大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

奈良地方裁判所 平成6年(ワ)248号 判決 1995年2月14日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原告が被告乙木増太郎(以下「被告乙木」という。)に賃貸している別紙物件目録(一)(1)(2)記載の各土地(以下「本件土地(一)」という。)の賃料は、平成五年分が年額金一一万九一一九円、平成六年分が年額金一五万円であることを確認する。

二  原告が被告東川弘(以下「被告東川」という。)に賃貸している別紙物件目録(二)記載の土地(以下「本件土地(二)」という。)の賃料は、平成五年分が年額金一〇万〇二四〇円、平成六年分が年額金一五万円であることを確認する。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  本件各賃貸借関係等

(一) 本件土地(一)及び同(二)(以下、合わせて「本件各土地」という。)は、岸熊太郎が所有していたところ、相続により、原告がその所有権を取得するとともに、後記賃貸人の地位を承継した。

(二) 岸熊太郎は、乙木増蔵に対し、遅くとも昭和二六年までに、本件土地(一)を小作地として賃貸していたところ、乙木増蔵の死亡に伴い、被告乙木が賃借人(小作人)の地位を承継した。

本件土地(一)の賃料(小作料)は、昭和五六年ないし昭和六三年が年額二万一七九四円であり、平成元年以降は年額二万〇三一二円となった。

(三) 岸熊太郎は、被告東川に対し、遅くとも昭和二六年以降、本件土地(二)を小作地として賃貸している。

本件土地(二)の賃料(小作料)は、昭和五六年ないし昭和六三年は年額一万六五二二円であり、平成元年以降は年額一万五四〇〇円となった。

2  本件各土地に対する宅地並み課税

(一) 本件各土地は、いずれも市街化区域農地であったが、地方税法の改正により、固定資産税、都市計画税については、平成四年度以降、生産緑地法にいう生産緑地地区に指定された場合を除き、原則として宅地並み課税されることになった。

(二) 右生産緑地地区の指定は、平成四年一二月末までに行う必要があり、各市町村では、平成三年中をめどに、農地所有者等の関係者の意向を把握し、必要な都市計画の手続を行うこととなったが、生産緑地地区の指定がなされるためには、客観的要件のほか、農地所有者の「生産緑地地区指定申出」及びその賃借権者ら関係者の同意書

の提出が必要であった。

(三) 本件各土地については、生産緑地地区の指定を受けられず、平成四年度以降、本件各土地の固定資産税及び都市計画税(以下、合わせて「固定資産税等」という。)が宅地並みに課税されることになった。

3  原告による賃料(小作料)増額の意思表示

(一) 原告は、被告乙木に対し、本件土地(一)が宅地並み課税されることになったことを理由として、

(1) 平成四年一二月一〇日ころ、平成四年度以降の賃料を年額一一万九一一九円とする旨の意思表示をした。

(2) 平成五年一二月二九日、平成六年度の賃料を年額金一五万円とする旨の意思表示をした。

(二) 原告は、被告東川に対し、本件土地(二)が宅地並み課税されることになったことを理由として、

(1) 平成四年一二月一〇日ころ、平成四年度以降の賃料を年額一〇万〇二四〇円とする旨の意思表示をした。

(2) 平成五年一二月三一日、平成六年度の賃料を年額金一五万円とする旨の意思表示をした。

二  争点

原告による賃料増額請求の当否

〔原告の主張〕

1 原告は、本件各土地について、将来の利用計画を踏まえ、税額軽減を図ることを優先し、生産緑地地区の指定を受けることを選択し、賃借人である被告らの同意を求めた。

2 しかしながら、被告らは、いずれも生産緑地法の改正及びこれに伴う税制の変更により、本件各土地が生産緑地地区の指定を受けられないときは固定資産税等が飛躍的に増大することや、右指定を受けるためには小作人である被告らの同意が必要であることを知りながら、主として将来高い離作補償を受けることを期待して、右同意書の提出を拒んだため、原告は、本件各土地について生産緑地地区の指定を受けられず、そのため、平成四年度以降、本件各土地は宅地並み課税されることとなった。

そして、本件土地(一)の固定資産税等は平成五年度は合計一一万九一一九円に、平成六年度は一二万五〇七四円となり、本件土地(二)のそれは、平成五年度が一〇万〇二四〇円に、平成六年度が一二万五二四一円となった。

