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富山地方裁判所 昭和48年(ワ)78号 判決 1976年5月14日

原告 野田正幸

<ほか四名>

右五名訴訟代理人弁護士 近藤忠孝

同 木澤進

同 青山嵩

同 葦名元夫

同 能勢英樹

被告 有限会社北陸電設工業所

右代表者取締役 畠山才次郎

右訴訟代理人弁護士 谷口成高

同 石川実

主文

1  被告は、原告正幸に対し、金二、八六六万八、〇八五円、原告利津子、同和子、同正志、同剛志に対し、それぞれ金三三万円および右各金員に対する昭和四六年五月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らの被告に対するその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

4  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方が求めた裁判

一  原告ら

1  被告は原告正幸に対し金五、八二六万二、四六六円、同利津子、同和子、同正志、同剛志に対し各金七〇万円及び右各金員に対する昭和四六年五月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

≪以下事実省略≫

理由

一、本件事故の発生

原告正幸が昭和四六年五月二八日富山市西宮所在の訴外昭和電工株式会社富山工場構内において、被告が右訴外会社から請負った金属配電線切替工事に従事し、同日午前一〇時五分頃地上約六メートルの電柱上にて、六、六〇〇ボルトバックフィルタ配電線(以下本件配電線という)のケーブルヘッド(以下、本件ケーブルヘッドという)の仮移設作業をなそうとした際、感電して地上に墜落し、頭蓋骨頭蓋底骨折、第八胸椎圧迫骨折、右膝蓋骨折、右手掌部左拇指電撃火傷の傷害を受けたことは、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、原告正幸が本件事故により右傷害を受けたほか、右鼓膜外出血および両下肢麻痺の傷害をも受けたことが認められる。

二、本件事故発生の経緯

本件事故当日における本件工事の内容が、三、三〇〇ボルトの配線の一端を電源に接続し、他端を立ち上り電柱で需要側の配電線に接続し、不用になった電柱と配電線を取り除くことにあったこと、そのため、本件工事中、三、三〇〇ボルト電線を停電させたが、六、六〇〇ボルト電線は通電されたまま作業がなされたこと、右作業は被告の被用者である訴外吉川実(以下訴外吉川という)が作業責任者となり、その指揮、監督のもとに行なわれ、原告正幸を含む作業員一三名が四班に分けられ、各班により別々の個所で行われたこと、本件事故は原告正幸が、当日午前九時五〇分頃、自班の作業が終了したため、作業責任者である訴外吉川に次になすべき作業の指示を求め、その指示に従って、訴外吉川の班が作業を行なっていた電柱(以下本件電柱という)に架設された通電されたままの本件ケーブルヘッドの仮移設作業を行なおうとして、右電柱上において移動開始直後、本件配電線に触れたため発生したものであることは、いずれも当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を綜合すれば、本件電柱は三本の柱が三段のアームによって一体となっている電柱で、最下段のアームが地上約六・三メートルの位置にあり、同アームの後記位置に本件ケーブルヘッドが固定されていること、本件ケーブルヘッドは固定されている最下段のアームからほぼ垂直に上部へ向けて伸びる三本のケーブルが、最下段のアームと中段のアームとの中間(最下段のアームから上部に向け約六〇センチメートルの位置)において切れ、同所で相互にそれぞれ接続されたもので、右各接続部分には絶縁テープが巻かれている(以下、テーピング部分という)こと、本件事故当日作業が予定されていた電柱のうち、六、六〇〇ボルトケーブルが設置されていたのは、本件電柱のみであったこと、従って、訴外吉川は、作業を開始するに当って作業中六、六〇〇ボルトケーブルは通電している旨全作業員に告げたが、自班以外の原告正幸を含む作業員にはその通電箇所の説明はしていなかったこと、そして、原告正幸が次になすべき作業の指示を求めるべく、本件電柱上の訴外吉川が立っていた本件電柱の最上段にあるアームまで登ってきた時、訴外吉川は、自己が作業をなしていた柱の反対側にある柱と中心にある柱との間の最下段のアームにある本件ケーブルヘッドを新しく取り付けたアームに移設することを命じた際、原告正幸に対し、本件配電線が通電していることおよびそのための作業方法を指示しなかったこと、右訴外吉川の移設作業の指示に従い、原告正幸が訴外吉川の作業をしていた柱の最上段のアームから、本件ケーブルヘッドを固定した反対側の柱と中間にある柱との間の最下段のアームに移動を開始し、その直後本件ケーブルヘッドのテーピング部分にその手を触れ、右テーピング部分に絶縁の不完全なところがあったため、感電し、本件事故に至ったこと、テーピング部分の絶縁が不完全な場合があることは十分予想できたことがそれぞれ認められ(る。)≪証拠判断省略≫

