宮崎地方裁判所 昭和58年(ソ)1号 決定 1983年5月02日
抗告人
大田義治
主文
原決定をいずれも取消す。
本件をいずれも日南簡易裁判所へ差戻す。
理由
一抗告人は本件各執行抗告の申立の趣旨として「一、原決定をいずれも取消す。二、相手方らの本件建物収去命令、代替執行費用前払命令の申立をいずれも却下する。」との裁判を求めた。執行抗告の理由は別紙<省略>のとおりであるが、その要旨は次のとおりである。
原裁判所は、相手方倉永ケサヲ及び同山口荘一が日南簡易裁判所昭和五五年(ハ)第三二号家屋収去土地明渡請求事件の執行力ある判決正本に基づいてした同庁昭和五八年(サ)第三一号家屋収去命令申立事件及び同第三二号建物収去費用支払命令申立事件に対し、それぞれ、相手方らは別紙物件目録一記載の土地(以下本件土地という)上に存在する抗告人所有の別紙物件目録二記載の建物(以下本件建物という)部分を抗告人の費用をもつて宮崎地方裁判所日南支部執行官に収去させることができる旨及び、抗告人に右建物部分を収去するために必要な費用金一〇万円を予め相手方らに支払うことを命ずる旨の各決定をしたが抗告人は、本件土地上に存在する本件建物部分を既に任意に収去しており、右各決定は、本件建物の一部分が未だ本件土地を不法に占拠しているとの事実誤認に基づく違法な決定である。
二一件記録によると、抗告人が本件各執行抗告の申立てをするに至るまでの経緯は次のとおりである。
(一) 相手方らは、抗告人に対し、本件土地の明渡しを求めるため本件土地とこれに隣接する一筆の土地及びこの二筆の土地の間を流れる水路上にまたがつて建築されている抗告人所有の本件建物の全部の収去を求める訴を日南簡易裁判所に提起し(前記家屋収去土地明渡請求事件)、同裁判所は、相手方らの主張を認め、「抗告人は相手方らに対し、本件建物を収去して本件土地を明渡せ。」との判決を下し、右判決は抗告人の控訴がないまま確定した。
(二) その後、抗告人は、右判決に従つて、本件建物のうち、抗告人自身の主張する本件土地の境界線を基準として、これよりはみ出して本件土地上に存在する部分(本件建物の一部)を収去したが、相手方らは、右事件の執行力ある判決正本に基づき、本件建物全部を抗告人の費用によつて収去することができる旨の授権決定の申立(前記家屋収去命令申立事件)、及び、右収去に要する費用を予め抗告人に支払うことを命ずる旨の代替執行費用支払の申立(前記建物収去費用支払命令申立事件)を原裁判所に提起し、原裁判所は前記のような各決定をした(なお、一件記録中の相手方らの陳述書によると、抗告人は、本件土地を明渡すため本件建物の一部を取り払つたが、未だ本件土地上に本件建物の一部が残存している旨述べている。)。
(三) これに対し、抗告人は、本件土地上の本件建物部分は既に任意に収去しているのであつて、相手方らは、本件土地についての誤つた境界線に基づいて未だ本件土地上に本件建物が残存していると主張しているにすぎないとして、本件各執行抗告の申立をした。
三(一) 本件債務名義である一件記録中の前示確定判決主文第一項には「被告大田義治(抗告人)は原告ら(相手方ら)に対し、別紙物件目録(二)記載の建物(本件建物)を収去して同(一)記載の土地(本件土地)を明渡せ」と記載され、その判決理由や右目録(一)(二)をみても、建物の一部、したがつてこれを特定してその収去を命じたものとは到底いえず、右判決をみる限り、これは隣地に跨がる本件建物全部を収去して、本件土地の明渡を命じたものというほかない。このような隣地に跨がる建物全部を収去して、土地の明渡を命ずることも一定の要件のもとに許容されてよいのであつて、もとより右判決が確定している以上その要件の存否を詮索するまでもなく右のよう建物全部の収去を命じたものと解すべきである。
(二) 抗告人主張の前示執行抗告理由は要するに前示のとおり抗告人が任意に本件建物の一部を収去したことを理由に、原裁判所が本件土地上に未だ本件建物部分が残存していることを前提として前記の各授権決定をしたことを非難する点にある。
