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奈良地方裁判所五條支部 昭和32年(ワ)14号 判決 1958年12月20日

原告 渡辺武

被告 大阪美術印刷株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、(1)  原告訴訟代理人は、被告は原告に対し、金十二万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日以降完済に至る迄の年五分の割合による金員、昭和三十二年三月一日以降同三十二年十月末日迄、毎月末日限り金一万二千円宛、昭和三十二年十一月一日以降同三十四年四月末日迄毎月末日限り金三千円宛を夫々支払え、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決、及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、昭和三十一年一月二十一日、原告は印刷、製本等の事業を営む被告会社の製本工として、日給六百円を毎月末集計支払いの定めにて雇傭され、同日より就労の処、同年四月十日、健康保険長堀診療所(大阪市南区南綿屋町所在)に於ける被告会社従業員の定期結核検診の結果、原告は医師石井秀利より、右肺尖に内部空洞化の結核腫あるに付き、六ケ月間休養加療を要する旨の診断を受け、同診療よりこの旨直ちに被告に報告があり、被告は原告に対し、その就業を禁止した。然る処、本件雇傭により、原告は当然健康保険の被保険者たる資格を取得するに付き、事業主被告は遅滞なくその旨所轄庁に届出で、他日原告に保険事由発生の場合、療養給付は素より、右療養のため労務に服することができない一定期間傷病手当金の支給を受くるに支障なからしむる法律上の義務があるに不拘、未だその手続をとつていない。為めに原告は、保険医療機関より診療等療養給付を受けうる権利あるに不拘、同年五月一日以降現在迄、奈良県五条市の自宅において、医師右馬文治(以下訴外右馬と略称)の加療を受け、一日少く共百円の治療費を要し既に昭和三十三年十月末日迄に、金九万円の支払いを余儀なくされた。訴外右馬の診断によれば、原告は向後引続き少く共、昭和三十四年四月迄加療を要し、右に付き、原告は昭和三十三年十一月一日より同日迄毎月三千円の治療費を要する。亦原告は、健康保険の被保険者として保険者政府に対し、療養のため、労務に服し得ない一年六ケ月本件の場合昭和三十一年四月十四日より昭和三十二年十月十三日迄の間に、一日標準報酬日額の百分の六十に相当する傷病手当金を請求する権利があり、原告の日給六百円に付き、一ケ月二十五日就労するものとして右金一万五千円の六十パーセント、月九千円の割なる処、被告の前記手続懈怠により、右請求権を行使できない。従つて、右治療費及び傷病手当金相当額は、被告の重大な過失により、原告の権利を侵害する不法行為に基き、原告の蒙つた損害額である。依つて原告は被告に対し、昭和三十一年五月一日以降昭和三十二年二月末日迄の治療費及び傷病手当金相当額十二万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日以降完済迄の年五分の割合の法定遅延損害金及び昭和三十二年三月一日以降昭和三十二年十月末日迄毎月末限り金一万二千円宛の治療費及び傷病手当相当額並びに昭和三十三年十一月一日以降同三十四年四月末日迄に毎月三千円宛の治療費相当額の支払いを求めるため本訴に及んだ、猶右治療費相当額の請求に付三十一年九月頃、原告は被告を相手方とし大阪簡易裁判所に民事調停を申立てたが、被告はこの要求を拒絶し遂に昭和三十二年二月二十一日調停は不成立に終つたと陳述し、

(2)  被告の本案前の抗弁に対し、本訴は被告の過失により、健康保険法上、原告の有する権利を侵害した不法行為により、原告の蒙つた損害賠償を求める趣旨に付き、その債務履行地は原告住所地、奈良県五条市であつて当裁判所に管轄権があり、被告主張の管轄違いによる移送申立はその理由がない。

(3)  被告の本案に付いての答弁に対し、原告主張に反する被告の主張を全部否認し、原告は被告会社に二ケ月以内の期間を定め、季節的又は臨時的業務のため雇傭せられたのでなく、期間を定めず雇入れられた通常の労務者である。昭和三十一年四月末日原告は被告より、金九千円を深夜作業手当及び賞与金の趣旨にて支給を受けた事実があるが、右金は退職手当でなく、従つて原被告間の雇傭関係は同日を以つて解除されたのでなく、右雇傭関係は現存していると陳述し、立証として甲第一号証乃至同第三号証を提出し、証人岡本圭五、同藤田弘美及び原告本人の各訊問を求め、乙第一号証乃至同第六号証の各成立を認めた。

