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宇都宮地方裁判所 昭和25年(行)12号 判決

原告 渡辺一郎

被告 狩野村農地委員会・栃木県知事

一、主  文

被告狩野村農地委員会が昭和二十四年六月二十八日別紙目録表示の土地について爲した買收計画は無効とする。

被告栃木縣知事が昭和二十五年三月二日別紙目録表示の土地について爲した買收処分は無効とする。

訴訟費用は被告等の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求めその請求原因として別紙目録表示の土地は原告の所有であるが、被告狩野村農地委員会は訴外斎藤ヨシの申請に基き昭和二十四年六月二十八日之を農業用施設物として買收する計画を樹て次で被告栃木縣知事は昭和二十五年三月二日買收令書を発行して右土地を買收した。しかしながら右土地は自作農創設特別措置法(以下自創法という)第十五條に定める買收の対象とはならないものである。すなわち右土地につき原告と買收申請人斎藤ヨシとの間には賃貸借、使用貸借或は地上権の設定がない。右地上に斎藤ヨシの建物が存在するのはもと原告が訴外本沢勘治に対しその敷地を賃貸して居つて、昭和二十年十月末日を以て右賃貸借の期間が満了したところ、斎藤は右本沢からその地上建物木造草葺平家建建坪十六坪五合一棟を讓受け、原告に無断で敷地である本件土地を占有するに至つた。そこで原告は斎藤に対し右建物の收去土地の明渡を求めたところ、同人は昭和二十二年十月限り右土地を明渡すことを約した。その際同人は移轉先に困るというので原告はその所有の同部落内井口九百九十五番畑一反二畝十四歩を同人に與え、登記名義も同人の長男力造に書替え引渡も済んで現在斎藤に於て該土地を耕作している。しかるに斎藤は右期限に至つても明渡をしないので、更に原告は同人を相手として大田原簡易裁判所に建物收去土地明渡の訴を提起したところ、昭和二十四年三月十二日斎藤は原告に対し昭和二十八年三月十五日迄に前記建物を收去して、宅地百坪を明渡すことという條項を以て裁判上の和解が成立した。それにも拘らず斎藤は右事実を秘し、村農地委員某と策動して不法にも昭和二十三年二月五日附を以て農業用施設宅地買收申請書を被告村農地委員会に提出し、同委員会は右申請に基いて前記の如く買收計画を樹て、被告縣知事はその買收処分をしたのである。しかし以上に述べたように本件土地に斎藤ヨシの家屋が存在するのは不法占拠であつて、前掲和解に依て昭和二十八年三月十五日迄に之を收去することを約したに過ぎないのであるから自創法第十五條所定の買收の要件を具備していない。從て斯様な和解の存することを看過して爲された右買收計画及び買收処分は違法も甚しいもので無効であるから、之が無効確認を求める爲本訴請求に及んだ次第であると陳述した。(証拠省略)

被告等の各指定代表者は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告主張事実中被告村農地委員会が別紙目録表示の土地につき昭和二十四年六月二十八日訴外斎藤ヨシの申請に基き、農業用施設物として買收計画を樹て被告知事が昭和二十五年三月二日買收令書を発行して之を買收したこと、訴外斎藤ヨシは本沢勘治より右地上に在る木造草葺平家建建坪十六坪五合の建物一棟を買受け居住していたが、原告は同人に対し建物收去土地明渡の訴訟を提起し、昭和二十四年三月十二日原告と斎藤との間に原告主張のような内容の裁判上の和解が成立したこと並びに原告より斎藤に対し狩野村大字井口九百九十五番畑一反二畝十四歩を讓渡し、同人の長男力造に所有権移轉登記をした事実は何れも認めるが其の余の事実は否認する。原告は本件宅地の買收計画に対し、昭和二十四年七月八日異議の申立をしたところ同年七月二十八日右異議は棄却されたので、更に同年八月六日附を以て栃木縣農地委員会に訴願し、次で昭和二十五年二月二十七日附を以つて右訴願を取下げた。右のように原告はその主張のような和解を理由とする訴願を自ら取下げているのであるから、被告村農地委員会の爲した異議申立棄却の決定に服し、從て買收計画をも認容し延て右和解を基礎とする一切の主張をも抛棄したものと見るべきである。行政処分は公定性確定力を持つものであるから、一私人の恣意に依つて之を不安定とすることは許されないのであつて、前述のように原告は自ら訴願の利益を抛棄しながら本訴に於て更に同一事実を主張して無効確認を求めることは、禁反言の原則に反し許されないことであつて、且又確認を求める利益を有しないものといわねばならない。仮に右主張が容れられないものとするも、前述和解は本件宅地中百坪について爲されたものであつて、右百坪の範囲については限定がなく不明確である。それ故に同地番の宅地全面積二百三十六坪の如何なる部分を買收より除外するかその認定は不可能である。仮に右百坪の範囲が建物の存在する部分であるとしても、之亦その限定に困難であり強て限定しても残りの百三十坪の地域内に建物を移轉することは社会経済上損失が甚大である。從て右宅地の全地域を買收した一連の買收手続は正当であつて無効とは謂えない。仮に又右主張が理由無きものとしても和解に依る計算上の百坪の部分のみが無効とせらるべきもので、残余百三十六坪についての買收は有効である。しかしそれは事実上不可能に属するから全体として有効と謂わなければならないと陳述した。(証拠省略)

