宇都宮地方裁判所 平成2年(行ウ)2号 判決 1992年12月24日
栃木県矢板市乙畑一六四三番地
原告
株式会社ヤナセストアー
右代表者代表取締役
簗瀬豊
右訴訟代理人弁護士
福田哲夫
栃木県塩谷郡氏家町大字氏家二四三一番地一
被告
氏家税務署長 大塩登
被告指定代理人
武田みどり
同
寺島進一
同
谷古宇弘次
同
多田賢一
同
川利夫
同
国井昭男
同
大月泉
同
野崎宏
主文
1 被告が、平成元年四月六日、原告からの酒税法九条一項に基づく酒類販売業免許申請(昭和六三年一月六日付)に対して、これを拒否した処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和六三年一月一六日、被告に対し、酒税法九条一項に基づいて、以下のような酒類販売業の新規免許申請(以下「本件免許申請」という。)を行った。
販売場の所在地 栃木県塩谷郡塩谷町大字船生字十王堂前三六八九番地、同三五九〇番地
販売場の名称 ヤナセストアー船生店
販売酒類の名称 全酒類
販売の方法 小売業
2 被告は、平成元年四月六日、本件免許申請に対して、酒税法一〇条一〇号及び一一号の規定に該当することを理由として同免許の拒否処分(以下「本件処分」という。)をした。
3 しかしながら、酒税法九条、一〇条に規定された酒類販売業免許制度は、次のとおり、憲法二二条一項において保障されている職業選択の自由に違反する無効な規定であるから、これに基づいてなされた本件処分は取り消されるべきものである。
(一) 国家財政における滞納の予防のための規制は、いわゆる積極目的の規制とは異なる問題であり、酒類販売業免許制度のような営業の許可制度は、職業の選択・開業そのものを直接規制・制限するものであるから、合憲と認められるためには、強い合理的根拠が存在しなければならず、<1>規制の目的自体が公共の利益に適合する正当性を有すること(目的の正当性)、<2>その規制手段を取ることが規制目的を達成するために最低限必要であること(必要性)、<3>規制によって失われる利益と得られる利益との間に均衡が成立すること(比較考量)のいずれの基準をも充足していることが必要である。
(二) 酒類販売業免許制度制定の経緯
(1) 酒類販売業免許制度が導入された昭和一三年当時は、戦時経済統制法制が本格的に展開され、殆どの小売業に対する許可制が採用されるという特異な状況下にあった。
(2) 酒税は、昭和一三年以前は造石税(製造された酒類に対して課税する制度)であったが、同年に制定された支那事変特別税法により、酒類について、造石税と別に、物品税の第三種物品として石当たり五円の物品税を庫出課税(製品として出荷される物品に課税する制度)の方式で課税されることとなった。酒造業界は、これに強く反対したため、当時の政府が、この反対を抑える目的で、以前から酒税業界から要望の強かった酒類販売業免許制を導入することとした。
(三) 規制目的における正当性の欠如
国民の職業選択の自由、営業の自由は、世界の市民社会を支配する普遍的な原理であり、これを「酒税の確保」といった租税徴収の目的で制限することは、まさに近代憲法の確立によって打破された前近代的、封建的な職業に対する拘束を復活させるものであり、許されない。
酒税が国税収入総額に占める割合は、昭和九年から同一一年までは一七・六パーセントであったが、消費税導入後の平成元年度の決算においては三パーセント台にまで低下しており、税率についても、消費税導入後は消費税を含めて二七・五六パーセントであり、揮発油税の小売価格に占める税負担率三八・四〇パーセントと比較して高率とは言えない。このように酒税の国税に占める割合及びその重要性は著しく低下してきており、「酒税の保全」を図るべき必要性は著しく減少している。
(四) 規制手段が必要最低限ではないこと
酒税の納付義務者は、酒類の製造者又は酒類を保税地域から引き取る者であって、酒類の販売業者ではないから、酒税保全の目的を達するためには酒類製造者又は酒類引取者を免許制度の下に置くことで充分である。
加えて、酒税法は、酒税徴収を確保するために、酒類販売業者に対して、申告書提出義務等の多くの義務を課して課税対象及び税額を確実に把握できるようにしていること、酒税の納期限は極めて短期間であり、酒類製造業者の資産・信用等の変化に影響を受けないように配慮されていること、国税庁長官、国税局長又は税務署長が、酒税保全のために必要があると認めるときは、酒類製造業者に対して担保の提供等や酒類の保全を命じること等酒税徴収を安定して行うために万全の方策を講じている。さらに、「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」も、酒税の保全を目的の一つとして制定されているのであるから、これらに加えて酒税の滞納防止・業界の秩序維持のために酒類販売業者まで免許制度の下に置く必要性がないことは明白である。
また、酒税の主な納付義務者である酒類製造業者は企業人として自己の製造した酒類を販売する相手方の資力・信用については当然に注意を払って取引しており、それ以上に政府が後見的に酒類販売業者を保護しなければ酒税収入の安定を害するという事情は認められず、特にビールとウイスキーの酒類製造業者については、大手企業による納税額が全体の九〇パーセント以上を占めていることから、酒造業界については確実な納税が期待できる状況にある。
(五) 比較考量
現行制度は、酒類製造業者から酒税徴収を確保するために万全の処置を講じている上に、酒類販売業者に対しても、酒類製造業者に課されているのと同様の義務が課されているから、さらに酒類販売業者を免許制度の下に規制したとしても、これによる利益は極めて僅少なものにすぎない。
これに対して、免許制度の下で不許可処分を受けた申請者は、希望する酒類販売業の開業自体を完全に封じられ、その職業選択の自由は全面的に剥奪されるから、その不利益の程度は著しく重大である。
