奈良地方裁判所 平成8年(ワ)15号 判決 1998年2月13日
奈良市<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
小倉真樹
同
田中啓義
同
本多久美子
東京都中央区<以下省略>
被告
野村證券株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
吉川哲朗
主文
一 被告は原告に対し、六二三万六七二四円及びこれに対する平成七年五月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、一三〇七万三四四九円及びこれに対する平成七年五月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が被告とのワラント取引により損害を被ったとして、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償として、右金額及びこれに対する最終のワラント購入日の翌日である平成七年五月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
一 争いのない事実
1 原告(昭和二七年○月○日生)は奈良県橿原市内で繊維関係の販売業を営む者であり、被告は証券業を営む会社である。
2 原告と被告との取引の経緯は、次のとおりである。
(一) 原告は平成三年一〇月ころ、大阪市内にある「ユーランド」というスナックで、被告なんば支店で営業を担当していたB(以下「B」という。)と知り合った。
(二) Bはその後、奈良県橿原市内にある原告の事務所を訪れ、投資の勧誘をしていたところ、平成四年六月に初めての取引として、世界同時上場のGPA株の入札申込みを受け、いったんは口座も開設されたが、その直後に上場が中止となったため、結局、取引は成立しないままに終わった。
(三) Bは平成四年一二月になって、テンアライドの新規上場株を紹介して原告からその購入申込みを受け、同月三日、原告との間で、テンアライド株二〇〇〇株、合計四五五万四〇〇〇円の取引を成立させた。
(四) 原告は同年一二月二一日、Bの勧めに応じて、右テンアライド株二〇〇〇株を四六七万〇九七五円で売却し、鈴木シャッターの転換社債を四二六万三二三五円で購入したが、同月二五日、右転換社債を四〇九万七四一七円で売却した。
(五) 原告は平成六年一二月五日、Bの勧めに応じて、日立金属の新規発行転換社債を一〇〇〇万円で購入した(同月八日右転換社債発行)。
(六) 原告は同年一二月七日、Bの勧めに応じて、千代田化工建設のワラント一〇〇ワラントずつを、二回に分けてそれぞれ一八九万五六二五円で購入し、同月一二日、口座料を含む三七九万三六一九円を振り込んだ。
(七) 原告は、日立金属の前記転換社債をその上場日の同年一二月一五日に一〇一五万四九九七円で売却したが、Bの勧めに応じて同日、フジクラのワラント一〇三ワラントを代金四七七万五六五九円で、キッセイ薬品のワラント一〇〇ワラントを代金五一三万七八一二円で購入した。
(八) 原告は平成七年五月一一日、Bの勧めに応じて、キッセイ薬品の前記ワラントを二五一万四〇〇〇円で売却し、東亜合成化学のワラント八五ワラントを代金二五八万五一六八円で購入した。
(九) 原告は平成七年八月八日、千代田化工建設の前記ワラントを合計三万一六〇五円、フジクラの前記ワラントを一五一万一三九七円、東亜合成化学の前記ワラントを九五万九四三八円でそれぞれ売却した。
3 原告が被告から購入した右各ワラント(以下「本件各ワラント」という。)の買付単価、当時の株価、権利行使価格、権利行使期限、理論価格(パリティ価格)及びプレミアム率は次のとおりである。
(一) 千代田化工建設ワラント
(1) 買付単価 三・七五ポイント
(2) 株価 一三一〇円
(3) 行使価格 一九〇七円
(4) 権利行使期限 平成八年一〇月一五日(残存期間約一年一〇か月)
(5) 理論価格(パリティ価格) マイナス三一・三
(6) プレミアム率 五一・〇一
(二) フジクラワラント
(1) 買付単価 九・二五ポイント
(2) 株価 七三五円
(3) 行使価格 九三二・九円
(4) 権利行使期限 平成一〇年二月一〇日(残存期間約三年二か月)
(5) 理論価格(パリティ価格) マイナス二一・二
(6) プレミアム率 三八・六
(三) キッセイ薬品ワラント
(1) 買付単価 一〇・二五ポイント
(2) 株価 四二三〇円
(3) 行使価格 五三九五・五円
(4) 権利行使期限 平成一〇年一月二九日(残存期間約三年一か月)
(5) 理論価格(パリティ価格) マイナス二一・六
(6) プレミアム率 四〇・六
