指導に協力できない旨の意思を真摯かつ明確に表明したと認められるか否かについて検討する。

前記の当事者間に争いのない事実の四(一)及び(二)のとおり、原告は、本件建築確認申請をした昭和五九年一一月からかなりの年月が経ってはいたものの、地元住民が提訴した本件建築物の建築工事差止の仮処分事件が解決するまで本件建築申請に対する建築確認を留保するとの知事の行政指導(昭和六〇年八月)に従うこととした。ところが、昭和六一年四月二日、右仮処分申請につき却下判決が言い渡され、同月一七日に右判決が確定したが、その後も建築主事は本件確認処分の留保を続けたため、原告は同年七月一八日、当庁に対して本件確認処分留保につき不作為の違法確認の訴えを提起(当庁昭和六一年(行ウ)第六号事件)にしたものである。右の事実からすると、原告の建築主事の行政指導に対する拒否の意思の表明は、社会的にも首肯できるような客観的条件が備わっているものというべきであり、少なくとも、原告は、右訴え提起時に、建築主事に対し、右申請に対する処分が留保されたままでは行政指導に協力できない旨の意思を真摯かつ明確に表明して当該申請に対し直ちに応答すべきことを求めているものと認められる。

3  そこで、建築主事に対する行政指導に対する原告の不協力が社会通念上正義の観念に反するといえるような特段の事情が存在するか否かについて検討する。

被告は、その主張一2(一)ないし(四)で原告の不協力の意思表明が真摯とはいえない旨をるる主張するところ、右は、原告の不協力が社会通念上正義の観念に反する旨の主張を含むものと解される。しかし、前記認定のとおり原告は地元説明会を二度開催し、仮処分申請における和解交渉にも応じており、原告の不協力が社会通念上正義の観念に反するといえるような特段の事情は見当たらない。そもそも、前記一のとおり原告が本件建築物を建築し、廃溶液の再生工場を操業するにつき法による規制に違反する事実は何ら見当たらないから、原告の本件建築物の建築は土地所有者の権利行使として当然保護されるべきものであり、被告としては、正当な権利行使をしている原告に対し行政指導を継続するのではなく、地元住民に対して廃棄物処理法等の各種規定により原告を監督することで水質汚濁等を防止する等の説明を行うこと等により、その紛争の解決をはかるべきであったと考えられる。

三  損害及び因果関係について

以上のとおり、本件確認処分留保及び不適合処分は違法であると認められるから、右各行為から生じた損害について検討する。

1  営業利益(逸失利益)について

原告は、産業廃棄物処理業事前協議書添付の事業計画書(甲三の2)を根拠として年間利益が三八四四万円となるから、昭和六一年一〇月から平成元年四月までの二年六箇月の間に少なくとも金九六一〇万円の営業利益を上げることができたと主張し、証人松村繁之(以下「証人松村」という)は右主張に沿った証言をしている。

しかし、右の積算の根拠となった年間取引量は開発許可における事業計画における数値とも異なっており(〔証拠略〕)、極めて不確実な予測に基づいたものというべきで、右計画書どおりの取引が将来的に確実であったとは認められない。

また、〔証拠略〕によれば「純トルエン」の製品単価(キログラム当たり)はその後著しく低下したことが認められるから、右事業計画書のとおりの利益を上げることができたかは疑問といわざるを得ない。

したがって、原告がどのくらいの営業利益を獲得できたかについては不明というほかなく、原告の営業利益に関する主張は採用できない。

2  財産上の積極的損害について

(一)  本件宅地造成工事費用について

原告は、本件土地造成工事費用として、中尾組に五〇〇万円、壺坂工務店に三〇万円、安田建設株式会社(以下「安田建設」という)に二五〇万円、CQに一五〇〇万円の合計二二八〇万円を支出した旨を主張し、証人長谷川隆志(以下「証人長谷川」という)はそれに沿った供述をしている。

しかし、仮に、原告の主張のとおり本件土地造成工事に右の各金額の支出がされたとしても、土地造成による形状改良による財産的価値の増加分は原告に帰属していると考えられるから、特別の事情がない限り土地造成による損害を原告は被っていないというべきところ、右特別の事情が存在することを認めるべき証拠はない。

したがって、原告の主張は採用できない。

なお、原告は、工場建築のための鉄骨資材として安田建設から八九五万円余の請求を受けていることが認められる(〔証拠略〕)が、右損害が本件宅地造成費用に含まれるとは考えられず、この点に関する原告の主張はないから、これを損害に算入することはできない。

