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富山地方裁判所 平成10年(行ウ)2号 判決 2000年1月19日

主文

一  被告が原告に対し平成八年一〇月一四日付けでした、平成六年度分の富山県立山土木事務所所属職員全員の出勤簿の非開示決定のうち、別紙記載一、二以外を非開示とした部分を取り消す。

二  被告が原告に対し平成八年一〇月一四日付けでした、平成六年度分の富山県魚津農地林務事務所所属職員全員の出勤簿の非開示決定のうち、別紙記載一、二以外を非開示とした部分を取り消す。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告が原告に対し平成八年一〇月一四日付けでした、平成六年度分の富山県立山土木事務所所属職員全員の出勤簿の非開示決定を取り消す。

二  被告が原告に対し平成八年一〇月一四日付けでした、平成六年度分の富山県魚津農地林務事務所所属職員全員の出勤簿の非開示決定を取り消す。

三  被告が原告に対し平成八年一〇月一四日付けでした、平成六年度分の富山県立山土木事務所所属職員の県外出張に係る復命書の不存在を理由とする非開示決定を取り消す。

四  被告が原告に対し平成八年一〇月一四日付けでした、平成六年度分の富山県魚津農地林務事務所所属職員の県外出張に係る復命書の不存在を理由とする非開示決定を取り消す。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告に対し、富山県情報公開条例(昭和六一年九月三〇日富山県条例第五一号<ただし、改正を含む。>。以下「本件条例」という。)に基づき、富山県立山土木事務所等の所属職員の出勤簿及び県外出張に係る復命書の開示請求をしたところ、被告が、出勤簿については非開示とする決定をし、復命書については文書の不存在を理由に請求に係る文書の一部を非開示とする決定をしたとして、右各非開示決定の取消しを求めている事案である。

二  争いのない事実等

1  本件条例の内容

本件条例には、次のような規定がある。

一条 この条例は、公文書の開示を請求する県民の権利を明らかにするとともに、情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定めることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、県民参加の開かれた県政を一層推進することを目的とする。

二条 この条例において「公文書」とは、実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図面、写真及びマイクロフィルムであって、決裁その他これに準ずる手続が終了し、実施機関において管理しているものをいう。

二項 (略)

三項 この条例において「実施機関」とは、知事、教育委員会、選挙管理委員会、(中略)及び公営企業管理者をいう。

四条 実施機関は、公文書の開示を請求する県民の権利が十分に尊重されるようこの条例を解釈し、及び運用するものとする。この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることがないよう最大限の配慮をしなければならない。

六条 県内に住所を有する個人並びに県内に事務所又は事業所を有する個人及び法人その他の団体は、実施機関に対し、公文書の開示を請求することができる。

二項 (略)

一〇条 実施機関は、公文書の開示の請求に係る公文書に次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている場合においては、公文書の開示をしないことができる。

一号 (略)

二号 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)で特定の個人が識別され得るもの。ただし、次に掲げる情報を除く。

ア 法令等の定めるところにより、何人も閲覧することができる情報

イ 実施機関が作成し、又は取得した情報であって、公にすることを目的としているもの

ウ 法令等の規定に基づく許可、認可、免許、届出等に際して実施機関が作成し、又は取得した情報であって、開示をすることが公益上必要であると認められるもの

三号 法人(国及び地方公共団体その他の公共団体を除く。)その他の団体(以下この号において「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、開示をすることにより、当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれると認められるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。

アないしウ (略)

四号ないし六号 (略)

七号 県又は国等が行う監査、検査、取締り、徴税、争訟、交渉、入札、試験、人事その他の事務事業に関する情報であって、開示をすることにより、当該事務事業若しくは同種の事務事業の目的が損なわれ、又はこれらの事務事業の公正かつ円滑な執行に支障を生ずるおそれがあるもの

八号 (略)

一一条 実施機関は、公文書の開示の請求に係る公文書に前条各号のいずれかに該当する情報が記録されている部分がある場合において、その部分を容易に、かつ、公文書の開示の請求の趣旨を損なわない程度に分離することができるときは、その部分を除いて、公文書の開示をしなければならない。

一三条 実施機関は、第八条第一項の決定について行政不服審査法(昭和三七年法律第一六〇号)の規定に基づく不服申立てがあった場合においては、遅滞なく、富山県公文書開示審議会の議を経て、当該不服申立てについての決定をしなければならない。(ただし書 略)

2  当事者

(一) 原告は、富山県内に住所を有する個人である。

(二) 被告は、本件条例二条三項の「実施機関」に該当する者である。

3  公文書開示請求

原告は、平成八年九月三〇日、本件条例六条一項に基づき、被告に対し、次の文書の開示請求をした(甲三の1・2、九)。

(一) 富山県立山土木事務所(以下「立山土木事務所」という。)に関する

(1) 職員の県外出張について、訪問月日、場所、相手及び用件等を記載した復命書

(2) 職員の県外出張に係る「研究会、研修会、講習会」等の分担金、会費等の支出負担行為決議書及び支出決議書

(3) 食糧費支出に関する一切の資料のうち、支出額、打合せ、懇親会等の開催日時・場所、出席者、打合せ・懇談内容、費用の明細のわかるもの。

(4) 所属職員全員の出勤簿

(いずれも平成六年度分)

