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宮地簡易裁判所 昭和40年(ト)15号・昭40年(ト)13号・昭40年(ト)18号 判決

申請人 国

訴訟代理人 斉藤健 外一四名

被申請人 室原知幸 外一名

第一、二

第三、主文

申請人に対して本判決が送達された日から五日以内に、申請人において金四〇万円の保証を立てることを条件として、次のとおり命ずる。

(1)  別紙物件目録記載の土地び及建物に対する被申請人等の占有を解いて、請人の委任する熊本地方裁判所属の執行吏にその保管を命ずる。

(2)  執行吏は、申請人の申出があつた場合には、申請人の費用をもつて、右土地上の建物・看板・有刺鉄線・棧橋・木柵その他一切の工作物を撤去せよ。

(3)  執行吏は、申請人が本件土地の使用を申し出た場合には、その使用を許さなければならない。

(4)  被申請人等は、右土地に立ち入つたりなどして、申請人の右土地の使用を実力をもつて妨害してはならない。

(5)  執行吏は、適当な方法をもつて本件命令の趣旨を公示せよ。

(6)  訴訟費用は、被申請人等の連帯負担とする。

第四、双方の申立

一、申請人の求める裁判

主文と同じ。

二、被申請人室原知幸・穴井武雄・田上重時・西島春雄・井上栄次・長野春利・酒井喜為・森純利・室原是賢・森武徳(以下「被申請人知幸外九名」という。)の求める裁判

(1)  申請人の本件申請を却下する。

(2)  訴訟費用は、申請人の負担とする。

第五、お互いの主張

(申請人の申請理由)

一、阿蘇郡小国町黒淵字天鶴五八一四番山林四反八畝一四歩(以下「五八一四番の土地」という。)は、もと末松豊の所有であつたが、申請人においてこれを買い受け、昭和四〇年九月三〇日申請人のための所有権移転登記を了したものである。

二、別添図面中赤及び青色部分の土地(以下「本件係争地」という。)は、五八一四番の土地の一部である。

三、被申請人等は、本件係争地上に別紙物件目録記載の建物・看板・有刺鉄線・棧橋及び木柵等の工作物を共有して、本件係争地を占有している。

四、申請人は、現在、下筌ダムの建設工事を施工中であるが、本件係争地は、ダム本体建設予定地点の直ぐ下流の右岸に位置しており、ここに下流仮締切り・水叩きコンクリート並びに副ダムの築造を予定している。

五、右の下流仮締切り工事は、遅くとも昭和四〇年一二月初旬に着工する予定であり、その着工に先立つて、右仮締切り。ダム本体・水叩きコンクリート及び副ダム等の詳細設計のための測量を行うため、速かに本件係争地に立ち入つて測量したり、基準杭等の工作物を設置したりする必要がある。

六、ところが、前記のとおり、被申請人等が本件土地を占有して、申請人の測量その他工事の施工等を妨害しているので、申請人は、建物等の収去による本件係争地の明渡の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、その本案判決があるまでこのまま放置して置くときは、下筌ダムの建設工事に重大な影響を及ぼすことが必定である。

七、よつて、申請人は、本件土地の所有権に基く妨害排除請求権を被保全権利として、本件仮処分申請に及んだものである。

(被申請人知幸外九名の答弁)

一、申請人主張の申請理由第一項中、五八一四番の土地がもと末松豊の所有であつたこと、及び右土地について昭和四〇年九月三〇日付で申請人のため所有権移転登記がされていることは認めるが、その余の事実は、知らない。

二、同第二項の事実は否認する。

本件係争地は、阿蘇郡小国町黒淵字天鶴五八二三番の三山林一畝歩(以下「五八二三番の三の土地」という。)の一部であつて、現在、被申請人室原知幸及びその他の人々の所有に属しているものである。

三、同第三項の事実は認める。

四、同第四項中、申請人が下笙ダムの建設工事を行つていることは認めるが、その他の事実は争う。

五、同第四ないし七項の事実も争う。

本件係争地については、申請人側に被保全権利の存在は勿論のこと、仮処分の必要性も全然ない。

(被申請人知幸外九名の主張)