(四) 東亜合成化学ワラント
(1) 買付単価 七・二五
(2) 株価 四九五円
(3) 行使価格 五六一・九〇円
(4) 権利行使期限 平成八年五月二三日(残存期間約一年)
(5) 理論価格(パリティ価格) マイナス一一・九
(6) プレミアム率 二一・七
二 原告の主張
1 本件各ワラントの特性
(一) 買付単価の低さ
本件各ワラントの買付単価は、最も高いキッセイ薬品ワラントですら一〇・二五ポイントであり、その他はすべて一〇ポイント以下である。このような価格帯のワラントは、株価が権利行使価格を大きく下回っているためプレミアム率が高く、株価に対する反応もにぶいのでギヤリング効果も働かない。したがって、このような価格帯のワラントは、そもそも投資対象としては適切でなく、証券会社が価格別の商品説明を行うことなくこれを売っていたとすれば、証券会社は当該ワラントを売った時点で投資家に、より過大なリスクを負担させたことになる。
(二) 残存する権利行使期間の短さ
ワラントという商品にとって権利行使期限は重要な意味を持つ。ワラントは、権利行使期限を過ぎればただの紙屑にすぎなくなるが、権利行使期限を過ぎなくともこれが近づけばその商品価値はなくなるのである。すなわち、投資商品としてのワラントが持つプレミアムとは、権利行使期限までの株価の値上がり期待を表したものであり、残存期間が長ければそれだけ株価上昇期待も高くなり、プレミアムも高くなるが、それが短ければ、プレミアムは低くなり、ワラントの価値も相対的に低下することになる。そして、権利行使期間が四年に設定されているワラントでは、実際に取り引きできるのは発行されてから二年程度であり、残存期間が二年を切ると、出来高は非常に少なくなる。したがって、権利行使期限までの残存期間が二年未満のワラントは、投資対象としては不適格なのである。
2 Bによる本件各ワラントの勧誘行為には次のような違法がある。
(一) 適合性違反
本件各ワラントのように、勧誘時点で株価が権利行使価格を大きく下回っているような場合には、将来株価が相当の率で上昇し、権利行使価格を上回る事態が到来することのそれ相当の蓋然性がなければ、当該ワラントに対する投資は無意味であり、投資金額全額を失うおそれが強い。したがって、そもそもこのようなワラントの購入を一般投資家に勧誘することは、特段の事情のない限り、不適切なものである。
原告は、平成六年一二月七日に千代田化工建設ワラントを購入するまでは、新規上場株、新規転換社債等、ワラントに比して危険性の低い商品に投資しており、被告以外の証券会社との取引においてもワラントの購入経験はなかった。被告と取引するようになった経緯をみても、それはBの積極的なアプローチによるものであり、B自身も認めるとおり、原告は、パリティの計算等を熱心に聞く人間ではなく、行使期限を「ギョウシキゲン」と発音するほど無理解な人間であった。そして、ワラントの値動きの幅についても「上下二割ぐらいの感覚」しか持っておらず、その投資態度は、「自信があるから(と言って)勧める営業担当者に任せる」といったものであった。したがって、このような点からすれば、原告に対する本件各ワラントの勧誘を正当化するような特段の事情は存しない。
(二) 断定的判断の提供、虚偽説明
Bの勧誘行為の特徴は、「絶対短期で儲かる」等の断定的判断を提供するとともに、「いま利幅がとれるのは現物株より値動きのよいワラントしかない」といった誤った説明を繰り返し、本件各ワラントについて、その価格が特に安く、かつ、権利行使期限が短いことの危険性を全く説明していない点にある。
Bは、本件各ワラントの勧誘に先立ち、平成四年一二月に「短期で勝負できる、一割くらいの利は乗る」と言ってテンアライド株の購入を勧めていたが、日立金属の転換社債の購入を勧めた際には、B自信の証言によっても「儲かると思いますと。……儲かるんじゃないでしょうかというような表現」をして、原告がそれまでとは桁違いの取引に久しぶりに応じるほど、儲かることを断定的に説明していた。そして、千代田化工建設ワラントの購入を勧めた際にも、「いま利幅がとれるのは値動きのいいワラントしかない」とか、「いまの状況下で、現物の株とかそういうものを買っても大した値上がりもないと。そやから、そういうワラントのようなものをやると、けっこう値動きが乱高下して値幅がとれる」等と述べて、前記のような本件各ワラントの特性に照らせば、明らかに誤った説明をしたものである。
(三) 説明義務違反