(二) 富山県魚津農地林務事務所(以下「魚津農地林務事務所」という。)に関する

(1) 職員の県外出張について、訪問月日、場所、相手及び用件等を記載した復命書

(2) 職員の県外出張に係る「研究会、研修会、講習会」等の分担金、会費等の支出負担行為決議書及び支出決議書

(3) 食糧費支出に関する一切の資料のうち、支出額、打合せ、懇親会等の開催日時・場所、出席者、打合せ・懇談内容、費用の明細のわかるもの。

(4) 所属職員全員の出勤簿

(いずれも平成六年度分)

4  公文書開示請求に対する被告の回答及び決定

(一) 立山土木事務所関係

(1) 被告は、平成八年一〇月一四日付けの「公文書部分開示決定通知書」(立土第九号)と題する書面をもって、平成六年度分の立山土木事務所所属職員の県外出張に関する復命書(前記3(一)(1))のうち、「工事検査立会人職氏名」については本件条例一〇条二号に、「中間検査復命書設計金額」については同条七号に該当することを理由に、これらを除いた部分を開示する旨の決定をし(甲四)、右書面は、そのころ、原告に到達した。

(2) 立山土木事務所長は、平成八年一〇月一四日付けの「公文書の開示請求について(回答)」(立土第九号)と題する書面をもって、平成六年度分の立山土木事務所所属職員の県外出張に係る「研究会、研修会、講習会」等の分担金、会費等の支出負担行為決議書及び支出決議書(前記3(一)(2))は存在しない旨を原告に通知した(甲六)。

(3) 被告は、平成八年一一月八日付けの「公文書部分開示決定通知書」(立土第九号)と題する書面をもって、平成六年度分の立山土木事務所の食糧費支出に関する資料(前記3(一)(3)のうち、「債権者関係情報(名称、所在地等)」については本件条例一〇条三号に、「懇談の相手方」については同条七号に該当することを理由に、これらを除いた部分を開示する旨の決定をし(甲八)、右書面は、そのころ、原告に到達した。

(4) 被告は、平成八年一〇月一四日付けの「公文書非開示決定通知書」(立土第九号)と題する書面をもって、平成六年度分の立山土木事務所所属職員全員の出勤簿(前記3(一)(4))について、本件条例一〇条二号に該当することを理由に非開示とする旨の決定をし(甲五)、右書面は、そのころ、原告に到達した。

(二) 魚津農地林務事務所関係

(1) 被告は、平成八年一〇月一四日付けの「公文書部分開示決定通知書」(魚農第六八五号)と題する書面をもって、平成六年度分の魚津農地林務事務所所属職員の県外出張に関する復命書(前記3(二)(1))のうち、「事業活動関係情報(工事検査復命書に係る工事検査立会人職氏名)」については本件条例一〇条二号に該当することを理由に、これを除いた部分を開示する旨の決定をし(甲一〇)、右書面は、そのころ、原告に到達した。

(2) 被告は、平成八年一一月八日付けの「公文書開示決定通知書」(魚農第六八五号)と題する書面をもって、平成六年度分の魚津農地林務事務所所属職員の県外出張に係る「研究会、研修会、講習会」等の分担金、会費等の支出負担行為決議書及び支出決議書(前記3(二)(2))を開示する旨の決定をし(甲一三)、右書面は、そのころ、原告に到達した。

(3) 被告は、平成八年一一月八日付けの「公文書部分開示決定通知書」(魚農第六八五号)と題する書面をもって、平成六年度分の魚津農地林務事務所の食糧費支出に関する資料(前記3(二)(3))のうち、「債権者関係情報(名称、所在地等)」については本件条例一〇条三号に、「懇談の相手方」については同条七号に該当することを理由に、これらを除いた部分を開示する旨の決定をし(甲一四の1・2)、右書面は、そのころ、原告に到達した。

(4) 被告は、平成八年一〇月一四日付けの「公文書非開示決定通知書」(魚農第六八五号)と題する書面をもって、平成六年度分の魚津農地林務事務所所属職員全員の出勤簿(前記3(二)(4))について、本件条例一〇条二号に該当することを理由に非開示とする旨の決定をし(甲一一)、右書面は、そのころ、原告に到達した。

5  異議申立て

(一) 原告は、被告に対し、平成八年一二月一〇日付けで、前記各決定を不服として、開示請求したにもかかわらず開示されなかった、魚津農地林務事務所及び立山土木事務所の次の文書の開示を求めて異議申立てをした(甲一五)。

(1) 職員全員の出勤簿

(2) 県外出張に係わる復命書及び添付資料(訪問月日、場所、相手、用務又は用務内容等を記録した議事録等)

(3) 食糧費が支出された懇親会その他会議会同等の実施月日・場所、出席者及び懇談あるいは打合せ内容を記録した議事録その他の資料

(4) 食糧費が支出された懇親会等の費用の明細(業者名のわかる業者の請求書及び金銭受領書等)

(二) 被告は、右異議申立てに対し、平成九年一一月七日付けで次の内容の決定をし(甲一の1)、この決定は、同月八日に原告に到達した。

(1) 前記4(一)(1)及び4(二)(1)の公文書部分開示決定処分並びに4(一)(4)及び4(二)(4)の公文書非開示決定処分に対する異議申立てを棄却する。

(2) 前記4(一)(3)及び4(二)(3)の公文書部分開示決定処分のうち、次の部分を除き、開示をしないこととした処分を取り消す。

<1> 債権者の取引金融機関名、預金種目、口座番号及び口座名義人並びに印影

<2> 債権者の名称、住所及び債主コードのうち、その開示について当該債権者の不同意の意思表示があった情報

(3) 議事録等を開示しなかった事実に対する異議申立ては却下する。

6  訴えの提起及び訴えの変更

(一) 原告は、平成一〇年二月六日、当裁判所に対し、「被告が、平成九年一一月七日付けで原告に対してした、公文書非開示決定及び公文書部分開示決定を取り消す。」との請求を掲げて訴えを提起し、同月二三日、被告に訴状が送達された。

