大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

奈良地方裁判所 昭和53年(行ウ)6号 判決 1982年3月26日

奈良県北葛城郡当麻町当麻二〇五

原告

芝本勝

右訴訟代理人弁護士

坂口勝

吉田恒俊

奈良県大和高田市三和町二の一七

被告

葛城税務署長

奥野昭治

右指定代理人

高須要子

松本有

西谷仁孝

石田俊雄

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1、被告が原告に対し昭和五一年一二月一八日付でなした昭和四八年分、同四九年分及び同五〇年分の所得税の各更正処分

(但審査請求に対する裁決により取り消された部分を除く)中昭和四八年分につき金一五〇万円、同四九年分につき金一八〇万円、同五〇年分につき二〇〇万円を超える部分を取り消す。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)  原告は靴下製造業を営むものであるが、昭和四八年分、同四九年分、同五〇年分の所得税の確定申告として法定期限内に左の各金額を各年分の総所得金額として申告した。

1、昭和四八年分 金 一五〇百円

2、同 四九年分 金 一八〇万円

3、同 五〇年分 金 二〇〇万円

(二)、これに対し、被告は昭和五一年一二月一八日それぞれ次のとおり更正処分(以下本件各更正処分という)ならびに過少申告加算税の賦課決定処分を行ない、その頃原告に通知した。

1、昭和四八年分 更正処分金額 金 三一三万一、三四三円

納付すべき税額 金 二六万八、三〇〇円

過少申告加算税 金 一万一、八〇〇円

2、昭和四九年分 更正処分金額 金 四三六万六、二五五円

納付すべき税額 金 四〇万〇、四〇〇円

過少申告加算税 金 一万八、八〇〇円

3、昭和五〇年分 更正処分金額 金 五七五万五、一七六円

納付すべき税額 金 六〇万九、八〇〇円

過少申告加算税 金 二万九、七〇〇円

(三)、原告はこれに対し昭和五二年二月一八日被告に異議の申立をしたが、同年六月一七日に国税不服審判所長に審査請求をしたところ、同所長は昭和五三年六月一五日付で次のとおり前項処分の一部を取消す裁決をなし、同年七月八日頃その旨原告に通知した。

(1) 昭和四八年分 裁決金額 金 二五五万〇、四一三円

納付すべき税額 金 一六万八、八〇〇円

過少申告加算税 金 六、九〇〇円

(2) 昭和四九年分 裁決金額 金 二九六万六、二三八円

納付すべき税額 金 一六万三、二〇〇円

過少申告加算税 金 七、〇〇〇円

(3) 昭和五〇年分 裁決金額 金 五二四万二、〇三六円

納付すべき税額 金 五〇万二、一〇〇円

過少申告加算税 金 二万四、三〇〇円

(四)、しかし、被告がなした本件各更正処分にはつぎの違法事由がある。

(1) 本件各更正処分は、葛城民主商工会員である原告を不当に弾圧し、同民主商工会(以下、単に葛城民商という)の組織を破壊しようとして計画的に且つ違法な目的、企図の下に行われたものであって、許されない違法処分である。

(イ) 昭和五一年七月葛城税務署の人事異動により葛城民商弾圧のため同税務署内に「民主商工会専任担当者方式」と呼ばれる体制作りが行われた。これは、一般納税者と民商所属の納税者を差別的に取り扱い、税務署員の中から、民商会員専門の専任担当者(「民商専担署員」と呼ばれている)を指名するものであり税務署内でも、この民商専担署員らは、他の税務署員とは、会議も別々にこっそりと行い、税務調査の際の指示指導も統括官が直接、専担署員に対して行っている(他の署員の場合には、通常統括官は上席調査官に対して指示、指導を行い、上席調査官が一般署員に指示、指導を行っている)。のみならず、民商専担署員には、特別の任務を与え、民商の組織破壊行為を行わせていた。これは、明らかに、法の下の平等を定めた憲法第一四条に違反し、集会、結社、その他一切の表現の自由を保障している憲法第二一条に違反する重大な憲法違反行為である。

