富山家庭裁判所高岡支部 事件番号不詳 決定
少年 B(昭二一・六・九生)
主文
この事件について少年を保護処分に付さない。
理由
第一非行について
少年は、昭和三三年六月二八日午後五時頃から午後六時すぎ頃までの間、富山県西礪波郡○○町○○○、○○小学校において、同校炊事場の洗でき器の出し入口にしまつてあつた大型マツチ一箱を持ち出したうえ、校舎内で火遊びをすれば人の現在する同校々舎に燃え移つて火災になるかも知れないことを弁えながら
1 理科室東側の壁にかけてあつた幕にそのマツチで火をつけ、よつて幕から板壁及びその上部の天井板に燃え移らせたが、それぞれ一部を燻焼させただけで自然に火が消え、床に然え落ちた幕の一部分の火は少年においてこれを消し止め
2 (イ) 新校舎便所入口の戸の近くに置いてあつたドラム罐と称する直径一・五一メートル、高さ〇・八五メートルの円筒型ボール紙製くず入れの中の紙くずにそのマツチで火をつけ
(ロ) 同便所付近校舎外側の腰板に接して置いてあつたコンクリート製ごみ捨て場のごみに、便所のくず入れから持ち出した紙に前同様マツチで火をつけたものを投げ入れて燃え移らせ
(ハ) 講堂兼雨天体操場西南偶に置いてあつた前同型のくず入れ(本来は落し物入れ)の中の紙にマツチで火をつけ
た後、はそのつどみずから水をかけるなどして消火の処置を講じたけれども、十分に火が消えないまま放置したため、なおも燻焼を続けているところを近所の人が発見し、校舎に燃え移らないうちに同校職員等と共にこれを消し止め
たので校舎を焼くにいたらなかつたものである(ほか四ケ所にも火をつけたがいずれも校舎に燃え移る可能性はない)。刑法第一〇八条、第一一二条該当。
なお、保護者Pは、この出火が少年の放火行為によるものではないと主張し、証拠関係について昭和三四年五月一九日付訴願請求状と題する書面により裁判所の判断を求めているので、以下各項について説示する。
1 昭和三四年三月二六日富山家庭裁判所高岡支部の調停室に於て、審判中裁判官植村秀三は黒白を決定する事になれば取調べに当つた警察の面子にかかわる事でもあるから適当でないという趣旨のことを述べた事は、なにを意味するのか
裁判官がかわつたので回答の限りでない。
2 ○○警察署に於て作製されたBの供述調書は赤線の罫紙で万年筆で書いてありました。裁判所で見せられたBの供述調書は黒線の罫紙で青色の複写紙で複写された供述調書を示された。裁判官の判断如何。
記録中の少年供述調書は黒線の罫紙に青色の複写紙(又はボールペン)で書かれていることは所論のとおりである。この調書には供述人B立会人担当教師○守○、立会人父Pのそれぞれの署名指印がある。そして調書作成の状況について○守○はその証人調書において次のように述べている。
この時裁判官は記録中のBの自供調書を示した。
(中略)
問 この調書末尾の署名捺印は調書ができ上つてからしたのか、白紙のところにしたのか。
答 調書が完成し、読み聞かせが終つてから内容の終りが少し書いてある用紙に署名捺印しました。
問 この調書が万年筆で青インクを使用して書いてあつたか、又は青色のカーボン紙を宛てて複写して書いてあつたか。
答 それはどちらであつたかはつきりとは記憶しておりません。
また、Pの証人調書における供述は次のとおりである。
この時裁判官は記録中のBの自供調書末尾の署名捺印部分を示した。
問 そこに書かれたPの署名捺印は証人のものか。
答 この字体は私の書体と非常によく似ております。私の署名捺印したものは調書の右端から二、三行供述を書いてあるその後の方に署名捺印すべき欄があつたと記憶しております。これのように左端の方へは署名捺印しなかつたと思います。それから私の署名捺印した調書は全部万年筆で書かれてあつたと記憶しております。私は調書に使つておられた万年筆を借りて署名捺印したのです。