(二) 原告は、同年六月三日の第二回口頭弁論期日において、右請求を、「被告が、原告に対し、平成八年一〇月一四日付けでした魚農公第六八五号文書非開示決定処分及び公文書部分開示決定処分並びに立土第九号公文書開示決定処分を取り消す。」と訂正する旨申し立て、被告はこれに異議がない旨陳述した。

(三)(1) 原告は、同年九月九日の第四回口頭弁論期日において、請求を次のように訂正する旨申し立てた。

「被告が、原告に対してした、

1  平成八年一〇月一四日付け魚津農地林務事務所及び立山土木事務所の平成六年度分の

(一) 所属職員全員の出勤簿の公文書非開示決定処分

(二) 所属職員の県外出張に係わる復命書及び添付書類のうち不存在を理由とする公文書非開示処分

2  平成八年一一月八日付け魚津農地林務事務所及び立山土木事務所の平成六年度の食糧費に係る

(一) 支出負担行為決議書、支出決議書、支出更正伺及び支出更正調書の公文書部分開示処分のうち、当該債権者の同意を得られないことを理由として債権者の名称、住所及び債主コードを非開示とした部分

(二) 支出された懇親会その他の会議会同等の実施年月日、場所、出席者及び懇談あるいは打合せの内容を記録した議事録その他の資料のうち不存在を理由とする公文書非開示処分

(三) 支出された懇親会その他の会議会同に係る業者名のわかる当該業者作成の請求書及び金銭受領書の公文書非開示処分

を取り消す。」

また、原告は、「部分開示された復命書の非開示部分について、非開示処分の取消は求めない」旨申し立てた。

(2) これに対し、被告は、「右訂正申立て中の2の請求は別訴により行うべきであり、右訂正には異議がある」旨陳述した。

また、被告は、平成一〇年一〇月一四日の第五回口頭弁論期日において、前記(三)(1)のうち、2は請求の基礎に変更のある訴えの変更であり、また、行政事件訴訟法一九条一項の関連請求にも該当しないから、不適法である旨陳述した。

(四) 当裁判所は、平成一一年二月二四日の第七回口頭弁論期日において、前記(三)(1)のうち、2の請求の変更は許さない旨決定した。

したがって、本訴における原告の請求は、前記「第一 請求」記載のとおりとなった。

三  原告の主張

1  請求一及び二(出勤簿の非開示処分の取消し)について

(一) 争いのない事実等4(一)(4)及び4(二)(4)の処分(以下「本件出勤簿非開示処分」という。)は、開示請求に係る出勤簿(以下「本件出勤簿」という。)が本件条例一〇条二号に該当することを理由としているが、同号の「個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの」とは、公務員の身分を離れた私人としての当該公務員個人の情報を意味し、公務員の身分・資格においての当該公務員の情報は含まれないと解されるから、右出勤簿は、同号に該当しない。

(二) 仮に、本件出勤簿の全面開示が職員のプライバシーを侵害する面があるとしても、県民への情報の開示という公益のためには、右プライバシーはその限りで制限されるべきである。

また、特定の職員のプライバシーが明らかにならないように開示部分を制限するなどの方法をとることは十分可能なのであるから、これを全面的に非開示とした本件出勤簿非開示処分は違法である。

2  請求三及び四(復命書の非開示処分の取消し)について

(一) 被告が争いのない事実等4(一)(1)及び4(二)(1)の処分(以下「本件復命書部分開示処分」という。)により原告に開示した復命書は、立山土木事務所の平成六年度分の県外出張四〇件のうち八件分及び魚津農地林務事務所の平成六年度分の県外出張六九件のうち三七件分であった。

しかし、復命書は、富山県本庁就業規則三七条本文(「出張より帰庁した者は、上司に随行した場合を除く外、速やかに文書をもってその要領を復命しなければならない。」)によりその作成が義務づけられている文書であるから、開示されていない復命書がまだ存在するはずである(なお、同条ただし書には、「簡易な用務については、口頭で復命することができる。」と定められているが、原告が開示請求をしたのは県外出張にかかる復命書であるから、「簡易な用務」として口頭で復命ずることができる場合には当たらない。)。

そして、争いのない事実等4(一)(2)の通知がされていることからすれば、本件復命書部分開示処分には、開示請求に係る文書が不存在であることを理由に当該文書を非開示とする旨の処分も含まれていると解される。

(二) したがって、復命書が存在するにもかかわらず、これを不存在であるとして開示しなかった右処分は、違法であり、取り消されるべきである。

四  被告の申立て及び主張

1  本案前の申立て(請求三及び四について)

請求三及び四は、いずれも文書の不存在を理由とする非開示処分を取消しの対象としているが、そのような処分は存在しないから、右各請求に係る訴えは、いずれも不適法であり、却下されるべきである。

2  本案についての主張(請求一及び二について)

