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宇都宮地方裁判所 平成9年(行ウ)22号 判決 1999年2月18日

原告

猪瀬一枝

黒﨑廣文

右両名訴訟代理人弁護士

岩本義夫

被告

河内町長 稲垣稔

右訴訟代理人弁護士

谷田容一

被告

稲垣稔

右訴訟代理人弁護士

船田〓平

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第三 当裁判所の判断

一  争点1について

1  地方自治法九六条一項八号及びそれを受けて制定された「議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例」(昭和三九年河内村条例第九号)三条は、普通地方公共団体である河内町が、一定額以上の財産の取得又は処分をする場合には、議会の議決に付さなければならないとしているが、これは、重要な財産の取得については、住民の代表である議会の決定に委ねることとし、当該財産を取得することが取得目的に照らして妥当であるか、取得に要する費用とこれによって得られる公共の利益とのバランスが取られているか、取得価格が適正であるか等を議会に判断させることとしたものである。

したがって、重要な財産の取得を議会の議決にかからしめることとした目的を全うするためには、議会に対して前記判断を可能とするだけの十分な情報が提供されなければならないことになる。もっとも、議会に対する情報提供は、議会に提出する議案によってのみなされるものではなく、審議のための資料や議員の質疑に対する答弁等を通じて多面的に行われるものである。

そこで、議会に提出する議案それ自体に、どの程度の記載が必要とされるかを検討するに、この点について、法律や条例には明文の定めがないが、前記趣旨からすれば、少なくとも、議会において有効な審議を可能とする程度に事案が特定されており、議会が前記判断のために必要な資料の提供を求めることができる程度の情報は記載されていなければならない。

2  被告町長が提出した本件用地取得の議案は、複数の土地の取得を一体として一つの議案とされており、前記一4記載のとおりに取得財産、取得面積、取得価格、用途、土地の所在及び取得の相手方が記載され、取得面積については総面積、取得価格については総額が記載され、土地の所在及び取得の相手方については代表として一筆ないし一名が記載され、他の筆数や人数が包括的に表示されるにとどまり、個別の記載はない。

ところで、本件のように同一目的で数筆の土地を取得する場合において、右土地が取得後の用途に照らして経済的に一体のものと評価されるときは、一筆ごとの取得を個別に審議するのではなく、一体として一つの議案として審議する方が、実体に即した審議が可能となるばかりでなく、議決要件との関係でも妥当な処理というべきである。

そして、その場合に、一筆ごとの面積、価格、地番及び所有者名を表示することなく、前記のような包括的な表示方法によっていたとしても、それらを取得することが取得目的に照らして妥当であるか、取得に要する費用とこれによって得られる公共の利益とのバランスが取れているか、土地全体の取得価格が適正であるか等の検討は十分可能であるし、個々の土地の価格の適正が問題となる場合には、各土地を特定する資料の提出を求めることは極めて容易にできるものである。

そうであれば、前記のような包括的な表示であっても、議会において有効な審議を可能ならしめる程度に事案は特定されており、議会が前記判断のために必要な資料の提供を求めることが可能となる程度の情報は記載されているということができる。

そして、議会がそれ以上の資料の提供を要求することなく、そのまま決議したとしても、それは議会がそれ以上の資料を不要と判断したことにほかならず、被告町長が提出した議案に瑕疵があるということにはならない。

3  以上によれば、本件用地取得の議案に何ら瑕疵はないというべきであり、議案の瑕疵を根拠として本件の各議決の無効をいう原告の主張は採用することができない。

よって、原告の主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないことは明らかである。

二  争点2について

1  〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。

(一)  河内町は、本件用地の取得価格を決めるに際し、対象地を同一状況地域ごとに五つに区分し、右各地域につき標準地を選定して、この評価格がいくらになるかの鑑定を不動産鑑定士長島繁及び専門業者である総研所属の不動産鑑定士花岡勲夫に依頼し、両者から平成七年一〇月一日時点の鑑定評価格(後記(二)記載のとおり)を得た。

河内町は、両者の鑑定評価格を基に、取引事例からの比準価格、収益還元価格及び地価公示・地価調査からの比準価格等と比較検討を加えた上で、基準とする標準地評価格を決定し、これに、総研が算出した各用地の標準地からの比準値(補正率)及び時間の経過に伴う価格変動率を乗じて各用地の取得価格(単価)を決定した。

(二)  不動産鑑定士長島繁は、前記鑑定において、各標準地の地域要因及び個別要因を勘案した上で、最有効使用の用途を次のとおり判定し、取引事例比較法による比準価格及び地価公示法等に基づく基準価格を総合的に比較検討して評価格を次のとおり決定した。

標準地<1>(現況宅地)

沿道店舗、住宅等有効利用の多様性が認められる宅地

一平方メートル当たり七万〇六〇〇円

標準地<2>(現況畑)

沿道店舗、住宅等有効利用の多様性が認められる宅地見込地

一平方メートル当たり四万八五〇〇円

標準地<3>(現況田)

沿道店舗、住宅等有効利用の多様性が認められる宅地見込地

一平方メートル当たり二万二四〇〇円

標準地<4>(現況宅地)

一般住宅向きの宅地

一平方メートル当たり二万四五〇〇円

標準地<5>(現況田)

一般住宅向きの宅地見込地

一平方メートル当たり一万五三〇〇円

また、総研所属の不動産鑑定士花岡勲夫は、各標準地の価格形成要因の個別的内容と地域的内容を分析した上で、最有効使用を次のとおり判定し、取引事例比較法を適用し、更に地価公示又は地価調査価格による比準を行い、評価格を次のとおり決定した。

