奈良地方裁判所 平成8年(ワ)602号 判決 1998年8月26日
原告
檀定利
右訴訟代理人弁護士
佐藤真理
同
北岡秀晃
同
宮尾耕二
被告
大和交通株式会社
右代表者代表取締役
北浦康之亮
右訴訟代理人弁護士
清水伸郎
同
河内保
同
小林裕明
同
玉越久義
主文
一 原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二 被告は原告に対し、平成八年五月からこの判決が確定する日まで、毎月二六日限り一か月三〇万〇三七九円の割合による金員を支払え。
三 原告の被告に対する平成八年五月以降、毎月二六日限り、月額金三〇万〇三七九円の割合による金員の支払を求める訴えのうち、この判決が確定する日の翌日以降の支払を求める訴えを却下する。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 この判決の第二項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二 被告は、原告に対し、平成八年五月以降、毎月二六日限り月額金三〇万〇三七九円の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 二項につき仮執行宣言
第二 事案の概要
本件は、被告が、労働組合が違法なストライキ(以下「スト」と略称する)を行ったことなどを理由として右組合の執行委員長である原告を懲戒解雇したところ、原告が、その無効を主張して、雇用契約上の権利を有することの確認と賃金の支払を求めている事案である。
一 争いのない事実等
1 被告は、タクシー運送事業を目的とする株式会社であり、原告は、平成四年六月一日、タクシー乗務員として被告に雇用された。
原告は、平成六年九月、カイナラタクシー労働組合(以下「カイナラ労組」という)の執行委員長に就任した。
2 平成七年七月、タクシー運賃の改定が認可され、同年八月一日から右運賃は値上げされた。同月四日、カイナラ労組は、被告に対し、賃上げの要求をした。以後、被告とカイナラ労組との間で団体交渉が重ねられたが、合意に達せず、カイナラ労組は、平成八年四月八日、九日、一五日の三回にわたってピケッティング(以下「ピケ」と略称する)を含むストを行い、かつ、同月一九日にはタクシーパレードを行った。
3 被告は、平成八年五月七日付けで、前記のストやタクシーパレードが違法であることなどの事由に基づき、原告が就業規則七二条四号、七四条一号、六号、九号、一二号、一三号の懲戒解雇事由に該当する行為をしたことを理由に、原告を懲戒解雇した(以下「本件懲戒解雇」という)。右就業規則の内容は、以下のとおりである。
七二条 懲戒は譴責、減給、出動停止及び懲戒解雇の四種とする。
同条四号 懲戒解雇…予告期間を設けないで即時解雇する。この場合、行政官庁の認定を得たときは予告手当を支給しない。
七四条一号 第二二条四、五、六、七、八、九、一一、一二、一四、一七、二〇、二一号の規定に違反したとき
同条六号 故意又は重大な過失によって会社に損害を与えたとき
同条九号 刑罰法令に該当する行為をする等従業員として不適当と認めたとき
同条一二号 前条各号の一に該当し、その情の重いとき
同条一三号 その他、前各号に準ずる行為があったとき
二二条五号 会社の信用と名誉を傷つける行為をしてはならない。
同条八号 就業時間中に組合活動、示威行為、集会その他会社の業務に関係のない事由による活動は行なうことができない。ただし、会社の許可を受けた場合はこの限りでない。
同条一七号 許可なく、職務以外の目的で会社の施設、車両、機械、器具、工作物、物品等を使用し、又は社外に持ち出さないこと。
4 原告は、被告から毎月二六日限り、前月二一日から当月二〇日までの労働に対する賃金の支払を受けており、本件懲戒解雇前三か月間の平均賃金月額は三〇万〇三七九円である。
二 争点
1 懲戒解雇事由の存否
2 解雇権の濫用の有無、不当労働行為の成否、解雇の手続的違法の有無
三 被告の主張
1 原告は、以下のとおり、被告の就業規則の懲戒解雇事由に該当する行為をした。
(一) スト
(1) 原告ら多数のピケ実行者らは、①平成八年四月八日、九日及び一五日の三日にわたり、被告の再三再四にわたる「タクシーを出庫させるので危ないから車庫から退去せよ」等の抗議を全く無視し続けて被告車庫のタクシー出入口を人垣で立ち塞ぎ、車庫内に不法侵入してタクシーの周囲を立ち塞ぐ等して車庫を不法占拠し、②さらに、被告の出庫せよとの業務命令に従ってタクシーに乗務しエンジンをかけ警笛を鳴らし発進しようとする被告管理職、大和交通労働組合(以下「大和労組」という)の組合員運転手らに対し「アホ、ボケ、詐欺師」、「二、三人轢いたらええがな」、「今度鳴らしたら承知せんぞ」等大声で怒鳴りつけて暴行、脅迫し、発進しようとするタクシーの前にある者は立ち塞がり、ある者は座り込み、ある者は寝ころぶ等してそのまま発進すれば人身事故を惹起する危険性を発生させ、もって、大和労組組合員タクシー運転手及び被告管理職に発進すれば人身事故を惹起するので発進できないように意思を制圧する威力を用いて被告のタクシー運送業務を妨害し、③それに止まらず、平成八年四月八日、本件ストのため本社車庫からの出庫を断念し、西の京営業所車庫、天理営業所車庫から出庫し近鉄奈良駅前及びJR奈良駅前のタクシーロータリーで客待ちしていた三名の大和労組組合員タクシー運転手に対し「おっさん、何考えてんねん、仕事してええと思ってんのか」、「こら、客が乗らんようにしてしもうたろうか」等と大声で脅迫し、怖くなった同運転手らのタクシー乗務を断念させ、もって、被告のタクシー運送業務を妨害した(なお、被告は、本訴で、懲戒解雇事由該当事実として右③の事実を付加した。)。
(2) 本件ストは、平成八年四月八日(ピケ実行者約五〇名、スト時間約七時間三〇分、二八台(ただし、カイナラ労組組合員スト参加運転手分二三台を含む)のタクシー出庫妨害)、同月九日(ピケ実行者約四五名、スト時間約四時間、一〇台のタクシーの出庫妨害)、同月一五日(ピケ実行者約八五名、スト時間約七時間三〇分、五七台(ただし、カイナラ労組組合員スト参加運転手分二七台を含む)のタクシー出庫妨害)で、三日にわたり、ピケ実行者延べ約一八〇名、違法スト時間延べ約一九時間、出庫妨害されたタクシー延べ九五台であった。
被告は、原告らに対し、平成八年四月八日、九日に強行したピケは被告車庫を不法占拠し、威力を用いたピケにより被告のタクシー運送業務を妨害した違法な争議戦術であるから二度と繰り返さないように厳重に警告したにもかかわらず、原告らは同月一五日に、さらに大規模な被告車庫不法占拠、暴力、脅迫、威力等を用いたピケを行った。
(3) 原告は、カイナラ労組の執行委員長として、違法なストを企画、決定、指導または実行し、これにより、被告は財産的損害を被り、かつ、利用者からの電話による無線予約に応じられなかったために信用を失墜した。
(二) タクシーパレード
原告は、カイナラ労組の執行委員長としてタクシーパレードを企画、決定、指導し、同月一九日午後四時から約一時間にわたって一〇名のカイナラ労組組合員タクシー運転手をして、被告の許可なく被告のタクシーに賃下げなしの時短、認可条件を守れ、社会的公約を守り賃金を改善せよ等の文字を記載した布を貼りつけ、その上で、被告の許可なく就業時間中の組合活動のためにタクシーを無断使用させるという違法、不当な組合活動をした。
(三) 中岡に対する暴行、脅迫
原告は、同月二一日午前一時四〇分ころ、被告本社車庫付近において、大和労組組合員タクシー運転手中岡久夫(以下「中岡」という)を待ち伏せし、タクシーの営業を終えて入庫しようと戻ってきた同人に対し、「元盗人、俺と喧嘩するのか、俺はもと暴力団でなめるとただではおかんぞ」等と怒号し、もって、同人の身体に危害を加えるような気勢を示して脅迫し、また、同人のネクタイを右手で引っ張り続け、同人の額部をタクシー窓枠付近に何度も打ちつける暴行をした。
2 本件ストの違法性について
(一) 本件ストに至る経緯
(1) 被告は、近畿運輸局長の通達及び運賃の値上げを受け、カイナラ労組と平成七年九月九日から同年一一月二九日まで五回にわたり団体交渉を重ねた上、同年一二月二五日の団体交渉において、次のとおり、賃金引下げのない時短、賃金改善に関し十分に誠意ある最終回答をした。この最終回答は、時短については賃金引下げのない公休を一日増やすこと、賃金改善については賃金値上げ前と比較して月額約六八〇〇円増額することを内容とするものである。
① 歩合給支給の基準となる足切額を不変とする。
② 月所定労働日二四日を一日休日増で二三日の所定労働日とする。
③ 基本給日額四五〇〇円を二五〇円引き上げて、四七五〇円とする。