本件出勤簿は、次に述べるとおり、本件条例一〇条二号本文に定める「個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの」に該当し、かつ、同号ただし書のいずれにも該当しないから、本件出勤簿非開示処分は違法ではない。

(一) 地方公共団体における公文書について住民が公開を請求する権利は、各地方公共団体の定める条例により初めて具体的権利として認められるものであるから、公文書公開請求の対象となる文書の範囲は、当該条例により定まる。そして、本件条例は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないように配慮する趣旨で、「個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの」を非開示とすることができる旨規定している(一〇条二号)。

(二) ところで、地方公共団体における公文書の公開に関する条例において、非開示とすることができる個人情報を規定する方法として、「個人に関する情報で、個人が識別できるもの」とする方法(個人識別型。神奈川県等)と、「個人に関する情報で、特定の個人が識別できるもののうち、公開することにより権利等の侵害のおそれがあるもの(一般に他人に知られたくないと認められるもの)」とする方法(プライバシー保護型。大阪府、埼玉県等)とがある。

「個人識別型」は、プライバシーの具体的な内容が法的にも社会通念上も必ずしも明確ではないことに加えて、本来ならば、私人が当該個人に対して開示を求めることができない情報について、たまたま実施機関がそれを有しているというだけの理由で開示対象とすることは、個人情報の管理という面からも適当ではないと考えられることから、「個人に関する情報で、個人が識別できるもの」を開示しないことができるとした上で、一般的に当該個人の利益保護の観点から非開示とする必要がないもの及び当該個人の利益保護を考慮しても開示する必要があると認められるものを例外として列記するという形式を採用したものである。

これに対し、「プライバシー保護型」は、プライバシー概念の不明確さ等による判断の難しさがあるにもかかわらず、個々の個人情報について、公開することにより権利等の侵害のおそれがある(一般的に他人に知られたくないと認められる)ものであるか否かを個別具体的に判断して、それが肯定される場合に限って、当該情報を開示しないことができるとするものである。

両者は、個人情報について、いったん侵害されると回復困難な被害が生じるおそれがあるのでそのようなことが生じることをできる限り回避しようとするのか、結果的に不都合が生じることになっても、それは当該情報を開示するという利益を実現するためにはやむを得ないものであると割り切るのか、という基本的な立場の違いによるものである。

(三) 富山県においては、右のような個人情報の保護と情報の公開とをどのように調和させるべきかについての基本的な考え方の差異を踏まえたうえで、「個人識別型」を採用したのであるから、一〇条二号の「個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの」であれば、同号ただし書アないしウに該当しない限り、一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるか否か等にかかわらず、実施機関においてこれを開示しないことができる。

(四) 本件出勤簿には、公務員の職、氏名、採用年月日、年次休暇の翌年への繰越日数、出勤、出張、休暇、職務専念義務の免除、厚生事業への参加等の情報が記載され、また、出勤簿には登庁した公務員が捺印しなければならないこととされていることから、当該公務員の印影も記載されている。これらの情報が「個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの」に該当することは明らかである。そして、出勤簿は、当該公務員の担当した公務について作成されるものではなく、単に人事管理資料として作成されるものであるから、一〇条二号ただし書のいずれにも該当しない。

五  争点

1  文書(復命書)の不存在を理由とする非開示処分が存在するか否か。また、右処分が存在する場合の右処分の違法性の有無。

2  本件出勤簿に記載された情報が本件条例一〇条二号に該当するか否か。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(文書の不存在を理由とする非開示処分の存否及びその違法性)について

1  争いのない事実及び証拠(甲一の2、三の1・2、四、九、一〇、乙七ないし一〇、一二)によれば、次の事実が認められる。

(一) 復命書の作成及び保存

(1) 復命書は、職員が上司から、業務の打合せ、会議への出席、事実の調査等のために出張を命ぜられた場合に、その経過、内容又は結果を上司に報告するために作成される文書であり、出張日、出張した職員の所属・職・氏名及び打合せや会議等の概要が記載され、必要に応じて会議資料等が添付されている。

富山県においては、富山県本庁就業規則三七条において、「出張より帰庁した者は、上司に随行した場合を除く外、速やかに文書をもってその要領を復命しなければならない。ただし、簡易な用務については、口頭で復命することができる。」と定められている。

立山土木事務所及び魚津農地林務事務所においては、従前から、県内出張か県外出張かにかかわらず、用務の目的や内容等からみて、文書による復命が必要か否かを所属長が判断しており、県外出張であっても文書による復命がなされない場合があった。

(2) 富山県における公文書の管理については、富山県文書管理規程に定められており、公文書の保存期間は、一年のものから永久保存のものまで、文書の内容により異なっている。

富山県文書管理規程四八条によれば、「収入及び支出、工事の施行、財産の管理、広報及び公聴その他これらに類する定例的な事務の処理又は事業の実施に関する文書の保存期間は、文書の効力、重要度、資料価値等に応じて一〇年又は五年」(同条一項三号)、「事務の処理又は事業の実施に係る監査、検査、進行管理等に関する文書の保存期間は、事務の処理又は事業の実施に参考として利用する期間に応じて五年又は三年」(同項四号)、「前各号に掲げる文書以外の文書の保存期間は、事務の処理又は事業の実施に参考として利用する期間に応じて三年又は一年」(同項五号)とされている。

