宮崎地方裁判所 平成元年(ワ)17号 判決 1992年3月31日
原告
野﨑久吉
ほか一名
被告
宮崎県
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告野﨑久吉に対し、金七五〇万円及びこれに対する昭和六三年九月一九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告野﨑マツ子に対し、金七五〇万円及びこれに対する昭和六三年九月一九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同じ。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 原告らの三女訴外亡野﨑素子(以下「素子」という。)は、昭和六三年九月一九日午前一一時一二分ころ、雨で路面が濡れた状態の宮崎県宮崎郡清武町大字船引七二八一番地先の県道蓮ケ池郡司分線の路上(以下「本件道路」という。)を東(正手方面)から西(黒北方面)に向かつて原動機付自転車(車両番号・清武町く500、以下「事故車」という。)を制限速度内で運転して進行中、ハンドルを取られて車道を進路前方左、すなわち、南側に外れた。
ところで素子の進路前方左側の本件道路南端には、被告によつてもともと道路に沿つて高さ約〇・八メートルのガードレールが連続して設置されたいたが、そのうちの一枚(長さ約四メートル)が第三者によつて取り外されて欠落し、しかも当該欠落部分の両端のガードレール板には「そで」といわれる曲板が設置されていなかつたため、当該両端のガードレール板やこれらを支える両端の鉄柱がいわば剥き出しのまま放置されていた。
素子の運転する事故車は、車道を外れて右鉄柱のうち西側の鉄柱(以下「本件鉄柱」という。)に正面衝突し、その反動で素子は、本件道路南側の土手に転落し、この衝突の際の衝撃等によつて両大腿骨を骨折した結果、同日午後五時四一分、宮崎市北高松町五番三〇号所在の県立宮崎病院において肺・脳脂肪塞栓により死亡した。
(二) 事故車は、ガードレール板が取り外されていた部分に従前どおりガードレール板が設置されていたならば、本件鉄柱に正面衝突することなく設置されていたはずのガードレールの側面に衝突するだけですんだか、そうでなくともせめて本件鉄柱が支えているガードレール板の東端に「そで」が備えられていたならば、衝突による衝撃は余程緩和されていたのであつて、その結果いずれにしても素子は、擦り傷程度ですみ、死亡するようなことにはならなかつた。
2 被告の責任
(一) 被告は、本件道路の管理者である。
(二) 本件事故現場付近の道路は、素子の進行方向すなわち東から西に向かつて右にカーブしており、その南側は路肩から下方に高低差約一・三メートルの土手となつている。
本件道路を東から西へ通行する二輪車両は、並行して通行する四輪車両からの危険を防止するため車道南側の路側帯に沿つて通行するのが通常であり、その結果追越車両等の風圧あるいは濡れた路面でタイヤが滑るなどによつて、運転者がハンドルをとられて南の土手側に車道を外れ、土手を転落する危険がある。
(三) このようにして本件道路の南端には、右のような転落事故を防止するためにもともとは道路に沿つて高さ約〇・八メートルのガードレールが連続して設置されていた。
ところが、1(一)のとおりガードレール板一枚が欠落し、当該欠落部分の両端のガードレール板には「そで」が設置されておらず、当該両端のガードレール板やそれを支える鉄柱が剥き出しのまま放置されていたのである。このような状況のもとにおいて、仮に二輪車両等が車道を外れてしまつたならば、これによつて起るであろう事態は、ガードレール板が欠落していない場合及びもともと付近にまつたくこれを設置していない場合に起る事態よりもかえつて危険な結果を招くことになるから、右のような剥き出し状態自体が道路として通常備えるべき安全性を欠いている。
(四) 被告は、このような場合、道路管理者としては、欠落部分に新たにガードレール板を設置するか、または欠落部分の両端に「そで」を設置する義務があるというべきところ昭和五八年ころにはこのガードレール板の欠落があることを知りながらそのまま放置したままであつたのであるから、本件道路の設置・管理に瑕疵があるというべきである。
