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宮崎地方裁判所 昭和26年(ワ)148号 判決

原告 藤田良枝

被告 重松明男(いずれも仮名)

一、主  文

被告は原告に対し金弐拾万円及びこれに対する昭和二十六年十一月三十日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払へ。

原告その余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを三分しその一を被告の負担としその二を原告の負担とする。

本判決は第一項に限り原告が保証として金五万円を供託するときは仮にこれを執行することができる。

財産分与の訴を却下する。

二、事  実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として、被告は原告に対し、(1) 被告所有の都農町字湯本五四一四番田二反三畝十歩、同町同字五四二七番畑六畝、同町字新町四六九六番畑六畝二歩、同町同字四六五四番畑一反六畝二十六歩、同町同字四六九七番畑二反一畝十歩、同町同字四六四一番畑一反四畝二十三歩、同町同字四八二六番の一畑二畝七歩、同町同字四八二六番の三畑一畝二十二歩、同町同字畑二歩、を分与し、(2) 金三十万円及びこれに対する本訴状送達の翌日から支払済に至る迄年五分の割合による利息を支払へ、訴訟費用は被告の負担とするとの判決と右(2) について保証を条件とする仮執行の宣言を求むると申立て、その請求の原因として、原告は都農町大字川北藤田和行の長女として生れ、高鍋実践女学校を卒業し、昭和四年四月十日被告と正式に婚姻して夫婦となり、爾来被告の肩書住居で同棲し、二十数年間に及んで夫婦協同生活を続け、原被告間には長男節雄外八名の子女を儲けた。被告家は都農町内でも屈指の豪農で、原告の嫁入当時は盛大に養蚕業もやつていたが、被告は町内で色々の世話役をしていた関係から外出勝であつた為、原告は多数子女の監護教育を一身に引受け家事農業の経営についても、その先頭に立つて働かねばならなかつた。然るに被告は若い頃から身持が悪く度々問題を起していたが、昭和十二年頃には町内の某料亭芸妓と深い仲になり屡々同女の許に通い遊興していたので浪費もかさみ、この為畑若干建物一棟を売却処分してこれに充てたこともあつた。越へて昭和二十四年頃から近所に住んでいる戦争未亡人小林花子の容色に迷い、同女と情交関係を結んで屡々同女の止宿先に泊つていたが、遂に原告を追出し同女を家庭に引入れて同棲しようと考へ原告に対し度々「お前のような奴は出て行け」と申し、昭和二十五年十月頃嫌がる原告を連れて媒酌人であつた同町湯本部落仁科道夫方に行き、かねて用意していた協議離婚の届書類に強いて署名捺印を求めたので、原告としては、右は被告の一時の気迷と考へ、不本意乍ら、これに署名捺印したのであるが、被告は同年十一月七日右の届書類を所轄町役場に提出したので、原被告間の婚姻関係は完全に解消されてしまつた。然し乍ら原告としては、九名の子女の将来を考へるとき、二十数年間住馴れた婚家を去るに忍びず、いつかは被告がその迷夢から覚めることもあろうと考へ、被告家に踏み止まつていたが、執拗な被告の退去要求に堪へかねて、昭和二十六年七月僅に自己の衣類を携へて実家に帰り今日に至つている。思へば昭和四年被告と婚姻してから二十数年間不身持な夫に仕へて家事農業の先頭に立ち働き、多数子女の監護教育を一身に引受けてきたのであるが、何等正当の理由がないのに弊履のように棄てられて、将来を思うにつけ精神上の苦痛洵に甚大なものがある。而して原告は無資力無資産であるが、被告は地方有数の農家で百五十万円乃至二百万円相当の不動産(これは前叙のような原告の努力によつて保全された)を所有し裕福な生活をしているものであるから原告は協議離婚後間もなく被告を相手取り宮崎家庭裁判所に対し、財産分与の調停申立をなしたが、相手方不誠意のため、不調に終りこれを取下げた。それで本訴を以て請求趣旨記載の通り、財産の分与と、慰藉料の支払を求むるものであるが、これは原告一身の為ばかりではなく、現在親権者である被告に引取られている子供達が将来被告との折合が悪くなつて原告を頼つて来た場合のことを考へ、子供達の為財産を保全しておく必要があるからであると述べ、相手方の本案前の抗弁に対し、請求趣旨(1) に掲げた分は所謂財産分与であるが(2) の分は慰藉料の請求である而して協議離婚後の財産分与の請求は本来地方裁判所の管轄に属しないとしても、これと事実上法律上共通の原因関係にある慰藉料の請求について地方裁判所に管轄権がある以上、一の訴を以て数個の請求を為す場合、一の請求に付管轄権を有する裁判所にその訴を提起することを得るものであるから、これと併合訴訟の関係にある本件財産分与についても地方裁判所に管轄権を生ずるわけである。仮に然らずとすれば、財産分与の請求はこれを家庭裁判所に移送すべきであると答へた。<立証省略>