二、(1)  被告訴訟代理人は、本案前の抗弁として、本件訴訟は、原被告間に雇傭関係が現存することを前提とし、その契約上及びこれに伴う使用者の義務履行を求めるにあるが、右義務は素より取立債務であり、その管轄権は被告事務所所在地所管の大阪地方裁判所にあつて当裁判所になく、管轄違いに付き移送の決定を求むる旨を申立て、

(2)  本案に付き原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、原告主張の日に、その主張の如き賃金を定め、製本工として被告が原告を雇傭した事実、その主張の日に、健康保険長堀診療所における被告従業員定期結核検診の結果、原告はその主張の如き疾病により、六ケ月間休養加療を要する旨の診断を受け、右診療所よりその旨被告に通知があつた事実、原告より被告に対し、原告を健康保険の被保険者として届出手続をなし、被保険者証の交付を受け、これを引渡すべき要求のあつた事実、原告主張の日頃、原告は被告を相手方とし、大阪簡易裁判所に対し、原告の自宅療養費を請求する民事調停の申立があつた処、右調停は不成立に終つた事実のみを認め、その余の事実は全部否認する。昭和三十一年一月十八日頃、被告会社は訴外岡本圭五の紹介により、原告が既往症なく健康体であり、六ケ年の製本経験あることを条件に、毎年業務繁忙期に当る同年三月末日迄の期間、これを期間経過後双方に異議がないときに限り正規に雇傭する定めにて臨時製本工として日給六百円にて雇傭し、原告は同月二十一日より就労の処、同年三月二十九日、健康保険長堀診療所における被告従業員定期結核検診の際、原告は重ねて精密検査の必要が認められ、同年四月十日、同診療所において、右肺尖結核腫(内部空洞化)のため、六ケ月間休養加療を要する旨の診断を受け、その由は直ちに被告に通知された。依つて被告は原告に対し、この旨を伝へたに対し、原告は自覚症状がないと申し立てたので、更に他の医師の診断を受くることを勧め、原告は奈良県五条市在住の医師右馬文治(以下訴外右馬と略称)の診断を受けたが、結果は前記診療所の診断と同様であつた。斯くて同年四月末日、被告は原告に対し、同人が健康体にて既往症なき旨申立てていたに不拘、検診によつて前記疾病に患り乍らこれを秘していた事実が明かとなり、製本工として六年の経験を有する旨申立てていたに不拘、被告方における技能成績に徴し、多く共二年以下の体験を有するに過ぎないものと認められ、経験年数を詐つていた事実を理由に解雇を申し渡し、同時に退職手当金九千円を支給し、原告はこれを異議なく受領した。従つて此の時、原告は被告より解雇されたのである。被告は原告等従業員に対し、深夜作業手当は毎月の賃金と共に既に支払済であつて、昭和三十一年四月末日頃、賞与金を給与した事実なく、前記金は原告主張の如き深夜作業手当乃至賞与金ではない。然るに同年六月七日頃、原告は訴外右馬作成の、原告は軽症に付き就業の儘加療しても可い旨の診断書を携へ、被告方に来り就労を希望した。然し被告は、既に同年四月末日限り解雇したとの理由により就業を拒絶した。これに対し原告は被告より単に休養を命ぜられているに過ぎず解雇されていないと答えたので、同日重ねて被告は原告に対して解雇の意思を表示した。仮に同日迄原被告間の雇傭関係が継続していたとしても同日の解雇通告は少く共解雇予告としての効力を有し、同日より三十日を経過した同年七月七日頃、原被告間の雇傭関係は全く終了している。然る処、被告会社が従来労務者を傭入れるに際し、極めて短期間就労の後無断退職をなす者尠からず、斯かる場合事業主被告は保険者に対し、被保険者資格取得の届出をなした後、短期間に労務者より被保険者証を回収の上、資格喪失の届出をなすを要し、事務煩鎖に堪へず、所轄の大阪府社会保険難波出張所承認の下に、労務者は一応健康保険法の適用なき二ケ月以内の雇傭期間を定める労務者として雇入れ、右期間労務者が就労の節は雇傭の日に遡つて被保険者資格取得届出をなしていた。原告に付いても同様の過程を経て被保険者資格取得届をなすべく予定の処、右届出に先立ち、原告が休養を要する疾患に侵れていることが判り、被告は直ちに前記庁へ右届出をなしたが、単に病気療養便宜のための同届出は受理できないと拒絶された。依つて被告が原告を健康保険の被保険者として資格取得の届出をなさなかつた不作為には故意、過失なく、従つて不法行為乃至債務不履行に該当せず、これを前提とする原告の請求は全く失当である。仮に右不作為は被告の過失に基くものとしても原告は雇傭の日より六ケ月に満たない昭和三十一年六月中旬乃至七月七日頃解雇されたに付き、その時より健康保険法上の給付を受ける資格を喪い、爾後右給付を受け得ないことは被告の過失と因果関係がなく、原告の請求は少く共右範囲内においてその理由がない。仮に以上の主張が悉くその理由がないとしても、原告はその故意、過失により既往症を隠蔽した儘被告に雇傭され、後検診によりて疾患あることが判明した際には、最早所轄庁の被保険者資格取得の受理が得られなかつたに付き、被告は本訴請求に対し、過失相殺を主張する。猶本訴請求額は健康保険法所定の算定方法に基いて居らず、その数額を争うと陳述し、立証として乙第一号証乃至同第六号証を提出し、証人岡本圭五、同右馬文治、同田口喜代治、同原容子の各訊問を求め、甲第一号証乃至同第三号証の各成立を認めた。

