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奈良地方裁判所 平成9年(行ウ)22号 判決 1999年11月10日

原告

井上正一

右訴訟代理人弁護士

荻原研二

内橋裕和

藤井茂久

朝守令彦

被告

葛城税務署長 横田輝雄

右指定代理人

森木田邦裕

今辻義嗣

足立孝和

安田英生

柏原一郎

和田祐一

原田一信

主文

一  原告の訴えのうち、原告の申告額(納付すべき税額六九二万三七〇〇円)を超えない部分の取消しを求める部分を却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告の平成五年分所得税について、平成八年四月二六日にした更正処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告は、平成五年二月二五日から同年三月三一日にかけて、株式会社三笠鋲螺(以下「三笠鋲螺」という)に対し、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という)及び同目録二記載の建物(以下「本件建物」といい、本件土地と合わせて、以下「本件不動産」という)を売却したとして、別紙(課税の経緯)記載のとおり、平成六年三月一五日、平成五年分の所得税の確定申告を行った。

2  被告は、原告の右申告について税務調査を行った結果、架空の取得費(一億円)及び譲渡費用(合計四五八〇万円)を計上していたとして、原告に対し、更正処分及び重加算税賦課決定処分を行い、原告は、これに対する異議申立及び異議棄却決定に対する国税不服審判所長に対する審査請求を行った。これらの処分の経緯は、別紙(課税の経緯)記載のとおりである。なお、原告の審査請求を棄却する旨の裁決は、平成九年七月四日、原告に通知された。

二  争点

被告は、本案前の抗弁として、平成五年分の所得税に関し原告の確定申告により確定した納付すべき税額については、納税者自ら確定させたものであるから(国税通則法一六条参照。なお、同法二三条の手続はとられていない)、その範囲内において取消を求める訴えの利益がないと主張し、原告は被告の右主張を争わない。

したがって、本件の実質的な争点は、本件不動産を売却したことによる譲渡所得について課税されるべき者が、原告か否かである。

1  原告の主張

(一) 本件土地は、もともと原告の実父である朝田栄吉が所有していたものであるが、原告は、昭和二七年二月一九日、分家をするために栄吉より贈与を受け、本件土地上に建っていた本件建物も買い取って、本件不動産につき原告名義で登記した。しかしながら、原告は、その後結婚する際、妻方の井上家と養子縁組したため、分家の必要がなくなり、昭和三一年ころ、本件土地を栄吉に返還した。栄吉は昭和四〇年六月二四日に死亡し、原告の実兄である朝田一雄(以下「一雄」という)が相続により本件不動産を取得したが、登記は原告名義のまま変更しなかった。

(二) 一雄は、平成五年、三笠鋲螺に対し、本件不動産を売却した。ただ、本件不動産の登記名義が原告のままであったので、本件不動産の売買契約書も原告名義で取り交わしたにすぎない。

(三) 本件不動産の譲渡代金については、一雄はギャンブル好きで金銭が手元にあればすべて費消してしまうことが明らかであったので、一雄に代わって原告が銀行に預金して保管した上、少しずつ一雄に渡していた。平成五年四月五日から同七年五月二五日にかけて、合計九五七三万八〇〇〇円を渡したほか、本件不動産売却及び税務申告に要した費用があるので、原告自身の収入になった部分はごくわずかである。

(四) このように、本件不動産の真実の所有者は原告ではなく一雄であり、その譲渡利益も一雄に帰属しているから、所得税法一二条(実質所得者課税の原則)により、本件不動産の譲渡所得に対する課税も、原告ではなく、一雄に課されるべきである。

2  被告の主張

(一) 本件土地は、昭和二七年二月一九日の贈与を原因として原告の実父朝田栄吉から原告に所有権移転登記された河内市大字横枕(昭和四二年二月一日合併改称により東大阪市横枕に変更。以下、土地の所在を省略する)一番一ないし三の各土地及び昭和四〇年六月二四日の相続を原因として朝田栄吉から原告に所有権移転登記された同番五の土地の一部であり、平成五年三月二五日の売買を原因として原告から三笠鋲螺に所有権移転登記された。また、本件建物は、本件土地上の建物及び附属建物であり、平成三年一二月一九日の売買を原因として中川信子から原告に所有権移転登記され、平成五年二月二四日の売買を原因として原告から三笠鋲螺に所有権移転登記された。