被告は本案前の抗弁として、本件訴を却下するとの裁判を求め、その理由として、婚姻の取消又は離婚の場合に当事者の一方から地方裁判所に対し財産分与の請求ができるのは、婚姻の取消又は離婚の訴を地方裁判所に提起している場合に限られ、協議離婚後の財産分与の請求は民法第七百六十八条第二項により家庭裁判所に対してのみこれを申立つべきものである。このことは、家事審判規則第五十六条、第四十五条によつて、婚姻の取消又は離婚の場合における財産分与の請求は、相手方の住所地の家庭裁判所にこれをなすべきことを定めていることからして明白である。それで管轄権のない地方裁判所に提起された本件財産分与の請求は不適法であるから却下すべきものであると述べ、

本案について、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原被告が原告主張の頃婚姻届を済ませて正式の夫婦となり、爾来同棲し、その主張の通り九人の子女を儲けたこと、原告主張の頃協議離婚をなしたこと、並離婚後原告がその主張のように被告家に止まつていたので被告において退去を要求して実家に復帰させたこと財産分与の調停申立があつたが不調に終つたことはいづれもこれを認める。けれ共、其の余は争う。被告は従来消防団、農業協同組合、農業調整委員、農業災害評価委員等公職に関係している為社会的に交際の機会も多かつたのであるが、原告は夫である被告の立場を理解せず、何等協力するところがなかつた、家庭に於ても精神的慰安を与へず常に冷いものであつた。のみならず、原告の父訴外藤田和行は無謀にも二回に亘り被告に対し準禁治産の宣告を裁判所に申立てたが、いづれもその理由なしとして却下された。原告はこれを傍観すると言うより、むしろ通謀している気配さへあつた。この様なことがあつてから原被告間の夫婦仲は急激に悪化しこれ以上夫婦関係を持続することは到底不可能の状態に立ち到つたので、原告もこのことを自覚し双方協議の上離婚することになり届書を作成し、これを所轄町役場に提出したのは原告自身であつて、被告は何等の強制をも加へていない。以上のように原被告が協議離婚をなすに至つた所以は妻たる原告の無理解より生ずる不当な仕打から夫婦生活が破綻したからで、その非は一に原告にある。又被告は原告主張のように大農家でもなければ、その主張のように多額の財産を持つているわけでもない。原告は本件財産分与の請求をするのは自己一身の為ではなく子供に財産を保全して伝へたいからであると主張するが、全くの虚言で子供に対して愛情はなく、又子供等も一人として母たる原告を慕つていない。それで協議離婚の際、子供等全部の養育を被告において引受くることゝし、親権者を父たる被告と定めたところ、原告は「それなら財産は少しもいらない」と明言して一切の請求権を抛棄した。それにもかゝわらず本訴が提起されたのは全く原告の父である訴外藤田和行の意思によるもので、原告の意思によるものではない。それで原告の請求は全く不当であるから之に応ずることはできないと答へた。<立証省略>

