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山口地方裁判所 平成7年(ワ)215号 判決 1999年2月09日

甲事件及び乙事件各原告

有限会社X

(以下、単に「原告」という。)

右代表者代表取締役

I

右訴訟代理人弁護士

高井昭美

甲事件被告

千代田生命保険相互会社

(以下、「被告千代田生命」という。)

右代表者代表取締役

神崎安太郎

右訴訟代理人弁護士

宮﨑乾朗

大石和夫

玉井健一郎

板東秀明

辰田昌弘

関聖

田中英行

塩田慶

松並良

河野誠司

水越尚子

乙事件被告

第一生命保険相互会社

(以下、「被告第一生命」という。)

右代表者代表取締役

櫻井孝頴

右訴訟代理人弁護士

敷地隆光

鈴木祐一

西本恭彦

野口政幹

水野晃

右鈴木祐一訴訟復代理人弁護士

小林一正

主文

一  原告の各請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、甲事件及び乙事件ともに原告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の申立て

(甲事件)

一  原告

1 被告千代田生命は、原告に対し、金一億五〇五〇万円及びこれに対する平成七年六月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、被告千代田生命の負担とする。

3 第1項につき仮執行宣言

二  被告千代田生命

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

(乙事件)

一  原告

1 被告第一生命は、原告に対し、金一億円及びこれに対する平成七年六月一日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、被告第一生命の負担とする。

3 第1項につき仮執行宣言

二  被告第一生命

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  事案の概要及び争点

一  概要

本件は、被告らとの間で、平成六年一月一日、それぞれ生命保険契約(以下、これらの生命保険契約を総称して「本件各生命保険契約」という。)を締結した原告が、平成七年四月一三日、同各生命保険契約につき、それぞれの被保険者であるAにおいて自殺したという保険事故(以下、「本件保険事故」という。)が発生したとして、右各保険金総額二億五〇五〇万円とこれに対する各遅延損害金を訴求した事案である。

二  争いのない事実及び証拠上明らかな事実(なお、証拠の掲記のないものは前者である。)

1  当事者

(一) 原告は、墓石の製造・加工・販売や墓石建立の相談・設計・施工等を主たる目的とする会社である(乙第三号証の一、丙第四号証及び弁論の全趣旨により認める。)。

(二) 被告らは、いずれも保険業法に基づく生命保険相互会社である。

2  本件各生命保険契約の締結

(一) 原告は、平成六年一月一日、被告千代田生命との間で、次のとおりの生命保険契約を締結した((1)及び(5)の各具体的事項は、乙第一号証により認める。)。

(1) 保険の種類 普通終身保険、特定疾病保障定期保険、新医療保険

(2) 保険証券記号番号

四三四組一五二八九一二番

(3) 被保険者 A

(4) 保険金受取人 原告

(5) 保険金額

災害による死亡のとき

普通終身保険

基本保険金 五八〇万円

定期保険特約 一億三九二〇万円

災害割増特約 四五〇〇万円

傷害特約 五〇〇万円

特定疾病保障定期保険 五〇〇万円

新医療保険 五〇万円

合計 二億〇〇五〇万円

右以外によるとき

普通終身保険

基本保険金 五八〇万円

定期保険特約 一億三九二〇万円

特定疾病保障定期保険 五〇〇万円

新医療保険 五〇万円

合計 一億五〇五〇万円

(6) 支払時期 催告到着の日の翌日から一週間以内

(7) 支払場所 被告千代田生命本店所在地又は同被告の指定した場所

(二) 原告は、平成六年一月一日、被告第一生命との間で、次のとおりの生命保険契約を締結した((7)については丙第四〇号証により認める。)。

(1) 保険の種類 定期保険特約付終身保険

(2) 保険証券記号番号

九四〇一―〇一二一六六

(3) 被保険者 A

(4) 保険金受取人 原告

(5) 保険金額

不慮の事故、法定・指定伝染病によるとき 一億五〇〇〇万円

右以外によるとき 一億円

(6) 支払時期 催告到着の日の翌日から五日以内

(7) 支払場所 被告第一生命本店所在地

3  Aは、平成七年四月一三日、死亡した。

4  原告は、被告らに対し、同年五月二五日より以前に、前記各保険金を支払うよう催告し、かかる催告は、いずれも同日以前に、被告らにそれぞれ到達した。

三  争点

本件の争点は、

1(一)  本件保険事故である被保険者Aの死亡は、自殺によるものか否か、

(二)  Aの死亡が自殺による場合、被告らは、商法六八〇条一項一号により保険金の支払を免責されるか、あるいは、「保険契約締結後一年を越えた後の被保険者の自殺については、保険者は免責されない」との被告らの約款の規定により、免責されないか、

