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奈良地方裁判所 平成2年(ワ)363号 判決 1993年8月25日

原告

村上竜一郎

右訴訟代理人弁護士

村上眞

右訴訟復代理人弁護士

永嶋真一

被告

右代表者法務大臣

三ヶ月章

右指定代理人訟務部付検事

石田裕一

右指定代理人上席訟務官

竹中博司

前川典和

右指定代理人訟務官

西川裕

戸田敏久

右指定代理人郵政事務官

橋爪章

田伏弘司

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一前提事実の認定

<書証番号略>、証人村上恒夫の証言並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

1  原告は、平成二年二月に実施された岡山大学工学部電気電子工学科前期日程の入学試験を受験した。同大学作成の「平成二年度学生募集要項」によれば、右前期日程の合格者発表は、平成二年三月九日午前九時ころ、同大学学生部掲示板に合格者名等を掲示し、各学部にも同時にその学部の合格者名簿を掲示すること、右合格者には、同日中に電子郵便で合格となったことを通知すること、電話等による合否の問い合わせには一切応じず、合否電報の取扱いも行わない旨定められていた。また、同じく右募集要項によれば、前期日程の入学手続は、平成二年三月一二日から一三日までであって、右の期間内に入学手続を完了しなかった場合は、同大学への入学を辞退したものとして取り扱うことと定められていた。

2  原告は、岡山大学受験前に立命館大学理工学部を受験して合格し、平成二年二月二三日までに行わなければならない第一次入学手続及び同手続時納付金(二五万七五〇〇円)の納入は、同月二〇日ころ終えていた。しかしながら、最終的に入学するために行わなければならない第二次入学手続及び同手続時納付金(年額二回分割方法を取った場合四二万三〇〇〇円、年額一括納入方法を取った場合八三万八〇〇〇円)の納入は、同年三月二三日までに行えばよいこととなっていたため、原告は、第一志望校である岡山大学に不合格になった場合に納入するつもりでいた。

3  原告は、平成二年三月九日の岡山大学の合格発表日は、一日中原告方にいて、母親と共に合格通知が電子郵便で届くのを待っていた。しかし、同日には何らの通知も届かず、同日から四、五日しても合格通知は届かなかったため、原告は、同大学を不合格になったものと判断した。原告は、平成元年度にも大学三校を受験したがいずれも失敗した、いわゆる一浪生であったが、岡山大学に不合格になったものと判断したことから、もう一年浪人したいと母親に相談したりした。しかし、結局原告の父親である村上恒夫(以下「恒夫」という)から、立命館大学に進学するよう説得されてその旨決意した。そして、同年三月一六日、立命館大学に対する第二次入学手続きを行うと共に、同手続時納付金八三万八〇〇〇円を納入した。

4  ところが、同年三月二二日午後五時ころ、原告の母親が、原告方の郵便受に「岡山大学学生部」から原告方所在地である「奈良市朱雀5―1―1―60―103」に居住する「村上竜一郎」(原告)あての電子郵便が入れられているのを発見した。同郵便は、同年三月九日に差し出された原告が岡山大学工学部電気電子工学科に合格したことを知らせる郵便であり、同郵便の封筒の表にボールペンで「誤配されていました よろしく」と記載され、同封筒裏には、平成二年三月九日午前八時から午前一二時までの間に奈良西郵便局で受領作成したことを示す印が押捺されていた。

5  恒夫は、本件電子郵便が郵便局の落ち度で誤配され、その結果原告方への配達が遅れたもの(以下、このことを「本件遅配」という)と考え、平成二年三月二三日朝九時過ぎに奈良西郵便局に行き、大野栄市郵便課長と会って説明を求めた。大野は、本件電子郵便が確かに同年三月九日、発信局から奈良西郵便局に送られていることを認めたが、なぜ二二日まで配達されなかったのかについては明確な説明をしなかった。なお、同郵便局には、他に同年三月九日ころに配達されるべき郵便物について配達がなされていないなどの苦情は寄せられていなかった。

