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宮崎地方裁判所 昭和40年(レ)15号 判決 1965年8月10日

控訴人 小池義美 外一名

被控訴人 福島芳子 外七名

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等訴訟代理人は、「原判決(但し控訴人蛯原については敗訴の部分)を取消す。被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出は、次のように訂正、挿入する外原判決事実並びに証拠摘示と同一であるからここにこれを引用する。(被控訴人福島芳子を除くその余の被控訴人の右申立並びに陳述は、同被控訴人等が当審口頭弁論期日に出頭しないので陳述したものとみなされた答弁書に記載があるものである。)

(一)  原判決書三枚目表末行から同枚目裏一行目の「賃貸していたところ、」までを「被控訴人等先代亡福島邇はかねてから控訴人小池に対し(その実父の代から引続き)、その所有の宮崎市中村町一丁目二九番宅地一二八坪のうち別紙目録<省略>記載第三、第四の部分を建物所有の目的をもつて賃貸していたところ、邇が昭和三五年八月二三日死亡したので被控訴人芳子は妻として、その余の被控訴人らは子としてその相続をし、右宅地の所有権を承継すると同時に右賃貸借の賃貸人たる地位を承継した。そして、」と訂正する。

(二)  同四枚目裏二行目「なされたものである。」の次に「そしてその代物弁済は控訴人蛯原より半ば強制されてなしたものであつて控訴人小池の自発的意思に基いてなしたものではないから右代物弁済に伴いなした賃借権の譲渡はその意味において効力を生じないばかりでなく、たとえその効力を生ずるとしてもそのことは賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情にあたる(この点の主張は控訴人小池のみの主張)」を加える。

理由

一、(一) 控訴人小池(その実父の代から引続き)がかねてから訴外亡福島邇より同人所有の宮崎市中村町一丁目二九番地宅地一二八坪のうち別紙目録第三、第四記載の部分を建物所有を目的として賃借し、同地上に別紙目録記載の第一及び第二の建物を所有していたことは当事者間に争がなく、原審における被控訴人福島芳子本人尋問の結果に弁論の全趣旨を参酌すると、前記福島邇は昭和三五年八月二三日に死亡し、その妻である被控訴人福島芳子が二一分の七、子であるその余の被控訴人等が各二一分の二の割合をもつて相続したことが認められ同認定に反する証拠はないので被控訴人等はその割合をもつて右宅地の所有権を承継すると同時に右賃貸借の賃貸人たる地位を承継したものといわなければならない(被控訴人等が賃貸人であること自体は控訴人等も認めている)。

(二) 控訴人小池が昭和三八年六月一日右第二の建物の所有権を控訴人蛯原宗英に移転し、あわせてその敷地部分の賃借権を譲渡したこと、及び被控訴人等は控訴人小池に対し昭和三八年八月二一日内容証明郵便にて右賃借権の無断譲渡を理由として前記土地全部に対する賃貸借契約解除の意思表示をし、同郵便はその頃右控訴人に到達したこと等の事実は当事者間に争いない。そして右賃借権の譲渡について被控訴人等の承諾のあつたことの主張立証のない本件の場合、控訴人小池は本件賃借土地のうち第二建物の敷地部分の賃借権を賃貸人の承諾なしに無断で控訴人蛯原に譲渡したといわなければならない。もつとも控訴人小池はこの点につき、右第二の建物所有権及びその敷地賃借権の譲渡は、控訴人蛯原に対する金五〇〇、〇〇〇円の債務の代物弁済としてなしたものである旨主張するが、たとえ右代物弁済が真実だとしてももともと代物弁済は契約としてなされたものと解せられるところ、本件においては同契約が控訴人蛯原の強制に基きなされたものであるとか、或いは控訴人小池の意思に基かないものであるとか、同人の窮迫に乗じて締結されたものであるとの点については、何等立証なく、結局控訴人小池が自らの意思に基いて本件賃借権を無断譲渡したものといわざるを得ない。

