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奈良地方裁判所 昭和63年(行ウ)4号 判決 1993年3月24日

奈良県北葛城郡新庄町南花内一四〇

原告

堀内安次

右訴訟代理人弁護士

内橋裕和

松原脩雄

喜多芳裕

右訴訟復代理人弁護士

藤井茂久

荻原研二

奈良県大和高田市西町一-一五

被告

葛城税務署長 柴田和利

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

後藤田正晴

被告ら指定代理人

小久保孝雄

青山龍二

信田尚志

戸田敏久

吉村登美子

近藤宏一

岡田浩明

主文

一  原告の被告葛城税務署長に対する各訴え及び被告国に対し昭和五七年分ないし昭和六〇年分の各所得税について昭和六一年九月一九日付けで原告名義をもってなされた各修正申告の無効確認を求める訴えをいずれも却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告の昭和五七年分ないし昭和六〇年分の各所得税について、昭和六一年九月一九日付けで被告葛城税務署長対し原告名義をもってなされた各修正申告が無効であることを確認する。

二  被告らは、原告に対し、それぞれ金一、九八六万七、二〇〇円及びこれに対する昭和六一年九月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告葛城税務署長が昭和六二年二月九日付けでした原告の昭和六〇年分の所得税の更正を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告らに対し、原告の昭和五七年分ないし昭和六〇年分の各所得税について、昭和六一年九月一九日付けで被告葛城税務署長に対し原告名義をもってなされた各修正申告の無効確認を求めるとともに、不当利得返還請求権に基づき、原告が右の各修正申告を前提としてその後納付した各年分の所得税本税額の返還を求め、併せて、被告葛城税務署長に対し、同被告が昭和六二年二月九日付けでした原告の昭和六〇年分の所得税の更正の取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、「安楽」という屋号で旅館業を営んでいる者である。

2  原告を申告人とする昭和五七年分ないし昭和六〇年分(以下、「本件係争各年分」ともいう。)の所得税の修正申告書が昭和六一年九月一九日付けで被告葛城税務署長に提出されている。

3  原告は、昭和六一年九月二四日、右の各修正申告書の内容に基づいて、本件係争各年分の所得税の本税額合計一、九八六万七、二〇〇円を新たに納付した。

4  原告は、被告葛城税務署長に対し、昭和六一年一二月二六日、前記修正申告を前提とした昭和六〇年分の所得税の更正の請求を行い、これを受けた同被告は、昭和六二年二月九日、事業所得金額、税額及び重加算税をそれぞれ減額する更正(以下、「本件更正」という。)をした。

5  原告は本件更正について、昭和六三年三月一一日、国税不服審判所長に審査請求をしたが、同審判所長は昭和六三年四月二八日付けでこれを却下した。

6  なお、本件係争各年分の課税の経緯の詳細は、別紙記載のとおりである。

二  争点

1  被告らに対し、所得税の修正申告の無効確認を求める訴えの適否。

2  被告葛城税務署長に対し、不当利得の返還を求める訴えの適否。

3  被告葛城税務署長に対し、本件更正の取消しを求める訴えの適否。

4  争点1ないし3で被告葛城税務署長に対する訴えがいずれも不適法であると判断された場合、その後、原告が行政事件訴訟法(以下、「行訴法」という。)一九条一項に基づいて追加的に併合提起した、被告国に対し不当利得の返還を求める訴えは適法か。

この点に関し、被告らは、行訴法一九条一項に基づく関連請求の追加的併合が認められるためには、従来から訴訟係属していた基本となる訴訟自体が訴訟要件を具備した適法なものであることを要するから、この要件を満たさない被告国に対する右の訴えは不適法であり、これを却下すべきであると主張する。

5  被告国は、原告に対し、原告が新たに納付した本件係争各年分の所得税本税額合計一、九八六万七、二〇〇円を返還する義務を負うか否か。

(原告の主張)