恒夫は、大野に対し、原告が岡山大学に入学できるようにする折衝及び立命館大学に支払った納付金を返還してもらう折衝を郵便局で行うよう要求した。

大野は、直ちに岡山大学に電話し、同大学からの要請に応じて、奈良西郵便局長名で本件電子郵便が郵便局の不手際で配達が遅れた旨の経過を報告した文書を作成し、岡山大学にファックスで送信した。岡山大学では、同日右報告書に基づいて教授会で審議した結果、原告本人の入学意思の確認が同日午後八時までに取れれば原告の入学を許可することとなった。ところが、原告は外出していたため、恒夫は同日午後七時ころになってやっと帰宅した原告にその旨伝えた。原告は、既に立命館大学へ進学する決意をしていたため、相当悩んだ末、午後八時ころになって、岡山大学へ進学する決意をし、原告方で待機していた大野が岡山大学へ電話を入れると共に、同大学への入学意思のあることを原告が自ら記載した書面を郵便局に持ち帰って同大学にファックスで送信した。そして、原告は、同大学の要請に従って、同月二四日午前中に同大学に行って入学手続きを取り、同大学に入学することができた。

一方、立命館大学へ支払った納付金の返還についての交渉は、奈良西郵便局の山内武夫第一集配課長らにおいて行っていたが、同大学の入学手続要項には、「一旦納入した納入金は理由のいかんによらず返還できません」と記載してあるとおり、返還されないことが確定した。そこで、同年四月一三日、山内らは原告方に行ってその旨報告すると共に、申し訳ないという趣旨の金として、山内の個人的な支出による三〇万円の提供を申し出た。恒夫は、個人的な金では受け取れないし、損害額は八三万余円に上るので三〇万円では納得できない旨述べ、右の金を受け取らなかった。恒夫は、同年四月二六日には、奈良西郵便局長の金子昭好に会い、話し合った。金子は、郵便局としては弁償金を支払う財源も制度も持っていない旨述べ、右三〇万円での解決を恒夫に申し出たが、あくまで郵便局の落ち度であり、郵便局として納付金全額の弁償をするよう要求する恒夫との間での話が付かず、物別れに終わった。恒夫及び原告は、原告訴訟代理人に奈良西郵便局との本件に関する交渉を依頼し、同代理人による交渉も不首尾に終わったので、原告らの言い分の正当性についての判断を求めるべく、本件訴えを提起した。

6  電子郵便は、一般の速達と同じく、郵便局に受信すると、直近の速達配達便にかけて配達するように決められている。速達配達便は、平日の場合一日三便(速達一号便は午前九時から午後零時まで、速達二号便は午後一時一五分から同四時三〇分まで、速達三号便は午後五時一五分から同七時まで)あり、たとえば、速達一号便の場合は、午前九時ころ集配課に所属する配達員が局内の郵便課から受け取った郵便物の配達の順番を決める(道順組立て)作業を二、三〇分間行い、その後局外に出て受取人宅へ配達し、午後零時ころ配達を終えて局に戻って来る。

したがって、奈良西郵便局に到着した電子郵便物が速達第一号便で処理されるためには、おおむね午前九時ころまでに郵便課で速達の配達区分が終了していなければならない。

ところで、本件電子郵便は、その送信元記録によれば、午前九時四九分とあるので、奈良西郵便局郵便課においても同時刻ころに受信している。したがって、本件電子郵便は、速達一号便にはかからず、速達二号便で配達されたものと考えられるが、当時は大学の入学試験時期であり、電子郵便の受信が多く、次々と配達していく必要から、配達員が道順組立作業に着手してから局を出発するまでに受信した電子郵便があると、適宜配達員に交付して配達に組み込んでおり、本件電子郵便も速達一号便の配達作業に間に合えば速達一号便に組み込んで配達されたとも推測でき、結局速達一号便で配達されたのか、速達二号便で配達されたのかを特定することができない。

平成二年三月九日の速達一号便の担当者は、書留郵便物等交付簿によると、非常勤職員の榊裕之である。本件電子郵便は速達二号便で配達された可能性が強いものの、前記書留郵便物等交付簿の二号便の担当者印欄は捺印が漏れており、配達員を特定することができない。そこで、担務表から右速達二号便を担当したと思われる職員を絞りこんだところ、三名の非常勤職員が考えられ、各職員の経験から考えると、最も可能性の高いのは中西大輔である。