問 証人はBの自供調書末尾の署名指印した場所について左端にした覚えはないと言う証言であるが、この調書は現在二つ折にして綴じてあるから左端にしてある様に見えるが、この用紙を二つ折にしないで見れば署名捺印した場所は右に寄つた場所ということになるから、この調書の署名捺印した場所は証人の言う場所と変りはないのではないか。
答 …………(この問に対しては返事なし)
問 警察では調書作成後読み聞かせてくれたか。
答 読み聞かせて頂いた後署名捺印しました。
以上のほか、○守○証人調書及び少年調書の作成者○分○信の証人調書中の、少年の供述内容に関する供述記載が少年供述調書における少年の供述内容と一致していることを考え合わせると、この調書が警察で当初作成されたものと別個に作成されたものであるとはいえない。さらに保護者はその後の審判廷において、少年調書は署名指印のある末葉又は末葉に第一葉を除いた部分が後から別個に作成されたものであると主張するに至つたものであるが、少年調書は全部黒線の罫紙が使用してあるから、保護者の主張自体にくいちがいを生じている。
3 人定尋問者○岡○鶴○証言記録の中に午後三時に少年Bが職員室の前を通つたのを見たと証言されたのに対し、午後六時の放火につながる様に書きあらわしてあるが、なぜこのような書き表したのか如何。この点に関する○岡○鶴○の供述記載は次のとおりである。
(裁判官の問に対し)
問 Bが廊下を一年生の教室の方から正面玄関の方へ何も持たずに歩いて行つたのを見たのか。
答 はい、見ました。
問 その後で火事があつたのか。
答 左様です。
(中略)
問 証人はBを見てから火事の事を知るまでの時間はどれ位あつたか。
答 Bが廊下を通つた時間も判りませんのでどれ位後か判りません。
問 二、三時間位後か。
答 判りません。しかし廊下を通つた後であることは間違いありません。
(○木附添人の問に対し)
問 Bが廊下を通るのを見たのか。
答 職員室にいて見ました。Bは一年生の教室の方から正面玄関の方へ廊下の中央より職員室よりの方を歩いて行きました。
問 その時間はどうか。
答 午後三時過ぎだつたかと思います。
問 三時過ぎの何時か。
答 三時から四時までの間だつたと思います。
以上の発問は、同証人の巡査部長に対する申述書中、「時間はよく憶えておりませんが前後の状況から判断して午後四時すぎ頃ではないかと思つておりますが、私が職員室の自分の席からふと廊下の方を見た処、六年生のBが(中略)一年生の教室の方から学校の正面玄関の方、即ち東側から西側の方へ手ぶらで何も持たずに歩いてゆくのを見ました。(中略)処がその後午後六時頃でしたか学校に原因の判らない火が出て大騒ぎとなりました。(中略)私としてはBと学校に起きた原因の判らない火とはどんな関係があるか何も知りませんが、ただ先程も申した通りその前の午後四時頃にBが職員室の前を通つて行つたのを見かけたので之を申し上げた次第です。」との申述記載を前提とするものであることが明らかであつて、この点を念頭に置いて考えれば、発問はただ目撃の事実及び時間関係を確かめるためになされたものであることが明らかであり、これに対する答えも申述内容と一致しており、問答全体の記載の体裁からも目撃の事実と放火行為とを直接結びつける趣旨はうかがうべくもない。
4 証人○本○寿○の証人記録の中に、講堂兼体操場に置いてある屑入のドラム罐の中に大箱を見なかつた(マツチの大箱)。判断如何。
