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宇都宮地方裁判所 平成元年(行ウ)9号 判決 1991年2月28日

原告

城山環境浄化有限会社

右代表者代表取締役

板屋喜美子

右訴訟代理人弁護士

濱秀和

宇佐美方宏

大塚尚宏

被告

栃木県知事

渡辺文雄

右訴訟代理人弁護士

谷田容一

右指定代理人

齋藤隆

外一一名

主文

一  原告が平成元年七月二六日に被告に対してした産業廃棄物処理施設設置届について、被告が同年九月一二日付で右届出の受理を拒否した処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求と被告の答弁

(原告の請求)

主文と同旨

(原告の請求に対する被告の答弁)

原告の請求を棄却する。

第二事案の概要

本件は、原告が平成元年七月二六日被告に対し廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)一五条一項に基づいてした産業廃棄物処理施設の設置届について、被告が同年九月一二日付で右届出書を返戻し、届出の受理を拒否した処分を違法として、その取消を求める訴訟である。その概要は、以下のとおりである。

(以下一ないし三は争いがない。)

一当事者

1  原告は、昭和五四年二月一六日、一般廃棄物及び産業廃棄物の処理、最終処分を目的として設立された有限会社である。原告の前代表者板屋ヨシは、昭和五一年ころから、別紙目録一の土地に、別紙目録二の事業計画のとおり産業廃棄物処理施設(以下「本件廃棄物処理施設」という。)設置の計画を立て、原告設立後は、原告が右事業計画を引き継いだ。

2  被告は、栃木県の知事である。

二廃棄物処理法の規制

廃棄物処理法は、廃棄物の適正な処理を確保し、生活環境の保全と公衆衛生の向上を図ることを目的とし(同法一条)、産業廃棄物処理施設を設置し、又はその構造若しくは規模の変更をしようとする者(以下「事業者」という。)に対し、厚生省令(廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則、以下「廃棄物処理規則」という。)で定めるところにより、その旨を都道府県知事に届出ることを義務付けている(同法一五条一項)。そして、都道府県知事は、右届出があった場合において、その届出に係る産業廃棄物処理施設が、厚生省令[本件産業廃棄物処理施設のような産業廃棄物の最終処分場については、総理府・厚生省令(一般廃棄物の最終処分場及び産業廃棄物の最終処分場に係る技術上の基準を定める総理府・厚生省令、以下「技術基準に関する総理府・厚生省令」という。)]で定める技術上の基準に適合していないと認めるときは、その届出を受理した日から三〇日(産業廃棄物の最終処分場については六〇日)以内に限り、事業者に対し、届出に係る計画の変更又は廃止を命ずることができるとし(同条二項)、事業者は、右期間を経過した後でなければ、当該施設の設置等をしてはならない(期間経過前に都道府県知事から内容が相当である旨の通知を受けた場合を除く。)と定めている(同条五項、八条三項)。

三本件処分

1  原告は、平成元年七月二六日、被告に対し、廃棄物処理法一五条一項に基づき、廃棄物処理規則一一条による適式の本件廃棄物処理施設の設置届出書(以下「本件届出書」という。)を提出した。

2  しかるに、被告は、同年九月一二日付で、原告に対し、本件届出書を返戻した。本件届出書の返戻は、本件廃棄物処理施設の設置届の受理を拒否した行政処分である(以下「本件処分」ともいう。)。

四本件処分がなされた経緯及びその理由

1  産業廃棄物処理施設設置に関する栃木県の行政指導

(以下の事実は、<証拠>により認められる。)

(一) 栃木県は、昭和五三年四月一日、廃棄物処理法に基づく許可等に関する事務の適正な処理を確保し、産業廃棄物行政の円滑な推進を図ることを目的(左記要領第1)とする行政指導基準として、「産業廃棄物関係事務処理要領」(以下「旧要領」という。)を施行し、産業廃棄物処理施設を設置しようとする者に対し、廃棄物処理法所定の届出前に、届出に関する書類その他要領に定める関係書類を提出させ、審査を行う行政指導を行ってきた。昭和五四年八月からは、設置届手続とは別個に、行政指導のために事前協議制度を導入し、設置届の提出前に事前協議書の提出を求めるようになった。平成元年四月一日、産業廃棄物の適正処理を推進し、生活環境の保全を図ることを目的(左記要綱第1条)とする行政指導基準として、「栃木県産業廃棄物処理に関する指導要綱」(以下「新要綱」という。)を施行し、廃棄物処理法所定の届出前に、事前協議書の提出を求め、同要綱所定の行政指導を行うこととした。

