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宇都宮地方裁判所 昭和24年(行)34号・昭24年(行)59号 判決

原告 菅沼茂一郎

被告 栃木県知事

一、主  文

原告の請求はこれを取消す。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、請求趣旨として被告は原告に対し昭和二十四年十月二日別紙第一目録記載の土地につき爲した買收処分並に同年三月二日別紙第二目録記載の土地につき爲した買收処分は何れも取消す。訴訟費用は被告の負担とする判決を求むる旨申立て其請求原因として別紙第一目録記載の土地は原告の所有であつて先祖傳來自作して來た。一時他に小作させたことはある、再び自作を続けて來たが農地改革に当り昭和二十二年四月三十日右土地を訴外瑞穗村農地委員会に買收の申出を爲した。その結果買收計画を経て昭和二十四年十月二日被告は右土地について買收処分を爲し、該令書は同年十一月二十日原告に交付されたのである。しかし当時原告は自作地が田畑合して二町二反五歩小作地の田畑が合して一町六反二畝二十四歩であつたのであるが、小作保有地は一町四反に限り所有出來ないこととなり、二反歩余は解放せねばならないものであると聞知したどころから、自作地でも小作地でも二反歩を解放すれば相済むものと早呑み込みして、小作地一反四畝二歩に合せて自作農地の前記土地七畝三歩を解放する旨の申出をしたのである。しかるに昭和二十三年十一月二十四日訴外瑞穗村農地委員会は小作地である別紙第二目録記載の土地八畝二十二歩をも買收計画に入れられたので自作地の解放によつては小作地の解放を免れることは出來ないことを知つた次第で、原告が自作地の解放を右委員会に申出でたのは全く要素の錯誤に基く意思表示であつたのである。現に自作している農地を理由なく解放することは異例に属することで、原告は小作地でも自作地でも解放面積に達すれば相済むものと誤解したればこそ自作地の解放を申出でたのであつて、錯誤によることは明瞭である。しからば原告の解放申出は無効であり無効の解放申出でに基いて爲された前記買收処分は違法の処分として当然取消さるべきである。次に別紙第二目録記載の土地は前記の通り買收計画樹立の後昭和二十三年十一月二十四日被告は、これに対し買收処分を爲した、これに対し原告は当廳へ処分取消の提訴をしたところ訴訟中被告は一亘処分を取消し再び昭和二十四年三月二日買收処分を爲し、右買收令書は同年六月二日原告に交付された。しかし右買收処分は原告の前記自作地の解放を無視して爲されたものであるから取消さるべきであると陳述し、被告の主張事実を否認し立証として甲第一乃至五号証を提出し、証人菅沼キミ、同田中東壽の証言原告本人の訊問の結果を援用し乙号各号の成立を認めた。

被告指定代表者は、原告の請求棄却の判決を求め答弁として原告主張事実中別紙第一、二目録記載の土地につき買收処分があり、令書が交付された点第一目録記載の土地が原告の所有であつた点は認めるが他は否認する。別紙第一目録記載の土地に対する買收処分は自作農創設特別措置法第三條第五項第七号を適用し爲されたもので所謂任意解放である。即ち所有者たる原告が政府の買收を申し出でたことにより買收処分が爲されたのである。原告は右買收申出は原告の錯誤による意思表示であると主張するが、原告は買收申出の際解放理由として不便であり、且つ惡い土地であることを掲言していたこともあり前記自創法第三條第一項第二号が原告居村の小作地保有面積を一町四反として居り、從つてそれ以上の小作地は解放せねばならないことは原告が知つている筈である。特にこの土地の買收計画に対し原告が爲した異議の理由には錯誤によることは毫も主張がなく、單に自作地であるから買收計画は取消されたいと云うだけであつた。尚ほ原告は田畑二町五反四畝二十三歩を自作地とし、一町六反四畝二歩を小作地としていたのであるが、小作地は一町四反一畝八歩を残して二反二畝二十四歩が買收となつたのである。原告は地主として土地温存に汲汲たるもので、その証拠には訴外海老沢久作に小作させてある水田を農地委員会に対しては自作農地を擬裝して申告してあり、また農地委員会書記松永茂一郎に対し農地買收を免れようとして子供に興えてくれとて金百円を提供した事実がある。また買收申出の書類が農地委員会に保存されていることは原告に不利益なるところより農地委員会書記松永茂一郎に対し、虚言を用いて借り受けたまま未だ返還していない。以上の通りで原告の主張は到底信を置き難いのであると述べ、立証として乙第一乃至四号証を提出し、証人松永茂一郎同出井莊太同田中邦作の証言を援用し甲号各証の成立を認めた。

