宮崎地方裁判所 昭和63年(ワ)875号 判決 1992年9月28日
原告
岩切八重子
右訴訟代理人弁護士
鍬田萬喜雄
被告
宮崎県
右代表者知事
松形祐堯
右指定代理人
迫田巖
外六名
被告
地方職員共済組合
右代表者理事長
砂子田隆
被告両名訴訟代理人弁護士
殿所哲
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し、各自金三九〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一一月二七日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 バレーボール大会の開催
(一) 被告らは、職員の厚生計画の一環として、共同して、宮崎県本庁各課及び宮崎総合庁舎内の各出先機関対抗の九人制バレーボール大会(以下「本件大会」という。)を次のとおり計画し、実施した。
期間 昭和六〇年一〇月二八日より同年一二月一三日までの昼休み時間及び午後五時以降
会場 職員体育館及びバレーボールコート
(二) 本件大会の一試合として、昭和六〇年一一月二七日の昼休み時間、総務部職員厚生課対土木部建築住宅課の試合(以下「本件試合」という。)が、職員体育館前B面コート(以下「本件コート」という。)において行われ、原告は、職員厚生課チームの補欠選手として、コートサイドで待機、観戦した。
2 原告の地位
(一) 原告は、本件試合当時、被告地方職員共済組合(以下「被告組合」という。)の職員であり、その職務の一環として、右のとおり、待機、観戦した。
(二) 当時、被告宮崎県(以下「被告県」という。)の職員厚生課の分掌事務と被告組合宮崎県支部(以下「被告組合支部」という。)の分掌事務は、組織的にも内容的にも渾然一体となっており、本件大会のような行事も、職員厚生課の仕事であると同時に被告組合支部の仕事でもあるという不可分の関係にあった。原告は、被告県総務部職員厚生課長の指揮監督のもとに、補欠選手として待機、観戦したのであり、これは、被告県の職員厚生課の職務として行なったものでもあった。
3 事故の発生
昭和六〇年一一月二七日午後零時半ころ、本件試合において、建築住宅課チームの選手が北側サイドのコートからボールを打ち返し、これを南側サイドのコートの職員厚生課チームの中衛センターの選手がレシーブしたところ、別紙図面一のとおりボールが東北方向のコート外に向かって跳ね返ったので、職員厚生課チームの後衛センターの訴外假屋宗春(以下「訴外假屋」という。)がこれを追い、跳ね返ったボールの方向を注視していたため訴外假屋の動静に気づかなかった原告にのしかかるようにして衝突して、転倒させた(以下この事故を「本件事故」という。)。
4 原告の負傷
本件事故の結果、原告は、顔面打撲、鼻骨骨折、頚肩腕症候群、筋緊張性頭痛等の傷害を負った。
5 被告らの責任
(一) 各被告は、それぞれその職員に対し、各被告の職務遂行のために設置すべき施設もしくは器具等の設置管理又は職員が各被告もしくは上司の指示のもとに遂行する職務の管理にあたって、職員の生命及び健康等を危険から保護するように配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っている。
(二) 前記2(二)で述べたところからすれば、被告県は、本件大会の実施にあたっては、原告に対する関係で安全配慮義務を負担していたものというべきである。
(三) バレーボールは、ボールを追って競技者がコート外へ突進することなども多く、競技者と観戦者との衝突の危険を伴った競技であるところ、本件試合においては、多数の者がコートサイドで観戦していたのであるから、被告らは、事故発生の危険を防止するための対策を講ずるべきであった。
財団法人日本バレーボール協会制定のルール及び施設基準によれば、バレーボール競技の特質を考慮し、危険を防止する趣旨から、バレーボールコートはサイドライン外方五メートル以上の距離で区画されなければならないこと、コートの外方三メートル内には支柱、審判台を除き障害物があってはならないことが定められている(以下、これらの基準をあわせて「コート基準」という。)。