理由

一、被告は、本訴は当裁判所に管轄権なく被告事務所々在地所管の大阪地方裁判所の管轄に属するを以つて、同裁判所へ移送を申立てる旨の本案前の抗弁をなすに付き、此の点を検討する。一件記録によれば、本訴請求は、被告が原告を製本工として雇傭したに不拘、その過失により原告を健康保険被保険者資格を取得した旨の届出をなさなかつたにより、原告は同法による療養給付及び傷病手当を受くる権利を行使できず原告は自宅において自費療養を余儀なくされた。依つて原告は被告に対し、右原告の権利を侵害した不法行為に基く損害として、原告が支弁した自宅療養費相当額及び法定期間内の傷病手当金相当額の賠償を求めると云うにある。原告請求の自宅療養費相当額は同人が奈良県五条市の自宅に休養して、近傍の医師右馬文治の治療を受け、同人に支払つた金員と認められる。依つて原告請求中、右医療費相当額を請求する部分は、被告がその事務所々在地大阪市において原告を被保険者として届出なかつた不作為による損害が奈良県五条市に於いて発生したと主張するものに付き、大阪市も奈良県五条市も共に不法行為地と云うに妨げなく、民事訴訟法第十五条第一項、第二十一条により、当裁判所に本件訴訟の管轄権があり、被告の抗弁は採用しない。

二、本案に付き、昭和三十一年一月二十一日、原告は印刷製本等の業務を営む被告会社に、製本工として日給六百円の定めにて雇傭された事実、昭和三十一年四月十日、健康保険長堀診療所(大阪市南区南綿屋町所在)における被告会社従業員定期結核検診の結果医師石井秀利より、原告は右肺尖に内部空洞化の結核腫があり、六ケ月間休養加療を要する旨の診断を受け、同診療所より被告にその旨通知のあつた事実、原告より被告に対し、原告を健康保険被保険者として所轄庁へ届出手続をなし、被保険者証の交付を受け、これを原告に引渡すべき要求のあつた事実、昭和三十一年九月頃、原告は被告を相手方とし、大阪簡易裁判所に対し、訴外右馬に支払つたとする自宅療養費を請求する民事調停を申立てたが昭和三十二年二月二十一日調停は不成立に終つた事実は当事者間に争いなく、弁論の全旨に徴し、被告会社が印刷、製本等の請負又は製品の販売を業とし、常時五人以上の従業員を使用する事業所を構成している事実(健康保険法第十三条第一号(イ)に該当)及び被告が原告を雇入れて以来現在迄原告を健康保険被保険者として所轄庁に資格取得届の手続をなしていない事実並に原告は被告より製本工として雇傭された日より、昭和三十一年四月末日迄就労した事実も当事者間に争いがないものと認める。

三、(1)  原告は、被告が原告を労務者として雇傭したに不拘、その過失によつて原告を健康保険被保険者として資格取得の届出をなさなかつたと主張するに対し、被告は右主張を争い、被告は原告を健康保険法の適用なき、二ケ月以内の雇傭期間を定める労務者として雇傭したので、原告の罹病を知り、所轄庁に右資格取得の届出をなしたが受理されなかつた、従つて原告が同法の保険給付を受けられないのは被告の故意過失に基くものでないと主張するので、此の点を追究する。