標準地<1> 郊外路線商業地

一平方メートル当たり七万〇六〇〇円

標準地<2> 郊外路線商業向け宅地見込地

一平方メートル当たり四万八五〇〇円

標準地<3> 小規模開発向け宅地見込地

一平方メートル当たり二万三〇〇〇円

標準地<4> 住宅用地

一平方メートル当たり二万五七〇〇円

標準地<5> 住宅向け宅地見込地

一平方メートル当たり一万五五〇〇円

両者の鑑定評価格(一平方メートル当たりの単価)は、標準地<1>及び<2>は完全に同額であり、標準地<3>は六〇〇円、標準地<4>は九〇〇円、標準地<5>は二〇〇円の差にすぎず、ほとんど差異がない。

(三)  河内町が鑑定を依頼した両者とも、現況が宅地である標準地<1>及び標準地<4>以外の標準地について、農地としてではなく、宅地見込地と評価しており、その理由としては、本件用地の地域的特性に加え、本件売買が農地として使用することを目的とする取引ではなく、公共用地として転用を目的とする取引であることを挙げている。

2  原告らは、前記1(二)記載の鑑定結果が妥当性を欠くと主張するので、この点について以下検討する。

(一)  一般に、不動産の鑑定評価にあたっては、現在は宅地以外、例えば農地として使用収益されているけれども、何らかの方法により将来は宅地としての使用収益が可能であることを考慮しなければならない土地については、宅地見込地として評価しなければならないものとされている。

すなわち、現在直ちに宅地としての使用収益は見込まれなくとも、当該土地及びその近隣の状態を、(1)社会的観点、(2)経済的観点、(3)行政的観点からみて、次第に開発が進み、将来の発展により宅地になるであろうことが客観的に予測され、しかも、宅地としての使用収益が、その他の使用収益に比して最も合理的であると認められる土地は、宅地見込地として、現況に基づく評価とは異なる考慮が必要となる。

(二)  前記二通の鑑定書及び本訴において提出された補足説明書(〔証拠略〕)によれば、本件用地は、県道上阿久津―宇都宮線(白沢街道バイパス)の沿線及び背後に位置し、町立小学校も所在して住環境に優れ、白沢市街地と一体の高台地域を形成しており、台地下に広がる農用地区域とは一線を画しており、現在も、都市計画法三三条及び三四条の開発許可基準及び要件に該当するいわゆる分家住宅や地域住民の日常生活のため必要な物品販売等を営む店舗(郊外型沿道サービス関連の店舗)が立地し、今後も増加が予測され、同法二九条但書三号の県知事の許可が不要の開発行為に該当する医療施設(保健センター)や社会福祉施設(総合福祉センター)が町役場と良好な位置関係を持ちながら立地し、これらの施設が町役場との位置関係及び利便性等に着目して開発されたことに鑑みれば、今後も本件用地に各種基準に適合する公共施設の開発が起こる可能性があるというのであるから、本件用地を(1)社会的観点、(2)経済的観点からみて、将来の発展により宅地に転換することが客観的に予測できる地域と判断したことに、不合理な点はないというべきである。

(三)  しかしながら、原告らが主張するように、本件土地を(3)行政的観点から見た場合、本件用地は、農業振興地域に指定され、かつ、市街化調整区域にも指定され、開発行為及び農地転用の制限を受けており、宅地化を阻害する行政上の規制があることから、この点をどう評価すべきかが問題になる。

この点について、前記各鑑定は、前述のように市街化調整区域であっても可能な開発の可能性を考慮するとともに、本件売買においては、あくまで公共用地として、転用を前提とした用地取得であるがゆえに、転用の制限を重視せず、むしろ、周辺地域の宅地の地価水準の影響下にあるものとして、宅地見込地と評価している。

〔証拠略〕は、栃木県農業会議による平成九年度の田畑売買価格調査結果であり、これによれば、田畑の売買において、耕作目的での売買価格と使用目的を変更する転用の場合の売買価格の間に、著しい格差があることは一目瞭然である。一例として、河内町古里の市街化調整区域にある農用地区域外の土地の売買で、耕作目的の場合の売買価格が、一〇アール当たり二三〇万円であるのに対し、住宅用に転用する場合の売買価格は、一坪当たり一五万円とされていることからも、取得目的は、売買価格に著しい影響を与えるのであり、価格決定において決して無視できない要素であるというべきである。

したがって、本件用地の価格を考える上でも、原告らが主張するように本件売買が公共用地として、転用を予定した用地取得であるということを考慮から外すのは妥当でなく、転用を制限する行政上の規制がある場合であっても、転用を見込んでする用地取得のような場合には、右規制の例外として宅地見込地と評価すべき場合もあるといわなければならず、最有効利用を宅地見込地と評価したうえで、宅地見込地の取引事例を類似の取引事例として参考とした前記各鑑定は合理的というべきである。

(四)  なお、現況が宅地である標準地<1>及び標準地<4>の鑑定評価格も、宅地の取引事例からの比準価格や地価公示価格をふまえて決定されており、二通の鑑定書の評価格に差異がないことから、右価格に合理性が認められることは明らかである。

3  以上によれば、右鑑定結果を基に決定された取得価格が不当に高額であったということはできず、被告町長が本件売買契約を締結した過程に誤りがあったと認めるに足りる証拠はない。

よって、被告町長には、本件売買契約の締結について、裁量権の範囲の逸説又は濫用があったということができないから、被告町長の右行為は適法であり、原告らの主張は理由がない。

三  以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 増山宏 裁判官 林正宏 男澤聡子)

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