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奈良地方裁判所 平成12年(行ウ)6号 判決 2000年12月20日

主文

一  被告が、原告Aに対し、平成一一年一一月二四日付でなした、知事交際費支出関係書類、出納簿(平成一一年八月ないし一〇月)についての公文書一部開示決定中、別紙非開示部分目録に記載の部分を非開示とした処分のうち、従業員の氏名及び印影を除くその余の部分を非開示とした部分を取り消す。

二  被告が、原告Bに対し、平成一一年一一月一日付で行った、知事交際費支出関係書類、出納簿(平成一一年四月ないし九月)についての公文書一部開示決定中、別紙非開示部分目録に記載の部分を非開示とした処分のうち、従業員の氏名及び印影を除くその余の部分を非開示とした部分を取り消す。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が原告Aに対して平成一一年一一月二四日付でなした公文書名「知事交際費支出関係書類、出納簿(平成一一年八月ないし一〇月)」に関する公文書一部開示決定のうち、別紙非開示部分目録に記載した部分を非開示とした処分を取り消す。

二  被告が原告Bに対してなした平成一一年一一月一日付でなした公文書名「知事交際費支出関係書類、出納簿(平成一一年四月ないし九月)」に関する公文書一部開示決定のうち、別紙非開示部分目録に記載した部分を非開示とした処分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、原告Aが、被告に対し、奈良県情報公開条例(平成八年三月二七日奈良県条例第二八号・以下「本件条例」という。)に基づき、「知事交際費支出関係書類、出納簿(平成一一年八月ないし一〇月)」の開示を、及び原告Bが、被告に対し、本件条例に基づき、「知事交際費支出関係書類、出納簿(平成一一年四月ないし九月)」の開示をそれぞれ請求したところ、被告は原告Aの請求については平成一一年一一月二四日付で、同Bの請求については同年一一月一日付で、別紙非開示目録記載の部分についてこれを非開示とする公文書一部開示決定をしたので、原告らが被告に対し非開示部分の取り消しを求めた事案である。

二  争いのない事実及び証拠によって容易に認められる事実

1  当事者

原告らはそれぞれ奈良県の住民であり、被告は本件条例二条一項の実施機関である。

2  本件条例の規定内容

本件条例には以下の定めがある。

「一〇条 実施機関は、公文書の開示の請求に係る公文書に次の各号のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書の開示をしないことができる。

二号 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの。ただし、次に掲げる情報を除く。

ア 法令等の規定により何人でも閲覧することができる情報

イ 公表することを目的として実施機関が作成し、又は取得した情報

ウ 法令等の規定による許可、免許、届出等の際に実施機関が作成し、又は取得した情報であって、開示することが公益上必要であると認められるもの

三号 法人(国及び地方公共団体を除く。)その他の団体(以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、開示することにより、当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上又は事業運営上の地位、社会的信用その他正当な利益が損なわれると認められるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。

ア 事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある危害から人の生命、身体又は健康を保護するために、開示することが必要であると認められる情報

イ 違法又は不当な事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある支障から人の財産又は生活を保護するために、開示することが必要であると認められる情報

ウ ア又はイに掲げる情報に準ずる情報であって、開示することが公益上必要であると認められるもの

八号 県又は国等が行う取締り、監査、検査、許可、認可、試験、入札、交渉、渉外、争訟、人事その他の事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務事業の目的が損なわれるおそれがあるもの、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれがあるもの、関係当事者間の信頼関係若しくは協力関係が損なわれると認められるもの又は当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれがあるもの。」

3  本件処分の経緯

(一) 原告Aは、平成一一年一一月一一日、被告に対し、「知事交際費支出関係書類、出納簿(平成一一年八月ないし一〇月)」の開示の請求をした(以下「本件A請求」という。)。

また、原告Bは、同年一〇月二六日、被告に対し、「知事交際費支出関係書類、出納簿(平成一一年四月ないし九月)」の開示の請求をした(以下「本件B請求」という。本件A請求と本件B請求をあわせて「本件請求」という。)。