(二) 旧要領及び新要綱は、本件産業廃棄物処理施設のような産業廃棄物の最終処分場の設置に関する行政指導について、概略として次のような指導事項を置いた。即ち、

① 事業者が提出しようとする廃棄物処理施設の設置届が廃棄物処理規則一一条に適合した適式なものとなるよう指導する。

② 届出に係る廃棄物処理施設が廃棄物処理法一五条二項、四項、技術上の基準に関する総理府・厚生省令二条一項の定める技術上の基準を充たすよう指導する。

③ 届出に係る施設の設置につき、関係法令上の規制があるときは、右規制との調整上必要な指導をする。

④ 事業者が、廃棄物処理を適確に行える人的・物的設備を備え、かつ環境汚染等の事故が生じた場合における現状回復、損害補償を適切に行える資金力等を備えるよう指導する。

⑤ 近隣自治体や付近住民等の同意等をとるよう指導する。

この点について、旧要領では、事業者に対し、付近住民、隣接地所有権者及び自治会等の同意書・意見書若しくは協定書(同意を取得する範囲は、個々の事例ごとに知事が必要な範囲を指示した。)、放流先管理者の同意書、当該施設設置に関する地元市町村長の意見書を提出するよう定められていた(旧要領第6・5(3)アの(イ)、同1(3)アの(シ)ないし(セ))。新要綱では、知事が地元市町村長に右意見の照会を行い(新要綱15条3項)、事業者に対しては、付近住民((1)最終処分場の敷地に隣接する土地の所有者全員、(2)最終処分場の敷地から五〇〇メートル以内の区域に居住する者の三分の二以上、(3)排水がある場合は放流地点から下流五〇〇メートル以内の利水権者、(4)搬入専用道路から五〇メートル以内の区域に居住する者の三分の二以上)の同意をとる(事前協議書に同意書を添付する。)ことが規定された(新要綱14条3項、別表第1番号3の14)。

2  原告に対する指導の経緯と本件処分の理由

(以下の事実のうち争いのない事実以外は、個々に掲げる書証の他、弁論の全趣旨により認められる。)

(一) 原告は、昭和五四年六月一八日、本件廃棄物処理施設の設置について、設置届出書及び添付書類を栃木保健所に提出してその事前審査を申し出たが、法定の届出書の記載事項や添付書類に不備があり、また旧要領に基づく指導事項である近隣自治会の同意書等の添付を欠いていたため、同保健所は、これらの点について行政指導を行い、その補充を行ってから事前審査を行うよう指導した(争いがない。)。原告は、その後、昭和五五年四月一五日及び同年六月三日に、それぞれ事前協議の申請をしたところ、被告(栃木保健所及び栃木県環境設備課)から、旧要領に基づき、隣接所有者の同意、隣接自治会の同意をとることなどを内容とする行政指導を受けた(昭和五五年六月三日の申請について、<証拠>。その余は争いがない。)。

(二) 右指導の後、約五年間にわたり原告の事前協議の申請はなく、本件産業廃棄物処理施設の設置に関する被告の行政指導もなされないまま推移したが、原告は、昭和六〇年一一月六日、再び本件廃棄物処理施設の設置の手続に関する指導を求め、昭和六一年三月二五日及び同年五月六日の二回にわたり、それぞれ事前協議の申請を行った。これに対し、被告(栃木保健所及び栃木県環境整備課)は、設置予定地の使用権限を明らかにすること、付近住民の同意及び近隣自治会(藤岡町城山自治会)の同意を取得すること、原告の管理能力、企業実績及び補償能力等を確保することなどの行政指導をおこなった(<証拠>)。