3 このように、原告が被告らに求めた同意書の提出は、将来も税負担が低く維持され、安く耕作できるという目的に沿うものであったにもかかわらず、被告らは、将来宅地として転売されたときに高く売れることや、高く売れたときに高い離作補償を受けられることを選択したものであるから、被告らにおいて、少なくとも生産緑地地区指定を受けられなかったために増額された税負担分を賃料(小作料)として負担すべきものである。

第三  争点に対する判断

一  前記第二の一の争いのない事実に、証拠(甲一ないし七号証、八号証の1、九、一〇号証、一五ないし一八号証、二三ないし二五号証、乙一号証の1、2、二、三号証、四号証の1、2、丙二号証、三及び四号証の各1、2、八号証、原告本人〔信用しない部分を除く。〕、被告乙木本人、被告東川本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告は、本件各土地のほか、天理市指柳町二八九番一ほかの土地を所有し、右二八九番一土地等において自家用のため稲作をしているが、ほかに天理市内の駅付近に土地を所有し、そこでアパートを経営している。

2(一)  被告乙木は、被告乙木の先々代の乙木巳之吉、先代(父)の乙木増蔵に引き続き、昭和四七年から本件土地(一)を耕作するようになったが、農業委員会の台帳上の小作人の名義は乙木増蔵のままであった。

(二)  被告乙木は農業を専業とし、妻と約七反の土地を耕作し(そのうち、借地は約一反九畝)、本件土地(一)ではもともと柿や梨を作っていたが、昭和六二年ころからその一部を水田にした。そして、被告乙木は、本件土地(一)において、平年で約四〇〇キログラムの収穫を上げていたが、肥料代、苗代、農薬代等の経費を差し引くと、純収益は三万円程度であり、今後、その収益が増える見込みはない。なお、被告乙木の年間の農業収入は一八〇ないし一九〇万円程度である。

(三)   被告乙木の小作料は、昭和五六年ないし昭和六三年分が年額二万一七九四円であり、平成元年以降年額二万〇三一二円となったが、これらはいずれも原告が天理市

農業委員会が定めた標準小作料に従って請求し、被告乙木もこれを了承して支払って

きたものである。

3(一)  本件土地(二)については、被告東川の先々代のときから小作され、昭和二〇年ころ、被告東川がその地位を承継し、以後、同被告が妻とともに耕作している。同被告は、本件土地(二)の小作地のほかに約二反の農地を所有しているが、同被告は、ビニール加工業の会社を経営し、自ら耕作することができないとして、これは他人に無償で耕作させている。

(二)  被告東川は、以前は、本件土地(二)で稲を作っていたが、昭和五〇年ころからは畑にして西瓜や野菜を作っている。これらの収穫物は、自家用に消費したり、親戚に配るなどして農協等に出荷しておらず、本件土地(二)における耕作による農業収入はない。なお、被告東川は、本件土地(二)で使う種苗、肥料、農薬、ビニールハウス代等で年間四ないし五万円ほどの経費を使っている。また、本件土地(二)で稲作をした場合、米の収穫は三三六キログラム程度(政府の買上価格によると九万二〇〇〇円程度)と見込まれるが、肥料代、農薬代、その他の経費を差し引くと、その純収益は三ないし四万円程度と見込まれる。

(三)  本件土地(二)の小作料は、昭和五六年ないし昭和六三年分は年額一万六五二二円であり、平成元年以降年額一万五四〇〇円となったが、これらはいずれも天理市農業委員会が定めた標準小作料を基準とするものであった。

4(一)  本件各土地は、いずれも市街化区域内農地であり、従前は農地課税されていたが、後記生産緑地法の改正等に伴い、生産緑地地区に指定された場合を除き、平成四年度以降、原則として宅地並み課税されることになった。

原告は、自己が耕作していた指柳町二八九番一ほかの土地について、生産緑地地区の指定の申出を行い、その指定を受けたが、本件各土地についても、固定資産税等の軽減のため、生産緑地地区の指定を受けることを企図し、その準備を進めた。

(二)  天理市は、生産緑地地区の指定等のための作業を進め、平成三年一〇月ころ、前栽小学校において、地区住民らに対し、地方税法及び生産緑地法の改正等についての説明会を開いたが、原告及び被告乙木もこれに出席した。

その後、地区公民館において、地元(指柳町地区)住民の集会が開かれ、生産緑地地区の指定を受けるか否か等について地区住民同士の話し合いが持たれたが、これには被告乙木と同東川も出席した。