(一) 原告及び事業専従者である原告の次男の堀内成起(以下、「成起」という。)は、被告葛城税務署長部下職員らによる税務調査に際して、昭和六〇年九月から同年末までの売上除外の事実は認めたが、それ以前の売上除外の事実は認めていない。

(二) 原告及び成起は、当時、修正申告という言葉もその意味も全く知らず、修正申告がなされたとされる昭和六一年九月一九日にも、被告葛城税務署長部下職員らからその内容、効果についての説明を受けていない。

(三) 本件係争各年分の修正申告書の数字は、被告葛城税務署長部下職員らが原告らが知らない間に記入したもので、原告及び成起はそれらに押印したこともない。なお、原告名の各署名は成起が原告に代わってしたものであるが、その時には用紙には不動文字以外の記載はなく、成起はそこに署名することの意味について何の説明も受けていない。

(四) 以上の事実からも明らかなように、本件係争各年分の修正申告書は、原告又はその意を受けた成起の意思に基づいて作成されたものではなく、被告葛城税務署長部下職員によって偽造された無効なものであるから、原告には一、九八六万七、二〇〇円の所得税を新たに納付すべき義務はそもそもなかったのであり、被告国は右の一、九八六万七、二〇〇円を不当に利得している。

第三争点に対する判断

一  争点1について

修正申告は、既に納税申告書を提出した者等が、その申告等に係る税額が過少であることを理由として当該税額を修正するためにする納税申告であって、右申告が行われると、当該修正申告により新たに納付することになった税額に係る納税義務が原則として確定する。しかし、右申告自体は、納税義務者と課税権者間の具体的租税債権債務関係を発生させるための前提たる法律要件該当事実の一つに過ぎないものと解される。したがって、修正申告の無効確認を求める訴えは、法律関係そのものの存否の確認を求めるものではないから、確認の利益を欠き不適法というべきである。

なお、修正申告を含めた納税申告は、いわゆる私人の公法行為とみるべきものであって、それが行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為といえないことは明らかであるから、修正申告の無効確認を求める訴えを、行訴法三条四項に規定する無効等確認の訴えとして適法なものと認めることもできない。

そうすると、原告が被告らに対し所得税修正申告の無効確認を求める訴えは、いずれにしても不適法な訴えとして却下を免れない

二  争点2について

行政庁である被告葛城税務署長は、民法上の権利義務の帰属主体ではないから、不当利得の返還を求める訴えについて被告適格を有しないことは明らかである。

そうすると、原告が被告葛城税務署長に対し不当利得の返還を求める訴えは、不適法な訴えとして却下を免れない。

三  争点3について

本件更正は、前記のようにいわゆる減額更正であって、それ自体は税額の一部取消しという原告に有利な効果をもたらすに過ぎないから、原告にはその取消しを求める利益はないというべきである。

そうすると、原告が被告葛城税務署長に対し、同被告が昭和六二年二月九日付けでした原告の昭和六〇年分の所得税の更正の取消しを求める訴えは、不適法な訴えとして却下を免れない。

四  争点4について

原告は、昭和六三年八月一六日、被告葛城税務署長に対して前記請求欄記載の各訴えを提起し(当庁昭和六三年(行ウ)第四号)、その後の平成元年九月一三日、行訴法一九条一項に基づき、被告国に対する前記請求欄第一項及び第二項記載の訴えを追加的に併合提起した(当庁平成元年(行ウ)第一〇号)ことが当裁判所に顕著であり、また、被告葛城税務署長に対する右の各訴えがいずれも不適法であることは争点1ないし3で認定したとおりである。

