宇都宮地方裁判所 昭和54年(モ)315号 決定 1979年9月29日
申請人
国
右代表者法務大臣
古井喜實
右指定代理人
布村重成
外六名
被申請人
棉麻通商株式会社
右代表者
堀込柳治
右代理人
高橋徳
外二名
主文
本件申請を却下する。
理由
一申請の趣旨及び理由
(申請の趣旨)
被申請人が申請人に対し、宇都宮地方裁判所昭和五四年(ヨ)第一七七号仮処分決定に基づく、別紙目録記載の土地に対する仮処分の執行は、同決定に対する異議申立事件の判決確定に至るまで、一時これを停止する。
(申請の理由)
一 被申請人は申請人に対し、宇都宮地方裁判所昭和五四年(ヨ)第一一七号をもつて、別紙目録記載の土地(以下本件土地という)につき、地形、河川の変更、掘削、道路の開設、変更などの土木工事、樹木の伐採、植付、境界柵その他の工作物の設置など、現状を変更する行為を禁止する旨の仮処分申請をなし、同裁判所は同年四月一六日、同趣旨の仮処分決定をし、該決定正本は申請人に対し、同月一八日送達された。
二(一) 被申請人の右仮処分申請における被保全権利は、申請人が昭和二三年一二月二日栃木県知事をしてなさしめた本件土地の買収処分が無効であることを事由とする、本件土地所有権であるものと見るべく、右買収処分は前訴(一審宇都宮地方裁判所昭和二四年(行)第一〇号事件、二審東京高等裁判所昭和二五年(ネ)第七二六号、第一、〇〇三号事件)により違法として確定しているので、本件土地所有権は申請人に属し、最早被申請人に認め得ない。
(二) 申請人は本件仮処分の執行により、左のとおり回復し難い損害を被ることとなる。
1 栃木県は本件土地を賃借する栃木県牧野管理農業協同組合の委託に基づき、農用地開発事業実施要綱及び草地開発事業実施要領に則り、申請人の承認と補助のもとに、本件土地に団体営草地開発事業を計画実施しているものである。
2 右事業の計画内容は左のとおり。
(昭和四九年度より同五三年度まで)
イ、草地造成面積 四一ヘクタール
ロ、牧道開設 距離四、四〇〇メートル
ハ、取水堰 三箇所
ニ、導水施設 距離三、〇〇〇メートル
ホ、給水施設 三箇所
ヘ、牧柵 距離八、四〇〇メートル
(昭和五二年計画変更により同五五年度まで)
イ、草地造成面積 32.5ヘクタール増大(計73.5ヘクタール)
ハ、取水堰 一箇所減少(結局二箇所)
ニ、導水施設 距離四〇〇メートル増大(計三、四〇〇メートル)
ホ、給水施設 二箇所増加(計五箇所)
ヘ、牧柵 距離一、二九七メートル増大(計九、六九七メートル)
3 本件仮処分執行時の右工事の進捗状況は次のとおり。
イ、草地造成面積 63.18ヘクタール
ロ、牧道開設 距離四、四〇〇メートル(ブルドーザーによる粗通し)
ハ、取水堰 一箇所
ニ、導水施設 距離一、八六二メートル
ホ、給水施設 三箇所
ヘ、牧柵 九、六九七メートル
4 残工事のうち主なもの次のとおり。
ロ、牧道については、法面保護工事(筋芝、はり芝の張り付け、石積、ネツトフエンスの設置)、及び路面整備工事(土砂、岩石の除去、勾配修正、側溝、暗渠の設置、簡易舗装工事)
ハ、取水堰については、コンクリート製有孔管、貯水槽、揚水施設の設置
ニ、導水施設については、コンクリート製給水施設まで、硬質ポリエチレンパイプ一、五三八メートル敷設第三、四牧区
5 緊急を要する作業、及び工事内容
イ、草地造成部分の手入れ
トラクター作業不能のため、人力による肥料搬布しかなし得ないこととなり、その維持管理が適切に行えない結果、牧草育成のための輪挽放牧が行えず、牧草の徒長、根腐れによる枯死を招来するおそれがある。