④ 年功手当平均日額二〇〇円を一〇円引き上げて二一〇円とする。
⑤ 通勤手当市内通勤者日額一八〇円を一〇円引き上げて、一九〇円とし、市外通勤者日額一九〇円を一〇円引き上げて、二〇〇円とする。
⑥ AT車乗務員の歩合給算出の負担額の撤廃。
⑦ 無事故手当八〇〇〇円、皆勤手当八〇〇〇円の支給条件月二四日を一日減じ月二三日の所定労働日とする。
ところが、カイナラ労組は、時短については同意したものの、賃金が月額一万六〇〇〇円増額することに固執したため、両者は妥結、調印に至らなかった。
(2) 被告は、同月二六日、大和労組に対し、前記カイナラ労組に提示した右最終回答と同一内容の時短、賃金引下げ案を提示したところ、大和労組はこれを了承し、同日、両者間で労働協約が締結された。
そして、被告は、両組合間で差別的取扱いになるのを回避するため、平成八年一月分以降、カイナラ労組組合員に対し、大和労組との締結した新労働協約と同一時期、同一内容の時短、賃金引下げの仮払いを実施している。
(3) カイナラ労組は、被告に対し、平成八年三月一二日付けで春闘要求書を提出した。
被告は、奈良県タクシー協会加入の大半のタクシー事業者と同じく、創業以来タクシー運転手の賃金引上げは、運賃値上げが実施された際に歩合給算出の基準となる足切り額との絡みで実施してきており(一運賃一賃金の原則)、いわゆる春闘方式による賃金引上げは行なってきていないこと、このことは、カイナラ労組も熟知しており、被告は、カイナラ労組との団体交渉において、平成七年八月より実施された運賃値上げにより、時短、賃金引上げ等の賃金改善を実施しており、これ以上の上積みはなく、春闘による賃金引上げは一運賃一賃金の原則方式により応じられないと回答している。
(4) 以上のとおり、カイナラ労組と被告は、時短、賃金改善を巡り対立し労働争議の状況にあることは事実であるが、賃金をいくら引き上げるか、労働時間をどのくらいに短縮するかは、法令に抵触しない限り、労使の力関係如何で決まるもので、被告がカイナラ労組の要求を受け入れなくても、それ自体、法的に被告が非難される筋合いは全くないものである。
(二) 地労委の斡旋について
カイナラ労組と被告間の労働争議に関し、労使協議会及び団体交渉により労働争議が解決できない場合には、労働関係調整法の斡旋停止手続を踏まなければならないと規定された昭和五三年一一月一三日締結の労働協約は、平成六年二月一七日をもって有効期間満了により消滅している。また、カイナラ労組と被告は、過去において一度も地労委の斡旋を受けた事実はなく、過去において、労働関係調整法の斡旋、調停手続を踏む運用がなされていた事実はない。
したがって、被告が斡旋を辞退し自主交渉による解決を選択することは、法的に何ら非難されるものではない。
(三) 被告は、スト中といえども操業の自由を有し、タクシーを出庫させる権利があり、カイナラ労組と別組合である大和労組組合員の運転手は被告の業務指示に従い、タクシーに乗務し出庫する義務を負担すると同時に、タクシーに乗務し出庫する就労の権利をもっているのであるから、被告が大和労組組合員タクシー運転手をしてタクシーを出庫させる意思を明らかにしている場合には、ピケの態様は平和的な説得の範囲内でなければならず、暴行、脅迫、威力を用いることは違法である。
これを本件についてみると、本件ピケは、ピケの対象者、態様から見て平和的説得の範囲を逸脱し、被告車庫の不法占拠、威力、暴行・脅迫を用いた違法なピケ戦術であった。
本件争議行為の手段、態様は、(1)ピケが、カイナラ労組所属スト参加組合員の乗務予定のタクシーだけではなく、大和労組組合員タクシー運転手等の乗務予定のタクシーをも対象としていたこと、(2)被告は何度もタクシーを具体的に出庫させようとしてタクシー出庫の絶対的意思を明示していたこと、(3)ピケの手段、態様は、車庫不法占拠にとどまらず、被告がタクシーを具体的に出庫させようとすると、原告らはその都度暴力、脅迫、威力を用いてタクシーの出庫を絶対的に阻止したこと、(4)具体的にタクシーを出庫させようとした被告と暴行、脅迫、威力を用いてタクシーの出庫を阻止した原告らとは何度にもわたり鋭く衝突し、不穏、異常な状況に陥ったこと等から、被告の自由意思を不当に抑圧し、また、被告の財産に対する支配を不法に侵害し、その違法性は強いものであった。
3 タクシーパレードの違法性について
(一) 就業時間中の組合活動
原告らは被告との労働契約により被告に労働を提供すべき義務があり、所定の労働時間内は、被告の経営指揮に服するから、組合活動は労働時間外にの原則が適用されなければならない。就業時間中に組合活動をすれば、使用者の時間を盗むことになり賃金を失うばかりでなく、労働秩序をみだすものとして、懲戒の事由となるのは当然である。
(二) 施設管理権の侵害
被告の許諾を得ないで被告のタクシーを利用して組合活動を行うことは、被告に権利濫用等の特別の事情がある場合を除いては、被告の施設管理権を侵し秩序を乱すもので、正当な組合活動として許されるものではない。
(三) 被告に対する名誉、信用毀損
原告らは、無断使用したタクシー一〇台の後部窓ガラスに「社会的公約を守り賃金改善せよ」、「賃下げなしの時短、認可条件を守れ」旨の文言を書いた布製の横断幕を取り付けてタクシーパレードをした。被告は、近畿運輸局長通達を遵守し、賃金改善、賃下げなしの時短を実施しているので、右文言は虚偽であり、被告の名誉、信用を毀損する違法不当な組合活動である。
(四) タクシー運送事業の妨害
本件タクシーパレードは、被告の一〇台のタクシーを約一時間にもわたって、組合活動に使用して、利用者の利用を妨げ、被告のタクシー運送業務を妨害し、その名誉、信用を毀損するものである。
4 原告は、本件懲戒解雇が解雇権の濫用であるとか、不当労働行為に該当するので無効であるなどと主張するが、以上のとおり、本件懲戒解雇には、十分な理由がある。
5 原告は、本件懲戒解雇に手続的な違法があると主張する。しかし、昭和五三年一一月一三日締結の労働協約一九条は「組合員の休職、解雇の取り扱いは甲(会社)、乙(カイナラ労組)とが協議して決める」と規定していたが、締結には至らなかったが平成六年二月一八日付け改定労働協約では、一七条「組合員の休職の取り扱いについては、甲(会社)の申し入れにより、乙(カイナラ労組)と協議して行うものとする。」と解雇を削除し、休職の取り扱いのみを規定することに改定したのである。
しかし、平成六年二月一八日付け一部改定労働協約は締結に至らず、昭和五三年一一月一三日締結の労働協約は平成六年二月一七日をもって有効期間満了により消滅している。仮に、原告が主張する平成六年二月一七日付け労働協約が有効であるとすれば、解雇は削除されており、被告はカイナラ労組と協議する必要はない。
被告が懲戒権を行使するにあたり労働協約、就業規則上当該被懲戒者に弁明の機会を与えることは被告に何等義務付けられているものではなく、また、被告には従前から懲戒権を行使するにあたり、当該被懲戒者に弁明の機会を与えるという慣行も存在していない。また、本件の場合、原告から弁明を聞くまでもなく、原告の行為の企業秩序違反の程度は重く、悪質であることは証拠により、明確であった。
四 原告の主張
1 本件ストの正当性について
(一) 本件ストに至る経緯
(1) 平成七年七月二四日、近畿運輸局長は、奈良県地区のタクシー運賃の7.3パーセント引上げ改定を認可し、タクシー事業者に対し、「運転者の労働実態及び賃金水準の実状を踏まえた今回運賃改定の申請の趣旨にのっとり、労働時間の短縮を速やかに実施するとともに、運賃改定による増収を乗務員の賃金改善に確実に充当すること」など、労働条件の改善を確実に行うよう通達を出した。
奈良県地区のタクシー運転手は、一般男子常用労働者に比して、年間四二五時間も長時間の労働に従事しているのに、年間収入は約金二一八万円も少ない。しかも、奈良県地区のタクシー運賃は全国一高い反面、運転手の営業収入に占める賃率は低い。そして、被告の賃金は、奈良市内のほぼ同一規模の事業者である服部タクシー株式会社に比して、月額二万円以上も低かった。
(2) カイナラ労組は、右運賃改定及び通達の発令を受け、被告に対し、賃金改善を求めて団体交渉の開催を要求した。その結果、平成七年九月九日から同年一一月二九日にかけて五回の団体交渉が開かれたが、被告は、何らの根拠も示すことなく、わずかに月額一〇〇円の賃上げを行う旨の回答をした。他方、カイナラ労組は月額一万六〇〇〇円程度の賃上げを要求し、同月三〇日、奈良県地方労働委員会(以下「地労委」という)に斡旋申請を行った。しかし、被告は、労働協約四〇条に基づく応諾義務のあることを無視し、同年一二月四日、地労委に対し斡旋を辞退する旨の上申書を提出して、地労委への出頭を拒否した。
