宇都宮地方裁判所 昭和48年(ワ)335号 判決 1976年1月30日
原告
佐藤一宏
ほか二名
被告
高山晴夫
ほか一名
主文
被告らは、各自原告佐藤一宏に対し金三〇〇万円、原告佐藤文作、同佐藤フジに対し各金三〇万円、及び右各金員に対する昭和四八年一一月二五日から支払ずみまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用は二分し、その一を被告らの、その余を原告らの各負担とする。
この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自原告佐藤一宏に対し金五〇〇万円、原告佐藤文作、同佐藤フジに対し各金一〇〇万円及び右各金員に対する昭和四八年一一月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告両名)
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告佐藤一宏は次の交通事故により傷害を受けた。
(一) 日時 昭和四一年一二月一六日午後四時五〇分頃
(二) 場所 日光市中宮祠二四八五番地先国道一二〇号線道路上
(三) 加害車 普通貨物自動車(栃四ふ二八一号)
(四) 運転者 被告 高山晴夫
(五) 事故の態様 被告高山晴夫は、本件加害車に原告佐藤一宏を同乗させてこれを運転し、日光市湯元町方面から国鉄日光駅方面に向かつて前記道路を進行中、前方不注視及びハンドル操作不適切のため運転を誤り、進行方向右側の低地に突込み、同所の立木に右加害車を激突させた。
(六) 傷害 原告佐藤一宏は、左記治療期間を要する第一腰椎骨折、骨盤骨折、脊髄損傷の傷害を受けた。
<省略>
2 責任原因
(一) 被告高山晴夫の責任
同被告は、本件加害車を運転するにあたり、前方を注視しハンドル操作を適切にし、スリツプすることないよう安全運転につとめるべき注意義務があるのにこれを怠り、右自動車をスリツプさせ道路路肩より外れて低地に突込み立木に激突して同乗中の原告佐藤一宏に前記重傷を負わしめたものである。
よつて、同被告は民法第七〇九条により原告佐藤一宏の被つた後記損害を賠償する義務がある。
(二) 被告株式会社吉新組の責任
(1) 被告は、本件加害車を所有して自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法第三条により、本件事故によつて原告佐藤一宏の被つた損害を賠償する義務がある。
もつとも、本件加害車の事故当日における運行は、被告会社の工事下請人たる訴外関口彰の被用人によつて専らなされていたものであるが、被告会社は右関口彰に対し下請工事遂行のため本件加害車を一時貸与し、その使用を認めたものであるから自賠法第三条の責任を免れることはできない。
(2) 仮に右主張が認められないとしても、本件加害車を運転していたのは前記のとおり被告会社の下請人たる訴外関口彰の被用人たる被告高山晴夫である。
右高山晴夫は、被告会社の業務執行として本件加害車を運転中、本件事故を発生させたものであるから、被告会社は元請人として民法第七一五条により原告佐藤一宏の被つた損害を賠償すべき義務がある。
3 損害
(一) 原告佐藤一宏の損害慰藉料金五〇〇万円
本件事故は、被告高山晴夫の一方的過失により発生したものであつて同原告は、これにより前記のとおり五年有余の長期間にわたつて入院治療等を継続し、その間多大の肉体的精神的苦痛を被つた。
しかもなお、昭和四七年五月現在、第一腰椎骨折による脊髄損傷のため、両下肢不全麻痺の症状が固定し、日常起立歩行が全く不可能となり、車椅子の生活を余儀なくされており、加えて膀胱直腸障害により大小便は失禁状態にあり、多年にわたる歩行不能の状態が継続したため、両膝関節拘縮、両尖足拘縮症状を併発し、障害等級第二級の後遺症が残存している。
