宮崎地方裁判所都城支部 平成7年(ワ)18号 判決 1998年3月25日
原告
甲山A子
右訴訟代理人弁護士
樫八重真
被告
日の出証券株式会社
右代表者代表取締役
乙川B夫
右訴訟代理人弁護士
渡辺紘光
主文
一 被告は、原告に対し、金六九万五七〇六円及び平成九年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求の趣旨
被告は、原告に対し金一一五万九五一〇円及びこれに対する平成九年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告の外務員に勧められて原告が株式投資信託の受益証券を購入するに際し、右外務員に投資信託について必要な説明をしなかった義務違反があったとして、原告が被告に対し、元本割れ損失について債務不履行に基づき損害賠償を求めた事案である。
【争いのない事実】
一 当事者
原告は、昭和三九年○月○日生まれの女性で保母をしている。被告は、証券取引法に基づき、大蔵大臣の免許を受けて証券業を営む株式会社であり、本件株式投資信託グロース・システム89・株型(以下「本件グロース・システム」という。)の委託会社である大和証券投資信託委託株式会社の取扱証券会社として受益証券の募集・販売の取り次ぎ、収益分配金及び償還金の支払などを業務内容としていた。訴外丙谷(旧姓丁沢)C美(以下「丁沢」という。)は被告に勤務していた投資信託証券外務員であったが、平成四年一月三一日に退職した。
二 本件受益証券購入の経緯
原告は、昭和六三年六月八日、被告を通じて中期国債ファンドを購入し、平成元年一二月一四日時点において金三四二万七五六六円が残高としてあった。原告は、同年一一月二八日、被告に右中期国債ファンドを解約する旨の電話をした。この際、電話に応対した丁沢は、当時の株式市況を念頭に中期利付国債を中心に運用する中期国債ファンドより本件グロース・システムの方が高利で資金運用ができる旨を説明してその受益証券を購入するように原告を勧誘し、一年間は換金できない旨と購入する場合には同年一二月一五日以降に来店してもらうように述べた。そこで、原告は本件グロース・システムの受益証券三〇〇口を購入する旨丁沢に伝えた。
原告は、同月二〇日、被告の都城支店に出向き、被告発行の銘柄・摘要欄に「グロース・システム89・株型」、数量欄に「三〇〇口」と記載された預り証(≪証拠省略≫と同じ)の交付を受け、被告から本件グロース・システムの本件受益証券三〇〇口(以下「本件受益証券」という。)を購入した。本件受益証券の購入には、原告が被告に預託していた中期国債ファンド残高約三四二万円のうちから代金三〇〇万円が充てられた。この際、原告は被告から証券投資信託法上、受益証券を取得しようとする者の利用に供しなければならない(同法二〇条の二第一項)とされる受益証券説明書を受け取っていない。
三 グロース・システム89・株型〔株式投資信託(成長型)〕について
本件グロース・システムは株式投資信託の一種であり、信託期間四年(平成元年一二月二〇日から平成五年一二月一九日。なお、後に平成八年一二月一九日まで延長)の単位型で、購入後一年間は換金できず(クローズド期間一年)、期中に収益の分配を行わない(無分配型)、投資対象への株式組入れに制限のないもの(成長型)で、投資の対象として新株引受権証券への投資が取得時の純資産の二割以下というものである(≪証拠省略≫)。
四 本件受益証券購入後の経緯について
1 原告は、平成三年一月二九日、丁沢に電話をして本件受益証券のうち一〇〇口を解約したが、同日の本件受益証券は一口六三八三円と元本割れをしていたため、原告は、同年二月一日、本件受益証券一〇〇口の分配金六三万八三〇〇円を受け取り、そのころ、銘柄名「グロースシステム89株型、数量一〇〇口、受取金額六三万八三〇〇円」との取引報告書(≪証拠省略≫)を受け取った。そこで、原告は丁沢に対し、電話で説明を求めたところ、丁沢は本件グロース・システムは株式で運用しており、現時点で株が暴落していること、本件グロース・システムについてはパンフレットを送付して説明しており、電話でも説明したと述べたが、原告は株式で運用している旨の説明は一切受けておらず、中期国債ファンドより利回りがよく、一年後には元金に利息が付いて返ってくるといわれたので中期国債ファンドを解約して申込みをしたと反論し、原告と丁沢との議論は水掛け論に終わった。さらに、一週間ほど後に原告は被告の都城支店に出向き、丁沢や当時都城支店長であった戊野D雄(以下「戊野」という。)に説明を求めたが、原告に対し、本件グロース・システムのパンフレットを送付し、電話でその内容を説明したか否かの点については水掛け論に終わった。なお、被告は、原告に対し、受益者の利用に供しなければならない運用報告書(証券投資信託法二〇条の二第二項)は平成七年になるまで交付していない。