被告は、同月二五日の団体交渉において、賃率にして0.5パーセント、月額約三〇〇〇円の賃上げを行う旨の回答をし、同月二六日、大和労組との間で、先行的に賃金改定についての協定書を締結した。
(3) 被告は、平成八年一月六日、団体交渉を開催し、前記一二月二五日の月額約三〇〇〇円の賃上げ回答に基づき賃金を一月度から仮払いすることを表明すると共に、服部タクシーとの賃金格差是正を求めるカイナラ労組の要求について、誠意をもって引き続き話し合うとの意思を明らかにした。
しかし、その後、同月一七日、同年二月一〇日、同月二四日と団体交渉が重ねられたが、被告は、何らの具体的根拠や資料を示すことなく、「一二月二五日の回答どおり」との回答を繰り返すばかりであった。
また、地労委は被告に対し、再三にわたって斡旋に応じるように説得したが、被告は拒否し続けた。
他方、陸運支局は、被告を名指しして、①増収に関係なく、かつ賃金を下げることなく時短を実施すること、②増収分は確実に賃金改善に充当することについて「再度徹底指導を行う」旨の同年三月二七日付け奈良陸運支局輸送課長名の文書を交付した。
カイナラ労組は、同月一二日に、賃金の抜本的改善を求める春闘要求書を提出した。これを受けて、同月二七日、団体交渉が開催されたが、被告は、具体的根拠を示すことなく従来どおりの回答を繰り返した。
そのため、カイナラ労組は、もはや話合いによる解決は困難と判断し、同月三一日、七二時間以前の通告義務を定めた労働協約に基づいて、同年四月三日午前一一時以降に争議行為に踏み切ることを被告に通告した。
併せてカイナラ労組は、被告が、陸運支局の指導を踏まえ、従前の態度を改めて労働条件の改善に向けた団体交渉を開催するのであればこれを応諾する用意のあること、及び地労委の斡旋を応諾することを改めて要求した。
しかるに、被告は、団体交渉を開催しようとせず、また、地労委の斡旋を応諾しようとする態度も示さなかった。
(4) カイナラ労組は、やむなく四月八日午前六時から午後一時三八分まで、カイナラ労組組合員三九名、外部支援者一二名が参加して、被告の本社車庫(肘塚町)において一回目のストライキをした。
同日午後五時から団体交渉が開催されたが、被告は、陸運支局から何らの指導も受けていない旨虚偽の事実を言ったり、ストに対する敵意を示すばかりであった。
(5) カイナラ労組は、被告の不誠実な態度により、陸運支局の指導を遵守する意思がないものと判断し、急遽、同月九日午前五時一五分から午前九時一二分まで、カイナラ労組組合員三九名、外部支援者六名が参加して、西の京営業所において、二回目のストライキをした。
しかし、被告は、態度を改めることなく、かえって敵意むきだしの書面を送付して挑戦的な態度を鮮明にし、団体交渉開催に応諾する態度を示さず、地労委の斡旋のテーブルにつく姿勢も示さなかった。
(6) そこで、カイナラ労組は、同月一五日午前五時五分から午後〇時四〇分まで、被告の本社車庫、西ノ京営業所、天理営業所において三回目のストライキをした。本社車庫においては、カイナラ労組組合員二八名、外部支援者二〇余名が、西ノ京営業所においては、カイナラ労組組合員九名、外部支援者一六名が、天理営業所においては、カイナラ労組組合員五名が、それぞれ参加した。
スト解除直後、被告の北浦晟宏専務は、原告に対し、賃金保障の下に自宅待機をするよう指示した。
(7) カイナラ労組は、共闘会議を構成する他組合と共に、同月一九日午後四時一〇分から午後四時五〇分まで、被告のタクシー一〇台を含む二三台の営業車によるパレードをした。
(二) 前述のとおり、タクシー運転者の労働条件の改善は運賃改定認可の条件となっていたものであり、運輸当局も奈良県地区における著しい低賃金の実態に鑑み、運賃改定による増収分を乗務員の賃金改善に確実に充当させるべく通達を発し、被告をはじめとする事業者への指導を強化していた。
カイナラ労組の賃金要求は、このような状況を背景としたもので、正当かつ切実なものであった。
しかるに、被告は、具体的根拠や裏付け資料を示すこともなく、拒否回答を繰り返し、意図的に大和労組との協定妥結を先行させて、何ら誠実な対応を示さず、誠実団交義務に違反して、労働組合法七条二号の不当労働行為を行ったものである。
(三) 本件ストは、被告の賃金水準が他産業はおろか県下他社に比べても劣悪であること、タクシー運転手の労働条件改善を公約として運賃値上げの認可を得つつ十分な還元がなされていないこと等の事情から、劣悪な賃金条件を改善する目的で行われたものである。
他方で、本件ストの通告後、被告は、ストライキを回避して事態を平和的に解決するための努力を全く行わず、ストライキに備え、多数のビデオカメラ、プラカード、ハンドマイクを準備するのみだった。
(四) 本件ストの態様
(1) 一回目のストにおいて、カイナラ労組は、その影響を最小限度にとどめて無用のトラブルを防止し、会社の営業にも配慮して、カイナラ労組組合員比率が最も高い本社車庫のA班勤務日にストを実施したものであり、その態様は、本社車庫の出入り口付近においてスト破りを阻止するためにいわゆるピケラインを張ったが、営業車の出庫以外の人及び車両の出入りは完全に自由な状態であった。
同日のストは、全体としてみれば、現場が緊迫した雰囲気につつまれたのは一時のことで、大半の時間は平穏な雰囲気の中で行われた。現場に寝転ぶものはおらず、長時間にわたるストの疲れなどから一瞬しゃがみ込んだり、営業車に寄りかかったりする者などがいたにすぎない。
被告側では、午前七時二〇分ころから数分間、中岡運転手が二回にわたりタクシーに乗車したが、タクシーを発進させる気配を全く見せず、保田運転手も営業車の運転席に座ったが、出庫の姿勢を見せなかった。
その後、普段は運転業務につかない管理職らも、営業車両に乗り込んだりしたが、乗務員証も携帯せず、車両を移動させなかった。
北浦康之亮専務らは、「出庫(就労)を妨害するな」と書かれたプラカードをかかげ、現場にいるカイナラ労組組合員らを至近距離から複数のビデオカメラと写真機で撮影することに終始し、「営業を妨害したらあかんど」「刑事告発しますよ」「警察に排除を要請しますよ」などという、敵意むきだしの挑戦的、挑発的な発言に終始していた。
(2) 二回目のストにおいて、ピケは、営業車両の前に佇立しながら、口頭で説得する方法により整然と行われた。
カイナラ労組組合員の側にも、四月八日の団体交渉における被告会社の不誠実な態度や被告の挑発的態度に激昴して、一部に「盗人」「詐欺師」などという不穏当な発言があった。しかし、これは運転手の労働条件改善を公約として運賃値上げの認可を得ながら十分な対応をしない被告に対する怒りに基づき、被告の不誠実かつ挑発的な態度によって争議が先鋭化していた中で行われた発言であり、特に問題とされるべきものではない。
また、カイナラ労組は、人工透析の患者宅に宮本組合員を派遣したり、桝田組合員に通院者を西ノ京駅から病院まで送らせるなど、ストの影響を最低限に抑える配慮をしていた。
被告側では、北浦康之亮専務らが、自ら営業車に乗込んでクラクションを鳴らしたり、ハンドマイクを用いてカイナラ労組組合員あるいは外部支援者に対して至近距離から抗議したり、大和労組組合員らに対して一斉に警笛を鳴らすように号令していた。出庫のポーズを見せた大和労組組合員は、吉村運転手と河野運転手のみであった。
(3) 三回目のストにおいて、①西ノ京営業所では、カイナラ労組組合員らは整然かつ平穏にストを決行しており、長時間のストライキのため、座って休憩する者はいたが、出庫を阻止するため座り込みを行う者はいなかった。また、牧野組合員と福井組合員が自家用車で病院利用者を西ノ京駅から病院まで無料で送るなど、一般市民への影響が最小にとどまるように配慮していた。被告側では、北浦康之亮専務らが、ハンドマイク、ビデオカメラ、プラカードなどを使用しながら、より一層挑発的な態度をとっていた。大和労組組合の運転手らは同専務らの指揮で組織的な出庫ポーズをとっていたが、同専務らがいないときには出庫の気配は全く見せていなかった。
②本社車庫では、カイナラ労組の側は、基本的には複数の組合員が営業車の前に佇立しながら口頭で説得する方法によるピケを行っていた。
大阪地連からの支援者である入梅、義国の二名を中心として、やや穏当を欠く発言があり、同人ら(特に義国)が営業車の前に数分間座り込んだり、出入口付近で昼食を取ったりするなど執行委員会で確認された方針から逸脱した行為があった。しかし、これらは、被告のきわめて不誠実な態度や被告の挑発的な態度に対する怒りの反映である。被告側では、北浦晟宏専務らが先頭になって、カイナラ労組組合員らに至近距離からビデオカメラを向け、プラカードをかかげ、ハンドマイクで「当社に関係ない方は敷地に入らないでください。」などと機械的に繰り返し、時に、「言うことはそれだけか」「勝手に死んでいったらええやないか」などと大声で怒鳴り、大和労組の組合員らに一斉にクラクションを鳴らさせるなど、挑発的な態度に終始していた。大和労組組合員の運転手らは、北浦晟宏専務の指揮に従い、組織的なスト破りの行動をしていたが、本気で出庫する意思は全くうかがわれなかった。
