宮崎家庭裁判所 平成8年(家)2285号 審判 1996年8月05日
申立人 笹川行雄
主文
申立人の氏「笹川」を「長崎」と変更することを許可する。
理由
第1申立ての実情
1 申立人は、昭和61年から平成5年までの間、暴力団組員であったが、その後暴力団から離脱し、現在は建築塗装業を自営している。
2 申立人の氏は元暴力団員として周知されており、事業運営や更生に大きな障害となっている。そこで、実母とも相談の上、実母の旧氏である「長崎」に氏を変えられるものであれば変要したいと考え、本申立てに及んだ。
第2当裁判所の判断
1 申立人本人審問の結果及び一件記録によれば、次の事実が認められる。
(1) 申立人は、かつて暴力団構成員(組幹部)であり、服役したこともあったが、平成5年に更生する意思で暴力団を離脱し、その後、建築塗装関係の仕事に就き、現在は従業員を雇い自ら建築塗装業を経営している。
(2) 申立人が建築関係で仕事をしていると、申立人の氏「笹川」をどこからか聞きつけて、仕事現場に暴力団関係者が申立人を訪ねてきたりして、犯罪にならないような形で金品を要求されたり、いやがらせ等をされたりする。また、元暴力団と見られることで、営業上も苦労する。
(3) 申立人としては、元暴力団と見られたり、暴力団関係者が訪ねてきたりすることのきっかけを少しでもなくし、正業に努力したいと考えている。
2 本件は、元暴力団として氏が周知されているので氏の変更をしたいというものであるが、氏によって元暴力団と見られるとの不利益は、自己の過去の不行状に起因、由来するものといわざるを得ず、自己努力によって信頼回復に努めるべきものであり、それ自体は氏変更の理由とはなり難いものといわなければならない。しかし、社会的要請である暴力団撲滅のためには暴力団構成員を暴力団から離脱させて更生させることが重要であることからすると、氏による社会的不利益が認められ、氏を変更することが当該人物の更生に資するのであれば、氏変更の途を認めるのが相当である。すなわち、氏変更の目的が不法なものでないことはもちろん、単に心情的に氏に改めて心機一転したいとか、前科を隠したい等という申立人の主観的理由によって氏変更を求めるのではなく、客観的に現在の氏による社会生活上の現実の支障や不利益があり、氏変更の必要があると認められる場合であって、加えて、氏を変更することが当該人物の更生に必要と認められる事情がある場合には、戸籍法にいうやむを得ない事由に該当すると解される。
これを本件について見るに、上記認定事実によれば、申立人はかつて暴力団内部で幹部を務め、その氏が元暴力団として周知されており、社会生活上前記認定の事情のような現実の支障が生じていると認められること、申立人の本件申立ては、前科を隠そうとか単に気分一新したいというようなものではなく、暴力団関係者との関わりを持つ契機となる現実の危険を少しでも除去するために氏を変更したいとするものであって、その意図は真摯なもので更生意欲の現れと見られ、今後暴力団関係者からの不当な関わりを断って正業に勤しむために、氏変更の必要も認められることからして、申立人についてその氏を変更するやむを得ない事由があると認めるのが相当である。
よって、参与員の意見を聴いた上、主文のとおり審判する。
(家事審判官 田口直樹)