しかしながら、配達員は毎日大量の郵便物を配達しており、一軒一軒の郵便物の種類や配達先を記憶していないのが通常で、本件電子郵便についても右榊や中西は全く記憶していない。しかも、本件電子郵便を含んだ普通扱いの郵便物については、各作業工程での出入りや取扱いの模様などを全く記録していない。

7  電子郵便取扱手続(昭和六〇年六月七日郵便業第二九号依命通達別記)によると、電信為替書留郵便物と同時配達せず、かつ料金受取人払としない通常の電子郵便を配達するときは、①「○○さん、電子郵便です」と呼称して配達し、②受取人が不在の場合で、郵便受箱又は郵便差入口その他適宜の箇所があるときは、当該受箱又は当該箇所に差し入れることとされている。

8  原告方は、整然と区画されたほぼ同じ大きさの敷地及び建物が密集する分譲住宅の中の一戸であって、玄関や郵便受の場所も明確であり、右郵便受には「60―103」「村上恒夫」と記載がある。しかしながら、右分譲住宅地内の個々の宅地にはさほどの個性はなく、地番のみで特定されるものといっても過言でないが、原告方の番号である「5―1―1―60―103」とよく似た、たとえば「5―1―1―70―103」、あるいは「5―1―1―60―102」のような地番もあって、それぞれの地番にも住宅が存在しているので、仮に原告方所在地の地番の数字のひとつでも見間違うと別の住宅に行ってしまい、同住宅の表札の確認を怠ったり、同住宅にそもそも表札がなかったり、見にくかったりした場合は、慣れない配達員であると誤配をする可能性の比較的高い地域であるといえる。

二本件遅配の原因について

1  当裁判所の判断

前記認定事実、特に①本件電子郵便が平成二年三月九日午前九時四九分には奈良西郵便局で受信され、同日午後四時三〇分までの間に機械的に同郵便局の配達員によって配達されるべきこととなっていたこと、②本件電子郵便が原告以外の者にとっては何らの価値もないものであり、同日ころ、他の郵便物について配達がなされていないなどの苦情はなかったことからすると、右配達の過程において、本件電子郵便が盗難被害にあったり、配達員が途中で本件電子郵便を落としたとは考えにくいこと、③原告方には原告ら家族が居住していたから、毎日その郵便受の中を確認しているはずであるのに、原告は、同年三月二二日午後五時ころまでは本件電子郵便が届かなかったことを前提とした行動を取っていて、右郵便が同日より前に配達されていたとは考えられないこと、④そのころ原告方の郵便受に差し入れられた本件電子郵便の封筒の表には、何者かによって「誤配されていました」と書かれているが、原告又はその関係者がわざわざそのような記載をする必要性はなく、右電子郵便を原告方郵便受に差し入れた者によって記載されたと判断されること、⑤電子郵便の配達員は、受取人が不在であって郵便受などがある場合には、そこに差し入れればよいこととされていること、⑥原告方付近は、同じ様な地番の住宅が存在するので、誤配をしやすい地域であるといえること、等から考えると、本件電子郵便は、平成二年三月九日午後四時三〇分ころまでに、奈良西郵便局所属の公務員である配達員(特定できない)が、その宛先の記載及び配達先の地番・居住者名を十分に確認する義務を怠った結果、それを原告方以外のよその住宅に配達すべきものと誤認し、あるいは右住宅を原告方であると誤認し、たまたま右住宅の住人が不在であったことから、右住宅の郵便受等の場所に差し入れられたが、その後誤配に気付いた何者かによって、同年三月二二日になって原告方郵便受に差し入れられたものと認定するのが妥当である。

そして、右配達員の義務違反の程度は、故意又はそれに比すべき重大な過失とはいえず、軽過失というべきものと判断する。

2  右認定に関する被告の主張について

なお、被告は、一般に郵便物の誤配を受けた者は、遅くとも一両日中に、局に対して苦情を申し出るなどして連絡するのが通例であり、二週間近くも誤配郵便物を自己の手元にとどめておくとは考えられないから、本件において果たして誤配があったと言いうるかは疑問である旨主張する(被告第五準備書面二項)。

