富山地方裁判所 昭和45年(わ)36号 判決 1971年5月11日
被告人 岩田福太郎
明四二・二・四生 無職
主文
被告人を禁錮八月に処する。
この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用、証人中山昭雄、同伊藤茂、同品野勇、同野田暉夫、同川南マサオおよび同川南糸吉に支給した分は被告人の負担とする。
本件公訴事実中業務上過失致死の点については、被告人は無罪。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、自動車運転の業務に従事していた者であるが、昭和四四年一二月二一日午後四時一〇分ころ、普通貨物自動車(富一こ四〇〇号)を運転し、福井県吉田郡上志比村藤巻六四の一の五番地先の県道福井・勝山線小舟渡橋(幅員四メートル)上を勝山市方面より福井市方面に向けて時速約二〇キロメートルで進行しながら、同橋南詰にさしかかつた際、およそ自動車運転者としては前方および左右を注視し、進路上の交通の安全を確認して進行し、狭隘な道路上における通行人との接触等による事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、先行車への追従や同橋南詰での右折のことのみに注意を奪われて、同橋上左側を注視することなく、漫然、自車を左側に寄せつつ同速度のまま進行した過失により、おりから同橋上左側欄干によつて佇立していた川南糸吉(当時六九歳)に全く気づかず、自車左側部を同人に接触させたうえ、同橋上に転倒させて自車左後車輪で轢過し、よつて同人に対し全治約三ヶ月間を要する脾臓破裂、左肺損傷、左血胸、右手指挫創、左第六ないし一〇肋骨骨折および右下腿骨開放骨折の傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮八月に処し、なお刑法二五条一項によりこの裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予し、訴訟費用のうち証人中山昭雄、同伊藤茂、同品野勇、同野田暉夫、同川南マサオおよび同川南糸吉に支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。
(一部無罪について)
本件業務上過失致死の公訴事実は、
「被告人は自動車運転の業務に従事するものであるところ、昭和四五年六月七日午前八時五五分頃、普通貨物自動車を運転し、富山市北新町二丁目三ノ二一番地先交さ点を、東田地方交さ点方面より雪見橋方面に向け時速一五乃至二〇キロメートルで直進する際、当時自転車を運転して西川栄太郎(六四歳)が同方向に先行していたので右交さ点内において、同人を、その右側に接近して追抜くことになつたのであるが、およそ、自転車乗りは方向保持や安定の維持を欠き易く、特に発進後の信号交さ点内において近接して、自動車に追抜かれるときにおいて然りであるから、このような場合普通貨物自動車の運転者としては進路前方の交通に留意し、先行の自転車乗りの位置、速度、姿勢を事前に認識すべきことはもとより、警音器を吹鳴して警告のうえ自車との間隔距離の安全を確認し、若しくは、その動静を注視し進行の安全を期して徐行又は一時停車し、もつて自転車乗りにおいて安定運転を欠き自車進路に寄る場合でも、これに気付かずして轢過することのないように万全の措置を講じて進行すべき業務上の注意義務があるのにかかわらずこれを怠り、進路上を先行する大型バスに追従することにのみ注意を奪われ前記自転車乗りに気づかず、したがつて前記安全諸措置を講ずることなく漫然同速度で進行を続けた過失により、交さ点内において前記西川栄太郎の右側に近接して進行中同人において自転車運転の安定を失い自車の左後車輪の進路に転倒したことに気づかないまま同人の上半身顔面頭部を轢過して進行し、よつて同人を即時、同所において頭部轢圧による脳挫傷等により死亡するにいたらせたものである。」
というのである。
よつて按ずるに、
一、(証拠略)を総合すると、被告人は、昭和四五年六月七日午前八時五五分ころ、荷物約三トンを積載した普通貨物自動車(富一こ一六一七号、車体の長さ七・四〇メートルおよび幅二・二一〇メートルの四トン積車両)を運転して、富山市東田地方交差点方面より同市雪見橋方面に向つて富岩街道を南進し、同市北新町二丁目三の二一番地先の自動信号機の設置してある北新町交差点にさしかかり、停止信号のため先行車の大型バスに続いて同交差点北側入口の横断歩道の約一三・六メートル手前の道路左側部分の中央よりに一旦停車し(東側歩道との間に約二・八米の間隔がある。)その後信号が青になつたので、時速約一〇キロメートル位でそのまま進路方向を変えることなく直進(南進)を開始し、徐々に加速して右一時停止地点の南方約三〇メートルの同交差点内の地点内の地点付近を時速約一五ないし二〇キロメートルで進行していた際、自転車を運転して被告人車両の左側(東側)を同車と約五、六〇センチメートルの間隔でその前車輪と後車輪の中間付近を南進していた西川栄太郎(当時六四歳)が、何らかの理由(但し、被告人車両が右西川運転の自転車あるいは同人の身体の一部に接触ないし衝突したと認めるに足る証拠はない。)で自転車操縦の安定を失い、被告人車両側に緩やかに横転したのに、それに気付かないまま、同車の左後車輪で同人を轢過し、よつて同人を即時同所において頭部轢圧による脳挫傷等により死亡させたことが認められる。
二、しかしながら、検察官主張の前記日時場所において、(一)右西川運転の自転車が被告人車両に先行していたこと、(二)被告人が右自転車を追抜き、あるいは追抜こうとしたことを確認するに足る証拠はない。
三、もつとも(証拠略)によれば、被告人車両が、本件事故の直前自転車よりも速度を出していたことが認められるけれども、その点をとらえて、ただちに被告人が右自転車を追抜き、あるいは追抜こうとしたものと推断することはできない。即ち先づ以つて前記一に認定した被告人車両が本仲北新町交差点北側に一旦停車した際における西川運転の自転車の位置はもとより、その後の右自転車の発進状況等は、本件証拠上不明であるが、前記一記載の各証拠(証拠略)によれば、右不明な点は措き、一応本件事故の際、(一)被告人車両が、検察官主張の如く先行する自転車を追抜いた、(二)自転車が、先行する被告人車両(前記認定のとおり同車は一時停止地点を発進した際、時速約一〇キロメートルの遅い速度であつた。)を追抜こうとして、その途中まで進行したところ、被告人車両が自転車よりも徐々に速度を増したため(前記認定のとおり、本件事故直前の被告人車両の速度は時速約一五ないし二〇キロメートルであつた。)、追抜くことができなかつた、(三)被告人車両が前記交差点の手前で一時停止した後、自転車に並進して同交差点に進入したが、その後、自転車よりも徐々に加速度を増して同車に先行するに至つたものである等、いろいろの諸状況が想定されるものの、それらは単なる推定の域を超えるものではなく、そのいずれとも断定し難いのである。
四、以上のとおりにして、本件は被告人車両の前記追抜きの点について証明不充分であるから、被害自転車を追抜く際における自動車運転者の注意義務を前提とする本件業務上過失致死の訴因につき犯罪の証明がないことに帰するので、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し右の点について無罪の言渡をする。
よつて主文のとおり判決する。