酒税法は、一〇条で免許の拒否事由を定めているが、同条一〇号、一一号については抽象的な要件であるため、免許の付与に当たって税務署長の裁量の入り込む余地が極めて大きくなっており、既存業者の既得権保護のために恣意的に運用されている実態がある。
これまで、臨時行政調査会や公正取引委員会等は、酒税法の定める酒類販売業免許制度について、需給調整上の要件の緩和や免許付与手続の明確化・合理化を始めとして、免許制度の廃止も含めて何度も制度の検討を提言してきた。
4 仮に、酒類販売業免許制度が合憲であるとしても、本件免許申請は酒税法一〇条一〇号、一一号の規定に該当しないから、本件処分は違法である。
二 請求原因に対する認否・反論
1 請求原因1、2の各事実は認める。
2 請求原因3は争う。
(一) 職業選択の自由の制約の憲法適合性に関する司法審査の基準
酒類販売業免許制の基本目的は、酒類販売業者の経営の安定、酒類の需要の均衡維持を通じて「酒税の保全」を図ることにある。
国は、国民生活の安定確保、社会・経済の発展を図るべき重大な責務を果たすため、また、その前提として国の存立の維持及び統治機構の運営のために膨大な経費を調達する必要があり、その経費は租税によって賄われるのであるから、租税収入の重要な一部をなす酒税の保全を図ることは、公共の福祉のための国の財政政策に係るものであって、いわゆる積極目的の規制に属するというべきである。
したがって、酒類販売業免許制度の合憲性の審査基準としては、「明白性の原則」が適用されるべきであり、酒類販売業免許制度は、以下のとおり、その規制目的において合理性が認められ、規制の手段・態様においてもそれが著しく不合理であることは明白でないから、合憲であることは明らかである。仮に、酒類販売業免許制度が原告主張のように積極目的の規制でないとしても、他のよりゆるやかな規制手段では同じ目的を達成することが困難であるから、合憲性は明らかである。
(二) 酒類販売業免許制度の導入について
昭和一三年当時、酒類販売業者の相次ぐ倒産によって酒類醸造業者が激減したために酒税確保に重大な支障をきたしたという社会的・経済的事情があり、その対策として制定された酒税法の立法趣旨及びその諸規定からすれば、酒類販売業免許制度が酒税の保全を基本目的として設けられたものであることは容易に理解できるところである。
(三) 規制目的の合理性
わが国において、酒税収入は、明治三〇年代から昭和の初期にかけて租税収入の首位を占めていたこともあり、昭和二六年以降も所得税、法人税に次いでほぼ三位を占め、昭和六三年度租税収入予算額においては、酒税収入は二兆〇、六六〇億円で四・六パーセントを占めている。また、酒税は、所得税、法人税とともにその収入額の三二パーセントが地方交付税交付金の財源に充てられており、地方財政にも大きく寄与している。
酒税は、税率について従量課税制度を採用しているが、例えば、昭和五九年八月現在での製造者販売価格に対する酒税額の割合をみると、清酒一級(一・八リットル)では五九・三パーセント、ビール(大瓶)で一七五・一パーセント等と非常に高い税率となっている。
このようにわが国の酒税は、古くから租税収入の中で重要な地位を占めているとともに、その税率も極めて高いことから、そのほ脱自体が国家財政に与える影響は極めて大きいものとなる。
(四) 規制手段における合理的関連性
酒税のほ脱を防止するためには、販売業者が酒類製造業者からの仕入量を正確に記帳している必要があり、酒類販売業免許制度は、酒類販売業者に対する記帳義務等の規制とともに、酒税のほ脱防止を徹底させる制度として有効に機能するものである。
酒税と他の税目との滞納状況を比較してみると、租税収入に対する滞納額の割合は、昭和六〇年度において、所得税は三・一パーセント、物品税は二・一パーセントであるのに対して、酒税は〇・〇六パーセントと他の税目に対して極く少なくなっている。酒税は、前記のとおり税率が高いにもかかわらず、このように効率的かつ安定的に徴税が確保できているのは、酒類販売業免許制度によるところが大きいといえる。
酒類製造業者のうち、大手企業による納税が酒税収入の大半を占めているとしても、売上高の約五〇パーセントが酒税、物品税であることからすると、販売代金が円滑に回収できなければ容易に納税できるとは考えられず、将来にわたって企業が存続していかねばならないことを考えると、酒類販売業免許制度を否定する根拠とはなり得ない。
(五) 比較考量
酒類販売業免許制度は、致酔飲料である酒類の秩序ある供給を図るために、同制度を通じた販売の規制によって、粗悪品の流通を未然に防止し、販売秩序を維持することによって、飲酒による事故、アルコール依存症、未成年者の飲酒等の社会問題を防止することに寄与し、社会的管理上重要な役割を担っている。
酒類販売業免許について、酒税法一〇条は、免許を与えないことができる場合の消極的要件を制限列挙しており、その要件の中には税務署長の認定判断によるもの(同条九号ないし一一号)があるが、公平で統一された執行を適正に行うために、昭和五三年六月一七日付間酒一-二五国税庁長官通達(以下「基本通達」という。)及び昭和三八年一月一四日付間酒二-二国税長官通達「酒類の販売業免許等の取扱いについて」通達の別冊「酒類販売業免許等取扱要領」(以下「免許取扱要領」という。)を定め、具体的かつ詳細に免許事務の取扱いについて規定し、恣意的な判断を排除しているから、原告が主張するような既存業者の既得権保護のための運用等はあり得ない。
4 請求原因4は争う。
三 抗弁及び被告の主張
1 違法性の判断時期について
行政庁が許認可等の申請に対してする拒否の判断は、申請者の適格要件等に関して必要な事実の調査を終え、その全容が明らかになった時点を基準とすべきであるから、取消訴訟において拒否処分の適法性を判断する際も、処分の時を基準にすべきである。
2 酒税法一〇条一〇号該当性について
