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富山地方裁判所 昭和26年(行)5号 判決

原告 古川初晴 外一名

被告 舟橋村選挙管理委員会委員長

一、主  文

原告等の請求は之を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

二、事  実

原告等訴訟代理人は、被告が昭和二十六年十二月七日なした富山県中新川郡新川村浦田三百八十九番地野村正吉に対する昭和二十六年九月十五日現在基本選挙人名簿登載異議申立却下の決定は之を取消す、訴訟費用は被告の負担とする、旨の判決を求め、その請求の原因として原告等は昭和二十六年四月二十三日施行の富山県中新川郡舟橋村議会議員選挙の選挙人であり又同年九月十五日現在により被告調整の基本選挙人名簿記載の選挙人である。右選挙に於て同村々議会議員に当選した訴外野村正吉は本籍地同郡舟橋村仏生寺三百三十九番地を住所としておつたが右住所を昭和二十五年四月頃同県中新川郡新川村浦田三百九十八番地ノ三に、更に同二十六年五、六月頃同村浦田二百九十八番地に移して現在に及んでいる。同訴外人が同所を生活の本拠としておることは(一)右住所に於て野村建設有限会社を設立して土木建築業を営んで居る。(二)舟橋村消防団長の要職にあつたが該村に住所を有しない者であるとして同村消防条例第三条により昭和二十六年十一月三十日同村々長から罷免された。(三)消防団長として就任中は団に関する公私会合通知は右住所から発せられ且同所を会合場所とした。(四)中新川郡白萩村稲村一番地久保才次が昭和二十六年一月十五日より右住所の世帯主野村正吉方に寄留している。(五)野村正吉長男正光も右住居に寄留し中新川郡雄山中学校に通学している。(六)同郡新川村は野村正吉に対して住民税を賦課し、同人は之を納入している事実によつて明かである。以上の如く野村正吉は昭和二十六年九月十五日現在まで引続き三ケ月舟橋村に住所を有していないことが明かであるから同日現在の同村基本選挙人名簿に同人を登載してはならぬのに拘らず之を登載してあるのは誤載であるから原告等は同年十一月十九日公職選挙法第二十三条に基き被告に対し文書を以て異議の申立をなしたが、被告は同年十二月八日附書面で右異議は相立たないと決定し、翌九日該決定は原告に送達されたので同法第二十四条に基いて本訴に及ぶ次第であると述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告等主張事実中原告等がその主張の如き選挙人であること、その主張の選挙に当選した野村正吉の本籍が富山県中新川郡舟橋村仏生寺三百三十九番地であること、及びその主張の如き異議申立並に決定のあつたことは之を認めるがその余の事実は否認する。野村正吉の住所は同人の本籍地と同一であり、原告等主張の野村建設有限会社は初め昭和二十四年四月十日同住所を営業所として個人経営の野村組として発足し其の後昭和二十六年四月九日右組を改組し主たる営業所を中新川郡新川村浦田二百九十八番地として野村建設有限会社が設立されたもので同社の所在地と野村正吉の住所とは異るものであると述べた。(立証省略)

三、理  由

原告等が何れも昭和二十六年四月二十三日施行の富山県中新川郡舟橋村議会議員選挙に於ける選挙人であり且同年九月十五日現在により調製された同村基本選挙人名簿に登載の選挙人であること、訴外野村正吉の本籍は同郡舟橋村仏生寺三百三十九番地であり同人は右選挙に於て同村議会議員に当選したものであること、同人は右基本選挙人名簿に選挙人として登載されて居ること、原告等は同名簿に野村正吉が登載されて居ることは誤載であるとして同年十一月十九日被告に対し異議申立を為し同年十二月八日附書面で右異議は相立たない旨決定があり翌九日原告等に通知のあつたこと、及び同郡新川村浦田二百九十八番地には野村正吉等経営に係る野村建設有限会社の存在することは当事者間に争がない。