したがって、被告らは、本件試合を開催するに当たって、観戦者をサイドラインから五メートル以上(仮にこれが認められないとしても三メートル以上)離れた位置で観戦させるか、あるいは、コートと観戦場所との間に防護設備を設けるべきであったのに、これを怠り、コートの東側には、サイドラインから三メートル以内にコンクリート製ベンチがあったし、観戦者が右範囲内に立ち入ることについて何らの防止措置を取らず、また、なんらの防護設備を設けることもせずに、漫然と右範囲内で観戦させたために、本件事故が発生した。被告らは、本件大会がレクリエーション大会であることを理由として被告らの安全配慮義務が軽減される旨の主張をしている。しかし、レクリエーション大会の方が通常の大会に比して競技者の判断能力や危険回避能力は低く、本件大会がレクリエーション大会であることを理由として被告らの安全配慮義務を軽減することはできず、また、コート基準は一般の大会のみならず、レクリエーション大会をも対象とする基準であるから、この基準をもとに被告らの安全配慮義務違反の有無を検討すべきである。
6 損害
原告は、本件事故による負傷のため、後記のとおり入、通院して治療を受け、昭和六〇年一一月二七日より同年一二月一一日まで自宅安静、昭和六二年七月一日より同年九月三〇日まで傷病休暇、昭和六三年八月一五日より同年一一月一四日まで傷病休暇をとり、療養に努めたが治癒せず、腕の付け根から手の甲までの疼痛、吐き気、激しい頭痛、頭重感、脊椎上部の鉛様に重い感じ、頸椎の運動痛、右肩胛部から右上肢にかけての倦怠感、脱力感といった症状に常に悩まされ、同月一五日をもって被告組合を退職するのやむなきに至った。
記
昭和六〇年一一月二七日
県庁内診療所及び二宮耳鼻咽喉科医院通院
昭和六〇年一一月二九日
潤和会記念病院脳神経外科通院
昭和六一年三月一日から同年四月五日まで
川越整形外科医院通院
昭和六一年一〇月六日
県立宮崎病院脳神経外科通院
昭和六一年一一月一四日から同年一二月二五日まで
弓削整形外科病院通院
昭和六一年一二月二六日から昭和六二年三月一四日まで
弓削整形外科病院入院
昭和六二年三月一五日から昭和六三年六月まで
弓削整形外科病院通院
昭和六三年七月五日以降
吉村クリニック通院
昭和六三年一一月四日から平成元年七月七日まで
小室医院通院
本件事故による原告の損害を算定すると、以下のとおりとなる。
(一) 退職による逸失利益
(1) 原告の右退職時の給与は月額三一万〇六〇〇円であったところ、本件事故による退職のために退職時の満四九歳から六〇歳までの間に取得できるはずであった給与を失った。この退職時における現価を中間利息の控除につき新ホフマン法に従って算出すると、左記のとおり金三二〇一万六六四八円となる。
31万0600円×12×8.590
=3201万6648円
(2) 右三一万〇六〇〇円の月額給与をもとに算出すると、原告が定年時まで勤務した場合には、原告は、次のとおり金一九四七万四六二〇円の退職金を得ることができた。
31万0600円×62.7(定年時の退職金支給率)
=一九四七万四六二〇円
しかるに、原告は、退職により、一五〇六万七二〇六円を得たにとどまったから、その差額金四四〇万七四一四円を失ったことになる。
(二) 慰藉料
原告は、本件事故による負傷により、長期間の入院、通院を行ない、長年勤務してきた職場を退職することとなった。そして、退職後も前記症状が残存して療養を続けなければならない状態である上に、財団法人日本体育協会認定のスポーツ指導員、卓球公認審判員の資格を取得し昭和六一年三月までは宮崎県卓球協会常任理事の地位にあったほど関わってきたスポーツ活動を断念せざるをえないことになった。
右事実を総合すると、原告の精神的損害に対する慰藉料としては、金三〇〇万円が相当である。
7 よって、原告は被告ら各自に対し、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求として、右損害額合計金三九四二万四〇六二円の内金三九〇〇万円とこれに対する本件事故時である昭和六〇年一一月二七日以降支払い済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 請求原因2の事実のうち、
(一) (一)は認める。
(二) (二)は否認する。職員厚生課の分掌事務と、被告組合支部のそれとは明らかに異なる。また、原告は被告組合支部事務長の指揮、監督を受けていたのであって、職員厚生課長の指揮、監督を受けていたわけではない。
3 請求原因3の事実のうち、本件試合において、訴外假屋がコート外へ跳ね返ったボールを追って行って原告と衝突したことは認める。しかし、ボールの跳ね返った方向及び衝突地点は別紙図面二記載のとおり南東方向であり、また、衝突と同時に訴外假屋は原告の体を抱きかかえたので、原告は転倒しなかった。