(2)  成立に争のない乙第一号証、同第五号証、証人岡本圭五、同原容子の多証言、原告本人訊問の結果を綜合すれば、原告は大正十年三月小学校を卒へると同時に、訴外大原帳簿製造株式会社に雇傭され、昭和十六年三月兵役に服する迄約六年間製本工として就労し、昭和二十年十月復員後は他の会社の事務員を勤め、昭和二十九年十月頃、これを辞するに及んで定職を失い、昭和三十一年一月中旬頃、自己と同じく奈良県五条市に住む訴外岡本圭五(以下訴外岡本と略称)が印刷及び製本を業とする被告会社の取締役なることを知り、同家を訪れて同人に対し、被告方の製本工として雇傭を希望した。恰もその頃、被告会社は製本工一名を傭入れる必要があつたと同時に、毎年一月頃より三月頃迄は被告会社の業務繁忙期に当つていた為め、訴外岡本は原告に対し、同年三月末迄は業務繁忙期に付き、就労の日より二ケ月を一応雇傭期間とする臨時製本工として雇入れる。右期間就労中、仕事に熟練の成績により、期間を定めない常傭工とする故、同月二十一日被告会社に出頭する様申し渡し後日原告を臨時製本工に雇入れる件に付き、被告会社を代表する取締役世良政次郎(以下被告代表者と略称)の承認を得た。依つて同月二十一日被告会社事務所において同社代表者は原告に面接し、同人を臨時製本工として日給を六百円とし、就労時間は通常午前八時より午後五時半迄なれど、別に早出の必要あるときは午前六時半より午前八時迄、残業の必要あるときは午後五時半より午後十時迄夫々勤務し、これには時間外割増賃金が支給され毎月末、その前月二十六日以降当月二十五日迄の日給及び早出、残業手当を支払う定めにて雇傭する旨申し渡し原告はこれを承諾した。その際、被告代表者は原告が一見健康体と認められたので、その既往症等に付いては訊さず、製本経験年数のみを聞きたる処、原告は六ケ年と答えた。斯くて原告は当日より被告会社工場の隣にある寄宿舎に住込み製本労務に就き、同年一月中は十日就労し、四日間早出乃至残業をなし、同年二月中は、二十四日就労し、二十四日間早出又は残業をなし、同年三月中は、二十六日就労し、二十六日間早出又は残業をなし、同年四月中は、二十八日就労したが早出、残業はなさず、夫々各月末、日給及び早出、残業手当の集計より、失業保険料を控除した賃金を受取つている事実が認められる。以上の認定に反する原告本人訊問の結果は措信し難い。右認定の事実によれば、頭初原告は被告より二ケ月以内の期間を定めて雇傭されたのであつて、少く共此の期間中なる同年三月二十一日迄は健康保険法の被保険者たる資格なく、被告が原告を右資格者として所轄庁に届出手続をなさなかつたのは当然である。然るに被告は同年三月頃業務繁忙のため、各労務者に殆んど毎日早出、残業を求めていた折柄とて、右期間を超へて依然原告を雇傭していたに付き、同月二十二日より原告は期間の定めなく雇傭されたこととなり、特段の事由なき限り、右被保険者の資格を取得したものと認めなければならない。(健康保険法第十三条第一号(イ)、第十三条の二第二号(イ))

