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宇都宮地方裁判所大田原支部 昭和51年(ヲ)38号 決定 1976年7月12日

申立人(債務者)

手塚郁太郎

右代理人

高谷圭一

相手方(債権者)

山下正作

右代理人

沢田利夫

第三債務者

氏家町

右代表者町長

手塚郁太郎

主文

宇都宮地方裁判所大田原支部昭和五一年(ル)一六号・同年(ヲ)二二号債権差押及び取立命令に基づき、相手方が別紙目録記載の債権に対してなした強制執行は右債権額の二分の一を超える部分につきこれを許さない。

申立費用は相手方の負担とする。

理由

一申立人代理人は、主文と同旨の裁判を求めた。その申立の理由の要旨は次のとおりである。

(一)  相手方は、相手方の申立人に対する宇都宮地方裁判所大田原支部昭和五〇年(手ワ)三三号約束手形金請求事件の判決の執行力ある正本に基づく同庁昭和五一年(ル)一六号・同年(ヲ)二二号債権差押及び取立命令に基づき、申立人が第三債務者に対して有する別紙目録記載の債権に対し、強制執行をなした。

(二)  しかしながら、申立人の右債権は、申立人が第三債務者に町長として勤務したことによる報酬債権であるから、民事訴訟法六一八条一項五号の「官吏……ノ職務上ノ収入」に外ならない。したがつて、同条二項但書により少くともその二分の一を超える部分に対する強制執行は許されないものである。

二そこで、右申立について判断する。

(一)  民事訴訟法六一八条一項五号は「官吏……ノ収入」を差押禁止債権と定めているものであるところ、その趣旨は、官吏の職務の特殊性にかんがみ、官吏が債権者からの差押によつて窮乏状態に陥りその結果職務の遂行に支障をきたすことがないよう、官吏の収入の差押を禁止し、官吏をしてその地位に相応する生活を保持させつつ職務に専念させるところにあると従来解せられてきたのであるが、他方、同条同項六号は、広く「職工、労役者又ハ雇人カ……受クル報酬」についてもこれを差押禁止債権と定めている。してみると、同項五号の規定は、六号の規定と相まつて、単に特殊な職務に従事する者のみならず、広く賃金を唯一の生活の糧とする勤労者全般に対し、その賃金に対する債権者からの差押を免れさせ、もつて勤労者及びその扶養親族の生活の安定を保障することを主たる目的とした規定であると解するのが相当である。

右によれば、民事訴訟法六一八条一項五号の「官吏」とは「国の特別選任により国に対して公けの勤務関係にたち無定量の公務を担当、執行するもの」といつた古典的な字義どおりの者を指称するのではなく、国家公務員のみならず地方公務員をも包摂した広く「公務員」を意味するものと解すべきである。

ところで、右の公務員には、職務専念義務を負い、原則として兼職が禁止されている(国家公務員法一〇一条、地方公務員法三五条)いわゆる一般職の公務員がこれにあたることはいうまでもない。これに対し、地方公共団体の長は、公務員ではあるが、特別職の公務員であつて地方公務員法の適用を受けることがなく、わずかに特定公職との兼職が禁止され(地方自治法一四一条)、特定関係私企業から隔離され(同法一四二条)るのみで、原則としては他から収入を得る道を開かれているところから、右は民事訴訟法六一八条一項五号の「官吏」にあたらないのではないかとの疑念が生じないわけではない。

しかしながら、地方公共団体の長は、公共団体を統轄し、これを代表する(地方自治法一四八条)ほか、尨大な事務の管理及び執行をなす職責を有している(同法一四八、一四九条)のであつて、その遂行のためには、自己の全知全能を不断に傾注しなければ、とうていこれを全うすることは不可能であろうことが、容易に推測されるのであるが、そうであるとすれば、地方公共団体の長にとつては、原則として兼職が禁止されていないとはいつても、現実には他に就労することは事実上不可能であり、兼職の可能性としてはわずかに名目上の役員等に就任する道が残されているにすぎないものといわざるを得ない。してみると、地方公共団体の長は、かりに職務上の収入金額について差押を受けたとしても兼職による収入に依拠してその地位に相応する生活を保持し、自己及び扶養親族の生活の安定を維持することが可能である、とは必ずしもいい難いこととなる。

右によれば、民事訴訟法六一八条一項の適用について、地方公共団体の長を他の一般職公務員と区別する理由は乏しいものというほかはないから、地方公共団体の長の収入もまた、同項五号の「官吏……ノ収入」にあたるものと解さなければならない(当裁判所はかつて当庁昭和四九年(ヲ)一五号事件においてこれと異なる見解を示したがこれを変更する)。

(二)  これを本件についてみると、申立人主張の債権は、申立人が町長として第三債務者から支給を受ける報酬債権であつて、民事訴訟法六一八条一項五号の「官吏……ノ収入」であるから、同条二項により、少くとも申立人が求める、右の二分の一を超える部分の差押は許されないものであるといわなければならない。

三よつて、本件申立は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。 (山口忍)

目録

一金一〇三万六八八五円

債務者(氏家町町長)が、第三債務者から支給を受ける報酬(諸手当、賞与を含む)にして所得税、住民税を控除した金額の昭和五一年四月一日より頭書の金額に達するまでの債権

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