(二)  廃溶液再生処理装置費用(二〇〇〇万円)について

(1) 〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

原告は、昭和五九年一〇月二二日、廃溶剤再生装置一式につき凸版印刷の間で金九一五〇万円の請負契約を締結し、凸版印刷は、同日、三菱レイヨンに金八五三〇万円でこれを下請けさせた(〔証拠略〕)。原告は、同日、凸版印刷に手付金二〇〇〇万円を支払い(〔証拠略〕)、凸版印刷は三菱レイヨンに手付金一九四〇万円を支払った(〔証拠略〕)。原告は、付近住民からの本件建築物建築禁止の仮処分事件が解決すれば、本件建築物の建築等の目途がたつものとして、知事の行政指導に従ったが、昭和六一年四月二日、右仮処分申請につき却下判決が言い渡され、同月一七日、右判決が確定した後も、建築主事は確認処分を留保し、同年七月一八日、当庁に対して不作為の違法確認の訴えを提起しても、確認処分を留保することを止めず、本件土地に工場を建築して操業する目途が全く立たなかった。また、三菱レイヨンは右下請契約に基づき廃溶剤再生装置の一部を制作し倉庫に保管していたが、保管が長期になってきたため、凸版印刷及び原告に引き取るように要請してきた。そこで、原告、凸版印刷及び三菱レイヨンは、協議の上、昭和六一年九月三〇日、右装置を第三者に八三〇万円で売却し、三菱レイヨンは右代金と凸版印刷からの手付金一九四〇万円を取得し、凸版印刷は原告からの手付金二〇〇〇万円を受け取ることで契約を清算するとの合意をした(〔証拠略〕)。なお、被告は、納品書(〔証拠略〕)を根拠に右装置が既に納品されていたと主張しているが、右納品書には「訂正」との印が押されており、右の主張は採用できない。

(2) そして、前記一のとおり原告は適法に本件土地で廃溶液再工場を操業することが可能であったことが認められるから、建築主事が本件建築確認処分を留保したことと原告が止むなく右請負契約の手付金二〇〇〇万円を放棄したことの間には相当因果関係があると認められる。

(3) 被告は、ほとんど新品同然の製品を処分して手付金二〇〇〇万円で清算する旨の合意をしたのは、地元住民の反対運動が長期間継続し、廃溶液の再生工場の建築と操業の見通しが立たず、原告の独自の経営判断に基づいたものであるから、建築主事が処分を留保した行為との相当因果関係はないと主張している。しかし、右相当因果関係があることは、前記認定のとおりであり、原告代表者が損害がこれ以上生じないように手付金二〇〇〇万円を放棄して右請負契約を合意解約したことは企業経営者として当然の判断というべきである。また、右のとおり原告が適法に本件土地で廃溶液再生工場を操業できる以上、地元住民の妨害から原告を保護することは公の秩序の維持を担う被告の責務であるから、地元住民の反対運動があることを理由として右損害に相当因果関係がないとの主張は失当である。

(三)  福井設計に対する設計費用(金三七五万円)について

(1) 平成三年八月支払の一〇〇万円について

原告は、平成三年九月一三日付けで本件建築確認申請に対する適合通知を受けた際、本件建築確認申請後に浄化槽法及び処理対象人員算定基準が改正されて浄化槽について訂正が必要となったこと、鉄鋼JISのSI単位化に伴い読替えが必要となったこと等のため、福井設計に対して書類訂正を依頼し、原告の親会社である成和工業が、同年八月二一日に五〇万円、同月二六日に四〇万円、同月二八日に一〇万円の合計一〇〇万円を立て替えて福井設計に支払ったことが認められる(〔証拠略〕)。右の支出は、建築主事の本件確認処分留保の間に基準が変更されたこと等により申請書類の訂正が必要となり、申請費用の追加を余議なくされたものであるから、本件確認処分留保と相当因果関係のある損害というべきである。そして、右支出は原告が成和工業から求償されるべきものであるから、成和工業が右立替払をした時点で原告の右金額の損害が確定したものというべきである。

(2) 昭和五九年支払の二七五万円について

原告は、本件土地造成及び建築物の設計(その許認可手続を含む)につき、昭和五九年一一月二六日に一二五万円、同年一二月二六日にCQを通じて福井設計に一五〇万円を支払ったと主張している。申告書(〔証拠略〕)、元帳(〔証拠略〕)、振替伝票(〔証拠略〕)によれば、原告の主張に沿う帳簿処理がされており、〔証拠略〕によれば、福井建設は本件土地造成及び本件建築物の設計をし、開発許可及び建築確認につき被告の担当者との折衡を重ねていたことが認められる。したがって、原告の主張するとおり、二七五万円が本件土地造成及び建築の設計等の費用として原告から福井設計に支出されたものと認められる。

