宇都宮地方裁判所栃木支部 昭和46年(モ)122号 判決
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〔判決理由〕債権者が請求原因第一の一記載の登録実用新案権を有していること、その登録請求の範囲が同第一の二記載のとおりであること、および右実用新案が喞子の不用意な抜止<注1>の防止をその目的の一つとしていることについては当事者間に争いがなく、債務者が別紙物件目録に記載された注射筒につき、製造および販売するなどの実施行為をなしている点は、債務者において明らかに争わないから、自白したものとみなす。
そこで、本件登録実用新案の技術的範囲に債務者実施物件たる別紙目録記載物件が属するか否かについて判断する。
<書証>によれば、本件登録実用新案における「考案の詳細な説明」中に「パッキングの外径より抜止環の内径が小さいので確実な気密性が保たれるし、スライドパッキングと抜止環の係合する所まで喞子を後退させることによりほぼ一定量の薬液を常に喞筒内に吸引し得る」旨の記載があることが認められ、本件考案においては右抜上環の作用として気密性保持および一定量の薬液吸引の効果も期待されていることは明らかであるが、同時に右「説明」中には「『喞子の係止位置が一定しないため』一定量の薬液を喞筒内に吸引することが困難であり、さらに喞子を引き抜き過ぎると、空気がスライドパッキングより先端側に侵入するおそれがある。本案は右欠点を改善せんとするものである。」旨の記載もあつて、一定量の薬液吸引の作用は「抜止」環すなわち「係止」環を設けることにより当然生ずる効果であり、気密性保持の作用の一部についても喞子を喞筒から引き抜き過ぎるのを防止する「抜止」すなわち係止の当然の効果であるとみられていることは明らかである。
そして、喞子先端に取り付けられたスライドパッキングが弾力性に富むことなどを考慮すると、一定量の薬液吸引の目的のためには、薬液の吸引前の坪量および喞筒につけられた目盛その他の方法によるのが正確であつて、抜止環は「ほぼ」一定の量の薬液を吸引しようとする場合一応の目安となり、操作を容易にするものであるに過ぎないこと、ならびに喞筒内の気密性保持は右スライドパッキングによつてなされ、抜止環は右効果を多少、より確実なものにするに過ぎないことは、いずれも当裁判所に顕著な事実である。
右事実と当事間に争いのない本件登録請求の範囲には単に「喞筒の内面にスライドパッキングの外径よりやや小さい『抜止』環」と記載され、薬液の坪量または喞筒内の気密性保持の作用に関する環であることには全く触れられていない事実を合わせ考えると、一定量の薬液吸引および気密性保持の効果は、本件考案にかかる抜止環の附随的な目的に過ぎないものと解さなければならない。
債務者訴訟代理人は、「本件考案における抜止環の位置は、使用しようとする注射液入りアンプルの容量に応じて種類ごとに決定されるものであり、喞筒の末端付近に設けられているものは含まれない。」と主張するが、前記のとおり、抜止環は右のように「ほぼ」一定の薬液を吸引しようとする場合の一応の目安となるとともに操作を容易にするためのものに過ぎないうえ、ほぼ一定量の薬液吸引のためには抜止環の位置のみならず、喞筒の太さも重要な意味をもつことは当裁判所に顕著な事実であるから、抜止環の位置が本件「登録の請求の範囲」に記載されているとおり喞筒の中央より末端である限り、使用しようとする注射液入りアンプルの容量に応じて種類ごとに決定されることは、本件登録実用新案の構成要件に属さないといわなければならない。
なるほど債務者訴訟代理人の主張するように、債務者実施物件においては、抜止環が喞筒のほぼ末端に設けられ、これに近接する喞筒末端内部が喞子の挿入を容易ならしめるため傾斜を持たせやや広口とされていること、そのために喞子がやや傾き易く安定しないこと、および抜止「環」は三個の切欠部を有することが認められるが、債務者において債務者実施物件であることを明らかに争わない別紙物件目録記載の物件についてみると、右抜止環に設けられた三個の切欠部は非常に小さな溝にすぎず、本件考案における「喞子の不用意な抜止防止を図るため、喞筒内面の中央より末端に抜止環を設ける」という技術的思想と同一であるということができる。
そして、債務者実施物件の抜止環は、本件考案の抜止環の附随的効果である、ほぼ一定量の薬液吸引という作用において差異はなく、単に附随的効果の一つである喞筒内の気密性保持の確実化という点において多少劣るのみであるということができる。
したがつて、債務者実施にかかる別紙物件目録記載の物件は本件登録実用新案の技術的範囲に属するといわなければならない。
次に、債務者訴訟代理人は、「本件登録実用新案権は、その登録が無効であり、したがつて、本件仮処分の被保全権利が不成立であるか、または不存在である。あるいは、右登録が無効であるか、またはその有効性に重大な疑いがもたれるから、満足的仮処分の必要性を欠くか、またはそのような登録実用新案権に基づく差止請求権の行使は権利の濫用である。」と主張するので、検討する。