(4) 本件スト全体では、カイナラ労組の執行委員会で、出庫を物理的に阻止せず、かつ、営業車以外の出入りを保障するため、自家用車を出入口に停めたりスクラムを組んだりしないという方針が確認され、複数の組合員らが営業車の前方に佇立しながら、運転手に口頭で説得するという方針が取られ、本件スト全体を通じて、人身事故の危険を感じたことは一度もなかった。
被告が問題とする「座込み」は、一瞬の出来事であったり、出庫阻止とは無関係にカイナラ労組組合員らが休憩していた状況にすぎない。また、四月一五日の本社車庫のストライキにおいて、入梅、義国らが行った座込みは、カイナラ労組の方針とは無関係に、同人らの独断によって一時的に行われたものにすぎない。
また、出庫の気配を示した大和労組組合員らの行動は、被告に強要されたポーズにすぎなかった。
2 タクシーパレードの正当性について
カイナラ労組組合員のパレード参加者は、営業車の全てのメーターを作動させており、走行距離・時間に相応するタクシー料金を被告に納金していること、本件パレードが実施されたのは、利用者の少ない一番暇な時間帯であったことから、被告のタクシー一〇台がパレードに参加しても、被告の営業に実質的に影響が及ぶことはなかった。
3 被告が主張する中岡に対する暴行、脅迫は、ねつ造されたものである。
当日、原告と中岡の間においては、若干の口論があっただけである。すなわち、中岡は、被告本社建物の出入口前の道路上に車を停車し、運転席のドアを開き、運転席に座りながら右足を地面につけるという右半身の姿勢を取って宮崎清和(以下「宮崎」という)と口論していた。原告は、中岡と宮崎の口論を止め、宮崎を後方に下がらせた後、中岡車と開いた運転席ドアの間にしゃがみ込んだところ、中岡は原告に対して、大声で「あんな奴に偉そうなこと言われることない」と言い、原告は「俺のつれ(親友)に、あんな奴とはなんや」「あんたは偉そうに言われてもしゃあない、元盗人のくせに」と言い、若干の口論になったが、原告の妻が止めに入って、口論が終わりとなったものである。
4 解雇権の濫用
本件懲戒解雇は、以下の諸点から、客観的妥当性の範囲を逸脱した違法なものである。すなわち、本件ストの動機、目的は、被告の不誠実団交によって、団体交渉が機能しなくなり、被告が地労委の斡旋をも拒否する中で行われたものであって、正当かつやむを得ないものである。
また、本件ストの態様については、物理的に出庫を阻止するのではなく、説得によって協力を求める方針で行われたものであって、本件ストの中で、激した発言や営業車の前に座り込むなどの行為が仮に違法と評価されるとしても、これらは、被告の挑発的態度に誘発され、あるいは群衆心理又は争議の場という雰囲気の下でなされた短時間の偶発的なものであり、違法の程度は極めて軽微なものである上、これらの逸脱行為は、原告の統制力が十分に及ばないカイナラ労組組合員以外の支援者が独断で行ったものである。
さらに、本件ストは、三日間で合計一九時間程度にすぎず、そのうち四月九日の七時間半程度は、ストによる影響を受けた運転手もわずかで、運転手らも他の営業所から出庫するなどしていて、損害も比較的軽微である。
被告には、本件ストに至る経緯において不誠実な対応があったほか、四月八日の団体交渉でも交渉による解決を努力せず、陸運支局からの指導に関して虚偽の事実を言うなどし、スト中においても、カイナラ労組に対して敵対的、挑発的態度をとり、専ら本件懲戒解雇を意図した証拠固めの態度に終始するなど、被告側の対応には問題があった。
本件ストを企画、決定、実行した副執行委員長、書記長は七日間の出勤停止処分にとどまっており、懲戒処分の平等対等の原則に反する。
5 不当労働行為による無効
本件ストライキ及びパレードは、その目的、必要性、手段、態様のいずれをとっても正当な団体行動権の行使であり、何ら違法なものではない。
しかるに、本件懲戒解雇は、かかる正当な団体行動権の行使を理由として強行されたものであり、不誠実団交の経過や、カイナラ労組の執行委員長をねらい撃ちして通告されたこと等の事実に照らせば、労働組合の動揺と弱体化を意図した不当労働行為意思に基づくものである。
6 懲戒解雇の手続的違法
労働協約一九条は、「組合員の休職、解雇の取扱いは『甲』(会社)と『乙』(組合)が協議して決める」という解雇協議条項を定めているところ、本件懲戒解雇は、カイナラ労組との間で何らの協議も通告もなくなされており、労働協約に違反し、違法である。仮に、労働協約が失効していたとしても、解雇協議条項は労働条件に関する事項であって、協約の規範的部分に該当するから、協約の失効後も労働契約の内容をなすものとして、余後効を有する。
また、懲戒解雇という処分の性格に鑑みれば、適正手続の原則から、少なくとも懲戒事由の存否について、本人に弁明の機会を与えることが要求されるところ、本件では、原告に一切の弁明を聴取する機会もなく、本件懲戒解雇が行われている点でも違法である。
第三 証拠関係
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
第四 当裁判所の判断
一 証拠(括弧内に掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 当事者等
(一) 被告は、平成一〇年一月現在で資本金一〇〇〇万円、タクシー六五台、運転手一〇一名等を有する一般乗用旅客事業等を営む株式会社であり、奈良市肘塚町八の八所在の本社車庫のほか、奈良市西ノ京金岡三七六の一番地所在の西ノ京営業所、奈良県天理市櫟本町二三七二―一番地所在の天理営業所を有する。
被告には、カイナラ労組と大和労組の二つの労働組合が併存しており、カイナラ労組は、奈良県自動車交通労働組合(通称自交総連奈良地方本部)にオブザーバー加盟している。
両組合員の各構成員の人数は、平成八年六月当時、カイナラ労組約五五名、大和労組約四八名であったが、平成一〇年一月現在では、カイナラ労組約四一名、大和労組約五五名と両労組の構成比が逆転している(被告代表者北浦康之亮(以下「北浦康之亮」という)二丁表)。
(二) 原告は、平成四年六月一日、被告にタクシー運転手として入社し、平成六年九月一四日、カイナラ労組の執行委員長に選出され、本件懲戒解雇処分当時、カイナラ労組の執行委員長であった(甲五五、原告本人一丁表裏)。
2 被告と労働組合との関係について
(一) 昭和五三年一〇月一五日、被告の労働組合として、全自交(現在の自交総連)大和交通分会(以下「大和交通分会」という)が結成されたが、二〇数名が脱落し、結成当時の構成員は、光田一名だった(甲七〇、乙五〇の2)。
同年一一月七日、被告の労働組合として、カイナラ労組が結成され、光田外一名を除く、八〇数名の運転手全員が同組合の組合員となった。カイナラ労組は、平成六年に原告が執行委員長に就任するまで、被告と協調的な関係にあった(甲七〇、北浦康之亮三一丁表)。
(二) 原告がカイナラ労組の執行委員長に選出された平成六年九月一四日の大会で、カイナラ労組の自交総連へのオブザーバー加盟が決議された。
(三) 自交総連へのオブザーバー加盟後の組合活動への批判等からカイナラ労組の組合員約六割が脱退し、平成七年四月三〇日付けで被告の労働組合として大和労組が結成された(甲一、九四)。大和労組は被告と協調的な労働組合である。
3 平成七年七月運賃改定後の団体交渉等の経緯
(一) 平成二年六月一四日(甲三二)、平成四年七月三一日(甲三三)とタクシー運賃の改定がなされ、その際にも、近畿運輸局長から奈良県タクシー協会に対して、運賃改定による増収を乗務員の賃金改善に確実に充当することなどの指導が行われ、被告では運賃改定に伴って賃上げをしていた(一運賃一賃金の原則)。
(二) 平成七年七月二四日、近畿運輸局長は、奈良県地区事業者から申請があった一般乗用旅客自動車事業の運賃及び料金(いわゆるタクシー運賃)の7.3パーセント引上げ改定を認可し、認可するに当たって、奈良県タクシー協会に対し、「労働時間の短縮を含む労働条件の改善を図り、良質な労働力の確保に努めること、(1)運転者の労働実態及び賃金水準等の実情を踏まえた今回運賃改定の申請の趣旨にのっとり、労働時間の短縮を速やかに実施するとともに、運賃改定による増収を乗務員の賃金改善に確実に充当すること。また、運賃改定には、労働時間短縮の原資が含まれているので、時短を実施することにより乗務員の賃金を下げることのないようにすること。(2)この場合に労働省告示、労働省労働基準局長通達の趣旨に基づき、運転者の労働時間等の改善について、関係機関の指導を受けつつ積極的に取り組むこと。」などの措置をとるよう要請し、事業者団体に実施計画の策定及び六か月毎の実施状況の報告等を要請した(乙一一)。