2 本件グロース・システムの信託期間は当初は平成元年一二月二〇日から平成五年一二月一九日であったが、償還期間は平成八年一二月一九日までの三年間延長され(原告はこれを承諾した。≪証拠省略≫はそのときの償還延長承諾書)、償還期日の本件受益証券の価格は一口六〇一〇・九五円となっており、原告は、平成九年三月四日、被告から二〇〇口の償還金として一二〇万二一九〇円の金員と受渡計算書(≪証拠省略≫)を受けた。
3 したがって、原告は、払込金額三〇〇万円より一一五万九五一〇円少ない一八四万〇四九〇円しか受け取っておらず、一一五万九五一〇円の損失を受けた。
【争点】
一 説明義務違反について
(原告の主張)
原告は、株式取引や株式投資信託などの投機的な取引をしたことは本件以外に全くなく、証券取引について全く知識がなかった。しかるに、原告が本件受益証券を購入した経緯は電話による丁沢とのわずか二、三分の会話によるものである。被告の履行補助者である丁沢は、原告に対し、本件グロース・システムが株式に投資して運用する株式投資信託で投機性の高い投資である旨の説明は一切しておらず、原告が本件受益証券を購入したのは、丁沢が本件グロース・システムを貯金と呼んで、あたかも中期国債ファンドと同様定期預金のようなものであり、利回りが中期国債ファンドより有利であると説明されたからである。しかも、原告は、【争いのない事実】記載のとおり、受益証券説明書を受け取っておらず、平成三年二月一日ころ、丁沢から説明を受けるまでは、被告側から本件グロース・システムについての具体的な内容の説明を全く受けておらず、パンフレットなどの交付もされていない。
被告は、原告が証券取引に関する知識がほとんどなかったのであるから、本件受益証券の購入の勧誘をする場合、値上がりが確実であるとの断定的な判断の提供や元本ないし利益保証をするような勧誘は控えるべきことはもちろん、信義則上、株式投資信託の仕組み及びその危険性について適切な説明を行うべき契約上の義務が存在するというべきである。
そして、右のとおり、被告の履行補助者である丁沢はこの義務に違反して原告を勧誘したことは明らかであり、原告は、この義務違反により払込元金と償還金との差額一一五万九五一〇円の損失を受けた。したがって、被告は原告に対し、右債務不履行に基づく損害賠償請求として一一五万九五一〇円及びこれに対する損害確定の日の後の日である平成九年三月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
1 原告は、証券取引に要求される自己責任の観点から自己が購入する商品(本件では株式投資信託の受益証券)についてその性格・内容等を自らも努力して探究すべきであるのにこれを全く怠っており、信義則上、被告が債務不履行の責任を負わないというべきである。
2 丁沢は、原告に対し、電話のやりとりはもちろん手紙にて本件グロース・システムについて「良くなりそうな株式を買い、それで利益が出たら最終的に利益を分ける。」など原告からの預り金が株式に投資運用されるものであること、当時の実績から高利率の利益配当が見込まれることなど本件グロース・システムの内容について通常の説明をしている。さらに、本件受益証券購入に際し、「預り証」(≪証拠省略≫)を交付しており、右証書には表面に「株型」、裏面に「償還又は買取の価格は、組入証券の価格の変動等に伴ない変りますので投資額と同一ではありません。」と記載されており、これを読みさえすれば、丁沢の説明と相まって本件グロース・システムの内容を推知できたものである。株式投資信託における証券会社の勧誘に関し、証券会社に要求される説明義務は、投資信託の対象として株式が含まれること、元本割れはないなどの断定的判断の提供を行わないことなどをもって足りるものであり、丁沢はこの義務を尽くしており、元本保証を明言するなど原告に誤解を与えるような説明は一切していない。