(三) かように右賃借権の譲渡が被控訴人等に無断でなされたわけであるが、このような賃貸人を無視するような行動に出られたことによつて賃貸人としては不快な感情を抱いたであらうことが想像されるがこのような個人的不信の念だけでなく、右賃借権の無断譲渡によつて賃貸人にとつて全く予期しない者が賃借人として表れて来ること、新譲受人が果して従前の賃貸借関係によつて作られていた信頼関係をそのまま誠実に承継し、継続させて行くか全く予想がつかないこと、しかもこのような不安感は地上建物の譲渡に伴つて賃借権の譲渡が行われたわけであるから確定的なものとなつていること等の客観的不利益がもたらされていることが明らかであつて、右賃借権の無断譲渡によつて被控訴人等と控訴人小池間の賃貸借契約上の信頼関係は破られたものといわねばならない。この点に関し、控訴人小池は「右賃借権の譲渡はもともと本件第二建物の所有権を控訴人蛯原に対する金五〇〇、〇〇〇円の債務の代物弁済として移転したに伴つてなしたものであるところ、該代物弁済は控訴人蛯原の強制によりなしたものであつて控訴人小池の自発的意思に基きなしたものではないから、そのことは賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情にあたる」と主張するけれども該事実を認めうる資料が何もないのでこのことをその判定の資料とはなし得ずその他本件無断譲渡が賃貸人に対する背信行為にならない旨の特段の事情の存在については何等主張立証がない。

なお本件においては、控訴人小池が賃借した土地のうち、一部について前記の如き無断譲渡が行われたが、右の如き一部譲渡の結果賃貸人等に前記不利益が招来されたばかりでなく、控訴人小池が将来再び金銭に困り借財返済等のため残部の賃借権譲渡の所為に出る虞がないともいえないし、右控訴人蛯原に譲渡した部分は控訴人小池が保留している残余部分に劣らぬ範囲であることが、右各建物の床面積に照し明らかであつて決して僅少部分ともいえないから、右賃借権無断譲渡の結果賃貸人である被控訴人等と賃借人である控訴人小池間の信頼関係は全般的に破壊されたものと解される。

(四) すると被控訴人等が控訴人小池に対してなした賃貸借契約解除の意思表示は有効であり、右意思表示が到達したと推定される昭和三八年八月二二日頃本件賃貸借契約は解除され、従つて控訴人小池はその結果別紙目録第一の建物を収去して、右賃借していた土地を明渡す義務を負うに至つたことが明らかである。

二、(一) 以上認定のとおり控訴人蛯原は本件土地の一部についての賃借権の無断譲受人というべく、同控訴人が原審第四回口頭弁論期日になした本件第二の建物についての借地法第一〇条に基く建物買取請求権の行使はこれを認めるのが相当であり、右請求権行使の結果、右建物の所有権は被控訴人等に移転し、控訴人蛯原は鑑定人長友文夫の鑑定の結果により認められる如く、右建物の当時の時価である金六八〇、〇〇〇円の支払と引換に右建物の引渡並びに所有権移転登記手続をする義務のあることが明らかであり、この点について控訴人蛯原の留置権の行使は理由がある。

しかし右買取請求権行使の結果発生した被控訴人等の代金支払義務、控訴人蛯原の所有権移転登記並びに目的物引渡義務が、被控訴人等数名の者に対する関係で可分的に帰属するのか不可分的に帰属するのか問題があるので以下この点につき判断する。

(二) まず被控訴人等は相続により本件土地に関する被相続人の土地賃貸人としての地位を承継したものであるところ、同土地賃貸人としての地位は、賃貸人としての契約上の権利義務一切を総称したものにほかならずその中には目的物を賃借人に使用収益させる債務的なものから、賃料請求のような債権的なものまで含まれるが、右賃貸人としての地位のうちで、本件に関連のある右使用収益をさせる債務につき、可分債務であるか不可分債務であるかを検討するに共同賃貸人が一個の物を共同して他に賃貸するとき通常右契約当事者の意思としては右数人の賃貸人が目的物全部についてそれぞれ賃借人に使用収益をさせる義務を負担しているとみるのが相当であると考える。何故なら、右共同賃貸人は通常賃貸する目的物に所有権を有している場合が多いであらうし、この場合右賃貸人は右目的物上に持分権を有しているとみられるが、しかし右持分権を有していても目的物上の具体的部分に区分的な権利が成立しているわけではなく、目的物全体について持分の割合に応じた使用ができるに過ぎず(民法第二四九条)、たとえ共有者間において協議により各共有者の使用収益部分を定めることができるとしても、少くとも共有者が全員で目的物を他人に賃貸させようとするときは、共有者がそれぞれ持分に相当する具体的部分を指示してこれを賃貸するというようなことは甚だ複雑且つ不便であり通常このような方法で賃貸することはないと考えられるからである。