ところで、右(二)のとおり設計費用のうち土地造成に関する費用についてはその支出による財産的価値の増加分は原告が土地を保有していることによりその損害を被っていないというべきであるから、右設計費用のうち建物に関する部分はどのくらいかが問題となる。

証人長谷川は、本件建築物の建築費用が一八〇〇万円ほどになること、相場としてはその一割が建築物の設計費用とされていること、右費用のうち一〇〇万円が本件建築物にかかる費用であると証言している(〔証拠略〕)。

福井設計は、本件建築物の詳細な設計図面、構造計算書を作成(〔証拠略〕)し、本件建築物を予定建築物として開発許可申請もしている(〔証拠略〕)ので、開発許可にかかった費用についても本件建築物に関する費用が含まれていると認められるから、本件建築物に関する費用は、右金二七五万円のうち少なくとも金一〇〇万円であるとするのが相当である。

そして、前記当事者間に争いのない事実五のとおり本件建築物確認申請に対して建築主事から適合確認通知が行われた後においても、知事が廃棄物処理法一四条の許可を得なければ、本件建築物の建築工事に着工しないように行政指導をしていること、また、本件建築確認申請をしてから九年以上経過しており、現時点においては経済情勢、製品市況等も変化していることから、原告が本件建築物を建築して廃溶液の再生工場を操業したとしても経済的利益を上げることは困難であると認められる。

したがって、本件建築物の建築のために原告が支出した費用は、建築主事の本件確認処分留保と相当因果関係がある損害というべきである。

3  以上のとおり、原告が本件確認処分留保により被った損害は二二〇〇万円である。

四  消滅時効について

1  国家賠償(不法行為)に基づく損害賠償請求権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えを提起した場合、訴え提起による消滅時効中断の効力はその一部の範囲においてのみ生じ、残部には及ばない。これを本件についてみるに、原告は訴状において昭和六一年一〇月から訴え提起(平成元年四月一二日)までの二年六箇月に被った逸失利益金九六一〇万円の内金六〇〇〇万円を損害として主張しており、本件が一部請求の趣旨であることは明らかであり、右内金六〇〇〇万円を超える部分については消滅時効中断の効力は生じていない。

2  原告は平成五年七月五日付け準備書面で新たに溶液剤再生装置代金、設計費用等の損害として合計四六五五万円を主張しているが、請求の趣旨の拡張はしていない。

3  ところで、原告の右主張が、新たな訴えを予備的ないし択一的に追加したものであるとすれば、本訴の訴え提起時に消滅時効中断の効果は生じていない。しかし、一般に、不法行為(国家賠償)に基づく損害賠償請求訴訟における損害の各項目の区別は当事者にとって総損害額算定の過程における法技術的手段として以外に格別の意味を持たず、一個の侵害行為によって惹起された損害であれば全体を一個の請求(訴訟物)とみるべきである。特に、本件のように財産上の損害につき逸失利益(消極的損害)の立証が困難なため、これに加えて右逸失利益とは別に積極的財産損害(本件では右逸失利益と理論的に両立し得ない損害も存在する)を主張することは単なる攻撃防御方法の追加的主張にとどまるというべきである。本件の場合、原告の求める六〇〇〇万円が一部請求であることは、明らかであるが、訴状に「右操業開始可能な昭和六一年一〇月から現在までの二年六ケ月間に被った損害(逸失利益)」とあることをもって、逸失利益のみに限定して請求する趣旨であるとは解し得ず、右六〇〇〇万円は、全損害を通じて一部請求の上限を画すること以上の意味を持つものではないとみるべきである。したがって、原告の平成五年七月五日付け準備書面による新たな損害項目の主張が新たな訴えの提起とは認められない。

4  また、昭和六一年七月に不作為の違法確認の訴えを提起したときから平成三年九月の適合通知までの本件確認処分留保を一体のものと捕らえれば、消滅時効が完成していないことは明らかである。

第三 結論

以上のとおり、原告の請求は、金二二〇〇万円並びに内金二一〇〇万円についてはこれに対する損害発生の後の日である平成元年四月二八日から、内金五〇万円についてはこれに対する損害発生日である平成三年八月二一日から、内金四〇万円については同様に同月二六日から、内金一〇万円については同様に同月二八日から、それぞれ右支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して(なお、仮執行免脱の宣言は相当でないからこれを付さない)、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前川鉄郎 裁判官 井上哲男 近田正晴)

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