奈良地方裁判所 平成7年(行ウ)12号 判決 1997年3月26日
奈良市西登美ヶ丘六丁目八番二号
原告
井ノ上昭松
右訴訟代理人弁護士
吉田麓人
同
宮尾耕二
奈良市登大路町八一番地
被告
奈良税務署長 有年弘之
右被告奈良税務所長指定代理人
平田豊和
同
佐藤香
東京都千代田区霞が関三丁目一番一号
中央合同庁舎第四号館
被告
国税不服審判所長 小田泰機
右被告国税不服審判所長指定代理人
青木佳幸
高木俊継
右被告両名指定代理人
山崎敬二
同
石井洋一
同
福島廣
同
榎友三
同
江波利隆
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告奈良税務署長が平成五年一月二〇日付けでした原告の平成三年分所得税についての更正(以下「本件更正」という)の内、分離短期譲渡所得金額四六一八万六〇〇〇円を超える部分及び重加算税賦課決定(以下両処分を合わせて「本件処分」という)をいずれも取り消す。
二 被告国税不服審判所長が平成七年四月二五日(訴状の請求の趣旨に「平成七年五月一八日」とあるのは誤記と認める)付けでした、原告の平成三年分所得税につき被告奈良税務署長によってなされた本件処分に対する原告の審査請求をいずれも棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という)を取り消す。
第二事案の概要
一 本件は、本件更正及び本件裁決における別紙一記載の各土地(以下「本件土地」という)に関する分離短期譲渡所得金額の算定にあたって、原告主張の取得費用の大部分につき必要経費としての控除が認められなかったのは違法であるなどとして、原告が被告らに対して、本件処分及び本件裁決の取消しを求めている事案である。
二 争いのない事実等
1 原告は、牛乳販売業及び農業を営んでいる。
2 原告の平成三年分所得税について、原告がした修正申告、これに対して被告奈良税務署長がした本件処分、被告国税不服審判所長が本件裁決の経緯は、別紙二、三のとおりである。
3 原告は、本件に係る確定申告書及び異議申立書において奈良県生駒市壱分町一四一七番地(以下「本宅」という)を住所として表示し、審査請求書においては、肩書住所地を住所として表示したものの、被告国税不服審判所長の釈明に対し、住所を本宅に統一する旨陳述した。そして、本件裁決の裁決書謄本(以下「本件裁決書謄本」という)は、平成七年五月一九日、本宅に送達された(検甲二、三、乙一)。
4 原告は、平成七年八月二一日、本訴を提起した。
5 原告は、住民票上の住所を本宅としていた(甲一三)が実際には肩書住所地に内縁の妻と居住しており(甲四)、本宅に近接する自らが経営する牛乳販売店の事務所(以下「本件事務所」という)に毎日通勤していた。そして本宅には、原告の法律上の妻である光子、原告の息子夫婦である井ノ上善太郎及び初枝らが居住しており、本宅に届けられた原告宛の郵便物等は、光子が本件事務所に届けていた。
なお、本宅の近所には、原告の弟である井ノ上房吉(以下「房吉」という)及び離婚後も同居している房吉の内縁の妻である小林靜子(以下「靜子」という)らが居住していた。
三 争点
本件訴えは出訴期間を遵守した適法な訴えか。
原告の主張は次のとおりである。
「靜子は、平成七年五月一九日、本件郵便物を受領し、これをいったん自宅に持ち帰り、内縁の夫である房吉に渡した。房吉は、翌五月二〇日、本件郵便物を本件事務所の原告の机の上に置いて、原告に届けた。これにより原告は、同日、本件郵便物を受領して、本件裁決があったことを知った。」
四 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
第三争点に対する判断
一 取消訴訟は、裁決があったことを知った日から三か月以内に提起しなければならないところ(行政事件訴訟法一四条一項)、ここに「裁決があったことを知った日」とは、相手方が裁決の存在を現実に知った日をいうものと解されるが、裁決書謄本等が郵便により配達された場合には、了知可能な状態に置かれたことになるから、特段の事情のない限り、相手方は郵便物が配達された日に裁決があったことを知ったものと推定される。
前記争いのない事実等によれば、本件郵便物は、平成七年五月一九日、原告が住所として統一したその本宅に送達されたというのであるから、特段の事情のない限り、原告はその日のうちに本件裁決を知ったものと推定される。
二 そこで、右推定を覆す特段の事情の有無について検討するに、原告は、前記のとおり主張し、これに沿う証人靜子の証言及び平成七年五月二〇日に「不服審判所より裁決届く」との記載がある日記帳(甲三)を援用する。
しかしながら、靜子の右証言は、以下のとおりその信用性に疑問がある。
すなわち、靜子は、外出するときは本件印鑑の入った手提げ袋を常時携行しており、平成七年五月一九日も右手提げ袋を携行して本宅を訪れ、本件印鑑を使用して本件郵便物を受領した旨証言しているのであるが、そもそもその証言自体によっても、外出時に本件印鑑を手提げ袋に入れて携行するように至った経緯は全く明らかでなく、かえって、靜子自身、戸籍上小林姓であるため「井上」名義の印鑑を使用する場面は限られていることを自認し(同証言二八項)、仕事関係では請求書等と一緒に保管してある別の印鑑を使用していた(同証言二八項)と証言していることからすれば「井上」名義の本件印鑑を手提げ袋に入れて携行しなければならない必要性があったとは認め難い。
また、靜子は、自宅で宅配便を受領する際には、印鑑を押して受領したことはなく、サインで済ませていたと証言しているところ(同証言五七項)、実際、本件印鑑は、原告の本宅の宅配便の受領印としては複数回使用されているのに対し、靜子宅の宅配便の受領印としては使用されていない(乙四ないし八、一〇、一一)のであって、同じ宅配便の受領であるというのに、本宅での受領についてのみ本件印鑑を使用していたというのもいささか不自然である。
さらに、靜子は、友人から金員を借り受けた際に、本件印鑑を使用して借用証(甲二〇)を作成したことがあるとも証言するが(同証言六四、六五項)、この借用書においては貸主及び借主とも本名が用いられておらず(甲二一ないし二三)、容易に差換えも可能であったこと(同証言七五、七六項)、右借用書は、靜子の証人尋問に至って初めてその存在が明らかになったものであること(同証言六四項)、靜子自身借入れの動機について曖昧な説明しかしていないこと(同証言六七、六八項)、未返済の借入金(同証言七五項)についての借用書原本が証拠として提出されていること等、多くの不自然な点があることからすれば、右借用書が、真実その作成日にこれに対応する借入れがあって作成された書面であると認めることはできない。
以上を総合すれば、証人靜子の前記証言は、その信用性に疑いがあり採用できないし、甲三の日記帳についても、その内容の正確性を客観的に裏付ける証拠は存しないから、結局のところ、原告が本件郵便物の送達を受けた日に裁決があったことを知ったものであるとする前記推定を覆す特段の事情があるとは認め難い。
そうすると、原告は、本件裁決があったことを知った平成七年五月一九日(初日算入)から三か月間の出訴期間を徒過した同八月二一日に、本件訴えを提起したことになるから、本件訴えは不適法である。
三 よって、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 前川鉄郎 裁判官 石原雅也 裁判官 田口治美)
別紙一
本件土地
<省略>
別紙二
確定申告から異議決定までの経緯及び内容
<省略>
別紙三
審査請求及び裁決の経緯及び内容
<省略>