すると右賃貸人の使用収益をさせる義務に関する限り原則として不可分債務と解するを相当とすべく、本件被控訴人等は本件土地の賃借人に対して不可分的に右使用収益義務を負つているものというべく、特に当事者間において可分的に賃貸したとみるべき特約その他の事情については立証がない。

(三) ところで、借地法第一〇条は、賃借権の譲渡が行われた場合賃貸人が右譲渡につき承諾を与えないときは、右賃借権の譲受人が取得した地上建物の買取を賃貸人に請求する権利を認めている。これは建物の存続又は無断譲受人の保護という面から、賃借権の譲渡につき承諾を与えない賃貸人に建物買取を法が強制するものにほかならないのであつて、その原因は、賃貸人が譲受人に対して目的物の使用収益を拒絶(不承諾)したことによるわけである。従つて右買取を要求される相手方は従前目的物につき使用収益させる義務を負つていた賃貸人であり、しかも新譲受人に対して右使用収益の継続を拒否した賃貸人である。すると賃貸人が数人あつて前述のように不可分的に使用収益させる義務を負担していた場合これ等数人の賃貸人が賃借権の譲渡につき承諾を与えず、右使用収益させることを拒絶すれば、右賃借権譲受人は右数人の賃貸人に対し不可分的に同地上建物の買取を請求できるものと解するのが相当である。けだし右賃借権譲受人の建物買取請求権は、右のように賃貸人の使用収益義務の停止によつて発生し、これと対応するものであるから、右賃貸人が数人あり、これ等数人がそれぞれ目的物全部につき使用収益させる義務を負担しているとき、同使用収益義務の継続拒否を理由として発生する目的地上の建物買取義務は、右使用収益を拒否したことに責任のある賃貸人全員に不可分的に帰属するとみるのが、右買取請求権の性質上相当であるからである。もつとも右建物買取請求権は形成権であつてこれに対応する建物買取債務というものはないわけであるが、数人の賃貸人ある場合、右建物買取請求権は右数人の賃貸人全員に対し有することが明らかであるところ、右数人の賃貸人に対してどのように行使すべきか、即ち全員に対して行使しなければ効力がないのか、一部の者に対して全部の買取を請求できるかは、あたかも数人の者に対する債権の行使の場合と類似するところから、右形成権を一種の債権とみて民法の多数当事者の債権に関する規定を準用すれば、右数人の賃貸人についての右買取請求権行使を受忍する義務は同法第四三〇条の不可分債務に相当する。従つて数人の賃貸人がある場合、承諾のない賃借権譲受人は右共同賃貸人の一人又は全員に対し地上建物の買取を請求することができ(民法第四三〇条第四三二条)その結果は、右賃貸人全員について発生する即ち目的建物が右数人の賃貸人全員に売渡されたと同様の効果が発生するものと解する。

(四) 普通数人が一個の物を買受けた場合、同目的物の上に右数人の買受人による共有関係が成立し、従つて右買受人は右目的物上に持分権を取得するところ、この持分権は右共有関係によつて制約を受ける点があるが、その他の点では一個の権利と考えられ(大審大正一三年五月一九日民集第三巻二一一頁)、従つて右持分権者は売主に対し自己の持分権につき持分権の登記請求をすることができ、かえつて右独立的権利の性格から共有者の一人が、他の共有者を含めて全員のために売主に対し共有登記を請求することはできず、これは共有者全員においてなさなければならない(大審大正一一年七月一〇日民集第一巻三八六頁)ものである。従つて数人が共同して一個の物を買受けた場合、右数人は右売買によつて前記の如き持分権をそれぞれ取得する関係にあり、右取得する利益は一応右共有者にとつて可分的なものであると解せざるを得ない。従つて右共同買受にかかる代金支払債務も右可分的給付に対する対価給付として、多数当事者間の原則的債務関係である分割債務の性質を原則として有するものと解する。

