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富山地方裁判所高岡支部 昭和36年(ワ)71号 判決 1963年7月04日

原告 広瀬信雄 外一名

被告 国本嘉六 外一名

主文

一、被告等は各自原告広瀬信雄に対し金五十二万二千六百五十一円及び原告広瀬すゑに対し金七十二万五千円並びに右に対する昭和三十五年五月四日より支払ずみまで各年五分の割合による金銭を支払うこと。

二、原告等のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告等の連帯負担とする。

四、この判決は原告等勝訴の部分に限り、原告等において各自金十万円の担保を供するときはそれぞれ仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は「被告等は各自原告等に対し各金七十六万円及びこれに対する昭和三十五年五月四日より支払ずみまで各年五分の割合による金銭を支払うこと。訴訟費用は被告等の連帯負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として

一、被告国本は被告株式会社西川組(以下被告会社という)に雇われ自動車運転の業務に従事していたものであるが、昭和三十五年五月三日午前十時四十五分頃氷見市姿九百五十六番地先の非舗装道路(巾員約四米)を、被告会社所有の貨物自動車(車巾二・三七米、以下被告自動車という)を運転して時速約二十粁で進行中、前方約三十米の道路中央付近を自転車に乗つて対向して来る大石勉(満十二才二ヶ月、以下被害者という)を認めたが、被害者に対する動静注意を怠り、漫然同一速度で進行した業務上の過失により被害者と約六米の距離に近づいた時、被害者が被告自動車の左側を通過しようとしてハンドルを右に切つているのを認めて、これを避けるため、被告自動車のハンドルを右に切つたが間に合わず、被告自動車の左側後車輪付近を被害者に接触させて転倒させ、よつて被害者をして心臓破裂により即死するに至らしめたものである。

本件事故は、被害者には何等の過失もなく、被告国本の前記過失によるものであり、被告会社は自己のために被告自動車を運行の用に供するものであるから、被告等はそれぞれ本件事故によつて生じた全損害を賠償する責任がある。しかして、右被害者は戸籍上は訴外大石徳治及び同まつ間の四男となつているが、真実は原告等の実子である。

二、被害者は本件事故当時十二才二ヶ月の健康な男子であつたところ、厚生大臣官房統計調査部発行の生命表によれば、なお五十五年間の平均余命があり、二十才から四十年間は少くとも一般労働者として稼動可能である。しかして、労働大臣官房労働統計調査部編纂の昭和三十四年度賃金構造基本調査によれば、全産業労働者の男子平均賃金は月二万五百二十二円であり、これに対する諸公課を十パーセントとし総理府統計局編纂の家計調査に基いて昭和三十四年度における全都市の一人当り消費支出を算出すると月平均六千六百六十一円となる。従つて右所得からこれらを控除した金一万一千八百九円に四百八十を乗じて得た金五百六十六万八千二百円が結局右四十年間の得べかりし純収入となり、これからホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると金百八十八万九千四百四十円となる。これがすなわち被害者の得べかりし利益の喪失による損害であり、従つて原告等は各自その二分の一である金九十四万四千七百二十円の損害賠償請求権を相続したものである。しかして、原告信雄は本件事故による損害金として自動車損害賠償保険の保険金二十万円を受領した。

三、被害者は原告等のただ一人の男子であり、原告等の被害者に対する愛情と期待が大きかつただけに、被害者の不慮の死によつて原告等の受けた精神的苦痛は著しく大なるものがあり、そのため労働意欲も喪失し、生業である稲の植付け、葉煙草の手入も出来難い状態であつた。更に原告等は零細農であつて見るべき資産もなく、他方被告会社は使用人をおいて手広く土建業を営み相当の資産を有しているものである。これら諸般の事情を考慮して原告等の受けた精神的苦痛に対する慰藉料はそれぞれ金二十万円とみるのが相当である。

四、よつて原告信雄は右二及び三の合計金百十四万四千七百二十円より右保険金二十万円を控除した金九十四万四千七百二十円を、原告すゑは右二及び三の合計金百十四万四千七百二十円を、それぞれ被告等に請求しうべきところ、その内金として各自金七十六万円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和三十五年五月四日より支払ずみまで各年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

右のとおり陳述した。(立証省略)

被告等訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁及び抗弁として、

一、請求原因第一項の事実中、被告国本が被告会社に雇われ自動車運転の業務に従事していたこと、原告等主張の日時場所において被告国本の運転する被告自動車と被害者とが接触して被害者が死亡したこと及び被害者が原告等の実子であることは認めるが、その余の事実は否認する。

二、被害者は少年であり、かつ当時自転車の習い初めであつて、意の如く操車できなかつたものであり、本件事故は被害者の過失に基くものである。

三、被告会社は被告国本を雇入れる際、その性行を調査し、良好であつたから雇入れたものであり、その後も日常自動車運転上の注意をなし、過失なきよう厳に訓告する等自動車を運行する業者としてその注意を怠らなかつたから、本件損害賠償の責任はない。

四、原告等は厚生大臣官房の一統計調査部発行の統計表により被害者はなお五十五年間の平均余命がある旨主張するが、人の生存死亡は予測しえざるものであり、抽象的な統計によつて個人の命数を決定し、その権利義務の範囲を律することは適正なる判断ではない。

五、被告会社は、被害者の葬儀の際、香典一万円と花輪一対とを贈り、別に法要費として金二万円を提供する旨を申出て示談交渉をしたが、原告等はこれに応じなかつたものである。

右のとおり陳述した。(立証省略)

理由

一、原告等が被害者の実父母であること、被告国本は被告会社に雇われ自動車運転の業務に従事していたものであること及び原告等主張の日時場所において被害者が被告国本の運転する被告自動車に接触して死亡したことは、いずれも当事者間に争がない。

