宇都宮地方裁判所足利支部 昭和48年(ワ)68号 判決 1976年7月29日
原告
井筒功
被告
佐藤勝夫
ほか一名
主文
一 被告らは、各自、原告に対し金二九九万一、四五五円および内金二七一万一、四五五円に対する昭和四七年三月二九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。
四 この判決第一項は仮に執行できる。
事実
(当事者の求めた裁判)
第一原告
一 被告らは、各自、原告に対し、金六、九二九、〇〇〇円および内金六、二〇九、〇〇〇円に対する昭和四七年三月二九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに仮執行宣言
第二被告ら
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
(当事者の主張)
第一請求原因
一 被告佐藤勝夫の運転する普通乗用車(栃四四せ六四八二号、以下加害車という。)と原告の運転する原動機付自転車(足利市(え)二三七号、以下バイクという。)とが、昭和四七年三月二八日午前七時三〇分ころ、足利市助戸一丁目六三一番地先路上で衝突し、原告は、右側頭骨々折、硬膜破裂、脳挫傷、脳内血腫等の傷害を負つた。なお原告は、当時県立足利商業高校二年生在学中であり、本件事故は、アルバイトのため、牛乳配達中の事故である。
二 右事故は、被告佐藤の過失により発生した。すなわち同人は、加害車を無免許で運転し、前記路上を足利市立第三中学校方面から時速約四〇キロメートルで進行中、運転者としては、たえず前方を注視し、不測の事態が発生しても、直ちに応変の措置が採れるよう万全の注意をすべき義務があるのにこれを怠り、漫然進行した過失により、進行方向左手の交差する道路から進行してきた原告運転のバイク右側に自車を衝突させたものである。
三 被告森は、加害車の保有者であり、被告佐藤を使用する者である。
(一) 被告森は加害車を所有する。すなわち昭和四六年二月ころ、ニツサンサニー宇都宮販売株式会社からこれを買受け、被告佐藤に使用させていたものである。実際の売買契約も勿論被告森が締結し、かつ、その代金も支払い、加害車は直接同人に納入された。車庫証明、車検名義人強制保険の契約等すべて被告森がしている。要するに実質もまた外観上も被告森が加害車の所有者である。
(二) また被告森は、被告佐藤の使用者もしくはこれに準ずる関係にある。右佐藤は森方に勤務したことがあり、事故当時森の専属的下請ともいうべき立場にあつた。現に本件事故は、右佐藤が、森の下請として下館市の現場へ向う途中の出来事であつた。
(三) 被告佐藤は、被告森から給与を受けず、その意味で勤務していたとの表現は当らないとしても、その専属的下請として森の仕事を優先的に行い、同人個人の経営する富士塗装看板店の経営組織の一部を構成していた。それ故被告佐藤に加害車を使用させていたのである。それは結局被告森自身の営業上の便宜を目的としてなされ、佐藤自身営業上、森の指導監督に服していた。
四 原告は、本件事故による傷害のため、次のとおり入院、手術、通院等の加療を受けた。
(一) 右事故後、原告は直ちに足利日赤病院に入院、手術等を受け、昭和四七年六月一日退院した(入院六五日間)。
(二) 右退院後二週間に一、二回程度の通院加療を継続し、さらに昭和四七年一二月一八日から翌年一月一五日まで、頭蓋骨欠損に対する形成手術のため再入院した(入院二九日)。
(三) 原告は、本件事故により脳機能に障害を生じ、その結果現在でも左手、左足の麻痺症状、左耳難聴、集中力欠如等の後遺症がある。
(四) なお昭和四八年四月四日食事中全身けいれんの大発作により昏倒し、同月九日まで六日間同病院に入院した。
五 原告は、本件事故により次のとおり金六九二万九、〇〇〇円の損害を蒙つた。
(一) 付添人費用 金六万円
原告の母とみ付添。入院期間中の付添必要日五〇日、一日一、二〇〇円の割合で計算
(二) 入院通院中の諸雑費 金五万円
(三) 入院および通院中の慰藉料 金八三万円
入院一〇〇日間の苦痛に対するもの、および事故から現在(昭和四八年七月)まで一六ケ月の通院中の苦痛に対するもの。
(四) 後遺症に対する慰藉料 金二〇〇万円