(三) カイナラ労組は、被告に対し、平成七年八月四日付け賃金制度等改善要望書(甲一三の1)を提出した。
被告は、カイナラ労組からの各団体交渉申入れ(甲一三の2、5、6、7)に応じて、平成七年九月九日、同年一〇月七日、同年一〇月三〇日、同年一一月一三日に各団体交渉を実施した。被告は、当初、運賃改定後、三か月程度実績をみたい旨述べて具体的な回答を控えていたが、同年一一月一三日の団体交渉において、(1)勤務日数を二三日とし、(2)基本給日額を現行四五〇〇円から四七〇〇円に増額、(3)歩合給の足切額不変という回答をした。これに対し、カイナラ労組は、同月一四日、同規模の同種事業者である服部タクシーとの賃金格差(甲三七、九八参照)を考慮して、(1)勤務日数を二三日とし、(2)基本給日額を現行四五〇〇円から五〇〇〇円に増額、(3)歩合給の足切額を現行二九万五五〇〇円から二七万一二〇〇円に減額、を求めて要求書を提出した(甲一三の8、二二の21、北浦康之亮五五丁裏ないし五六丁表)。
被告は、そのころ、値上げ後の三か月の実績として、稼働一台当たり八月は6.49パーセント、九月は9.24パーセント、一〇月は9.22パーセントの増収率、月間平均増収率は、8.32パーセントで、認可の7.3パーセントを上回る増収となった旨回答した(甲二二の21)。
なお、カイナラ労組では同年九月二六日の総会で、争議行為につき、全組合員の過半数の賛成を得て、ストライキ権を確立した(甲八八の三二丁)。
被告は、カイナラ労組からの団体交渉の申入れ(甲一三の8)に応じて、同月二九日に団体交渉を実施したが、一一月一三日と同様の回答をするにとどまった。
(四) カイナラ労組は、同月三〇日、タクシー運賃改定に伴う、労働時間短縮及び賃金改善全般を調整事項とし、平成六年二月改定の労働協約四〇条に基づく「斡旋申請」である旨記載して、奈良県地方労働委員会(以下「地労委」という)に斡旋申請をした(甲一四)。これに対し、被告は、同年一二月四日、地労委に対して、今後とも誠意をもって団体交渉等の話し合いで解決する所存である旨の上申書を提出して、斡旋を辞退した(甲一五)。
(五) その後、被告は、カイナラ労組の同年一一月一四日付け要求書に関する件について団体交渉を開催する旨の通知(甲一三の9)をした上、同年一二月二五日にカイナラ労組との団体交渉をした。被告は、右団体交渉において、以下のとおりの回答をした。
すなわち、(1)歩合給支給の基準となる足切額を不変とする、(2)月所定労働日二四日を一日休日増で二三日の所定労働日とする、(3)基本給日額四五〇〇円を二五〇円引き上げて四七五〇円とする、(4)年功手当平均日額二〇〇円を一〇円引き上げて日額二一〇円とする、(5)通勤手当につき一〇円引き上げて市内通勤者は日額一九〇円とし、市外通勤者は二〇〇円とする、(6)AT車乗務員の歩合給算出の負担額を撤廃する、(7)無事故手当・皆勤手当の支給条件を月二四日を一日減じて月二三日とする、というものである(以下「一二月二五日付け回答」という、甲二二の25、北浦康之亮二二丁表ないし二三丁裏)。なお、一二月二五日付け回答の評価については争いがあり、原告は、月額二八九〇円の増額にすぎず、時短による歩合給の減少を考慮すると、月額六七三四円の減額になる旨主張し(甲九三)、被告は、六パーセントの増収確保を前提とした月額六八三三円の増額である旨主張している(甲二二の25)。
被告は、その翌日の同月二六日、大和労組との間で、乗務員の賃金、労働条件及び時短について、一二月二五日付け回答と同内容の協定を締結した(乙七)。
カイナラ労組は、同月三〇日付けで、被告に対し、団体交渉を申し入れるとともに、被告が大和労組と先行的に協定妥結をした点につき、抗議した(甲一三の11)。
(六) 被告は、平成八年一月六日の団体交渉で、大和労組との間で協定した一二月二五日付け回答につき、一二月二五日の団体交渉時と同内容の説明を繰り返した上、これに基づき賃金を一月度から仮払いすることを表明し、服部タクシーとの賃金格差是正を求めるカイナラ労組の要求について、誠意をもって引き続き話し合うとの意思を明らかにした(甲二六)。
これに対し、カイナラ労組は、平成八年一月九日付け通知書で、同月六日団体交渉での会社の仮払いの提案に応じる旨通知した(甲一三の12)。
その後、同月一七日、同年二月一〇日、同月二四日に団体交渉が行われた。二月一〇日の団体交渉で、被告は、一二月二五日付け回答は最大限の誠意ある回答であること、大和労組と右回答どおりの内容で妥結調印しており、同一職場で賃金格差をつけることはできないことなどから、仮払いしている賃金に上積みすることはできないなどと回答した(甲七一)。
二月二四日の団体交渉で、被告は、一運賃一賃金の原則から、次期運賃改定まで情勢が変わらない限り、仮払いしている賃金に上積みすることはできない、被告の賃率に関する資料の提出が求められたが、提出の約束はできないなどと回答した(甲七二)。
(七) 同年三月九日、運賃値上げの認可条件である運転手の労働条件の改善を実現することを目的として、カイナラ労組を含む奈良市域の四社五組合のタクシー運転手一五〇名で奈良市タクシードライバー共闘会議(以下「共闘会議」という)が結成された(甲二二の28、原告本人六丁表裏)。
共闘会議は、奈良陸運支局に対して、同月二一日から同月二二日まで及び同月二六日から同月二八日までの二次にわたる抗議の座込みなどを実施し、同月二八日午後に同月二七日付け奈良陸運支局輸送課長名義の「労働条件改善に係る業界指導方針」と題する書面をもらった(甲一一、二五、三八、乙一二の2ないし4、原告本人六丁裏、三四丁表)。
右書面(甲一一)には、運賃改定に伴う労働条件改善に係る業界指導に当たっては、当面、被告、服部タクシー、ひまわりタクシー三社の出頭を求め実情について聴取するとし、聴取の際には、(1)増収に関係なく、時短を実施し、その場合、賃金を下げることのないよう行うこと、(2)増収分は確実に賃金改善に充当することについて再度徹底指導を行うこととする旨記載されていた。
同月二八日、北浦康之亮は、奈良陸運支局の坪倉課長から、被告の運賃改定に伴う労働条件改善について事情聴取を受けた。
右北浦康之亮は、被告の改善状況を説明したところ、よくやっていると評価された旨供述し(北浦康之亮六三丁表ないし六四丁表)、他方、その後のカイナラ労組と陸運支局との交渉経過では、陸運支局は、被告に対して運賃改定に伴う労働条件の改善が不十分である旨指導した旨の報告がなされている(甲二〇の3、二五)が、その真偽は不明である。
その間の同月一二日に、カイナラ労組は、賃金の抜本的改善を求める春闘要求書を提出した(甲一三の14)。これを受けて、同月二七日、団体交渉が開催されたが、被告は、経営資料等の具体的根拠を示すことなく従前どおりの回答を繰り返した(甲一、原告本人五丁表ないし六丁表、北浦康之亮五九丁表裏)。
カイナラ労組は、被告に対し、平成八年三月三一日付けで、平成八年四月三日午前一一時以降、団体行動をする旨通告するとともに、被告において、団体交渉を開催するか、又は労働協約に従い、地労委の斡旋を応諾することを強く要求した(甲一七)。しかし、被告から団体交渉を開催しようとせず、また、地労委の斡旋を応諾しようとする態度も示さなかった。
カイナラ労組は、四月七日の執行委員会においてスト決行を決定した。
(八) 被告は、ストの通告を受けたが、ストに伴って不可避的に生ずる営業妨害に対処する措置を講じようとはせず、ストの証拠を保全するためのビデオ、カメラや、立入禁止のプラカードあるいは拡声器等を準備したにとどまった(北浦康之亮九一丁裏ないし九三丁裏、九六丁裏ないし九七丁表)。
4 被告のタクシー運転手の賃金水準
(一) 平成六年の奈良県地区のタクシー運転手と一般男子常用労働者の平均年収、労働時間を比較すると、タクシー運転手の平均年収は三四四万八〇〇〇円、労働時間年間二三四〇時間、一般男子常用労働者の平均年収は五六二万七五〇〇円、労働時間は年間一九一五時間であり、タクシー運転手は、一般常用労働者に比して、年間四二五時間も長時間の労働に従事しながら、年間収入は約二一八万円も少ない(甲八の1、2)。
