奈良地方裁判所 昭和58年(行ウ)4号 判決 1984年9月28日
原告
吉村秋一
外一三名
右一四名訴訟代理人
田川和幸
被告
奈良県知事
上田繁潔
右指定代理人
布村重成
外八名
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五七年一二月二四日付奈良県告示第五二四号をもつて公示した平城宮跡特別保存地区変更の都市計画変更決定のうち、別紙地域目録に関する部分を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
主文同旨。
2 本案の答弁
(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は、原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、昭和五七年一二月二四日付奈良県告示第五二四号をもつて、本件都市計画変更決定(以下、本件決定という。)を公示した。
2 しかしながら、本件決定のうち、別紙地域目録記載の各土地(以下、本件土地という。)に関する部分は、以下の理由により、違法である。
(一) 本件土地は、古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法(以下、法という。)六条一項の要件を欠く。
(1) 法六条一項によると、歴史的風土保存地区内において、歴史的風土の保存上当該歴史的風土保存区域の枢要な部分を構成している地域については、歴史的風土保存計画に基づき、本件決定のごとく都市計画に歴史的風土特別保存地区(以下、特別保存地区という。)を定めることができるし、法六条一項を受けた奈良市歴史的風土保存計画(昭和四二年一月二五日総理府告示第六号、改正昭和四六年四月二六日総理府告示第一六号。以下、計画という。)には、本件土地を含む平城宮跡地区の特性に応ずる行為の規制の大綱について「本地区の歴史的風土保存の主体は、平城宮跡ならびに大型古墳群と一体となる自然的環境の保存にあり、平城宮跡および北部丘陵周辺においては特に建築物その他の工作物の規制、土地の形質の変更および木竹伐採の規制にあわせて水上池等水辺景観の保存に重点をおくものとする」と定めている。
(2) ところが、本件土地は、いずれも平城宮跡の北部丘陵周辺に位置するだけであつて、そこには、歴史上意義を有する建造物や遺跡等もなく、また、右計画中の平城宮跡地区の枢要な地域でもない。
したがつて、本件決定のうち、本件土地部分に関する決定は、法六条一項の要件を欠くものと言わざるをえない。
(二) 衡平原則違反
(1) 法六条一項及びそれに基づく計画によると、
(ア) 水上池西部隣接地(通称佐紀東町の一部)、ウワナベ古墳東部隣接地(通称法華寺北町、法蓮佐保田町の各一部)、ウワナベ・コナベ古墳北部隣接地(航空自衛隊幹部学校)や、
(イ) あるいは、平城宮跡北部丘陵周辺に限つてみても、遠望において平城宮跡北部丘陵や春日山と一体となり、また大山守命墓などの遺跡があり、古くから、歌によまれ古都における歴史的伝統と文化を色濃く帯有している「ならやま」一帯の丘陵地帯(ドリームランド、通称奈良山町)が、
(ウ) 更に、本件土地周辺においても、平城宮跡ならびに大型古墳群を擁した旧平城宮跡特別保存地区からの景観が著しくすぐれ、北部丘陵の南面に位置し、本件土地と異なり、南および西からの遠望において北部丘陵の枢要な部分をしめる奈良市法蓮町字山畑一九二九ないし一九五四番地および二〇五七番地附近ならびに同町字東垣内の丘陵構成地が、
いずれも、本件土地に比して、特別保存地区の指定を受くべき要件を具備しているにもかかわらず、右指定を受けていない。
(2) 本件土地に近接する奈良市法蓮寺字山畑一九二五番の一ないし九九の土地を含む十数筆の土地は、本件決定の対象とならず、本件決定それ自体は、通常は都市計画の区割の基準線となる道路や河川や水路などの公共施設によつていない。
(3) かりに、本件土地が狭岡神社に接する土地として、本件決定がなされたものであるとしても、右神社に接する他の土地については本件決定の対象からはずされている。
したがつて、右のように均衡を欠く本件土地部分に関する本件決定は、衡平原則に違反する。
(三) 比例原則違反
歴史的風土特別保存地区の指定によつて原告らに課せられる義務は、その指定によつて達成しようとする目的との比較において過大にすぎるから、本件土地部分に関する本件決定は比例原則に違反する。