三、理  由

別紙目録表示の土地は原告の所有であつたが訴外斎藤ヨシの申請に基き被告村農地委員会が昭和二十四年六月二十八日自創法第十五條に依る買收計画を立て、次で被告縣知事が昭和二十五年三月二日買收令書を発行して之を買收したこと、訴外斎藤ヨシは本沢勘治から右地上に在る木造草葺平家建建物(建坪十六坪五合)一棟を買受け之に居住してその敷地を占有していたが、昭和二十四年三月十二日大田原簡易裁判所に於て原告と斎藤ヨシとの間に、斎藤は原告に対し昭和二十八年三月十五日迄に前掲建物を收去して宅地百坪を明渡すという内容の裁判上の和解が成立したこと並に原告は斎藤ヨシに対し同部落内井口九百九十五番畑一反二畝十四歩を讓渡し、ヨシの長男力造名義に所有権移轉登記手続をしたことは何れも本件当時者間に爭のない事実である。

成立に爭のない甲第一号証乙第二号証証人斎藤ヨシ(第一回)、同斎藤金廣、同渡辺惣吉の供述の各一部証人福田美男並に原告本人の各供述を綜合して判断すると本件買收の目的である土地は、原告に於て訴外本沢勘治に賃貸していたが、右賃貸借は昭和二十年十月末日を以て期間満了に依り終了したところ、翌昭和二十一年訴外斎藤ヨシが右本沢から同地上に在る建物一棟を買受けて居住し、その敷地部分を占有するに至つたので原告は斎藤に対し、右建物の移轉先として前認定のように、同部落内井口九百九十五番畑一反二畝十四歩を讓渡し、該敷地の明渡を求めたが斎藤は之に應じなかつたので、更に原告より大田原簡易裁判所に建物收去土地明渡の訴を提起した結果、前認定のような裁判上の和解が成立したものであることが認められ、この認定に反する証人斎藤ヨシ(第一、二回)、同薄井通雄の供述部分は当裁判所之を措信しない。右のように既に土地の賃貸借が終了した後にその地上建物の所有権を取得した場合にはその建物取得者と土地所有者との間に新に賃貸借を結ぶか、或はその土地使用を承諾したものと見るべき事実の存しない限り、適法にその敷地を占有する権限は生じないことは勿論であつて、本件に於て原告と斎藤ヨシとの間に新たに賃貸借を結んだことの証拠は全くない。尤も証人斎藤ヨシ(第二回)は原告に対し右土地の賃料として昭和二十二年度乃至昭和二十四年度分各百円宛を支拂つている旨供述し、乙第十一号証にも同様の記載があるけれども之等の証拠は前掲各証拠と対比するときは容易に措信し得ないことであつて、前認定のように建物の收去土地の明渡を求めながら何等異議を止めずに賃料を受け取るという如きことは経驗上あり得ないことであるから之等の証拠のみに依ては原告が斎藤の本件土地使用を容認したと見るべき事実の存在を肯認することはできない。又前掲和解に依り斎藤ヨシは昭和二十八年三月十五日迄は地上建物に居住してその宅地部分の使用を爲し得るわけであるが、これとても右和解に依り使用関係を設定したものではなく、單に諸般の事情から右宅地の明渡期間を同日迄猶予したものと見るのが相当である。而して自創法第十五條に依り買收し得る宅地は申請人が賃貸借、使用貸借若くは地上権に依り適法な権限を持つ場合に限るのであつて、斯様な権限のない場合は買收し得ないものであることは同法條の定めるとおりである。それならば斎藤ヨシが本件宅地につき適法な権限を有しないことは前認定のとおりであるから同法條所定の買收要件を具備しないというべきであつて斯様な事実を無視して爲された本件宅地についての買收計画並に買收処分は法規に違反しその効力を認め得ないから無効であると断ぜざるを得ない。仍て被告等の禁反言の主張について判断するに、所謂禁反言の原則というのは英米法上認められているもので、人が過去において或る陳述を爲し又はその行爲に依て他人に或る事実の存在を信ぜさせた以上は後日其の事実の眞実であることを否定し、又はその事実の存在を否認することを禁ずるという原則であつて、元來証拠法上の原理であつたが漸次廣く実体法上の原則にまで認められるに至つたものである。成立に爭のない乙第一号証に依ると原告は被告村農地委員会の樹てた買收計画に対し異議の申立を爲し更に右異議棄却の決定に対し、栃木縣農地委員会に訴願したが昭和二十五年二月二十七日附を以て該訴願を取下げた事実が認められるけれども、この原告の訴願取下を以て村農地委員会の異議棄却の決定に服し買收計画の正当性を承認し、且つ訴願と同一内容の主張一切を抛棄したものと見るのは無理であつて、訴願の取下については民事訴訟法第二百三十七條第二項のような特別の定めがないばかりでなく元來無効なる行政処分は異議訴願を俟たず直ちに訴に依てその確認を求め得るのであるから本件の場合に禁反言の原則を当てはめることは適切ではなく、從て被告等のこの主張は理由がない。

更に被告等は仮りに本件買收計画並に買收処分に違法の点があるとしてもそれは和解に依て明渡を約した百坪の範囲に限られそれ以外の部分には違法がないと主張するけれども、訴外斎藤ヨシは本件宅地全部について当初から之を使用する正当な権限がなく、その地上建物を所有していたので右建物を收去しその敷地の部分である百坪の範囲について和解が成立したものであることは前認定のとおりであつて、被告等が右宅地全部を買收するには先づ之について原告と斎藤ヨシ間の賃貸借若は使用貸借関係の存在を確定し、しかる後買收計画を樹てなければならないのであつてこの点に関する被告等の立証と見るべき乙第十一号証並証人斎藤ヨシ(第二回)の供述のみに依ては未だその存在を認めるに十分でないことは前認定のとおりであるから被告等の此の主張も亦排斥を免れない。仍て原告の本訴請求はいづれも正当であるから之を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝)

(目録省略)

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