(ロ) 昭和五一、二年当時、葛城税務署は、葛城民商の組織破壊のため、民商会員に対して職権濫用にわたる違法調査を行っていた。そのことは、以下の如き事実から明白である。葛城税務署の「民商専担署員」であった上席調査官は、昭和五一年八月三日と同月六日、広陵町と香芝町の葛城民商会員宅を税務調査のために訪問した。その際、同会員の承諾を得て、葛城民商の岩田良孝事務局長と事務局員南雲弘、同藤田八十八が立会っていたところ、同上席調査官は、岩田民商事務局長らの立会を不当にも拒否した。同人らは、「何故、調査に立会ってはいけないのか」と尋ねたところ、同調査官は、その理由としてこの調査は、所得調査というよりも、葛城民商を弾圧することが狙いであり、民商事務局員の立会を拒否することによって、納税者側から調査拒否させ、それを口実に、税務署が取引先等の反面調査を行って、更正処分を打ち、そうすることによって民商会員の納税者に混乱をひき起し、やがては、民商を脱会させることが狙いであると言明した。

(ハ) 昭和五一、二年当時、葛城税務署の「民商専担署員」らは、葛城民商破壊のために職務上知り得た秘密を洩らし、国家公務員法に違反する違法行為を行っていた。すなわち、当麻町商工会(官制の商工会)の事務局員に対して、民商会員の税務資料を公開したり、民商会員の名簿を渡したり、同商工会の事務局員を使って、民商会員の取引先に脅しをかけさせたり、民商からの脱会工作をさせていた。このような行為は、単なる職権濫用行為にとどまらず、刑法に抵触する行為(信用毀損、業務妨害)であり、且つ、憲法に違反する行為(憲法二一条参照)である。

(ニ) 本件税務調査の方法、手段は納税者の人権を無視したものであり、調査方法自体も違法である。

(A) 葛城税務署は税務調査を実施するに際して、第七二国会において決議された「税務調査に当っては、事前に納税者に通知するとともに調査理由を開示すること」という決議事項を無視して原告に対する税務調査を実施するにあたり、事前通知を行わず、又、何ら合理的な調査理由を開示しなかった。すなわち、昭和五一年六月頃、葛城税務署の係官は、何らの事前通知なしに原告宅を訪ずれ、税務調査を実施すると通告した。

原告が、調査理由を尋ねると、同人は「統括官が調査に行けと言うから来た。」と言うのみで、何ら合理的な調査理由を説明しなかった。

(B) 被告は、現行の自主申告制度を無視した考えの下に、税務調査を実施した。

原告が、右係官に対して、「私は、法定期限内に自主申告をしている。それを信用せず、税務調査を実施するのであれば、合理的な理由を説明してほしい。」と要望したところ、同人は、「現行税法では、自主申告制度がとられているけれども、申告書は、納税者から税務署が預かるだけであって、申告額が正しいかどうかは、税務署が、調査したうえで決定することだ。」と発言した。このような考え方は、調査を実施することを原則的とするものであって、自主申告制度を無視した考え方である。

(C) 被告は、任意調査を逸脱した違法な反面調査を行った。葛城税務署の係官も、原告に対する調査が任意調査であることは認めていたので、原告は、自主申告の内容は、充分尊重すること、納税者の権利を尊重し、調査は、民主的に実施すること、原告の営業権を尊重し、一方的な反面調査を実施したりして営業に悪影響を与えないこと等の要望をして調査に応じ、当初、調査は、基礎資料を検討したり、原告の言い分を聞いたりして良心的に行われていた。しかるに、その後、昭和五一年七月に、税務署の人事異動が行われ、税務署の態度と方針が変った。「民商専担体制」が構成され、納税者の意向を無視して調査が行われた。原告の前記要望も無視され、原告の言い分にも耳を傾けず、取引先等に対して一方的に反面調査を実施し、民商会員納税者を困惑させ、同人の取引先に対する信用を失墜させた。葛城税務署は反面調査と称して取引先、仕入先、外注先、取引銀行等ありとあらゆるところを調査し、納税者本人の預金だけでなく、家族さらには従業員の預金まで調べ上げるという不当行為を行った。

