奈良地方裁判所葛城支部 昭和34年(ワ)70号 判決 1962年6月01日
原告 仲川武雄
右訴訟代理人弁護士 白井源喜
被告 吉田一男
被告 仲川文子
右被告両名訴訟代理人弁護士 島秀一
主文
原告の請求はいづれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、原告に対し、被告吉田一男は、別紙目録記載物件に対してなした奈良地方法務局葛城支局昭和三三年一月三〇日受付第三五二号の所有権移転登記の、又、仲川文子は、同物件につき同支局昭和二七年七月二四日受付第一、六〇八号の、所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。被告吉田は、原告に対し、別紙目録記載の家屋を明渡せ、訴訟費用は被告らの負担とする、との判決並びに家屋明渡につき担保を条件とする仮執行の宣言を求めその請求原因として被告仲川文子は原告の妹であり原告及び被告文子の父であつた訴外仲川安太郎は別紙目録記載の宅地及び建物を所有していたが、長男である原告に秘して昭和二五年一一月一六日公証人吉田律役場の第二五、五二四号遺言公正証書によつて七女である被告文子に対し右別紙目録記載宅地建物を遺贈する旨の遺言をしたが、昭和二七年一月二七日右仲川安太郎は死亡したので、被告文子は右遺言書に基いて、同年七月二四日請求趣旨記載の如き所有権取得登記を経由し、更に兄である原告に秘して昭和三三年一月三〇日被告吉田一男に対し請求趣旨記載の如く所有権移転登記を経由し、被告一男は爾来右家屋に居住しているのである。しかし右各登記はいずれも無効であり被告一男は右家屋を占拠する権限はないものである。すなわち先ず右遺言公正証書は無効である。がんらい遺言公正証書については民法第九六九条、第九七四条に証人の立会及びその証人の欠格事由について規定があるところ本件遺言公正証書作成については右規定に違反し無効である。すなわち本件遺言公正証書において訴外大西米造と訴外栩山孝行の二人が証人となつているのであるが、右大西米造は遺言者である仲川安太郎の長女アサヘの夫であつて、仲川安太郎の推定相続人アサヘの配偶者で民法第九七四条第三号の証人の欠格事由に該当し、適法の証人は訴外栩山孝行一人となり民法第九六九条第一号の要件を欠如し前記遺言公正証書は無効である。そこで右無効の遺言公正証書に基いてなされた被告文子の所有権取得登記も無効であり、右無効の権利者である被告文子からその所有権を譲受けた被告吉田一男の所有権移転登記も無効であり同被告は右家屋を占拠する権限はないものである。原告は前記仲川安太郎の死亡によりその子として、その財産を他の子らと共に共同相続したので本件不動産の共有権者として別紙目録記載不動産の保持のため本訴提起に及んだものであると述べ、被告らの答弁に対し民法第一一九条は無効の行為は追認に因りてその効力を生ぜすと規定しているので本件の如く遺言者が死亡している場合は同条但書の追認をなし得るものはなく又仮りに原告が被告文子に本件不動産の所有権移転登記が経由された当時異議を言はなかつたとしても、これは前記公正証書が無効であることを法律家の研究あるまで知らなかつたからで民法第一一九条但書の追認ではない。従つて又被告吉田が善意無過失に被告文子より同被告が本件不動産を正当に所有するものとしてこれを買受けたとしても、動産に関する民法第一九二条の如き規定を不動産に適用することはできない。又訴外大西米造が前記遺言書による遺贈を受けておらず、右遺言書に利害関係がないとしても、前記遺言公正証書の証人としての欠格事由に影響はない。又仲川安太郎が生前に本件不動産を被告仲川文子に贈与した事実もない。