(二) 被告は、本件請求にかかる公文書を、交際費前渡資金現金出納簿、支出負担行為変更決議書、支出命令書、交際費執行伺書、精算書並びにその添付書類としての請求書、領収書、振込金受取書及び支出証明書と特定した。

(三) 被告は、本件A請求に対しては同年一一月二四日、本件B請求に対しては同月一日にそれぞれ、①別紙非開示部分目録一に記載の部分については本件条例一〇条二号及び八号に、②同目録二記載の部分については本件条例一〇条八号に、③同目録三記載の部分については本件条例一〇条三号に、④同目録四記載の部分については本件条例一〇条二号にそれぞれ該当するとの理由で開示しないこととし、その余の公文書を開示する旨の決定を行った(右のとおり被告が本件A請求、本件B請求に対してなした公文書一部開示決定は、非開示の部分並びに非開示の理由ともに同一であって、以下本件請求に対するそれぞれの決定をあわせて「本件処分」、本件処分によって非開示とされた部分を「本件非開示部分」という。)。

4  本件非開示部分の記載内容等

(一) 交際費前渡資金現金出納簿には、現金の出納状況を、年月日、項目、摘要、収入金額・支出金額に分けて記載し、そのうち項目欄にはその使途の種別(慶祝、弔慰、お見舞、会費・賛助)が記載されている。また、摘要欄には具体的使途と支出の相手方等が記載されており、前者については開示されているが、後者については非開示とされている。

(二) 交際費執行伺書には、執行予定日、支出項目、支出の相手方・内容、支出予定額が記載されており、そのうち支出の相手方・内容は、交際費前渡資金現金出納簿の摘要欄記載のものを同様に、具体的使途については開示されているが、支出の相手方は非開示とされている。

(三) 添付書類である請求書、領収書、振込金受取書及び支出証明書には、品目、金額、日付、支出の相手方、支出の内容等が記載されているが、そのうち、支出の相手方は非開示とされている。

(四) 支出命令書には、支出の日時や金額等が記載されているが、そのうち支払方法欄の、資金前渡職員の口座振替先の銀行名、支店名、預金種目、口座番号の記載が非開示とされている。

三  争点

1  現金出納簿、交際費執行伺書、請求書、領収書、振込金受取書及び支出証明書において個人の相手方が識別できる部分は、本件条例一〇条二号または八号に該当するか。

2  現金出納簿、交際費執行伺書、請求書、領収書、振込金受取書及び支出証明書において団体の相手方が識別できる部分は、本件条例一〇条八号に該当するか。

3  債権者の振込先銀行名は、本件条例一〇条三号に該当するか。

4  従業員の氏名・印影、資金前渡職員の振込先銀行名、口座番号は、本件条例一〇条二号に該当するか。

四  争点に関する各当事者の主張

1  争点1について

(原告らの主張)

本件条例一〇条二号本文の条文の構造からすると、開示しないことができる情報であることの要件は、「個人に関する情報」であり、かつ、「特定の個人が識別され、又は識別され得る」ものであることである。

「個人に関する情報」の具体的内容はさまざまであり、公開することにより被害が発生するか否かも被害内容も千差万別であり、被害回復がほとんど不可能かどうかも一様ではない。そうすると、本号において保護されるべき「個人に関する情報」は、公開されることにより重大な被害を受けることが予想され、かつ、右被害の回復が困難なものに限られると解するべきである。仮に「個人に関する情報」に該当するということであれば、右事情につき被告側において具体的に主張立証しなければならない。

(被告の主張)

本件条例一〇条二号本文は、個人のプライバシー概念は抽象的であり、その具体的内容や保護すべき範囲が明確でなく、個人情報は一度開示されるとその被害回復はほとんど不可能であるところから、広く個人に関する情報で、特定の個人が識別され得る情報を非開示としたものである。そして、本号にいう「個人に関する情報」とは、氏名、住所のほか、思想、信仰、職業、資格、学歴、収入、資産等個人に関する一切の情報をいい、「特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」とは、特定の個人が明らかに識別され、又は識別され得る可能性がある場合をいうものである。

