大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

奈良地方裁判所 昭和63年(行ウ)3号 判決 1994年2月16日

奈良県四条大路一丁目三番一六号

原告

中筋圓人

右訴訟代理人弁護士

吉田恒俊

西晃

北岡秀晃

奈良市登大路町八一番地

奈良合同庁舎

被告

奈良税務署長 平居貞夫

右指定代理人

小野木等

太田清一

前川典和

西川裕

戸田敏久

岡崎信夫

仲谷良嗣

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

被告が、原告に対し、昭和六二年三月二一日付けでした原告の昭和五八年分ないし昭和六〇年分の所得税に関する各更正のうち、昭和五八年分につき、所得金額一五四万八九六一円を超える部分、昭和五九年分につき、所得金額一七七万〇二一六円を超える部分及び昭和六〇年分につき、所得金額二〇七万〇三二四円を超える部分並びに右各年分の過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

第二事案の概要

原告は、医薬品(化粧品及び洗剤等の日用雑貨を含む)小売業を営むいわゆる白色申告者であるところ、被告は、原告から昭和五八年分ないし昭和六〇年分(以下「本件各係争年分」という)までの所得に関する帳簿書類の提出がないから右各年分の所得金額を把握することができないとして、売上原価を反面調査によって把握し、同業者比率法により所得金額を算出して各更正(以下「本件各更正」という)及び各過少申告加算税賦課決定(以下「各決定」という)をしたところ、原告から右各更正は推計の必要性も合理性も認められず、しかも、各更正における各所得金額は原告の実際の所得金額を上回るからいずれも違法であるとして、本件各更正及び各決定の取消しを求めたのが本件である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  原告は、奈良市四条大路一丁目三番一六号において、「エビス薬品」の名称で医薬品(化粧及び洗剤等日用品雑貨を含む)小売業を営むいわゆる白色申告者である。

2  本件課税の経緯(この事実については当事者間に争いがない)

別紙1「課税処分等経緯表」のとおりであり、本件各更正における所得金額は次のとおりである。

昭和五八年 三六六万九六三三円

昭和五九年 三八四万六六一三円

昭和六〇年 三九六万五九〇二円

3  必要経費等のうち当事者間に争いのない項目

(一) 売上原価(仕入額)

別紙2「事業所得金額の計算表」の「<2>売上原価」欄記載のとおり

(二) 一般経費

同表の「<5>一般経費の額」欄記載のとおり

(三) 特別経費のうち支払利息

同表の「<7>支払利息」欄記載のとおり

(四) 事業専従者控除額

同表の「<9>事業所得控除額」欄記載のとおり

(五) 所得金額から控除される金額

別紙3ないし5「過少申告加算税の計算表」の「所得控除額の計<11>」欄記載のとおり

4  本件各更正及び決定における納付すべき税額及び過少申告加算税額

本件各更正における所得金額から右3(五)の所得控除金額を減じた金額を基礎として所定の計算をして算出すると、別紙3ないし5「過少申告加算税の計算表」記載の金額のとおりとなる。

二  被告主張の売上金額、建物減価償却費及び所得金額

1  売上金額

別紙2「事業所得金額の計算表」の「<1>売上金額」欄記載のとおり

右金額は後記のとおり右一3(一)の売上原価額を基礎として別紙6「同業者一覧表」の本件各係争年分の「売上原価率」の「平均」欄記載の同業者平均売上原価率で除して算出した金額である。

2  特別経費のうち建物減価償却費

別紙2「事業所得金額の計算表」の「<6>減価償却費」欄記載のとおり本件各係争年分とも九万七二〇〇円である。

なお、原告は、別紙7「減価償却費」記載のとおり右金額より一万五一七九円高い各一一万二三七九円であると主張している。

3  所得金額

別紙2「事業所得金額の計算表」の「事業所得金額」欄記載のとおり

右1の売上金額から右一3(一)の売上原価、同(二)の一般経費、特別経費(同(三)の支払利息及び右2の建物減価償却費)及び右一3(四)の事業専従者控除額を控除した金額である。