3 なお、原告は、被告が原告に対して受益証券説明書等を交付していなかったことを理由として私法上の違法性が発生するかの如く論ずるが、平成元年当時は業界全体としてそれが励行されていたわけではないこと、行政法規と私法とは目的、機能が自ずから異なること、当該取引における顧客と担当者とのやりとりの内容から当該証券の内容について説明がされた場合にも私法上の効力があるとするのは相当でないことなどからして、受益証券説明書等を交付していなかったことが直ちに説明義務違反となるとはいえない。
二 過失相殺について
(被告の主張)
原告は預り証の記載内容に目をとおすことさえしていない。また、原告の本件受益証券購入の当時定期預金としてはもっとも高利率とされていたMMCより高利なものを求めるということであったのに何故本件受益証券がそれより高利率になり得るのか知ろうとする努力を払った形跡はなく、証券取引における自己責任の観点から原告には過失が認められる。
第三争点に対する判断
一 原告について
前記【争いのない事実】、原告の供述、括弧内に掲記した証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 原告は昭和三九年○月○日生まれで短期大学を卒業し、保母をしている既婚者であり(原告供述30項)、平成元年当時二四歳で(原告供述31項)、株式など証券取引をした経験はなく、原告の夫も同様に証券取引をした経験はない(原告供述35項)。
2 本件受益証券購入前、住宅購入のため被告を介して中期国債ファンドに投資していた。平成元年一二月一四日解約したが、解約金は三四二万七五六六円であった(≪証拠省略≫)。
二 グロース・システム89・株型〔株式投資信託(成長型)〕について
1 本件グロース・システムは株式投資信託の一種である。投資信託とは、「委託者(本件では大和証券投資信託委託株式会社)は受託者(本件では住友信託銀行株式会社)に対し、受益者(投資家)のために利殖する目的をもって、金銭を信託する(信託契約)と同時に、有価証券に投資して運用することを指図し、受託者はその指示にしたがって信託財産を管理処分し、その結果、信託財産に生じた利益及び損失を全て受益者に帰属させる」ものである。そして、株式投資信託は投資の対象として公社債のみならず、株式や転換社債を含んで運用するものであり、委託会社は受益証券を発行し、取次証券会社(本件では被告)を通じてこれを売買し、投資者を募集するものである。
2 本件グロース・システムは、信託期間四年(平成元年一二月二〇日から平成五年一二月一九日。なお、後に平成八年一二月一九日まで延長)の単位型で、購入後一年万円は換金できず(クローズド期間一年)、期中に収益の分配を行わない(無分配型)、投資対象への株式組入れに制限のないもの(成長型)である。投資対象としては、株式、公社債のほか、一定の制限があるものの新株引受権証券(取得時において純資産総額の二割以下)及び外貨建証券(純資産総額の五割以下)をも含んでいる上、先物取引(有価証券先物取引、有価証券指数等先物取引及び有価証券オプション取引)もできるとされている。
3 株式投資信託は、投資対象に株式や転換社債が含まれるため、株式を一切含まず公社債を中心に運用する公社債投資信託と比較して収益性が大きい反面、信託財産が株価によって大きく変動するため損失発生の危険性も高い上、投資の対象としてより価格の変動の激しい新株引受権証券や外国為替市場の相場の影響を受ける外貨建証券をも投資の対象とできる場合にはさらにいっそう収益性が大きい反面、損失発生の危険性も高くなる。また、株式投資信託のなかでも株式組入比率が高いほど株式の変動による影響を受けやすくなり、収益性が大きい反面、損失発生の危険性も高い。したがって、本件グロース・システムは、一定の制限はあるものの投資対象として新株引受権証券及び外貨建証券が含まれ、株式組入率が無制限であるから、株式投資信託の中でも収益が大きい反面、損失発生の危険性の大きな商品である。
三 本件受益証券の取引等の経緯について
前記【争いのない事実】、原告の供述、括弧内に掲記した証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 丁沢は、短期大学を卒業し、昭和六三年四月から被告会社に入社し、入社後二箇月で証券外務員の資格を取り、証券購入の勧誘をしていたが、平成四年一月三一日退社した(証人丙谷C美〔以下「丁沢」という。〕供述1、35ないし38項)。しかしながら、丁沢はその供述(52ないし54項)によれば、株式投資信託についてあまり知識を有していなかったことが認めれる。