よつて、被告は、国家賠償法二条一項に基づき、本件事故により蒙つた原告らの後記損害を賠償する責任がある。
3 損害
(一) 素子の逸失利益
素子は、本件事故当時満一六歳の健康な女子であり、本件事故がなければ少なくとも満一八歳から六七歳に達するまで四九年間は稼働できたものである。ところで、昭和六三年度賃金センサスによれば女子の全年齢平均の賃金は月額金一七万六五〇〇円であり、生活費として右収入の三割を要するので、素子の年間純収入は金一四八万二六〇〇円となる。そこで、ライプニツツ方式により中間利息を控除して算出すると、素子の前記稼働可能期間中の総収入は、金二四四三万三二四八円となる。
(二) 素子の慰謝料
素子に対する慰謝料は、金一五〇〇万円を下らない。
(三) 原告らによる相続
原告らは、素子の両親であるからそれぞれ右(一)、(二)の合計金三九四三万三二四八円の二分の一にあたる金一九七一万六六二四円ずつの損害賠償請求権を相続した。
(四) 原告らの慰謝料
原告ら固有の慰謝料は、それぞれ金三〇〇万円ずつが相当である。
(五) 葬儀費
原告らは、少なくともそれぞれ金五〇万円ずつの葬儀費用を支出した。
(六) 弁護士費用
それぞれ金七五万円ずつが相当である。
4 よつて、原告らは、被告に対し、各金二三九六万六六二四円の内金七五〇万円ずつ及びこれらに対する本件事故発生日である昭和六三年九月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。
二 請求原因事実に対する認否
1 請求原因1について
(一) (一)の事実中、事故車が本件鉄柱に正面衝突したことを否認するが、その余の事実は認める。
事故車は、本件道路の南端に道路に沿つて連続して設置してあるガードレールのひとつの側面に接触衝突したものであり、本件鉄柱に衝突したのではない。
(二) (二)の主張を争う。
本件事故は事故車が連続して設置されているガードレールの側面に接触衝突して発生したものであるから、原告らの主張は、前提を欠いて失当である。
仮に事故車が本件鉄柱に正面衝突したとしても、これによつてもたらされる結果とガードレールの側面に接触ないしは原告ら主張の「そで」に衝突したことによつてもたらされる結果との間に原告らが主張する程の差異が生ずるとは考えられない。
2 請求原因2について
(一) (一)の事実を認める。
(二) (二)のうち、本件事故現場付近の道路は素子の進行方向すなわち東から西に向かつて右にカーブしていること、本件道路南側は路肩から下方に高低差約一・三メートルの土手となつていることは認め、その余の事実は否認する。
本件道路は、全幅員約一二メートルを有するアスフアルト舗装された良好な路面の道路で、その中央に中央線が黄色で、両側端に外側線が白色でそれぞれ引かれているが、素子の進行方向に向かつて本件事故現場手前から右に緩やかにカーブしていて事故現場はそのカーブの終点に近い箇所であり、付近は平坦で見通しも良く交通量も少ない。従つて、本件事故現場付近は運転者が車両を運行するについて特段の注意を要するような場所ではない。
(三) (三)のうち、本件道路の南端部分には道路に沿つて高さ約〇・八メートルのガードレールが連続して設置されていたが、そのうちの一枚が第三者によつて取り外されて欠落し、当該欠落部分の両端のガードレール板には「そで」が設置されておらず、右両端のガードレール板やそれを支える鉄柱が剥き出しになつていたことは既に認めたところであるが、その余の事実は否認し、主張は争う。
本件道路南側にガードレールを設置した目的は、運転者の視線誘導等道路のより高度の安全性を確保するためであつて、本件事故現場付近は、元来ガードレールを設置しなくても道路が通常備えるべき安全性に欠けるところがない箇所である。
すなわち、ガードレールを路側に設置する場合の基準として、道路法三〇条一項一〇号を受けた道路構造令(昭和四五年一〇月二九日政令第三二〇号)三一条による「防護柵の設置基準」(昭和四七年一二月一日建設省道企発六八号道路局長通達。以下「要綱」という。)があるが、この要綱二―二によるとき、本件道路付近はガードレールを設置すべき区間に該当しない。それにもかかわらずガードレールを設置したのは、道路の通常の安全性を超え、より高度の安全性を確保するためであつたのである。