(三) その後、原告、被告(栃木保健所及び栃木県環境整備課)及び本件廃棄物処理施設を主として利用する予定となっていた東武建設株式会社との間において、数次にわたる協議が行われ、従来指導が行われていた事項のうち、次の(一)ないし(四)以外の事項についてはこれが充たされたことが確認された。そこで、被告(栃木保健所及び栃木県環境整備課)は、昭和六三年三月一四日、原告に対し、旧要領に基づき、(一)隣接土地の所有者全員の同意をとること、(二)予定地から三〇〇メートル以内にある民家二件の同意をとること、(三)予定地への廃棄物の搬入路の使用について、土地改良区の同意をとること、(四)予定地に隣接する藤岡町城山自治会の同意をとること、以上について、行政指導を行い、原告及び東武建設もこれを了解した(<証拠>)。

(四) 原告は、昭和六四年一月六日ころ、栃木保健所に対し、本件廃棄物処理施設の設置届関係書類を提出した(争いがない。)が、栃木県では廃棄物処理法所定の届出前に事前協議において行政指導を行うこととしていたたため、被告(栃木保健所)は、これを事前協議書と訂正させて受け取った(<証拠>)。平成元年四月一日、新要綱が施行され、前記四2の(三)の指導事項のうち、(四)の藤岡町城山自治会の同意は不要となった(<証拠>)。また、(一)の隣接所有者全員の同意、(三)の予定地への搬入路の使用についての土地改良区の同意は既に得られていた(<証拠>)。しかし、(二)の予定地から三〇〇メートル以内の住民二名中一名については同意が得られたものの、他の一名の同意が得られていなかったため、被告は、同年六月一九日、原告に対し前記申請書を返戻した。

(五) 原告は、平成元年七月二六日、被告(栃木県環境課)に対し、本件廃棄物処理施設の設置届書を送付し、同月二七日到達した。しかし、前記予定地から三〇〇メートル以内の住民二名中一名は同意することを拒否したため、同年九月一二日付でこれを原告代理人に送付して返戻し、同書類は同月一四日到達した(争いがない。)。

五争点

本件の争点は、本件処分が適法であるか否かである。

1  原告の主張(本件処分の違法性)

(一) 廃棄物処理法は、産業廃棄物処理施設の設置に関し、届出制(同法一五条一項)を採用しており、他に法律上の制限、禁止はない。

(二) 本件処分は、行政指導のための基準にすぎない新要綱14条3項、別表第1番号3・14の(2)の定める「最終処分場の敷地から五〇〇メートル以内の区域に居住する三分の二以上」の同意が得られていないこと(本件の場合、この要件に該当する者は二名であり、そのうち一人の同意が得られなかった。)を理由としてなされたものであり、法律上何らの根拠もなく原告の本件届出書の受理を拒否したものであるから違法であり、取り消されるべきである。

2  被告の主張(本件処分の適法性)

本件処分は、以下に述べるとおり適法である。

(一) 本件行政指導の目的及び必要性

(1) 廃棄物の適正な処理を確保し、当該処理施設が設置される地域の生活環境を保全するとともに、施設の円滑な設置を確保するためには、法による規制のみでは十分ではなく、都道府県等の行政機関による行政指導が必要不可欠である。

栃木県は、廃棄物処理に関する法令上の許可や届出等に関する事務の適正な処理を図ることを目的として、昭和五三年四月一日には「産業廃棄物関係事務処理要領」を施行するとともに、昭和五四年八月、設置届をする前に行政指導を行うための手続として事前協議制度を導入し、平成元年四月一日、産業廃棄物の適正処理を推進し、生活環境の保全を図ることを目的として、「栃木県産業廃棄物処理に関する指導要綱」を施行し、産業廃棄物の処理施設設置等に係る事前協議についての行政指導の手続、指導基準を整備した。

(2) 地元市町村との調整・付近住民等の同意について

当該施設による適正な廃棄物の処理は、法による規制のみでは確保しえず、地元市町村及び付近住民による日常的な監視やこれらの者との協力関係が必要不可欠である。また、当該施設が周辺地域の生活環境に及ぼす影響について、実情に精通した地元市町村や付近の生活環境に直接の利害関係を有する付近住民の意見を十分に尊重し、地域の生活環境の十全なる保全を図る必要がある。そして、廃棄物処理施設を円滑に設置するためには、付近住民の信頼を確保し、施設の設置に理解を得る必要がある。