ワラントにおいては、理論価格(パリティ価格)と株価との間では連動性ないしギアリング効果が明確に存在するが、本件各ワラントのように勧誘時点で株価が権利行使価格を大きく下回っているような場合には、プレミアム価格と株価との間の連動性ないしギアリング効果は必ずしも明確ではない。特に、ワラント価格に占めるプレミアム価格の部分が大きいワラントの値動きは、株価と対比してより複雑なものとなる傾向が顕著であって、その予測は更に困難なものとなる。したがって、証券会社は、ワラント価格に占めるプレミアム価格の部分が大きいワラントの購入を一般投資家に勧めるにあたっては、当該銘柄について、具体的に権利行使価格と権利行使期間を明示して、現在の株価水準との関係を明らかにした上で、今後の株価が相当の率で上昇したり、権利行使価格を上回ると考える根拠とその確度とを、客観的な情報に基づいて、個別具体的に懇切丁寧に説明すべきである。
しかるにBは、その証言内容を前提としても、ワラントの価格が低いことを安易に有利なものと判断し、残存する権利行使期間の短さの危険性に対する認識を欠いたまま、単に株価が上がればワラントも上がるとの安易な理解の下に、原告に対して本件各ワラントの購入を勧めたものであり、勧誘時点で株価が権利行使価格を大きく下回っていてポイントの低いワラントの購入を勧誘する場合に必要な説明を行っておらず、また、残存する権利行使期間が短いワラント特有の危険性についても何らの説明を行っていない。
3 原告の損害額
(一) 本件各ワラントの購入金額と売却金額との差額 合計一一二七万三四四九円
(二) 弁護士費用 一八〇万円
三 被告の主張
1 ワラントの価格は、株価と権利行使価格との関係、残存する権利行使期間、株価の上昇期待、銘柄の人気等、様々な要因に基づいてワラント自体に対する需要と供給とによって決定されるものでり、最終的にはその時点での流通市場の評価によって決定されるものである。そして、株価が権利行使価格を下回っている、いわゆるマイナスパリティのワラントについても、株価の変動によりパリティが上下し、これが買値よりも上昇した場合には、転売することによって利益を上げることができるのである。また、残存する権利行使期間が一年程度のワラントも、市場では実際に流通しており、権利行使期限までの期間が二年未満のワラントであっても、投資対象として何ら不適格なものではない。
2 Bによる本件各ワラントの勧誘行為に何ら違法はない。
(一) 原告は平成六年一二月当時、従業員五名を有する「ハヤマ捲糸」を経営し、年商として六〇〇〇万円から七〇〇〇万円の取引をなし、相当の収入を得ていた。そして、個人的にも二億円くらいの価値のある不動産を所有し、昭和六二年ころから地場証券である伊勢証券及び山源証券との間で証券取引を行い、それも株式や投資信託の現物取引にとどまらず、信用取引もなし、あわせて五〇〇〇万円ないし六〇〇〇万円の取引をしていた。原告は、Bに初めて会ったころから、投資した株式が下がっているので難平(ナンピン)しているとか、下がったらまた買う等といった話をしており、豊富な投資経験を有していたことは明らかである。加えて、原告は朝日新聞を購読し、毎朝三〇分をかけて読んでいるとのことであるが、原告が初めて千代田化工建設ワラントを購入した平成六年一二月ころには、すでに何件ものワラント訴訟が提起され、新聞紙上でもワラントのリスクを含めた報道がなされていたのであるから、原告はワラントの商品性やリスクについても十分な理解をしていたものと考えられる。
したがって、このような原告の財産状態、投資経験、商品理解力等に照らせば、原告がワラント取引に適合しないものであるとする原告の主張は、失当である。
(二) 原告は、日立金属の転換社債の勧誘時におけるBの発言をとらえて断定的判断の提供があったと主張するが、Bは、右勧誘時にも、「儲かると思います」「儲かるんじゃないでしょうか」と言っているにすぎないのであって、断定的な判断の提供をしたものではなく、他に原告の主張するような事実はない。
(三) Bは、次のとおり本件各ワラントについて十分な説明をしている。
(1) Bは平成三年一〇月ころ、当時顧客であったCの経営する「ユーランド」で初めて原告と会い、その後、Cから原告の事務所の所在地や電話番号を教えてもらって訪問したり電話をかけたりして勧誘していたが、平成四年一二月三日になって、テンアライドの公募株式を初めて買い付けてもらい、さらに同月二一日に、右株式を売却して鈴木シャッターの転換社債に買い換えてもらった。鈴木シャッターの右転換社債は原告の資金需要のため、同月二五日売却されたが、その後は取引もなく、約一年半が経過した。