(四) 手続違反
原告ら(橋本博之、梅田文恵を除く。)は、被告が本件決定をなすにあたり、都市計画法一七条二項に基づく意見書を提出し、前記不衡平事由を指摘して、本件土地を特別保存地区から除外することを求めたところ、被告は、右意見書の趣旨を無視して本件決定をなしたから、本件決定には、手続違反がある。
したがつて、本件土地に関する部分の本件決定は、特別保存地区の要件についての解釈を誤り、本件土地がその要件を具備しないのにこれに指定し、指定を免れた他地域との衡平を欠き、比例原則に反する行政処分であり、被告の行政上の裁量権を逸脱もしくは濫用したものであるから違法である。
よつて、本件土地の各所有者である原告らは、本件決定のうち、本件土地に関する部分の取り消しを求める。
二 被告の本案前の主張
本件決定は、抗告訴訟の対象たりうる行政処分ではない。
1 本件決定は、法及び法による計画に基づき、法六条一項により定められた平城宮跡地域の特別保存地区の範囲を拡幅変更したもので、都市計画法八条一項一〇号の歴史的風土特別保存地区を定めたものである。
2 抗告訴訟の対象たりうる行政処分は、それによつて私人の具体的な利益ないしは権利の侵害もしくは制約をもたらすものでなければならないところ、本件決定は、私人個人に対してなされたものではなく、ある一定の範囲の地域を特別保存地区と定める抽象的、一般的な処分にすぎない。
3 本件決定が告示により効力を生ずると、その反射的効果として、当該保存地区内の者は、法八条等の規制を受けるなどの不利益を受けることもあるが、それは同地区内の不特定多数の者に対する一般的、抽象的な効果であつて、当該地区内の個人の具体的な利益や権利の侵害を伴うものではない。したがつて、本件決定の一部取消しを求める原告らの請求は、不適法な訴えであるから、却下されるべきである。
三 被告の本案前の主張に対する原告らの答弁
原告らが取消しを求める本件処分は、抗告訴訟の対象たりうる行政処分である。
1 法六条一項により、ある土地が、特別保存地区に指定された場合、その土地所有者は、土地利用について、同土地上の建築物の新築、改築、増築、工作物の新築、増築、宅地の造成、土地の開墾、その他の土地の形質の変更のみならず、木材の伐採、土石の類の採取、建築物その他工作物の色彩の変更、屋外広告物の表示又は掲出に至るまで、規制を受けることになり(法八条、古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法施行令六条、七条等)、このような広範囲な規制を伴う処分については、できるかぎり早い段階での司法的救済を認めるのが相当である。
2 特別保存地区の指定は、国民のうちのごく限られた地域の者だけの土地利用権及び生活を著しく制限するものである。
3 法一一条は、土地の買入れを定めているが、その要件が極めて限定されているために、原告らはこれによる救済を求めることができない。
4 原告らの受ける前記不利益は、県知事による具体的な処分を待つて、その取消しを求めることによつては、救済されるものではない。
5 したがつて、原告らが、前記不利益から救済を受ける手段としては、本件処分の取消しを求める訴えしかない。
四 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2(一)(1)の事実は認め、同(2)の事実は否認する。
3 同2(二)(1)の事実のうち、大山守命の墓を除く(ア)、(イ)、(ウ)の各地域が、特別保存地区に含まれていないことは認めるが、その余は否認する。
4 同(2)及び(3)の事実は認める。本件土地のうちには、狭岡神社に接する土地があるため、これを歴史的風土の維持保存のため必要な地域と認めて特別保存地区に組み入れたものである。
5 同(三)の事実は否認する。
6 同(四)の事実のうち、前段の事実は認めるが、その余は否認する。
第三 証拠関係<省略>
理由
被告は、抗告訴訟の対象たりうる行政処分は、これによつて私人の具体的な利益ないし権利の侵害もしくは制約をもたらすものでなければならないところ、本件決定は、私人個人に対してなされたものではなく、ある一定の範囲の地域を特別保存地区と定める抽象的、一般的な処分にすぎず、これによつて私人の具体的な利益ないしは権利の侵害もしくは制約をもたらすものではないから、未だ処分性を欠き、抗告訴訟の対象たりうる行政処分に該当しない旨を主張するので、まず本件決定が抗告訴訟の対象となりうるか否かについて判断する。