(一) 酒税法一〇条一〇号は、酒類販売業免許の拒否事由として「申請者の事業経営の基礎が薄弱であること」を挙げており、その意義について、基本通達は、一〇条の5において「事業経営のために必要な資金の欠乏、経済的信用の薄弱、製品または販売設備の不十分、経営能力の貧困等、経営の物的、人的、資金的要素に相当の欠陥があって、事業の経営が確実とは認められない場合をいう。」と定め、免許取扱要領は、第三1(1)イにおいて申請者の経歴、経営・販売能力及び所要資金について具体的に規定している。
(二) 原告は、第一六期事業年度(昭和六〇年三月一日から同六一年二月二八日まで)には三一万三、九六七円の、第一七期事業年度(昭和六一年三月一日から同六二年二月二八日まで)には九一万五、六〇五円の各利益金をそれぞれ計上し、第一七期事業年度における次期繰越利益は九九八万九、一六九円となっていた。ところが、第一八期事業年度(昭和六二年三月一日から同六三年二月二九日まで)に四、八三一万九、六〇一円もの損失金を発生させ、三、八三三万〇、四三二円の繰越損失を抱えるとともに、一三八三万〇、四三二円の債務超過の状態に陥った。
(三) 第一八期事業年度の損失金が生じた原因について、被告からの昭和六三年一一月二八日付の照会に対して、原告は、同年一二月三日付の回答書において、<1>原告の玉生、船生両店の近くに競合店「いまいずみ」が新規出店したため、売上競争による粗利益の低下及び売上減少を生じ、その穴埋めのたあに新規開店した泉店についても、固定客獲得のために粗利益を下げて営業したため、粗利益低下に拍車をかけたこと、<2>被告は、精肉、鮮魚等生鮮食料品の加工業務を各店舗に担当者を置いて行っていたところ、これを整理合理化し、人件費及び設備投資の節減を図るため集中加工センターを新設したが、各店舗の生鮮担当者を予定通りに削減できず、かえって加工センターで採用した人員が増加する結果となったため、人件費の増大を招いたことの二点を挙げた。
(四) 右の損失金の発生原因については、他店との競合が続く限り今後も原告の粗利益率の低迷が続くことは確実であり、集中加工センターの設立に伴う人件費等の固定費は長期的に原告の経営を圧迫する原因となることが容易に推測できる。また、原告の従来の経営実績は、第一六期及び第一七期事業年度に見られるように年間一〇〇万円にも満たない利益しか計上できなかったのであるから、今後早期に赤字体質が改善できるとは判断できない状況であった。被告は、原告の将来的な経営状況の計数的な検討として、原告の過去五年間(第一四期ないし第一八期事業年度)の決算書を基に、今後三年間(第一九期ないし第二一期事業年度)の営業利益を試算してみたところ、いずれの期についても一、〇〇〇万円以上の欠損となる見込みであった。
(五) 原告は、第一九期事業年後(昭和六三年三月一日から平成元年二月二八日まで)において、約五五〇万円の営業利益を計上しているが、同年度においては、第一八期まで計上していた片岡店新築の減価償却費を計上せず、繰延資産として計上している前田酒販に対するノウハウ料の支払を償却しなかったり、役員報酬額を第一八期より減額するなどの会計上の操作をすることによって利益を計上したにすぎず、第二〇期事業年度(平成元年三月一日から平成二年二月二八日まで)においても、第一九期と同様に本来行うべき減価償却を行わず、減額された役員報酬を据え置くことによって約四〇〇万円の経常利益を計上しているにすぎない。これらの期においても、第一八期までと同じ経理方法を取っていれば、いずれも営業利益は一、〇〇〇万円前後の欠損となり、前記の被告が行った試算を裏付ける結果となっている。
売上についてみても、その増加が必ずしも原告の収益の増加につながっていない。即ち、原告の泉店は第二〇期から第二一期事業年度(平成二年三月一日から平成三年二月二八日まで)にかけて二億円以上の売上高の伸びがあったにもかかわらず、原告の全店舗の売上総利益は三億四、一二八万円余から四億三、一九一万円余と二六パーセントの伸びにとどまり、純売上高に対する売上総利益の割合は二三・二パーセントから二一・七パーセントに低下している。したがって、原告が確実な収益力を有する健全な会社であるとは到底認められない。
(六) 原告は、本件免許申請時から本件免許拒否処分時まで、数度にわたり矢板市及び塩谷町に納付すべき固定資産税について滞納を繰り返し、また、源泉所得税についても滞納に至らないまでも数度の納付遅延を繰り返していた。
このような滞納等の事実は、原告の経済的信用が薄弱であることを示すだけでなく、原告代表者の遵法精神の欠如も示すものであり、しかも、原告は、本件免許申請に際して、添付書類の誓約書において「当社は、既往一ケ年間に国税を滞納したことはなく、現在も国税及び地方税の滞納はありません。」と虚偽の誓約を行った。
3 酒税法一〇条一一号該当性について
(一) 本件免許申請の販売場が属する小売販売地域(以下「本件販売地域」という。)には、既存の酒類小売販売場三場が存在するが、同地域の合計酒類販売数量は、昭和六一年九三・九三〇キロリットル、同六二年九八・七九八キロリットル、同六三年九三・三五三キロリットルとほぼ横ばいに推移しており、また、同地域を含む旧船生村地区全体の世帯数も同六一年一月一日現在一、二二二世帯、同六二年一月一日現在一、二二三世帯、同六三年一月一日現在一、二二五世帯と横ばいに推移していることから、今後同地域における酒類の需要の増加が見込める状況になかった。
(二) 本件販売地域の昭和六三年における既存販売場一場当たりの平均販売数量は約三一キロリットルであり、その既存販売業者三者は、いずれも個人営業者であって、平均所得(事業所得)も一六〇万円程度と極めて零細なものであった。
(三) このように小規模な既存酒類販売業者のみが存在する地域に、原告のような年間酒類販売数量四五・七八〇キロリットルという既存業者の平均酒類販売数量の約一・五倍に相当する数量の販売をもくろむ者に対して新たに免許を付与した場合、既存酒類販売業者の経営努力を考慮しても、本件販売地域の酒類の需給の均衡を破り、原告及び既存酒類販売業者の存立を危うくするおそれがあるというべきである。