よつて、原告佐藤一宏に対する右精神的苦痛を慰藉するためには金五〇〇万円をもつてするのが相当である。
(二) 原告佐藤文作および同佐藤フジの損害慰藉料各金一〇〇万円
原告佐藤一宏は、原告佐藤文作、同佐藤フジ両名の長男であり、同原告らはその老後の生活と将来の夢を右佐藤一宏に託し、今後の生活を楽しみにしていたが、本件事故により無残にもその夢を砕かれ、しかも原告佐藤一宏は前記受傷のため廃人同様の状況にあり、正常な社会生活を営むことは期待できない。
したがつて、原告佐藤一宏の被つた受傷の程度、内容は生命侵害にも比肩し得べく、原告佐藤文作及び同佐藤フジの被つた精神的苦痛は察するに余りがある。
よつて、原告佐藤文作、同佐藤フジに対する右精神的苦痛を慰藉するためには、各金一〇〇万円をもつてするのが相当である。
4 よつて原告らは、それぞれ被告らに対し前記各慰藉料として請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合により、その起算日にいずれも被告高山晴夫に対する訴状送達の日の翌日あるいは翌日以降の日である昭和四八年一一月二五日とする。)を求める。
二 請求の原因に対する認否
(被告高山)
1 請求原因第1項(一)ないし(四)の事実は認めるが、(五)の事実は否認し、(六)の事実は不知。
2 同項第2項(一)の事実は不知、(二)の事実は否認。
3 同第3項の事実はいずれも不知。
4 同第4項は争う。
(被告会社)
1 請求原因第1項の事実のうち(一)の事故発生日は昭和四一年一二月一七日である。(二)、(三)の事実は認める。(六)の事実中、安生病院の往診の事実を否認し、その余の事実は不知。
2(一) 同第2項の(一)の事実のうち、被告会社が本件加害車の保有者たることは認めるが、その余の事実は否認する。
(二) 同第2項の(二)の事実は否認する。
3 同第3項の事実は否認する。
4 同第4項は争う。
三 被告株式会社吉新組の免責の抗弁
1 本件加害車を運転していた被告高山晴夫及び同乗中の被害者である原告佐藤一宏はいずれも被告会社の使用人でなく、下請人たる訴外関口彰の被用人である。
したがつて、被告会社は被告高山晴夫に対し指揮監督の立場にはなく、民法第七一五条の関係にはない。
また、本件事故は、右関口彰らが下請土木工事の現場からの帰路発生したものであつて被告会社の業務執行中の事故にはあたらない。
2 次に、被告会社は本件加害車の運行供用者にあたらない。
すなわち、被告会社は本件加害車の保有者であるが、本件事故当日訴外関口彰が右加害車を借りにきたので初めて貸与したに過ぎない。
そして、被告高山晴夫は前記工事現場からの帰路右関口彰に無断で本件加害車を運転中本件事故を発生したものである。
したがつて、被告会社はその責任を負うべきいわれはない。
四 被告らの抗弁
1 消滅時効の抗弁
原告の損害賠償請求権は、本件事故発生の日から三年を経過した昭和四四年一二月一七日時効消滅しているから、被告高山晴夫は昭和四八年一二月二四日の、被告会社は昭和四九年二月一日の本件口頭弁論においてそれぞれ右時効を援用した。
2 過失相殺の抗弁
原告佐藤一宏は損害を拡大させた過失がある。
(一) 原告佐藤一宏は、昭和四二年一月九日古河日光総合病院を無理に退院し、以来医師の治療を受けることなく祀祷師ないし按摩師である訴外若林信にかかつていたため症状が悪化し、関係者等が医師の治療を受けるよう再三申し入れた結果、漸やく昭和四二年三月一七日より安生病院の治療を受けるようになつたが、同年九月二日以来再び治療を受けなくなつたため症状が悪化し昭和四三年四月一〇日上都賀病院に入院した。
したがつて、原告佐藤一宏は治療の継続を怠つたことにより病状を悪化させた過失がある。
(二) 好意同乗