そこで、栃木県では、旧要領においては、事業者に対し、付近住民・隣接地所有権者や自治会等の同意書・意見書若しくは協定書(同意の必要な範囲は個々の事例ごとに必要な範囲を指示した。)、放流先管理者の同意書、当該施設設置に関する地元市町村長の意見書の提出を定め、新要綱では、知事が地元市町村長の右意見の照会を行い、事業者に対しては、付近住民((1)最終処分場の敷地に隣接する土地の所有者全員、(2)最終処分場の敷地から五〇〇メートル以内の区域に居住する者の三分の二以上、(3)排水がある場合は、放流地点から下流五〇〇メートル以内の利水権者、(4)搬入専用道路から五〇メートル以内の区域に居住する者の三分の二以上)の同意をとる(同意書を添付する。)よう規定した。

(二) 本件処分の適法性

(1) 行政指導は、個人や事業者等への便宜供与、これらの者相互の間における利害の調整、社会公共の利益の確保などの行政目的を達成するため、助言、指導、勧告等の方法により、相手方に一定の作為又は不作為を求める行政庁の行為をいい、究極的には相手方の任意の協力、服従を期待してなされる非権力的な行為であって、相手方の意に反して右指導に従うことを強制しうるものではない。しかしながら、本件のような産業廃棄物処理施設の設置に係る行政指導は、処理業者にとってともすると不必要な障害と考えられ、行政指導に自ら進んで従うことを期待するのは困難であり、行政指導に対する処理業者の不服従を安易に認め、事前指導に従わないでなされた届出を常に受理しなければならないとすると、行政指導の実効性を確保することは不可能となる。

したがって、届出の受理前にどの程度の行政指導を継続することが許されるかは、行政指導の任意性と当該指導の目的とする公益上の要請との調和という観点から判断されるべきであり、事業者が産業廃棄物処理施設の設置に関し、事前指導に従わずに届出をした場合であっても、事業者が設置届の受理がなされないままでの指導には応じられないとの意思を真摯かつ明確に表明したものと認めるに足りないときは、行政庁はその受理を拒んで事前指導を継続することも許されるべきであり、また当該設置届が受理されないことによる事業者の不利益と事前指導の目的である公益上の必要性とを比較衡量し、右指導に対する事業者の不協力が社会通念上正義の観念に反するものと認められるときは、当該設置届の受理を拒否することも違法ではない。

(2) 本件では、前記四の2のとおり、原告に対する行政指導は長期間にわたり、指導事項が次第に整理、充足され、平成元年六月一九日に原告に対し事前協議のための書類を返戻した時点では、所定の指導事項のうち、残された課題は予定地から三〇〇メートル以内の住民一人の同意のみという状況にあり、長年にわたる行政指導が最終の局面を迎えていた。しかるに、原告は、右のような行政指導の経緯、指導事項の充足状況等には全く触れず、従来の態度を一変させて行政指導に応じられないとの姿勢をとるに至った所以について何らの説明もないまま、前記四2の(五)のとおり、平成元年七月二六日、本件届出書の提出をした。

このような原告の態度は、長年にわたる原告と行政側の努力の成果を水泡に帰そうとするもので、著しく信義に反するものであり、設置届の受理がなされないままでの行政指導には応じられないとの意思を真摯かつ明確に表明したものと認められない。

(3) また、産業廃棄物処理施設の設置に関する行政指導は、五(争点)2(被告の主張)の(一)のとおり、極めて大きな公益上の必要性があり、本件において被告が原告に求めた付近住民の同意は、これを得ないまま設置を強行しようとした場合は、地元の反対の動きに拍車をかけ、深刻な対立と紛争をもたらし、施設の設置が事実上不可能となるおそれが極めて大きく、原告の本件廃棄物処理施設の設置のため不可欠である。加えて、多くの事業者が行政指導の必要性を理解し、指導事項を充足させる努力を傾けている中において、原告のみに事前協議を経ないままの設置届を認めると、県民及び事業者につき県の行政指導に対する信頼を喪失させ、事前協議制度を瓦解させて、処理施設設置の促進等を図る廃棄物処理行政に重大な支障をもたらす、他方、本件処分があっても、原告はおよそ設置届を受理されないわけではなく、付近住民一名の同意をとるという被告の指導事項を充たし事前協議を経て設置届を行えば、いつでも設置届が受理される。

右に述べた原告の不利益と行政指導の公益上の必要性とを比較衡量すると、後者がはるかに優越するから、被告の行政指導を遵守しないままなされた原告の本件設置届書の提出は、社会通念上正義の観念に反する。