復命書は、その実質的な内容に照らし、右規定に基づき保存期間が定められることとなる。

例えば、立山土木事務所においては、工事検査に関する復命書は、同条一項三号又は四号に該当するものとして五年間保存されているが、技術研修、各種会議及びシンポジウム等への参加、事業調査や打合せ等に関する復命書については、その多くは同項五号に該当し、保存期間は一年とされ、当該復命書が作成された年度の翌々年度の初めには廃棄されている。また、魚津農地林務事務所においても、工事材料立会検査に関する復命書は、前記の工事検査に関する復命書と同様に五年間保存されているが、各種大会や研修会、検討会等への出席や先進地現地視察への参加等に関する復命書については、その多くは同項五号に該当し、保存期間は一年とされ、当該復命書が作成された年度の翌々年度の初めには廃棄されている。

(二) 立山土木事務所及び魚津農地林務事務所における県外出張の状況並びにこれに関する復命書の開示状況

(1) 立山土木事務所の平成六年度分の県外出張は、用務件数でみると四〇件であり、その内訳は、<1>工事検査二件、<2>短期の土木技術等の研修会及び講習会九件、<3>長期の土木技術等の研修会及び講習会二件、<4>各種会議及びシンポジウム九件、<5>事業調査及び打合せ一五件、<6>除雪車両運転技術講習三件であった。

魚津農地林務事務所の平成六年度分の県外出張は、用務件数でみると六六件であり、その内訳は、<1>工事材料立会検査一件、<2>事業調整及び打合せ二二件、<3>各種シンポジウム及びフォーラム六件、<4>各種大会、検討会、研修会及び研究会二四件、<5>先進地現地視察一〇件、<6>陳情三件であった。

(2) 原告は、平成八年九月三〇日、被告に対し、立山土木事務所及び魚津農地林務事務所所属職員の平成六年度分の県外出張について、訪問月日、場所、相手及び用件等を記載した復命書を開示するよう請求した。

被告は、平成八年一〇月一四日付けで、平成六年度分の立山土木事務所所属職員の県外出張に関する復命書のうち、工事検査立会人職氏名については本件条例一〇条二号に、中間検査復命書設計金額については同条七号に該当することを理由に、これらを除いた部分を開示する旨の決定をした。右決定により開示された復命書は、工事検査に関するものが二件、短期の土木技術等の研修会及び講習会に関するものが五件、各種会議及びシンポジウムに関するものが一件、事業調査及び打合せに関するものが一件(合計九件)であった。

また、被告は、同日付けで、平成六年度分の魚津農地林務事務所所属職員の県外出張に関する復命書のうち、工事検査立会人職氏名については本件条例一〇条二号に該当することを理由に、これらを除いた部分を開示する旨の決定をした。右決定により開示された復命書は、工事材料立会検査に関するものが一件、事業調整及び打合せに関するものが三件、各種シンポジウム及びフォーラムに関するものが六件、各種大会、検討会、研修会及び研究会に関するものが二一件、先進地現地視察に関するものが八件(合計三九件)であった。

(3) 原告は、開示請求したにもかかわらず開示されなかった県外出張に係わる復命書及び添付資料の開示を求めて異議を申し立てた。右異議の手続において、原告は、行政活動が存在しているのであるから、開示請求した復命書は存在する旨主張し、これに対し、被告は、開示請求のあった復命書はすべて開示しており、これ以外の復命書は存在しない旨説明した。

そして、富山県公文書開示審議会は、本件条例一三条に基づく被告の諮問を受け、調査をしたが、本件復命書部分開示処分により開示されたもの以外の復命書の存在を確認することはできなかった。

2  以上をもとに判断する。

(一) 文書の不存在を理由とする非開示処分の存否について

被告は、本案前の申立てとして、文書の不存在を理由とする非開示処分は存在しないから、その違法をいう訴えは不適法である旨主張するので、非開示処分の存否につき判断する。

確かに、本件復命書部分開示処分には、原告の開示請求に係る復命書は、開示する復命書以外には存在しないため非開示とする旨は明示されていない。

しかしながら、開示請求者においては、実施機関がどのような文書を保管しているかを正確に知ることはできないのが通常であるから、公文書の開示請求をするに当たっては、文書の種類やその作成された期間等によって、開示を求める文書の範囲を特定するほかないところ、このような請求に対し、実施機関が、何らの理由を付さずに一定の文書を開示しなかった場合に、右開示しないことが実施機関による処分でないとすると、これに対する不服申立ての手段がないことになり、不合理である(なお、実施機関が、開示する文書以外に開示請求に係る文書が存在しない旨を、開示請求者に対し別途通知している場合には、右通知を処分と解してこれに対する不服申立てを認める余地があるが、本件においては、そのような通知がなされたと認めるに足りる証拠はない。)。

したがって、本件では、原告が、平成六年度分の立山土木事務所及び魚津農地林務事務所所属職員の県外出張に関する復命書を開示請求したのに対し、被告が、立山土木事務所について九件、魚津農地林務事務所について三九件の復命書を開示した決定には、右以外の復命書は存在しないことを理由に非開示とする処分(以下「本件復命書非開示処分」という。)を含むというべきである。