原告佐藤一宏は本件事故当日工事の帰路訴外関口彰の運転する自動車に同乗すべきところ、被告高山晴夫が同部落出身者であることから同被告の運転する本件加害車に無償同乗したものであるから右の事情は信義則上慰藉料算定の事情として斟酌すべきである。
(三) 定員外乗車
本件加害車の定員は三名であるのに原告佐藤一宏は過員であることを承知のうえで同乗した過失がある。
五 抗弁に対する認否
すべて争う。
消滅時効の主張について
原告佐藤一宏は、前記後遺症に基づき慰藉料請求するところ、同原告が民法第七二四条の損害を知りたるときは昭和四七年五月ころであるから本訴提起までの間に消滅時効は完成していない。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生
請求原因第1項の事実のうち、原告主張の場所において、本件加害車が交通事故を発生させたことは当事者間に争いがない。
右発生の日時について争いがあるので、判断するに、成立に争いのない甲第三号証、第七号証並びに原告佐藤一宏本人尋問の結果によれば、右日時は昭和四一年一二月一七日午後四時五〇分ころと認められる。
右認定に反する証人赤羽根昭夫、同金子四郎の各証言並びに被告高山晴夫本人尋問の結果は措信し難く、甲第一号証中の記載内容からも右認定をくつがえすに足りない。
しかして、成立に争いのない甲第一号証、証人赤羽根昭夫、同金子四郎の各証言及び原告佐藤一宏、被告高山晴夫各本人尋問の結果並びに検証の結果によれば、被告高山晴夫は本件事故当日本件加害車の助手席に原告佐藤一宏外二名を同乗させて日光市湯元町方面から国鉄日光駅方面に向つて国道一二〇号線道路上を進行中、本件事故現場付近は下り勾配であつて、左に緩かにカーブしているうえ路面が凍結しているためスリツプし、センターラインを越えて進行方向右側の低地に本件加害車を転落横転させ、原告佐藤一宏外二名の同乗者を受傷させたことが認められる。
そして、成立に争いのない甲第三号証、第五号証ないし第七号証、被告高山晴夫との間においては争いがなく、被告会社との間においては、原告佐藤一宏本人尋問の結果により成立の認められる甲第四号証並びに原告佐藤一宏本人尋問の結果によれば、右事故により原告佐藤一宏は原告主張のとおりの傷害を受け、その主張の期間各病院において入院治療等を受けたことが認められる。
二 責任原因
1 被告高山晴夫の責任
証人赤羽根昭夫、同金子四郎、同岸守の各証言及び原告佐藤一宏、被告高山晴夫各本人尋問の結果並びに検証の結果によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場の状況
本件事故現場は、日光市湯元町より国鉄日光駅に通ずる国道一二〇号線上であつて、該道路は本件事故当時幅員約六・九五メートルのアスフアルト道路であり、日光駅方面に向つてやや下り勾配で、かつ左に緩やかにカーブしていること、事故当日道路両側端には二、三日前降つた雪が三〇センチメートル位残存しており、中央部分の路面は厳しい寒気のため凍結し、更に昼ごろから降り出した新雪が薄く積り滑り易い状態にあつた。
(二) 本件事故の発生
被告高山晴夫は原告佐藤一宏らと共に訴外関口彰が被告会社から下請した日光湯元における土木工事に従事していたが、事故当日の午後四時ころ作業を終え本件加害車を運転して日光市方面に帰ることとなつた。
その際、被告高山晴夫は本件加害車の助手席に原告佐藤一宏外二名を同乗させ同所を出発し、時速約四〇キロメートルで本件事故現場付近に差し掛つた。
しかるに、本件事故現場付近は、道路面が凍結していたため、本件加害車は突然後部車体付近が左側に三〇センチメートル位スリツプしそのまま道路右側に転落する虞れが生じた。
よつて、被告高山晴夫は、急拠制動操作をなし減速せんとしたがその効果がなく、進行方向右側の低部に本件加害車を転落させその場に横転させて本件事故を発生させたものである。
右認定に反する証拠はない。