三、被告の責任

1  前記二の事実によれば、原告正幸がその手で触れた本件ケーブルヘッドのテーピング部分は、それを固定していたアームと近接した距離関係にあり、またその位置が本件ケーブルヘッドより上部約六〇センチメートルに位置するため、本件ケーブルヘッドが六、六〇〇ボルトケーブルの通電しているバックフィルタ配電線であることを認識していない場合、本件電柱の最上段のアームから、本件ケーブルヘッド付近まで移動する際に、右テーピング部分にその身体が触れる蓋然性が極めて高いことが推認し得る。

従って、訴外吉川としては、本件ケーブルヘッドの移設作業を指示する場合には、本件配電線が通電している六、六〇〇ボルトのものであることおよびそのための作業方法を指示すべき業務上の注意義務があるというべく、本件事故は、前示認定のとおり、これを怠って何ら右指示をせず、漫然と右移設作業を原告正幸に命じた訴外吉川の過失に基づくものといわざるを得ない。

2  そして、被告が訴外吉川の使用者であることは当事者間に争いがなく、また、本件事故が被告の事業の執行につき生じたものであることは、前記一、二の各事実により明らかである。

3  そうすると、被告は民法七一五条により本件事故によって原告らが蒙った損害を賠償する義務があるというべきである。

四、原告正幸の過失

原告正幸が、本件事故当日の作業開始前に、当日行なう作業が三、三〇〇ボルト電線に関するものであるため、作業中三、三〇〇ボルト電線は停電する旨本件作業を指揮し、監督する訴外吉川から告げられていたこと、また、訴外吉川から本件ケーブルヘッドの移設作業を指示された際、本件配電線が、通電している六、六〇〇ボルトケーブルのバックフィルタ配電線である旨の指示を受けなかったことは、いずれも前記二のとおりである。従って、本件事故当日行なう作業が三、三〇〇ボルト電線に関するもので作業中同電線が停電する旨告げられている原告正幸としては、本件ケーブルヘッドの移設作業を命じられた際、何ら特別の指示を受けていない以上、六、六〇〇ボルトならば指示があるはずと信頼し、本件配電線が停電している三、三〇〇ボルトケーブルのバックフィルタ配電線であると確信し、その確信に基づき移動する際、本件配電線のテーピング部分にたまたま触れたとしても、そこに何らかの過失があるとは到底解し難い。

なお、被告は、原告正幸が命綱をつけておれば、本件事故による受傷の程度は右手掌電撃火傷に留まる旨主張する。

しかし、前記のとおり、本件事故は、原告正幸が本件電柱上において、前記のとおり移動する際に生じたものであるとともに、≪証拠省略≫によれば、本件事故当時作業員に支給されていた命綱は右のような移動中の使用に適さないものであったこと、また、当時、移動中における命綱の使用は、通常行なわれていなかったことが認められ、原告正幸が本件事故の際、命綱を使用していなかったからといって、同原告に過失があるとは認め難い。

よって、原告正幸には、原告らの損害の算定に当って斟酌されるべき過失はないものと解するのを相当とする。

五、原告らの損害

(原告正幸の損害)

1  休業損害

≪証拠省略≫を綜合すると、原告正幸は本件事故当時数名の従業員を使用して電気工事の下請を行なう傍ら、他の電気工事請負業者に一時的に雇われる等して、月平均金一五万円の収入を得ていたところ、本件受傷により直ちに入院し、その後数種の余病を併発する等して事故後四年を経過した昭和五〇年五月末頃ほぼその症状が固定したこと、そして、この間全く稼働できなかったことが認められる。

そうすると原告正幸は、次のとおり金六四一万五二〇〇円の得べかりし利益を失ったことになる。

150,000(円)×12(月)×3564(ホフマン係数)=6,415,200(円)

2  労働能力喪失による損害

≪証拠省略≫と労働省労働基準局長通達(昭和三二・七・二基発第五五一号)の別表「労働能力喪失率表」とを併せ考えると、原告正幸は、腹部から下半身不随となる等の後遺障害により労働能力を一〇〇パーセント喪失したこと、原告正幸は本件事故当時四二才、前記症状の固定当時四六才であることが認められ、四二才の男子の平均余命が三〇年余であることは当裁判所に顕著であるが(厚生大臣官房統計調査部作成第一三回生命表)、原告正幸は本件事故にあわなかったとすれば、右症状固定後一四年間は前記職業に従事し、同収入を得ることができたものと推知されるから、原告正幸は本件事故にあったため、この得べかりし収入を失う損害を蒙ったものといわなければならない。これをホフマン式計算方法により民法所定年五分の割合による中間利息を控除して本件事故時現在の一時払い金額に換算すると(年金現価率九・〇三九とする)金一、六二七万〇二〇〇円となる。

150,000(円)×12(月)×(12,603-3564)=16,270,200(円)

