富山地方裁判所 昭和32年(行)1号 判決 1958年2月21日
原告 熊野勇伝
被告 富山県公安委員会
主文
被告が原告に対し昭和三十一年十二月十二日附富公第一、五六八号をもつてなしたる自動三輪車運転免許停止処分(昭和三十二年一月十日から同年二月二十日まで四十二日間停止)はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、
一、原告は自動三輪車の運転免許(第二、一九八号)を有しその運転をなすものなるところ、被告は原告に対し、昭和三十一年十二月十二日附富公第一、五六八号(運転免許等停止処分通知書)をもつて「昭和三十一年十一月十七日午前八時頃自動三輪車を運転し富山県婦負郡婦中町地内において交通事故を起したことによる」との理由で道路交通取締法第九条第五項又は第九条の二第四項の規定に基き昭和三十二年一月十日から同年二月二十日まで四十二日間原告の運転免許を停止する旨の行政処分をなした。
二、然しながら右処分理由である交通事故について原告には全く故意過失なきものである。即ち、原告は昭和三十一年十一月十七日午前八時二十分頃自動三輪車(三菱一九五六年型富六ーす一四一二号)を運転して富山礪波間県道を富山市方面に向つて進行中富山県婦負郡婦中町笹倉通称笹倉十字路(交叉点)に差かかつた際、右道路を富山市方面から対向して進行して来た訴外中沢文雄運転の普通トラツク(富山市岩瀬西宮二百五十八番地山崎運輸株式会社所有富一ーあ〇四〇七号)が交通法規を無視して原告の運転する右自動三輪車の直前を同町日産化学株式会社の方向に右折(右トラツクから見て)して進行したため、右自動三輪車の前部が右トラツクの右側後部車体に衝突し、よつて原告の運転する自動三輪車の前部を破損せしめられたもので、右衝突事故は右トラツクを運転する訴外中沢文雄の過失に起因し、原告には全く過失なく被害者の立場にある。
三、然るに被告は右交通事故について昭和三十二年一月十日に、昭和三十一年十二月十二日附運転免許停止処分通知書を原告に交付し、即日運転免許証を取上げ原告をして爾後四十二日間に亘り業務に従事できないようにした。右被告の処分は違法である。
よつて被告が原告に対してなした右運転免許停止処分の取消を求めるため本訴請求に及んだ、と述べ、被告の答弁に対し、訴外熊野重夫が傷害を受けたこと、及び原告の運転する自動三輪車に訴外福山幹夫外四名を定員外に乗車せしめたことはいずれも被告のいうとおり認める。前記交通事故につき届出をしなかつたことは認める が、その理由は、右届出義務は加害者である前記訴外中沢文雄のみが負うべきで、原告に届出義務はないと考えられたこと、当時原告は傷害を受けた原告の弟右訴外熊野重夫の応急措置や、前記トラツクの運転者訴外中沢文雄の行方を捜していたため届出の機会を得なかつたものである。しかし被告がなした前記運転免許停止処分は右処分通知書(甲第一号証)によるも前記のとおり「交通事故を起した」との点で処分されたもので、右無届の点及び定員外乗車の点はいずれも処分理由となつていないので、右処分理由である交通事故そのものについて原告には全く過失がないから被告のなした前記運転免許停止処分は違法である、と述べた。(立証省略)
被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因の中、「本件交通事故(前記)につき原告には全然過失なく、従つて被告が原告に対してなした運転免許停止処分は違法である」との点を否認し、その余の事実を認め、原告は自動三輪車(富六ーす一四一二号)を運転して富山県婦負郡婦中町笹倉地内笹倉交叉点にさしかかつた際その交叉点の手前(礪波寄り)で、訴外中沢文雄の運転するトラツク(富一ーあ〇四〇七号)が方向指示器を上げて右折の合図をしつつ対向して進行して来るのを認めながら、これに対する注意を怠り漫然進行したため右折を開始した右トラツクの右側後部車体に激突し、右三輪車の前部を破損し、その三輪車に同乗していた訴外熊野重夫に全治まで約十五日間を要する傷害を負わせたもので、右は道路交通取締法第八条第一項に規定する操縦者の自動車操縦上の遵守事項である注意義務を怠つた結果であつて右事故につき自動車運転者としての過失責任の一半は免れず、よつて被告は原告に対し、道路交通取締法第九条第五項により運転免許等の取消停止又は必要な処分を行う場合における基準等を定める総理府令にもとずき、(一)訴外中沢文雄と共に起した本件交通事故そのものについて右総理府令別表第一の第一号表「人に傷害を与えたとき」のうち他人に与えた傷害の程度十日以上三十日未満の項により七日間、(二)訴外中沢文雄と共謀して右事故の届出をしなかつたことについて右総理府令第四条第二号により三十日間、(三)原告運転の自動三輪車は定員二名であるに拘らず五名超過する七名を乗車せしめていたので、この点につき右総理府令第五条第二号並に別表第二「処分すべき事由」の末項により五日間、合計四十二日間の運転免許停止処分をなしたもので何等違法はない。