交際費前渡資金現金出納簿、交際費執行伺書、請求書、領収書、振込金受取書及び支出証明書には、お見舞いや香料、樒代、お祝い等の相手方等を示す情報として、個人の氏名、肩書き、印影等が記載・捺印されている。これらは、特定の個人が識別され、又は他の情報と組み合せることにより、特定の個人が識別され得る情報であって、本号本文に該当する。

交際費の相手方が本号ただし書のア及びウに該当しないことは明らかであるが、交際費支出の事実が一般に公表・披露されることがもともと予定されているものは、本号ただし書イに該当すると考えられる。しかし、お見舞いや、香料、樒代、お祝い等の支出は、当該相手方個人の私生活等に関連してなされたものであり、その性質、内容等からしても、一般に公表・披露されることが予定されているものではないから、本号ただし書イにも該当しない。

2  争点2について

(原告らの主張)

本件条例一〇条八号の要件を満たすためには、「県又は国等が行う取締り、監査、検査、許可、認可、試験、入札、交渉、渉外、争訟、人事その他の事務事業に関する情報」であることと、「開示することにより、当該事務事業の目的が損なわれるおそれがあるもの、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれがあるもの、関係当事者間の信頼関係若しくは協力関係が損なわれると認められるもの又は当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれがあるもの」であることの二つの要件が満たされなければならない。仮に本号に該当するというには、被告の側においてそれぞれの要件を具体的に立証する必要がある。

(被告の主張)

本件条例一〇条八号にいう「その他の事務事業」とは、条例に具体的に例示されている渉外等の外、県又は国等の機関が行う一切の事務事業をいうものであり、知事の交際事務は「その他の事務事業」に該当する。

また、知事の交際事務には、懇談、慶弔、見舞い、賛助、協賛、餞別などのようにさまざまなものがあるが、いずれにしても、これらは、相手方との間の信頼関係ないし友好関係の維持増進を目的として行われるものである。そして、相手方の氏名等の公表、披露が当然予定されるような場合等は別として、相手方を識別し得るような公文書の公開によって相手方の氏名等が明らかにされることになれば、懇談については、相手方に不快、不信の感情を抱かせ、今後県の行うこの種の会合への出席を避けるなどの事態が生ずることも考えられ、また一般に、交際費の支出の要否、内容等は、県の相手方とのかかわり等を斟酌して個別に決定されるという性質を有するものであることから、不満や不快の念を抱く者が出ることが容易に予想される。そのような事態は、交際の相手方との間の信頼関係あるいは友好関係を損なうおそれがあり、交際それ自体の目的に反し、ひいては交際事務の目的が達成できなくなるおそれがあるというべきである。さらに、これらの交際費の支出の要否やその内容等は、支出権者である知事自身が、個別、具体的な事例ごとに、裁量によって決定すべきものであるところ、交際の相手方や内容等が逐一公開されることとなった場合には、知事においても前記のような事態が生じることを懸念して、必要な交際費の支出を差し控え、あるいはその支出を画一的にすることを余儀なくされることも考えられ、知事の交際事務を適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれがあるといわなければならない。したがって、公文書のうち交際の相手方が識別され得るものは、相手方の氏名等が外部に公表、披露されることがもともと予定されているものなど、相手方の氏名等を公表することによって前記のようなおそれがあるとは認められないようなものを除き、本件条例一〇条八号により、公開しないことができる文書に該当する(平成六年一月二七日最高裁第一小法廷判決参照)。

本件において非開示とされている情報は、慶祝、弔慰、お見舞い、賛助・会費であるが、これはいずれも広く一般県民に公表・披露することがもともと予定されている情報ではない。したがって、これらの交際の相手方に関する情報は、「開示することにより、関係当事者間の信頼関係若しくは協力関係が損なわれると認められるもの」、及び「当該事務事業の……公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれがあるもの」にあたるから、本件条例一〇条八号により、公開しないことができる文書に該当する。

3  争点3について

(原告らの主張)

本件条例一〇条三号本文に該当するには、「法人(国及び地方公共団体を除く。)その他の団体(以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報」であって、「開示することにより、当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上又は事業運営上の地位、社会的信用その他正当な利益が損なわれると認められるもの」の要件がそれぞれ満たされなければならない。仮に本号に該当するというには、被告の側においてそれぞれの要件を具体的に立証する必要がある。

