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奈良地方裁判所 昭和59年(ワ)47号 判決 1985年9月06日

原告

甲野一郎

右原告訴訟代理人弁護士

相良博美

吉田恒俊

佐藤真理

被告

株式会社乙川

右代表者代表取締役

丙山次郎

被告

丙山次郎

右被告ら訴訟代理人弁護士

花村哲男

主文

一  原告の被告株式会社乙川に対する昭和五七年一一月一日付金銭消費貸借契約に基づく債務は存在しないことを確認する。

二  被告株式会社乙川は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物について奈良地方法務局昭和五七年壱壱月壱日受付第参四七参弐号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

三  被告らは、原告に対し、各自八〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和五九年三月二日から支払いずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  この判決の第三項は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  原告の被告株式会社乙川に対する昭和五七年一一月一日付金銭消費貸借契約に基づく債務は存在しないことを確認する。

2  被告株式会社乙川は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物について奈良地方法務局昭和五七年壱壱月壱日受付第参四七参弐号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

3  被告らは、原告に対し、各自金一、一〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和五九年三月二日から支払いずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  第三項について仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は市役所建築課に勤務する地方公務員であり、被告株式会社乙川(以下被告会社という。)は貸金業及び不動産業を営む会社、被告丙山次郎(以下、被告丙山という。)は被告会社の代表取締役である。

2  原告は、昭和五七年一一月一日、訴外松田○(以下、松田という。)の紹介で別紙目録記載の建物(以下、本件建物という。)を譲渡担保として被告会社より三四一万円を借り受けた。

3  原告は、右借受金について、別紙計算書のとおり支払つたので、利息制限法所定の利率(年一五パーセント)に基づいて、その超過額を元本の弁済に充当すると、昭和六〇年七月一三日現在残債務は、二、二八〇、四六六円であつた。

4  そこで、原告の代理人弁護士相良博美は、同日被告丙山に対して右二、二八〇、四六六円を現実に弁済の提供をしたが受領を拒絶されたので、同月一五日奈良地方法務局にこれを供託した。

5  しかるに、被告会社は、右貸金は六〇〇万円であつて、なお六〇〇万円の債権があると主張している。

6  右のような事情から、被告会社が原告の本件建物を他に処分するおそれがあつたので、原告は、昭和五八年一〇月三一日奈良地方裁判所に対し、右建物の処分禁止の仮処分申請をなし、翌一一月一日その決定を得た。

ところが、被告丙山は右仮処分に憤激し、同年一一月九日、原告の職場に架電して原告に対し「何の連絡もせずに仮処分とはどういうことや。」、「すぐに金を用意しろ。」、「課長に連絡しておまえのことをすべて話し、処分してもらう。」などといつた。また、被告は原告の上司にあたる建築課長や市役所人事課長にも架電して、原告に貸金をしている事実を述べ、原告を懲戒処分にするよう迫つた。

さらに、被告は、同日夕刻直接市役所を訪れ、人事課長や建築課長に面談し、約二時間にわたつて原告の懲戒処分を迫るとともに、仮処分を外すよう上司から原告に指導せよといつた。

被告丙山は、翌一〇日午前にも市役所を訪れ、前日同様の行為を繰り返した。そのため原告は両日間全く仕事が出来なかつただけでなく、人事課長や建築課長らから細かく事情聴取を受け、市役所に迷惑をかけたとして注意された。右の事実はただちに市役所中に広まり、原告は職場における名誉を著しく侵害されるとともに多大の精神的苦痛を被つた。

ところで、昭和五八年一一月一日から貸金業規制法が施行されたが、これに伴ない、同年九月三〇日大蔵省銀行局長より「貸金業者の業務運営に関する基本事項について」と題する通達が発布された。同通達によれば第二「業務」、三「取立て行為の規則」、(1)「貸金業者がしてはならない行為」として