一、申請人は、当初、「被申請人等は、本件係争地上の看板・有刺鉄線・棧橋・丸太小屋・木柵その他一切の物件を撤去せよ。被申請人等が本命令送達後三日以内に右物件の撤去をしないときは、申請人の委任した熊本地方裁判所の執行吏は、適当な方法でこれを撤去することができる。被申請人等は、本件係争地に立ち入つたり、又は、第三者をして立ち入らしめるなどして、申請人の本件係争地の占有使用を妨害してはならない。執行吏は、右命令の趣旨を公示するため、又、被申請人等が前項の妨害行為をなしたときはその妨害行為を排除するため、適当な措置をとることができる。」との仮処分を求めており、その理由とするところは、本件係争地が阿蘇郡小国町黒淵字天鶴五八二二番の一山林一畝歩(以下「五八一三番の一の土地」という。)の一部であると主張していたが、その後、その趣旨を「申請人の求める裁判」欄記載のとおり変更すると共に、本件係争地は五八一四番の土地の一部であると申請理由まで変更するに至つた。

しかしながら、右申請の趣旨並びに理由の変更は、請求(申請)の基礎に変更を生ずる場合に該当し、法律上許されないものである。

二、又、仮りに、本件係争地が申請人の所有であつたとしても、被申請人等は、前所有者である末松豊から、本件係争地を建物その他の工作物の所有を目的として期間の定めなく無償で借り受けて、適法に占有していたものであるところ、申請人は、その後本件係争地を買い受けてその使用貸人としての地位を承継したものであり、被申請人等に対して本件係争地の明渡を求める権原を有しない。

(申請人の答弁)

一、被申請人知幸外九名の主張第一項は争う。

本件申請の趣旨並びに理由の変更は、その請求(申請)の基礎に変動、を来さないものである。

二、同第二項の事実は否認する。

第六、疎明関係

(申請人側)

甲第一ないし一五号証、第一六・一七号証の各一・二、第一八ないし二六号証提出、当裁判所の検証の結果及び証人末松豊・副島健(第一・二回)・岩井鉄太郎の各証言援用、

乙各号証の成立認。

(被申請人知幸外九名側)

乙第一・二号証、第三号証の一・二、第四号証提出、当裁判所の検証の結果、証人室原知彦・佐竹碩二・穴井恵・高野武夫の各証言及び被申請人室原知幸本人の供述援用、甲第二号証、第四・五・六号証、第七号証中(1) ・(3) ・(5) ・(6) の写真、第九号証、第一一ないし一四号証、第一九号証、第二一・二二・二三号証の各成立不知、その余の甲各号証の成立認。

第七、被申請人知幸外九名を除くその他の被申請人等の出頭関係等。

被申請人知幸外九名を除くその他の被申請人一九〇名は、適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、且つ、答弁書その他の準備書面等も提出しない。

第八、裁判所の判断

(申請人知幸外九名を除くその他の被申請人一九〇名に対する関係)

被申詰入知幸外九名を除くその他の被申請人等一九三名は、民事訴訟法第一四〇条第三項の規定に基いて、申請人の主張する申請理由の事実を全部自白したものとみなす。

右申請理由に述べられた事実によれば、本件仮処分における被保全権利ないし保全の必要性は充分存在するものというべきであるから、右被申請人一九〇名に対する関係においては、本件仮処分の申請は、正当として全部認容すべきである。