すなわち本件家屋が建築されたのは被告仲川文子が足部の股関節炎を患う以前であり仲川安太郎が被告文子のために本件家屋を建築したものではない。又仲川安太郎夫妻が本件家屋で被告文子と共に寝起し文房具、煙草の小売等して被告文子がその手伝をしていたことがあつたが安太郎が本件家屋を被告文子にやるというていた如き事実はなく安太郎が将来文子がこの営業所で商売してゆけば生活ができるというような話をしていたことはあつても、それは本件家屋の生前贈与を意味するものではない。又被告文子が父安太郎の共同相続人の一人として本件物件の遺産分割を受けた事実もない。又前記遺言公正証書は共同相続人に対する遺産分割の方法を定めたものでもない。原告はがんらい法律知識に乏しく父安太郎の長男としてむしろその財産全部を相続承継するものと信じていたものである。又原告は本件宅地の西南隅隣地九坪を訴外西本某より買戻したりしている事実もあるが、そうだからといつて前記無効の遺言公正証書が有効になるものではない。その他従来の各判例によつても本件の如き欠格事由のある証人が加はつた遺言公正証書が有効となるということが如き法律論はない。と述べ立証として≪省略≫
被告両名訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め答弁として、原告は訴外仲川安太郎の長男であり、被告仲川文子は原告の妹であること、仲川安太郎が原告主張の如く遺言公正証書を作成し昭和三七年一月二二日死亡したこと、別紙目録記載不動産が元仲川安太郎の所有であつたところ原告主張の如く被告文子名義に所有権移転登記が経由され更に昭和三三年一月三〇日被告吉田一男に所有権移転登記が経由され被告一男がその家屋に居住占有していることはこれを認める。しかし右各登記はいづれも有効であり又被告一男の本件家屋の占有は法律上効力あるもので被告らは原告の請求に応ずる義務はない。すなわち先ず被告文子は父である仲川安太郎から正当に本件土地建物を譲受けこれを被告一男に譲渡したものである。
がんらい被告文子は足が悪く身体障害者で父母の特別の愛撫を受けていたが、原告は長男であるが中国の大連に居住していたところ終戦後大連より引揚げ本件係争建物の北側にある本家に父母と同居したが、父母と折合悪く父母は結局本件建物に原告らと別居して煙草文房具商を営み本件建物とその敷地や煙草文房具商の営業権はこれを被告文子の将来のために同被告に贈与する意思でこのことを明確ならしめる趣旨の下に昭和二五年一一年一六日原告主張の遺言公正証書を作成したのであるが、父安太郎は生前からこのことを被告文子にもらし同被告をして右営業を手伝はしめ、被告文子も右贈与を受ける趣旨で右営業を手伝い結局父安太郎の死亡前に被告文子は本件不動産の贈与を受け、その所有権を取得していたものである。仮にそうでないとしても父安太郎生前に父の死亡を原因とする本件不動産の贈与を受けており被告文子においてこれを承諾していたので昭和二七年一月二二日父安太郎死亡と同時に被告文子においてその所有権を取得したもので、前記公正証書は後日の紛争にそなえ亡父においてその意思を明確ならしめるため作成したに過ぎないものであるから以上の如く考えると右公正証書が仮りにその要件を欠き効力がないとしても被告文子の本件不動産所有権取得に何らの消長はない。仮にそうでないとしても被告文子は本件遺言公正証書(甲第二号証)によつて本件不動産の所有権を取得したものである。右遺言証言には亡父安太郎の長女大西アサエの夫訴外大西米造が証人として立会しているが民法第九七四条第三号の欠格者に該当しない。すなわち同条の規定は判断能力を欠くものや遺言者と密接な関係にあるものを排除して遺言の適正を期そうとするもので、学問上、同条一、二号は絶対的欠格者、三、四号は相対的欠格者で一、二号の者は絶対に証人たり得ないが二、三号の者は当該遺言の内容について何ら利害関係なく、かつ、その関係者が遺言により何物も取得していない時は証人となつたとしても差支えないものである。だから本件において訴外大西米造が証人となつても本件公正証書は何ら無効でない。何らかの形式的瑕疵ありとしてもこれを有効と解することこそ法の真意である。そして原告は既に本件遺言公正証書による被告文子の本件不動産所有を有効と認め同被告が処分した本件宅地の一部九坪を買戻している実情にある。仮に百歩を譲り本件遺言公正証書が有効でないとしても被告文子は亡安太郎の共同相続人として全財産に対する五分の一の持分権を有し相続財産としては本件不動産の外原告が居住する広大なる宅地建物の外宅地六筆、田畑二筆についても共同持分権を有し分割の上は本件不動産の如きは当然被告文子に帰属すべきものである。而して被告吉田一男は善意無過失に被告文子よりその所有する本件不動産をその所有する煙草小売商の権利ウインド戸棚置台畳建具と共に合計金一五〇万円で昭和三三年一月二一日買受け、同月三〇日原告主張の如く所有権移転登記を経由し、かつ一切の物件の引渡を受けてこれに居住しているもので、善意の取得者として原告より返還を請求される理由は全くない。しかして原告も父安太郎の死亡後昭和三四年一〇月まで一回の異議の申入れもなく、被告一男の本件不動産所有権を認めていたものであると述べ立証として≪省略≫