(五) 後遺症による逸失利益 金二六六万九、〇〇〇円
原告の後遺症は、七級四号に該当するから、その喪失率は五六パーセントであり、その状態が一〇年間継続するものとした。得べかりし利益の月額は、全産業常用労働者のうち高卒平均賃金を参考にし月金五万円とする(なお計算方式として一、〇〇〇円以下切捨て)。
(六) 一年間就職ができない損害 金六〇万円
(七) 弁護士費用 金七二万円
原告は、本件事故のため、弁護士に対し、着手金、報酬とも請求額概算六〇〇万円につき各六パーセントを支払うことを約束した。
六 よつて原告は、被告佐藤に対しては不法行為に基き、被告森に対しては第一次的に自賠法による保有者責任により、第二次的には民法七一五条の使用者責任に基き、各自前記金六九二万九、〇〇〇円および内金六二〇万九、〇〇〇円に対する本件事故発生の翌日である昭和四七年三月二九日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第二被告佐藤の答弁ならびに抗弁
(答弁)
一 第一項のうち本件事故の発生は認める。その余は不知。
二 第二項については、当時の加害車の時速が四〇キロメートルでなく約三〇キロメートルであつた点を除き認める。
三 第三項は否認する。
(一) (一)も否認もしくは争う。被告佐藤は森盛名義を借用したものにすぎず、事実上の所有者は被告佐藤である。
(二) (二)も否認もしくは争う。被告佐藤は、独立してペンキ塗装の仕事をしている。
(三) (三)も否認もしくは争う。
四 第四項の(一)、(二)は認める。(三)、(四)は不知。
五 第五項の(一)ないし(七)はすべて不知。
六 六は争う。
(抗弁)
一 本件事故の原因は、原告の過失によるところが大きい。すなわち、加害車進行方向に交差する左側道路より、原告が一時停止も安全確認もせず、飛出してきたために事故が発生した。被告佐藤の進行道路が優先道路であり、一方原告は牛乳びんを満載してバイクを運転していた。なるほど被告佐藤は無免許であつたが、運転経験は充分あり、かつ事故発生時は早朝で、交通量も少なく、見通しも良好であつた。通常であれば事故の発生は考えられない。本件事故についての原告の過失は九〇パーセントとみるのが相当である。
二 原告は、労災保険による給付により病院の治療を受けた。その保険給付額は、昭和四八年一〇月三〇日までの期間について合計金六一万六、一五四円である。そして被告佐藤は、右金額につき、足利労働基準監督署より求償請求を受けている。
その他事故直後、被告佐藤は、見舞金として原告に金三万円を支払つた。また原告は昭和四九年四月に自賠責による保険から金七万五、〇五四円を受領している。
第三被告森の答弁ならびに抗弁
(答弁)
一 請求原因第一項は不知
二 第二項は否認もしくは争う。
三 第三項は否認する。
(一) (一)のうち、被告森名義で、加害車が購入され、保険契約等が締結されたことは認める。その余は否認もしくは争う。
被告森は、被告佐藤から昭和四六年一月下旬ころ、加害車を購入するにつき、買主の名義を貸してもらいたいと頼まれた。それによると、加害車の売主であるニツサンサニー宇都宮販売株式会社のセールスマンの熊倉勝より、「もし資力と信用のある被告森が購入名義人になつてくれるなら、車を販売してもよい。」といわれている、とのことであつた。それで単に名義を貸したに過ぎず、まして車の保管や使用には係わりがなく、運行利益も得ず、また運行支配もしていない。
(二) (二)は否認もしくは争う。
(三) (三)も否認もしくは争う。
四 第四項は(一)ないし(四)すべて不知
五 第五項も(一)ないし(七)ともすべて不知もしくは争う。
六 第六項は争う。
(抗弁)
被告佐藤の過失相殺および一部弁済の抗弁を採用する。
第四抗弁に対する答弁
一 抗弁第一項は否認もしくは争う。
二 第二項のうち、被告佐藤から金三万円を受領したこと、自賠責保険から主張の金額の支払を受けたことは認める。また原告が労災保険からの給付で治療を受け、その給付金額が昭和四八年一〇月三〇日で被告佐藤の主張するとおりであり、かつ右金額につき同人が求償請求を受けていることは認める。しかし右金額を本訴請求より差引くべきとの主張は争う。
(立証) 〔証拠関係略〕