4 原告の泉店に対する酒類販売業免許の付与と本件処分との相違について
(一) 原告が本件免許申請と同時に行った泉店についての酒類販売業免許申請に対して、被告は昭和六三年七月五日付で免許を付与したが、その理由は以下のとおりである。
(1) 原告には酒税法一〇条一号ないし八号に定める身分的な欠格事由は認められず、泉店が同条九号に掲げる取締上不適当な場所には該当しない。
(2) 同条一〇号に掲げる事業経営の基礎が薄弱であるかについては、泉店についての調査時点では第一六期及び第一七期の各決算報告書によれば、両期とも利益金を計上しており、同号の事由には該当しないと判断された。また、原告の滞納状況についても、免許申請書添付の誓約書により、滞納はないものと判断した。
(3) 同条一一号に掲げる酒類の需給均衡の維持の点については、免許取扱要領に定める形式基準のうち小売基準数量を上回っており、実質的な要件についても、新たに免許を与えても酒類の需給の均衡を破り酒税の確保に支障をきたすおそれがるとは認められず、泉店の付近が住宅地であることから消費者の利便を考慮すべきであると判断し、同号に該当しないとの結論に達した。
(二) 酒類販売業免許については、同一申請者が、同時に二件の免許を申請したとしても、各申請について酒税法等に規定する免許要件を個別に検討し、右要件が存すると判断した場合に免許を付与すべきであるから、申請販売場の異なる複数の免許申請に対して、同時に同一の処分をする必然性はない。
船生店の場合には、競合関係になる「いまいずみ」が昭和六二年九月出店し、その営業に影響があると考えられたことから、調査を継続したところ、前記2(二)、(三)及び(六)記載の事実等が判明し、同条一〇号、一一号に該当するものと判断した。
処分の時期が相違したことについては、泉店と船生店において場所的状況や調査の必要事項、調査の進行によって差異が生じることには合理的な理由があり、同時に処理できなかったことには何ら問題はないというべきである。
処分結果が異なったことについては、泉店に対する調査において、同条一〇号該当性に関しては、前記のとおり、原告の第一七期までの決算書及び滞納の有無についての誓約書のみで問題ないとして調査を終え、同条一一号該当性については、酒類の需給調整の面で、免許取扱要領に定める小売基準数量を上回っており、また、泉店の周辺が住宅地であることから消費者の利便を考慮すべきであると判断したのである。したがって、泉店と本件では免許要件の判断の基礎となる事実関係が異なり、処分結果が異なったことにも合理的理由が認められる。
四 抗弁に対する認否及び原告の主張
1 抗弁1の主張(違法性の判断時期)は争う。
(一) 酒類販売業免許は、一定の要件を備える者であれば、免許を拒否できない性質のものであることから、免許取扱要領は、申請者を長期間不安定な地位におくことを避けるために、免許申請に対しては、税務署長限りで処理するものは受理後最大限二か月、国税局長に上申を必要とするものは税務署において受理後最大限二か月、国税局において上申を受け付けた後最大限二か月内に処理すべきものとされている。
(二) 本件免許申請に対して、被告は、申請の日から一年三か月近く経過した平成元年四月六日付で本件拒否処分を行ったが、これが本件免許申請に対する判断を不当に遅延させたものであることは明らかであり、少なくとも原告が本件免許申請と同時に行った泉店についての酒類販売業免許申請に対して免許が付与された昭和六三年七月五日には、本件免許申請に対しても判断が可能であったのであるから、その拒否処分の違法性の判断も右の時期を基準として行われるべきである。
(三) ことに、本件免許申請に関しては、原告に対する調査の過程において、調査を担当した氏家税務署間税統括官加藤明が、「免許を二か所一緒に下ろす訳には、地元の絡みがあるからできない。下ろすなら、どっちが先がいいか。」と尋ね、原告代表者が、需給調整上の要件の面から不利である泉店について先に免許を下ろしてくれるよう加藤らに依頼すると、後に免許を下ろすことになった船生店についても「一緒じゃまずいけれども、松の明けないうちに下ろしますよ。」と述べて、本件免許申請に対して免許が下りることを原告に信用させ、処分の猶予を引き出しているのであるから、その不当性は明らかである。
2 抗弁2について
(一) 抗弁2(一)の基本通達及び免許取扱要領の定めがあることは認めるが、その適法性は争う。
(二) 同2(二)の事実は認める。
(三) 同2(三)記載のとおりの回答書を原告が提出したことは認める。
しかし、右回答書には<1>競合店「いまいずみ」が出店したのは玉生店の近くであり、船生店の近くに出店した事実はないこと、<2>粗利益を下げて営業したのは中田原店であり、泉店ではないことの二点の誤りがあった。
(四) 同2(四)の主張は争う。
第一八期の欠損は一時的な要因に基づくものであり、原告は確実な収益力を有する健全な会社である。
(五) 同2(五)の事実のうち、第一九期には約五五〇万円、第二〇期には約四〇〇万円の経常利益を出していることは認める。
第一九期には、片岡店の旧店舗を取壊し店舗新築を行ったために約一、三〇〇万円の特別損失(固定資産除去損)を出し、第二〇期にも「いまいずみ」と競合していた玉生店を平成元年一月三〇日に閉鎖した関係で約三七〇万円の特別損失(固定資産売却損)を出しているから、この点を考慮すれば、原告の収益力が回復し、売上が順調に増加していることは明らかである。
(六) 同2(六)の事実のうち、原告の固定資産税等の納付が納付期限より若干遅れたことがあること、同項記載の内容の誓約書を本件免許申請書に添付したことは認める。
しかし、原告は確実に税金を納付しており、源泉所得税について納付時期が遅れたのは原告の経理事務員のミスで納付書を紛失してしまったためである。
3 抗弁3について