4 請求原因4の事実は否認する。原告は本件事故により鼻部外傷を負って鼻出血をしたのみである。
5 請求原因5の事実のうち、
(一) (一)は認める。
(二) (二)及び(三)は争う。
6 請求原因6の事実のうち、原告が昭和六〇年一一月二八日から同年一二月一一日まで病気休暇を取って自宅療養し、昭和六二年七月一日から同年九月三〇日まで及び昭和六三年八月一五日から同年一一月一四日までの間それぞれ傷病休暇をとったこと、同年一一月一五日に被告組合を退職したことは認めるが、その余の事実は否認する。
三 被告らの主張
1 安全配慮義務について
(一) 原告は、財団法人日本体育協会認定のスポーツ指導員、卓球公認審判員の資格を有し、卓球大会に選手として出場するなどスポーツに堪能で敏捷性を有し、危険性を判断する能力が優れていたうえに、特に、本件試合では出場チームの補欠として観戦していたのであるから、訴外假屋を含む出場選手の動きに十分注意を払い、事故を避けることが期待できた。
(二) 本件大会は、県庁職員等のレクリエーション大会であって、本格的に競技を行なうというよりも、一般の職員が気軽に参加できることを目的に運営されていた。公式競技に比べて低いネットを使用し、ルールも、強力なサーブを避けるためにサーブを一本に限り、出場者は県庁職員等に限定し、しかも四〇歳以上の者あるいは女性が常に三名以上出場していなくてはならないなどとされていたのはその表れである。
したがって、本格的な試合の場合に比べて競技自体の危険性は少なかった。
(三) 本件コートは、レクリエーションとして九人制バレーボールを行なうには、特に規格外れであったりすることもなく、常識外の設備をしたり、必要な設備を欠いていることもなかった。そして、昭和四三年以降、バレーボール大会は本件コートで行われているが、今までに、競技者と観戦者との間の接触事故は全く生じていなかった。
(四) 以上の各事実に鑑みると、本件試合において、観戦者をサイドライン五メートル以内あるいは三メートル以内に立ち入らせないとか、コートと観戦場所との間に防護設備を置くとかの原告主張の具体的な安全配慮義務を被告らが負担していたということはできない。
原告は、本件コートがコート基準に適合していないと主張するが、原告主張の基準は本格的な競技としてのバレーボールの場合を想定しているものであって、前記(二)の事情のある本件試合にはそのまま妥当しない。なお、本件コート東側のサイドラインの外にはコンクリート製ベンチが存在したが、このベンチの位置と原告が訴外假屋と接触した場所とは離れており、したがって、右ベンチは本件事故とは何らの関連もない。
2 損害の填補
原告は、本件事故に関して、以下のとおりの給付を受けており、損害の填補を得た。
(一) 昭和六三年五月二七日、労働者災害補償保険法に基づく障害補償一時金として金七〇万五八〇〇円
(二) 平成二年四月二七日、地方公務員等共済組合法に基づく傷病手当金として金一〇七万九七六八円
(三) 地方公務員等共済組合法に基づく障害共済年金として、以下のとおり、合計金六七七万六三六八円
(1) 昭和六三年一二月ないし平成元年一月分として金三一万八八八四円
(2) 平成元年二月ないし平成二年三月分として金二三一万三八八四円
(3) 平成二年四月ないし平成三年二月分として金一八七万〇八二五円
(4) 平成三年三月ないし平成四年三月分として金二二七万二七七五円
四 被告らの主張に対する原告の認否
否認する。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1及び同2(一)の事実(本件大会の開催及び原告が被告組合の職務の一環として、待機、観戦したこと)については当事者間に争いがない。
二請求原因3の事実(本件事故の発生)について
訴外假屋の追ったボールの方向、衝突地点、原告の転倒の有無を除いては、本件事故が発生したことについて当事者間に争いがない。
右争いのない事実と証拠(<書証番号略>、証人弓削哲郎、証人假屋宗春、原告、検証)によれば、本件事故発生の状況はほぼ次のとおりであったと認めることができる。
1 本件試合当時、東側サイドライン沿いには、東側サイドラインから東方向に三メートル程度離れ、ラインの全体にわたって職員厚生課所属の職員等が観戦しており、原告は、東側サイドラインの外側ではあるがエンドラインに近い付近で、東側サイドラインから三メートル足らずの距離のところで控えの選手として待機するとともに観戦していた。本件コートの南側面の東側サイドラインのネットとエンドライン間のややネット寄りの部分には、コンクリート製ベンチが置かれていたが、このベンチと東側サイドラインとの距離は二メートル前後であった。