ロ、粗通しの牧道(急勾配、路面軟弱、落石、路肩崩壊、流水による道路の分断)の完成
右工事は放牧牛の運搬、検診、牧草の維持管理に不可欠であり、雨滴、雨水による侵蝕、火山礫、砂、灰などで構成される土壌の崩壊、転落、山崩れの発生が必定であり、放牧業全体に影響し、投資効果も減殺されるなどにより、放牧不能に至ることとなる。
そこで、計画牧道のうち入口から一、四〇〇メートルが傾斜度大であり、危険箇所も多く勾配修正が必要であり、迂回牧道三〇〇メートルの増設、切土、盛土の法面、及び路面の残工事の完成が急務である。
なお、応急措置としては路面の転圧、そだ柵、フトン籠、暗渠などの設置も顧慮し得る。
ハ、ニ 取水堰、導水施設の完成
本件土地内に設定した第三、四各牧区における放牧牛の飲水施設がなく、当該牧区の放牧牛が川へ赴く途中、崩壊したガレ場における転落、及び泥ねい地における身動き不能による死亡事故の発生の危険がある。
なお、六〇ヘクタールに及ぶ該牧区のため、多数の熟練した看視人の配置は困難である。
ヘ、牧柵の拡大
第三牧区の分割、放牧牛の予防接種、及び捕獲のため追込柵の設置などを必要とする。
6 本件土地内における放牧状況
昭和五一年 一四頭、第一、二牧区のみ、同年六月一日より同年九月二一日まで
同五二年 一五頭、第三、四牧区のみ、同年六月八日より同年九月二七日まで
同五三年 二四頭、第二牧区のみ、同年五月二六日より同年一一月八日まで
同五四年 二八頭、第一、二牧区のみ、同年五月二九日より同年一〇月上旬まで(予定)
三 以上のとおりであるから、申請人は本件仮処分決定に対する異議申立に際し、民事訴訟法七四八条、七五六条により、同五一二条、五〇〇条を準用して、本件仮処分の執行停止を求める。
二当裁判所の判断
(一) 本件記録によれば、申請の理由一項の事実を認め得る。
(二) およそ保全訴訟手続は、本案における権利の終局的実現に至るまでの、一時的暫定的措置に関する手続であり、仮処分命令(決定)は当事者間における終局の本案判決に至るまでの暫定的措置を定めるものであるから、当該仮処分命令(決定)自体の当否を判断する手続過程において、さらにその裁判の内容の実現を阻止するが如き、一時的暫定的措置を命ずるのは、保全処分制度の意義を否定するものであるといわねばならない。
従つて仮処分命令(決定)自体が、実質的に権利の終局的実現を招来するに至り、最早一時的暫定的措置とはいえず、その範囲を超えているような場合、若しくはその仮処分の執行により、回復困難な著しい損害を被らせることとなるような場合を除き、仮処分命令(決定)に対する異議申立手続において、民事訴訟法七五六条、七四八条による同法五一二条、五〇〇条の準用ないし類推適用に基づく、当該仮処分命令(決定)の執行の停止または取消の申立をなすことは、原則として許されないものと解するのが相当である。
なお、仮処分命令(決定)の執行の停止または取消申立手続は、当該仮処分命令(決定)の当否を審理判断する手続でないから、当該仮処分の認可、取消、変更の見込につき顧慮すべきでなく、従つてその要件である被保全権利の存否に関する主張も不必要であり、かつこの点につき審理判断をすべきではないものといわねばならない。
(三) そこで申請人の申請の理由二項(一)の主張は、被保全権利の存否に関する主張であるから、本件の申立手続において、主張自体失当であるというべきである。