ところで、行訴法一九条一項が原告による関連請求の追加的併合を認めた趣旨が、審理の重複と裁判の矛盾抵触を回避する点にあることからすると、抗告訴訟に関連請求を追加的に併合提起するためには抗告訴訟が適法に係属していることが必要であると解するのが相当である。したがって、本件では、当初提起された被告葛城税務署長に対する各訴えがいずれも不適法であることから、被告国に対して不当利得の返還を求める訴えの追加的併合を求める申立ては許されないということになる。しかしながら、抗告訴訟が適法に係属していることは訴えの併合提起の要件に過ぎないから、併合要件を欠くからといって被告国に対する右訴えの提起そのものが不適法となるわけではなく、右訴えを独立の訴えとして審理判断すべきものと解するのが相当である。

五  争点5について

1  証拠(甲一二の1ないし5、一三の1ないし4、乙二ないし七、八の1、証人堀内、同遠藤、同小山、同景山、原告本人。なお、原告が成立の真正を争う乙四ないし七は、真正に成立したものであることが以下の認定から明らかである。)によると、次の事実が認められ、これに反する原告本人尋問の結果部分及び証人堀内成起の証言部分は採用しない。

(一) 税務調査の経緯について

(1) 原告は、前記のように「安楽」という屋号で旅館業(その形態はいわゆるモーテル。以下、単に「ホテル」ともいう。)を営んでいるが、被告葛城税務署長部下職員の小山久雄統括国税調査官(以下、「小山」という。)は、原告の所得の申告水準がその営業規模に比して低調であると思われたことから原告に対して税務調査を実施することにした。その手始めとして、小山ら二名は、昭和六一年八月八日と同月三〇日の二日にわたってホテル近くに出向き、それぞれ午後七時ころから午後一二時ころまでの間、ホテルに出入りする車の台数とその時刻とを内偵調査して、それらをメモに残した。

(2) 昭和六一年九月一六日、被告葛城税務署長部下職員の遠藤万寿雄国税調査官(以下、「遠藤」という。)ら四名が原告の自宅及びホテル事務所へ税務調査のために赴き、ホテルの事業専従者である成起から売上伝票等の書類の提出を受けて前記内偵メモの内容と照合したところ、約半数の売上除外が想定されるに至った。そこで、遠藤らはその点について成起に説明を求めたが、同人は売上除外の事実を否定し、原告も預金通帳を一冊を提示するのみであったため、遠藤らはその日の調査を打ち切って帰署した。

(3) 右のように原告側から調査について十分な協力を得られなかったことから、翌一七日、遠藤は原告がシーツ等のクリーニングを依頼している株式会社前川(以下、「前川」という。)に対して反面調査を実施し、そこで原告と前川との間のいわゆる裏帳簿を発見した。その結果、原告が前川との取引が始まった昭和六〇年九月以来、シーツの取引の約半分について「セレナーデ」名義を使用した架空名義取引をしている事実が判明した。

(4) 翌一八日、小山から調査指導の依頼を受けた大阪国税局職員景山喜久実査官(以下、「景山」という。)、遠藤ら五名が原告の自宅及びホテル事務所に赴き、前記反面調査の結果をも踏まえてさらに調査を実施したが、原告は当日留守であり、また、成起も売上除外の事実はもちろん、前記架空名義取引の存在をも強く否定する態度を貫いたため、調査は進展しなかった。

(5) 翌一九日午前一〇時ころ、景山、遠藤ら三名が再度原告の自宅に赴いて調査を続行していたところ、前日とは一転して原告及び成起は前記架空名義取引の存在及び売上除外の事実を認めるに至った。そして、その際、成起から売上が上昇してきた昭和五六年末ころから以前の取引先である辰巳ふとん店に依頼してシーツの取引枚数を半分程度に圧縮してもらっていたとの説明があったため、当初は昭和五六年分から五年分を修正の対象とすることにしていた景山は、その説明にしたがって昭和五七年分から昭和六〇年分までの四年分をその対象とすることにし、シーツの簿外割合を参照しながら各年分の売上金額を計算したうえ、簿外のシーツ取引分は経費として認めるし、その他に経費的な支払いがあればそれを認める旨原告らに説明した。すると成起から交際費で計上漏れになっているものが月二〇万円から二五万円くらいあるとの申し出があり、景山はそのうちの相当額を経費として認めて、本件係争各年分の所得金額と新たに納付すべき所得税額とを概算して原告らに説明した。これに対しては原告及び成起から特に異論は出なかった。