平成六年五月になって、Bは原告から、「土地が売れそうだ。今度はお前とやる」旨の電話を受け、それ以降再び原告の下を頻繁に訪問するようになり、そのころから株式とともにワラントについても本格的に勧誘を始めた。そしてBは、ワラントの購入を勧めるにあたり、ワラントが新株引受権であること、株式より上下が激しいこと、期限が来るとゼロになってしまうこと、相対取引であること、為替リスクがあることを説明した。これに対し原告からは、ワラントはどのようにして値段がつくのかとか、新聞にはどこに載っているのか、どうしてそんなに価格が上下するのかといった質問が出されたが、Bは、持参した新聞を開いてその価格が掲載されている箇所を示し、価格が上下するしくみについても図表を書いたり、社内のワラント価格表や勉強会資料を見せて説明した。原告はBの訪問中、他の証券会社の担当者に電話をかけて、「ワラントはゼロになるからやめとけと言われた」とBに述べており、権利行使期限が過ぎれば無価値になることも十分に熟知していたものである。
(2) 原告は平成六年一二月七日、千代田化工建設ワラントの購入をする前に、ワラント確認書(乙第一〇号証)に署名押印しているが、この確認書にはわかりやすく「私は貴社から受領した『国内新株引受権証書』及び『外国新株引受権証書取引説明書』の内容を確認し、私の判断と責任において国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引を行います」と記載されている。その署名押印後、自己の判断で千代田化工建設ワラントの購入を決めているのであるから、原告はワラントの商品性を十分に認識した上で購入したものである。そのとき、Bは原告に対し、千代田化工建設ワラントの値動きについて、株価との関係をチャートを使って詳細に説明し、さらに、右確認書に編綴した説明書(乙第一一号証)の「ワラントのリスクについて」というページを開けて再度内容を説明した。
原告は、千代田化工建設ワラントについて、ギアリング効果が働かないほどプレミアムが高いワラントであり、しかも権利行使期限までの残期間はわずか一年一〇か月と通常は取引が成立し難い期間しかないワラントであるから、その勧誘にあたっては、今後短期間に株価が権利行使価格を上回ると考える根拠とその確度とを客観的な情報に基づいて個別具体的に懇切丁寧に説明する必要があったと主張するが、残期間が一年一〇か月あるワラントであれば十分に取引がなされているのであり、また、ワラント取引においては通常、権利行使を目的としておらず、権利自体の価格の上下によって投資家は利益を得る機会があるのであるから、Bの右説明は、原告が十分に適合性を有する投資家であり、ワラント一般についても理解していた以上、何ら欠けるところはない。
また、原告がフジクラワラントとキッセイ薬品ワラントを購入した際には、Bは他に川崎重工と古河機械金属のワラントを勧めていたが、これらについて原告は、権利行使の残期間が短いとしてこれを断っていたのであり、このことからしても、Bが権利行使期間を含めてワラントの商品説明をし、個別のワラントについても残存する権利行使期間をはっきりと伝えていることが明らかであり、その説明を受けて原告は、ワラントの権利行使期間が短いことによるリスクを十分に理解していたものである。そしてこのことは、原告が最後に購入した東亜合成化学ワラントについても同様であり、原告は、Bの説明により残存する権利行使期間が一年強であることを了解の上、これを購入したものである。
3 損害額に関する原告の主張は否認ないし争う。
五 争点
1 原告と被告との証券取引の経緯等
2 Bによる本件各ワラントの購入勧誘行為についての違法性の有無
3 原告の損害額
六 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録の各記載を引用する。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 前示争いのない事実に、証拠(各項の末尾に摘示したもの)を総合すれば、次のような事実を認めることができる。
(一) 原告は高等学校卒業後、近鉄に三年、高田鋼材に二年それぞれ勤務したのちa社を設立して、捲糸の製造販売業を営んでいる者であるところ、平成六年一二月当時のa社の年商は六〇〇〇万円ないし七〇〇〇万円であり、原告個人としても親から相続したものを含めて約二億円の資産を有していた。(原告本人の供述)
(二) 原告は、昭和六二年ころから平成四年の前半ころまで、友人のDが勤める伊勢証券及びいとこが勤める山源証券との間で証券取引を行い、株式や投資信託の現物取引のほか、信用取引によるものを含めて五〇〇〇万円ないし六〇〇〇万円の取引をしていたが、平成四年の後半からは、株価低迷のためほとんど取引をしていなかった。(原告本人の供述)