ところで、本件道路の取り外されたガードレール板は道路に隣接する田の耕作者がその出入りの必要から取り外したものであるが、被告としては、要綱二―四―二にあるように、一般に道路に隣接した住宅・田畑等への出入りに必要がある場合には、「やむを得ない場合」としてガードレールの取り外しを認めており、本件の場合も「やむを得ない場合」と判断したものである。
そして本件道路付近は、前記のとおり運転者が車両を運行するについて特段の注意を要するような場所ではないから、当該ガードレール板が一枚取り外されていたからといつて、これによつて道路の通行の安全性が害されているとはいえない。
また、道路の設置又は管理について要求される危険防止のための防護施設等については、およそ想像しうるあらゆる危険の発生を防止しうるべきことを基準として抽象的画一的にこれを決すべきではなく、一般的には、当該道路の構造、設置されている場所の地理的条件、利用状況等諸般の事情を総合考慮したうえで、具体的に通常予想される危険の発生を防止しうる程度のものをもつて足りるというべきである。
これを本件についてみると、本件事故現場は前記(二)のとおりであつて、車両の運転者に特段の注意を必要とするところではない。
本件事故は、素子が運転未熟であつたうえ突然の俄か雨によつて風防付ヘルメツトの視界が遮られ、ハンドルがぶれはじめたのに運転を中止せず継続したことに起因する重大な過失によつて引き起されたものというべく、このような未熟な運転をする者があることまで予想してこれによる不測の事態の発生を物理的に不可能ならしめるまでの諸設備を備えた道路を設置しなければならない義務が被告に課せられるものではない。
3 請求原因3については争う。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 素子が運転する事故車が、昭和六三年九月一九日午前一一時一二分ころ、雨で道路が濡れた状態の本件道路を東(正手方面)から西(黒北方面)に向かつて走行中、車道を外れ、進路前方左側、すなわち本件道路南端に設置されていたガードレール付近に衝突し、その反動で素子は、本件道路の左側の土手に転落し、この衝突の際の衝撃等によつて両大腿骨を骨折し、その結果、同日午後五時四一分、宮崎市北高松町五番三〇号所在の県立宮崎病院において肺・脳脂肪塞栓により死亡したこと、本件道路南端には当初高さ約〇・八メートルのガードレールが連続して設置されていたが、そのうちの一枚(長さ約四メートル)が第三者によつて取り外されて欠落し、しかも当該欠落部分の両端のガードレール板には「そで」といわれる曲板が設置されていなかつたため、両端のガードレール板やこれらを支える両端の鉄柱が剥き出しになつた状態で放置されていたこと、本件道路の南側は高さ約一・三メートルの土手となつていること、被告が本件道路の管理者であること、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 原告らは、事故車が本件鉄柱の東側に正面衝突した旨主張するが、被告はこれを争うので、この点について検討する。
原告らの主張に沿う証拠として次のものをあげることができる。すなわち、本件事故の翌日実施された実況見分の調書(甲一号証の一ないし一六)には、原告野﨑マツ子(以下「原告マツ子」という。)が当該実況見分の際、事故車の衝突地点を本件鉄柱である旨指示し、これを受けて当該実況見分を実施した司法警察員らも当該衝突地点を本件鉄柱であると認定したとも受け取れる趣旨の記載があり、また証人田中満盛は、本件事故当日の午後三時ころ、本件鉄柱付近を見たところ、本件鉄柱の東側でやや本件道路寄りの根元部分の土に原動機付自転車のタイヤによつて深さ四センチメートル程度けずられたような痕跡があつた旨、証言している。
しかしながら、前掲実況見分調書中、司法警察員らによつて事故車の衝突地点として認定されている箇所が本件鉄柱そのものであるか否かは、その記載自体からは必ずしも明確ではなく、また仮に本件鉄柱を衝突地点として認定しているとしても、その根拠となつているであろう実況見分時の原告マツ子の指示には次のような疑問がある。