(二) 服部タクシーは、会社の規模、営業車の認可台数、運転手数において、被告と同一規模にある奈良市内のタクシー事業者であるが、原告は、被告の賃金(一二月二五日付け回答)は、服部タクシーと比較して月額二万円以上低いと指摘するが(甲九八)、原告の供述によっても、被告は、服部タクシーと比較して所定労働日が一日少なく(原告本人の供述三八丁裏ないし三九丁表)、ボーナスが約六万円ないし七万円多い(同供述四一丁表)というのであるから、この点を捉えて単純に比較することはできないが、営業収入に占める賃金額の割合(賃率)は、被告が服部タクシーと比較して、三パーセント以上低いことが指摘されている(甲九八)。
(三) 奈良陸運支局発表の平成七年運賃改定に伴うタクシー運転者の労働条件改善状況(第二回総括表)によれば、賃金アップ率は5.4パーセント、営業収入アップ率は6.2パーセント、賃率は前年59.3パーセント、当年58.8パーセント、還元率は51.4パーセントであった(甲九五)。
被告の隔日勤務(午前七時から翌午前二時までの勤務)のカイナラ労組所属の運転手(光田和憲、佐藤均、宮本政男、鉤嗣司)についても、平成七年八月一日の運賃改定実施後の一年間の運輸収入は値上げ前一年間に比べて増加していた(甲一一〇ないし一一三)。しかし、一年経過後は、そのうち三人が値上げ前の運輸収入を下回り、さらにその後の不況の影響もあって、四人とも賃金が相当に落ち込んでいる(甲一一五の5、6、原告本人四八丁裏、五二丁表)。
5 本件スト及びスト前後の団体交渉の経緯等について
カイナラ労組は、以下のとおり、三回にわたってストを行うとともに、団体交渉等をした(甲四九、検証の結果、証人中岡、原告本人、北浦康之亮)。
(一) 四月八日のストと団体交渉等について
(1) 四月八日のストは、午前六時から午後一時三八分までの間、本社車庫において、カイナラ労組組合員三九名及び外部援助者一二名が参加して行われた。同時間帯は、カイナラ労組の組合員比率の多い勤務時間帯だった。
中岡は、午前七時二〇分ころ、ホテル「ニューわかさ」に午前八時の予約が入っているので、予約先に向かうよう被告から指示され、タクシーを車庫出入口付近まで進めて出庫しようとしたが、カイナラ労組組合員から車庫出入口付近で止められ、「どないしても予約があるから出してくれへんか」などと言ったが(検乙三)、数名が中岡車の前方に佇立してその出庫を阻止したため、結局、中岡は、午前七時三〇分ころ、本社出庫からの出庫を断念し、天理営業所において業務に従事することになり、被告は、右予約につき、他の営業所車庫から配車した。
被告は、午前七時五〇分ころ、五時から団体交渉に応じる旨述べたが、カイナラ労組は即時の団体交渉の開催を求め、合意に達しなかった(甲八八の四七頁)。
中岡のほか、保田運転手、巽課長、河村部長、田村課長らがタクシーに乗車し、出庫しようとしたが、中岡と同様に、出庫を阻止され、結局、タクシーの出庫を断念した。カイナラ労組組合員らは、タクシー前に運転席に背を向けて立ちはだかったり(検乙二)、しゃがみ込んだり、寄りかかったりし、午前一一時四〇分ころには、タクシーの前に長椅子を出して数名が腰掛けるなどして、タクシーの出庫を妨げた(検乙四)。
他方、被告側は、「予約がある。邪魔したらあかん」、「営業妨害したらあかん」などと発言し、「出庫を妨害するな」と記載されたプラカードをかかげて、出庫の意思を表明するとともに、ストが違法である証拠を収集するため、ビデオカメラ等でストの状況を撮影した。
(2) 四月八日の団体交渉(甲三六)
北浦康之亮は、団体交渉の冒頭で、同日のストに立ち会った小林明吉及び佐藤弁護士らの責任を追及する旨述べた上、小林からの質問に答えて、陸運支局から呼び出されて、運賃改定の認可条件である労働条件の改善状況等につき事情を聴かれたが、被告の改善状況を説明したところ、陸運支局から十分な改良がなされている旨言われており、陸運支局からの指導は受けていない旨回答した。
(3) 四月八日の近鉄奈良駅前等における営業妨害について
被告は、四月八日のスト中に、原告らのピケ実行者が、近鉄奈良駅前及びJR奈良駅前においてタクシー業務をしていた大和労組組合員を脅迫して、タクシー乗務を断念させた旨主張し、その証拠として乙三一ないし三三の陳述書を提出するが、甲一二九の内容等に照らすと(なお、甲八八の四三丁参照)乙三一ないし三三は採用できず、右脅迫の事実があったとは直ちに認め難いし、これらにつき原告がどの程度の関与をしたかについての証拠もない。
(二) 四月九日のスト
四月九日のストは、午前五時一五分から午前九時一二分まで、西ノ京営業所車庫において、カイナラ労組組合員三九名及び外部支援者六名が参加して行われた。
カイナラ労組組合員らは、被告に対し、「アホ」「ボケ」「詐欺師」「盗人」などという不穏当な発言をしたほか、北浦康之亮が拡声器で退去を求めて発言したのに対応して、その耳元で「公約を守りなさい」などと発言した。また、カイナラ労組組合員らは、出入口付近まで進行してきたタクシー前に運転席に背を向けて立ちはだかったり(検乙七、八)、タクシー前で数分間にわたり座り込むなどした(検乙九)。
他方、被告は、大和労組組合員らに対して、タクシーに乗車し、出庫するよう業務命令を出し、これに応じて大和労組所属の吉村運転手及び河野運転手らがタクシーに乗車し、出庫しようとした。
また、被告の指示に従い、タクシーに乗車した大和労組組合員らが一斉に車のクラクションを鳴らしたり、拡声器を用いてカイナラ労組に対して抗議をしたり、ビデオカメラ等でストの状況を撮影するなどした。また、被告側は、同日付け通知書をもって、本件ストに立ち会っていた小林明吉(乙二九)及び佐藤弁護士(乙三〇)に対し、違法ピケ、住居侵入、不退去を即時中止するよう警告した(検乙一〇)。
(三) 佐藤弁護士らが同席の上、カイナラ労組等は、奈良陸運支局と交渉をしたが、その際、徳野輸送課長から、三月二八日、前任の坪倉輸送課長は、被告に対して、(1)増収に関係なく時短を実施すること、その場合賃金を下げることのないように行うこと、(2)増収分は確実に賃金改善に充当すること、その場合ノースライドだけでは不十分であることの二点について再度徹底指導した旨引き継いだ旨説明を受けた(甲二〇の3)。
被告は、平成八年四月一一日付け警告書をもって、原告に対し、違法ピケをしないよう警告した(甲一八の1)。
(四) 四月一五日のスト
四月一五日のストは、午前五時五分から午後〇時四〇分まで、被告の全営業所においてストが行われ、(1)本社車庫には、カイナラ労組組合員二八名及び外部支援者二〇余名、(2)西ノ京営業所車庫には、カイナラ労組組合員九名及び外部支援者約一六名、(3)天理営業所車庫には、カイナラ労組組合員五名がそれぞれ参加した。
自交総連及びカイナラ労組は、同日のストの際「動員いただいた方へ」と題する書面を用意し、同書面中に「お願い」として「暴力に訴えたりすることはストの目的に逆行することはいうまでもありません。」などと記載していた(甲三八)。
カイナラ労組組合員らは、西ノ京営業所車庫では、出入口付近まで進行してきたタクシーの前に佇立したり(検乙一七)、座り込むなどし(検乙一九)、本社車庫では、出入口付近やタクシーの前に佇立し(検乙一一、一二)、大阪地連からきた支援者である入梅、義国の二名は、出入口付近まで進行してきたタクシーの前に数分間座り込んだり(検乙一三)、車庫出入り口付近にござを引いて昼食を取ったり、寝ころんだりしていた(検乙一五、一六)。
他方、被告は、大和労組組合員らに対して、タクシーに乗車し、出庫するよう業務命令を出し、これに応じた大和労組所属の城田運転手らがタクシーに乗車し、出庫しようとした。
また、被告の指示に従い、タクシーに乗車した大和労組組合員らが一斉に車のクラクションを鳴らしたり、ハンドマイクを用いて、カイナラ労組に対して「当社に関係のない方は敷地に入らないでください」「出庫を妨害するな」などと言って繰返し抗議をしたり、プラカードをかかげたり、ビデオカメラ等でストの状況を撮影するなどした。
6 タクシーパレードについて
共闘会議は、奈良陸運支局に対して、タクシーの運賃改定に伴う労働条件の改善について業者への指導を要請するため、タクシーパレードを実施することとし、平成八年四月一九日午後四時に奈良市内の猿沢池に集合した上、被告のタクシー一〇台、服部タクシー一二台、ひまわりタクシー一台の計二三台、その他宣伝カー等四台で、使用者の許可なく、タクシーの後部窓に「賃下げなしの時短、認可条件守れ」、「社会的公約守り賃金改善せよ」等の文字を記載した布をテープで張り付け、同日四時一〇分ころから四時五〇分ころまでの間、猿沢池から奈良陸運支局までの奈良市内を走行するタクシーパレードを行った(甲一、検乙二一、二二)。
カイナラ労組は、執行委員会の決議を経て、被告のタクシー一〇台で右タクシーパレードに参加し(原告本人四五丁表裏)、右パレードの際、タクシーの運賃メーターを倒して走行し、右パレード時間中のタクシー料金三万五四七〇円を被告に納金した。