なお運転免許停止処分通知書の交付月日は原告のいうとおりであるが、その理由は歳末は年間を通じて一般的に最も繁忙の時期であり、処分の期間を分割することは不可であるので原告の苦痛を若干でも軽減せんとして行つた温情ある措置で他に何等の理由もない、と述べた。(立証省略)
理由
原告の本訴請求は「被告が原告に対しなした昭和三十二年一月十日から同年二月二十日まで自動三輪車の運転免許を停止する処分は違法であるからその取消を求める。」というのであるが、右停止処分は昭和三十二年二月二十日の経過により消滅し、現在運転免許の停止状態は存在しないので、原告においてこのような処分の取消を求める訴の利益があるかどうかについて先ず判断する。
道路交通取締法施行令第六十三条、富山県道路交通取締細則(昭和三十年三月三十一日富山県警察本部訓令第七号)第十八条によると、被告において自動車の運転免許停止処分(以下停止処分という)をした場合は、停止処分を受けた者の住所地を管轄する警察署長をして停止処分を受けた者の運転免許証の備考欄及び運転者カード(警察署長において保管)に停止処分の旨を朱書させることになつており、右記載は停止期間が経過し停止処分の効果が消滅しても抹消されないものであることは、右法令にその旨の規定がないことによつて窺われるのである。そして、運転免許証、運転者カードに停止処分を受けた旨の記載があると、停止処分を受けた者は、将来違反行為を犯した場合に受ける制裁的処分の内容等に不利な影響を受け(昭和三十年三月三十一日富山県公安委員会規則第二号富山県道路交通取締規則第三十五条によると、被告は、昭和二十八年十一月二十五日総理府令第七十五号「運転免許等の取消、停止又は必要な処分を行う場合における基準等を定める総理府令」の規定に基き運転免許の取消、停止又は必要な処分を行うことになつているが、右総理府令第八条においては「免許等の停止の処分の期間を満了した日から起算して一年以内に更に免許等の停止の処分を受けることとなるものであるとき」をもつて処分の加重原因としている)、又その就職等についても不利益を受けることは免れないものである。そうすると、若し停止処分が違法なものであるときは、右不利益は違法な行政処分によつて生ぜしめられた違法な結果、即ち停止処分を受けた者の法律上保護されるべき利益に対する違法な侵害の状態ということができ、この状態は前記のように停止期間が満了し停止が解除となつても消滅しないのであるから、この違法な侵害を排除するという点において停止期間経過後も停止処分の取消を求める利益があるとするのが相当と考えられるから、原告の本訴は訴の利益があると解せられる。
よつて、進んで原告の本案について判断する。
原告が自動三輪車の運転免許(第二、一九八号)を有しその運転をしているものであること、被告が原告に対し、昭和三十一年十二月十二日附富公第一、五六八号運転免許等停止処分通知書をもつて「昭和三十一年十一月十七日午前八時頃自動三輪車を運転し富山県婦負郡婦中町地内において交通事故を起したことによる」ということを理由として、道路交通取締法第九条第五項又は第九条の二第四項の規定に基き昭和三十二年一月十日から同年二月二十日まで四十二日間原告の運転免許を停止する旨の行政処分をしたことは当事者間に争がない。