(尤も土地所有者からその土地上の建物の共有者に対してする建物収去土地明渡の請求は、固有必要的共同訴訟であるとする裁判例もないではないが(東京高裁昭和三七年一〇月二三日判決及び福井地裁昭和三五年一一月七日判決)、右は、二つとも建物共有者が共同相続人である場合の事例に属し、本件には適切ではない。のみならず、若しこれを積極に解するすれば、訴訟中に建物の単独所有者である被告が、その所有権の一部を他の第三者に譲渡したとしたら、今まで適法であつたその訴訟が、忽ち共有者全員を相手としない不適法な訴となつて却下を免れないということとなり、又、建物共有者の一人は土地所有者に対して建物収去土地明渡を承認しているのに、他の共有者が争つているからという理由で、承認している者まで共同被告として訴える必要があるということになつて、不都合極まりないものがある。土地所有者に対する建物共有者の建物収去義務は、不可分給付の一類型であつて、建物についての管理処分権能が共有者全員に合有的に帰属しているものではないのであるから、固有必要的共同訴訟にも類似必要的共同訴訟にも該当しないものと解すべきであり(鳥取地裁昭和三四年一二月二五日判決参照)、土地所有者が建物共有者の一方に勝訴したが他方に敗訴した場合には、事実上建物収去の強制執行が不可能となるだけの問題に過ぎず、土地所有者が建物共有者の全員に対して、各別の訴訟で勝訴した場合には、その数個の判決を併せれば、建物収去の強制執行は可能であるというべきである(甲から土地を買い受けた乙より更に転売を受けたものが、乙に対しては移転登記請求に勝訴したが、別の訴訟で甲に対しては敗訴した場合のことを想起せよ。)。それを、被告となる共有者の義務が債権的な給付義務であるか(昭和三六年一二月一五日第二小法廷判決)、それとも物権的な義務であるか(昭和三八年三月一二第三小法廷判決によつて)必要的共同訴訟であるかどうかと区別しようとするのは、さほど根拠のあるものということはできない、むしろ、共有関係における訴訟においては、その訴訟の訴訟物との関係において、必要的共同訴訟であるかどうかを決定すべきものではあるまいか。若し、仮りに、本件仮処分の申請が、固有必要的共同訴訟であると解したにしても、被申請知人幸外九名を除くその他の一九〇名に対する関係においても後述のとおり、被申請人知幸外九名に対すると同様に、申請人側に被保全権利ないし保全の必要性が認められるので、いずれにしても、申請人の本件申請は正当として認容すべきものである。)

(被申請人知幸外九名に対する関係)

被申請人知幸外九名は、「申請の趣旨並びに理由の変更は、請求(申請)の基礎に変更を生ずるものであるから許されない。」と主張するところ、申請人が本件第二回口頭弁論期日に、その申請の趣旨並びに理由を変更したことは、記録上明らかである。

そして、申請人の当初の申請理由は、「本件係争地は申請人所有の五八一三番の一の土地の一部である。」というにあつたが、変更後のそれは、「本件係争地は申請人所有の五八一四番の土地の一部である。」というのである。しかし、いずれにしても、本件係争地が申請人の所有に属していることを前提とする仮処分の申請であることに変りはなく、その申請理由の変更は、何等請求(申請)の基礎に変更を結果するものではないと解すべきである。

又、申請の趣旨の変更も、元の申請の趣旨に、目的物件の執行吏保管を求める部分を新たに加えた程度のもので、請求(申請)の基礎の変更とは無関係であるということができる。

尤も、変更後の目的物の範囲が、当初の目的物の範囲を若干上廻る点がないでもないが、この点は、単に目的物の範囲を若干追加したに過ぎず、これ又、請求(申請)の基礎に変更を来すものということはできない。