なるほど、郵便物の誤配を受けた者としては、通常被告主張のような行動を取ることが多いとはいえる。しかしながら、だからといって、誤配を受けた者が、誤配された郵便物を自ら正しい宛先に配達しようと考えてしばらくそのままにしておいたり、誤配されたことをしばらく失念したり、長期間自宅を留守にしていて誤配された郵便物の発見が遅れたりするようなことも考えられないわけではない。また、そもそも1項で指摘したとおり、本件遅配そのものが原告の作り話であるとは考えられない以上、本件遅配が誤配を原因として起きたものと考えるのが最も素直であって、被告の主張は採用しない。

3  右認定に対する原告の主張について

原告は、本件電子郵便の配達担当者が配達業務を早く処理したいことから、でたらめに原告以外の第三者の郵便受けに適当に投げ入れたとも考えられ、右配達員には原告に対する加害の未必の故意があるといえるとか、このような配達員を監督すべき奈良西郵便局が、本件電子郵便の配達を誰が行ったか特定できないことは、被告が被用者の選任監督に重大な過失を有するといえる旨主張する(事実及び争点欄第二の一項3の(三))。

しかしながら、本件電子郵便の配達員が、原告主張のような行為を行ったことを示す証拠は一切ないし、本件電子郵便の配達作業に従事した配達員については、一項6で認定したとおり、ある程度概括的ではあるものの、被告において特定できたのであって、原告の右主張も採用しない。

4  まとめ

本件においては、被告公務員の違法行為あるいは債務不履行の成否のほか、原告の損害発生の有無、本件遅配と損害との因果関係、損害の予見可能性等の点についても、被告においてことごとく争われている。

しかしながら、本件事案の特質にかんがみ、以上の争点のうち、1項で認定したとおり、被告の公務員がその軽過失によって本件遅配の原因行為を行ったという限度での認定事実に加え、仮に右公務員の本件遅配の原因行為によって原告に損害を与えたものと仮定し(以下、これを「本件過失行為」という)、その場合に被告が損害賠償責任を負うか否かについての検討に移ることとする。

三本件過失行為と国家賠償法の適用

本件過失行為は、郵便物の配達業務(私経済的作用)に従事していた被告の公務員である奈良西郵便局の配達員が行ったものであるから、「国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員」(国家賠償法一条一項)がなしたものとはいえず、同法の適用はない。そうすると、「国又は公共団体の損害賠償の責任については……民法の規定による」(国家賠償法四条)こととなるが、「民法以外の他の法律に別段の定があるときは、その定めるところによる」(国家賠償法五条)。なお、この場合、同法四、五条は確認的な規定といえる。

そして、本件過失行為が郵便業務に関してなされたものであり、郵便業務については、民法以外の他の法律である郵便法六八条以下に、損害賠償についての別段の定めがあることも明らかである。そうすると、本件過失行為については、まず、同法六八条以下の適用が考えられるべきである。

四郵便法六八条について

1  郵便の利用関係について

ところで、郵便事業は、講学上のいわゆる公企業であって、その歴史的系譜や全国的に同一系統による統一的サービスが要求されるなどの公共性・生活必需性が高いことのほか、郵便のサービスが全国津々浦々にまであまねく均一料金によって提供されるために、僻地における収支相償わない設備投資や人員配置も必要となるため、その経営保護の観点からも、国の独占とすることに合理性が認められる(仮に大都市圏のみ、あるいは大都市間のみについて安価に信書等の配達を行う他業者の参入を許した場合、郵便事業の経営悪化は著しいものになろう)。

しかしながら、郵便の利用関係は、あくまで郵便差出人が国に対価を支払って信書等を郵便名宛人方まで破損なく移転させることを引き受けさせる私法上の契約関係であり、同契約は物品運送契約に類するものといえる。そして、その契約内容は、郵便法をはじめとする法規によって画一的に定められており、郵便の利用者は、右に定められた利用条件に従ってのみ郵便を利用することができるが、このことも、何ら郵便契約の特殊性を示すものではなく、一般の物品運送契約上も認められる一種の附合契約関係であって、右郵便法等の法規は、一種の約款の性質を有するものと解される。

