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宮崎地方裁判所 昭和43年(ワ)655号 判決 1973年5月28日

原告 植田栄一

被告 赤江農業協同組合

右代理人弁護士 殿所哲

主文

一、被告は原告に対し、金五〇〇万円及び右金員に対する昭和四三年二月二二日以降支払済まで年五分一厘の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

この判決は一項に限り、原告において金一五〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

第一、本訴請求の趣旨

「被告は原告に対し、金一、〇〇〇万円及び右金員に対する昭和四三年二月二二日以降支払済まで年五分一厘の割合による金員を支払え。」との判決ならびに仮執行の宣言。

第二、請求原因

一、原告は昭和四三年二月二二日被告組合に対し、松谷義一名義で金五〇〇万円、檜垣春子名義で金三〇〇万円、植田栄一名義で金二〇〇万円をいずれも期間六カ月利息は預入日より支払日まで年五分一厘の約束で、被告組合のいわゆる「はまゆう自動継続定期貯金」に貯金した。

二、よって原告は被告に対し、定期貯金一、〇〇〇万円及び右金員に対する前記預入日から支払済まで約定利息年五分一厘の割合による金員の支払を求める。

第三、請求原因に対する答弁

請求原因事実は否認する。

本件一、〇〇〇万円は被告組合の元管理課長谷口秀精が個人的に訴外森野章または谷口智明より受領したものであって、被告組合に対しては右金員は預け入れされていない。

仮りに被告組合を預り主とする定期貯金契約が成立したとしても、その貯金者は訴外森野または谷口智明である。

さらに貯金者が右森野または谷口智明でないとすれば、「松谷義一」名義に係る五〇〇万円については訴外田村周治(以下田村という)が、自ら現金を持参して、現実の貯金手続を行ない、右名義の貯金証書を保管しているのであるから、同人が貯金者である。そして「檜垣春子」、「植田栄一」名義に係る五〇〇万円については、訴外下村嘉一郎(以下下村という)が、原告より右金員を借受け、同人自らの意思で貯金し、貯金証書も同人が保管しているのであるから下村が貯金者である。

第四、抗弁

仮りに原告と被告組合との間に、原告主張の如き定期貯金契約が成立したとしても、原告は右定期貯金が導入預金に該当することを知りながら、多額の謝礼金(裏金利)を得て、右貯金をしたものであるから、右貯金契約は、「預金等に係る不当契約の取締に関する法律」に違反反し、公序良俗に反すること明らかである。

従って民法九〇条・七〇八条により被告は右定期貯金の返還義務を負わない。

第五、抗弁に対する答弁

抗弁事実は否認する。

理由

一、請求原因について

(一)、<証拠>を総合するとつぎの事実が認められる。

1.昭和四三年二月二二日被告組合事務所の窓口において、原告は税金のがれのため架空名義である「檜垣春子」名義で金三〇〇万円を、「植田栄一」名義で金二〇〇万円を、田村は架空名義である「松谷義一」名義で金五〇〇万円を、いずれも期間六カ月、利息は預入日より支払日まで年五分一厘の約定で、被告の「はまゆう自動継続定期貯金」に貯金すべく、申込書の所定欄にそれぞれ記入し、持参した「檜垣」・「植田」(原告)、「松谷」(田村)と刻した印鑑を届出印として押捺したうえ、申込書に添えて、それぞれ持参した各金五〇〇万円を被告組合の当時の管理課長谷口秀精に交付した。

預・貯金の受入・払戻、証書の発行等についての職務権限を有していた右谷口秀精は、貯金者名「檜垣春子」(額面三〇〇万円)・同「植田栄一」(同二〇〇万円)・同「松谷義一」(同五〇〇万円)の各「はまゆう自動継続定期貯金証書」(甲一ないし三号証)を発行し、原告及び田村に交付した。