実用新案権は、特許庁における登録行為により初めて発生する。
すなわち、登録は、実体的権利としてそれ自身独立して存在する実用新案権を、単に正確に反映すべき形式すなわち単なる手続と考えるべきではなく、両者は性質上表裏一体をなし、不可分のものであるとみるべきである。
また、実用新案法は第三七条第一項で一定の無効事由を定め、これに基づいて登録を無効とすべき場合の手続としては特許庁における司法的色彩をもつ無効審判手続を特別に規定している。
したがつて、いつたん実用新案権として登録された以上、右法条所定の無効事由が存することを理由として登録の無効を主張しようとする者は、右無効審判手続によらなければならないと解すべきである。
登録実用新案権の本質的な効果の一つである侵害排除を求める訴訟において、右無効審判手続を経ないまま、右登録すなわち実用新案権の効力を否定することは制度上許されないと解すべきである。
また、仮処分の必要性は、法律関係の不確定のために生ずる著しい損害を避け、または急迫な強暴を防ぐ等の理由で暫定的な地位を形成し、これを維持実現する必要のあることをいうのであり、被保全権利とは別個のものであるから、登録が無効であるか、またはその有効性に重大な疑いがもたれる場合すべて、仮処分の必要性を欠くとはいえない。
実用新案法第四一条、特許法第一六八条第二項に審決が確定するまでの訴訟手続の中止が規定されているが、これは判断の齟齬を避け、訴訟経済を図るため、右要請と右審決確定までに要すると予想される期間を考慮する迅速な裁判の要請とを比較衡量して、なおかつ訴訟手続を中止するのが妥当であると思料される場合に適用されるべき手続規定であつて、右規定が存するからといつて、実用新案権に関する紛争においては一般に緊急事態が存しないとはいえず、判断の齟齬回避および訴訟経済の要請のために常に緊急的措置の必要性を無視すべきであるとはいえない。
そしてまた、登録が無効であるか、またはその有効性に重大な疑いがもたれる実用新案権に基づく差止請求権の行使は権利の濫用であるという主張は、前記のように実用新案権とその登録は性質上表裏一体をなす不可分のものであり、差止請求権は登録実用新案の本質的な効果であると考える以上、「無効またはその疑いが強い権利の行使は権利の濫用である。」と主張するのと同様無意味であり、これを採り得ない。
なお、登録実用新案権に実用新案法第三七条第一項所定の無効事由が存し、無効審判手続によつて無効とされる蓋然性があると認むべき相当の理由があるのに、登録実用新案権者において、右の情を知りながら、右審判手続を故意に遅延せしめ、または右手続の著るしい遅延に乗じて、右実用新案を実施する者に対して差止請求をし、不当な利益を図るような場合においては、登録実用新案権の濫用として法的保護を受け得ないものというべきであるが、本件において右主張に添う疎明資料は見当らない。
<証拠>によれば、請求の原因第四記載の事実が<注2>認められ、これと本件仮処分における被保全権利の性質、これによる蒙るべき債務者の損害、ならびに現在係属中の無効審判手続において無効審決がなされる蓋然性およびその確定までに要すると予想される期間等を合わせ考えると、本件仮処分の必要性は疎明されたといわなければならない。
以上のとおりであるから債務者の前記侵害行為を差止める旨の債権者の申請を容れてなした本件仮処分は、債権者が金五、〇〇〇、〇〇〇円の保証を立てることを条件とする限度で正当であり、右仮処分に際し債権者は金二、〇〇〇、〇〇〇円の保証を立てているので、新たに金三、〇〇〇、〇〇〇円の保証を立てることを条件として、これを認可することとし、……主文のとおり判決する。
(和田忠義)
<注2>第四 仮処分の必要性
一 債権者は注射筒および体温計等医療用機器の総合メーカーたる会社であり、債務者も同じく医療用機器の製造および販売を行なつているものである。
二 債権者は昭和三九年六月ごろから本件実用新案に基づいて「Tディスポーザブルシリンジ」の製造および販売を行なつて現在に至つているが、昭和四六年一月ごろから債務者が右注射筒と同じ型の本件物件目録記載の製品を製造および販売するに至つたため、債権者製品の売れ行きが思わしくなくなり、東北地区においては、昭和四三年以後著るしい売上の伸びがみられたのに、昭和四六年に入るや減少気味となつている。
三 債務者の製品は債権者のそれに比し廉価であり、債権者の販路を次第に蚕食しており、この失われた販路の回復は単に損害賠償の請求のみでは解決され得ない無形の信用の喪失を伴うものである。
四 債務者の製品は廉価であるうえに、その品質も債権者のに比し劣るため、需要者間には債権者の製品についてまでその信用について疑義が生じつつある。
五 債務者の侵害行為をこのまま持続させると、債権者としては損害が増大する一方であるのみならず、損害の立証活動は愈々困難となる。