三  争点

1  本件課税処分に関する手続上の違法

原告は、本件各更正に関する税務調査は、調査に先立って事前に原告に対して調査を行う旨の告知をしておらず、調査の具体的な理由の開示も行わず、また、第三者の立会いを拒否し、さらに、原告の承諾なしに取引先に反面調査をしている違法があり、そのような違法な調査に基づく本件各更正も違法となると主張しているのに対し、被告は右の理由は税務調査の違法事由とはならないと反論している。

したがって、本件の第一の争点は、右事由が本件更正の取消事由となるか否かの点である。

2  推計の必要性

被告は、本件各係争年分の総売上金額の全てを把握できる現金出納帳、売上帳等の帳簿書類の提示がなく、原告の所得金額の確認をすることができなかったのであるから、本件各係争年分の所得額を推計によって把握する必要性があったと主張しているのに対し、原告は、原告が提示した書類で原告の所得金額を把握することは可能であったのだから、推計の必要性はないと主張している。

したがって、本件の第二の争点は、原告が提示した書類で原告所得金額を把握することが可能であったか否かの点である。

3  売上金額についての推計の合理性

被告は、右売上金額は原告の住所地の近郊で事業規模が原告に類似した同業者を抽出して平均売上原価率を求めて売上金額を算出したものであるから、合理性を有すると主張しているのに対し、原告は、原告が仕入れた商品を返品するという方法をとっていないため被告の抽出した同業者とは業態が異なる上、本件各係争年には交通事情の変化により売上が減少していた時期であるから、被告の用いた推計には合理性がないと主張している。

したがって、本件の第三の争点は、被告のした推計が合理的であるか否かの点である。

4  原告主張の売上の実額

原告は、本件各係争年分の売上の実額が次のとおりであると主張しているのに対し、被告はそれを争っている。

昭和五八年分 一八〇四万三五二〇円

昭和五九年分 二〇二四万〇五九五円

昭和六〇年分 二一二九万九九八三円

したがって、本件の第四の争点は、原告主張の売上金額以外に売上が存在しないと認められるか否かの点である。

5  特別経費のうち建物減価償却費

前記のとおり被告は本件各係争年分とも九万七二〇〇円と主張しているのに対し、原告はそれより一万五一七九円高い各一一万二三七九円であると主張している。

第三争点に対する判断

一  本件課税処分に関する調査手続上の違法について

1  原告は、本件各更正に関する税務調査は、原告に対し、調査に先立って調査を行う旨の告知をしておらず、調査の具体的な理由の開示も行わず、また、第三者の立会いを拒否し、さらに、原告の承諾なしに取引先に反面調査をしている違法があり、そのような違法な調査に基づく本件各更正も違法となると主張している。

2  しかし、調査の日時、場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別、具体的な告知は、法律上の要件とされているものではなく、いかなる場合に調査の日時、場所の事前通知、調査の理由及び必要性を納税者に告知するかは税務職員の合理的な裁量に委ねられているものであり、具体的な事情に照らして税務職員が調査の理由や必要性を告知しないことが明らかに不合理と考えられる場合を除き、その税務調査は違法とはならない。また、いかなる場合に第三者の立会いを認めるべきか、納税者の取引先に対して反面調査を行うか否かの判断も税務職員の合理的な裁量に委ねられているものというべきであり、第三者の立会いを拒否したこと又は反面調査をしたことが明らかに不合理であると認められる場合に限り、違法になるというべきである。

3  証人北川均、同久保秀徳の各証言によれば、北川均係官(以下「北川係官」という)は、昭和六一年一〇月一五日に原告宅を訪れた際、原告に対し、昭和五八年分ないし昭和六〇年分の原告の申告所得金額が正確か否かの確認のために調査に来た旨の説明をしており、昭和六一年一〇月二三日(第二回調査)以降の調査についても、そのうち四回くらいは、事前に原告との間で調査日時の打合せをしていたことが認められる。また、証人北川均及び原告の各供述によれば、原告の店舗に設置されたレジスターは昭和五四、五年ころから壊れていて個々の売上のレシートの控えが保存できておらず、原告は現金出納帳等の営業に関する帳簿書類を記載していなかったこと、北川係官は第二回調査の際にこのことを原告から言われたため、一一月初めころから反面調査を行ったことが認められる。さらに、証人北川均、同久保秀徳の各証言によれば、第二回調査の際、北川係官が第三者の立会いがあるとして調査を取り止めたことも認められるが、本件証拠上、右各行為が明らかに不合理であるという事情は何ら見当たらない。