(二) 本件不動産の売買契約書は、いずれも原告を売主、三笠鋲螺を買主として交わされているほか、本件建物を借地人である中川信子から購入した際の売買契約書も原告を買主として作成されている。

(三) 本件土地の譲渡代金二億二五七三万六五〇〇円のうち、一億二五七三万六五〇〇円は、三笠鋲螺振出しの小切手で決済され、平成五年三月三一日に大和信用金庫八木支店の原告名義の普通預金口座へ入金され、残金一億円は、三笠鋲螺からの振込みにより、奈良商銀信用組合本店(現信用組合関西興銀橿原支店)の原告名義の普通預金口座へ入金された。また、本件建物の譲渡代金五三六〇万一〇〇〇円は、三笠鋲螺振出しの小切手で決済され、平成五年三月九日、阪奈信用金庫中野支店の原告名義の普通預金口座へ入金された。

なお、一雄が原告から現金を受け取っていたとしても、その原因としては贈与、貸付け等さまざまな原因が考えられ、この事実のみをもって本件不動産の譲渡代金が一雄に帰属していることにはならない。

(四) 原告は、本件不動産の譲渡所得が自らに帰属することを認めて確定申告を行っており、その後の税務調査においても、当初は、本件不動産の譲渡所得が自らに帰属することを認めた上、架空の取得費の計上及び架空の領収証の作成を認める旨の確認書を提出するなどしていた。にもかかわらず、後になって、本件不動産は一雄の所有であり、その譲渡所得も一雄に帰属すると申し立てるに至ったもので、原告の主張には一貫性がなく、容易に信用することができない。

(五) 以上のとおり、本件不動産の登記名義、契約書の名義、譲渡代金の入金先及びその後の確定申告の経緯等を見ると、本件譲渡所得は原告に帰属しているというべきであり、これに対する所得税も原告に課されるべきである。

第三争点に対する判断

一  甲二、三、五、一八、一九、二二ないし二九、乙九ないし三四(いずれも枝番を含む)、証人朝田一雄及び原告本人の各供述並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  朝田栄吉は、昭和二七年当時、一番一(昭和三九年六月分筆前のもの)、同番二(平成四年七月合筆前のもの)、同番三(同)、同番五(昭和五三年七月合筆前のもの)、八二八番ないし八三〇番、八六三番の二その他の土地を所有していたものであるが、同年二月一九日、次男である原告に対し、右一番一ないし三の各土地を贈与することとして、贈与を原因として栄吉から原告に所有権移転登記が経由された。

2  原告は、昭和三一年、井上好太郎及びその妻志げ子と養子縁組をして、その長女である井上初枝と結婚した。

3  原告は、昭和三九年六月四日、一番一の土地から同番七の土地を分筆し、同月一二日、同番七の土地を龍野七郎に売却した。

4  朝田栄吉は、昭和四〇年六月二四日、死亡し、八二八番ないし八三〇番、八六三番の二等の各土地については長男である一雄が相続することとして、相続を原因として栄吉から一雄に対する所有権移転登記が経由され、一番五の土地は原告が相続することとして、相続を原因として栄吉から原告に対する所有権移転登記が経由されたが、同番一ないし三の各土地については、原告名義のままにしていた。

5  原告は、昭和五三年七月六日、一番一の土地に同番五の土地を合筆した上、同番一〇の土地を分筆して、同年九月二八日、同番一〇の土地を月山安夫に売却し、同年四月二〇日その旨の所有権移転登記が経由された。

6  朝田栄吉は、東大阪市横枕一番一の土地の一部を中川信子に貸しており、中川は同土地上に本件建物を建てて所有していた。原告は、平成三年一二月一九日、中川から本件建物を三〇〇〇万円で買い受け、同日、その旨の所有権移転登記が経由された。また、朝田栄吉は、同番二の土地の一部を北村孝次に貸しており、北村は右土地上に建物を建てて所有していた。原告は、平成四年一一月二四日、北村から右建物を七三〇〇万円で買い受けたが、所有権移転登記を経由することなく、平成五年二月一二日、右建物を取り壊した。