原告は、右行政処分の理由である交通事故とは昭和三十一年十一月十七日前記地内における原告運転の自動三輪車と訴外中沢文雄の運転する普通トラツクとの衝突事故のみをいうものであるところ、右事故について原告に責任がないから右行政処分は違法であると主張し、これに対し被告は、右行政処分は右事故(これにつき停止七日)、右事故の無届(これにつき三十日)、定員超過(これにつき五日)に対するもので、右事故について原告にも責任があるから右行政処分は違法でないと主張して争うので、先ず右行政処分が前記衝突事故のみに対するものかどうかについて考えてみる。被告が、道路交通取締法第九条第五項、第九条の二第四項の規定により停止処分を行う場合は、富山県道路交通取締規則第三十八条により同条に定める通知書を交付して行うことになつているから、右停止処分は右通知書に表示された範囲において効力を生ずるものといわなければならない。成立に争のない甲第一号証によると、被告が本件停止処分を行うにつき原告に交付した通知書の停止処分理由の欄には「昭和三十一年十一月十七日午前八時頃自動三輪車を運転し婦負郡婦中町地内において交通事故を起したことによる」旨のみの記載があり、事故の無届、定員超過については記載がなく、同通知書の他の欄の記載からもこれ等を停止処分の理由としたことは窺われないことを認めることができる。それでは、右交通事故ということの中に事故の無届、定員超過ということが当然含まれるものと解することができるであろうか。一般に交通事故という語の中に事故の無届、定員超過という意味を含むものと解せられないことは疑がなく、更に道路交通取締法第二十四条、同法施行令第六十七条の規定によると、右法令において交通事故とは「車馬又は軌道車の交通に因り、人の殺傷又は物の損壊があつた場合」をいうものであることが認められるのである。これと当事者間に争がない、前記日時場所における原告運転の自動三輪車と訴外中沢の運転する普通トラツクとの衝突したこと及びその際原告運転の自動三輪車上に乗つていた訴外熊野重夫が全治まで約十五日間を要する傷害を負つた事実とを併せ考えると、前記通知書の交通事故という記載によつて表示せられたところは、被告の内部的意図は如何様であれ、前記日時場所における原告運転の自動三輪車と訴外中沢運転の普通トラツクとが衝突したことのみであるとするのが相当であり、従つて被告が原告に対してなした本件行政処分は、右衝突事故に対するものとしてのみ効力があるといわなければならない。或は、被告の主張する事故の無届は右衝突事故に関連し、定員超過は右衝突事故の際の原告の運転する自動三輪車の状態であつたから(このことは当事者間に争がない)、本件に干する限り前記通知書の交通事故の語は事故の無届、定員超過を表示したものとすべきであるという考えがあるかも知れないが、衝突事故により人に傷害を与えたことにより停止処分をなすには道路交通取締法第九条第五項、同法施行令第五十九条第二項、前記総理府令第五条により、事故の無届の点につき停止処分をなすには道路交通取締法第二十四条第一項、同法施行令第六十七条第二号前記総理府令第四条第二号により、又前記定員超過の点につき停止処分をなすには、同法第二十三条、同法施行令第三十九条第二項前記総理府令第五条第二号によることを要し、それぞれ制裁規定を異にするから右各処分事実はそれぞれ別個独立のものである。そしてこれらは右総理府令第七条第一項に併せて免許等の停止処分がなされるが、併せられた各停止処分に該当する事案については、その個々につき理解し得る程度に示されることを要するものと解せられるから、前記のような考え方を採るべきでないことが疑がない。
然らば、右交通事故について原告に責があるかどうかについて判断する。
成立に争のない甲第一乃至第七号証、乙第一乃至第五号証に、現場検証の結果、並に証人中沢文雄の証言及び原告本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く)を綜合すると、原告は昭和三十一年十一月十七日午前八時二十分頃前記自動三輪車を運転して富山市、礪波市間県道(幅員約七、六米)を富山市方面に向つて同道路左側を時速約三十粁で進行し、前記笹倉交叉点(婦中町笹倉三区五百七十八番地荒木和夫方前十字路で、信号による交通整理は行われていない)にさしかかつた際、その交叉点中心部から約十五米位手前(礪波側)で、前方四十数米位の地点を反対方向から進行して来る前記訴外中沢運転のトラツクを発見し、交叉点でもあつて多少減速しつつそのまま直進し、右中心部から約四米位手前の地点で、前方約二十米位の地点を対向して進行する右トラツクが右折(トラツクから見て)方向指示器を上げているのを知つた。