(三) Bは平成三年一〇月ころ、当時顧客であったCの経営する「ユーランド」で初めて原告と会い、その後、Cから原告の事務所の所在地や電話番号を教えてもらって訪問したり電話をかけたりして勧誘していた。原告は右の過程でBに対し、自らの投資態度を例えて「自分はばくち打ちだ」等と述べていたが、Bの再三の勧誘にもかかわらず、なかなか取引の成立には至らなかった。そして、平成四年六月に初めて入札申込みをした世界同時上場のGPA株についても、いったんは口座開設の運びとなったが、その直後に上場が中止となったため、結局、取引は成立しないままに終わった。(証人Bの証言、原告本人の供述)
(四) Bは平成四年一二月三日、「短期で勝負できますから」と言ってテンアライドの新規公開株の購入を勧め、原告との間で初めて取引を成立させたが、公開後も株価の目立った上昇がなく、原告からも「大したことないぞ、もう売ってしまえ」との指示を受けたため、同月二一日、新規に上場された鈴木シャッターの転換社債への買換えを勧めて、原告との間で再び取引を成立させた。しかし、鈴木シャッターの右転換社債も目立った値動きがみられなかったため、原告は、同月二五日、前記のとおり若干の損失を出してこれを売却し、その後はBと取引をしないまま、時日が経過した。(証人Bの証言、原告本人の供述)
(五) Bは平成六年一二月になって、「今度は自信があるから」と言って日立金属の新規発行転換社債の購入を勧め、「儲かるのか」という原告の問いかけに対しても「儲かると思います」と答えて、同月五日、同転換社債二〇〇〇万円の取引を成立させた。そして同月七日、Bは、右転換社債の代金を原告の事務所へ受け取りに行った際、「いまの状況では現物株の取引をしていても大した値上がりも値下がりもないが、ワラントであればけっこう値動きが乱高下するけれども利幅がとれ、短期で勝負できる」等と言って、千代田化工建設ワラントの購入を勧めた。Bはその際、持参した三点か四点の資料を示して、ワラントが新株引受権であること、外貨建てで為替リスクがあること、相対取引であること、権利行使期限というものがあり、その期間内に売買をする必要があること、値動きが激しいがその分利幅もとれること等を説明するとともに、千代田化工建設株の値動きにも言及して右ワラントの購入を勧めた。しかし原告は、Bの右説明を十分に聞くことなく、「そんなん聞いてもわからん。そやからそんな説明はいい。自分が自信あるんやったらやってくれ」等と言って、ただ「儲かるのか」とだけ質問し、「儲かると思います」というBの言葉を受けて、右ワラントを一〇〇ワラントだけ購入することにした。そして、Bが提示した外国証券取引口座設定約諾書(乙第七号証)、外貨建証券配当金等の振込先指定届(同第八号証)、国外発行の株式等に係る配当所得の源泉分離課税の選択申込書(同第九号証)に署名押印するとともに、国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書(同第一一号証)の末尾に編綴されている国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書(同第一〇号証)に署名押印した。Bは、帰社後直ちに原告から申込みを受けた一〇〇ワラントの買付手続をしたが、事前に予想していた四ポイントよりも安い三・七五ポイントで買い付けることができたので、その旨原告に電話連絡をしてもう一〇〇ワラントの購入を促し、その日のうちに更に一〇〇ワラントの購入申込みを受けた。(証人Bの証言、原告本人の供述)
(六) 日立金属の前記転換社債は、Bの「儲かると思います」との言葉にもかかわらず、発行後も大した値動きがなかったため、原告は、その上場日の同年一二月一五日にこれを一〇一五万四九九七円で売却した。Bは同日、右売却代金で新たにワラントを購入してもらおうと考えて原告の事務所を訪れ、フジクラ、キッセイ薬品、川崎重工、古河機械金属の各ワラントの購入を勧めた。Bはその際、右各社の株の値動きや各ワラントの権利行使期限に触れて勧誘したが、その場では購入の申込みを受けることができず、帰社後、改めて電話で勧誘をした際に、権利行使期限までの残期間が約八か月と極めて短かった後二者を除くフジクラワラント及びキッセイ薬品ワラントについて、購入額を前記売却代金にほぼ見合うものとすることで、原告から購入の申込みを受けることができた。(証人Bの証言、原告本人の供述)
(七) 原告は、フジクラワラント及びキッセイ薬品ワラントの購入後、伊勢証券に勤めるEと電話で話をした折りに、ワラントとは何かを尋ねてみた。それまで原告は、権利行使期限が遅ければ値段がついている期間が長いのだろうといった程度の認識しか持っていなかったが、右の機会にEから「ワラントは期限が過ぎると無価値になってしまう」と言われたため、さすがに心配になって、同年一二月末ころ、Bから電話で七〇万円弱上がっている旨の連絡を受けた際に、これを売却する意向を示した。しかし、Bから、「期限までは大丈夫だからこれぐらいで納得してはだめだ」と言われたので、年が明けて一月中には処分するようにと言って電話を切った。ところが、平成七年一月に入ると阪神・淡路大震災が発生し、その影響で右各ワラントの価格も急落するに至ったため、原告が同月末に電話をかけた時点では、売却すれば大きな損失が出ることが必至の状態になっていた。(原告本人の供述)