なお、これらの代金は、原告の手持資金から支払った。

7  原告は、平成四年七月一七日、一番一の土地に同番二及び三の各土地を合筆した上、本件土地(同番一一)及び同番一二の土地を分筆した。

8  原告は、本件不動産を三笠鋲螺に売却することとし、本件建物を五三六〇万一〇〇〇円で売り渡す旨の平成五年二月二五日付契約書及び本件土地を二億二五七三万六五〇〇円で売り渡す旨の同年三月三一日付契約書を交わすとともに、平成五年三月二五日売買を原因とする原告から三笠鋲螺に対する所有権移転登記を経由した。

右売買の交渉や契約書作成等の手続は、いずれも原告が行っており、一雄はほとんど関与していなかった。

9  三笠鋲螺は、本件不動産の代金として、五三六〇万一〇〇〇円及び一億二五七三万六五〇〇円の小切手を振り出し、うち五三六〇万一〇〇〇円の小切手は、平成五年三月九日、阪奈信用金庫中野支店の原告名義の普通預金口座に、一億二五七三万六五〇〇円の小切手は、同月三一日、大和信用金庫八木支店の原告名義の普通預金口座に、それぞれ入金された。また、三笠鋲螺は、同月三一日、奈良商銀信用組合本店(現信用組合関西興銀橿原支店)の原告名義の普通預金口座に一億円を振込み入金した。

10  原告は、平成五年三月三一日、信用組合関西興銀の原告名義の口座から五〇〇〇万円ずつ合計一億円を引き出し、同日、三〇〇〇万円及び二〇〇〇万円に分けて原告名義の定期預金として預け入れた。その後、三〇〇〇万円の定期預金については、平成五年から七年にかけて、原告の妻の友人である高浜弘子、平井育子、出水愛子、矢野典子のほか、原告の子供二名の名義で定期預金として預け替えていた。

11  原告は、前記8、9記載のとおり、本件不動産を三笠鋲螺に売却して得た代金を受け取ったが、右譲渡益にかかる所得税を少なくするため、かねてからの知り合いで本件不動産売買の仲介もした辰巳博聰と相談の上、謝礼等を払って架空の領収証を人に作成してもらったり、税務調査が入った後は税理士に頼むなどして、その費用を支払った。

一方、原告は、自己の金員の一部を辰巳博聰に預けており、一雄において金が必要となった場合には辰巳に連絡を入れることとし、辰巳から原告に連絡してもらった上で渡すこととして、辰巳の記載するノートに残金等を記載して一雄の署名押印をもらうようにしていた。一雄は、平成五年四月、受け取った金のうち一五〇〇万円弱を親族、知人等からの借金の返済に充てたほか、同月から平成七年五月にかけて、相当の金額を辰巳を介して受け取り、その大部分を競艇等のギャンブルに費消した。

12  争いのない事実等1記載のとおり、原告は本件不動産を売却したとして確定申告をしているのに対し、一雄はそのような申告をしていない。

二  以上の認定事実を前提として、本件不動産の譲渡益を取得したのが原告か否かを検討する。

1  本件土地の登記名義について

本件土地は、原告が昭和二七年に実父朝田栄吉から贈与を受けた一番一(昭和三九年六月分筆前のもの)、同番二(平成四年七月合筆前のもの)及び同番三(同)の各土地(以下「本件三筆の土地」という)並びに同番五の土地(昭和五三年七月合筆前のもの)の一部であるが、本件三筆の土地は、贈与を受けて以来、原告名義で登記されている。

ところで、原告は、本件三筆の土地について、贈与を受けた後で栄吉に返還し、昭和四〇年に栄吉が死亡した際、兄の一雄が相続したもので、たまたま登記名義だけ変更せずに原告のままとなっていたと主張し、証人朝田一雄及び原告本人は、右主張に沿う供述をしている。

しかしながら、原告らは、昭和四〇年に栄吉が死亡した際、その相続財産について一雄や原告に対して所有権移転登記手続を行っており、本件三筆の土地についても、原告主張の真の所有者の名義に変える機会があったにもかかわらず、昭和二七年に贈与を原因として原告に対し所有権移転登記が経由された後、三笠鋲螺に売却されるまでの間、一貫してその所有名義は原告のままであったものである。のみならず、原告は、昭和三九年には一番一の土地から同番七の土地を分筆して売却処分し、昭和五三年には、栄吉から相続により取得してその旨の移転登記も経ていた同番五の土地を同番一の土地に合筆した上、一番一の土地から一番一〇の土地を分筆して売却処分するなど、分筆又は合筆を繰り返していたことは前認定のとおりであって、このような登記の経緯、ことに原告自ら相続した同番五の土地を同番一の土地に合筆していることに照らすと、本件三筆の土地について、原告が栄吉に返還して一雄が相続したものを名義変更をしないまま放置していたとする一雄及び原告の供述は信用し難い。