(二) 本件復命書非開示処分の違法性について

原告は、本件復命書非開示処分は、存在する文書を存在しないものとして開示しなかった点で違法である旨主張するので、これにつき判断する。

本件で、開示されなかった文書は平成六年度分の立山土木事務所及び魚津農地林務事務所所属職員の県外出張に関する復命書であり、前記のとおり、平成六年度の県外出張件数が立山土木事務所について四〇件、魚津農地林務事務所について六六件であるのに対し、被告が開示した復命書は、立山土木事務所について九件、魚津農地林務事務所について三九件であり、また、復命書は、富山県本庁就業規則三七条本文により出張の度に作成されることになっている。

しかしながら、右規則三七条ただし書には、簡易な用務については口頭で復命することができると定められ、前記認定のとおり、立山土木事務所及び魚津農地林務事務所においては、従前から、用務の目的や内容等からみて文書による復命が必要か否かを所属長が判断し、県外出張であっても復命書が作成されない場合があること、復命書の保存期間は一律ではなくその実質的な内容によって異なり、工事検査に関する復命書や工事材料立会検査に関する復命書のように保存期間が五年とされるものはすべて開示されていること、開示されていないのは、その多くが保存期間が一年とされるような種類のものであること及び富山県公文書開示審議会による調査によっても、本件復命書部分開示処分により開示されたもの以外の復命書の存在を確認することはできなかったことからすれば、結局、前記記載の事情から本件で開示された復命書以外に復命書が存在するとの事実を推認することは困難であり、他に、これを認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件復命書非開示処分が違法であるとはいえない。

二  争点2(出勤簿の個人情報該当性)について

1  本件出勤簿の内容

本件出勤簿は、富山県本庁就業規則に基づき作成されるもので、職員一人につき暦年ごとに一枚の書式となっており、「職」、「氏名」、「採用年月日」、「退職年月日」、(年次休暇の)「前年からの繰越日数」及び「翌年への繰越日数」の各欄と、一月一日から一二月三一日までの日付欄がある(乙七)。

富山県職員は、右規則により、定められた出勤時刻までに登庁して本人自ら出勤簿に捺印しなければならないとされていることから、本件出勤簿には、各日付欄の捺印により、当該職員の出勤の状況が表れることとなる。

また、各日付欄には、出張、休暇の取得状況及び職務専念義務免除等職員の勤務状況が次のような略記号を用いて記録されている(甲一の2)。すなわち、出張の状況を示すものとして「出張」・「県外出張」、年次休暇の取得状況を示すものとして「年休」・「半休」・「時間休」等、特別休暇の取得状況を示す「特休」・「忌引」・「夏期休暇」等、病気休暇の取得状況を示すものとして「病休」等、研修、厚生事業に参加したことを示すものとして「厚」等、職務専念義務の免除を受けたことを示すものとして「職免」等である。この他、介護休暇を取得した場合は「介護休暇」、育児休業の場合は「育児休業」、休職の発令があった場合は「休職」、停職処分を受けた場合は「停職」と記載される。正規の手続による承認を得ないで勤務しなかった場合は「欠勤」と記載される。

2  本件条例一〇条二号の「個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの」の意味について

(一) 本件条例は、県民の県政に対する理解と信頼を深め、県民参加の開かれた県政を一層推進することを目的としている(一条)。これは、県政に関わる情報は県民の目の届くところに置いてその批判を仰ぐことにより、公正で民主的な県政が行われることを期待しているものと解される。そして、かかる制度の趣旨からすれば、公務員の公務に関する情報は、当然開示すべき情報である。

他方、本件条例一〇条二号本文で、開示請求にかかる公文書に「個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの」が記載されている場合にその公文書の開示をしないことができる旨定められているが、これは、いわゆる個人のプライバシーを保護するためであると解される。ただ、プライバシーの概念は、法的に明確な定義付けが確立していないことから、本件条例においては、これを広く「個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの」という表現で定めたものと解される。そして、実質上プライバシー侵害を考える必要のない場合やプライバシーの保護を上回る利益を尊重すべき場合にまで、情報の開示が妨げられることのないように配慮するため、同号ただし書で、「法令等の定めるところにより、何人も閲覧することができる情報」(同号ア)、「実施機関が作成し、又は取得した情報であって、公にすることを目的としているもの」(同号イ)及び「法令等の規定に基づく許可、認可、免許、届出等に際して実施機関が作成し、又は取得した情報であって、開示をすることが公益上必要であると認められるもの」(同号ウ)を挙げ、これらを非開示とすることができる情報から除外しているが、県政に関する情報の基本である公務員の公務遂行の情報のように、当然開示されるべき情報が除外事由として挙げられていない。

(二) そこで検討するに、右一〇条二号の「個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの」を形式的・機械的に解釈運用することは、公正で民主的な県政の推進という条例の目的実現を不当に阻害することになりかねないものであり、県民への情報流通確保と個人のプライバシー保護が調和するよう合目的的に解釈すれば、少なくとも、公務員の公務に関する情報については、できる限り開示されるべきであり、たとえ特定の公務員が識別されるものであっても、公務員個人のプライバシー侵害のおそれがあると認められる場合を除き、一〇条二号の「個人に関する情報」には該当しないものというべきである。