2 平成元年当時株価が高騰しており、被告都城支店長であった戊野は一年前に出した本件グロース・システムの同種の株式投資信託の運用実績がかなりよいため、本件グロース・システムもかなり高利回りが予想されると外務員に話をしており(証人戊野D雄の供述)、丁沢もその認識でいた(同人供述45ないし47項)。
3 丁沢は、本件グロース・システムを勧誘するに際し、手紙を顧客に発送しており、手紙には「今度発売される投資信託という貯金があり、四年満期で一年後解約できるもので、良くなりそうな株式を買い、それで利益がでたら最終的に利益を分けるというもので、同じ様な貯金が一年前にもでており、高利率で保てているので、今回も高利率が予想される。」との内容が書かれており、原告にも発送していた(丁沢供述10、50項。なお、原告の供述(44項)によれば、原告もその手紙を受け取っている形跡が認められる。)しかしながら、丁沢は本件グロース・システムに関するパンフレット(乙7)や受益証券説明書は郵送していない(同人供述62項)。原告が右パンフレットを受け取ったのは平成三年二月二七日になってからである。
4 原告は、丁沢に対し、平成元年一一月二八日、銀行のスーパーMMCに加入するため、中期国債ファンドを解約する旨の電話をしたところ、丁沢から本件グロース・システムを購入するように勧誘を受けた。丁沢は、この際、本件グロース・システムは四年満期で一年でおろすことができること(丁沢供述14項)、商品は申込み期間があり、その期間がもうすぐ終わること(原告供述5項)、本件グロース・システムと同種の商品も成績がよかったので中期国債ファンドより高利回りが期待できること(丁沢供述45ないし47項)、購入する場合には同年一二月一五日以降に来店してもらうように述べた。そこで、原告は、本件受益証券三〇〇口を購入すること、購入代金は中期国債ファンドを解約し、解約金から本件受益証券三〇〇口の購入代金を支払う旨丁沢に依頼したため、丁沢は申込日まで中期国債ファンドで運用し、それを解約して流用する旨を伝えた(丁沢供述17項)。なお、丁沢は右電話の際、本件グロース・システムを貯金ないし貯蓄といっており、利率の話はしていないし(原告供述65ないし67項)、本件グロース・システムが株式組入率が無制限であるため、収益が期待できる反面危険性も高く、元本割れをすることもあえ得る旨については一切の説明をしていない(丁沢供述60項)。原告と丁沢との電話の時間はわずか二、三分で終わった(原告供述7項、丁沢供述43項)。
5 原告は、平成元年一二月二〇日、被告の都城支店に出向き、被告発行の、銘柄・摘要欄に「グロース・システム89・株型」、数量欄に「三〇〇口」と記載された預り証(≪証拠省略≫と同じ)の交付を受け、被告から本件受益証券を購入した。本件受益証券の購入には、原告が被告に預託していた中期国債ファンド残高約三四二万円のうちから代金三〇〇万円が充てられた。右預り証には表面に「株型」、裏面に「償還又は買取の価格は、組入証券の価格の変動等に伴ない変りますので投資額と同一ではありません。」と記載されていた。なお、この時も原告は受益証券説明書やパンフレットを受け取っていない(原告供述9ないし12、69ないし70項)。
6 原告は、被告から本件グロース・システムが株に投資して運用されるものであるとは聞いていないと主張し、その旨の供述をしている(原告供述17項)。しかし、右認定のとおり、丁沢は原告に本件グロース・システムが良くなりそうな株式を買い、それで利益がでたら最終的に利益を分けるという仕組みである旨の手紙を送っていること、丁沢が本件グロース・システムと同様の商品が高利率を保てているので今後も高利率が期待できると述べた際に高利率が期待できるのは株式に投資するためである旨説明したとうかがわれることから、原告の右主張は採用できない。
7 また、原告は、右電話に際し、丁沢が元金保証の上利息を付けて返すと述べた旨主張し、それに沿った供述をしている。確かに、丁沢は、右認定のとおり本件グロース・システムもかなりの利益を期待できると認識していたため、原告に対して本件株式投資信託を貯金と呼び、高利率が期待できることを述べており、原告に元本保証がされていると受け取られてもしかたがない説明をしたものと推認される。しかしながら、右認定のとおり、電話をしていた時間はわずか二、三分であり、その短い時間の中で丁沢は、本件グロース・システムが四年満期で一年で分配金を受けとれること、一年前に出した同様の株式投資信託の運用がかなり良かったため本件グロース・システムもかなりの利益が期待できること、申込日まで中期国債ファンドで運用し、それを解約して本件グロース・システムの受益証券三〇〇口購入することなどについて説明をしていることからして、丁沢の元本や利率についての話を一切していないとの供述はそれなりに信用性があり、原告の供述のみで丁沢が元本や利息を保証したと認定することは困難である。