同証人の供述の要旨は、「講堂の隅のちり入れは中をのぞいただけで、中味をひつくり返したわけではない。自分が見た時はマツチ箱は見当たらなかつたようだが、中に入つていたかどうかわからない。」というのであつて、マツチ箱を発見した○林○夫の供述(巡査に対する申述書及び証人調書)の要旨「中を見ると大型のマツチ箱が投げ入れられているのが目についた。」「ごみ箱のドラム罐を中庭に運んで中味をぶち明けたところマツチの大箱が出て来た。」を考え合わせると、同証人の目にはとまらなかつたがマツチの大箱が講堂のドラム罐から出て来たものと認められる。
5 人定尋問者○林○夫の証言記録中の中に講堂兼体操場に置てある屑入りのドラム罐の中に大箱のマツチ箱の空の大箱が上にあつたと証言された。判断如何。
前項でのべたとおり。全くからであつたかどうかは確かめていないと認める。なお少年は、火をつけた順番ははつきりしないしマツチは何処へ捨てたか憶えていないと述べているのであるから、その問にくいちがいを生ずることもない。
6 人定尋問者○林○夫の証言記録の中に、学校の理科室に幕がかけてあつたか紙がかけてあつたか数人の先生方も知らぬ様子であると証言されたのを、どう判断されたか如何。
司法警察員の実況見分調書並びに○分○信証人調書(布と紙との燃えた灰があつた)と○守○証人調書(警察の取り調べの際少年は「白い幕に火をつけた」と述べたが、「ひつぱつたら白い紙が落ちて来た」といつたので少年調書には紙という記載になつた)とにより、布と紙が燃えたと認める。警部補○分○信の調査状況報告書には、「校長は、確かにその場所に映写用幕が掛けてあつたと述べた」とある(少年の供述の裏付調査)。
7 人定尋問者○畑○江の証言記録の中にBを現場で見たと証言された。Bは毎日数回学校へ遊びに行つております。
少年が現場にいたことは情況証拠の一つになる。
8 ○○小学校の正面の中庭で野球やソフトボールなど禁じられているとは思わなかつたか如何。
○山○三、○島○夫の各証人調書によれば、同人等数名が事件当日午後三時ないし三時三〇分頃から約一時間、学校正面中庭でソフトボールをしていたこと、その間少年の姿を見かけなかつたことが認められる。これは県事務所側入口から学校に入つたとの少年の供述についてある程度の裏付けになる。なお一三項参照。
9 証人○利○作の証言記録の中に、警察官が此の大箱のマツチ箱が現場にあつたのだと見せられた時には三分の一以上のマツチ棒が大箱の中に入つたのを見せられているのに、証言記録に少しのマツチ棒が入つていたと書かれている。
同証人調書中この点に関する供述要旨は、「事件当日頃は、しまつてある方のマツチ箱はマツチ棒がほんの僅かしか減つておらず、平生用の方は三分の一位入つていた。事件後警察官から平生用の方を示され、マツチ棒が何本位入つていたかと聞かれたので少し入つていたと答えた。警察官から見せられた時は底が見えていたから中味は非常に少なかつたと思う。」というのであつて、三分の一以上のマツチ棒が大箱の中に入つたものを見せられたのではない。
10 人定尋問者○井○子の証言記録をよまれての判断如何。
同証人調書中の少年の供述内容の真否に関する部分は、信頼性の点で担当教師○守○証人調書中のそれに及ばない。
11 人定尋問者○田○弘の証言記録の中に近じよでの噂されたのは昭和三〇年の夏であつた。石動小学校の放火は昭和三三年六月二八日でありました。
少年が○香○方の背戸で火遊びをしたのは昭和三三年三月下旬頃及び同年四月中旬頃であるという資料(司法巡査魚住一郎の捜査状況報告書、家庭裁判所調査官の調査報告書中参考人○香○の供述に関する部分)はあるが、昭和三〇年の夏のことであるという資料はない。
12 (1) 人定尋問者○田○さ○の証言記録の中に二、三人の子供が消防署の前で花火遊びをしていたと証言された。