(八) 右のような経緯で、原告としても右各ワラントを売るに売れず、Bにおいても原告に対し売却を勧めることができないまま時日が経過し、同年五月ころには、右各ワラントの価格は購入時の約半分になってしまっていた。このようななか、Bは同年五月一一日、上司に当たるF課長を同道して原告の事務所を訪れ、「損失を埋めるには、権利行使期限までの期間は短いが、これに乗り換えてもらうのが一番いいと思う」と言って、東亜合成化学ワラントの購入を勧めてきた。原告としては、すでに前記各ワラントの損失が具体的なものとなっている以上、Bらが一番いいと言う方法に乗るしかないと考えて、キッセイ薬品ワラントを前記のとおり二五〇万円以上の損失を出して売却し、その売却代金にほぼ見合う分だけ東亜合成化学ワラントを購入した。(原告本人の供述)
(九) Bは、同年五月中に名古屋支店への異動が決まり、同月二七日、F課長と共に原告の事務所へ異動の挨拶に行ったが、その際原告は、損失をそのままにしてBが異動することに強い不満を示し、Bに対し、「損をさせたまま名古屋支店に行くのだったら、そのまま名古屋支店に持っていけ、名古屋支店でも担当できるだろう」等と苦情を述べていた。(証人Bの証言)
2 当裁判所は、争点1につき右のとおりの事実を認定するものであるが、Bの証言と原告本人の供述とはいくつかの点で顕著な対立を示しているので、その信用性につき、以下補足的に説明を加える。
(一) Bはまず、「短期で儲けます」とか「早い勝負に出ます」といった言葉で勧誘したことはない旨証言する。しかしながら、B自身、主尋問では右のように証言しながら、反対尋問では、慎重に言葉を選びながらも、日立金属の転換社債を勧めた際には、「儲かるのか」という原告の問いかけに対し「儲かると思います」と答えたことがある旨証言し(平成九年四月一一日B証人調書三四丁裏)、少なくともこの限度では「儲かる」という言葉を用いて勧誘した事実を認めている。そして、Bの再三の勧誘にもかかわらずなかなか取引に応じなかった原告がその後実際に購入したのは、いずれも新規上場あるいは新規発行の株式や転換社債であって、一般に短期間での値上がりを見込んで取り引きされる種類のものである上、現に購入後短期間のうちに売却されていることからすると、このような取引を好む原告の意向に沿うように、Bが日頃から「短期で勝負できる」といった言葉を用い、あるいは日立金属の転換社債以外の勧誘時にも「儲かると思います」といった言葉を用いて勧誘していたであろうことは十分に推認されるところである。そうすると、このような勧誘があったとする原告本人の供述は信用することができ、これを否定するBの証言は採用することができない。
(二) Bはまた、千代田化工建設ワラントの購入申込みを受けるまでの過程では、前記認定の説明以外にも、原告からの質問に応じて、図表を書いたり、社内のワラント価格表や勉強会資料を見せたりして、ワラントの価格が上下するしくみ等の説明もした旨証言する。しかし、そのしくみ等を具体的にどのように説明したかという点になると、「ワラントの、株価との比較の値動きの図が書いてあったり、転換社債との比較が書いてあったり、ないしはパリティとかプレミアムの計算式が載ってますので、……パッとお見せしたほうが早いですので、こういうふうな補足的に出したという形でお見せしました」と証言するのみで(平成九年四月一一日B証人調書二三丁表裏)、具体的な説明内容は明らかでなく、その勧誘態度も、ただ「パリティというのがどういうものであるかをお伝えしたら、私はそれで済む」との考えから、原告がこのような話を熱心に聞かない人物であることを認識しながら、その理解の程度には全く意を用いていなかったことが窺われる(同調書五六丁裏)。そうすると、右のような対応をしたことをもって、ワラントの価格が上下するしくみ等を説明したと認定することは困難であり、Bの前記証言は採用することができない。