抗告訴訟の対象たりうる行政処分とは、公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によつて、直接国民の権利義務を形成し、またはその範囲を確定することが法律上認められているものをいう(最高裁昭和二八年(オ)第一三六二号同三〇年二月二四日第一小法廷判決・民集九巻二号二一七頁参照)。
そして本件決定は、都市計画法八条一項一〇号、古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法六条一項及び奈良市歴史的風土保存計画(昭和四二年一月二五日総理府告示第六号、改正昭和四六年四月二六日総理府告示第一六号。)に基づき、歴史的風土保存区域内において歴史的風土の保存上当該歴史的風土保存区域の枢要な部分を構成している地域であるとして、都市計画の用途地域の指定としてなされたものであるが、これは、特定の私人個人に対してなされる処分ではなく、ある一定の範囲の地域を、ある種の用途地域に定めるものであつて、当該地域内の不特定多数の者に対するいわゆる一般処分であると解される。ところで、一般処分は、法令を制定する場合に類似して、一般的、抽象的な規範を定めるものにすぎず、通常は、私人に直接具体的な権利ないしは利益の侵害もしくは制約をもたらすものではないから、抗告訴訟の対象たりうる処分となるものではないが、一般処分であつても、当該処分が、直接国民個人の権利義務を形成し、またはその範囲を確定することが法律上認められている場合には、抗告訴訟の対象となるものと解されるところ、本件決定が告示されて効力を生ずると、当該特別保存地区内の土地所有者は、建築物その他の工作物の新築、改築又は増築、宅地の造成、土地の開墾その他の土地の形質の変更、木竹の伐採、土石の類の採取、建築物その他の工作物の色彩の変更、屋外広告物の表示又は掲出等についての知事の許可を必要とするなどの制約を受けることになり(古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法八条、古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法施行令六条、七条)、事実上当該土地所有者の生活が相当広に範囲にわたり制約されたり、あるいは地価等に影響が生ずることがあるけれども、これらの制約が生ずるということだけから、地域内の特定の国民個人に対して直接権利義務を形成しまたはその範囲を確定する処分がなされたものとすることはできず、したがつて、本件決定は抗告訴訟の対象たりうる行政処分に該当するものではない。
また、右制約によつて、現実に自己の建築等の実現を行政庁の具体的処分によつて妨げられて、具体的な権利の侵害もしくは制約をうけている者は、右地域指定が違法であることを、右具体的処分の取消しを求める訴えにおいて、右地域指定の時期に関わりなく主張することができるから、違法な地域指定の決定による制約に対する権利救済の途に欠けるところがあるわけではなく、右のように解したとしても、裁判を受ける権利を不当に制限するものではない(以上について、最高裁昭和五三(行ツ)第六二号同五七年四月二二日第一小法廷判決・民集三六巻四号七〇五頁参照)。
なお、本件決定は、工業地域の都市計画決定などにみられるように、街区等によつて、いわば直線的に地域を分割する方法によつてなされた指定ではなく、地域を細分してなされた指定であり、たとえば同じ道路に面する集落の一部は指定の対象とされ他の部分は指定の対象とされないなどにみられるように、対象とされる地域については、具体的、個別的な区分方法が採られており、その限度では、本件決定が具体的処分に類似していることは否定しえないけれども、右のような地域指定方法の具体性をもつてしても、本件決定の一般処分的効果を左右するものではなく、本件決定は抗告訴訟の対象たりえないものであると言うべきである。
よつて、原告らの本件訴えは不適法であるから、いずれもこれを却下することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(諸富吉嗣 山本博文 吉川愼一)
地域目録<省略>