従つて、請求(申請)の基礎に変更があるとする被申請人等の主張は採用することができない。

しかして、五八一四番の土地がもと末松豊の所有であつたことは当事者間に争いがなく、証人副島健の証言(第一回)の証言によつて真正の成立の認められる甲第二号証、証人岩井鉄太郎の証言によつて真正の成立の認められる甲第一九号証及び証人岩井鉄太郎の証言によれば、申請人は、五八一四番の土地を昭和四〇年五月一一日と同年九月二九日の二回に分けて約半分あて買い受け、結局五八一四番の土地全部の所有権を取取したことが、一応認められる(この認定に反する疎明はない。)ところ、五八一四番の土地については、昭和四〇年九月三〇日申請人のための所有権移転登記が経由されていることは、当事者間に争いがない(尤も、五八一四番の土地は、昭和四〇年五月一七日同番の一と二に分筆されていて、同番の一については前述のとおり昭和四〇年九月三〇日、同番の二については同年五月一七日、いずれも申請人のための所有権移転登記がされたものであるが、その後同年一〇月二一日分筆錯誤に基いて同番の二の登記簿は閉鎖され、同番の一は、五八一四番となつて枝番は抹消されたものである。ー甲第二五。二六号証参照)から、現在においては、申請人は五八一四番の土地全体の所有権を何人に対しても主張できる立場にあるといわなければならない。

申請人は、本件係争地は、五八一四番の土地の一部であると主張し、被申請人等は、五八二三番の三の土地の一部であると抗争しているので、この点について検討する。

成立に争いのない甲第三号証によれば、字図上では、字天鶴五八一三番の三の道路の上の方に、五八一三番の一の土地が続き、その五八一三番の一の土地と五八二三番の三の土地と境界を接して存在していて、本件係争地が五八一三番の一の土地であると見られる点がないでもない。

しかしながら、阿蘇郡小国地方では、字図は案外不正確なものが多く、却つて、町役場に保管してある野立帳の記載に正確なものの多いのは、当裁判所に顕著な事実であり、当事者双方も字図の不正確さを承認しているのであるから、本件においては、字図の証拠力は殆んど認め難いといわなければならない。

成立に争いのない甲第一〇号証並びに弁論の全趣旨によれば小国町には明治の初め頃各一筆の土地毎に実地を踏査して作成された「野立帳」という書類が保管されており、裁判その他土地の紛争については、字図よりもむしろ野立帳を信用して和解ないし示談のなされるのが常であり、その野立帳によれば、五八一三番の一の土地と五八二三番の三の土地は境を接しておらず、五八一四番の土地ど五八二三番の三の土地とが隣接していることとなつており、五八一四番の土地については、元官地の竹林二畝歩で、東路・南岩・西川・北久保境と、五八二三番の土地(後この土地は同番の一・二・三と分筆-甲第三号証参照)は、民有の薪炭林五畝歩で、東中岩根・南小久保・西川・北曾根境と読むことができるのであり、結局五八一四番の土地も五八二三番の土地も共に西の方は川(津江川)に面しており、両土地の境界は、五八一四番の土地から見れば「南岩」、五八二三番の土地からすれば「北曾根境」とあつて、両者は一致すべきものである。と一応認定することができる(この認定に反する証拠はない。)。

前段認定の事実関係に、当裁判所の検証の結果を併せ考えれば、一応次のとおり認めることができる。

別添図面(ハ)・(ニ)・(ホ)・(ヘ)の線にそつて(ハ)点の方から切り立つた岩が蜂の巣橋のたもとまで突き出しており、五八一四番の土地より見た「南岩」と称するのは、右の岩を指すのではないかと考えられる点がないでもないが、反面(イ)・(ロ)・(ヲ)の線には(イ)点よりずつと東の方から大体直線に相当の曾根が走つて来ており、(イ)・(ロ)間においては、両点を結ぶ線が五八一四番の土地と五八二三番の土地との境界であることに、当事者双方認めて争つていないのであるから、五八二三番から見た北曾根境とあるのは、(イ)・(ロ)・(ヲ)・(ル)の線を指すものと理解できる点もある。のみならず、(ロ)点と(ヲ)点には相当大きな岩が露出しており、しかも、その岩は、(ル)点から上の方に向つて全体として大きな岩塊がせり上つて行つて(ヲ)点においてその頂点が突出しているものと見られ、(ヲ)・(ル)点を結んだ線を五八一四番の土地の野立帳にいう「南岩」と見られる点がないでもない。(イ)・(ロ)・(ヲ)線が曾根の本流であるのに対して、(ハ)・(ニ)・(ホ)・(ヘ)の線は、(ハ)の点から急に北に流れ出た線であり、しかも、屏風のような屹立した岩の連なりであつて、曾根と呼ぶにはふさわしくないものがある上、(ロ)点と(ハ)点間には急に相当の標高差があつて、連絡が断ち切れたような形状となつているのである(なお、五八二三番の土地と字天鶴五八二二番の二の土地(都落共有林)との境界は、前記(ロ)・(イ)線を更に延長した曾根境であるべきであるが、何時の日かその境が相当北の方に移動して、現在は久保境となつており、室原知幸の所有地が相当広くなつているのであり、右五八二三番と五八二二番の二のもとの境となつていた曾根は、(イ)・(ロ)・(ヲ)の線と続いて、全体として一直線となつている。)。