二、そこで本件事故に対する被告国本の過失の有無について検討する

(一)  成立に争のない甲第三号証ないし第六号証及び乙第一号証に証人広沢昭雄、同宮原敏明及び同海棠進の各証言並びに被告国本嘉六本人の供述を併せて考察すると、本件事故現場は凹凸の多い巾員約四米の非舗装道路であるが、その有効巾員は三・三米で両側に溝があり、左側(被告自動車の進行方向よりみて以下同じ)の溝は砂利がつまつていて殆ど原形をとどめず、道路は全体として右側に傾斜していること、被告自動車は巾二・三七米、長さ六・七五米、高さ二・三米の四・五屯積み貨物自動車であること、本件事故現場付近道路においては、従来右のような貨物自動車とすれ違う自転車乗用者は必ずといつてよい位道路の左側に避けており、その大半の者は一時停車して自動車の通過を待つていたこと、本件事故当時被告自動車は砂利を満載し、時速十五粁ないし二十粁の速度で進行中、被害者はその前方道路中央付近を自転車に乗つて対向し来たり、被告自動車を認めて道路の左側へ寄つて来たので、被告自動車もハンドルを右に切つて道路の右側へ寄つて進行したところ、被害者は被告自動車の運転台左側を通過した後、ボデイの中央付近に左腕を接触させて地上に転落し、被告自動車の左側後車輪により致命傷を受けたものであることが認められる。

(二)  以上の認定事実に基き判断すると、本件事故現場の道路の状況及び被告自動車の大きさ(特に車体の巾)からみて、被告自動車と自転車乗用者とのすれ違いは極めて危険であり、細心の注意が必要であることは明らかであり、かかる場合、自転車乗用者において進んで自転車から降りて道路の端に避譲する等の行動に出ない以上、自動車運転者としては人命尊重の見地から、当然自己の運転する自動車を極度に徐行させるか又は一時停車をして自転車乗用者の安全通過を確認したのちに進行すべきであるにもかかわらず、被告国本は被害者が自転車に乗つたまま進行して来るのを認めながら前記措置をとらず、無事通過できるものと過信し漫然と被告自動車の運転を継続した点に過失があるものといわなければならない。

(三)  しかして本件事故は被告国本の右過失に基くものであるから、同被告は民法第七百九条により、また被告会社は自動車損害賠償保障法第三条により、それぞれ被害者の死亡によつて生じた損害を賠償する責任がある。反面、被害者としても事故の発生を未然に防止するためには、一旦自転車から下車するなどして、被告自動車の通過を待つべきであり、これを怠り自転車乗用のまま進行した点に過失があり、右過失は損害額の算定につき充分斟酌さるべきものと思料される(なお、被告等は、事故当時被害者は自転車の習い初めであつた旨主張するが、原告等各本人尋問の結果に照し右主張は採用できない)。

三、進んで被告等の賠償すべき損害額について考察する。

(一)  被害者の得べかりし利益の喪失による損害

被害者は本件事故当時十二才二ヶ月の健康な男子であつたことは、原告等各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により明らかであるところ、第十回生命表によればなお五十五年間の平均余命があり、経験則に照し二十才から四十年間は少くとも通常の労働者として稼働可能であるものと推定される。この点に関する被告等の見解は採用できない。しかして労働大臣官房労働統計調査部編纂の昭和三十四年度賃金構造基本調査によれば、全産業労働者の男子平均賃金は月額金二万五百二十二円であること及び総理府統計局編纂の家計調査に基き昭和三十四年度における全都市の一人当り消費支出を算出すると月平均金六千六百六十一円であることは、被告等の明らかに争わないところである。そこで右数額を基礎とし、かつ原告等主張のとおり十パーセントの公課を控除すると、被害者の一ヶ月当りの純収入は金一万一千八百九円であり、四十年間では総額金五百六十六万八千三百二十円となる。これからホフマン式計算法(単位期間を一年とする複式)により年五分の中間利息を控除した金二百四十八万五千三百八十円が被害者の死亡時における得べかりし利益の喪失による損害となる。しかしながら、本件事故については被害者にも過失があつたことは、先に認定したとおりであるから、この過失を斟酌すると、被告等が賠償すべき損害額は金百二十五万円とみるのが相当である。従つて原告等は被害者の相続人として、それぞれ右金額の二分の一である金六十二万五千円の賠償請求権を承継取得したことになる。

(二)  慰藉料

原告等各本人尋問の結果によれば、被害者は原告等間のただ一人の男子で、学業成績も良好であつたところから、原告等はその将来に多大の期待を寄せていたことが認められ、被害者の不慮の死により原告等が受けた精神的苦痛が甚大であつたことは容易に推認できるところである。一方原告すゑの供述によれば、被告会社は被害者の葬儀に際し花輪一対と香典金一万円とを贈り、被告国本も同じく香典金五百円を贈つており、これらの事実に当事者双方の過失その他本件口頭弁論にあらわれた諸般の事情を勘案すると、慰藉料の額は原告等各自について金十万円とするのが相当である。

(三)  従つて原告等は被告等に対し各自右(一)(二)の合計金七十二万五千円の損害賠償請求権を取得したことになるが、成立に争のない乙第二号証によれば原告信雄は本件事故により自動車損害賠償責任保険による保険金二十万二千三百四十九円の支払を受けていることが認められるから、これを同人の前記金額から控除することになる。そこで結局被告等は各自原告信雄に対し金五十二万二千六百五十一円、原告すゑに対し金七十二万五千円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和三十五年五月四日より支払ずみまで各年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

四、よつて原告等の被告等に対する本訴請求は右に述べた限度において正当であるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 土屋重雄)

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