(三) 被告高山晴夫の過失
ところで、自動車運転者たるものは、冬期間道路面が凍結している場合には、急激な制動操作をすることにより却つてスリツプしあるいはハンドル操作の自由を失うなど危険が発生する虞れがあるから、その運転にあたつては、道路面の状態に細心の注意を払いその状況に従い適宜減速しあるいは急激な制動操作を避けるなど危険の発生を未然に防止すべき義務があるところである。
しかるに、前記認定の事実によれば、被告高山晴夫は本件加害車を運転し、下り勾配で緩やかに左にカーブしておりしかも道路面が凍結しスリツプしやすい状態になつている本件事故現場付近を漫然時速約四〇キロメートルで通過しようとした過失が認められ、その際本件加害車の後部が左側にスリツプしたのに対し、被告高山晴夫は的確な判断と適切な操作を誤りいたずらに周章狼狽し急制動の操作をしたためますます本件加害車を右前方に滑走させる結果を招き、前記転落事故を発生させたことが認められる。
したがつて、本件事故は被告高山晴夫の右過失に基づくものとして、同被告は民法第七〇九条により原告佐藤一宏が被つた後記損害を賠償すべき義務がある。
2 被告株式会社吉新組の責任
証人赤羽根昭夫、同金子四郎、同岸守の各証言及び原告佐藤一宏、被告高山晴夫各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告会社は、訴外奥日光開発株式会社より奥日光湯元の第二ポンプ配管工事及び改修工事を請負い昭和四一年九月ころ右工事のうち土木工事を訴外関口彰に下請けさせた。
訴外関口彰は、原告佐藤一宏及び被告高山晴夫ら数人を工事人夫として雇傭し右土木工事に従事していたが、右工事現場への送迎は日光市内の被告会社の事務所よりマイクロバスによるか或るいは右関口彰所有の自動車(定員一〇名。以下関口車という。)に便乗する方法によつていた。
(二) しかし、事故当日は工事の都合上水バツク(長さ三メートル、幅二メートル、高さ一・五メートル位の四角な箱形)を前記工事現場へ運搬する必要が生じたため、訴外関口彰は同日の朝被告会社の前記事務所に立ち寄り本件加害車の借用方を申し入れ、これを借受け、単身右加害車を運転して今市市に至り右水バツクを積載して工事現場へ運搬したこと、一方その余の人夫達は、右関口車に分乗して工事現場へ赴いた。
(三) しかして、工事現場は冬期間のため寒さが厳しかつたうえ昼ごろから再び降雪模様となつたため午後四時ころ早目に作業を切り上げた。
そして、当日の朝運転してきた前記二台の自動車に分乗して被告会社の事務所まで帰ることとなつたが訴外関口彰は前記関口車を運転することとし、その助手席に二人の人夫が同乗した。
残りの四名、すなわち原告佐藤一宏及び被告高山晴夫外二名の人達は、本件加害車の定員が三名のため一名は右関口車の荷台に乗車すべきであつたが、折からの厳しい寒気に、誰も該部分に乗車することを嫌い、右四名全員が本件加害車の運転席に乗車し、被告高山晴夫の運転により関口車と相前後して同所を出発した。
しかして、前記認定のとおり被告高山晴夫は運転を過り本件事故を発生させた。
右認定に反する証拠はない。
ところで、元請人が下請人に対し下請工事のため自動車を貸与し、右下請人の被用者が右工事に関連してこれを運転中事故を発生した場合には、右運行が元請人の運行支配を失わしめていたと認め得べき特別の事情の認められない限り、元請人は運行供用者責任を免れ得ないものと解すべきである。
しかるに、前記認定の事実によれば、被告会社は下請人たる訴外関口彰の申し入れにより下請工事に必要な物品を運搬するため本件加害車を貸与したものであるが、その使用目的に鑑み当日中にはその返還が予定されていたこと、本件事故は当日の作業を終了し被告会社まで作業人夫を送迎することと併せて本件加害車を返還するため運転中発生したものであることが認められる。