すなわち、いずれも成立に争いのない(原本の存在及びその成立ともに)甲一号証の一ないし一六、乙二号証によれば、原告マツ子が本件事故を目撃した場所は、本件事故現場から約九五メートル離れていたことが認められるが、そのように離れた場所から当該衝突地点を本件鉄柱であるなどと正確に見分けることは必ずしも容易ではないと認められるうえ、原告マツ子自身、本人尋問において、本件事故の状況について、素子の運転する事故車が本件道路付近を左右にふらつきながら走行し、あつという間に何かにぶつかつて倒れたのを目撃したが、転倒状況等は余り明瞭には見えなかつた旨供述しているからである。
また、前記証人田中の証言は、当該土がけずれていた形状についての説明が全体に曖昧であるうえ、同証人は、本件事故直後本件鉄柱の根元には草が生えておらず土が露出していた旨証言しているが、前掲甲一号証の一ないし一六及び同号証の原本に添付されている本件事故現場の写真であることについて争いのない甲三四号証によれば、右証言に反し本件鉄柱の下には雑草が茂つていることが認められ、この点からもその証言をすぐに採用するわけにはいかない。
このように、原告の主張に沿う証拠にはいずれもこれらをすぐには採用し難い点があるのみならず、仮に、事故車が本件鉄柱に正面衝突したとすれば、本件鉄柱や事故車にその痕跡が存在してもおかしくはないと考えられるのに、証拠上本件鉄柱にその痕跡が窺われないうえ、前掲甲一号証の一ないし一六及び同号証の原本に添付された本件事故現場の写真であることについて争いのない甲三〇ないし三三号証並びに検証の結果によれば、事故車の前かご左前側部が曲損し左前側部ボデイに擦過痕が認められるのに対し、正面ボデイ部分や右側部には衝突したことを窺わせる痕跡は見いだせない。
更にまた、事故車が本件鉄柱に正面衝突したとするならば、その衝突地点で停止してその場で転倒する可能性が高いと考えられるのに、前掲甲一号証の一ないし一六及び検証の結果によれば、ガードレール板が欠落していた部分の西側に連続して設置されているガードレール板の最初の一枚の北側(つまり道路側)の面には、その東端付近の上端(高さが約〇・八メートルであることは当事者間に争いがない。)から下方約九・五センチメートルの位置に長さ約八〇センチメートルの赤色の擦過痕と、その下方約九・五センチメートルの位置に長さ三メートル程度の黒色の擦過痕がそれぞれ付着していること、事故車の車体は赤色で前かごは黒色に塗装され、車体の高さは〇・九六メートルであること、事故車は、本件鉄柱付近から西に約一二・五メートル離れた道路上に転倒していたことが認められ、これらの認定事実によれば、事故車は本件鉄柱付近から少なくとも三メートル程度の間は転倒せずにガードレールに接触しながら走行し、その後本件鉄柱付近から約一二・五メートル西の地点まで本件道路上を走行ないし滑走したことが推認される。
以上によれば、事故車は、ガードレール板が欠落していた部分の西側に連続して設置してあるガードレールの側面に車体の左側を接触衝突させたものと推認することが自然かつ合理的であり、本件鉄柱に正面衝突したということは到底認められないというべきである。
なお、原告らは、素子の両大腿骨の骨折状況を撮影したレントゲン写真(甲一三、一四、三八号証)等を根拠として本件衝突時点で素子の身体の右前方から左後方に力が加わつた旨主張し、右事実は事故車が本件鉄柱に衝突したことの根拠になる旨主張する。
しかしながら、証人前田幸徳の証言によれば、骨折した骨片は、骨折時の転倒状況、骨折後の筋肉の収縮状況、担架や救急車によつて患者が病院まで運ばれる際の振動等によつて容易に転移するものであることが認められ、右事実によれば、前記レントゲン写真に写された骨折状況のみによつて衝突の際の素子の大腿骨に加わつた力の方向・状態を確定することはできないから、右レントゲン写真は原告らの主張に沿う証拠にはなり得ないというべきである。
三 右認定説示によれば、本件事故によつてもたらされた前記のような結果と前記ガードレール板一枚が欠落し本件鉄柱が剥き出しになつていたこと等との間には何ら因果関係がないことに帰するから、右ガードレール板の欠落等の事実が被告の本件道路の設置・管理の瑕疵にあたるか否かを検討するまでもなく、原告の主張は理由がない。
四 よつて、原告らの本件請求は、理由がないのでいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 近藤敬夫 渡邊雅道 芦澤政治)