(一) 抗弁3(一)、(二)の事実のうち、本件販売地域に酒類小売販売場が三場存在することは否認し、その余は知らない。
なお、免許取扱要領によれば、本件販売地域は「D地域」に該当し、その小売基準量は年間六キロリットルとされているところ、同項記載のとおり、本件販売場の合計酒類販売数量が昭和六三年で九三・三五二キロリットルであれば、これを原告を加えた販売場数四場で割っても、一場当たり二三・三三八キロリットルとなり、右免許取扱要領の基準の四倍近い消費量が見込まれることとなる。
また、免許取扱要領によれば、「D地域」の基準世帯数は一〇〇世帯であり、本件販売地域の世帯数が四八九世帯であるとすれば、原告を加えた小売販売場四場に対して、一場当たりの世帯数は一二二・二五であり、免許取扱要領が需給調整上の要件として定める基準世帯の基準を十分充たしている。
(二) 同3(三)の主張は争う。
本件免許申請については、需給調整上の要件について免許取扱要領の定める形式的基準を充たしていたから、免許の付与によって需給の均衡を著しく破る具体的な危険性があるような場合でない限り、免許を拒否することは裁量権の濫用にあたるものというべきである。
4 抗弁4について
(一) 抗弁4(一)の事実は認める。
(二) 同4(二)の事実は否認する。
「いまいずみ」が競合関係になるのは、原告の玉生店であり、本件免許申請した船生店とは全く関係がなく、原告の店舗の売上に対する影響を考慮するのであれば、船生店と泉店で区別する理由がないことからすれば、「いまいずみ」出店を理由に本件免許申請についてのみ調査継続とするのは不自然である。
また、「いまいずみ」出店による第一八期の船生店の売上の変化や船生と玉生との地域的な差異、船生地域の住民の意識・消費行動等について何らの調査もなされていないから、真実「いまいずみ」出店の影響を継続調査の対象としたのかは疑わしいといわざるを得ない。
したがって、「いまいずみ」出店の影響を見届けるために調査を継続したとはあり得ないことである。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中、書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。
二 本件処分の違法性の判断時期について
1 原告は、本件処分の違法性の判断時期について、本件免許申請と同時になした原告の泉店に対する酒類販売業免許が付与された昭和六三年七月五日の時点とすべきであると主張する。しかし、取消訴訟は、行政処分が違法であることを確認してその効力を失わせるものであるから、処分が申請のときから不当に長くかかった等の特段の事情がない限り、処分のときを基準として判断すべきである。
2(一) 原告が、本件免許申請と同じ日に原告の泉店についても酒類販売業免許の申請を行い、泉店については昭和六三年七月五日に右免許が付与されたことは当事者間に争いがない。
(二) いずれも成立に争いがない乙第三号証ないし同第六号証、同第一〇号証の一、二及び同第一一号証の一、二、証人小林二三男及び同梅澤邦夫の各証言並びに原告代表者本人尋問の結果(但し、後記採用しない部分を除く。)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件免許申請及び泉店についての酒類販売業免許申請に対しては、申請書等に基づく調査に加えて、昭和六三年三月二五日、同年四月一四日及び同年六月二七日の三回にわたって、氏家税務署間税統括官加藤明と関東信越国税局の小林二三男とが原告事務所を訪れ面接調査が行われた。一回目の調査では、原告代表者から原告の経営方針を聴取し、二回目の調査では、原告代表者の外に有限会社前田酒販の代表者前田知男らが立ち会い、本件免許申請と一緒に提出されていた決算書の内容を会計帳簿等によって確認したり、既に酒類販売業免許が付与されている片岡店の販売実績に基づいて、船生店等の事業目論見書の検討が行われた。その際、各店舗毎の売上額では、船生店が泉店を上回っていたにもかかわらず、酒類の販売見込みについては、泉店が船生店よりも多く見込まれていたことから、右小林が原告代表者に対していずれの店舗に経営の重点を置いているのかを質問したところ、立ち会っていた前田知男が「二店一緒の免許では無理か。二店のうちどちらの処理が難しいか。」等と逆に問い質した。これに対して小林は、いずれの店舗についても一長一短あること、免許の可否については税務署長の権限であり、調査官には答えられない旨回答した。
(2) 小林は、昭和六三年七月、本庄税務署に異動したが、船生店については、さらに<1>本件販売地域は村単位の人口が過疎の場合に当たり、船生店での酒類の販売を認めた場合には、既存業者の販売状況に重大な影響を与えると考えられたこと、<2>本件販売地域と同一町村内に「いまいずみ」という競合店が開店したことから、その船生店の売上に対する影響を検討する必要があったこと、以上の二点を引継事項として、後任者である梅澤邦夫に本件申請に対する処理を引き継いだ。
(3) 梅澤は、各引継事項について、既存業者の販売数量や本件販売地域の世帯数の状況を最近の統計に基づいて調査するとともに、現地に赴いて船生店の営業状況について調査した。同時に、原告が昭和六三年四月末ころに提出した第一八期の決算書について検討したところ、当該営業年度に突然原告が五、〇〇〇万円近くもの欠損を発生させていることが判明した。そこで、梅澤は、原告に右欠損の生じた原因について照会し、その回答を基に原告の営業利益の推移を今後三年間について試算するなどして、原告の経営状況に関する調査を行った。
右各調査結果を踏まえて、平成元年四月六日、本件免許申請について、酒税法一〇条一〇号、一一号の該当事由があるとして、これを拒否する処分がなされた。