学校の放火と関係ないと判断されたか関係あると思われたか如何。
同証言要旨は、「学校外の学校正面に向かつて右側、道路に隣接した広場で子供が煙幕の出る花火を持つて走つていた。」というのであつて、関係証拠に照らしてこの花火と出火とは関係のないものと認める。
(2) ○田○さ○証言記録の中に現場にあつた大箱マツチの箱の蓋がなかつたと証言された。警察署の証拠品大箱マツチ箱の蓋はあります。右の者の証言をどう判断されたか如何。
○利○作証人調書中の要旨「そのマツチ大箱に見覚えがあつた。私が庖丁で中をくり抜いて切つた覚えがある。」
と合致する。
13 人定尋問者○護の証言記録をよまれて裁判官はどう判断されたか如何。
その意味するところは、同証言が「少年は現場で見ていただけで、火をつけたのは○田○ことDほか一名である」との保護者の主張の裏付けになりはしないか、つまり同証言にある帽子の持ち主二名が放火本人ではないか、という点にあると思われる。同証言の骨子は、「事件の翌々日の六月三〇日朝、小学校玄関近くの廊下に置いてあつたドラム罐の中に学帽が二個あつた。中味は草履袋等いろんな物が八分通り入つており、学帽はその一番上に記名部分が見えるようにして置いてあつたが、そのひとつにはU、他の方にはDと記名され、共に濡れていたが焦げ跡はなかつた。目立つほどのゴミはついておらずきれいであつた。」というものである。なおD、U、Mの三名は事件当日校庭で遊んでいたものである。
しかしながら
(1) このドラム罐は六月二九日領置され、六月三〇日返還されたものである。(司法警察員の領置調書、○俊○の受取書、○分○信証人調書)。そして本来は落とし物入れである(なお六月二九日夜は雨が降つている)。
(2) このドラム罐の内容物は、司法警察員の実況見分調書添付写真一三のとおりであるが(○林○夫、○田○さ○各証人調書)まとまつた形のものとしてマツチ箱、草履袋は見受けられるけれども、損傷のない学帽は見当たらない。
(3) 事件当時ドラム罐の内容物を見た者の中にも学帽を現認した者はいない(関係証人調書)。
(4) Dは前示ソフトボールの仲間に入つていたが(○分○信証人調書、司法警察員○原○雄ほか二名の捜査状況報告書)一方U、Mの兄弟は午後三時頃から午後六時頃まで他十数名と共に西側校庭で野球の試合をしていた(Uの申述書、司法巡査○居○三ほか二名の捜査状況報告書)ものである。そしてUは試合が終りに近い頃バツターボツクスに立つた時に講堂と理科室とを結ぶ廊下付近に少年の姿を目撃している(同人申述書)。
以上の諸点によつて明らかなように学帽と本件との結び付きは見出し難い。
14 人定尋問者○田○の証言記録の中には、現場に落ちていたマツチ箱は小さい箱でサービス用に使用されている箱で、名前の入つた宣伝用マツチであると証言しておるのをどう判断されたか。
同証言は、○室○子が同証人に対してしさいありげに告げた話の内容を伝えているものであるが、その話の内容は信用するに足りないこと、現場にのぞんだ各証人の証言によつても明らかである。また少年の警察における供述も、マツチ箱が小箱であると述べたとは認められない。
15 人定尋問者警部補○分○信の証言記録中に、大箱のマツチ箱であつて中味にマツチ棒が六本あつたと証言された。裁判官はどう判断されたか如何。
同証言「未使用のものが数本入つていたものと思います。」「底が見えていたのですから数本位しか入つていなかつた筈です。」は、○利○作証言「底が見えていましたから非常に少なかつたと思います。」と符合する。
16 警察の捜査状況報告書に問違ないと思われたか判断如何。
以上のべたところでおのずから明らかになつたと思われる。
17 放火当日警察署が花火の捜査をしていることはなぜでしようか。裁判官の判断如何。