以上のように本件各更正処分は、処分が行われた目的ならびに課税手続の方法の両面にわたって手続的に違法であり、取り消しを免れない。

(2)(イ) 原告の昭和四八年分、同四九年分、同五〇年分の総所得金額は各確定申告のとおりであって、被告がなした本件更正処分には過大に所得を認定した違法がある。

税務訴訟の取消訴訟について、被告である税務官庁が主張責任を負うことについては異論がない。

また、立証責任についても、裁判例の大勢は、税務官庁が行った更正、決定について争われている以上、被告税務官庁が当該更正、決定の適法であることについて立証責任を負うべきものと解している。

しかるに、被告は、本件各更正処分(昭和四八、同四九、同五〇年分)について、立証責任を尽していない。被告は、正確な証拠資料に基かないで、本件各更正処分を行っているのであり、違法な更正処分であるといわざるを得ない。

(ロ) 昭和四八年分から同五〇年分までの原告の所得計算は、次のとおりである。

(A) 昭和四八年分の所得金額

売上(収入)金額は、金二、五四五万七、八三六円であり、その明細は別表(一)の中の「昭和四八年分売上金額の明細」に記載したとおりである。

次に仕入金額は、金一、四三一万五、五〇二円であり、その明細は、同別表(一)の中の「昭和四八年分仕入金額の明細」に記載したとおりである。

昭和四八年分の一般経費は、金九四九万八、四四〇円であり、その明細は、同別表(一)の「昭和四八年分一般経費」記載のとおりである。

従って、原告の昭和四八年分の所得金額は、右売上金額から、仕入金額と一般経費を差し引いた金額であり、金一六四万三、八九四円となる。

(B) 昭和四九年分の所得金額

同年分の売上金額は、金三、四〇三万五、六六八円であり、仕入金額は、金二、〇八七万八、七一五円、一般経費は金一、二九九万三、七八九円である。その明細は、いずれも同別表(二)に記載してあるとおりであり、従って、同年分の原告の所得金額は、金一五万三、一六四円である。

(C) 昭和五〇年分の所得金額は、金四、二五五万八、〇八九円であり、仕入金額は、金二、一七三万六、八〇九円、一般経費は金一、八六六万四、八四二円である。

その明細は、同別表(三)記載のとおりであり、従って、同年分の原告の所得金額は、金二一五万六、四四二円である。被告の更正処分金額は、いずれも正確ではなく誤っており、取り消されるべきである。

(五)  よって原告は、被告が原告に対し昭和五一年一二月一八日付でなした本件各更正処分(但し審査請求に対する裁決により取り消された部分を除く)中原告の前記各確定申告の総所得金額を超える部分の取消しを求めるため本訴におよぶ。

二、請求原因に対する認否及び主張

(一)  請求原因(一)ないし(三)は認めるが、同(四)、(五)は争う。

(二)  課税手続の適法性について

(1) 原告は、本件各更正処分は、葛城民主商工会員たる原告を不当に弾圧し、また同民主商工会の組織破壊を目的としてなされたものであり、更に、その調査方法、手段も全く納税者の人権を無視し、職権を濫用したものであるから、処分の目的並びに課税手続の両面にわたって違法である旨主張している。

しかしながら、被告が、原告の係争各年分の所得税についてなした本件各更正処分には、原告主張のような違法不当な目的、行為はいずれも存しない。原告の右主張は、以下述べる理由により失当である。

(イ) 原告は、事前通知のない税務調査は違法である旨主張する。

しかし、税務職員が調査をするに当って事実上その調査対象者に事前に調査日時を通知しているのは、調査が効率的に行えるという意味のものに過ぎないのである。

従って、事前通知をするか否かは、課税庁の判断事項に属するものであり、事前に通知することが調査を行ううえの法律上の要件とされているものではなく、違法視される筋合はない。のみならず、真実を確保するためには、場合によって事前通知が障害とさえなる場合のあることは事柄の性質上明らかである。

(ロ) 原告は、調査理由を開示しない税務調査は違法である旨主張する。

しかし、調査の理由及び必要性の個別的・具体的な告知のごときも、質問検査を行ううえの法律上一律の要件とされているものではない(最決昭和四八・七・一〇判例時報七〇八号一八頁)のであり、税務署長は、納税者に対して調査の具体的理由を開示すべき法的義務を負担しているわけではない。