したがつて、右事実関係の下においては、未だ被告会社は本件加害車の運行につきその運行支配を失つていたものとは認め難く、本件事故に関し、運行供用者責任を免れ得ないものというべきである。
そうすると、その余の判断をするまでもなく、被告会社は自賠法第三条により原告佐藤一宏の被つた後記損害を賠償すべき義務がある。
三 被告らの主張に対する判断
1 消滅時効の抗弁について
不法行為による損害は、該不法行為と同時に発生するものであるから、その日をもつて時効の起算日とすることが通常であるが、後遺症の如くその程度、内容が不法行為当時必ずしも明らかでなく、治療の経過に従い漸次明らかになるものについてはその後遺症状がほぼ固定し、現代医学上回復の見込みがないものと判断されその治療の継続を断念するほかなき状態に至つたときをもつて時効の起算日と解するのが相当である。
しかして、成立に争いのない甲第五号証によれば原告佐藤一宏は上都賀病院整形外科において入院治療していた昭和四三年四月一〇日より昭和四五年八月七日までの間既に前記傷害に基づく両下肢の完全麻痺、膀胱、直腸障害、両膝関節拘縮、両尖足拘縮、臀部褥創等の診断を受けていたことが認められ、本件訴を提起したこと記録上明らかな昭和四八年一〇月三一日より逆算して三年以内に右後遺症が残存することを予見することが十分可能な状態にあつたのではないかとの疑いが存するところである。
しかしながら、成立に争いのない甲第六号証、第七号証並びに原告佐藤一宏本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和四五年八月八日以降下都賀郡市第二医師会病院に転院し昭和四七年五月ころ、これ以上治療を継続しても回復の可能性がない旨宣告され、同月四日退院するまでの間治療に専念していたことが認められる。
したがつて、少なくとも昭和四七年五月ころまでの間は前記下都賀郡市第二医師会病院における治療の成果に期待し、後遺症の回復に夢を託していたものと推測されるところであつて、未だ治療行為の継続を断念する状態に立ち至つていたものとは認め難いところである。
そうすると、同原告は昭和四七年五月ころ民法第七二四条に所謂損害を知つたものというべく、右時期を本件慰藉料請求権の消滅時効の起算日とすれば本訴提起までの間に三年の消滅時効の完成していないことは明らかであるから、被告らの消滅時効の抗弁は採用しない。
2 好意同乗及び定員外乗車について
本件事故当日、日光の工事現場より国鉄日光駅方面に向つて被告高山晴夫が本件加害車を運転し、被告佐藤一宏外二名の人夫が同乗して出発した経緯は、前記認定のとおりである。
ところで、右工事現場より国鉄日光駅方面に通ずる国道一二〇号線は下り勾配のうえ冬期間厳しい寒気のため道路面がしばしば凍結しスリツプ事故の多発する危険な箇所であることは当裁判所に顕著なところである。
しかるに、証人赤羽根昭夫、同金子四郎の各証言並びに原告佐藤一宏、被告高山晴夫各本人尋問の結果によれば、被告高山晴夫は冬期間前記国道一二〇号線を運転した経験に乏しいうえ本件加害車を運転した実績もなかつたこと、しかし、本件加害車の運転について格別の指示がなかつたため、たまたま運転席に坐つた同被告が運転する態度を示したところ、原告佐藤一宏外二名の人夫達はいずれも鹿沼市在住の顔馴染の間柄であつたため積極的に右運転に反対する者もなく黙示的にこれを容認して同乗したものであることが認められる。
しかも、原告佐藤一宏は、被告高山晴夫の運転する本件加害車に定員超過を無視して同乗したこと前記認定のとおりであるから、原告佐藤一宏は事故の発生の危険性を十分予知し得たにも拘らず、その危険を受忍して同乗していたものというほかなく、右の事情は広義の過失相殺の事由として考慮すべきところである。