まず花火による失火を考慮したものであろう。
18 ○○小学校の放火事件について、警察や学校、教育委員方面の方々が多数人の人が、なぜ動かねばならなかつたか。家庭裁判所も御存じの事と思います。
裁判所の関知するところではない。
第二要保護性の有無について
1 少年について
頭の程度はいたつて低い(田中ビネー式、指数四四)。考え方が自分勝手で、自分できまりをつけたり、人とうちとけて助け合つたりする力が十分でなく、気がたかぶり易く時に乱暴を働らく。けつぺき。自分の持ち物の整理はよく出来、占有意識は強い。簡単な作業はできるが、根気は続かない。相手の態度によつては非常は反抗的になる。
小学校六年のはじめ頃までは、授業中でも勝手に校内を歩きまわつたり急に奇声を発したり、金魚をいじめたり等の行状があつた。昭和三三年六月一九日他教室に入り筆入れの中の現金二〇円をとり、菓子を買つてたべたほか、同月二六日学校内で来客用の菓子をとつてたべたことがある。友人はなくいつもひとりで遊んでいる。父親に対しては親和感を持つている一面、叱嘖をおそれる気持も少なからずある。
2 家庭について
両親と姉との四人暮し。父(四四)は質屋を営み生活は中位。自我が強い。少年に対する情愛は深いが、少年の知能程度や性格についての認識に甘い点がある。母(四〇)は神経質でやや勝気。十余年前精神病で三ヶ月間入院したことがある。少年に対しては甘い。姉(一六)は高校在学中で成績は良好。家庭内は円満であるが近隣との折り合いはあまり良くない向きもある。少年が本件により取り調べを受けるに及んで、一時は町から追放の気運につつまれた。一面同情者もある。
3 試験観察の経過について
昭和三四年五月一日補導委託により富山県立黒部学園に収容、同年八月一二日まで在園。当初は落ちつきがなく無断外出一〇数回に及び、友人に対しても反抗的、闘争的で、ささいなことに腹を立て友人の頭を竹で殴り二針縫合のけがをさせたことがあつたが、次第に学園の空気になれるきざしを示すようになつた。お盆の休みに帰宅した後帰園を嫌がり、学園長も保護者の理解がないことを理由に同学園での補導は不可能である旨を表明するにいたつた。同年九月二九日在宅試験観察に変更し保護者において補導日誌をつけること及び校長の指導を受けることを遵守事項として定める。以後保護者の監護方法に幾分の改善がうかがわれ、少年自身も学園生活の体験を経てみずからの行動の結果に意を用いるようになり、学校生活において性格特徴から来る破たん行為もおさまりつつある。
4 処遇について
少年の性格、家庭環境にはなお少なからぬ問題点が残されているので、今後も長期にわたる保護の措置を加えることが望ましい。たださきに指摘した保護者の非協力的な態度は、直接には少年に対する盲愛のほか、当初の担当裁判官に対する感情的反ぱつに由来するものであるが、さらにさかのぼると、本件放火本人は少年ではないとの主張にもとづくものである。従つて本件非行を前提とする限り、観察保護であつても保護者の協力を得ることは困難であり、保護処分による保護は名のみに終るおそれがあつてその効果を望み難い。また少年を黒部学園に収容した際の裁判所の措置は保護者の感情をしげきするところとなり、審判(手続)の公正について保護者の信頼を得るにいたらなかつたものであつて、本件非行を前提とする保護処分は、その手続を全体として見ると(法律的にも)すつきりしないものとなる。一方少年の現状は試験観察の心理強制による一時の小康とのみいえないものがある。従つて本件については、さし当たり少年の監護を保護者及び学校当局に委ねるのが相当であると認められる。
そこで少年法第二三条第二項により主文のとおり決定する。
(裁判官 平井哲雄)