2  郵便法六八条の効力について

ところで、郵便法六八条一項は、「郵政大臣は、この法律又はこの法律に基づく省令の規定に従って差し出された郵便物が次の各号の一に該当する場合に限り、その損害を賠償する」旨定め、①書留とした郵便物の全部又は一部を亡失し、又はき損したとき、②引換金を取り立てないで代金引換とした郵便物を交付したとき、③小包郵便物の全部又は一部を亡失し、又はき損したとき、のいずれかの場合にのみ、その損害を賠償するものとし、さらに同条二項で賠償金額も限定している。同条は、書留とされた郵便物等一定の場合(以下「書留等」という)に限って、国の故意過失の有無を問わず不可抗力による損害についても賠償する旨定めたものであって、一種の損害保険的な責任を認めたものである。そして、同条が、単に「右の場合にはその損害を賠償する」としないで、「右の場合に限り……」と規定している以上、右の場合以外のものについては、損害の賠償を行わないと解するのが、素直な文理解釈である。

そして、郵便契約と同種の物品運送契約においては、その運賃の低廉、運送の迅速・大量処理等の要請から、一定の場合に損害賠償責任を負わない旨の免責約款を設けるのが通常であることから考えると、前記のとおり、郵便利用関係における約款の性質を有する同法六八条のような規定を設けることも、その規定が公序良俗違反、信義誠実義務違反や権利濫用などの一般私法原則・解釈法理に反しない限り許されるものと解される。

3  同条の限定解釈

ところで、2項で示した郵便法六八条の文理解釈によると、国は、書留等以外の一般の郵便物については、その滅失、き損、延着について一切の損害賠償責任を負わないし、書留等の郵便物についても、その延着による損害の賠償責任は負わないこととなる。

しかしながら、物品運送に関する商法五八一条は、「運送品カ運送人ノ悪意又ハ重大ナ過失ニヨリテ滅失、毀損又ハ延著シタルトキハ運送人ハ一切ノ損害ヲ賠償スル責ニ任ス」と規定されており、同条は約款による修正が可能であるものの、一般に運送人又はその使用人の故意による損害についての責任を免除する約款は無効と解されている。また、海上物品運送に関する商法七三九条は、船舶所有者の過失又は船員その他使用人の悪意若しくは重大な過失等による損害賠償責任を免れる旨の免責約款を無効としている。このような一般的な約款解釈法理から考えると、ひとり郵便契約について、広範な免責約款の効力を認めることには相当慎重でなければならない。

被告は、被告の損害賠償責任を広く認めることになると、郵便事業の大量性・多様性に照らし、事故の発生は完全には避けがたく、その防止には多額の経費と慎重かつ複雑な取扱いを必要とする上、郵便関係官署が損害賠償事務に忙殺されることとなるため、郵便事業の特質たる廉価性・簡易性・迅速性が損なわれ、郵便事業の存立自体が脅かされかねないという不利益がある旨主張する(事実及び争点欄第二の二項3)。

しかしながら、反対に、郵便局職員が故意に郵便物を盗取、横領、毀損するといった犯罪行為や、宛名を確認せずに配達するなどの故意に比すべき重大な過失行為によって郵便利用者に損害を与えても、郵便契約の一方当事者である国が一切の責任を負わないとすることは、契約当事者間の公平を欠く、著しく不合理な契約関係の存在を認めることになるのであって、到底容認できない。被告の主張する不利益は、なるほど皆無ではないが、他方、郵便局職員が右のような故意又は重過失行為を行って郵便利用者に損害を与えることは希有の事柄であると予想されることも考慮すると、右のような不利益は、郵便事業を行うものとして甘んじて受けるべきものと思われる。

そうすると、郵便法六八条は、被告の公務員の故意又は故意に比すべき重過失によって郵便物の滅失、き損、延着(郵便局において、通常名宛人に到達する旨公示し、郵便利用者が期待している時点から著しく遅延して到達したことと解する)等を招き、郵便利用者に損害を与えた場合までは免責を許すものではないと解釈すべきである。