(ハ) 原告は、自主申告制度を無視した税務調査は違法である旨主張している。

しかし、所得税についての納付税額の確定手続としては、申告納税方式が採用されており、(国税通則法一六条、所得税法一二〇条一項)、右税額の確定は、一次的には納税者自らが行う納税申告によることになっているから、適正公平な租税負担は、何よりもまず納税者の納税倫理にまつところが大きいのであるが、右の納税者の適正な申告を常に制度的に担保するものとして、税務官庁に更正又は決定処分をなす権限が与えられている(国税通則法二四条、二五条)のであって、それは租税を実質に即した適正なものたらしめようとする理念に基づくものである。

申告納税方式における更正処分について、名古屋高裁昭和四八年一月三一日判決は、「所得税法は、いわゆる申告納税方式をとり、納税義務者が納付すべき税額は、その者のする申告により確定することを原則とはしているものの、最終的な税額の確定は税務署長に保留され、その更正のないことを条件として、該申告が承認されるに過ぎないものである。そして税務署長は、常に納税義務者がその義務を正しく履行したか否かを調査する職責を有し、申告税額が自己の調査したところと異る場合には、申告税額に拘束を受けることなくこれを更正し得るのである。」と判示しているところである。

従って、税務署長が納税者の申告額の当否を調査した上で決定することは、現行自主申告制度を無視したものであるという原告主張のような理論は生じてこないのである。

(ニ) 原告は、一方的な反面調査を行うことは違法である旨主張している。

しかし、所得税法二三四条一項二号に規定する取引先調査、いわゆる反面調査は、租税法的事実の真実性、正確性を担保する機能を有するものであって、適正課税実現のための不可欠の手続である。

しかも取引先調査は、調査に納税者の協力が得られない場合はもちろん、そうでない場合においても、調査に従事する税務職員が、その合理的判断において、租税法的事実の確認の必要があると認めた場合には、納税者の承諾の有無にかかわらず行い得ることは、法文の規定から明らかであり、反面調査をするに際して、事前に納税者の了解を得る必要はないものである。

(ホ) 更に、原告は、被告が第七二国会の決議事項を無視した旨主張している。

しかしながら、右国会の決議事項に述べられている内容は、税務行政において尊重しなければならないことはいうまでもないが、それは、いわゆる税務行政についてのあるべき姿、すなわち、その目標・方針を定めているに過ぎず、法規範としての性格を有しないものである。殊に、本件原告は、後述のように、納税者との間の協力信頼関係が存しない場合であるので、右国会の決議事項等は、そのまま妥当するものでない。

(2) 原告は、肩書地において、「芝本靴下工場」なる屋号により、原告本人及び妻の二人で、B式編立機一五台を使用して、主として紳士物くつ下の製造業を営む者である。

ここに「くつ下の製造業」とは、主として、くつ下の製造工程のうちの編立作業を行うものを称するが、本件原告の場合も、専ら編立て作業を行い、右以外の全工程、すなわち原糸の染色作業及び編立て以後納品に至る間の補助作業(抜き、かがり、すくい、きずみ、ししゅう、仕上げ等)は、いずれも外注により行っているのである。

被告葛城税務署長(以下「被告署長」という。)は、原告の昭和四八年分ないし同五〇年分の所得税の調査のため、部下職員をして原告の事業所に赴かせ、各年分の事業所得金額の計算の基礎となるべき帳簿書類等の提示を求めさせたが、原告は、事業に関する帳簿を全く備付けていない。あるいはまた、請求書及び領収書等の原始記録は保存していない等と主張して、これらを提示しなかった。

ただ、昭和四八年分及び同四九年分の売上げを申立てたほか、同五〇年分の簡単な収支計算書を提示したのみで、更に取引の内容等についてもなんら具体的な説明を行わず、被告の調査に協力しなかった。したがって、被告は、やむを得ず原告の取引先等を反面調査した結果に基づき、原告の右各年分の事業所得金額を算定したところ、いずれもその申告額と異ったので、本件課税処分をしたものであり、被告の部下職員は、所得税法、国税通則法等に規定された適法な税務調査を実施しており、原告にも四回ぐらい面接していることは原告本人も認めている。従って被告は、原告本人の申立てや取引先に対する反面調査等により原告の事業所得金額を算定しているものであって、税務調査をしないで課税するいわゆる見込課税をしたものでもなく、営業妨害をしたものでもない。