(三)  被告乙木は、これらの説明会等を通じて、生産緑地地区の指定を受けるためには、土地所有者の原告の同意のみならず、小作人である自己の同意書の提出が必要となることを知った。そして、同年一二月ころ、原告から生産緑地地区の指定を受ける前提として、農業委員会の登録台帳上の小作人の名義を乙木増蔵から被告乙木に変えるよう依頼され、さらに、平成四年三月ころ、生産緑地地区の指定のための同意書の用紙を渡された。

その後、原告と被告乙木との間で合意解約の話がなされたが、被告乙木は、合意解約をするための離作補償として、本件土地(一)を南北に分筆してその一部を譲り受けることや、小作地として別に原告から賃借している東荒畑町の土地を譲り受けたい等の話を持ち出したが、いずれも原告の受け入れるところとならず、合意解約の交渉は決裂した。

被告乙木は、平成四年五月二九日に手続に必要な印鑑登録証明書を用意したが、被告乙木が同意書及び印鑑登録証明書を持参したり、原告が被告乙木のもとに取りに来ることもないまま、手続上、締切日とされていた同月三一日を経過し、結局、本件土地(一)は生産緑地地区に指定されることはなかった。

(四)  被告東川は、前記公民館で行われた地元住民の集会に出席したり、平成四年一月に天理市農業委員会で尋ねるなどして、本件土地(二)付近の土地については、平成四年度以降、生産緑地地区に指定された場合を除き、原則として宅地並み課税されること、生産緑地地区の指定を受けるためには、当該農地の小作人の同意書の提出が必要となることなどを知ったが、自己所有の農地を宅地化することとし、生産緑地地区指定の申請はせず、一方、本件土地(二)については、小作契約を合意解約することを希望し、そのための用紙を入手するなどした。

被告東川は、平成四年一月末ころ、原告に対し、合意解約の申し入れをしたが、そのときは明確な返事はなく、平成四年三月末ころ、原告が被告東川のもとに同意書の用紙を持参し、それに押印したうえ、印鑑登録証明書を添付してほしい旨依頼した際、被告東川が、合意解約の件はどうなったかと尋ねたところ、原告は、返してもらっても困るのでそのままでもよいと答え、具体的な解約の話は進まなかった。さらに、その後、同年四月末ないし同年五月ころ、原告と被告東川間において、再び合意解約の話がなされたが、本件土地(二)の評価等をめぐって話がまとまらず、そのままとなっていた。

被告東川は、平成四年五月一八日ころ、前記同意書に押印し、印鑑登録証明書を用意したが、原告が同意書を取りに来ないため、期限も迫った同月二七日ないし二八日ころ、同意書及び印鑑証明書と合意解約のための用紙を持参して原告方を訪ねたとこ

ろ、その応答の仕方等をめぐって口論となり、原告が、固定資産税等が上がった分は被告東川に負担してもらうなどと述べたため、被告東川は怒って同意書等を原告に交付することなく帰宅し、そのまま締切期限が経過した。

(五)  被告らは、生産緑地地区の指定を受けるためには被告らの同意が必要であることから、この機会に原告と交渉して小作契約を合意解約し、離作補償として金銭ないし土地を受け取ることを考え、そのための交渉を進めたものであるが、一方で、将来における小作契約の合意解約の際の離作補償を考え、生産緑地地区の指定を受けることによって本件各土地の評価額が低く抑えられることを危倶したこともあって、生産緑地地区指定に必要な同意書を提出しなかった。

5  本件各土地については、平成四年度以降宅地並み課税されることになったが、平成五年度以降の固定資産税等の額は次のとおりである。

(一) 本件土地(一)

(1) 平成五年度        合計一一万九一一九円

(2) 平成六年度        合計一二万五〇七四円

(二) 本件土地(二)

(1) 平成五年度        合計一〇万〇二四〇円

(2) 平成六年度        合計一二万五二四一円

6(一)  原告は、被告乙木に対し、固定資産税等が増額されたのは同被告が生産緑地地区指定のための同意書を提出しなかったものであるとして、平成四年一二月一〇日ころ、平成四年度以降の賃料を年額一一万九一一九円に増額する旨の意思表示をし、同年分の賃料(小作料)の受領を拒絶したため、被告乙木は、同年度以降の賃料(小作料)を供託した。

また、原告は、被告乙木に対し、平成五年一二月二九日、平成六年度の賃料を年額金一五万円とする旨の意思表示をした。

(二)  原告は、被告東川に対し、固定資産税等が増額されたのは同被告が生産緑地地区指定のための同意書を提出しなかったものであるとして、平成四年一二月一〇日ころ、平成四年度以降の賃料を年額一一万九一一九円に増額する旨の意思表示をし、同年分の賃料(小作料)の受領を拒絶したため、被告東川は、同年度以降の賃料(小作料)を供託した。