ロ(ハ)「はり紙、落書き、その他いかなる手段であるかを問わず、債務者の借入れに関する事実、その他プライバシーに関する事項等をあからさまにすること」

ロ(ニ)「勤務先を訪問して、債務者、保証人等を困惑させたり、不利益を被らせたりすること」

が列挙されており、これに違反した者は法第二一条第一項違反として「六月以下の懲役若しくは百万円以下の罰金」(法第四八条)、業務の停止(法第三六条一号)など刑事、行政上の処分を受けることとなつているが、この点からみても、右被告丙山の行為が違法な行為であることは明らかである。

計算書

1. 天引き利息の計算

3,410,000-360,000=3,050,000 (現実に受け取った金額)

3,050,000×0.15×1/12=38,125 (法定利息により支払うべき1ヶ月の利息)

360,000-38,125=321,875 (元本返済に充当されるべき金額)

3,410,000-321,875=3,088,125 (昭和57年11月30日現在の残元本)

2. 以後の返済にかかる法定利息充当計算

返済年月日

残元本

支払(返済)金額

法定支払利息

元本充当金額

残元本

S57.12.1

3,088,125

360,000

1,270

358,730

2,729,395

58.1.12

2,729,395

150,000

47,111

102,889

2,626,506

2.10

2,626,506

150,000

31,303

118,697

2,507,809

3.15

2,507,809

150,000

34,011

115,989

2,391,820

4.1

2,391,820

500,000

16,710

483,290

1,908,530

4.25

1,908,530

90,000

18,824

71,176

1,837,354

4.30

1,837,354

30,000

3,776

26,224

1,811,130

5.14

1,811,130

100,000

10,421

89,579

1,721,551

60.7.13

1,721,551

昭和58年5月14日現在 残元本 1,721,551円

昭和58年5月15日~昭和60年7月13日

までの経過利息

7 原告は、被告丙山が今後も継続して勤務先の訪問を含む種々の 脅迫や嫌がらせを受けかねないと考え、昭和五八年一一月一〇日奈良地方裁判所に対し勤務先への訪問、面談等強要禁止の仮処分申請をなし、同年一二月六日その決定を得た。

8  右6の事実は明らかに不法行為を構成するものであり、これにより原告が被つた精神的損害は少なくとも金一〇〇万円を下らない。また弁護士費用として請求額の一割にあたる金一〇万円が相当である。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、本件建物を譲渡担保として原告に金を貸したことは認めるが、その余は否認する。被告会社が原告に貸したのは六〇〇万円である。

3  同3の事実中、原告が別紙計算書のとおり支払つたことは認めるが、その余は争う。

4  同4の事実はいずれも認める。

5  同5の事実は認める。

6  同6の事実中、被告丙山が昭和五八年一一月九日、原告に電話をし、建築課長と人事課長に電話をして、面談したこと、翌日にも、同人らと面談したことは認めるが、その話の内容は否認する。

7  同7の事実中、その主張のような仮処分決定を得たことは認める。

8  同8は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因2について判断する。

1  原告本人尋問の結果、被告会社代表者兼被告丙山の本人尋問の結果、<証拠>によると、次の事実を認めることができる。

(1)  原告は、交通事故を起こして相手方に示談金として八〇万円を、友人らから借りて支払つたが、その友人らに対する返済に窮して、職務上知つていた松田に金融先の紹介を依頼したこと

(2)  原告は、右松田の紹介で昭和五七年一〇月三〇日頃被告丙山と会い、八〇万円の借金を申し入れたところ、被告丙山は最初は拒絶していたが、原告が自己名義の本件建物を所有していることを知るや、金を貸すことを承諾したこと

(3)  原告は、その際、被告丙山に対し、自分の借金は、全部で三五〇万円あるが、当面八〇万あれば足りる旨説明し、その八〇万円は前記のように、交通事故に基因するものであることを話したこと

(4)  原告としては、右のように八〇万円借りれば足りたのであるが、被告丙山は、原告が要求もしないのに、本件建物を担保に入れるなら、三五〇万円全部を貸してやるといつたこと