(二)  原告の総所得金額について

(1) 昭和四八年分乃至同五〇年分の本件各更正処分(ただし、訴外国税不服審判所長の裁決により一部取消された後のもの。以下同じ)及び本訴における右各年分の被告の主張は次のとおりである。

<省略>

(2) 事業所得金額について

原告の係争各年分の事業所得金額並びにその計算根拠は、後記(イ)及び(ロ)に述べるとおりである。

したがって、被告署長が、右の各事業所得金額の範囲内でなした本件各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分は、いずれも適法である。

(イ) 係争各年分の事業所得の計算

(あ) 昭和四八年分

<省略>

(い) 昭和四九年分

<省略>

(う) 昭和五〇年分

<省略>

(ロ) 科目別金額の計算根拠

(あ) 売上金額

一般に事業の経営成績を明らかにするため作成される損益計算書においては、一会計期間に属するすべての費用及び収益は、総額によって記載することを原則とし、費用の項目と収益の項目とを直接に相殺することにより、その全部又は一部を損益計算書から除去してはならないものである。

ところで、原告が、原処分庁の調査の際に申立てた係争各年分の売上金額中には、原告が得意先から有償で支給された糸代及びラベル、カード、シール代のほか、附帯的に要したミシン加工代、また得意先が立替え払いをした郵便料、運賃などを相殺した後の売上金額、いわゆる原告が現実に受領した金額によって計上しているものがあったので、被告は、前記の各金額等を相殺する以前の総額によって売上金額を算定したものである。

なお、原告の係争各年分における売上金額の得意先別の明細は、別紙1ないし3にそれぞれ記載するとおりである。

(い) 製造原価

原告が営むくつ下製造業の場合、通常「製造原価」を構成するものは、原材料費、外注費及び労務費(ただし、原告には雇人がないため該当なし)であるところ、被告は、右の各金額についても前記(あ)の場合と同様に、原告の売上金額と相殺されたもののうち、本来製造原価に属する糸代及びミシン加工代の各金額を、原材料費及び外注費にそれぞれ加算して、いわゆる総額によって、製造原価を算定したものである。

なお、原告の係争各年分における原材料費の仕入先別の明細は、別紙4ないし6に、また同じく外注費の外注先別、内職先別の明細は、別紙7にそれぞれ記載するとおりである。

(う) 一般経費

原告の事業における一般経費についても、前記(あ)の場合と同様に、原告の売上金額と相殺されたもののうち、本来必要経費に属するラベル、カード、シール代、郵便料、運賃などの各金額を、それぞれの経費科目の金額に加算して、いわゆる総額によって一般経費を算定したものである。

なお、原告の係争各年分における一般経費の科目別の明細は、別紙8の一般経費欄に、また、減価償却費の明細は、別紙9にそれぞれ記載するとおりである。

(え) 特別経費

原告の事業における特別経費は、係争各年分の建物に関する減価償却費、並びに昭和四九年及び同五〇年中の国民金融公庫に対する借入金利子及び昭和四九年五月一一日の近畿相互銀行高田支店における手形割引料の各支払額であり、その明細は、別紙8の特別経費欄に、また減価償却費の明細は、別紙9にそれぞれ記載するとおりである。

(3) 本件の争点について

仕入金額集計表(甲第五号証の一ないし三)、損益計算書(甲第七号証の一ないし三)並びに原告本人の供述からみると、本件係争各年分の事業所得金額の算定にあたり当事者間に争いのある科目は、仕入金額の一部及び接待交際費のみであると思料することができる。

従って、以下、右争点科目について被告の主張が正当であることを述べる。

(あ) 仕入金額について

仕入金額集計表及び損益計算書によれば、原告の仕入金額は昭和四八年分一四三一万五五〇二円、同四九年分二〇八七万八七一五円及び同五〇年分二一七三万六八〇九円と記載されている。

