奈良地方裁判所 昭和25年(タ)5号 判決
原告 前田作治郎
被告 前田英子
一、主 文
原告と被告とを離婚する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告は主文第一項と同旨の判決を求め其の請求の原因として原告は昭和十三年七月朝鮮に渡り私設鉄道に勤務し、其の後総督府鉄道局に買收せられて同鉄道局に勤務してゐたところ昭和十九年一月二十二日戸主徐川光彦の妹被告と婚姻し、同棲中終戰となり原告が朝鮮平安北道亀城郡金谷舎に監禁せられてゐたとき昭和二十一年七月十日被告と事実上離婚し昭和二十一年九月二十四日帰国した。被告は原告と離別して以來消息なく、その生死が三年以上分明でないから民法第七百七十條第一項第三号に依り被告と裁判上の離婚を求める爲本訴に及ぶと陳述した。<立証省略>
原告の申立により被告に対し公示送達による呼出をしたが被告は本件口頭弁論期日に出頭しない。
当裁判所は職権を以て原告本人を訊問した。
三、理 由
当裁判所が眞正に成立したものと認める甲第一号証戸籍謄本及原告本人訊問の結果に依れば、原告は、昭和三年六月十六日先妻カツと死別し昭和十三年長男信一、二男利治を伴ひ朝鮮に渡り平讓市附近で居住して朝鮮総督府鉄道局從業員に就職中、同僚の斡旋で永年日本内地に居住し日本人と婚姻したが夫と死別して朝鮮に戻つてゐた朝鮮平安南道江東郡勝湖邑勝湖里四十七番地戸主徐川光彦の妹徐川英子と婚姻し、昭和十九年一月二十二日その届出をし以來夫婦生活を営んでゐたこと、終戰後原告が平安北道亀城郡金谷舎で監禁されてゐたとき原告が自分の生死が予測できないから離別しようと被告に提唱したのに、被告は離別は好まないけれども日本内地へ戻る気はない。原告の自由になるまで待たうと申し其の近在に独居していたが、原告が昭和二十一年八月被告の姿を一度認めたきり、昭和二十一年九月二十四日内地に引揚げて以後被告より音信なく生死分明しないことが認められ、原告が昭和二十五年七月五日本訴を提起したことは訴状受付日附印に依つて明かである。叙上認定の事実からすれば民法第七百七十條第一項第三号に所謂配偶者の一方の生死が三年以上明かでないときに該当するものというべきであり、たとい朝鮮人である被告が現に朝鮮に生存してゐるとしても、一般に顕著である現在の国際情勢の推移に鑑みるときは、日本国内に再度渡航する意思のない被告と原告とは相互に到底婚姻関係を維持し難い重大な事由ある場合にも該当するものと認めるのが相当であるから、被告と離婚を求める原告の本訴請求はいずれにしても正当というの外はない。よつてこれを認容すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條に則り主文の通り判決する。
(裁判官 南新一 坂口公男 中村一作)