(被告の主張)

本件条例一〇条三号にいう「競争上又は事業運営上の地位、社会的信用その他正当な利益が損なわれると認められるもの」とは、次のような情報をいうものである。

(1) 生産技術上のノウハウに関する情報

(2) 営業上又は販売上のノウハウに関する情報

(3) 経営方針、経理、人事等の内部管理に関する情報

(4) 社会的評価、社会的信用等に関する情報

振込金受取書に記載されている債権者の振込先銀行名及び口座番号等は、当該事業者が事業活動を行う上での重要な経理等の内部管理に関する情報で、当該事業者が取引関係にない者にまで積極的に公表しているものではないし、広く一般に知られているものでもない。

これらの情報をどの範囲で誰に開示するか当該事業者が自由に選択決定しうるものであり、事業者の同意もなく、その事業活動とも無関係に広くこれを開示すれば、事業者の正当な利益が損なわれるので、債権者の振込先銀行名、口座番号等は同号本文に該当する。また、右情報は、人の生命、身体、健康、財産又は生活を保護するために開示することが必要な情報ではないし、開示することが公益上必要と認められる情報にも当たらないから、本号ただし書のいずれにも該当しない。

4  争点4について

(原告らの主張)

(一) 従業員の氏名、印影は通常の業務において公にしているものであって、当該従業員個人の私的な生活場面に関係する情報は何も含まれていないから、右従業員が回復困難な重大な不利益を被るということは通常考えられない。したがって従業員の氏名、印影は「個人に関する情報」に該当しない。

(二) 支出命令書は行政文書であり、資金前渡は職務の一環として行われるものである。資金前渡職員の振込先銀行名と口座番号は職務上与えられたものであって、当該職員の私生活にはおおよそ無関係な情報であり、「個人に関する情報」に該当しない。

(被告の主張)

(一) 従業員の氏名、印影は、本件条例一〇条二号に該当する。

債権者からの請求書及び領収書には、それを担当した従業員の氏名並びに私印と認められる印影が記載・捺印されており、これらは特定の個人が識別されるものであるので、本号本文に該当する。また、従業員の氏名、印影が、本号ただし書ア及びウに該当しないことは明らかであり、またそれは県民の要望に応えて公表することが予定されている情報とは認められないから、本号ただし書イにも該当しない。

(二) 資金前渡は、当該地方公共団体の職員に概括的に経費の金額を交付して現金支払いをさせ、事後に精算処理が行われる制度であり、資金前渡職員となった職員は、交付を受けた経費の目的内において、その支出管理を行うことになる。そして、前渡資金の交付は、当該職員が資金前渡用として開設した口座を通じて行われるので、当該口座の振込先銀行名及び口座番号等は、職員個人に関する情報であって、特定の個人が識別されるものであり、本号本文に該当する。そして、前渡資金用の口座は、前述のとおり、適正かつ安全に前渡資金を管理するため、資金前渡職員がそれ専用の個人口座を開設したものであるから、当該口座の情報は県民の要望に応えて公表することが予定されている情報ではなく、本号ただし書イには該当しない。また、それが本号ただし書ア及びウに該当しないことは明らかである。

第三争点に対する判断

一  本件条例の解釈基準

1  本件条例における公文書公開請求権の性質と解釈

本件条例は、一条で「この条例は、県民の公文書の開示を求める権利を明らかにするとともに、情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定めることにより、県政に対する県民の理解と信頼を深め、県民の県政への参加を促進し、もって公正で開かれた県民本位の県政を一層推進することを目的とする。」と定め、三条で「実施機関は、この条例の解釈及び運用に当たっては、県民の公文書の開示を求める権利を十分に尊重するものとする。この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることがないよう最大限の配慮をしなければならない。」と規定し、五条で請求権者を、六条で請求方法を、七条ないし九条によって実施機関の行うべき措置を、一〇条で非公開とできる場合を、それぞれ具体的に定めているのであって、本件条例がこのように公文書公開請求権の内容を具体的に定めたことにより、国民の憲法上の権利である表現の自由の派生原理として導かれる「知る権利」が、地方自治の場において、県民の裁判規範としての性格を有する「公文書公開請求権」という具体的権利に結実されたものである。