右認定を左右するに足る疎明はない。

成立に争いのない甲第三号証、第一六・一七号証の各一・二、第一八号証、証人末松豊の証言並びに当裁判所の検証の結果によれば、五八一四番の土地は、もと末松豊の先代末松フジエの所有に属していたものであつたが、末松フジエは、明治三六年三月宮地税務署長に対して五八一四番の土地の税金に関する申告をするについて、その申告書に五八一四番の土地全部の実測図を添附して提出したものであるが、その実測図によれば、本件係争地も五八一四番の土地の中に包まれている(若干不正確な実測図であるが)と理解することができると共に、昭和六年四月には、蜂の巣橋の架け換え工事をするに際してその所有地を熊本県に提供したものであり、その提供した土地は五八一四番の土地の一部であつたと、解されるところ、字図上五八一三番となつていたので書類上では五八一三番の一部を提供したことになつたのであつた。なお、字図上では、道路と、末松フジエ方で提供した五八一三番の三の土地の南側に、末松フジエの所有地が残つているように分筆手続がされたのは、現地についても、道路の南側に末松フジエの所有地が残つていることを前提としたものである。(隣接する五八一三番と五八一四番の土地が共に同一人の所有に属している場合、所有者がその地番と両筆の境界を常に意識しているということは殆んど例外であろう。)。又、末松豊方において、本件係争地の内別添図面の(ハ)点附近に杉を植林したり、(リ)点附近にあつた木を薪にするため、伐採したり、昭和二五・二六年頃本件係争地上空に送電線が架設された際、(ロ)・(ヲ)線の北側に生立していた松の木を末松豊の方で処分し、(ロ)・(ヲ)線の南側の松の木は被申請人知幸の所有として切り倒された事実もあり、(ハ)点附近の雑木を末松豊が椎茸裁培用として切つたこともあり、本件係争地は末松豊方において占有管理していたものである(右のように、本件係争、地については、末松家の生活歴が歴然として残つている。)。と一応認められ、この認定に反する証人室原知彦・高野武夫の各証言及び被申請人室原知幸本人の供述は信用できず、他に右認定を左右するに足る疎明はない(本件係争地について室原家の生活歴は殆んどなく、高野武夫が切り込んだという場所も本件係争地以外の土地である。)。

以上各項で認定した事実関係を総合すると本件係争地は、五八一四番の一部に属していて、現在申請人の所有であると見るのが相当である。

型式並びに趣旨により公務員がその職務上作成したものと認められるから真正に成立した公文書と見るべき甲第四ないし六号証、当裁判所の検証の結果、証人副島健の証言(第一・二回)によれば、被申請人知幸等は、下笙ダム建設の反対を叫び、本件係争地の一部に反対斗争のための建物等(いわゆる第二蜂の巣砦)を建設して抗争していたので、申請人は、昭和四〇年六月一一日河川法第七五条に基いて、右建物等の物件撤去の行政代執行を強行してこれを取りこわし、その附近一帯の土地の占有を開始した。ところが、同年八月二八日、被申請人知幸及び同じく穴井武雄等は、再び本件係争地に無断侵入し、申請人の係員の制止するのを無視して、ダム反対のための建物等の建設を開始するに至り、当裁判所が現地を検証した昭和四〇年九月二〇日当時には殆んど建物その他の工作物は完成するに至つていた(これがいわゆる第三蜂の巣砦である。)(被申請人等が、本件係争地上に、別紙物件目録記録の建物・看板・有刺鉄線・棧橋及び木柵等の工作物を占有していることは、当事者間に争いがない。)。と一応認めることができ、この認定に反する証拠はない。