しかし、原材料の仕入金額は、昭和四八年分一三八一万一〇〇二円、同四九年分一八三一万七七六五円及び同五〇年分一五四三万六八〇九円であることは、乙第六ないし八号証及び同第一一ないし一七号証により明白である。すなわち、乙第六ないし八号証及び同一四ないし一七号証は、原告の仕入先に対し行った照会回答文書であるところ、右仕入先はいずれも備付けの帳簿書類等に基づいて正しく回答していると解される。また、乙第一一ないし一三号証は、大阪国税不服審判所の国税審査官島田雅士が作成した調査メモであり、原告の提示した原始記録に基づいて正しく作成されているものである。

これに対し、原告提出にかかる仕入金額集計表及び損益計算書は、以下述べるとおり信用することができない。

A 仕入金額集計表(甲第五号証の一ないし三)について

原告は、仕入金額集計表は各年分とも翌年二月に作成した文書であると供述している。しかし、実際に原告の供述する時期にこれらの文書が作成されていたものであれば、作成時期からみて原処分調査、異議調査及び審査請求の各段階において原始記録とともに右集計表が提出されるはずである。しかるに右集計表は、本訴のしかも被告が原材料の仕入に関する書証を提出した後になって初めて提出されたものであって、原告が供述するような各年分の翌年のしかも確定申告前に作成されたとは解しえない。このことは、右集計表の記載内容からも推測できる。例えば正和商事、黒松メリヤス及び高田辰靴下については、被告が乙第六ないし、八号証を提出して仕入金額を総額主義によって主張立証した後になって初めて同一金額を記載したものである。なぜなら原告が審査請求の際に主張している仕入金額は甲第五号証の金額とはまったく異っているためである(次表参照)

(各段階における原告主張の仕入金額)

<省略>

B 損益計算書(甲第七号証一ないし三)について

原告は、損益計算書は各年分とも翌年二月に作成したので記載内容も正確であると供述している。しかしながら原告の右供述は、右甲号証の所得金額及び売上金額の記載内容からみて不合理であるといわねばならない。

まず、甲第七号証の一ないし三が確定申告以前に作成され、しかも記載内容が正確なものであるとするならば、甲第七号証の一ないし三の所得金額によって確定申告を行うはずである。しかし原告の確定申告の所得金額は各年分とも甲第七号証の一ないし三記載の所得金額とは異っている。また所得金額も次表のとおり原告の主張する各段階によって変動している事実から、本訴になって初めて提出した甲第七号証の一ないし三は、原告の供述するように各年分とも翌年二月の確定申告前に作成されたものとは信じられず、記載内容も正確なものと断言することはできない。

(各段階における原告主張の事業所得金額)

<省略>

更に、原告の売上金額についても、前述の事業所得金額と同様の事実が存在する。すなわち、甲第七号証の一ないし三が確定申告以前に作成されていたとすれば、確定申告書の収入金額欄にも売上金額の記載があってしかるべきであり、更に、審査請求の際に主張した売上金額も甲第七号証の一ないし三と同一金額になるはずである。しかし、原告の確定申告書の収入金額欄には、各年分とも売上金額の記載がなく、審査請求の際に主張した売上金額も甲第七号証の一ないし三の売上金額とは大きく異なっている事実から、明らかに原告提出の甲第七号証の一ないし三は、作成時期及び記載内容の点から信用し難いと言わなければならない(次表参照)

(各段階における原告主張の売上金額)

<省略>

C 現金仕入について

甲第五号証の一ないし三によれば、「その他の現金仕入」として昭和四九年分二〇〇万円、同五〇年分六三三万円と記載されている。しかしながら、右甲号証を信用できないことについては前述のとおりであり、更に商取引に関する社会通念からしても原告に現金仕入があったと解することはできない。

一般に商取引においては請求書・領収書等が作成され、またその原始記録も保存される筈である。しかし原告の主張する現金仕入については一切の原始記録が作成も保存もされていない。加えて原告は、会計帳簿の記張をしておらず、右現金仕入は原告の記憶だけに基づいて主張しており、取引内容も不明確である。また、原告の右現金仕入以外の仕入先については、相手先も判明し決済の多くが手形で行われている。しかし右現金仕入は金額が多額であるにもかかわらず相手先が不明瞭であること、及び取引が昭和四九、五〇年の二年間に限定されていることからみて一般的な商取引とは到底考えられない不自然なものである。更に原告は、右現金仕入の資金を親せきから借入して支払ったと供述している。しかし右借入資金が多額であるにもかかわらず、その借入の際には金銭消費貸借契約書も作成されていない。加えて借入金利息を支払っている事実も存しないことから、右資金を借入れたとする原告の供述についても信用性がなく、よって右現金仕入があったと解することはできない。