3  入院雑費

≪証拠省略≫によれば、原告正幸が本件受傷後現在に至るまで入院を継続していること、しかし、前記症状の固定した昭和五〇年五月末頃は現に退院が可能であったが、退院後の同原告の化け入れ態勢が家族の方で整わなかったため、その後も入院を継続していることが認められ、右事実に弁論の全趣旨を綜合すると、昭和四六年五月二八日から昭和五〇年五月末日まで一日三〇〇円の割合による金員合計金四三万九、五〇〇円が原告正幸の入院のため必要な諸雑費として、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

4  付添看護料

≪証拠省略≫によれば、原告正幸は、本件傷害により昭和四六年五月二八日から昭和五〇年四月末日まで訴外亡妻扶美子および職業付添看護人の付添看護を受け(原告正幸の妻である訴外扶美子および職業付添看護人の付添看護を受けたこと自体は当事者間に争いがない)、合計金四六五万六、五四〇円の費用を要したことが認められる。

しかし、≪証拠省略≫によれば、前記症状の固定により原告正幸は車椅子による移動および日常身の廻りの諸事はほとんど自力でなし得る状態に回復し、以後看護は家人による一時的なもので足りることとなったことが認められ、前記症状固定以後右程度を超える付添看護が必要であることを認めるに足りる証拠はない。

ところで、右一時的な看護費用についてはその額を算定するに足りる的確な資料を見い出せないから、後記慰藉料算定の際考慮することとする。

従って、付添看護のための費用としては、右金四六五万六、五四〇円が本件事故による損害となる。

5  慰藉料

前記原告の入院期間、本件傷害および後遺障害の内容・程度、その他本件にあらわれた一切の事情に鑑みると、本件事故による原告正幸の精神的苦痛に対する慰藉料は金七〇〇万円をもって相当とする。

(訴外亡扶美子の損害)

訴外亡扶美子が原告正幸の妻であり、本件事故後同原告を看病したこと、昭和四六年九月二五日死亡したことは当事者間に争いがない。

しかるところ、≪証拠省略≫によれば、訴外亡妻扶美子は本件事故前である昭和四五年当時から高血圧症、慢性腎炎等に罹患し、数回にわたって通院治療を受けていたこと、そして前記日時に脳溢血により死亡したことが認められ、訴外亡扶美子の右死亡と本件事故との相当因果関係を認めることが困難である。

(原告正幸を除くその余の原告らの損害)

≪証拠省略≫によれば、原告正幸を除くその余の原告らが原告正幸の子であることが認められ、本件事故による原告正幸の受傷のため心痛していることは明らかであるところ、前記原告正幸の入院期間、本件傷害および後遺障害の内容・程度、その他本件にあらわれた一切の事情に鑑みるとその精神的苦痛は原告正幸の生命が侵害された場合に比して劣るものではないと言い得るので、本件事故による原告正幸を除くその余の原告ら自身の精神的苦痛に対する慰藉料は各金三〇万円をもって相当とする。

(弁護士費用)

本件事案の内容、損害額、その他弁論の全趣旨を考慮し、被告において負担すべき弁護士費用は、原告正幸につき金一〇〇万円、その余の原告らにつき各金三万円とするのが相当である。

六、損害の填補

1  ≪証拠省略≫によれば、原告正幸は、被告から付添看護料、入院雑費或いは慰藉料等の賠償額の内払として少なくとも金四七九万円を受領したことが認められ、右金員を原告正幸の前記損害額から控除するのが相当である。

2  原告正幸が、労災保険より、(一)療養給付金として金六六九万七、三七五円を、(二)休業補償給付金として金一六二万〇、三四一円を、(三)長期傷病補給付金として金七〇万三、〇一四円を、更に(四)長期傷病特別支給金として金一八〇万〇、一〇七円を受領し、もって現在(本件口頭弁論終結時)までに労災保険より合計金九二〇万〇、八三七円を受給したことは当事者間に争いがない。

しかるところ、原告正幸が受給した前記金員の内、その(一)は本件請求外の損害に対する賠償の内払と考えられ、また、その(四)は労働者災害補償保険法二三条に規定する保険施設として支給されるもので、民法上の損害賠償と同一の事由に基づく支給とは解し得ないので、右各金員を原告正幸の前記損害額から控除するのは不相当であるが、その余は休業補償ないし後遺障害による喪失利益に対する賠償の内払として原告正幸の前記損害額から控除すべきものと解するのが相当である。

なお、被告は、原告正幸が将来受給することが確定した労災給付金についても現価に引き直して本件損害額から控除すべき旨主張するが、長期傷病特別支給金については前述の理由から控除の対象とならないし、その他の給付金については、支給額の変更等将来の蓋然的性質にかかわる点から考えて、口頭弁論終結時までに現実に支給された分に限って損害から控除すべきものと解するのが相当である。

七、結論

よって、被告は、原告正幸に対し金二、八六六万八、〇八五円、その余の原告らに対し各金三三万円および右各金員に対する昭和四六年五月二八日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊島利夫 裁判官 糟谷邦彦 山田賢)

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