理由
原告の妹が被告仲川文子であり両名の父親は訴外仲川安太郎であつたところ右仲川安太郎は昭和二七年一月二二日死亡したこと、別紙目録記載の宅地及び建物がいづれも右仲川安太郎の所有であつたところ、昭和二五年一一月一六日公証人吉田律役場の第二五、五二四号遺言公正証書によつて右安太郎は被告文子に別紙目録記載の宅地及び建物等を遺贈する旨の遺言をなし前記の如く右安太郎が死亡した後奈良地方法務局葛城支局昭和二七年七月二四日受附第一、六〇八号を以て右宅地及び建物について被告仲川文子のため前記遺贈による所有権登記が経由され、その後更に同不動産につき同支局昭和三三年一月三〇日受附第三五二号を以て売買を原因として被告吉田一男名義に所有権移転登記が経由されたこと、しかして被告吉田一男が右建物に居住占有していること等は当事者間争のないことである。しかして右遺言公正証書には証人二人あるところ、その一人は仲川安太郎の推定相続人の一人である長女アサエの夫である訴外大西米造であることも当事者間争のないところ同人が証人となることは原告主張の如く民法第九七四条第三号に当り同法第九六九条第一号の方式に違反することとなり遺言公正証書としては適法の方式を欠くもので、その効力を認め得ないとする原告の主張は首肯でき、これを有効なりと反論する被告らの主張は採用し難いものがある。しかし被告らは被告仲川文子の本件不動産の所有権取得は右遺言公正証書に基くものでなく父仲川安太郎生存中に既に贈与を受けたものと主張し又そうでないとしても父安太郎生存中にその死亡に因り効力を生ずる死因贈与を受けたものである旨主張するのでこの点につき判断するのに前記当事者間争のない各事実の外証人大西米造、同栩山孝行、同吉田平吉、同大西アサエ及び被告仲川文子本人の各供述成立に争のない甲第二号証の記載等を綜合すると仲川安太郎は前記公正証書を作成した頃末女である被告仲川文子が少女の頃より足の関節を悪くし身体不自由の身であること等を考慮し同女の将来のために安太郎の死亡を原因として当時被告文子が父と共に居住していた本件不動産と、その家屋で営業が行はれていて被告文子がその手伝をしていた煙草及び文房具商の営業権及びその商品一切を被告文子に贈与することとして生前その旨被告文子に伝え同被告もこれを受諾していたことを認めることができ証人仲川千鶴子、同浅野夏子及び原告本人の各供述中右認定に副はないような部分は前記認定の各証拠と対照して容易に信用し難く他に右認定を覆えすに足る証拠はない。そうすると右認定の死因贈与については民法第五五四条により遺贈に関する規定の適用はあるけれどもその方式については遺言の方式に関する規定に従うべきことを定めたものではないので、仲川安太郎が原告ら被告文子以外の子らに対して自己の意思を明確に知らせる趣旨において作成されたと認められる甲第二号証の遺言公正証書が原告主張の如く違式のため効力ないものとしても前記認定の被告文子の死因贈与による本件不動産の所有権取得は有効であり従つて同被告の本件不動産所有権取得登記も無効ではない。しかして前記証人吉田平吉及び被告仲川文子の各供述や成立に争のない甲第五号証を綜合すると被告吉田一男は被告文子から本件不動産を昭和三三年一月三〇日買受け同日前記の如く所有権移転登記を経由し本件家屋に居住していることが認められるので被告吉田一男の右所有権移転登記も有効と認められ、その家屋占拠も正当なものと認められるので結局被告らの本件不動産に関する各登記の無効、被告吉田一男の本件家屋占拠の無権限を主張する原告の本訴請求はいづれも失当として棄却を免れない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 坂口公男)