したがって、本件条例の解釈にあたっては、右の趣旨及び目的、公文書公開請求の由来、趣旨を十分に踏まえながら、各規定を法文解釈の一般原則に従って、合理的かつ客観的に解釈していくことが必要であり、県の保有する情報は、一〇条各号に規定する事由に該当しない限り公開しなければならず、右各事由の該当性についても、原則公開の観点から適正な判断をしなければならないと解される。

2  一〇条二号

本件条例は前記のとおりその三条において県民の公文書の開示を求める権利を十分に尊重すると定める一方で、実施機関は「個人に関する情報がみだりに公にされることがないよう最大限の配慮をしなければならない。」と規定するところである。そうして本件条例一〇条各号は、実施機関が公文書の開示をしないことが出来る場合について定めている。

本件条例一〇条二号本文は、個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く)であって、特定の個人が識別され、識別されうるものを非開示文書として規定する。ところで被告は、情報公開制度のもとにおいても個人情報は原則として非開示とされるものであるとし、その非開示事由の定め方には「個人識別型」と「プライバシー情報型」の二型があること、プライバシー情報型の条例においては個人の思想、宗教、身体的特徴、健康状態等、特定の個人が識別される情報のうち、一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるものについてはこれを公開してはならないと定めるのに対し、個人識別型の条例はそのような限定を付さずに広く特定の個人が識別され、識別されうる個人情報を非公開事由と定めるものであること、本件条例が個人識別型の性格を持つものであるのは規定の体裁上明らかであるから、その解釈にあたっては、当該情報が個人情報であると認められる以上、これを非開示情報と扱うほかないものであると主張する。

しかしながら本件条例の解釈にあたり、個人に関する情報はそれが個人情報である限り常に一切開示の必要がないものと解するのは相当ではなく、既に述べた公文書公開請求権の本質的性格、さらには本件条例三条の趣旨に鑑みれば、右「個人に関する情報」とは、個人に関する情報のうち、プライバシー保護の観点から一般に他人に知られたくないと望むことが正当であり、そのような意味において、法的保護に値する個人情報に限られると言うべきである。

3  一〇条三号

本件条例一〇条三号の趣旨は、法人等の営利活動の自由も基本的人権として認められているから、情報公開制度の下にあってもその正当な競争活動等を侵害してはならないという見地から、県が保有する法人等の事業に関する情報のうち、開示されることによって競争上の地位を害するなどその事業活動に不利益が生じると認められる情報については、一定の場合を除き、開示しないことができるとしたものと解される。

ところで、当該情報が開示されることにより、当該法人等の競争上の地位その他正当な利益を害するものと認められるかどうかの判断は、本件条例の目的(一条)、解釈及び運用(三条)の各規定の趣旨からすると、一般に、当該情報の内容、性質、当該法人等又は当該事業を営む個人の事業内容、その事業活動等における当該情報の重要性等の諸般の事情を総合して、個別具体的に判断するのが相当である。

4  一〇条八号

本件条例一〇条八号の規定によれば、同号は、実施機関が行う事務事業の中で、その事務事業の性質上、公開することにより、事務事業の関係者との信頼関係が損なわれる場合や事務事業の公正若しくは円滑な執行の確保に支障が生ずると認められる場合について、公開しないこととしたものであることが認められる。

ところで、前述のごとく、本件条例の解釈にあたっては、公文書公開請求権の由来、趣旨を踏まえながら、各規定を法文解釈の一般原則に従って、合理的かつ客観的に解釈し、具体的要件に当てはめていくことが必要であり、県の保有する情報は、本件条例一〇条各号に規定する非公開事由に該当しない限り公開しなければならず、非公開事由の該当性についても、原則公開の観点から適正に判断すべきものと解すべきことは前示のとおりである。