4  以上のとおり、原告の右主張は、その前提を欠き、採用できない。

二  推計の必要性と原告主張の売上実額について

1  原告は、本件各係争年分の原告の売上の実額を把握することが可能であると主張している。原告の主張する売上の実額が客観的な帳簿書類等によって捕捉漏れがほとんどないものであることが認められるときは、被告の主張する推計の必要性や合理性を問うまでもなく、右実額をもって、原告の本件係争年分の売上金額とすべきであるから、まず、原告の主張する売上の実額が認められるか否かの点を検討する。

2  原告は、売上の実額を立証するために、店頭での一日の売上の合計金額を打ち出したとするレジペーパー(レジスターにより打ち出された紙片をいう。甲一九の一ないし三一四、甲二一の一ないし四〇〇、甲二三の一ないし三一六)を提出し、個々の売上のレシートの控えはレジスターが故障していたため保存していないが、原告は売上の全てをレジスターに打ちこんで右レジペーパーを作成していた旨を供述する。

しかしながら、原告自身、売上をその都度レジスターに打ち込まないことがあること、原告が使用したレジスターは日付を手動で変更する機種であることを供述しており、レジスターの打ち込み漏れやレジスターを打ち直して売上金額を過少にすることは十分考えられるところであるから、右レジペーパーと原告の前記供述により原告主張の売上の実額に捕捉漏れがほとんどないと認めることはできないし、他にこれを認めるべき証拠もない。

また、原告の供述によれば、原告は現金出納帳、売上帳等の帳簿書類を作成していないことが認められるから、本訴において原告の本件各係争年分の売上の実額を把握することは不可能というべきである。

したがって、原告の主張する売上実額を採用することはできない。

3  以上のとおり、原告提出の資料から原告の所得金額を把握することは不可能であり、本件推計の必要性を認めることができる。

三  推計の合理性について

1  乙一、二及び証人芝亘の証言によれば、被告は、<1>医薬品小売業を主として営む者(化粧品及び日用品・洗剤等の雑品を併せて販売する者を含む。ただし、たばこを販売するものを除く。なお、医薬品については漢方薬を主として取り扱っていないこと)、<2>売上原価が、本件各係争年分を通じて原告の本件係争年分の約〇・五倍以上で約二倍未満である八五〇万円以上三八〇〇万円未満であること、<3>原告の納税地の奈良税務署管内に事業所があること、<4>兼業をしていないこと、<5>事業専従者を有し、雇人を有しないこと等原告の業態と近似した青色申告者を機械的に抽出して別紙6記載のAないしGの同業者(以下「本件各同業者」という)を選定した上、右<2>の売上原価が、本件各係争年分につき原告のそれの〇・五倍から一・五倍までの範囲内の同業者の売上原価率を平均し、これを平均的な同業者の売上原価率としたものであることが認められる。

右認定事実によれば、原告の売上金額を算出する目的で被告が選定した比準同業者の選定基準は、業種の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の点において、同業者の類似性を判別する要件として合理的なものであり、かつ、右に述べた平均的な同業者の売上原価率により売上金額を推計したことにはいずれも合理性があるというべきである。

2  そして、以下に述べるとおり、被告の推計の合理性に対する原告の反論はすべて採用できない。

(一) 原告は、原告の事業所の所在地の交通事情が変化したため売上げが減少したこと、原告が返品やバーゲンセールをせずに日々の安売りをしているので売上原価率が高くなる業態にあることなどの原告の特殊事情が同業者抽出において考慮されていないから、本件推計は合理性を欠くと主張している。

しかし、過度に同業者の類似性を要求することは推計による課税自体を否定することになりかねず、所得税法が推計により課税することを認めている以上、業種、事業所所在地、事業規模等の基本的な要因において同業者の抽出が合理的であれば、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は、その売上原価率の平均値を求める過程で包摂され、捨象されると解されるところであり、原告の主張する事実は、比準同業者の抽出の合理性を欠くに至らしめるような要因とはいえないから、その主張は失当である。