そうであれば、本件の如き、数人の賃貸人に対する建物買取請求権行使の結果生ずる売買類似の法律関係においても右の如き関係が成立するであろうか。

建物買取請求権は前述のように賃貸人と賃借権譲受人という形式的には賃貸借契約関係内の問題であつて、その請求権行使の結果だけを切離し売買に類似するという点から前述の如き数人が共同で一個の物を買受けた場合の理論を適用するのは相当でないと考える。結局賃貸人と承諾なき賃借権譲受人の関係は、共同で物を買う場合の当事者間の関係とは趣きを異にするものであり、(例えば共同買受人は各人が自ら進んで目的物上の持分権取得を目的として行動するものであつて、他の共同買受人との関係において独立性を保ち、個人的色彩が顕著であるが、共同賃貸人の場合は前述の如く不可分的な関係が強い)。従つて右買取請求権の発生原因、行使方法、行使の結果はそれぞれ一連の因果関係を有するものであつてこれ等制度の趣旨を考えるならば、右買取請求権を行使された結果負担するに至つた代金支払義務も同様従前の関係に影響され、従つて前述の如く共同賃貸人が不可分的に買取請求を強制される関係にあると解する以上、その履行についても常識上不可分であると認めるのが相当であり、結局このように解することによつて、右債務の履行上の便宜にも合致するものである。

なお本件買取請求権行使の結果負担するに至つた本件建物の代金支払義務を前記の如く共同賃貸人として負担している不可分的な使用収益義務から派生してきたものとみて、その牽連ないしは対応上不可分債務の性質を有するものと解したわけであるが、しかし他方見方を変えれば右代金支払債務は被控訴人等の共有関係にある本件土地につき生じた右共有物管理上の費用とみることができる。けだし被控訴人等は前記の如く本件土地を共有しているところ、同共有土地を他に賃貸することは共有物の利用にあたることが明らかであり、従つて共有者が本件土地を控訴人小池に賃貸してこれを利用中、同賃借人の右賃借権無断譲渡、賃貸人の不承諾が原因となつて控訴人蛯原より右建物買取を請求され、その結果右建物代金支払義務を負担するに至つたわけであるから、右建物代金支払義務は右共有物そのものについて生じた保存的費用ではないが、同共有物を利用するために生じた費用といわねばならない。そして右代金支払債務は数人が共有物を他に賃貸中、右賃借権の無断譲渡同不承諾を契機として、不可避的に発生したものであり、右賃借権譲渡の不承諾と密接な因果関係を有するばかりでなく、右賃貸人としては右共有物の管理利用の方法として、新譲受人に対して賃貸借を継続させて行くよりも、右譲渡に承諾を与えないで(その結果右土地上の建物を買取らざるを得ない破目になつても)右共有物上の賃貸借関係を解消させるほうが、より右共有物の利用として有利であると考え、いわば右共有物の有利な利用を図つてあえて行動したために生じた負担であるとも云えるのである。従つて右建物を買取ることによつて受ける賃貸人の利益は、右建物の所有権だけでなく、共有地の賃借人が排除され新な利用が開始できるという右共有土地についての管理上の利益も考えられるわけである。そしてこのような共有物を将来有利に利用することができる管理上の利益というものは、その性質上共有者全員に不可分的に帰属するものといわねばならず、この点からみれば、本件建物代金支払債務は右共有者の受ける不可分的な管理との利益の対価たる意味をも有するもので、従つてその牽連上同代金支払債務が右共有者等に不可分的に帰属していると解することもできるわけである。

(五) 以上のように右買取請求権行使の結果目的物は賃貸人である被控訴人等に帰属したわけであるが、その帰属の態様はこれを共有と解せざるを得ずその持分の割合は右共同賃貸の権原となつている土地所有権の持分の割合に従うのが相当であり控訴人蛯原は被控訴人等より不可分的に金六八〇、〇〇〇円の支払を受けると引換に本件第二の建物につき被控訴人等に対し右割合による共有登記をする義務があり、又被控訴人等に対し右建物を不可分的に(大審大正一〇年三月一八日民録第二七輯五四七頁)明渡す義務がある。被控訴人等の控訴人蛯原に対する主位的請求並びに予備的請求中右限度を起える部分は以上の理由により失当である。

三、すると前述の結論と同旨の原判決は正当であり本件各控訴は理由がない。よつてこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中池利男 井上孝 塚田武司)

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