なお、郵便事業における国の責任の制限の必要性は、債務不履行による責任の場合に限らず、不法行為による責任の場合においても妥当すること、郵便法六八条の性質が一種の約款であるとはいっても、法律の形式を取ることにより、国民全体に対してその効力を有していること等を考慮すると、同条による国の責任の制限は、債務不履行による責任に限らず、不法行為に基づく責任においても妥当すると解すべきである。

(本項の記述については、吉川義春「郵便損害賠償論」司法研修所報第二九号八〇頁以下を参考とした)

五郵便法六八条と憲法一七条の関係

原告は、郵便法六八条が憲法一七条に反する旨主張する(事実及び争点欄第二の三項3)。

しかしながら、憲法一七条は、公務員の不法行為による損害について「法律の定めるところにより」国等に賠償を求めることができる旨規定するに止まり、法律によって、国等の責任を合理的な範囲にまで制限することまでをも禁止するものではない。

そして、郵便法六八条は、四項で解釈検討したとおり、一般運送業者と同様の責任制限を行うもので、合理性があり、同条の規定による国の責任の限定は憲法に違反せず、同条は有効であると解される。

六結論

以上検討したとおり、郵便法六八条は憲法一七条に違反せず、有効であると解されるところ、郵便法六八条の規定によれば、書留等以外の郵便物が、被告の公務員の軽過失行為によって滅失、き損又は延着し、それによって郵便利用者あるいは第三者(通常名宛人)に損害が生じた場合にあっても、債務不履行及び過失行為のいずれの法形式を問わず、被告国はその賠償責任を負わないものと解される。

そして、本件延着の原因行為が、被告の公務員の軽過失によって引き起こされたものであることは、二項で検討したとおりである。

そうすると、原告のその他の主張について検討するまでもなく、原告の請求は理由のないことに帰する。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官森脇淳一)

事実及び争点

第一 当事者の求める裁判

一 原告

1 被告は原告に対し、一八三万八〇〇〇円及びこれに対する平成二年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による金額の支払をせよ

2 訴訟費用は被告の負担とする

との判決及び仮執行宣言。

二 被告

主文同旨の判決及び担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二 当事者の主張

一 被告の知らない原告の請求原因事実

1 本件被害

(一) 原告は、平成二年二月に実施された岡山大学工学部電気電子工学科の入学試験を受験した。

同入学試験の合格者には、同年三月九日、同大学学生部から電子郵便で合格の通知がなされたが、原告には同日、右電子郵便が配達されなかった。

同大学の合格者が同年三月一三日までに入学手続を完了しない場合には、同大学への入学を辞退したものとして取り扱うことになっていたが、右入学手続締切期限経過後も、原告には合格通知が届かなかった。

(二) そこで、原告は、同大学に不合格になったものと思い、同年三月一六日、右入学試験よりも前に合格が決まっていた立命館大学理工学部に入学手続をとり、同日、右大学入学金・授業料等合計八三万八〇〇〇円を支払った。

(三) ところが、同年三月二三日、当時の原告方(以下、単に「原告方」という)であった奈良市朱雀五丁目一番一の六〇―一〇三号の郵便受に岡山大学学生部から原告あての電子郵便(以下「本件電子郵便」という)が配達された。右郵便は、原告が岡山大学工学部電気電子工学科に合格した旨の同年三月九日付けの合格通知書であった。

原告は、驚いて、岡山大学に対し、合格通知が不当に遅延した結果入学手続締切期限までに入学手続をとることが出来なかったことを説明し、同大学との折衝の末、ようやく同大学への入学が認められた。

2 本件損害

合計一八三万八〇〇〇円

(一) 入学金等 八三万八〇〇〇円

原告は、立命館大学への入学を辞退したが、支払済みの入学金等合計八三万八〇〇〇円の返還を受けることができず、同金額相当の損害を被った。

(二) 慰謝料    一〇〇万円

原告は、前記の経緯を経て、第一希望であった岡山大学工学部電気電子工学科に入学することができたものの、合格発表のあった同年三月九日から、入学を認められた同月二三日までの間、不合格を観念せざるを得なかったことによって、耐え難い失意と落胆を味わわされた。