しかして、被告高山晴夫が経験不足から漫然時速四〇キロメートルで本件加害車を運転しスリツプ状態に対する適切な措置を誤つたため本件事故が発生したこと前記認定のとおりであるから、公平の原則に照らし同原告の前記過失割合は三、被告高山晴夫の過失割合は七とするのが相当である。
3 損害の拡大について
原告佐藤一宏は、治療の継続を怠り病状を悪化させ損害を拡大した過失がある旨主張するので判断する。
成立に争いのない甲第三号証、第五号証ないし第七号証並びに原告佐藤一宏本人尋問の結果によれば、原告佐藤一宏は昭和四二年一月九日古河日光総合病院を退院し自宅療養に切り替えたものの昭和四三年四月一〇日再び上都賀病院に入院し、その後更に下都賀郡市第二医師会病院に転院するなど長期間の入院治療の生活を余儀なくされたことが認められる。
したがつて、原告佐藤一宏の前記受傷の部位、程度を考えると、右自宅療養に切り替えたことが適切でなかつたものではないかと思われる余地もあるけれども、いかなる程度に影響を与えたものかはこれを明らかにする証拠はなく、原告佐藤一宏本人尋問の結果並びにこれにより成立の認められる甲第四号証によれば、右期間中といえども、同原告は安生孝夫医師の往診治療を受けていたことが認められ、証人岸守の証言によつても、右期間中特に治療を怠り病状を悪化させたと認めるに足りる特段の事情も認め難いところである。
よつて、被告らの右抗弁は採用しない。
四 損害
1 原告佐藤一宏の慰藉料
成立に争いのない甲第二号証、第五号証ないし第七号証及び原告佐藤一宏本人尋問の結果によれば、原告佐藤一宏は本件事故当時満二一歳(昭和二〇年八月一日生)の健康な男子であること、同原告は本件事故により前記のとおり受傷し、入院治療を継続したにも拘らず昭和四七年五月四日現在第一腰椎骨折による脊髄損傷、骨盤骨折等のため両下肢不全麻痺、膀胱直腸障害、両膝関節拘縮、両尖足拘縮、臀部褥創の各後遺症が残存し、自ら起立して歩行することができず、松葉杖あるいは車椅子に依存するほかなく、殊に大、小便には極めて不自由な生活を余儀なくされていること、そして現在労災リハビリテーシヨン千葉作業所内においてラヂコンの組立作業に従事し月額金四万円位の給料を得ているほか労災保険給付を受け、これにより生計を維持していることが認められる。
したがつて、同原告は殆んど下半身の自由を失い、終生坐つたまま可能な軽作業に従事し生計を維持していくほかなき状態にあり、本件事故によつて同原告の被つた精神的苦痛は甚大なものがあつたものというべきである。
よつて、本件事故の態様、傷害の程度、入院期間、過失割合、後遺症の程度その他諸般の事情を考慮して、原告佐藤一宏が本件事故によつて被つた精神的苦痛を慰藉するには金三〇〇万円をもつてするのが相当である。
2 原告佐藤文作及び同佐藤フジの慰藉料
成立に争いのない甲第二号証によれば、原告佐藤一宏は、原告佐藤文作、同佐藤フジの長男であることが認められる。
しかして、原告佐藤一宏が本件事故により受傷し再度にわたる入院治療にも拘らず下半身麻痺、膀胱直腸障害等の後遺症が残存し終生身体障害者として車椅子による生活を余儀なくされるに至つたことは前記認定のとおりであつて、これにより両親の被つた精神的苦痛は生命侵害にも比肩し得べきものというべく、諸般の事情を考慮して右苦痛を慰藉するには各金三〇万円をもつてするのが相当である。
五 結論
よつて被告らは各自原告佐藤一宏に対し金三〇〇万円、原告佐藤文作同佐藤フジに対し各金三〇万円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日又は翌日以降たる昭和四八年一一月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの請求は右の限度で正当としてそれぞれこれを認容し、その余の部分は失当であるから棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 新海順次)