(二) 原告は、原告の原価率が比準同業者の平均値と同じであることを被告が立証すべき義務があり、その立証がない限り、原告は被告の採用した同業者の中で最も原告に有利な同業者の数値を採用できる旨を主張するが、右(一)のとおり推計課税は推計で得た蓋然的近似値を真実の所得金額と認定して課税する制度であるから、原告の右主張は独自の見解にすぎず、採用しない。

(三) 原告はいわゆる薬種商であり、医師処方せんにかかる医薬品及び調剤薬品の取扱いができず、同業者を抽出する際に利益率の高い調剤を扱う薬局を除外しなかったことが本件推計の合理性を失わせる旨を原告は主張している。

しかし、乙一三によれば、調剤の資格を有する同業者(別紙6記載のA、C、E)においても、総売上収入に対する調剤収入の割合は、多くて二・三八パーセントであることが認められるから、推計の合理性を否定するほど業態に差異があるとは認められない。

四  以上のとおり、本件推計にはその必要性及び合理性があり、原告の本件係争年分の売上金額が被告主張のとおりであると認められる。したがって、仮に建物減価償却費が原告主張のとおりであり、本件各係争年分ごとに一万五一七九円高いとしてその額を被告主張の所得金額から控除しても、本件各更正における所得金額を上回るから、本件各更正及び決定は適法というべきである。

第四文書提出命令申立て(平成五年(行ク)第一号)について

一  原告(申立人、以下、単に「原告」という)は、本訴において、被告(相手方、以下、単に「被告」という)に対し、民事訴訟法三一二条一号に基づき、本件各同業者の納税申告書及びその添付書類につき、文書の提出を求めている。

二  弁論の全趣旨を総合すると、被告は本訴において推計課税の合理性を主張するため被告作成の同業者調査表(乙二、以下「調査表」という)を引用し、かつ、これを証拠として提出して推計課税の合理性を立証しようとしていることが認められるのであって、各調査表が納税申告書及びその添付書類と異なる文書であることは明らかである。

もっとも、調査表中には、本件各同業者の納税申告決算書の記載の一部を資料として使用して作成したことがうかがわれる部分が存在する。しかし、納税申告書には事柄の性質上、申告者の所得関係だけではなく、取引先関係について具体的に開示されているほか、世帯の構成等の申告者のプライバシーに係わる事項の記載も存在するものであり、納税申告書と各調査表とは全く性質の異なる文書とみるほかない。また、被告は、後記三のとおり守秘義務の点から納税申告書及びその添付書類を引用する意思がないことも明らかである。

したがって、本件において原告が提出を求める各納税申告書及びその添付書類は、民事訴訟法三一二条一号所定の引用文書ということはできない。

三  また、仮に被告が右各書面を引用していると解し得るとしても、民事訴訟法三一二条の定める文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき国法上の義務であり、基本的には証人義務、証言義務と同一の性格のものと解されるから、文書所持者にも同法二七二条及び二八一条一項一号等の規定が類推適用され、文書所得者に守秘義務のあるときは、右文書の提出義務を免れるというべきである。

納税申告書及びその添付書類は、個人の秘密に属する所得金額、資産負債の内容等が記載された文書であって、税務署長は、所得税の調査に関し職務上知り得た右のような事項につき、国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条によって守秘義務を負う者であって、税務署長が訴訟当事者としてこのような文書を訴訟において引用したからといって、各納税者の秘密保持の利益が無視されてよいこととなるいわれはない。

したがって、被告は、本件各同業者の納税申告書及びその添付書類につき文書提出義務を負うものではない。

四  以上のとおり、原告の本件文書提出命令申立ては理由がない。

第五結論

よって、原告の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前川鉄郎 裁判官 井上哲男 裁判官 近田正晴)

別紙1

課税処分等経緯表

<省略>

別紙2

事業所得金額の計算表

<省略>

別紙3

昭和58年分 過少申告加算税の計算表

<省略>

別紙4

昭和59年分 過少申告加算税の計算表

<省略>

別紙5

昭和60年分 過少申告加算税の計算表

<省略>

別紙6

同業者一覧表

<省略>

別紙7

減価償却費

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例