8 原告は、平成三年一月二九日、丁沢に電話をして本件受益証券のうち一〇〇口を解約したが、同日の本件受益証券は一口六三八三円と元本割れをしたため、原告は、同年二月一日、本件受益証券一〇〇口の分配金六三万八三〇〇円を受け取り、そのころ、銘柄名「グロースシステム89株型、数量一〇〇口、受取金額六三万八三〇〇円」との取引報告書(≪証拠省略≫)を受け取った。そこで、原告は丁沢に対し、電話で説明を求めたところ、丁沢は本件グロース・システムは株式で運用しており、現時点で株が暴落していること、本件グロース・システムについてはパンフレットを送付して説明しており、電話でも説明したと述べたが、原告は株式で運用している旨の説明は一切受けておらず、中期国債ファンドより利回りがよく、一年後には元金に利息が付いて返ってくるといわれたので中期国債ファンドを解約して申込みをしたと反論し、原告と丁沢との議論は水掛け論に終わった。さらに、一週間ほど後に原告は被告の都城支店に出向き、丁沢や支店長の戊野に説明を求めたが、原告に対し、本件グロース・システムのパンフレットを送付し(なお、原告はこの時パンフレットを初めて受け取った〔原告供述9ないし12、69ないし70項〕)、電話でその内容を説明したか否かの点については水掛け論に終わった。なお、被告は、原告に対し、受益者の利用に供しなければならない運用報告書(証券投資信託法二〇条の二第二項)は平成七年になるまで交付していない。
本件グロース・システムの信託期間は当初は平成元年一二月二〇日から平成五年一二月一九日までであったが、株価が低迷し、償還金が元金割れをしていたため、原告の承諾を受けた上(≪証拠省略≫はそのときの償還延長承諾書)、償還期間は平成八年一二月一九日までの三年間延長されたが、償還期日の本件受益証券の価格は一口六〇一〇・九五円となっており、原告は、平成九年三月四日、被告から二〇〇口の償還金として一二〇万二一九〇円の金員と受渡計算書(≪証拠省略≫)を受け取った。
9 なお、原告及びその夫である証人甲山E郎は戊野が満期に元本を埋め合わせて返すといわれた旨供述しているが(原告供述39項、証人甲山E郎供述41項)、戊野が満期には株式市況が回復し、元本を上回る可能性を述べたかも知れないが、原告と被告との間でかなりのトラブルが生じていた段階で元本保証をすることは考え難く、原告やその夫の供述のみによって、その認定をすることは困難である。
四 説明義務違反(争点一)
1 証券取引のような相場取引への投資は、投資家自身が自己の判断と責任の下に当該取引の危険性等を判断して行うべきものであり、それによって損失が生じた場合は、本来、投資家自身が負担すべきものである(自己責任の原則)。しかし、証券会社と投資家との間には証券取引についての知識、情報の収集能力及び分析能力等において格段の差があり、一般投資家は専門家である証券会社の提供する情報や助言等に依存して投資を行わざるを得ず、他方、証券会社は一般投資家を取引に勧誘することによって利益を得ているという実態が存する。これらのことを考慮すると証券会社及びその投資信託証券外務員等は一般投資家に対して証券取引を勧誘するに際し、信義則上、当該取引の仕組みや危険性等について説明する義務を負っているというべきであり、その説明義務の内容及び程度は当該証券の仕組み等の複雑性や取引による危険性の大きさ、これらの周知性、投資家の経験及び理解力等の相関関係によって決定される。
2 株式投資信託の仕組みや危険性は平成元年当時、株式投資や中期国債ファンドのような公社債に限定された投資信託ほどは周知されておらず、証券取引等について経験や知識が全くない者が理解するのはそれほど容易ではなく、現に本件でも被告の社員であった丁沢ですら本件グロース・システムについて必ずしも十分な理解があったとは認められないところである。また、株式投資信託は株式のみならず、公社債や転換社債等をも投資の対象とすることから、必ずしも株式の価格の変動と株式投資信託商品の価格の変動が連動せず、株式が下落したことと株式投資信託商品が元本割れすることと直ちに結びつかない。