(三) そこで、この法的意味を一件記録に徴し考察するに、前示のとおり本件債務名義たる確定判決主文第一項が本件建物全部の収去を命ずるものと解される以上、抗告人がその一部を収去したことをもつて右判決上の建物全部の収去義務が履行ずみとなるものでないことは明らかである。しかしながら、右確定判決において隣地に跨がる本件建物全部の収去が命ぜられているのは、抗告人が本件建物を所有して相手方ら所有の本件土地を占拠していることを理由に相手方らのなす所有権に基づく妨害排除請求権による本件土地の明渡を実現するためのものである。
(四) そして、抗告人は本件建物の一部の任意収去によりもはや本件土地は完全に明渡ずみとなつたことを主張しているのであるから、もしそのような事実があるとすれば、右確定判決上の本件建物の残存部分の収去義務は本件土地の明渡という目的到達によりその前提である妨害排除請求権が消滅するのに伴い消失するものというべきである。被告人主張の抗告理由はこのような点で法的意義を有する。
(五) ところで、本件建物の残存部分の収去義務が右のとおり実体法上の妨害排除請求権の消滅により消失するというのは、結局債務名義である本件確定判決につき口頭弁論の終結後に生じた抗告人の任意の本件建物の一部収去により実体法上の妨害排除請求権が消滅し、その請求権の不存在をいうものであつてその存在について異議を述べるものにほかならないから、これは民事執行法三五条一、二項所定の請求異議事由に該当するものであり、民事執行の手続に関する同法一〇条所定の執行抗告事由に当らない。
したがつて、抗告人の本件執行抗告の理由は失当である。
四職権をもつて調査するに、一件記録によると、前示のとおり債務名義である本件確定判決主文第一項は本件建物の全部収去を命じているところ、原決定は「別紙目録記載の物件を、債務者の費用をもつて、宮崎地方裁判所日南支部執行官に収去させることができる。」旨及び「別紙記載の建物を収去するために必要な費用金一〇万円を予め債権者ら(相手ら)に支払え。」との授権決定ないし代替執行費用前払命令をなし、その別紙目録には建物の表示として「本件建物のうち本件土地の地上に存在する部分」と記載しているので一部収去の授権決定及びこれを前提とした代替執行費用前払命令をしているものといわねばならない。しかしながら、建物の全部収去を命ずる債務名義の執行として建物を細切れにするその一部収去の授権決定をなすことは、特段の事情がない限り、できないものというべきであるし、そもそも、建物の一部収去命令には、執行を許す建物の部分を基点とその検尺を付した図面などにより特定するか、収去を求めるべき土地を右同様の方法により特定することにより、収去すべき建物部分を特定すべきところ、原決定はいずれも、この特定を欠き主文不明確の違法を免れないものである。
五なお、原裁判所としては、本件債務名義に基づいて、相手方ら申立の本件建物の全部収去の授権決定及びその代替執行費用前払を命ずる決定をすべきであるところ、抗告人からの前示本件抗告理由を異議理由とする請求異議の訴えの提起をまつて、執行の停止をするとともに、当事者間の主要な争点である本件土地の境界ないし所有権の限界線につき審理を尽したうえこれを実体法的に判断し本件債務名義の執行不許の裁判をすべきかどうかを判定すべきものである。
六以上のとおりであるから、その余の判断をするまでもなく、本件原決定にはいずれも法令の違反があり、不当であるから、民事執行法一〇条七項但書、民訴法四一四条、三八六条、三八九条に従い、いずれもこれを取消し、更に審理を尽くし本件建物の全部収去の授権決定、及びその適正な額の代替執行費用前払決定をさせるため、本件をいずれも原裁判所に差戻すこととし、主文のとおり決定する。
(吉川義春 竹江禎子 栃木力)
物件目録<省略>