また、原告は、被告東川に対し、平成五年一二月三一日、平成六年度の賃料を年額金一五万円とする旨の意思表示をした。

二  そこで、以上の事実関係に基づき、原告の各増額請求の当否について検討する。

1(一)  昭和四四年施行の都市計画法は、無秩序な乱開発を抑制し、計画的な市街化を図るため、都市を現在市街地を形成しているか、今後一〇年間に優先的に市街化を行う地域(市街化区域)と、開発を抑制する地域(市街化調整区域)とに区分し、その区分に応じた規制を行うこととしたが、その後、昭和四六年の税制改正の際、市街化区域内農地については、農地法上、届出をするだけで宅地に転用できることなどから、近傍の宅地との間の税負担の均衡を図るとともに、農地の宅地化を促進し、市街化区域内の宅地・住宅の供給増を図るため、市街化区域内農地について、当該農地と状況の類似する宅地の固定資産税課税標準価格に比準する価格等によって課税標準を決めるといういわゆる宅地並み課税の方策が採られ(地方税法附則一九条の二)、段階的に実施されてきた。

しかしながら、その後、市街化区域内における市街化も相当程度に進み、良好な生活環境の確保の上から、残存する農地の計画的な保全の必要性が高まってきたとして、平成三年四月二六日、生産緑地法が改正され(同年法律第三九号)、市街化区域内農地について、宅地化するものと保全するものを明確に区分することとし、保全する農地については、市街化調整区域への編入(逆線引き)又は生産緑地地区の指定を積極的に行うこととされた。そして、併せて、税制も改正され、平成四年度以降、長期営農継続農地制度等は廃止され、生産緑地地区内の農地(これは農地課税とされる。)を除き、原則として三大都市圏の特定市(本件各土地の存する天理市も含まれる。)のすべての市街化区域内農地は宅地並み課税の対象とされることとなった。

(二)  右のとおり、改正後の生産緑地法による生産緑地地区は、農地等の持つ緑地機能を積極的に評価し、その保全を図ろうとするものであり、従前から生産緑地地区内の農地については、農地所有者等に営農の義務づけを行うとともに(七条一項)、造成行為、工作物の設置等を制限していたが(八条一項等)、改正法は、さらに、所有者からの生産緑地地区内農地の買取り申出の開始期間を三〇年とする(一〇条)など、転用制限を強化している。そして、生産緑地地区の指定がなされると、私権は相当程度制限されることになり、かつ、農地は営農行為が継続されることによりはじめて緑地としての機能を発揮することから、その指定をするに当たっては、農地所有者のみならず、農業等に従事している者の意向を十分尊重すべきものとされる至った(三条)。

(三)  右の生産緑地法及び固定資産税等の税制の改正に伴い、原告は、本件各土地について、税額軽減のために生産緑地地区の指定を受けることを企図したが、前記の経過により、被告らの同意が受けられなかったため、結局、その指定を受けられず、平

成四年度以降、本件各土地について宅地並み課税となったものであり、こうしたことから、原告は、右宅地並み課税による固定資産税等が現在の小作料を大きく上回ること(いわゆる逆ざや現象)を理由として、小作料の増額請求権を行使したものである。

2  ところで、本件のような農地の小作料については、昭和一四年一二月一一日施行の小作料統制令以来、その最高額を統制する制度が採用されていたが、昭和四五年一〇月一日施行の新農地法により右統制制度は撤廃され(ただし、経過措置として昭和五五年九月まで存続)、小作料は、契約当事者の合意によって定められることとなり、契約当事者の一方は、その小作料が「農産物の価格若しくは生産費の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により又は近傍類似の農地の小作料の額に比較して不相当となったときは」将来に向かって小作料の増減を請求しうることとなった(同法二三条一項)。