原告は自己の自動三輪車が既に右交叉点に入つており、右トラツクは未だ交叉点に入つていなかつたから、当然右トラツクにおいて原告の自動三輪車の進行を待つて右折するものと考え、先ず日産化学株式会社に通じているため歩行者の多い、交叉点左側道路(幅員約七米の町道)に注意の重点をおいて交叉点中心部まで進み、次で注意を前方進行方向に向けたとき、原告の運転する自動三輪車の直前を右折する前記トラツクを見たので、突差に衝突を避けるべく右折(原告の自動三輪車より見て)しつつブレーキを一杯にかけたところ、右三輪車は右交叉点中心部から約八米位富山市よりの地点で右折状態のまま停止した。一方訴外中沢は時速約三十粁でトラツクを運転し前記県道中央部を富山市方面より右交叉点に向つて進行し、右交叉点中心部から約四十米位手前(富山市寄り)で右折方向指示器を上げ、右中心部から約二十七、八米手前のところで前方約三十七、八米の地点を反対方向から直進する原告の運転する自動三輪車を認めたがそのまま進行し、右交叉点中心部から約十六米位手前のところで、右原告の運転する自動三輪車が既に右交叉点中心部近くに入つているに拘らず時速約二十粁で右折(トラツクより見て)を開始し、そのまま衝突は避けられるものと軽信して右三輪車の直前を右速度のまま右折し、原告が衝突を避けるべく急遽右折(自動三輪車より見て)しつつ停止した際も何等衝突避止の方法を講ぜず同速度で右折進行したため、右トラツクの右側後部車体附近を前記停止した原告の自動三輪車の前部に衝突させ、よつて右同三輪車の前部ガラスを破損し、左側助手台に乗つていた原告の弟訴外熊野重夫に前額部挫創左前胸部肩胛部打撲傷、歯牙骨折等全治まで約十五日間を要する傷害を負わせたものであることが認められる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できないし、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。
右認定した事実によると、前記衝突事故は訴外中沢が、(1)前記交叉点手前(富山市側)約二十七、八米の地点で反対方向から進行する原告運転の自動三輪車を認め、且右三輪車が先に交叉点に入る状況にあることを知つていたこと、(2)自動車が右折する場合は交叉点中心部外側を回らなければならないのに拘らず(道路交通取締法第十四条第二項)これを全く無視し交叉点中心部から約十六米内側において右折を開始したものであること、(3)右折開始当時既に原告運転の自動三輪車は右交叉点内を直進していることを知つていた上、手信号による交通整理の行われていない右交叉点において右折する場合は、先ず直進する原告の自動三輪車に進路を譲り一時停止するか、又は徐行しなければならない(道路交通取締法第十八条の二第一項本文)のに拘らず右措置に出なかつたこと、(4)衝突の危険に直面した際、原告は直ちに衝突避止の方法(前記右にハンドルを切り急停止した)を採つたに拘らず訴外中沢は何等衝突避止の方法を構ぜず漫然そのまま進行したものであること、(右原告の運転する自動三輪車が急停止したと同時に右中沢がトラツクを停止する措置を構じておれば前記事故は避け得たものであるる)等の法令所定の遵守事項に違反し、且つ自動運転者としての注意義務を怠つた結果惹起されたものであること明らかである。他方原告は、原告運転の自動三輪車が右交叉点に入る前に訴外中沢の運転するトラツクを認め、且つ右折方向指示器の上つているのを認めたが、右中沢は法令所定の遵守事項に従い運転するものと考えて、右トラツクよりも寧ろ当時人通りの多い、前記日産化学株式会社に通ずる町道(原告の進行方向から見て左側)に注意し、右交叉点中心部を過ぎて右町道への注意が軽減されて進行方向に注意を向けたときには既に訴外中沢運転のトラツクがその直前を右折進行していたため、突嗟に前認定のとおり衝突事故避止の方法を構じたものであるから原告には前記交通事故の際自動車運転者としての注意義務に違反した点なく、右交通事故の惹起については原告に故意過失の責がないといわなければならない。
そうすると、本件衝突事故につき原告に過失があるとして、道路交通取締法第九条第五項(同法第九条の二第四項は原動機付自転車に干する規定であるから、本件衝突事故には適用されない)に基き被告が原告に対し行つた本件停止処分の違法であること爾余の判断をするまでもなく明白であるから、これを取消すのが相当である。
よつて原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 布谷憲治 斉藤寿 矢代利則)