(4) 以上の事実が認められ、原告代表者は、本人尋問において、小林が昭和六三年四月一四日の調査の際に本件免許申請についても平成元年の松の内に免許を付与すると約束した旨の供述をするが、右供述には原告代表者自身の判断が含まれるなど曖昧な点もあり、前記(1)認定の事実に照らして採用することができない。
(三) 右認定の事実によれば、本件免許申請については、船生店の近くに競合店が新たに出店されたなどの泉店とは異なる固有の問題があり、泉店に対する酒類販売免許申請と同時に処理されなかった事実のみから、本件免許申請に対する処理が不当に延ばされたということはできず、その後も前記(二)(3)認定のとおり、調査が継続されていたのであり、本件全証拠をもってしても、本件処分が申請時から不当に長くかかったことを認めることはできない。
したがって、本件処分の違法性を泉店に対して酒類販売免許が付与された昭和六三年七月五日の時点で判断すべきであるとの原告の主張は採用できない。
三 本件処分における酒税法一〇条一〇号の免許拒否事由の有無
1 抗弁2(二)の事実、同2(三)の事実のうち、被告からの第一八期の欠損の原因についての照会に対し、原告が同項記載の内容の回答書を提出したこと及び同2(五)の事実のうち、原告が第一九期に約五五〇万円、第二〇期に約四〇〇万円の経常利益をそれぞれ計上したことは当事者間に争いがない。
2 右争いのない事実、前掲乙第三号証ないし同第六号証、いずれも成立に争いがない甲第一号証の一二ないし一六、一九、証人梅澤邦夫の証言、原告代表者本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和六二年一一月二六日、食料品・雑貨等の販売を目的として、有限会社簗瀬屋商店が組織を変更して設立された株式会社である。原告代表者は、昭和五二年六月に右有限会社の取締役に就任し、同五七年一月に代表取締役に就任したのであるが、それ以前の同四三年四月から右有限会社の前身である簗瀬商店(自営)において小売業に従事していた。
(二) 原告の店舗は、昭和六〇年までは、片岡店、玉生店及び船生店の三店舗であったが、同六一年に中田原店、同六二年に泉店を次々に出店し、純売上高も第一七期には一二億五、〇〇〇万円を超えるまでになっていた。
(三) 原告は、第一八期に約四、八〇〇万円の欠損を生じさせた理由について、抗弁2(三)のとおり被告に回答したが、原告の第一六期及び第一七期の売上総利益の純売上高に対する割合(以下「売上総利益率」という。)はそれぞれ二一・九パーセント、二二・一パーセントであったのに対して、第一八期の売上総利益率は二〇・八八パーセントまで低下した。また、人件費についても、決算報告書において給料手当、雑給及び賞与として計上されている額の合計は、第一六期及び第一七期がそれぞれ八、〇三八万五、七〇四円、一億〇、四一四万四、三七七円であったのに対して、第一八期には一億四、四五四万二、八六五円にまで増大した。
ただ、原告は、玉生店が、競合店「いまいずみ」の近隣に位置し、その出店の影響が最も大きい店舗でありながら、店舗面積も狭く駐車場も完備していないことから競争力がないものと判断し、平成元年一月三〇日に閉店した。
(四) 梅澤は、原告の回答書を見て、欠損の主な原因が競合店との売上競争や人件費の増大という固定費に係わる問題であること、原告の第一六期及び第一七期の営業利益はいずれも一〇〇万円にも満たないことから、早期に経営状態が改善されることはないと判断し、過去五年間(第一四期から第一八期まで)の原告の決算報告書を基に、今後三年間(第一九期、第二〇期、第二一期)の原告の営業利益を試算した。その方法は、過去の純売上高の対前年伸び率を算出して、その平均値を求め、これを第一八期の純売上高(一五億八、八五四万九、〇〇三円)に順次乗じて第一九期以降の純売上高を計算し、売上総利益については、過去五年間の売上総利益率の平均を求めて、右の方法により計算した純売上高に乗じて第一九期から第二一期までの売上総利益を求め、販売費及び一般管理費についても、売上総利益と同様、過去の販売費等の純売上高に対する割合の平均を求めた上で、それを第一九期以降の純売上高に乗じることによって算出し、このようにして得られた第一九期から第二一期までの売上総利益から一般管理費を控除して各期の営業利益を試算した。なお、第一八期には、泉店が途中開業していたことから、これに伴う増加分も折り込んだ上で各試算が行われた。この試算によれば、第一九期から第二一期いずれについても約一、〇〇〇万円以上の赤字になるという結果が得られた。
3 第一九期以降の原告の経営状況について検討すると、いずれも成立に争いがない甲第二三号証、乙第七号証、同第八号証及び同第一六号証、原告代表者本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告の第一九期の純売上高は一五億三、〇〇〇万円余りであり、第二〇期には一四億七、〇〇〇万円余りに減少したものの、第二一期には一九億九、〇〇〇万円弱にまで延ばした。原告の現在保有する四店舗いずれについても売上額の上昇が認められるが、特に泉店については第二〇期が一億八、〇〇〇万円余りであったのが、第二一期には四億円余りにまで売上を延ばした。
ただ、売上総利益率については、第二〇期が二三・一パーセントであったのに対し、第二一期には二一・七パーセントに減少しており、泉店に限ってみると、平成二年三月ころから酒類の安売りも始め、仕入れ額の売上額に対する割合が、第二〇期が約七八パーセントであったのに対して、第二一期は約八七・八パーセントとなった。
第一九期以降の営業利益は、決算報告書上はいずれの年度も一、〇〇〇万円前後の利益を計上しているが、各当期利益については、支払利息割引料が一、九〇〇万円以上にまで増大していることや片岡店の改築に伴う固定資産除却損等のために第一九期は約七四〇万円の欠損を出し、第二〇期及び第二一期についてはそれぞれ約二八万円、約一五〇万円の利益を計上するにとどまっている。