そのことによって原告の被った精神的損害は極めて重大であり、仮にこれを金銭に評価すれば、一〇〇万円を下らない。

3 被告の主位的責任原因(不法行為)

(一) 本件電子郵便は、平成二年三月九日に岡山大学学生部から原告方あてに郵送され、同日午前中に奈良西郵便局に到達している。(被告は、(一)項の事実を認める。)

(二) ところが、奈良西郵便局の配達員は、原告方とは別の場所を原告方と誤認して本件電子郵便を誤配したため、右電子郵便は同日中には原告に届かず、同月二三日になってようやく何者かによって原告方にこっそりと届けられた。なお、本件電子郵便の封筒の表面には「誤配されていました よろしく」と記載されていた。

(三) 原告方は、住宅都市整備公団が開発した分譲住宅地の中の一戸であって、同住宅地は整然と区画されており、宛先を探し当てることはきわめて容易であったのであり、右配達員の誤配行為は、重大な過失行為に当たる。

原告の父が、平成二年三月二三日に本件電子郵便の配達を知ってから奈良西郵便局長に抗議したところ、同局長も直ちに本件電子郵便の遅配が郵便局のミスであったことを認めている。

最近、郵便配達員が、配達すべき郵便物を入れて持ち運ぶ郵便袋ごと山林等に投棄したりする事件が起きている。本件電子郵便も、配達担当者が配達業務を早く処理するためにでたらめに原告以外の第三者の郵便受けに適当に投げ入れていたとも考えられるのであり、この場合には、配達員には受信者である原告に対する加害の未必の故意があるといえる。

他方、こういった行為を行った配達員に対し、直接監督に当たるべき奈良西郵便局が、本件電子郵便の配達が行われたと考えられる日時に誰が原告方が属する配達地域を配達したかも特定できない旨、被告自身が認めている有り様であって、被告にも被用者の選任監督に重大な過失があったことが明らかである。

(四) 被告は、右配達員をその事業のために使用する者であり、被告は、民法七一五条に基づき、右配達員が右事業について原告に加えた本件損害を賠償すべき責任がある。

4 被告の予備的責任原因

原告は被告に対し、次の各根拠に基づく請求権を競合的に有する。

(一) 岡山大学の被告に対する請求権の代位行使<以下、省略>

(二) 第三者のためにする契約による責任<以下、省略>

(三) 原告の郵便物を受け取る利益の侵害<以下、省略>

(四) 被告の履行義務の引受<以下、省略>

二 請求原因に対する被告の反論(原告は争う)

1 国がその職員の不法行為に基づく損害について賠償責任を負うかどうかについては、まず、国家賠償法の適用の有無が検討されるべきところ、国が郵便物を取り扱うに当たり損害が生じた場合には、その事業の性質上、同法一条ないし三条の適用がないことは明らかである。そして、国又は地方公共団体の損害賠償責任について、同法四条は、同法一条ないし三条の規定によるほか、民法の規定によることとしているが、国家賠償法五条は、民法以外の他の法律に別段の定めがあるときは、その定めによることとしている。

2 郵便法は、郵便物の取扱いにかかる損害について、同法六八条一項で、①書留とした郵便物の全部又は一部を亡失し、又はき損したとき、②引換金を取り立てないで代金引換とした郵便物を交付したとき、③小包郵便物の全部又は一部を亡失し、又はき損したとき、のいずれかの場合にのみ、その損害を賠償するものとし、さらに同条二項で賠償金額も限定している。

3 ところで、郵便業務は、膨大かつ多種多様な郵便物を日常継続的かつ全国的に、しかも簡単な手続きによって迅速に処理しなければならないのみならず、郵便の役務は「なるべく安い料金で、あまねく公平に提供」(郵便法一条)されなくてはならない。