(三) Bは、右のほかにも、原告本人の供述に反し、平成六年一二月末ころに電話をした際、フジクラワラントの価格が二割程度上がっていたのは事実だが、原告から売却の話は出ておらず、「期限までは大丈夫だからこれぐらいで納得してはだめだ」等と言ったことはない旨証言する。しかしながら、同月一五日にフジクラワラント等を購入した後の事実経過(すなわち、右1の(七)ないし(九))に関する原告本人の供述は、Eからワラントは期限が過ぎると無価値になってしまうと言われた時期に関する部分を含めて、極めて自然な流れとなっており、その信用性が高いと考えられるのに対し、Bの証言するところによっては、それまで権利行使期間が短いものはいやだと言って断っていた原告が、Bの勧誘に応じて権利行使期限までが約一年しかない東亜合成化学ワラントを購入するに至った理由を合理的に説明することができないから、Bの右証言も採用することはできない。
二 争点2について
1 ワラントとは、一定の期間内(権利行使期間)に一定の価格(権利行使価格)で一定の数量の新株を引き受ける権利を表章した証券であり、これを保有すること自体によって配当や利息収入を得ることができるものではないが、株式に直接投資するよりも少額の資金で、より効率の高い投資収益を得ることを可能にする投資商品である。しかし、その一方で、ワラントには権利行使期間があるため、この期間を経過するとその価値はなくなり、期間内であっても通常は権利行使期限が近づくことによりその価格は減少する。これは、投資商品としてのワラントが権利行使期限までの株価の値上がり期待の大小をその価格変動の主要因としていることに由来するものであって、権利行使期限までの残存期間が短ければ、これが長い場合と比べて株価上昇に対する期待が相対的に小さくなるから、ワラント価格も相対的に低下することになり、権利行使価格が株価水準を上回っていれば、ワラント価格はゼロに近づいていく。
ワラント価格が変動する要因は、抽象的には右のようにいうことができるが、権利行使期間という限られた期間内で株価がどのような値動きを示し、かつ、権利行使価格との関係でワラント価格がどのように変動するかを的確に分析して予測することは、一般投資家にとって、株式に直接投資する場合とは比較にならないほど多大な困難を伴うものである。しかも、ワラント価格の変動率は、引受対象株式の株価変動率よりも著しく大きく、株価の値動きの数倍を超えて上下することがあるのであるから、右株価の動向を見誤ったときには、一般投資家はその投資資金全額を喪失することになりかねない。
したがって、このようなワラント商品特性からするならば、証券会社の担当者が一般投資家に対してワラント取引の勧誘をするにあたっては、その投資効率の面のみを強調するべきではなく、右のようなワラント取引に伴う重大な危険性についても十分に説明することが必要不可欠であり、その説明を尽くしたといえるためには、一般的なワラントの意義(権利行使価格、権利行使期間、行使株数)や価格形成のしくみだけでなく、当該一般投資家のワラント取引に関する知識や理解力、価格変動要因に関する情報収集能力等に応じて、当該ワラントの勧誘時における現実の株価と権利行使価格との関係や、その将来的動向によるワラント価格の変動のしくみを個別具体的に説明することが必要である。とりわけ、その勧誘の時点で当該ワラントの株価が権利行使価格を下回っているような場合や、権利行使期間の残存期間が短いような場合には、そうでない場合よりも一般投資家が損失を被る危険性は相対的に大きくなるのであるから、相対取引として当該ワラントの売主となる証券会社の担当者としては、一般投資家がこのような危険性を十分に理解できるよう懇切丁寧に説明する必要があるものというべきである。
2 そこで以下、このような見地からBの原告に対する勧誘行為の違法性の有無について検討する。
右一1に認定したところによれば、Bは、千代田化工建設ワラントの購入申込みを受けるに先立ち、原告に対し、三点か四点の資料を示して、ワラントが新株引受権であること、外貨建てで為替リスクがあること、相対取引であること、権利行使期限というものがあり、その期間内に売買をする必要があることを説明した事実が認められる。
しかし、その一方で、「けっこう値動きが乱高下するけれども利幅がとれ、短期で勝負できる」等と言って勧誘しただけでなく、原告がBの説明を途中でさえぎり、これを熱心に聞いていないことを認識しながら、「儲かるのか」という問いかけに対し「儲かると思います」と答えるなど、その投資効率の面を強調して勧誘した事実が認められる。そして、ワラント取引に伴う危険性については、「ワラントのリスクについて」として、①ワラントは期限付の有価証券であり、権利行使期間が終了してしまうと、その価値がなくなるという性格の有価証券です。②ワラントを買い付けた場合は、所定の権利行使期間内にワラントを売却するか、新株引受権を行使してその発行会社の株式を引き受けるかの選択を行わなければなりません、③ワラントの価格は株価の動きに影響を受けることは当然ですが、一般的にその変動率は株価の変動率に比べて大きくなる傾向があります、④外国新株引受権証券を売買する場合は、前記の留意点のほか、為替変動による影響を受けることがありますので、外国為替相場を考慮に入れる必要があります等の記載がなされた取引説明書(乙第一一号証)を交付した程度で、千代田化工建設株の値動きには言及したものの、その株価が権利行使価格を大きく下回っていることの持つ投資上の危険性については何らの説明をすることなく、ただポイント数が小さく、安く買えることをよしとして、千代田化工建設ワラントの購入を勧めたことが明らかである。