原告が、第一八期までは販売費等の中で、一、五〇〇万円前後を減価償却費として計上していたにもかかわらず、第一九期及び第二〇期についてはこれを全く計上しておらず、役員報酬についても第一八期までは一、六二〇万円とされていたものが、第一九期以降はこれを四八〇万円減額して一、一四〇万円とした。ただ、減価償却費については第二一期には二、三〇〇万円余を計上した。
(二) 原告は、第一九期に片岡店を改築し、さらに第二〇期に同店舗を増築しているが、貸借対照表によれば、右増改築によると見られる固定資産のうちの建物の金額が一億四、五〇〇万円余りあるいは約二億二、〇〇〇万円に増加しているのに対し、負債のうち、長期借入金は第一八期と比較して大幅な増加がないものの、短期借入金は第一八期が三、五〇〇万円であったのに対し、第一九期以降は一億円以上にまで増加している。
4 原告の税金の滞納状況についてみると、前掲乙第一〇号証の一、二及び同第一一号証の一、二、成立に争いがない乙第二〇号証ないし同第三三号証、原告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、塩谷町及び矢板町に対する固定資産税や軽自動車税をほぼ各期について二〇日ないし二か月にわたり滞納し、源泉所得税の納付も、別紙納付遅延状況一覧表のとおり、昭和六一年一二月分から平成元年一一月分にかけて、一日ないし七か月にわたって遅延していること、原告は、税金の納付は延滞税を払えば納期限までに納付する必要はないと考えていたこと、平成元年九月分の源泉所得税については、原告の事務員が納付書を紛失したため納付済であると誤解して七か月も納付が遅れたことの各事実が認められる。
5 ところで、酒類販売業免許制度は、酒類販売業者が酒税の担税者である消費者と酒税の納付者である酒類製造業者とを媒介する役割を負うことに着目し、酒類製造業者が販売代金として転嫁された酒税相当額を販売業者から回収できることを確実にするために、酒類の販売業者を免許制度の下に後見的に規制することによって、ひいては酒税収入の保全を図ることを目的とした制度と解される。そのために、酒税法一〇条は、免許付与を拒否できる場合として、免許申請者が過去に法律違反等遵法精神に欠けるところがあり、酒税のほ脱に加担する危険性が高いと認められる場合(同条一号ないし五号、七号、八号)や取締上不適当な場所に販売場を設けようとする場合(同条九号)を挙げている。
同条一〇号が免許拒否の事由として設けられた趣旨も、このような酒類販売業免許の目的に鑑みれば、「経営の基礎が薄弱」であるために事業の継続が困難となり、将来的に酒類製造業者が当該申請者からの販売代金の回収が不可能となることによって、酒税の納税に困難をきたす事態をあらかじめ防止するところにあるものと解される。基本通達が、「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」の意義について、「事業経営のために必要な資金の欠乏、経済的信用の薄弱、製品または販売設備の不十分、経営能力の貧困等、経営の物的、人的、資金的要素に相当な欠陥があって、事業の経営が確実とは認められない場合をいうものとする。」と定めているのも、同様の解釈に立っているとみることができる。
右の解釈からすれば、「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」は同号前段の「破産者で復権を得ていない場合」のように経営の維持が不可能な場合には限定されないが、単に負債が多いだけでは十分ではなく、右通達に見られるように、その負債が経営の物的、人的、資金的要素の「相当な欠陥」に由来し、経営の維持が将来的に困難となると認められることを要するというべきである。
6 そこで、前記1ないし4認定の事実に基づいて本件免許申請における酒税法一〇条一〇号該当性について検討する。
(一) 原告は、第一七期において、約一、〇〇〇万円の繰越金を計上していたのであるが、第一八期にその五倍に上る約四、八〇〇万円もの当期損失を出し、その原因は競合店との競争及び店舗の新規開店に伴う安売りによる売上総利益の低下と集中加工センター設置による人件費の増大であった。このうち競合店との競争及び人件費の増大は直ちに対策を講じない限り将来的に原告の事業経営の負担となる要素であり、現実に人件費については第二一期には第一八期からさらに約一、七〇〇万円増加し、一億六、〇〇〇万円余りとなっている。さらに、第一九期以降は、借入金の中で短期借入金の占める比重が増え、事業年度毎の支払利息額も上昇傾向にあるなど、第一八期に生じた欠損が原告の経営の上で負担となっていることが認められる。
(二) しかしながら、原告代表者は会社の形態を取る前から個人商店として長年にわたって小売業に携わり、原告の業績も徐々に拡大して、純売上高は第一七期において一二億五、〇〇〇万円余りに上り、同期における次期繰越利益は約一、〇〇〇万円となっていたこと、原告は、競合店「いまいずみ」が出店したことへの対策として、玉生店を閉店して売上総利益率の低下に歯止めを掛けることとしたことの各事実からすれば、原告は、基本的には堅実な経営を維持するに足る物的、人的、資金的要素を備えている会社で、第一八期に欠損を生じさせた原因は、原告代表者の経営者としての一時的な判断の誤りによるものであると認められる。未だ、右多額の欠損が原告の経営に影響を与え、ひいてはその経営の維持が困難となるような物的、人的、資金的要素に「相当な欠陥」をきたしているとは認められない。
本件処分後の事情ではあるが、第一八期に二〇パーセント台にまで低下した売上総利益率はその後二二パーセント近くまで回復したこと、会計処理の上では、当期利益が第一九期以降次第に上昇している外、多額の欠損を生じた翌年の第一九期とそれに続く第二〇期については、減価償却を計上できない状況であったものの、第二一期には当該年度分の減価償却費を計上できるようになっていること等は、原告の経営状態が回復しつつあることを窺わせるものということができる。