このような郵便事業の特殊性にもかかわらず、郵便物の取扱いをめぐって生ずる一切の損害について、民法その他の一般法を適用して、国にその賠償責任を負わせることとすると、郵便事業の大量性・多様性に照らし、事故の発生は完全には避けがたいことなどから、ばく大な賠償金を要することとなることは明らかであり、また、郵便物のかかる事故を完全に防止しようとすれば、多額の経費をもって種々の機関を設け、厳重に事故の予防手段を講じなければならないことから、いずれにしても郵便事業の目的である「なるべく安い料金」による役務の提供は到底不可能となる。また、すべての郵便物につき、すべての原因による、すべての損害を賠償するときには、郵便関係官署は損害賠償事務に忙殺されることとなり、その結果郵便事業はその存立を脅かされかねず、そのような事態を回避しようとすれば、郵便物の引受けから配達までの取扱いは極めて慎重かつ複雑なものとならざるを得ず、郵便の特性たる簡易性・迅速性に背くことにもなる。

以上のような理由から、郵便法は、郵便物の取扱いに係る損害につき、同法六八条のような特別な規定を置き、賠償をなすべき事由及び賠償の範囲を限定したのである。

このような同条の趣旨目的にかんがみると、同条は国家賠償法五条にいう「別段の定」にあたり、国は、郵便物を取り扱うに際して損害が生じた場合、郵便法六八条によってのみ賠償の責任を負い、民法の規定の適用は排除される。

4 原告は、本件電子郵便物につき、誤配があったとして、民法七一五条に基づいて損害賠償を求めているが、被告は民法の規定によっても、また、郵便法六八条所定の場合にも該当しないから同条によっても、右賠償責任を負わない。

三 被告の反論に対する原告の再反論(被告は争う)

1 現行憲法は、明治憲法下における国家無答責の法原則を否定し、国民の自由や権利の保障を完全なものとするため、その一七条において「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる」と明定した。このような立法趣旨からすれば、同条の「法律の定めるところにより」とは、国に対し、国家賠償を認める法律の制定を命ずるものであって、逆に国家賠償を認めない法律の制定を許容するものではないと解すべきである。

2 ところが郵便法は、一方において郵便業務を国家の独占とし(五条)、これを罰則によって担保しつつ(七六条)、他方で、同法六八条以下において国が損害賠償義務を負う場合を極めて狭い範囲に制限している。つまり、郵便法は、郵便業務に関する営業の自由及び利用者の選択の自由を奪っておきながら、私人による損害賠償請求には原則として応じないという態度であり、憲法一七条の観点から立法論として大いに問題がある。

いかに郵便法の趣旨目的(一条)を強調しても、本件のように民法上の不法行為の要件を充たしている場合に被害者の救済を拒否し、国は免責されるとの結論は到底正当化できるものではない。

3 合憲法的な解釈としては、国家賠償法五条の「民法以外の他の法律に別段の定めがあるとき」とは、民法よりも国の賠償責任を加重している場合(たとえば消防法六条三項、文化財保護法四一条など)のみを指し、それ以外の場合は同条ではなく、同法四条により民法の規定が適用されると解すべきである。

被告の主張する郵便法六八条の抗弁に対して、原告は、第一に同条は憲法一七条に違反し無効であること、第二に国家賠償法五条ではなく同法四条が適用されること、したがって、いずれにしても本件においては民法七一五条が適用されるべきことを主張する。

4 仮に、郵便法六八条が憲法一七条に違反しないとしても、憲法よりも下位の法律である郵便法は、当然憲法に適合した法律でなければならず、憲法に適合した解釈がなされなければ、その存在と適用が許されない。郵便法六八条を憲法一七条に適合した解釈適用をしようとするならば、郵便法六八条は、被告国が郵便事業を運営するにあたって軽過失により損害を与えた場合において、郵便事業の性格上、やむを得ず制限的に規定したものであり、重過失に匹敵する場合や故意に基づく場合にまで適用されるものではないと解釈すべきである。

本件事案は、被告国に重過失のある場合であるから、仮に郵便法六八条が憲法一七条に違反しないとしても、郵便法六八条は、原告が被った損害の賠償責任までも排除しているということはできず、被告は原告に対し、民法七〇九条、及び七一五条に基づいて損害の賠償をする義務がある。

第三 証拠<省略>

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