3  そこで、本件につき検討するに、本件出勤簿は、職員ごとに独立した書式で作成された文書であり、職及び氏名(並びに採用年月日及び退職年月日)の記載により誰の出勤簿であるかが特定される仕組みとなっているから、本来的に「特定の個人が識別され得るもの」ということができる。ところで、特定の個人が識別され得る場合、通常その情報は個人に関する情報であるということができるが、前記のとおり、公務員の公務に関する情報については、たとえ特定の公務員が識別されるものであっても、公務員個人のプライバシー侵害のおそれがあると認められる場合を除き、一〇条二号の「個人に関する情報」には該当しないと解すべきであるから、本件では、本件出勤簿に記載されている個々の情報が、公務に関する情報であるか否か、また、公務に関する情報であっても公務員個人のプライバシーを侵害するおそれがある場合であるか否かが判断されなければならない。

(一) 「職」、「氏名」、「採用年月日」及び「退職年月日」各欄の記載について

「職」及び「氏名」は、両者相まって、右「氏名」に係る個人が、右「職」にあるということを示す情報であるが、公務の担い手である公務員たる地位についての情報であることから、公務に関する情報であるといえる。また、「採用年月日」及び「退職年月日」の記載についても、公務員たる地位にある期間を示す情報であるから、右同様に、公務に関する情報であると言える。そして、これらの情報を開示することにより、当該公務員個人のプライバシーを侵害するとは考えられないから、これらの情報は、いずれも、一〇条二号の「個人に関する情報」には該当せず、開示すべきものである。

(二) 出勤を示す印影及び出張に関する記載について

職員は、定時までに出勤して出勤簿の当日欄に捺印するものとされていることから、本件出勤簿の各日付欄には、当該職員が使用した印鑑の印影が表れているが、これは、当該職員がその日に定時までに出勤して公務に従事していたことを示す情報であるといえる。また、当該日付欄の「出張」・「県外出張」の記載は、当該職員がその日に出張していたことを示す情報である。これらの情報は、公務に関する情報であることは明らかであり、また、これらの情報を開示することにより、当該公務員個人のプライバシーを侵害するとは考えられない(もっとも、印影自体については、当該職員がいかなる印を使用しているか明らかになるという点で、当該職員の私的な情報といえる面もあるが、出勤簿に出勤の事実を示すものとして捺印される限りにおいては、公務に関する情報の一部となるというべきであり、通常、出勤簿への捺印に使用する印が重要視されているとは認められないから、印影を開示することにより、当該職員のプライバシーを侵害するとは考え難い。)。したがって、これらの情報は、いずれも、一〇条二号の「個人に関する情報」には該当せず、開示すべきものである。

(三) 職務専念義務の免除及び厚生事業への参加の記載について

公務員は、法律又は条例に特別の定めがある場合を除き、職務に専念する義務が課せられており(地方公務員法三五条)、富山県においては、条例及び規則で定められた事由に該当する場合に、あらかじめ任命権者等の承認を得て職務専念義務の免除を受けることとされ、出勤簿に「職免」等の記載がされる。また、右職務専念義務免除の一事由として、厚生事業への参加があり、その場合には、出勤簿に「厚」等の記載がされる。

「職免」等の記載は、右のとおり、当該日時において当該職員が職務専念義務を免除されていたことを示すものであって、公務員たる地位ないしその義務に関わる情報である。

また、「厚」等の記載は、職務専念義務が免除されていたこと及びその理由が厚生事業への参加であることを示すものであり、「職免」と同様に、公務員たる地位ないしその義務に関わる情報であるといえる。

したがって、これらの情報は、いずれも公務に関する情報であり、また、職務専念義務免除の事由ないし参加した厚生事業に具体的内容を表すものではないから、開示することにより、当該公務員個人のプライバシーを侵害するとは考えられない。よって、一〇条二号の「個人に関する情報」には該当せず、開示すべきものである。

(四) 休暇に関する記載について

(1) 本件出勤簿に記載される休暇は、条例及び規則により定められた次の四種類である。

<1> 年次休暇

労働基準法に定める年次有給休暇と同趣旨であり、暦年ごとに所定の日数が与えられる。本件出勤簿には、その取得状況のほか、前年からの繰越日数と翌年への繰越日数も記載されている。

<2> 病気休暇

職員が、負傷又は疾病のため療養する必要があり、その勤務しないことがやむを得ないと認められる場合の休暇。

<3> 特別休暇

選挙権の行使、結婚、出産、つわり、生理、交通機関の事故等、特別の理由による休暇。

<4> 介護休暇

職員が、配偶者や父母等の介護を行うための休暇。

(2) これら休暇に関する出勤簿への記載は、当該日時において、当該職員が定められた手続を経て休暇を取得したことにより職務に従事していないことを示すものであると同時に、当該職員の私生活に関わる情報をも示すものであるといえる。すなわち、例えば、「忌引」の記載は、職員の近親者が死亡したことを示すものであるし、「病休」・「介護休暇」は、職員又はその家族の健康状態を示すものといえる。また、「特休」の内容には、結婚、出産、つわり、生理といった純粋に私的な事柄に関するものが含まれており、「特休」との記載がそれらを推認させる場合があると考えられる。さらに、「年休」(「半休」や「時間休」も同様)についても、年次休暇自体が、定められた日数の範囲内で、職員が自由に取得できる性質のものであるから、職員の私生活に関わるものであるということができる(年次休暇の取得状況を示す「前年からの繰越日数」及び「翌年への繰越日数」各欄の記載も同様である。)。

このように見ると、これら休暇に関する記載から得られる情報は、公務との関連よりも公務員の私生活に関わる面が大きいと考えられるから、いずれも公務員の公務に関する情報にはあたらないというべきである。そして、前述のとおり、本件出勤簿は「職」及び「氏名」により特定の個人が識別されるものである。