したがって、当該情報を開示することにより、関係者との信頼関係が損なわれるかどうか、及び将来の事務事業の公正若しくは円滑な執行の確保に支障が生ずるかどうかは、当該情報及び当該事務事業の具体的内容、当該事務事業の執行における当該情報の意味合い等の諸般の事情を総合して、個別具体的に判断されるべき事項であり、また、右支障が生ずるおそれは、単に実施機関の主観においてそのおそれがあると判断されるだけでなく、そのようなおそれが具体的客観的に存在することが必要というべきである。

二  争点1について

1  被告によれば、別紙非開示部分目録一記載の事項は具体的にはお見舞い、香料、樒代、お祝い等の相手方を示す個人の氏名、職業、印影等が記載、押印されているとし、被告は右記載事項は本件条例一〇条二号に該当するものと主張する。

これら個人の氏名、職業、印影等が個人情報であることは一応認められるが、先に述べたところからすればそのような個人情報であって、本件条例一〇条二号に該当するというためには、前示のとおり、個人情報のうち、プライバシー保護の観点から、一般に他人に知られたくないと望むことが正当であり、そのような意味において、法的保護に値すると認められる個人情報に限られるというべきであるところ、非開示処分の正当性については右の観点から検討を加えることが必要である。

2  これらの行事のうち葬儀、お祝いについて言えば、その性格上元々秘かに行われる類のものでないのは明らかである。右行事について知事交際費から金員の支払を受けた相手方が、そのことを知られたくないと望むものとは考えられないし、仮に望んだところでそれが正当なことであるとは解しがたい。

また病気見舞いについても、そのものの具体的な病名、病状の記載であれば、そのようなことを明らかにするのは個人のプライバシーに触れることもあり得ようが、本件における記載事項は個人の氏名、職業等に過ぎないのであって、開示によって明らかになるのは特定個人が知事交際費から見舞金を受け取ったという事実のみである。このような事実を知られたくないと望むことが正当なことであるとは解せられない。

病気見舞いを含め、これらの行事が純粋に私的交友関係に由来する場合においては、これを相手方のプライバシーと考え、みだりにこれを公開するのは許されないものと考えるのが相当である(従って奈良県知事が奈良県知事の肩書きをはずして、純粋に私的にお見舞いをするのであれば、その相手方や差し出した金額をあれこれ詮索することは不当である)。しかしながらそれに関する支出が知事交際費からされる場合は、葬儀、お祝い、病気見舞いとはいえ、純粋な私的関係に基づくものとは言えなくなるのであって、県知事においては、そのような交際を維持することが県民の利益であるかどうかを含め、県民の監視の対象となることを容認するべきである。

3  被告は別紙非開示部分目録一記載の事項が本件条例一〇条八号に該当するものとも主張する。

しかし被告が主張するところは、相手方に関する情報を公開することによって交際を行う相手方に不快不信の感情を抱かせ、それによって信頼関係を損ない将来の交際事務に支障を生ずるという、極めて概括的抽象的なことである。一体地方公共団体と公の関係を持つ者が、その交際にかかわる事項を公開されることによって、不快不信の念を持つなどと言うのは単なる可能性に過ぎず、またその可能性自体極めて小さいものであると考えられる。現に例えば平成一二年(行ウ)第六号事件の甲四によれば北海道においては知事交際費の全容をインターネット上で公開していることが明らかであり(http://www.pref.hokkaido.jp/soumu/sm-thsho/kousai/shikkou.html)、かつ公知の事実であるが(http://www.pref.hokkaido.jp/ccd4cgi/ccdgsrch?/export/ccd42dict/www.pref.hokkaido.jp/main)、これによって北海道知事が行う交際の事務に支障が出たとの主張立証はない。

4  以上によれば、別紙非開示部分目録一記載の事項が本件条例一〇条二号に該当するという被告の主張は、これが特定の個人が識別され、識別されうるものという限度では正当であるが、非開示処分を正当とする個人に関する情報には該当しないと認めるべきものであり、また、同事項が同条八号に該当するという主張はその理由がないと言うべきであり、いずれにしてもこれを非開示とした本件処分は不当であるといわざるを得ない。