(三) なお、原告には前記4認定のとおり、繰り返し固定資産税、源泉所得税等の滞納、納付遅延があり、被告は原告の経済的信用の薄弱、原告代表者の遵法精神の欠如を示すものと主張する。
しかし、右滞納等の事実から直ちに原告の経済的信用の薄弱が明らかであるとはいえない。また、原告代表者の遵法精神の欠如の点についても、原告の経済的基盤の問題と直接結びつくものではなく、酒税法一〇条の要件該当性を考える上ではそれ程重視し得ないものというべきである。
(四) 以上によれば、原告については酒税法一〇条一〇号に定める「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」に当たらないと認められ、これに該当するとした被告の判断には事実誤認があり、裁量を逸脱した違法があったというべきである。
四 本件処分における酒税法一〇条一一号の免許拒否事由の有無
1 いずれも成立に争いがない甲第一号証の四ないし八及び同第二号証の四ないし八、証人梅澤邦夫の証言により真正に成立したものと認められる乙第三六号証及び同第三七号証、同証人の証言によれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 本件免許申請において、原告は、酒類の予定販売先を周辺の世帯で、船生店に食品等の購入に来店する顧客とし、全酒類の販売見込数量を四万五、七八〇リットルで、売上金額は三、二三六万〇、七一〇円と見込んでいたこと、右販売見込数量は、栃木県下の一人当たりの酒類消費数量及びその種類毎の内訳に、本件免許申請周辺の世帯数を三〇〇世帯、一世帯四人の割合とみて、そのうち五〇パーセントが酒類を消費するものと想定して算出した。泉店についての酒類販売業免許申請においても、右と同様に算出し、同店における全酒類の販売見込数量を六万一、〇四一・二リットルで、売上金額は四、三一四万九、五一〇円と見込んでいた。
(二) 本件販売地域の世帯数は昭和六一年一〇月一日現在で四八四世帯、同六二年一〇月一日現在で四八四世帯、同六三年一〇月一日現在で四八九世帯とほぼ横這いであり、本件販売地域内に既存の酒類販売業者(三業者)の販売数量の合計は昭和六一年度(一月から一二月まで、以下同じ。)が九万三、九三〇リットル、昭和六二年度が九万八、七九八リットル、昭和六三年度が九万三、三五三リットルとやはり横這いの状況であった。
(三) なお、免許取扱要領は、酒税法一〇条一一号の要件に基づいて酒類販売業免許の申請に対する取扱について、当該申請を認めたとしても免許取扱要領に定める小売基準数量あるいは基準世帯数を超える場合には免許を与えることとし、但し、その場合でも、既存の酒類販売業者の経営実態又は酒類の取引状況等からみて、新たに免許を与えるときは、酒類の需給の均衡を破り、ひいては酒税の確保に支障を来たすおそれがあると認められる場合には免許を与えないことと定めていた。本件販売地域は免許取扱要領によればD地域に当たり、小売基準数量は六キロリットル、基準世帯数は一〇〇世帯とされており、本件免許申請はいずれの要件も充たしていた。
2 酒税法が酒類販売業について免許制度を採用したのは、前記三5記載のとおり、酒税の確保が主たる目的であるから、同法一〇条一一号において、「酒類の需給の均衡を維持する必要があるため」「酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合」と定めているのは、当該免許を与えることによって、当該販売地域での酒類の需給の均衡が破れ、既存業者も含めて過当競争等が行われて倒産する販売業者が出てくることによって、酒類の製造業者が販売業者からの代金回収に支障が生じ、ひいては酒税の徴収に困難をきたす事態を未然に防止するためであると解すべきである。
したがって、同号に該当するとして酒類販売業免許の申請を拒否するためには、単に当該免許を与えることによって、当該販売地域での既存業者の販売する酒類の販売数量が減少するというだけでは足りず、その販売地域全体での酒類の消費状況、既存業者の経営実態や免許申請者の酒類販売見込み等から、既存業者も含めての過当競争が生じ得ると判断できることを要するというべきである。
3 本件免許申請についてみると、前記1認定のとおり、本件販売地域での世帯数及び酒類の販売数量は昭和六一年から同六三年までの三年間についていずれもほぼ横這いの状況にあり、本件免許申請を認めた場合に既存業者が取り扱う酒類の販売数量が減少することは十分予想できるところである。しかしながら、既存業者の経営の実態については、外見的に一般家屋において家族的に経営されている酒類中心の小売業者であることが調査されたのみで、当該家族全体での酒類販売による収入の占める割合や既存業者の顧客と原告の顧客とが重なり合う状況等については具体的に調査されていない。また、被告は、既存業者の平均の酒類販売数量に比べて原告の販売見込数量はその一・五倍にも上り、既存業者に与える影響は大きいと主張するが、証人梅澤邦夫の証言によれば、泉店の酒類の販売数量は免許取得後約半年で六、七キロリットル程度であることが認められ、泉店における販売見込数量年間六万リットルとは大きな開きがあることからすれば、本件免許申請時における販売見込数量をもって既存業者への影響を考えることには慎重であることを要するというべきであり、被告の右主張は採用できない。
以上によれば、本件免許申請を認めたとしても、本件販売地域において既存業者との間で過当競争が生じると認めるに足る事情はなく、酒税法一〇条一一号に該当するとした被告の判断には裁量を逸脱した違法があるというべきである。
五 よって、原告の本訴請求は、酒税法の定める酒類販売業免許制度について、合憲・違憲の判断をするまでもなく、理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村田達生 裁判官 草深重明 裁判官 森木田邦裕)
源泉所得税の納付遅延状況一覧表
<省略>