奈良地方裁判所葛城支部 昭和36年(ワ)8号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決要旨〕一、自動車運転者が判示のように自動車等の駐車によつて僅に小型自動車がすれちがい得る程度に道路の道幅が狭められている場所を通過するに際しては、駐車の陰から不意に進出して来る歩行者或は駐車中の移動等の障碍物の出現に備え、特に前方左右に注意し、速度を緩減徐行し、以て事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある。
二、死亡した被害者が判示道路を横断した動機等につき不分明の点も多いが、交通量比較的多い道路を横断しようとする歩行者として多少左右注視を怠つていた過失があつたと推認して、遺族にたいする慰藉料額を算定した事例
〔判決理由〕被告南弘は前記日時頃前記場所を前記タクシー営業用自動車を運転して時速約五〇粁(秒速約一三、四米)の速度で東進し同町(編者注、奈良県橿原市今井町)七九一番地の二地先に差しかかつたが、その当時進路前方国道の北側喜多タイヤ店と同南側の今井自動車部品店の各店先に小型自動車、単車等が二、三台宛駐車して僅に小型自動車がすれちがい得る程度に道路の道幅が狭められており、かかる場所を通過するに際して自動車運転者としては駐車の陰から不意に進出して来る歩行者或は駐車中の移動等の障碍物の出現に備え、特に前方左右に注意し、速度を緩減、徐行し、以て事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに被告南はこれを怠り不注意にも前記速度のまま漫然進行した過失によつて、前記森川孫七郎が約一二米前方道路右側(国道南側の今井自動車部品店前)から北側へ横断しようとして小走りに出て来たのを発見し急に急停車の措置をとつたが及ばず、自己運転自動車の前部バンバー右側及び運転台右側三角窓枠部分を右孫七郎の顔面身体に接触させて路上に転倒させ、その衝撃によつて前記の如く同人を死亡するに至らしめたことができ、被告両名各本人の供述中右認定に副はない部分は容易に信用し難く他に右認定を覆えするに足る証拠はない。(中略)
およそ本件の如き事故により死亡した被害者の妻子である原告らが莫大な精神的苦痛を受けたことはもとよりであるが、その慰藉すべき金額の算定については、その事故の態様、被害者家族の家庭事情、事故後の被告らの措置、等諸般の事情を考慮すべきものであるが、本件事故の態様については前段認定したとおりである。もつとも被告らは被害者孫七郎においても過失があつたと主張し過失相殺により原告らの請求金額は減額すべきものと抗弁し、前記被告南の過失を認定した各証拠を綜合すると本件事故発生後被害者孫七郎は意識不明となり間もなく死亡した関係で同人が判示道路を横断しようとした動機等推測の範囲を出でず、不分明の点も多いが本件の如き交通量比較的多い道路を横断しようとする歩行者として多少左右注視を怠つていた過失があつたと推認されるので、本件慰藉料額を算定するに当つて右被告抗弁を考慮して判断することとする。原告らの家庭の事情については、(証拠―省略)を綜合すると原告ら主張の如き事情にあることが認められる。ただ原告泰延が父孫七郎と共に営業していて、父の死亡後もその営業を継続し得る事情にあつたことは原告ら家族にとつて不幸中の幸いであつたこと、成立に争のない甲第一号証によると孫七郎は明治三五年九月一九日生れで妻の原告フサは明治三六年四月生れ、原告泰延は昭和五年一二月生れ、同圭野は昭和八年八月生れ、原告迪子は昭和一一年一月生れであることが認められる。尚前記成立に争のない甲第八号証の二によると本件事故後被告南は見舞金一、〇〇〇円と葬式の香奠金一〇、〇〇〇円を原告らに提供したこと、被告吉川の協力で原告らが自認する前記自動車損害賠償保障法による保険金三〇〇、〇〇〇円を受領したことの事情が認められる。以上の諸事情を綜合すると原告らの慰藉料請求は原告フサにおいて金一〇〇、〇〇〇円、その余の原告らにおいては各金五〇、〇〇〇円を以つて相当と認める。(坂口公男)