(四) 本件記録によれば、申請人は栃木県知事をして、昭和二三年一二月二日被申請人から本件土地を、自作農創設特別措置法に基づき買収処分をなさしめ、その後栃木県牧野管理農業協同組合に賃貸した形態をとり、同組合が本件土地の管理経営主体として、その使用を許容されていたものであること、その後同組合は本件土地の草地開発事業を、栃木県に委託した形態をとり、栃木県が事業主体として、農用地開発事業実施要綱及び草地開発事業実施要領に則り、地方農政局長と協議のうえ、申請の理由二項(二)2記載のとおり、昭和四九年度より五ケ年に亘る団体営草地開発事業実施計画を樹立して、申請人の補助を受けるなどしてその事業を実施するに至つたものであること、そして同県は同項(二)3記載のとおり昭和五二、五三各年度の二ケ年間に、急遽瞬発的に急斜面を切り込んで、ブルドーザーによる道路の粗通しをほぼ終了し、かつ本件土地内に生立する樹木を伐採し、或いはブルドーザーなどの機械力を駆使して、樹木を押し倒すなどしたうえその表層を剥離し、火山性礫、砂、灰からなる崩壊し易い土砂と共に、低地若しくは谷間に押し出して埋没せしめるなどの強引な荒工事を敢行し、結局本件土地全体の面積の約三割(計画面積の約九割弱)を裸地にして、牧草の播種用地として造成するなどし、本件仮処分の執行時点において、残工事は同項(二)、4記載のとおりのものを残すに過ぎない状態にあり、その事業計画の大半の工事を終了していること、その後事業主体である栃木県は本件仮処分執行時まで約一年近く、粗通しの牧道を放置するなどしたため、粗通しの牧道、及び牧草の成育が十分でなく、裸地部分の多い草地造成地などが、風雨により侵蝕され、道路の切込、路面、路肩各部分の火山性礫、砂、灰からなる土壌が崩壊、流失し、或いは造成地の表土が流亡するなどの荒廃が目立ち始め、その補修ないし修復を要する状態にあることが一応認められる。
(五) ところで、本件仮処分の内容は前記認定のとおり、申請人に対し本件土地内における地形、河川の変更、掘削、道路の開設、変更などの土木工事、樹木の伐採、植付、境界柵その他の工作物の設置など、現状を変更する行為を禁止する不作為義務を負わせるものであり、被申請人に対し本件土地につき終局的権利を実現せしめるものでないこと明白である。
さらに本件土地内における前記各種工事は、栃木県が事業主体として実施しているものであり、申請人は栃木県の右事業に助言と補助をなしているとはいえ、申請人がその事業主体として直接、または共同しその事業をなし、或いは栃木県をしてなさしめているものと認めるべき資料はない。
従つて申請人は、栃木県が団体営として実施する前記草地開発事業の工事の差止により、直接不利益ないし損害を被るべき立場にないものといわなければならない。
なお、本件土地内における危険箇所が発生した場合、該部分につきその補修ないし修復のためその限度内において、危険の排除、及び予防工事をなすことは、本件土地を維持、管理する保存行為であり、本件仮処分執行時点前後における、本件土地の同一性を害することにならないうえ、将来における終局的権利の実現に障害とならない行為であるから、本件仮処分におけみ現状不変更の不作為義務に違反することとなり得ず、右事態の発生に至つた場合、申請人の責任において、その補修ないし修復をなすべき義務があるものといわなければならない。
そして本件記録によれば、本件土地の維持、管理は、暫定的措置である本件仮処分の当否の裁判あるまで、右限度における補修ないし修復工事により、十分なし得るものというべく、これを超えて栃木県が事業主体として実施する予定である、申請の理由二項(二)5に記載する諸種の残工事を完成しなければ、申請人に回復し難い著しい損害を被らせるに至るものと到底認め難い。
(六) 以上のとおりであるから、申請人の本件申請は理由なく失当であるからこれを却下し、主文のとおり決定する。
(相良甲子彦)