仍て前記基本選挙人名簿に選挙人として登載された訴外野村正吉が同名簿調製時である前示昭和二十六年九月十五日現在に於て其日まで引続き三ケ月以上其住所を有して居つたのは富山県中新川郡舟橋村の区域内であつたか或は又同郡新川村の区域内であつたかどうかについて審按するに成立に争ない甲第二、第九乃至第十七号証其成立を認める甲第五号証証人明和孝蔵、中田秀健、平田盛秋、島田善治、山本清治、林善作、三井直次郎、中田博幸等の証言に依れば(一)前記新川村浦田二百九十八番地には野村正吉の妾今井たまゑが同人名義の家屋に世帯主として居住し野村正吉は同家屋の一部を同人が経営する野村建設有限会社の事務所として使用し居り昭和二十六年一月以降事務上或は同女との間柄の関係上同家屋に起居することもある為め他から同所に於て今井たまゑと居を構へて生活し居る如く見られて居ること、(二)野村正吉は舟橋村消防団長の職にあつたのであるが同村々長明和孝蔵は昭和二十六年十一月三十日野村正吉が住所々在地の町村長に申告しなければならぬ昭和二十六年度の村民税の申告を舟橋村々長にしないで新川村々長に申告したとの理由に依つて野村正吉を消防団長から罷免したこと、(三)野村正吉は舟橋村消防団長として就任中同団の役員会其他団に関係ある会合を約三回前記新川村の会社事務所内に於て開催したこともあること、(四)同郡白萩村稲村一番地久保才次が昭和二十五年十二月五日より同郡新川村浦田三百九十八の三番地世帯主野村政吉(野村正吉の誤記と認められる)方に寄留する旨の届がなされて居ること、(五)野村正吉長男正光が同郡雄山中学校に転入学する際其現在地を前記新川村浦田三百九十八の三世帯主今井たまゑ方としていること、(六)前敍の如く野村正吉が新川村長に対し昭和二十六年度の村民税の申告をなし今井たまゑを扶養親族として申告したため新川村は野村正吉に村民税を賦課し同人は第一期分を一且納税したこと、が認められるが成立に争ない乙第一乃至第四、第六、第八乃至第十二、第十六、第十七号証、同第二十一号証の七乃至九第二十二号証の一乃至三証人野村初次郎、野村正吉、野村みよ、野村誠意、喜渡忠松、平田盛秋、山本清治、今井たまゑ及前記林の右証言並に被告本人の供述を綜合すれば前記新川村浦田二百九十八番地にある今井たまゑ所有で同女が居住し其一部を野村建設有限会社事務所として貸してある建物には同社の標札は掲げてあるが野村正吉個人或は同女の標札は掲げていないこと、同建物と野村正吉の本籍地とは其間の距離僅か約二町位であること、野村正吉が一且新川村へ納税した前記昭和二十六年度第一期分村民税は其後誤納と査定せられて還付になり前年分並に第二期分以後は舟橋村へ納税せられたこと、右第一期分の納税も個人組織野村組が野村建設有限会社と改組となつたため法人税が誤つて申告されたものであること、冠婚葬祭等家庭的の会合は仏生寺の本籍地に於て行はれて居ること、今井たまゑが昭和二十五年四、五月頃新川村浦田三百九十八の三に居住して居つた当時野村正吉の長男正光は単に転入学するため表面上同女方へ寄留する旨の届をしたものであるが現実は正吉の本籍地から通学して居たこと、更に野村正吉は前記舟橋村仏生寺三百三十九番地の本籍地で野村初次郎の長男として生育し同地に昭和二十四年頃新築した住家を所有し同家屋には初次郎夫婦正吉の妻其間の子女農業手伝の弟夫婦並に其子供等が生活を共にし父初次郎は世帯主として牛馬商を営み一家は初次郎、正吉の妻等名義の農地を耕作して正吉を含む家族全部は同所に於て保有米を受けて居るものであつて正吉は殆んど家族と起居を共にしており正吉の日常生活は主として本籍地に於て為されて居ることが認められる。

斯る事実に依つて観れば野村正吉は依然として舟橋村区域内の本籍地を其生活の本拠として居るもので新川村区域内に本拠を移した事実は認めるに由なく従つて同人の住所は昭和二十六年九月十五日現在に於て其日まで引続き三ケ月舟橋村区域内にあつたものであるから同村基本選挙人名簿に同人を登載したのは正当であり被告が原告等からの右登載に対する異議を却下したのは相当と謂はねばならぬ。

仍つて原告等の本訴請求を失当として棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 羽田秀雄 渡辺門偉男 干場義秋)

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