その間訴外森野及び下村は、被告組合事務所内の待合室において、原告及び田村が右手続をするのを見届けていたのみであって、右貯金手続そのものにはまったく関与していない。

なお右手続終了後原告及び田村は、下村の手を経て、訴外森野より謝礼金(裏金利)としてそれぞれ金二二万五、〇〇〇円を受け取った。

2.田村は前記「松谷義一」名義の貯金証書を当初より保管しており、「松谷」の届出印も同人が所持している。そして同人は右名義に係る五〇〇万円は原告ではなく、被告組合から直接返還されるべきものと認識している。

一方原告は下村の依頼に応じて一時貸したことはあるけれども、それ以外は継続して当初より、「檜垣春子」・「植田栄一」名義の前記貯金証書を所持しており、「檜垣」・「植田」の前記届出印も現に原告が所持している。

証人下村・同谷口の各証言中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして信用し難い。

なお証人下村は、原告が谷口秀精に交付した前記五〇〇万円は同証人が原告より借受けたものである旨証言し、右証言に符合するとみられる書証(甲六号証、昭和四三年二月二二日付借用証)も存在する。そして証人下村の右証言に反駁する原告本人の供述も充分に納得し得るものとはいい難い。

しかしながら、右五〇〇万円の借受けに関する同証人の証言自体極めて曖昧であること、本件貯金手続に関して下村は導入ブローカー的役割を演じていたと窺われる点もあること、本件貯金に関連する刑事事件(「預金等に係る不当契約の取締に関する法律」違反事件)で原告・下村ら関係者が捜査官憲により取調べを受けたため、同人らの間で右取調べに対処するための工作がなされたと推測されること、ならびに前記認定事実に照らすと、下村の右証言及び右書証はにわかに採用し難いものといわざるを得ない(もっとも貯金者を確定するについては、当該貯金手続の前段階において資金の貸借がなされたかどうかなどということは考慮する必要はなく、この点からしても後記(二)の認定を妨げるものではない)。

(二)、前(一)項の認定事実によれば、昭和四三年二月二二日に、「檜垣春子」名義に係る金三〇〇万円及び「植田栄一」名義に係る金二〇〇万円については原告と被告組合との間に、「松谷義一」名義に係る金五〇〇万円については田村と被告組合との間に、それぞれ期間六カ月、利息は預入日より支払日まで年五分一厘の約定の各自動継続定期貯金契約が成立したものと認めるのが相当である。

二、抗弁について

(一)前一項(一)掲記の証人(佐々木道夫を除く)の各証言、原告本人尋問の結果、前一項(一)の認定事実ならびに弁論の全趣旨を総合すると、本件各定期貯金は、訴外森野・谷口智明ら導入ブローカー、訴外中村勇夫(融資を受ける者)及び前記谷口秀精らによって仕組まれた被告組合に対する一連の導入預金の一還としてなされたものであること、原告は多額の謝礼金(裏金利)を得ており、本件各定期貯金が導入預金に該当することを知っていたこと、原告は前記仲介者を介して、被告組合から融資を受くべき特定の第三者が存在することを認識していたことの各事実が認められる。

右事実によれば、本件各定期貯金は、「預金等に係る不当契約の取締に関する法律」二条一項に違反するものというべきである。

(二)、しかしながら同法二条一項に違反する導入預金であっても、同条項の法意からして、これをもって直ちに公序良俗に反するものであるとはいえず、他に特段の事情の認められない本事案においては、本件各定期貯金契約が無効であるとはいい難い。

(三)、よって被告の抗弁は理由がない。

三、以上のとおりであって、被告に対し、定期貯金、金五〇〇万円及び右金員に対し預入日である昭和四三年二月二二日以降支払済まで約定利息年五分一厘の割合による金員の支払いを求める限度で、本訴請求は理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当であるからこれを棄却する。

訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用した。

(裁判長裁判官 舟本信光 裁判官 武内大佳 浜崎浩一)

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