その後、景山らは成起から当日の調査内容についての確認書を徴し、さらに、原告らに対し同日午後から葛城税務署まで出向くように求めたところ、原告らがこれに同意したため、正午過ぎころ、原告の自宅を辞去した。

(二) 修正申告書作成及び提出の経緯について

(1) 前同日午後一時ころ、葛城税務署に戻った景山らは、二階の会議室で原告が認めるに至った売上除外の金額、前記のような計上漏れの経費等に基づいて本件係争各年分の所得額の細部の計算をしていたところ、同日午後二時ころになって原告と成起が来署した。景山は、会議室に通された原告らに対し、右の計算結果を記載したメモに基づいて売上除外の金額、事業所得の金額を説明したが、これに対しても原告らから特に異論は述べられなかったため、景山は続いて本件係争各年分の修正申告書作成手続に入ることにした。

(2) ところで、修正申告書には当初申告の内容を記載する欄があり、しかも係争年は四年にわたることから、各修正申告書用紙の金額欄を記入するには相当の時間を要すると予想されたため、景山は原告らに代わって職員に右金額欄を分担記入させることにし、会議室にいた職員にその旨指示して前記の計算メモの写しを一階事務室に待機していた遠藤に届けさせた。そこで、遠藤ら三名は、右写しと一階事務室に保管してあった原告の本件係争各年分の所得税の確定申告書に基づき、同じく一階事務室に保管してあった新しい修正申告書用紙の金額欄に必要な数字を分担記入した。

(3) その間、原告らは会議室で待機していたが、原告が印鑑を持ち合わせてないことがわかったため、成起が職員の案内で印鑑を購入しに出掛けた。そして、成起が帰るころには金額欄への記入が終了した四年分の修正申告書が遠藤によって会議室に届けられていた。

(4) 成起が帰署してから、景山が原告に対し右各修正申告書に署名押印するように求めたところ、眼鏡を持参していなかった原告から字が書きにくいとの申し出があり、景山も成起による代筆を認めたことから、成起が原告に代わって四枚の修正申告用紙の氏名欄にそれぞれ原告名で署名し、その後、各署名の右横に先程購入した印鑑でそれぞれ押印した。

(5) 小山はこうしてできあがった各修正申告書に一階受付で葛城税務署受付印を押印した後、会議室で原告らに対し各修正申告書の控えを手渡した。成起はその場でそれを確認し、その際、景山は記載の数字どおりの所得税を新たに納付すべきことなどについてあらためて原告らに説明した。

2  以上で認定した本件税務調査の経緯、本件各修正申告書作成及び提出の経緯のほか、前記のように原告が各修正申告書提出後わずか五日後に新たに納付すべき所得税額一、九八六万七、二〇〇円の納付を済ませていることや、前記の課税の経緯からも明らかなように、原告は被告葛城税務署長が昭和六一年一〇月七日にした加算税の賦課決定に対しても何らの不服申立てを行っていないことなどを併せて考慮すると、仮に原告主張のとおり原告が修正申告という言葉の持つ意味自体は理解していなかったとしても、原告は、係争各年分について売上を一部除外した確定申告をしていた結果、右除外分に対する所得税を新たに納付する必要があり、その額が最終的に前記各修正申告書記載のとおりの額となることを十分理解したうえで、成起に署名押印させた各修正申告書を被告葛城税務署長宛提出したものと優に推認できる。そうすると、原告はその意思に基づいて本件各修正申告をなしたことが明らかであるから、原告の前記のような主張は採用できない。

(裁判長裁判官 大石貢二 裁判官 山田賢 裁判官 齋藤正人)

別紙

課税の経緯

<省略>

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