(い) 接待交際費について

原告は、甲第七号証の一ないし三及び原告本人の供述によれば、係争各年分とも事業の必要経費として接待交際費を支払っているかの如くである。しかしながら、甲第七号証一ないし三を信用できないことについては前述のとおりであり、更に原告は、接待交際費について会計帳簿の記帳もなく、接待交際費以外の必要経費については、小額の領収書も保存している一方で、接待交際費については一切の原始記録を保存していない。原告主張の右接待交際費は正確な金額が判明せず、支払内容も不明確であるため概算の見込計算をしており、事業の必要経費とならない家事関連費との区分もできていない。よって、接待交際費に関する証拠は信用できない。

第三、証拠

本件記録中の書証目録および証人等目録記載のとおり。

理由

一、原告の請求原因(一)ないし(三)の事実は、当事者間に争いがないところ、原告は、まず被告のなした本件各更正処分は、葛城民商会員である原告を不当に弾圧し、同民主商工会の組織を破壊する目的、企図の下に行われたと主張し、原告が葛城民商の会員であることは、証人藤田八十八の証言に照らしこれを認めることができるけれども、主張のような目的、企図の下に被告が本件更正処分をなしたとの点については、証人島田雅士、同中村武雄の各証言と比較したやすく措信し難い証人藤田八十八の証言および原告本人尋問の結果中の同旨供述部分以外に認めるに足る証拠がなく、その外原告は、葛城税務署員が公務員の守秘義務に違反したとか、刑法や憲法に違反する行為をしたとか主張するけれども、いずれもその存否並びに本件各更正処分との関連が明らかでなく、また同署員の調査方法に人権無視の違法があり、国会決議に基く事前通知、理由開示をしなかったとか、違法な反面調査を行ったなどの主張をするけれども所論事前通知、理由開示は法定の手続ではなく、それを履践しなかったからといって直ちに違法となるものでなく、その他はいずれもこれを認めるような証拠がない。又全証拠を調べても被告の調査に更正処分の違法原因となる瑕疵があったとは認め難い。

二、次に原告は、本件各更正処分に所得の過大認定の違法があると主張するので順次検討する。成立に争いのない甲第一ないし四号証、乙第一ないし四号証、第二四ないし二六号証、証人中村武雄の証言とこれにより成立を認めうる乙第五ないし一七号証、同島田雅士の証言とこれにより成立を認めうる同第一八ないし二三号証を総合すると、昭和四八年ないし同五〇年分の原告の所得額に関する被告の主張事実を優に認めることができ(後記争いのない事実は除く)、原告本人尋問の結果とこれにより成立を認めうる甲第五、七号証の各一ないし三中右認定に反する部分は、前掲他の証拠と比較してたやすく措信し難く、他にはこれを動かすような証拠がない。