(4) したがって、原告の本件設置届書の受理を拒否してこれを原告に返戻した本件処分は、適法である。

第三争点に対する判断

一廃棄物処理法一五条の趣旨

廃棄物処理法は、廃棄物を適正に処理し、及び生活環境を清潔にすることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的とする(同法一条)法律であるところ、同法が、産業廃棄物処理施設の設置について届出制(同法一五条一項)を採用し、届出後一定期間(産業廃棄物の最終処分場については六〇日)については当該施設の設置を禁止した(同条五項、八条三項)のは、事業者の氏名、施設及び処理する産業廃棄物の種類、設置場所、処理能力(最終処分場の場合には、埋立地の面積及び埋立容量をいう。)、処理方式・構造及び設備の概要など廃棄物処理規則一一条に定める事項を当該施設設置前に都道府県知事に届出させ、都道府県知事において、届出に係る施設が厚生省令(本件廃棄物処理施設のような産業廃棄物の最終処分場については、技術基準に関する総理府・厚生省令二条一項)で定める技術上の基準に適合するか否かを当該施設設置前に審査させ、適合していない場合に右一定期間内に届出に係る計画の変更又は廃止を命ずることができる(同法一五条二項)とすることにより、同法の目的である廃棄物の適正な処理を確保し、施設周辺の汚染を未然に防止しようとしたものと解される。

二廃棄物処理施設の設置に関する栃木県の行政指導の趣旨

そして、<証拠>に基づいて、第二(事案の概要)四の1の旧要領及び新要綱に基づく事前協議制度の趣旨を検討すると、右事前協議制度は、廃棄物の適正な処理の確保と施設周辺への汚染の未然の防止という廃棄物処理法一五条の右目的を一層確保するため、当該産業廃棄物処理施設の設置届を提出する前に、事業者に事前協議書を提出させ、廃棄物処理法が要求する技術上の基準、関連法令上の規制との調整などの法律上の規制に関する行政指導を事前に行い、それによって廃棄物処理法一五条二項による廃止・変更を未然に回避する他、環境汚染等の事故が生じた場合に対応する補償能力の有無、設置予定地付近の生活環境に精通する地元市町村長の意見の聴取、予定地付近の生活環境に利害関係を有する一定の範囲の付近住民等の同意の取得など、法令上は求められていない事項についても行政指導を行い、地元市町村や付近住民の協力により当該廃棄物処理施設の設置を円滑に推進し、これらの者の監視等により適切な廃棄物処理を確保することにより、普通地方公共団体の責務である住民の安全、健康等の保持、公害の防止その他の環境の整備保全(地方自治法二条三項一号、七号)を図ろうとする趣旨であると解される。

三行政指導事項の不遵守と設置届の受理の拒否

しかしながら、国民の具体的権利義務に直接影響を与える行政処分は、法治主義の原則により、法律(法律ないし条例等法律に準ずるもの)の定めに従って行われなければならず、行政機関が内部規則として自ら定めた指導要綱等の行政指導のための準則は、法律等の委任を受けたものでない限り、行政処分の根拠とはなりえないものであり、このような行政機関の内部規則に基づいてなされる行政指導は、当該指導の相手方の任意の協力のもとになされる非権力的な行為であって、相手方に指導を強制しうるものではない。本件において、被告の行政指導の根拠となった旧要領及び新要綱が、法律等の委任を受けて制定されたものではないことは、<証拠>により明らかであるから、旧要領及び新要綱に基づく行政指導も、あくまで相手方の任意の協力を期待してなされるものであり、その規定する要件を相手方に強制しえないというべきである。

したがって、都道府県知事が、事業者に対し、所定の行政指導を継続中であったとしても、行政指導に従うことを設置届受理の条件とすることは、法律の根拠を欠くものであり、事業者が右行政指導に従わず、或いは指導に従おうとしても指導に係る要件を充たさない場合において、事業者が適式な設置届を提出するなどして、もはやこれ以上行政指導には従えないとの意思を明確に示したときには、行政指導の要件を充たしていないことを理由に、都道府県知事が適式な届出書の受理を拒否することは、原則として許されないというべきであり、一般法理である信義則の観点から設置届の提出が許されないと判断されるような特別の事情がある場合、即ち、右届出を受理されないことによる事業者の不利益と行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量し、行政指導に対する事業者の不協力が社会通念上正義の観念に反するような特段の事情が存しない限り、設置届の受理を拒否することは違法であると解される。