2 本件試合中の午後零時半ころ、建築住宅課チームの選手がボールを打ち返し、これを職員厚生課チームの中衛センターの選手がレシーブしたところ、ボールは弧を描きながら東側サイドラインを越えてコート外に出た。
3 訴外假屋は、職員厚生課チームの後衛センターの選手であったが、コート外に出たボールを味方コート内に戻し、又は相手コートに打ち返すべくボールを追ったところ、コート外で待機、観戦していた原告に衝突した。
三安全配慮義務違反について
被告組合がその職員である原告に対して安全配慮義務を負担していることは当事者間に争いがない。そこで、被告県が本件大会を実施するにつき原告に対して、仮に右義務を負担しているとした場合、被告らに原告に対する関係で本件大会を計画し実行するにつき安全配慮義務違反があったかどうかについて検討する。
証拠(<書証番号略>、証人弓削哲郎、証人假屋宗春、検証、弁論の全趣旨)によれば、次のとおり認めることができる。
1 九人制バレーボールのコート等についての統一的な定めは次のとおりである。
(一) コートは、一般男子が行なうときはサイドライン二一メートル、エンドライン10.5メートル、一般女子が行なうときは、同一八メートルと同9.0メートルであり、いずれの場合もコートの外方三メートル以内には支柱及び審判台以外には障害物があってはならない。なお、日本バレーボール協会では、サイドラインの外方五メートル及びエンドラインの外方八メートルの間は障害物のない空間とするよう指導しており、特に、全国大会又はこれに準ずる大会の施設としては右の規格の施設が要請されている。
(二) ネットの高さは、一般男子では2.38メートル、同女子では2.10メートルである。
2 本件大会は、職員の保健、元気回復その他厚生に関する事項についての事業として実施されたものであるが(地方公務員法四二条)、スポーツ競技大会としての色彩は比較的薄く、どちらかといえば、レクリエーション競技としての意味あいが強いものであった。コートの規格等についていえば、コートの広さは一般男子が行なう競技の規格に適合するものではあったが、ネットは一般男子が競技する場合より約一〇センチメートル低く張られていた。ルールについては、サーブは一本に限ることにより強力なサーブがされることを防止し、また、参加選手の選定についても、できる限り多くの職員が競技に参加できるようにとの配慮から、年齢四〇歳以上の者又は女性を常に三名以上出場させることをチームに義務づけるなどの定めがされており、職場のレクリエーション競技としての趣旨に沿った特別のルールとなっていた。
3 原告は、スポーツには堪能で、特に卓球については、各種競技会に選手として出場して活躍していたもので、日本体育協会認定のスポーツ指導員、日本卓球協会公認の審判員の各資格を有し、宮崎県卓球協会常任理事に就任したこともあった。そして、本件試合においては補欠選手として控えていたものである。
4 レクリエーションのための各課対抗バレーボール大会は、被告らにおいて、遅くとも昭和四三年ころからは年に二、三回の割合で実施されていたが、過去においては、プレー中の選手が足を捻挫する、アキレス腱を断裂するといった事故例はあったけれども、選手と応援職員とが衝突するという態様の事故が発生したことは皆無であった。
以上のとおり認めることができ、この事実から本件試合を実施するにつき被告らに原告に対する関係で安全配慮義務違反があったかどうかについて検討する。
バレーボールは、一般的には、選手がボールを追ってコート外に出ることも多く、その意味では選手と応援者や観客とが衝突事故を起こす危険を内包している競技であるということができる。そこで原告は、本件試合については、多数の職員が応援のために観戦することが予想されたのであるから、被告らは、観戦者をサイドラインから五メートル以上(少なくとも三メートル以上)離れた位置で観戦させるか又はコートと観戦場所との間に防護設備を設けるべき安全配慮義務があったのにこれを怠ったと主張している。そして、検証の結果によれば、本件コートの東側には選手と観戦者との衝突防止のための防護設備等は設けられていなかったことが認められ、また、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件試合に際して、被告らの担当者等が原告を含めた観戦者に対し、サイドラインから三メートルないし五メートル以上離れて観戦するよう指示したことはないことが認められるところ、原告は、サイドラインから三メートル以内の位置で観戦していて本件事故が発生したものであることは先に認定したとおりである。