よって、これら休暇に関する記載は、いずれも、一〇条二号の「個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの」に該当する。

(五) 育児休業の記載について

育児休業は、一歳未満の子を養育するために、法律に基づき与えられる。

本件出勤簿への「育児休業」との記載は、当該日時において、当該職員が定められた手続を経て職務に従事していないことを示すものであると同時に、当該職員が一歳未満の子を養育しているという私生活に関わる情報をも示すものであるといえるが、これは、公務との関連よりも公務員の私生活に関わる面が大きいと考えられるから、公務員の公務に関する情報にはあたらないというべきである。そして、前述のとおり、本件出勤簿は「職」及び「氏名」により特定の個人が識別されるものである。

よって、育児休業の記載は、一〇条二号の「個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの」に該当する。

(六) 休職の記載について

休職は、地方公務員法二八条に定められた分限処分であり、心身の故障のため長期の休養を要する場合の病気休職と、刑事事件に関し起訴された場合の刑事休職とがある。本件出勤簿には、いずれも「休職」と記載される。

休職は、法律に基づく処分として職員を休職する制度である点で、公務員たる地位に関する情報であるといえるが、同時に、当該職員に心身の故障があることや刑事訴追されていることを示すものである。これを検討するに、心身の故障や刑事訴追されていること自体は、公務に関係のない事情であり、かつ、社会通念上、通常は個人が公にされたくない情報であると考えられることからすれば、休職の記載は、公務との関連よりも公務員の私生活に関わる面が大きいと考えられる(なお、刑事訴追については、その対象となる罪が公務員の身分に基づくものである場合には公務に関係するともいえるが、必ずしもそのような罪で訴追されているとは限られない。)。

したがって、公務員の公務に関する情報にはあたらないというべきである。そして、前述のとおり、本件出勤簿は「職」及び「氏名」により特定の個人が識別されるものである。

よって、休職の記載は、一〇条二号の「個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの」に該当する。

(七) 停職の記載について

停職は、地方公務員法二九条に定められた懲戒処分のうちの一つであり、<1>地方公務員法やこれに基づく条例等に違反した場合、<2>職務上の義務に違反し又は職務を怠った場合及び<3>全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合になされることとされている。

停職は、法律に基づく処分として職員を停職とする制度である点で、公務員たる地位に関する情報であるといえる。そして、公務員であるが故に負うべき義務に反したことを理由になされるものであるから、前記の休職の場合と異なり、公務員の私生活に関わる情報を示すものということはできない。

したがって、停職の記載は、公務に関する情報というべきである。そして、開示することにより、当該公務員個人のプライバシーを侵害するとはいえないから、一〇条二号の「個人に関する情報」には該当せず、開示すべきものである。

(八) 欠勤の記載について

欠勤は、正規の手続による承認を得ることなく勤務しないことである。

欠勤の記載は、当該日時において職務に従事していないことを示すものである点では、休暇に関する記載と同様である。しかしながら、休暇の場合と異なり、欠勤は、職務に従事していないことが法律や条例等の根拠に基づくものではなく、かつ、その記載において、職務に従事していない具体的理由を表す要素が全くないから、公務員の私生活に関わる情報をも示すものということはできない。

したがって、欠勤の記載は、公務に関する情報というべきである。そして、開示することにより、当該公務員個人のプライバシーを侵害するとはいえないから(具体的な主張もない。)、一〇条二号の「個人に関する情報」には該当せず、開示すべきものである。

4  以上によれば、本件出勤簿に記載されている情報のうち、休暇(年次休暇、病気休暇、特別休暇、介護休暇)、育児休業及び休職の情報が記載されている部分並びに「前年からの繰越日数」及び「翌年への繰越日数」各欄の記載は、いずれも本件条例一〇条二号の「個人に関する情報で特定の個人が識別され得るもの」に該当する。

そして、これらの情報は、同号ただし書アないしウのいずれにも該当しないことは明らかであるから、実施機関において開示しないことができる。

5  また、これら開示しないことができる情報は、容易に、かつ、本件出勤簿の開示請求の趣旨を損なわない程度に分離することができる(本件条例一一条)から、実施機関である被告は、これら開示しないことができる情報以外の部分は開示すべきであったというべきである。

なお、本件出勤簿には、出勤の捺印に重ねて「半休」や「時間休」の記載がされている場合や、「出張」の記載に重ねて「半休」や「時間休」の記載がされている場合等があるが(甲一の2)、このように、開示すべき情報と開示しないことができる情報とが重ねて記載されている場合には、これを容易に分離することはできないから、被告はこれを開示しないことができる。

6  したがって、本件出勤簿非開示処分は、右開示すべきであった部分(別紙記載一、二)について開示しなかった限度で違法である。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求のうち、本件復命書非開示処分の取消しを求める請求は、理由がないからこれを棄却し、本件出勤簿非開示処分の取消しを求める請求は、別紙記載一、二以外を非開示とした部分の取消しを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は棄却することとし、主文のとおり判決する。

(別紙)

一 年次休暇、病気休暇、特別休暇、介護休暇、育児休業及び休職の情報が記載されている部分並びに「前年からの繰越日数」欄及び「翌年への繰越日数」欄

二 出勤、出張、職務専念義務の免除、厚生事業への参加、停職及び欠勤の情報が記載されている部分と右一の記載とが重なり合う部分

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