(5)  原告は、右被告丙山の申し入れに対して、その場で断るのはまずいと考え、一応家族と相談してくる旨返事をして、その日は帰つたこと

(6)  翌朝、原告は被告丙山を訪ね、同人に対し、前日の借金の申し入れはなかつたことにしてもらいたいといつたところ、その場にいた松田が「おれが仲に入つたのに、顔をつぶすのか。日当にもならん。甲州桜会の者にいつて、市役所へ行つてやろうか。」などといつておこつたので、結局、前日話しに出た三五〇万円を被告会社から借りることにしたこと

(7)  そこで、同日、原告は、本件建物の登記簿謄本、権利証、実印、印鑑証明書等を持参して司法書士の事務所へ行つたところ、松田がきていて、被告会社から三五〇万円のほかに、さらに二五〇万円を借りて、それを自分に貸してもらいたい、この話は、被告丙山との間で昨夜できているとのことであつたが、原告はこれを拒絶したこと

(8)  しかし、原告は、被告丙山がさらに二五〇万円を貸すからそれを松田に貸してやれといい、松田も貸してくれというし、松田は暴力団関係者であるとわかつていたので、恐ろしさもあつて断り切れずに、右松田の要請を容れることにしたが、被告丙山が、松田との貸借は二人の間で直接やれ、借用書は自分でとつておけといつていたので、被告会社から六〇〇万円を受け取つたのち、松田から借用書をとつて二五〇万円を貸すことを松田と被告丙山に約したこと

(9)  右のような次第で、原告は同日六〇〇万円の借用書である乙第一号証を書いたが、現金は次の日に渡すということであつたので、翌一一月一日被告丙山のところへ赴いたところ、被告丙山は、松田が先に二五九万円を借りて持つていたので、原告に渡すのは三四一万円だといつて、右三四一万円から一か月分の利息三六万円を差し引いた三〇五万円を渡したこと

(10)  原告は、前回の約束とちがうことになつて困惑し、ただちに松田のところへ行つて二五九万円の借用書の差入れを要請したが、かえつて松田からさらに一九五万円を貸せといつて脅され、被告会社から借りうけた三〇五万円の中からこれを渡し、結局、二五九万円の借用書も、その一九五万円の借用書ももらえないで帰つたこと

2  被告丙山の本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用しない。

3  右認定事実によると、被告会社と、原告間の昭和五七年一一月一日の金銭消費貸借契約は、当事者間に現金の授受があつた三四一万円について成立したものと認めるのが相当である。

三請求原因3の事実中、原告が別紙計算書記載のとおり被告会社に支払つたことは当事者間に争いがない。そして、前認定のように、原告が被告会社から借り受けたのは三四一万円であつたから、これを基にして、超過利息を元本の弁済に充当すると、昭和六〇年七月一三日現在の残債務が二、二八〇、四六六円であることは計算上明らかである。

四請求原因4の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

五請求原因6、7の各事実は、<証拠>によつてこれを認めることができ、<証拠>中、右認定に反する部分は採用しない。

六右五で認定した被告丙山の行為が不法行為を構成することは明らかであり、そのために原告が被つた名誉毀損と精神的苦痛に対する慰藉料としては、侵害行為の内容、被侵害利益、原告の年令、職業等に徴すると七〇万円が相当であり、その弁護士費用は、訴訟の経過、損害賠償額等によると、一〇万円を下らない範囲で相当因果関係があるものと認められる。

七以上認定の事実によると、原告の被告会社に対する原告主張の金銭消費貸借契約に基づく債務は、弁済供託によつて消滅していることになり、右債務を担保するに本件建物に設定された譲渡担保は、その被担保債権が消滅したことになるから、本訴中、債務不存在確認の請求と、所有権移転登記の抹消登記を求める部分は正当としてこれを認容することができる。

また、本訴中、損害賠償を求める部分は、被告丙山が被告会社の職務を行うにつき原告に損害を加えたのであるから、被告丙山と連帯してその賠償の責任を負うべきであるが、その賠償額は八〇万円の限度で正当としてこれを認容することができる。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官豊吉 彬)

物 件 目 録

一 所在 奈良市×××△△△

家屋番号 二九〇番

種類 居 宅

構造 木造スレート葺平屋建

床面積 四四・六二平方メートル

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