三  争点2について

被告は、本件文書が開示された場合の弊害について、県政における相手方の位置づけ、評価等が明らかになることになり、相手方に不快、不信の感情を抱かさせるおそれがあり、また、今後合理的な裁量が著しく制限されることによって、県政の円滑な執行に支障が生ずるおそれがあると主張するにとどまるのであって、実施機関である被告の判断において、右のようなおそれが抽象的に認められるというにすぎず、右のような弊害が生じるおそれを根拠付ける具体的な事実を主張立証していないのであるから、別紙非開示部分目録二記載の事項の一〇条八号該当性を認めることはできない。

四  争点3について

1  被告は別紙非開示部分目録三記載の事項が本件条例一〇条三号に該当すると主張する。

しかしながらこの種の情報は法人又は事業を営む個人の、当該事業に関する情報であるには違いないが、これを公開したからと言って法人又は個人の競争上又は事業運営上の地位、社会的信用その他の正当な利益が損なわれるものとは認めがたい。確かに事業者の銀行口座の入出金の明細、或いは残高等、当該口座の内容にかかわる事項が公開される場合には、事業運営上の地位若しくは社会的信用その他正当の利益が損なわれることが想定されるが、ここで開示を求められているのは高々振込先銀行並びに口座番号に過ぎないのであって、振込先銀行、口座番号が明らかになったからと言って、当該銀行が当該口座の具体的な取引内容を預金者以外の者に正当な理由なく開示するなどと言うことは銀行の守秘義務に鑑みてあるはずもないから、これらを開示することによる債権者の具体的な不利益は実際のところほとんど想定する余地がない。

2  よって別紙非開示部分目録三記載の事項が本件条例一〇条三号に該当するとの被告の主張はこれを採用できない。

五  争点4について

1  被告は別紙非開示部分目録四記載の事項が本件条例一〇条二号に該当すると主張する。

2  ところでまず債権者の従業員の氏名、印影については、これは知事交際費支払いの相手方となった法人又は個人事業所に従業員として勤務する者の氏名若しくは印影を言うものと認められる。

即ちこれらの者は、知事交際費支払いの相手方そのものではなく、支払先となった事業所にたまたま勤務していた従業員というに過ぎないものである。一体に個人の氏名、印影といった情報はそれ自体個人に関する情報と言うを妨げないものであるのはこれまでに述べてきたところである。そうして人がどこに勤務しているということ、ないしどのような印影を使用しているかということは、当該個人のプライバシーにかかわることであって、むやみにこれを公開されたくないという期待を持つと解せられ、かつその期待は法的保護に値するものであると認められる。

そうすると債権者の従業員の氏名、印影についての情報は、本件条例一〇条二号本文に該当する個人に関する情報と認められるので、結局当該情報を非開示とした被告の処分は正当である。

3  資金前渡は、当該地方公共団体の職員に概括的に経費の金額を交付して現金支払いをさせ、事後に精算処理が行われる制度であり、資金前渡職員となった職員は、交付を受けた経費の目的内においてその支出管理を行うことになるものと認められる。被告によれば、前渡金の交付は当該職員が資金前渡用として開設した口座を通じて行われるというのである。

右を前提とすれば、資金前渡職員の口座は、将に知事交際費の適正な支出を目的として公務として開設されているものであって、当該職員の私的な銀行口座とはその性質を全く異にするものであると言わねばならない。右の事情に鑑みると資金前渡職員の振込先銀行名、口座番号が本件条例一〇条二号に該当する個人に関する情報とは認めることができない。

4  以上によれば、別紙非開示部分目録四記載の事項のうち、債権者の従業員の氏名、印影については本件条例一〇条二号に該当し、しかも同条本文で公開しないことが正当である文書に該当すると認められるが、資金前渡職員の振込先銀行名、口座番号については本件条例一〇条二号に該当するものと認めるに足りない。

六  結論

以上のとおり、本件処分のうち、いずれも従業員の氏名及び印影について非公開としたのは適法であるが、その余の部分について非公開としたのはいずれも違法であるから、右の部分の限度で原告らの取消し請求をそれぞれ認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井ユタカ 裁判官 川谷道郎 裁判官 前田泰成)

<以下省略>

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