三、理  由

(一)  本案前の抗弁について

慰藉料の請求は、精神上の苦痛損害に対して、これを慰藉する為、金銭に換算してその支払を求むるものであるから当裁判所の管轄に属することは謂う迄もないが、本件財産分与の請求は、次に述べるような理由で当裁判所の管轄に属しないものと考へる。即ち民法第七百六十八条第一項には「協議上の離婚をした者の一方は相手方に対し財産の分与を請求することができる」と、その第二項に「前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議することができないときは、当事者は家庭裁判所に対して協議に代る処分を請求することができる。但し離婚の時から二年を経過したときはこの限りでない」と規定し、尚家事審判法第九条第一項乙類第五号に「民法第七百六十八条第二項(同法第七百四十九条及び第七百七十一条において準用する場合を含む)の規定による財産の分与に関する処分」と定め協議離婚後の財産分与の請求事件は家庭裁判所の審判事項であることを明らかにしている。それで協議離婚をなした当事者は、お互の協議によつて財産の分与を定めることが必要で、協議が調わないとき又は協議不能のときは、相手方の住所地の家庭裁判所に協議に代る審判の申立をすることになる(家事審判規則第五十六条、第四十五条)。家庭裁判所では、何時でもこの審判事件を職権で調停に付することができる(同規則第十一条)又初めから調停の申立があつたときは当然に家事審判に移行する(同規則第二十六条第一項)而して家庭裁判所では、財産分与の請求を認むべきかどうか、認めるとすれば、その額及び方法その他一切のことを定める(民法第七百六十八条第三項)。この家事審判に不服の者は高等裁判所に即時抗告することを許される(家事審判法第十四条)。従つて、協議離婚後の財産分与は調停事件若しくは審判事件として専ら家庭裁判所において処理せらるべきもので、謂わば家庭裁判所の専属管轄に属するものである。尤も離婚又は婚姻の取消の訴を裁判所に提起したときは、人事訴訟法第十五条の規定に従つて、これらの訴と併合してなされる場合は特に地方裁判所において、財産分与の請求についても審理判決をなし得るわけであるが、何れの場合においても財産分与の請求のみを引離して訴へることは許されない。それで此の限度においては――婚姻の取消又は離婚の訴と併合する以外の場合――財産分与の請求は民事訴訟の目的とはならないわけである。原告代理人は本件財産分与の請求は慰藉料の請求と併合訴訟の関係にあるもので、慰藉料請求事件が地方裁判所の管轄に属する以上、財産分与の点についても所謂併合訴訟の管轄を生ずるものである。若しそうでないとすれば、よろしくこれを家庭裁判所に移送すべきであると抗争するけれ共、(1) 一の訴を以て数個の請求をなす場合の管轄を定めた民事訴訟法第二十一条の規定は、専属管轄の定めがない場合で而も同一の訴訟手続に依る場合に限られる、然るに本件財産分与の請求は前に述べたように専ら家庭裁判所に於ける調停事件若しくは審判事件として処理せられるべきもので、訴訟事件ではないから、慰藉料の請求について当裁判所に管轄権があるからと言つて、これと併合することは許されない、(2) 次に民事訴訟法第三十条によれば、訴訟の全部若しくは一部がその管轄に属しないときは、これを管轄裁判所に移送することを定めているけれ共、移送が許されるのは、訴訟の全部若しくは一部であつて、調停事件若しくは審判事件を含まないと解するから、前と同様の理由により訴訟事件に該らない本件財産分与の請求について、これを家庭裁判所に移送することも亦許されないものと考へる。若しそれが可能であるとすれば、極端に言へば、法務局の事件を併合したり、移送したりするのと同様不合理な結果に陥入る。問題は職権によつてこれを家庭裁判所の調停に附することが可能か否かと言うことであるが、家事審判法第十八条、第十九条の規定に依り職権で家庭裁判所の調停に附することが認められるのは、所謂調停前置主義を採用する訴訟事件であるから、その必要は兎も角として、何等定むるところのない本件の場合に、これらの規定を類推適用して職権により家庭裁判所の調停に附することも不適法と考へる。以上の次第で管轄権のない当裁判所に提起された本件財産分与の請求は不適法で、これを却下するの外はない。