また、これ以後に勧めた各ワラントについても、前記認定以上に、その株価が権利行使価格を下回っていることの持つ投資上の危険性については何らの説明をした形跡がなく、かえって、平成六年一二月末ころに原告が売却の意向を示した際には、「期限までは大丈夫だからこれぐらいで納得してはだめだ」と言ってその売却を思いとどまらせ、平成七年五月に東亜合成化学ワラントの購入を勧めた際にも、他のワラントで生じた「損失を埋めるには、権利行使期限までの期間は短いが、これに乗り換えてもらうのが一番いいと思う」と言って、権利行使期限までの残存期間が約一年しかない東亜合成化学ワラントの購入を勧めて、原告の損失を更に拡大させたものである。
したがって、このような勧誘の態様に照らすならば、Bの原告に対する本件各ワラントの勧誘行為は、いずれも前記説明を十分に行っていないものとして違法といわざるをえず、かつ、その違法の程度も、原告の損失を殊更に拡大させている点で決して軽度なものとはいえない。
三 争点3について
1 争いのない事実等に摘示したとおり、原告は、Bの勧誘に応じて本件各ワラントを購入し、その代金として合計一六二八万九八八九円の支払を要したところ、その後前示認定の経過でこれらを売却したが、その売却代金は合計五〇一万六四四〇円であって、いずれのワラントについても全く利益を得ることなく、すべて損失を出してこれらを処分したことが認められる。
そうすると、原告は、Bの前記不法行為によりその売買差額に相当する一一二七万三四四九円の損害を被ったものと認められる。
2 もっとも、原告が右のような損害を被ったことについては、Bの投資効率を強調した勧誘行為に乗せられた面があるとはいえ、原告自身の「自分はばくち打ちだ」という言葉に象徴されるように、それまでの間に信用取引を含む多額の証券取引の経験を有していながら、自己の判断と責任で取引を行うという、証券取引上、一般投資家に求められる基本的態度を取っていなかったことがこれに大きく影響しているものといわざるをえない。そして、このような態度を基本としていたために、不十分ながらされたBの説明さえも十分に聞かず、Bから交付された取引説明書等の内容も十分に理解しないまま、千代田化工建設ワラント、フジクラワラント及びキッセイ薬品ワラントの購入に及び、自らその損害を招いた面があることは否定できず、また、原告が千代田化工建設ワラントを購入した平成六年一二月当時は、すでに多数のワラント訴訟が提起され、各種マスコミにおいてもその危険性が多々報道されていたのであるから、原告としてもこれらの媒体を通じてその危険性を知りうる機会は十分にあったのに、これを十分に理解しないまま本件各ワラントの取引に及んだ点も、原告自身の落ち度として看過することはできない。
したがって、原告に対する損害賠償額の算定にあたっては、原告自身の右過失を斟酌して相当程度の減額をせざるをえないが、他方、Bの勧誘行為も、前示のとおりその違法の程度が決して軽度なものとはいえないことを考慮すると、原告の過失割合は、本件各ワラント取引の全体を通じて五割とするのが相当である。
3 原告が本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人らに委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約していることは、弁論の全趣旨により明らかであるが、本件事案の難易、審理の経過、認容額に照らすと、このうち六〇万円の限度で右弁護士費用もBの前記不法行為と相当因果関係がある損害と認めるのが相当である。
そうすると、Bの使用者である被告は、民法七一五条に基づく損害賠償として、原告に対し、右合計六二三万六七二四円(一円未満切捨て)及びこれに対する不法行為後の平成七年五月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
四 結論
以上の次第で、原告の本訴請求は右の限度で理由があるが、その余は失当である。よって、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石原稚也)