したがって、証券会社の投資証券外務員が一般投資家に対して株式投資信託の受益証券の購入を勧誘する場合には、株式投資信託の構造のみならず、当該株式投資信託の特性や危険性について適切な説明を行うべき義務を負っていると解される。右にいう適切な説明とは、投資の有利性等に比重をおいた説明、投資の対象が株式も含まれるとか、当該投資信託が何型かといった当該投資信託の態様の形式的抽象的な説明に止まらず、一般投資家が投資の適否について的確な判断をなし得るに足りる情報の提供であることを要するというべきであり、しかも、本件グロース・システムは投資対象として新株引受権証券や外貨建証券が含まれ、株式組入率が無制限であり、株式投資信託のなかでも収益性が大きい反面、危険性が高いものであるから、被告の外務員であった丁沢はこの点についての説明と元本割れの危険性について適切な説明をすべき義務があったというべきである。
3 右三で認定した事実によれば、丁沢は、本件グロース・システムについて一年前に発行された同種の株式投資信託が好成績をあげており、本件グロース・システムも高利率が予想されるとの有利な点のみに比重をおいて原告に説明していること、本件グロース・システムを貯金といって公社債投資信託のような安定的な商品であるとの誤解を生じせしめる説明をしていること、丁沢と原告との電話時間はわずか二、三分であり、丁沢は元本割れの危険性はおろか本件グロース・システムの構造、特性及び危険性について全く説明していないこと、丁沢が出したとする手紙も単に株に投資されることをのべているにすぎないこと、丁沢は原告に対して本件グロース・システムのパンフレットや受益証券説明書など本件グロース・システムの構造、特性及び危険性について説明をした書類を何ら交付していないこと、本件受益証券の預り証も表面も「株型」、裏面に「償還又は買取の価格は、組入証券の価格の変動等に伴ない変りますので投資額と同一ではありません。」と記載されているのみで、投資が株に対してされることが認識できても本件グロース・システムの構造、特性及び危険性について認識することは不可能と考えられることなどからして、丁沢は原告に対する本件グロース・システムを勧誘するに際して信義則上要求される説明義務に違反した事実が認められる。そして、丁沢は被告の履行代行者であるから、信義則上、被告に債務不履行責任が認められる。
五 損害について
原告は、被告から、平成三年一月二九日本件受益証券のうち一〇〇口の分配金六三万八三〇〇円、平成九年三月四日、本件受益証券のうち二〇〇口の償還金として一二〇万二一九〇円を受け取った。したがって、払込金三〇〇万円と右分配金及び償還金の合計一八四万〇四九〇円との差額一一五万九五一〇円の損失を受けた。
そして、右損害は丁沢の説明義務違反により生じたものと認められる。
六 過失相殺(争点二)
右三で認定したとおり、丁沢は、本件グロース・システムが株式に投資するものであることを説明しており、本件受益証券の預り証にも表面に「株型」との記載があったのであるから、原告は本件グロース・システムが株式に投資され、株価変動の影響をうけることがあり得ることを認識し得たと考えられること、裏面に「償還又は買取の価格は、組入証券の価格の変動等に伴ない変りますので投資額と同一ではありません。」との記載があったのであるから、元本割れの危険性を全く認識できなかったとはいえないこと、丁沢が本件グロース・システムが高利率が予測されると説明しているが、収益性の高い金融商品は危険性も高いと考えられるところであり、原告は一般投資家の自己責任の原則からその点について詳細な説明を求め、資料の提供を求めるべきであるのに、丁沢とわずか二、三分の電話をしただけでその申込みをしており、原告に本件受益証券を購入した点について過失が存在すると認められる。
そして、以上のような諸般の事情を考慮すると、原告の右損害について原告及び被告の過失割合は原告が四割、被告が六割とするのが相当である。
七 結論
以上の次第で、原告の請求は、金六九万五七〇六円及びこれに対する債務不履行の後の日である平成九年三月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六四条本文、仮執行の宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 近田正晴)