理由
一 請求原因第一、二項(加害車の時速と原告の身分関係等の点は除く)は、原告と被告佐藤との間では争いがなく、被告森との間では、いずれも成立に争いのない甲第一号証の一、二甲第四ないし八号証、原告ならびに被告佐藤本人尋問の結果(第一、二回)により明らかである。とすると被告佐藤は、本件事故により原告の蒙つた損害につき賠償責任を負担する。
二 よつて以下被告森の責任の有無につき判断する。
加害車がニツサンサニー宇都宮販売株式会社から被告森に売渡された形をとり、従つてその登録名義が被告森の名でなされ、自賠責保険の契約も同人の名で結ばれていたことは当事者間に争いがない。そして証人熊倉勝の証言、被告佐藤勝夫(第一、二回)および森盛各本人尋問の結果を総合すると、次のとおり認められる。
ニツサンサニー宇都宮販売株式会社では、昭和四六年一月ころ、被告森の紹介で被告佐藤から車の購入申込(月賦での)を受けたが、佐藤の支払能力に信用がなく、結局森自身が買う形ならこれに応ずるとしたところ、同人もこれを承諾し、このような場合通常採られる代金の支払い保証でなく森自身が購入者として契約したこと、従つて、車庫証明、税金、代金支払いのための手形等すべて森の名で処理され、契約の締結もまた車の引渡しも同人のところでなされたこと、右手形の決済もすべて済んだこと、もつとも以後同車は被告佐藤方で保管し、佐藤本人もしくはその従業員らが運転使用してきたこと、一方佐藤は、以前被告森のところに勤務し、塗装の仕事に従事していたが、そこを辞め、二、三勤務先を転々とした後、結局独立して塗装業を営むようになつたこと、そして森との関係も復活し、資金面で面倒をみてもらつたほか、昭和四七年度の佐藤のした仕事のうち二分の一から三分の二が森からまわせれたこと、それらの場合、その代金はすべて森に請求していたこと、現に事故当時は、「優緑建設」から森が請負つた塗装の仕事を、多忙のため、佐藤が代つてすることになり、正しくその現場(茨城県下館市)へ行く途中であつたこと、以上の事実が認められる。
そうすると被告森は、被告佐藤に単にいわゆる名義貸をしていたというのでなく、右のように所有者としての外観に内部的な実質関係が認められる以上、運行供用者としての責任を負担すべきものと認めるのが相当である。被告森本人尋問の結果のうち右に反する部分は採用できず、他に右認定を覆えすだけの証拠はない。
三 次に損害額につき判断する。
(一) まず請求原因第四項の(一)ないし(四)((一)、(二)は被告佐藤との間では争いがない。)の事実は、いずれも成立に争いのない甲第一号証の一、二、第八号証、証人井筒富一の証言、原告法定代理人井筒とみ(供述当時)および原告本人尋問の各結果から認められる。
(一) 入院付添費
右(一)の認定事実に右法定代理人井筒とみ尋問の結果を総合すると、原告は少くとも五〇日間は要付添状態であつたと認められかつ右付添費は、原告主張のとおり少くとも一日金一、二〇〇円、合計金六万円と認めるのが相当である。
(三) 入院および通院中の諸雑費
前認定のとおり原告は一〇〇日間入院し、入院中の雑費は一日金五〇〇円と認めるのが相当である。従つて少くとも合計金五万円となる。
(四) 後遺症による逸失利益
前記(一)の認定事実に、証人井筒富一の証言、原告本人尋問の結果を総合すると、原告の後遺症による労働能力の喪失率は五〇パーセント、その状態は少くとも昭和四九年四月一日から一〇年間は継続するものと認められる。昭和四八年度全産業常用労働者の高校卒平均賃金等を参考にすると生活費等を控除した得べかりし利益は少くとも月五万円、年額にして金六〇万円はあるものと認められる。よつて、年五分の中間利息で、ライプニツツ係数七・七二を乗じて算出するとその合計は二三一万六、〇〇〇円となる。
(五) 一年間就職ができない損害
前記(一)認定の障害の程度に、証人井筒富一の証言、原告本人尋問の結果を総合すると、原告は昭和四八年三月に県立足利商業高等学校を卒業し、就職する予定でいたが、右障害により、幸うじて卒業はしたものの就職は果せなかつたことが認められる。ところで前記賃金センサスによると昭和四八年度の高卒者の初任給の平均額は、年間金八〇万円であるところ、生活費など別途既に現実に支出済と考えられる必要経費を控除した経費はその三〇パーセントと認められるので、その得べかりし利益の喪失分は金五六万円と認めるのが相当である。