7 中岡に対する暴行、脅迫行為について
(一) 平成八年四月二一日午前一時四〇分ころ、本社車庫出入口付近において、タクシーの営業を終え入庫しようと戻ってきた中岡が出入口内側付近に停止していた宮崎の自動車が入庫の妨げとなったことから警笛を鳴らしたことに同人が立腹し、宮崎がタクシーの運転席に座っていた中岡に接近して文句を言ったことを契機として両者が口論になったところ、宮崎と行動をともにしていた原告が中岡に接近して「元盗人、わしは元暴力団や、なめたらただでおかんぞ」などと暴言を吐いた上、中岡のネクタイを掴むなどしたことが認められる。
(二) 右の事実関係には争いがあるので、以下検討する。
(1) 中岡の供述内容(証人中岡、甲八九)
中岡は、四月二一日午前一時四〇分ころ、タクシーの営業を終えて入庫しようと被告本社車庫に戻ってきたところ、宮崎車が通路の真ん中に停まっていて入庫できなかったため、車体の八割程度が被告本社車庫の門から構内に入った状態で中岡車を止めた。その後、中岡は、ひざをつく寸前くらいまで身体を低くして、運転席の窓(ドアは閉まった状態)の下縁に両ひじをついた姿勢の宮崎と口論していた。その際、中岡車の運転席の窓は全開していた。中岡は、そのとき、原告は、事務所の方から「われ何ぬかしているんや」、「スト破りしやがって」とわめきながら、走って出てきて、即、終始同じ姿勢でいた宮崎の頭越し又は肩越しに、右手でハンドルを握った状態の中岡のネクタイの結び目の下をつかみ、中岡の右真横の上方に三、四回引っ張り、中岡の右側頭部を三、四回、運転席の窓枠にぶつけた。原告の右暴行がちょっと緩んだ際、原告の左後ろから原告の妻及び宮崎の妻が来て、原告の妻が「あんた、やめておき」と言って、原告の左手に両手ですがるようにした。すると、原告は、「われ黙っておけ」と言って、原告の妻の手を払い、再度、中岡のネクタイを二、三回引っ張って、「われは元盗人、わしは元暴力団や、なめたらただでおかんぞ」と言い、中岡の額部を二、三回運転席の窓枠にぶつけた。中岡が「痛い、痛い、暴力はやめんかい、話したらすむこと」と大声で言うと、原告はネクタイから手を離した。原告は、ネクタイをつかんでから離すまでの六、七分間、ずっとネクタイを握り、強く引いたままの状態だった。右暴行の際、中岡の顔及び身体が宮崎の顔と接触することはなかった。
中岡は、右暴行を受けた際、怖さなどからよけたり、抵抗したりしなかったが、一一〇番をしようと左手で携帯電話を探していたところ、原告から「一一〇番でも警察でもなんでもせんかい」と言われた。
右暴行の後、中岡は、中岡車を指定の車庫に移動させ、事務所で納金作業をし、洗車をしていた。中岡は、四〇ないし五〇分かけてした洗車の終わる寸前に、ネクタイが今日はえらい気持ち悪いなと思って、ネクタイが締まっていることに気づいた。
中岡は、洗車していた際、原告から飲みに行かないかと誘われたが、行かなかった。
(2) 中岡は、四月二三日、城田の助言で、原告から暴行を受けた事実を被告に報告することにし、同日電話で報告した上、翌四月二四日、被告に対して、原告から暴行を受けた旨報告した上、奈良警察署に被害届を出し、同月二五日から捜査が始まった。中岡は、原告が本件懲戒解雇処分を通告された五月七日、原告を暴行、脅迫罪で告訴した(甲六三、乙六二)が、結局、右事件は、起訴猶予となっている。
(3) 原告の供述内容(甲四〇、八八、原告本人)
原告が中岡に対して暴行、脅迫を加えたことはなく、両者の間において若干口論があっただけである。
原告は、開いた運転席ドアと車体との間に入ってしゃがみ込んだ姿勢で中岡と対峙したところ、中岡が宮崎のことを「あんな奴に偉そうなこと言われることない」と言ったため、「俺のつれ(親友)に、あんな奴とはなんや」「あんたは偉そうに言われてもしゃあない、元盗人のくせに」と言い、若干の口論になったが、原告の妻が止めに入って、口論は終わり、中岡は、車庫に入庫した。
右口論の際、宮崎は開いた運転席ドアの外側に立っており、原告の妻が止めに入った際、原告の腕をつかんだりはしなかった。
(4) 原告及び被告双方から、本件当時、右現場付近にいた者の陳述書等が提出されているが、中立的な立場の者によるものではないから、採用できない。
(5) そこで、原告及び被告の各供述の信用性を検討すると、原告の妻の陳述書(甲四三)によっても、原告が中岡に対して相当程度立腹していたと認められるところ、原告の供述中、運転席に座ってはいるが、運転席ドアを開け、片足を地面につけて降車しようとする体勢の中岡と口論するのに、そんきょの姿勢をとり、かつ、原告が自認するような程度の言葉しか述べなかったなどというのはいささか不自然というべきである。
これに対して、中岡は、運転席ドアに両肘を付き、膝を曲げていた宮崎の後ろから、原告が右手を出して、中岡のネクタイを引っ張った旨供述するが、この状態で原告の手と宮崎の身体の接触、中岡と宮崎の身体との接触がなかったというのは不自然である。また、中岡は、原告からネクタイを引っ張られて首が締め付けられ、苦しかった旨及び四〇ないし五〇分洗車作業を行った後にネクタイが締まっているのに気がついた旨を供述しているが、ネクタイが引っ張られて首が締まり、かつ、そのことに四〇、五〇分後に気づくというのもいささか納得がいかない。さらに、中岡が原告の暴行に対し、全く抵抗ないし防禦活動をしなかったというのは考え難い。なお、中岡は、医師の診断も受けておらず、被告への報告も二、三日後のことで、洗車中に原告から飲みに行かないかと誘われた旨も供述していることに照らすと、被告主張の暴行、脅迫に擬すべき事実があったとはいえない。結局、被告主張の事実に沿う中岡の供述は存在するものの、右中岡の供述には首肯できない部分が多く、高々前記(一)の事実が認められるに過ぎない。
8 本件懲戒解雇処分
(一) 被告は、平成八年四月一五日付けで、原告に対して、懲戒処分決定のための自宅待機の措置をした上(甲一八の2)、同年五月七日、争いのない事実等記載のとおり、原告に対し、懲戒解雇をした(乙五四の1)。
なお、被告は、本件懲戒解雇処分をするに先立ち、原告に弁明の機会を与えておらず、同日、被告が本件懲戒解雇処分を通告した際、書面には中岡に対する暴行、脅迫があった日につき、四月二四日と記載されており、原告の指摘を受けて、その場で日付に誤りがあることを認めて四月二一日に訂正した。
(二) 被告は、同年五月七日、原告に対する懲戒事由のうち、中岡に対する行為を除いた事由により、カイナラ労組の副執行委員長である宮崎、書記長である碇谷をそれぞれ七日間の出勤停止処分にした(甲三の1、2)。
9 労働協約の効力について
(一)(1) 被告保管の平成六年二月一八日から平成九年二月一七日までを有効期間とする労働協約書(乙六)は、その表紙に「平成六年二月改定」と記載され、製本までされているが、これには、両当事者の署名又は記名押印がなく、カイナラ労組においても、署名又は記名押印がなされた右労働協約書を現に保管していない(原告本人三三丁表)。
(2) 北浦康之亮は、次のとおり供述する。すなわち、被告は、平成五年一二月ころから、カイナラ労組の中村委員長に対して、「組合員の休職、解雇の取り扱いは『甲』と『乙』とが協議して決める。」という規定(乙五の一九条)につき、解雇基準や手続等については、労使間の協議によるのではなく、就業規則によるべきであるという被告側の判断で、解雇に関する協議条項を削除して改定することを申し入れて交渉していたが、平成六年一月ころ、カイナラ労組の現在の執行部に批判的な者がおり、中村委員長も交代予定である旨述べたことから、被告は労働協約の更新はしないことを申し入れて、中村委員長も合意したが、右労働協約の解約に関して書面は作成されていない。なお、同年二月、従業員代表としての中村の意見書を添付した就業規則変更届が労働基準監督署に提出されている。(乙一〇、北浦康之亮三〇丁表ないし三一丁表、八〇丁ないし八一丁裏、九五丁表裏)
(3) 昭和五三年一一月一三日に協定が成立し、昭和五六年一一月一二日及び昭和五九年八月三一日に順次、更新された労働協約書(乙四)では、更新の毎に約三年間の有効期間が定められていたが、昭和五三年一一月一三日に有効に成立し、有効期間を昭和五六年一一月一二日までと定めた労働協約書(乙五)は、順次、更新の上、平成三年二月一八日に改定されたところ、右労働協約書には、単に「協定改定 平成三年二月一八日」とあるのみで、改定後の有効期間につき規定がない。
(4) 北浦康之亮は、平成八年二月二四日の団体交渉時に労働協約は生きている旨発言したり、右斡旋調停に関する労働協約の規定が存在することを前提として、地労委の斡旋を辞退した理由を述べるなどしていた(甲七二)。