2  本件不動産の売主の名義について

次に、本件土地上の本件建物を取得する際の売買契約書及び本件不動産を処分する際の売買契約書のいずれもが、原告の名前で作成されている。

この点について、原告は、本件不動産の売買契約書が原告名義で交わされているのは、本件不動産の所有名義が原告だったので、それに合わせたにすぎないなどと主張する。

しかしながら、前記のとおり、本件建物については、本件不動産の売却に先立つ平成三年に所有者である中川信子から原告が買い受け、さらに、その翌年には本件三筆の土地上の北村孝次所有の建物も原告が買い受けており、これらの代金はいずれも原告の手持資金から支払われているのであるから、右各建物は原告が取得し所有していたと認めるほかはない。そして、右の各建物の購入は本件土地と合わせて売却するための前提として行われたものと考えられるから、本件土地を売却する者、すなわち本件土地の所有者が、本件建物等の購入も行うはずである。そうであれば、原告が、本件土地と合わせて売却するために、本件建物を購入したと認めるのが自然である。なお、原告は、本件建物の購入資金は本件不動産の売却代金から清算しており、一雄のために立て替えたに過ぎないかのように供述するが、仮に原告が立て替えたというのなら、いかに兄弟間であるとはいえ、高額な金銭のやりとりであるから、その清算方法や利息について文書等に残すなりして明確にしておくのが自然であるところ、本件においてそのような書証は提出されていない。したがって、立て替えたに過ぎないという原告の供述は採用できない。

そのほか、三笠鋲螺の支払った本件不動産の代金は、すべて原告名義の預金口座等に入金されていることなどを考慮すると、本件不動産の売買契約は、その契約書の名義人である原告が行ったものと認めるのが相当である。

3  本件不動産の譲渡益の帰属について

原告は、本件不動産の譲渡益の大部分は一雄が受け取り、費消していると主張する。

確かに、一雄が、本件不動産の売却代金が入った直後である平成五年四月ころから、辰巳博聰を介して、原告から相当に高額の金員を受領していることがうかがえる。

しかしながら、原告は平成三年当時他の土地(新賀の方の土地など)の売却代金など一億円くらいの手持資金を有していたというのであり(原告の供述)、原告が辰巳に預けていた金銭が本件不動産の売却代金から諸経費を差し引いた残金であるのか、それ以外の手持資金なのかについては明らかでない。また、辰巳作成のノートの記載は不明確であって、原告から預かった金銭を複数回に分けて一雄に渡していたことは認められるものの、原告が辰巳に金銭を預けていた目的やその総額等についても判然としない。原告がこのように一雄に金銭を渡したのは、一雄が長男として朝田家を継ぐ者であり、実質上相続財産について権利を有しているというような意識があったからとも考えられるが、本件不動産の売却代金について原告個人の資産と分別することもなく、漫然と一雄に対して金銭を渡していたからといって、本件不動産の譲渡益が一雄に帰属したものと認めることはできない。

4  結論

以上によれば、本件土地及び建物の所有者は原告であり、その売買契約を締結し、代金を受け取ったのも原告であると認められるから、本件不動産の譲渡益は原告に帰属したものであると認められる。

三  以上の次第で、原告らの本訴請求のうち、原告の申告額を越えない部分の取消を求める訴えについては訴えの利益がないから却下し、その余の部分については理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論の終結の日 平成一一年九月八日)

(裁判長裁判官 前川鉄郎 裁判官 川谷道郎 裁判官 松山遙)

物件目録

一 本件土地

所在 東大阪市横枕

地番 一番一一

地目 宅地

地積 四一〇・四三平方メートル

二 本件建物

所在   東大阪市横枕一番地一

家屋番号 一番一

種類   居宅

構造   木造瓦葺平家建

床面積  三九・九八平方メートル

(附属建物)

符号  1

種類  居宅

構造  木造瓦葺平家建

床面積 一八・八一平方メートル

別紙

課税の経緯

<省略>

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