右小作料の増減請求権は、平成三年法律第九〇号による廃止前の借地法一二条一項や、借地借家法一一条一項の定める地代等増減請求権と同一の法的性質を有する形成権であると解されるが、右借地法や借地借家法では、土地に対する租税その他の公課の増減を地代増減の斟酌事由と明定しているのに対し、農地法二三条一項本文は、前記のとおり「小作料の額が農産物の価格若しくは生産費の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動」を斟酌事由として定めるにとどまり、小作地に対する公租公課の増減を小作料の増減についての直接の斟酌事由としておらず、かえって、同法二四条で、災害等の不可抗力によって契約小作料の額がその年の粗収益に比して相対的に著しく高率となった場合、小作人は、賃貸人に対し一定限度まで小作料の減額を請求できる権利を認めている。そして、また、農地法は、農業委員会において小作料の標準額を定めることができることとし、その場合は「通常の農業経営が行われたとした場合における生産量、生産物の価格、生産費等を参酌し、耕作者の経営の安定を図ることを旨としなければならない。」としており(同法二四条の二。なお、昭和四五年九月三〇日四五農地B第二八〇二号次官通達によれば、右標準額は、原則として、粗収益から物財資、雇用労働費、家族労働費、資本利子、公租公課〔小作農が当該農業経営に関して負担するものをいう。〕及び経営者報酬を控除して算出する土地残余方式によるべきであるとされている。)、さらに、右標準額に比較して著しく高額な契約小作料に対する減額勧告制度を定め、賃貸人において右標準額を尊重すべきことを求めており(同法二三条の三)、これらの規定や、市街化区域内農地について課税が強化された際にも、そのことを小作料増額の一事由とする等の手当てはなされなかったことなどに照らすと、農地法は、耕作者の地位ないし経営の安定を図るため、同法の適用を受ける小作料の額は、主として当該農地の通常の収益を基準として定められるべきものとし、単に当該農地の公租公課が増額されたからといって、それのみを理由として直ちに小作料を増額しうることは認めていないと解される。

3  以上の農地法の趣旨に照らし、また、前記の生産緑地法の立法趣旨や地方税法の改正経過等を考慮に入れても、今回の制度改正によって結果的に課税額と小作料との間に逆ざや現象が生ずることになったとしても、農地法二三条一項に基づき、右格差を解消するための増額請求を許容することは困難であると解される。

この点について、原告は、被告らは、将来宅地として転売されたときに高く売れることや高い離作補償を受けられることの方を選択したものであるから、被告らにおいて、少なくとも生産緑地地区の指定を受けられなかったために増額された税負担に相当する分は、被告らにおいて賃料(小作料)として負担すべきものであると主張する。なるほど、前記認定の経過に照らすと、被告らが生産緑地地区指定に必要な同意書を提出しなかった背景には、生産緑地地区の指定を受けることによって本件各土地の評価額が低く抑えられ、将来における小作契約の合意解約の際の離作補償の点で不利になるのではないかという危惧があったことによるとも認められるが、一方、生産緑地地区の指定を受けた場合、被告らも営農を義務づけられるなどの多大な制限を受け、生産緑地地区の指定を受けるか否かについては重大な利害関係を有しているものであり、前記の経過により同意しなかったからといって、それを直ちに不当であると評価することもできないというべきである。そして、原告も、被告らから申し入れのあった合意解約に応ずるためには、離作補償(金銭の支払いないしはこれに代わる土地の提供)が必要となることから、これによる解決を望まず、そのことによる負担増加分を小作料の増額請求権を行使することによって賄おうとしたものであることや、本来、土地の固定資産税等は、その有する潜在的な収益力によって決まる資産価値を課税の基礎とするものというべきであり、都市で供給される諸々のサービスによってその不動産の収益力が定まるものであるから、その収益力の具体的現れである資産価値を課税の基礎とするのが公平であると考えられること、このような農地を原告があくまで農地として保有したいのであれば、宅地並み課税による税金は、資産運用の一つの経費として原告によって負担されるべきものであり、前記の事情によって逆ざや現象が生したとしても、小作料の増額によりこれを被告らに転嫁することによって解消を図ることは相当でないと考えられること、市街化区域内農地の転用及び合意解約は比較的容易であり、今回の生産緑地法の改正に当たっても、当該農地の所有者又は買受予定者が具体的な転用計画を有している場合には、当該農地の賃借人の生計を考慮しつつ地域の慣行等に照らして相当と認められる離作補償が行われることを条件に農地法二〇条二項二号に該当するものとして、同条一項の許可を行うことができるとされるなど(平成三年九月一〇日三構改B第九九八号各都道府県知事あて農林水産省経済局長・構造改善局長通達)、合意解約による解決も予定されていたこと等を考慮すると、原告が指摘する事情をもってしても、本件における各増額請求が理由ありとすることはできないというべきである。

三  結論

よって、本件各増額請求の効力が発生したことを前提とする原告の本訴請求はいずれも理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録

(一)(1) 天理市指柳町字シシウトメ一三一番

田      四一三平方メートル

(2) 天理市指柳町字シシウトメ一三二番

田      五六五平方メートル

(二) 天理市指柳町字シシウトメ一四一番

田      八二三平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例