(二) 以上からすれば、平成六年二月一八日付けで労働協約書(乙六)のとおり改定された内容での労働協約が成立している蓋然性は相当に高いけれども、なお、成立していない疑いが残るところである。しかし、この際に更新がされていなくても、書面による解約がなされていない以上、平成三年二月一八日改定の労働協約(乙五)が、期間の定めのない労働協約として現に存在しているものと解するのが相当である。
(三) ところで、右労働協約書(乙五)の三九条一項は「『甲』『乙』間に労働争議が生じ、労使協議会及び団体交渉により、解決が出来ない場合に『甲』又は『乙』、もしくは『甲』『乙』双方の申請による、労働関係調整法の斡旋調停の手続きを踏まなければならない。」、同条二項は「前項斡旋調停不成立の場合には『甲』又は『乙』が争議行為を行う時は七二時間以前に文書を以って『甲』及び『乙』に通知する。(以下省略)」と規定しており、右三九条一項の規定は、紛争の平和的な解決を目的として争議行為の開始前に一定の手続きを踏むべきことを定めたいわゆる平和条項と解され、四五条の「『甲』と『乙』の間に争議が生じた時、事業の公共性に鑑み、労使協議会、団体交渉、及び公の機関等を通じ、双方誠意をもって解決に努力する。」という道義条項と併せて考えれば、本件におけるように、近畿運輸局長の通達の解釈等が争われている場合には、被告は、地労委の斡旋の席に着くべきことが求められているものであって、これを辞退した被告は、この点で非難を受けてもやむを得ない。
二 解雇事由の存否及び解雇権の濫用について
1 スト及びタクシーパレードの正当性について
(一) ストの正当性について
本件ストやこれに付随する争議行為の手段や態様の正当性については、その動機・目的、具体的態様、周囲の客観的情況その他諸般の事情に照らして法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かにより判断されるべきである。
本件ストの動機・目的については、前記認定によれば、カイナラ労組が被告に対して、(1)平成七年七月の運賃値上げによる増収分を確実に賃金改善に充当すること、(2)カイナラ労組が申請した地労委の斡旋を応諾することをそれぞれ求めていることが認められ、これらには正当性があるというべきである。そして、使用者は、誠実に団体交渉を行うべきことが義務付けられていると解されるが、被告の一二月二五日付け回答がそれなりに合理性を有すると被告が考えたにせよ、前記認定のとおり、被告は、団体交渉において経営資料等の具体的根拠を示すこともなく、近畿運輸局長の通知の解釈等が争われているのに地労委の斡旋の席に着くことも拒み、かつ、ストの通知を受けたが、ストに伴って不可避的に生ずる営業妨害に対処する措置を講じようとはせず、ストの証拠を保全するためのビデオ、カメラや、立入禁止のプラカードあるいは拡声器等を準備したにとどまったのであるから、本件ストに至る経緯については、被告にはそれ相応の責任があるといわなければならない。
前記認定によれば、カイナラ労組は、タクシーの出庫を阻止する意図で、被告勤務のタクシー運転手が出庫しようとするのに対し、その前方に佇立したりしてタクシーの出庫を妨げたことが明らかである。そして、ピケの相手方は、スト破りをしようとするカイナラ労組の組合員ではなく、スト中といえども操業又は就業の自由がある使用者又は非組合員である(この点は、労働協約違反でもある)ことを考えると、その手段において正当性を逸脱した点があることを否定することは困難である。原告は、出庫しようとするタクシーの前に立つ者と、側方で運転手を説得する者とに役割分担するという方針でピケを行った旨供述する(原告本人四六丁表裏)が、本訴で証拠として提出されたビデオ、写真等をみる限り、原告の供述に沿うような形での説得が主なピケの態様であったとは必ずしも認め難い。もっとも、被告が証拠を保全することに意を用いていたことからして、右のビデオ、写真などで認められるほかに悪質な行為があったとは認められないし、もとより暴行や傷害等の行為があったことを認めるべき証拠はない。
しかし、その他の点においては、ストは四月八日、同月九日、同月一五日の三日間で、延べ約一九時間に及ぶものであったが、団体交渉も奏功せず、被告の対応もストを回避させるようなものではなかったから、この点を重視することはできない。また、被告において、ストに伴って不可避的に生ずる営業妨害に対処する措置を講じようとはしなかったことからすると、その操業継続の意思は希薄であったことが窺える。さらに、その客観的情況も早朝の出庫時からのストであり、乗客等との接触のない車庫内の出来事であることなどを考慮すると、本件ストについては、これに付随するピケにおいて、一部、説得の限度を超え、正当性を逸脱した点があることは否定できないが、その企業秩序違反の程度は重大なものと評価することはできない。
(二) タクシーパレードの正当性について
タクシー会社における労働組合の争議行為の方法として、営業用車両であるタクシーを会社の許可なく組合活動に使用することは、使用者の生産手段を何らの権限もなく占有するもので、この点は労働協約違反でもあるから、正当性があると直ちに認めることはできない。しかし、これが行われた時間やタクシー運賃が納金されていることからすると、その企業秩序違反の程度は軽微であると評するのを妨げない。
2 中岡に対する暴行、脅迫について
前記に認定した限度の行為が認められる。
3 本件懲戒解雇について
被告の就業規則の七四条は、「従業員が、次の各号の1に該当するときは、懲戒解雇に処する。ただし、情状によっては出勤停止に止めることがある。」と規定して、情状により軽減して懲戒処分を課すことを認めている。そして、懲戒解雇処分は労働者を企業外に放逐する重大な処分であることからすると、懲戒解雇しなければならない程度の重大な企業秩序に反する行為がある場合に限って、懲戒解雇処分の相当性を肯定することができ、これを欠く場合には、懲戒解雇処分は無効になるものと解するのが相当である。
ところで、本件ストを行った主体はカイナラ労組であるが、原告はカイナラ労組の執行委員長として、本件ピケやタクシーパレードにつき組合員を指導したという点でその責任を肯定でき、懲戒処分の対象となりうるものと解される。
これを本件についてみると、原告の所為は、形式的には就業規則七四条六号(故意または重大な過失によって会社に損害を与えたとき)、又は同条一三号(その他、前各号に準ずる行為があったとき)、七四条一号、二二条八号(就業時間中の無許可組合活動の禁止)、同条一七号(許可なく、職務以外の目的で会社の車両等を私用し、又は社外に持ち出すことの禁止)の各懲戒解雇事由に一応該当するものではあるけれども、すでに説示したとおり、企業秩序違反の程度は重大なものと評価することはできないか軽微なものであって、これらを総合しても出勤停止はともかく、懲戒解雇しなければならない程度の重大性は認められず、本件懲戒解雇は解雇処分の相当性を欠き、無効であるというべきである。
三 賃金請求権について
以上のとおり、本件懲戒解雇処分は無効であるから、「債権者の責に帰すべき事由」による不就労につき、原告は賃金請求権を失わない。
そして、被告における毎月(前月二一日から当月二〇日まで)の賃金の支払日が二六日であり、原告の本件解雇前三か月の平均賃金額が一か月金三〇万〇三七九円であることについては、当事者間に争いがない。
原告は、将来の給付も求めているが、本件地位確認訴訟の原告勝訴の判決が確定した場合において、被告が将来の給付を履行しないおそれの有無は不確定であるから、本判決確定の日より後の将来の給付を求める部分については、訴えの利益を欠き、不適法というべきである。したがって、原告の賃金の支払を求める請求は、平成八年五月支払分から本判決確定の日まで一か月金三〇万〇三七九円の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。
第五 結論
よって、原告の本訴請求は、(1)雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と(2)平成八年五月支払分から本判決確定の日まで一か月金三〇万〇三七九円の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、本判決確定の日より後の金員支払請求に係わる部分の訴えは不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条ただし書を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官前川鉄郎 裁判官田口治美 裁判官石原稚也は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官前川鉄郎)