しかしながら、バレーボール競技が本来的に有するところの、選手と観戦者との衝突の危険は、他の同種競技に比して特に高度であるということはできず、本件試合がレクリエーション試合であって、選手の中には比較的年齢の高い者又は女性が含まれる予定であったことからすると、本件試合においては特に右の危険は少なかったと考えられること、観戦者は県庁職員であって、幼児や子供が観戦するものではなく、特に原告は単なる観戦者にとどまらず控えとはいえ選手の一員であったこと、本件試合当時、原告は運動に堪能で、卓球選手として活躍していたこと等の事情からすると、試合中に選手がボールを追ってコート外に飛び出してきたとしても、原告において通常の注意を払って観戦していさえすれば、選手との衝突事故は容易に避け得たものと考えられ、また、コートと観戦者間に防護設備を設けることは、選手との関係で危険が増大する恐れがあることをも勘案すると、本件試合に際し、被告らがサイドラインから三ないし五メートル内への立入りを禁止せず、かつ、コートと観戦者間に防護設備を設けなかったことは、原告との関係で安全配慮義務違反となるものではないというべきである。なお、本件試合が行なわれた当時、本件コートの東側サイドラインの外方三メートル以内の位置にコンクリート製ベンチが存したことは先に認定したとおりである。しかし、このベンチの存在と本件事故の発生との間には相当因果関係のないことが明らかであるから、仮に、このベンチの位置が不適当であるとしても、原告の本訴請求を根拠づけることはできない。そして、他には被告らの原告に対する関係における具体的安全配慮義務違反事実の主張立証はない。
原告は、①レクリエーション大会の方が、通常の大会に比べて競技者の判断能力や危険回避能力は低く、かえって危険であるから、本件大会がレクリエーション大会であることをもって、被告組合の安全配慮義務を軽減することはできない、②コート基準は、一般の大会に限らず、本件大会のようなレクリエーション大会をも対象にする基準であるから、被告組合の安全配慮義務を判断するうえで、右基準を重視すべきである、と主張する。
しかし、右①の主張については、本件大会のように、サーブの本数の制限や出場者の年齢条件の規制等のルールを規定してレクリエーションの目的の実現を具体的にめざしている場合には、運動内容は一般の競技大会に比較して激しくないものと予想され、出場者の技能、判断能力、危険回避能力等が若干劣ると仮定しても、なお危険性は減少すると推認できる。したがって、これに伴って、被告組合の安全配慮義務の程度も、軽減されるというべきである。
また、同②の点については、コート基準は、前記認定のようにバレーボール競技の特性を考慮してその危険を防止する趣旨で財団法人日本バレーボール協会によって制定されたものであるから、バレーボールの試合における安全配慮義務の有無、程度を判断するうえでも一応の参考になることはいうまでもない。しかし、コート基準のうちのバレーボールコートがサイドライン外方五メートル以上の距離で区画されなければならないとの基準は、最近の競技者の大型化に対応するためにルールとは別に定められた施設基準であって、一般の大会に関しても、全国大会もしくはそれに準ずる大会あるいは室内競技場の新設に当たって適用されるにすぎない(<書証番号略>)。また、コート基準は、財団法人日本バレーボール協会の関与する大会での適用を直接の対象にしてそのルールを定めたものであって(<書証番号略>)、具体的な状況のもとにおける安全配慮義務を決定付けるものではないのだから、本件試合における原告の判断能力、危険回避可能性、本件試合の性格、本件コートの状況、過去の事故例の有無等前記認定の各事実を総合して本件試合における被告組合の安全配慮義務を否定した判断の妨げとはならないというべきである。
したがって、原告の右主張を採用することはできない。
四よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することにし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官加藤誠 裁判官登石郁朗 裁判官後藤隆)
別紙図面一 検証見取図<省略>
別紙図面二 検証見取図<省略>