四本件処分の違法性

右に検討した基準を前提に、本件処分の違法性の有無について検討する。

1  前記第二の四の2の本件処分のなされた経緯に鑑みると、本件では、原告が平成元年七月二六日に適式な設置届を提出したことをもって、原告がこれ以上行政指導には従えないとの明確な意思を示したものと認められる。

2 そこで、前記特段の事情の存否について検討する。

(一)  原告は、前記第二の一及び四の2のとおり、昭和五一年ころに本件産業廃棄物処理施設の設置を計画し、昭和五四年六月一八日に右設置に関する行政指導を求めてから、昭和五五年から昭和六〇年にかけて中断はあったものの、長期間にわたり被告から旧要領及び新要綱に基づく行政指導を受け、原告もこれに協力して次第に指導事項を充足していき、昭和六四年一月六日ころ提出した設置届関係書類の返戻を受けた平成元年六月一九日ころには、指導事項の定める第二の一及び四1の(二)の行政指導事項のうち、新要綱14条3項、別表第1番号6の13の(2)の定める「最終処分場の敷地から五〇〇メートル以内の区域に居住する者の三分の二以上」の同意が得られていないこと(本件の場合、この要件に該当する者は二名であり、そのうち一人の同意が得られていなかった。)以外は、全ての指導事項が充足されていたのであり、行政指導の目的とする公益上の必要性はほぼ充たされていたということができる。そして、前記第二の四2の(五)のとおり、当時右住民は本件産業廃棄物処理施設の設置に対する同意を拒否した(<証拠>によると、本件処分の直前である平成元年九月八日には、栃木保健所の職員も右住民の設置反対の意思を確認したことが認められる。)のであるから、原告が被告の行政指導に従おうとしても、この要件を充足することは困難であり、行政指導事項が全て充たされなければ本件産業廃棄物処理施設の設置届を受理されないとすると、原告としては、住民一人の意思が変わらないかぎり、永久に設置届を受理されないことになって、その被る不利益は極めて大きい。

以上を総合すると、原告がもはやこれ以上行政指導に従うことはできないとして、本件設置届書を提出したことに不当とすべき点があるとはいえない。

(二) 被告は、(1)付近住民の同意を得ないまま設置を強行しようとすると、地元の反対の動きに拍車をかけ、深刻な対立と紛争をもたらし、施設の設置が事実上不可能となるおそれが極めて大きく、また、(2)多くの事業者が行政指導の必要性を理解して指導事項を充足させる努力を傾けている中において、原告のみに事前協議を経ないままの設置届を認めると、県民及び事業者につき県の行政指導に対する信頼を喪失させ、事前協議制度を瓦解させて、処理施設設置の促進等を図る廃棄物処理行政に重大な支障をもたらすなどとし、付近住民の同意の取得は公益上の必要性が高いと主張する。

確かに(1)については、事業者と地元住民との紛争を未然に防止するため、行政指導により事業者に付近住民の同意を取得するよう努力させることが望ましいといえるが、住民の同意を設置の条件とするとの法律の定めがない以上、事業者と住民との間に紛争があったとしても、それは両者の間において解決されるべきことである。のみならず、本件では、予定地から三〇〇メートル以内の住民一人が当該施設の設置に明確に反対してはいるが、それ以上に訴訟の提起など紛争が具体化しているわけではないのであって、被告の主張する紛争の可能性は抽象的なものにすぎず、これをもって都道府県知事が産業廃棄物処理施設の設置届の受理を拒否する理由とはなりえない。

また(2)については、前記第二の四の2の本件処分のなされた経緯等に鑑みると、本件設置届を受理することが、被告主張のような行政指導に対する重大な支障となるとは到底いえないから、右の主張も失当である。

(三)  したがって、原告が本件設置届書を提出したことには、社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在するとは認められない。

3 以上の次第であるから、右設置届出書を返戻した本件処分は、違法との評価を免れない。

五以上のとおり、本件処分は違法であり取り消されるべきであって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官村田達生 裁判官草深重明 裁判官三角比呂)

別紙<省略>

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