とすると、第二蜂の巣砦撤去の代執行が違法であるかどうかはともかく(右代執行当時五八一四番の土地全部について申請人のための所有権取得の登記はなく、又、被申請人知幸は、本件係争地が同人等所有の五八二三番の三の土地の一部であるとして抗争していたのであるから、申請人の一方的な判断において代執行をしたということは相当の問題があるといわなければならない。しかも、本件係争地附近が、河川敷の一部として認定されたとしても、水没するのは松原ダムの完成した後のことであつて見ればなおさらである。)(一応法律の規定に基いて申請人が本件係争地の占有を取得した後、被申請人知幸等が、実力をもつて申請人の占有を排除して自已の占有を設定したのは、いわゆる不動産の侵奪に該当して違法たるを免れず、被申請人等の本件係争地の占有は、法律上保護に値するものではないといわなければならない(尤も、被申請人二〇〇名全員が、真実本件係争地上の建物を共同で所有していて、本件係争地を占有しているということになるかどうか、相当疑問の存ずるところであるが、申請人において、建物その他の工作物が、被申請人知幸等の主張するとおり、被申請人二〇〇名全員の共有であると承認する以上、裁判所としても、被申請人等二〇〇名全員において建物所有という形で本件係争地を共有占有していると見る外はない。)。

被申請人等は、仮定的ではあるが、本件係争地を前所有者の末松豊から無償で借り受けているものであると主張しながら、この点について何等の疎明をしないのみならず、仮りに、本件係争地について使用貸借契約が末松豊との間に成立していたとしても、その後本件係争地の所有権を取得した(正当な取引関係に立つ)申請人に対し、その使用借権をもつて対抗するいわれはなく、いずれにしても、被申請人等の本件係争地に対する占有を正当化することはできないのであるから、被申請人等としては、早晩、本件係争地上に建設してある建物その他の工作物一切を撤去して本件係争地を申請人に明け渡す義務を負担しているものと解するのが相当である。

現在申請人が下笙ダムの建設工事を施工中であることは、当事者間に争いがなく、当裁判所の検証の結果、証人副島健の証言(第一・二回)に弁論の全趣旨を総合すると、本件係争地は、下笙ダムの本件建設予定地点の直ぐ下流の東岸に位置しており、この附近一帯に、下流仮締切り。水叩きコンクリート並びに副ダム等の築造が予定されており、その下流仮締切り工事は、昭和四〇年一二月初旬に着工することが予定されているところ、その着工に先立つて、右仮締切り工事始め、ダム本体・水叩きコンクリート及び副ダム等の建設のための詳細な設計をする必要があり、そのためには、本件係争地全般に立ち入つて測量をしたり、基準杭等の工作物を設置したりすることが前提となるが、被申請人等が本件係争地上に建物その他の工作物を設置してこれを占有し、申請人の係員が本件係争地へ立ち入り、その他土地の測量をすること等を一切拒否しているので、申請人は、ダム建設に必要な詳細設計のための測量もできず、又、本件係争地附近に予定されている仮締切りその他の工事も進行できない状態にあり、ひいては、下笙ダム全体の建設計画に重大な影響を及ぼす虞が非常に大きいものである。と一応認められ、右認定を左右し得るに足る疎明はない。

とすると、本件仮処分における申請人の被保全権利ないし保全の必要性も充分疎明があつたものであるというべきであり、申請人の本件仮処分命令の申請を正当として認容すべきものであるが、万一の場合を考えて、被申請人等の損害を担保するため金四〇万円の保証を立てることをもつて、本件仮処分申請を認容する条件とした。

よつて、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉永順作)

「物件目録」「実測図」<省略>

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