(六) ところで右(四)、(五)の損害とも昭和四九年四月一日現在のものと考えられるので、事故発生の日までの中間利息(年五分の単利)を控除すると、結局昭和四七年三月二八日当時の(四)、(五)の損害は、金二六一万四、〇〇〇円と認められる。
四 過失相殺
(一) 前記第一項での認定した事実に、成立の争いのない甲第四ないし八号証、当裁判所の検証の結果および原告および被告佐藤本人尋問の結果(第一、二回)から認められる加害車の進行道路とバイクのそれとの状況つまり後者に一時停止の標識があり、道幅に一見して分る大きな差があることからして前者は明らかに優先道路であること、しかもバイクの進行道路はブロツク塀に囲まれ見通しできず、そのうえ当日駐車々両が見通しを妨げていたこと、いずれにしても被害者の側に速度こそあまり出ていなかつたが、安全確認の点で大きな過失のあること、その他当時の交通状況、また被告佐藤は無免許で加害車を運転していたこと、衝突の場所からして、被告佐藤も今少し早くバイクを発見すべきであつたこと、両者の車種等その他の事情をあれこれ考え合わせると、その過失割合は、被害者側七、加害者側三と認めるのが相当である。
(二) 従つて、前記(二)ないし(五)の損害合計金二七二万四、〇〇〇円のうち被告らの負担すべきものは、合計金八一万七、〇〇〇円(原告の主張に従い一、〇〇〇円以下切捨て)となる。
五 慰藉料
(一) 入院および通院中のもの
前記第三項の(一)の認定事実に、前記甲第一号証の二、原告本人尋問の結果を総合すると、その後原告は昭和四九年三月ころまでは通院し、それ以後も大体二週間に一度病院から薬を受取り、ずつと服薬していることが認められる。その通院、入院期間に傷害の程度、被害者の年令、前記過失割合等諸般の事情を考慮すると、その慰藉料額は金五〇万円と認めるのが相当である。
(二) 後遺症に対するもの
前認定の原告の後遺障害(七級相当と認められる。)、特に脳波に異常があり、将来に再発への不安があること、原告の年齢、将来の就職の予測もいまだ立つていないこと等の事情に前掲の過失割合その他諸般の事情を考え合わせると、その慰藉料額は、金一五〇万円と認めるのが相当である。
六 弁済等の抗弁についての判断
(一) 支払い分
被告佐藤が事故直後見舞金として金三万円を支払いその後原告が自賠責保険から金七万五、五四五円を受取つたことは、当事者間に争いがない。前記損害の合計から右を差引くと、残額は金二七一万一、四五五円となる。
(二) 相殺等の抗弁
次に原告が労災保険からの給付で傷害の治療を受け、その給付金額が昭和四八年一〇月三〇日現在で金六一万六、一五四円であり、かつ右金額について被告佐藤が求償請求を受けていることは当事者間に争いがない。
被告らは、右について過失相殺(本来過失割合からいつて治療費のうち原告が負担すべき分に相当すると考えられる労災保険からの給付金額は、他に充当すべきとの趣旨であろう。)を主張するが、労災保険からの本件給付は、損害填補とは別の治療を目的として支出されたもので、被害者の側からは、被告らの主張する意味での過失相殺の対象とはならないと解せられる。よつて被告らの主張は採用しない。
七 弁護士費用
原告が、本件紛争につき、弁護士に委任して訴えの提起を余儀なくされたことは、弁論の全趣旨から明らかである。そして本件請求額、前記認定の損害額、本訴審理の経過、その他の事情を考えると、被告らが負担すべき弁護士費用は、金二八万円が相当と認められる。
八 むすび
よつて原告の請求のうち、被告ら各自に対し金二九九万一、四五五円と内金二七一万一、四五五円につき事故発生の後である昭和四七年三月二九日以降右支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は、正当として認容し、その余の請求は、失当として棄却すべきである。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条、仮執行宣言につき同一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鈴木経夫)