(3)  成立に争いなき甲第一号証、同第二号証、同第三号証、乙第二号証、同第三号証、証人岡本圭五、同原容子、同右馬文治の各証言、原告本人訊問の結果を綜合すれば、昭和三十一年三月二十五日頃、健康保険長堀診療所(大阪市南区南綿屋町所在)において、被告会社従業員の定期結核検診が行われた結果、原告は精密検査の要を認められ、同年四月十日、重ねて右診療所の検診を受けた結果、右肺尖に内部空洞化せる結核腫が認められ訴外医師石井秀利(以下訴外石井と略称)より六ケ月間休養加療を要する旨の診断(甲第二号証)を受け、訴外石井は直ちにその旨被告会社に通知した(乙第二号証)。依つて被告代表者は原告に対し、右診断の結果を告げた処、原告は自分に全く自覚症状がないと云つたため、念のため、更に重ねて原告が信頼する医師の診断を受けてその結果を報告せよと命じた。斯くて原告は同月二十四日、奈良県五条市の自宅に近き訴外医師右馬文治の診断を求めた処、その所見は何等訴外石井と異る処なく原告の肺部に結核性空洞があるが、その周縁が厚いため原告に症状の自覚がなく現在迄医師の診療を受けていないが、既に少く共一年以前に右病症は発生して居り、病院へ入院手術によつて患部を除去しない限り根治し難く、右手術のため少く共二年間の療養を要するも、他人への伝染性は強くなく、軽度の労務なれば堪へられるものと認めた。然しこれを明白にするときは徒らに原告の意気を阻喪せしむるのみならず、日々の生活にも重大な影響あるに付き、次善の策として今後六ケ月間はマイシン及びパスによる薬物療法を施し、その効なきときは他の薬物療法に代へ、然も治癒しないとき原告が自発的に手術を求めて来ると考へ、病名は真実はTV型有洞性肺結核であつたが、簡単に肺浸潤とし、真実は二ケ年の安静加療を要するも一応六ケ月間の休養加療を要するとの診断書(乙第三号証)を作成、原告に交付し、原告はこれを被告会社に提出した。被告代表者は、訴外石井と訴外右馬の各診断の結果は、病名は多少異なるが、孰れも六ケ月間の休養加療を要する点において一致し、原告の症状が近い将来治癒の見込がなく、他の労務者同様の労務に就かしめ得ない不便もあり、殊に原告の製本技能が期待した程優秀なるものと認められず、一応雇傭期間も経過しているので、同年四月末日、原告に対し、翌日よりの就労を禁止すると共に解雇を通告し、原告に当然支払うべき日給、手当の他退職手当金九千円を支払つた。斯くて原告は同年五月一日以降は被告方にて労務に服して居らず、同年六月五日頃、原告は訴外米田某と共に被告会社に来り、被告代表者に面接し、訴外右馬作成の、原告の疾病は軽症に付き、就業の儘治療してもよい旨、訴外右馬の真意と異なる診断書(乙第四号証)を提出して再雇傭乃至就労を求めたが、被告代表者は既に原告を解雇したとの事由によりその就業を拒絶した事実が認められる。以上の認定に反する証人岡本圭五の証言及び原告本人訊問の結果は措信し難い。訴外右馬の診断の結果によれば、原告は軽度の労務に堪へないこともないが、安静にするが良く、他人への伝染性は弱いことが認められるが、さりとて絶対他人に伝染せないとは期し難く、軽度の労働と云へども原告の病勢が著しく増進するの虞れは皆無でないので、被告が原告の就業を禁止したのは当然の措置である(労働基準法第五十一条、第百十九条、労働安全衛生規則第四十七条第二号及び第四号)。被告が原告に対し、解雇通告と同時に支給した金九千円は退職手当であつて素より解雇予告に代る手当ではなく、原被告間の雇傭関係は同年五月三十一日限り消滅したものと見るを相当とし(労働基準法第二十条)、原告の疾病は業務上の原因に基いたものでなく、被告より黙示的に常傭工として雇傭された昭和三十一年三月二十二日より未だ六ケ月を経過していないに付き、健康保険法の被保険者たる資格は同日に始まり、同年五月三十日に終つたものと認められる(健康保険法第十八条)。

四、然る処、成立に争いのない乙第六号証によれば、期間の定めなく雇傭せられた者と雖ども、雇傭せられて未だ就労していない者が原告の如く就労日時が極めて短期(原告の場合は二十日間)なる者が、就労を禁止すべき疾病に罹つた場合、他の疾病の如く休養すべき期間が短期でなく、又は勤労しつつ加療を受くることができないので、結局、真に勤労者としての実態を具へない者が健康保険法上の恵与のみを受くる事となり、勤労者の健康維持を目的とする健康保険の趣意を逸脱する事となるに付き、右保険関係庁においては、斯かる場合、就労を禁止すべき容態が治癒せない限り、未だ業務に使用されて居らず、従つて健康保険法上の被保険者資格を有しないものとして処遇しているが(昭和五年六月四日付発保第三〇号通牒)、健康保険法の解釈として妥当なりと認められる。

依つて仮に昭和三十一年四月十日、原告に前記疾病あることが判明し、被告が原告のため健康保険被保険者資格取得の届出をなしても所轄庁の受理を得られなかつたであろうし、被告が原告を常傭工として雇傭して法定期間内に同様届出手続をなしていたとしても、原告は健康保険の給付を受け得ない理である。従つて原告は健康保険法上の給付を受くる権利なく、仮令被告が過失によつて原告を健康保険の被保険者として届出なかつたとしても、右不作為により原告は侵害される権利を有せざるに付き、右権利の存在を前提とし、これが侵害による不法行為の責を問う原告の請求は、その余の点に検討を加へる迄もなく失当に付き、これを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 木下喜次郎)

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