三、理  由

先づ別紙第一回録記載の土地に対する買收の点につき審按するが、右土地につき昭和二十四年十月二日被告が買收処分を爲したことは当事者間に爭はない。原告は右買收処分は原告が昭和二十二年四月三十日訴外瑞穗村農地委員会に対し買收の申出を爲したことを基礎にしているのであるが、該買收申出は原告の錯誤による意思表示によるものである。即ち原告は当時所有田畑一町六反二畝歩余の小作地より小作保有地一町四反歩を差引き二反歩余も解放するにつき、自作地でも小作地でも二反歩を解放すれば足りるものと誤解し、小作地一反四畝二歩に合せて右買收土地七畝三歩を解放する旨申出を爲したと主張するのである。この申出を爲したことは被告の認めて爭はないのであるが、錯誤の点は否認するのである。さて成立に爭ない乙第二号証(陳情書)証人菅沼キミ、同田中東壽の証言、原告本人の訊問結果を綜合すれば、原告主張の錯誤の事実が認め得られるようであるが、証人出井莊太、同松永茂一郎、同田中邦作の証言と対比するときは、右証拠は直に措信するわけには行かない。殊に右証言によれば原告は前記買收の基礎たる第一回の買收計画に対する異議に於てはその理由として買收價額の過小なる点を挙げて錯誤の点を主張しなかつたこと、また農地委員会の委員会席上で原告の買收申出の事情として申出の土地は原告にとつて不便であり、地力も劣つていることの爲めに解放する旨が述べられたことが窺はれるのである。乙第一号証はこの認定の妨げとはならない。右乙第一号証の陳情書は後記認定の如く他の小作地が買收計画に入つたので、右異議の申立後ににわかに提出された陳情書であると認められる。それは右出井莊太の証言で肯定されるさて右証拠を外にして錯誤の証拠はない。しかし仮りに原告主張の錯誤が認められたとしても、原告居村の小作地保有面積が一町四反であり、これを超過する小作地は買收の運命に置かれていて、その超過小作地は自作地を以て置き換えることができないことは自作農創設特別措置法上明かなことであり、一般農業者としてこれを了知しないことは特異の事例であることは一般に肯定できる。若し左様に解釈したものがあるとすれば、その錯誤は重大なる過失に基くものと云はざるを得ない。しからば原告の右仮定的認定の場合は民法第九十五條の定むる通り、その無効を主張し得ないこととなる。若しまた仮りに原告に重大なる過失がなかつたとしても農地改革の一環を爲す土地所有者の買收申出に対して民法第九十五條が直に適用されることはこれは消極に解せざるを得ない。殊にその買收申出により買收計画が樹立され、それに基き買收処分まで終つている場合に於ては尚ほさらである。以上の通りであるから、原告の請求は他の判断を省略し、理由がないので棄却は免れない。

次に別紙第二目録記載の土地に対する買收の点につき審按するが、右土地につき昭和二十四年三月二日被告が買收処分を爲したこと、これは当事者間に爭がないのである。原告は前記認定の別紙第一目録記載の土地の買收が取消されない限り、右買收処分は無効であると主張する。しかし左様な理由は何等根拠なきものであることは甚だ明瞭であるので、この点原告請求も他の判断を省略して棄却は免れないものとなる。訴訟費用は敗訴原告の負担たることは論ない以上の理由で主文の通り判決をする次第である。

(裁判官 岡村顕二)

(目録省略)

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