すなわち、原告は、靴下編立機一五ないし一六台を使用して、靴下の製造販売業を営むいわゆる白色申告者で、帳簿の記帳、備付けをしなかった者であるところ、(1)原告の昭和四八年分所得については、売上金額につき争いがなく、仕入金額(原告は金一、四三一万五、五〇二円と主張するが、その個別主張額の合計は金一、四二九万六、一〇二円となる。)中三友物産株式会社、中川商事株式会社、株式会社押田織維よりの仕入相違額合計四八万五、一〇〇円については、前掲原告本人尋問の結果中の同旨供述部分および前掲甲第五号証の一以外に、これを認めるような資料がなく、また一般経費中、接待交際費四〇万円、支払利息一五万六、二四〇円についても、前掲原告本人尋問の結果中の同旨供述部分および前掲甲第七号証の一以外に認めるような資料がない。なお、火災保険料三万一、三六八円については、原告に有利な被告主張額四万一、三六八円を採用すべきであり、以上の他の科目については争いがない。(2)次に、昭和四九年分所得については、売上金額につき争いがなく、仕入金額(原告は金二、〇八七万八、七一五円と主張するが、その個別主張額の合計は、金二、〇八七万八、四一五円となる。)中三友物産株式会社、サンエー株式会社よりの仕入相違額五六万〇、六五〇円および現金仕入額二〇〇万円については、前掲原告本人尋問の結果中の同旨供述部分と前掲甲第五号証の二以外にこれを認めるような資料がなく、また一般経費中接待交際費五〇万円、雑費二万一、四〇〇円についても、前掲原告本人尋問の結果中の同旨供述部分と前掲甲第七号証の二以外に認めるような資料がない。以上のほかの科目については争いがない。(3)最後に昭和五〇年分所得については、売上金額につき争いがなく、仕入金額(原告は、金二、一七三万六、八〇九円と主張するが、個別主張額の合計は、金二、〇四八万六、四八四円となる。)中現金仕入六三二万円については、前掲原告本人尋問の結果中の同旨供述部分と前掲甲第五号証の三以外に認めるような資料がなく、逆に西川勲よりの仕入額一二七万〇、三二五円については、原告はこれを主張しないけれども、原告に有利であるから被告主張のとおり認めることとし、また一般経費中接待交際費六〇万円については前掲原告本人尋問の結果中の同旨供述部分と前掲甲第七号証の三以外に認めるような資料がなく、諸会費三万二、二〇〇円については原告に有利な被告主張額三万七、二〇〇円を採用すべきである。

なお、売上金額から所得を算出すべき要因である売上原価には、仕入金額に期首、期末の商品、原材料、製品、半製品、仕掛品、貯蔵品などたな卸資産のたな卸額の差額を加減すべきであるけれども、本件では何らの主張立証がなく、これを認めるような資料もないので、その不存在を認定するのが相当である。

三、そうすると、原告の昭和四八年ないし同五〇年分所得税の所得額については、原告の主張はいずれも理由がなく、被告主張額をもって正当とすべきであるから、その範囲内で審査請求の裁決により変更された本件各更正処分はいずれも正当で、その取消しを求める本訴請求は失当として棄却すべきである。

四、よって訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 仲江利政 裁判官 山田賢 裁判官 三代川俊一郎)

別表(一)

昭和四八年分所得計算

売上(収入)金額 金 二五、四五七、八三六円

仕入金額 金 一四、三一五、五〇二円

一般経費 金 九、四九八、四四〇円

所得金額(売上金額より仕入金額、一般経費を差し引いたもの)

金 一、六四三、八九四円

昭和四八年分売上金額の明細

<省略>

昭和四八年分仕入金額の明細

<省略>

昭和四八年分一般経費の明細

<省略>

別表(二)

昭和四九年分所得計算

売上(収入)金額 金 三四、〇三五、六六八円

仕入金額 金 二〇、八七八、七一五円

一般経費 金 一二、九九三、七八九円

所得金額(売上金額より仕入金額、一般経費を差し引いた額)

金 一五三、一六四円

(金 一六三、一六四円)

昭和四九年分売上金額の明細

<省略>

昭和四九年分仕入金額の明細

<省略>

昭和四九年分一般経費の明細

<省略>

別表(三)

昭和五〇年分所得計算

売上(収入)金額 金 四二、五五八、〇八九円

仕入金額 金 二一、七三六、八〇九円

一般経費 金 一八、六六四、八四二円

所得金額(売上金額より仕入金額、一般経費を差し引いたもの)

金 二、一五六、四四二円

(金 二、一五六、四三八円)

昭和五〇年分売上金額明細

<省略>

昭和五〇年分仕入金額の明細

<省略>

昭和五〇年分一般経費の明細

<省略>

別紙1 昭和48年分 売上金額の得意先別明細

<省略>

別紙2 昭和49年分 売上金額の得意先別明細

<省略>

別紙3 昭和50年分 売上金額の得意先別明細

<省略>

別紙4

昭和48年分 原材料費の仕入先明細

<省略>

別紙5

昭和49年分 原材料費の仕入先別明細

<省略>

別紙6

昭和50年分 原材料費の仕入先明細

<省略>

別紙7 係争各年分の外注先別内職先別明細

<省略>

別紙8 係争各年分の必要経費の科目別明細

<省略>

別紙9 係争各年分の減価償却費の明細

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例