次に本訴は原告本人の真意に出でたものではないことの証拠はない。

(二)  本案について

原告と被告が、昭和四年四月十日正式に婚姻して夫婦となり、爾来被告の肩書住居で同棲し、長男節雄外八名の子女を儲けたが、昭和二十五年十一月七日協議上の離婚届を所轄都農町役場に提出して夫婦関係を解消したことは双方間に争いがない。而して証人山本三郎、仁科道夫、藤田和行の各証言と、原告本人尋問の結果(一、二回)とを綜合して考へると、被告は原告と婚姻当時農業の旁ら養蚕教師をし、又消防団長等の公職にあつて部落の世話役をやつていた関係から、交際上料理屋等に出入する機会が多く、昭和九年頃から都農町の料亭高尾楼の芸妓と深い仲になり、馴染を重ねて屡々同女の許に通い浪費を続けたので出費もかさみこの為被告所有の畑一反歩位と養蚕室の一部を売却処分したこともあつた。このようなことがあつてから原被告の夫婦仲は兎角円満を欠きしばしば喧嘩口論するようになつた。被告家は相当の農家で田畑併せて二町歩を耕作していたが、被告が養蚕教師として、又町の世話役として外に出歩き殆んど家業を省みなかつたので、原告は主婦として他の家族と共に家事農業に精励し、次々に生れた九人の子供等のめんどうをみて来た。ところが被告は昭和二十四年頃から近所に住んでいる戦争未亡人訴外小林花子と識り合つて情交関係を結び殆んど毎晩のように同女の許に泊つて全く原告を省りみないようになり果ては花子の生活費の一部を貢ぐとか同女の弟が死亡したとき葬式費用全部を負担支出する等同女の為相当の出費をするようになつた。それで本妻である原告は痛く被告の処遇を恨んでいたが、これを伝へ聞いた原告の実父訴外藤田和行は昭和二十五年春頃原告名義を以て宮崎家庭裁判所に対し、被告を準禁治産者として宣告の申立をした、けれ共裁判所に於てはその理由がないものとしてこれを却下した。斯様なことがあつてから原被告間の折合は急激に悪くなつて、被告は原告に対し度々「お前の様な奴は出て行け出て行け」と申し離婚届書に署名捺印方を強要したので被告としても仕方なしに昭和二十五年八月頃離婚届書に自己の署名捺印をして媒酌人であつた訴外仁科道夫に届けたそれで同訴外人は原被告双方をその自宅に呼び寄せ、いろいろ説得したが折合がつかず終に別れることになり双方合意の上協議離婚届書を作成し、同年十一月四日被告がこれを所轄都農町役場に提出届出をなした。然し乍ら原告としては二十一年間も被告と連れ添い、九名の子供もいることだし(この点は争ない)又いづれは被告も目が覚めて情婦との不倫な関係を絶つであろうと考へ婚家に踏み止まつていたが被告が「別れたのに何故出て行かないか」と言つて執拗に退去を迫つたので(此の点も争ない)約九ケ月の後已むなく実家に帰つたものであることがそれぞれ認められる。以上によつて認められる事実に徴するときは、原被告が離婚をなすに至つた直接の動機は、訴外藤田和行が被告に対して準禁治産宣告の申立をしたからで、財産の大半を蕩尽したというのであれば格別そうでもないのに準禁治産宣告の申請をなすことは聊か軽率で、被告が憤慨するのも無理からぬことには相違ないが、原告自身の意図によることの確証がないばかりか、それと言うのも被告が他に情婦をつくつて入り浸り、本妻である原告を全く省みなかつたからで、夫婦関係を継続することができないような最大の原因を作つたものは明らかに被告自身と謂うべく、被告は何等正当な理由がないのに原告をして離婚の余儀なきに至らしめたもので、此の為二十一年間も連れ添つた夫に棄てられ、いまや老境にはいつた原告にとつては精神上の苦痛洵に甚大なものであろうことは推断するに難からないところである。従つて仮に妻たる原告に多少の落度があつたとしても、被告としては、応分の慰藉金を支払つてこれを慰藉すべき義務のあることは多く謂う迄もない。被告は抗弁して、原告は「財産は少しもいらない」と明言して一切の請求権を抛棄したと言い、証人仁科道夫の証言によれば、なるほど、原告が左様な言葉を洩したことが一応認められる。然し乍ら当時原告としては、これまでの夫婦関係がそう輙すく解消されるものとは夢想だにしなかつたであろうし、いよいよ離婚と決つて悲歎の余り、やけ気味になつて一時の昂奮から心にもなく「財産は少しもいらない」と放言したことで、到底真意に出でたものとは考へられないことが弁論の全趣旨から看取されるので、右の言葉を促へて請求権の放棄がなされたものと速断することは相当でない。それで進んで慰藉料の数額について判断する。成立に争ない甲第一号証(固定資産証明書)によつて明らかな被告が土地建物等評価額八十六万三千三百円相当の不動産を所有している事実、証人藤田和行の証言並原告本人尋問の結果(一、二回)によつて認めらるゝ被告が田畑併せて二町余を耕作して年額三十数万円の収穫を上げている外相当の家賃収入もあるのに引換へ、原告は全くの無資産で現在転々炊事婦などして糊口を凌いでいる事実、双方間に争いのない子供等全員が被告によつて養育されている事実、弁論の全趣旨によつて明らかな原被告両名の社会的地位、教養程度、同棲期間、年令その他諸般の事情を彼是綜合して考へると、本件慰藉料は金二十万円を以て相当と認める。それで被告は原告に対し右金二十万円及これに対する訴状送達の翌日であることが記録に依り明らかな昭和二十六年十一月三十日から完済する迄年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるわけで、原告の本訴請求は此の限度において理由があり、正当だからこれを認容することゝし、その余は失当としてこれを棄却する。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十二条を仮執行の宣言について同法第百九十六条第一項をそれぞれ適用して主文の通り判決した。

(裁判官 島信行)

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