2  本件各生命保険契約は、詐欺により締結されたもので、被告らの約款により無効であるか否か、また、仮に無効であるとしても、被告らがかかる主張をすることは信義則に反するか否か、

3  本件各生命保険契約は、公序良俗に違反し、民法九〇条により無効であるか否か、また、仮に無効であるとしても、被告らがかかる主張をすることは信義則に反するか否か、

4  本件各生命保険契約は、危険の著増の理論(商法六八三条一項、六五六条)により無効であるか否か、

5  本件各生命保険契約は、被保険利益という目的を欠くとして無効であるか否か

というところにある。

四  争点に対する当事者の主張

1  争点1について

(一) 被告らの主張

被告千代田生命の普通終身保険普通保険約款一三条、被告第一生命の終身保険普通保険約款一条(以下、「本件各約款」という。)には、「被保険者が、責任開始日または復活日(被告第一生命の右約款の規定は復旧日も含む。)から起算して一年以内に自殺したとき」は保険金を支払わないとし、右一年を越える自殺については、保険者は免責されない扱いとしているが、かかる約款は、①射倖契約から本質的に要請される当事者の信義誠実の原則の遵守、②保険金を取得することを目的として保険加入し、保険加入後自殺することの防止、③生命保険が自殺促進機能をもつことの社会的非難の回避、という商法六八〇条の立法趣旨を没却しない限りにおいて有効とされるにすぎない。したがって、一年後の自殺を決意して保険加入し、一年間以上自殺の決意を持ち続け自殺した場合や、保険契約の結びつきの強い自殺の場合には、保険金の支払は免責されることとなる。

ところで、Aの死亡が自殺である場合、それは、保険加入後一年を経過した後の自殺ではあるものの、実質的には、射倖契約から本質的に要請される当事者の信義誠実を踏みにじる行為であり、巨額の生命保険金を得るために、生命保険に加入して自殺した場合であって、仮に、これに対し、保険金が支払われるならば、生命保険が自殺促進機能を持つとの非難を避けられない行為であり、また、一年後の自殺を決意して保険加入し、一年以上その決意を持ち続けてこれを決行したものである。したがって、Aが、本件各生命保険契約に加入後一年を経過した後になした自殺であっても、それは、同各生命保険契約との結びつきが極めて強い事案であって、保険金を取得することを唯一の目的又は主要な目的として自殺した場合であるから、本件各約款の適用はなく、商法六八〇条一項一号が適用されるべきである。

(二) 原告の主張

Aが自殺した主要な目的が、保険金を原告に取得させることにあったことは争う。

Aの自殺は、交通事故後の後遺症に苦しんだためと思われ、免責されるべき自殺ではない。

2  争点2について

(一) 被告らの主張

原告は、被告らに対し、①生命保険金の取得を唯一又は主要な目的として、本件各生命保険契約を締結した上で、Aにおいて、自殺すること、及び②生命保険金を騙取する目的をもって、A自らが交通事故を仮装した自殺を決行すること、以上の各事実を秘した欺罔行為、並びに本件各生命保険契約は、被保険者が、企業にとって事業執行上、必要不可欠な重要な職責を有し、被保険者が死亡等によって欠けるに至るならば、同企業にとって甚大な損害を受けることから、事業継続上の損失の保全を目的とする契約であるところ、原告は、被告らに対し、右契飾目的を満足させる営業実態がなく、かつ、被保険者とされたAは、原告の形式的な取締役であって、何らその実体がないのに、あたかも、これらがあるかのように装った欺罔行為により、本件各生命保険契約を締結したものであるから、同各生命保険契約は、被告千代田生命の普通終身保険普通約款一八条、特定疾病保障定期保険普通保険約款一二条及び新医療保険普通保険約款二一条並びに被告第一生命の終身保険普通保険約款一六条にそれぞれいう詐欺に該当し、いずれも無効である。

(二) 原告の主張

被告らは、保険料が高い本件各生命保険契約において、道徳的危険及び保険金支払能力の有無を調査した上で、原告と同各生命保険契約を締結し、高い保険料を徴収しているところ、かかる事情からすれば、被告らの右各詐欺無効の主張は信義則に反する。

3  争点3について

(一) 被告らの主張

(1) 危険分散の限度超過の公序良俗違反

原告の締結した本件各生命保険契約の保険金額は、合計二億四五〇〇万円、災害割増特約を含めれば合計三億四〇〇〇万円(いずれも普通死亡の場合)となるが、原告は、本件各生命保険契約以外にも、被告千代田生命及び訴外日本生命保険相互会社との間で合計三口の保険契約を締結しており、保険金の合計額は六七〇〇万円で、これを加えると、保険金の総額は四億〇七〇〇万円に上る。これに対し、Aは、原告の名目的取締役で何ら業務活動を行っておらず、役員報酬も受領していないのであって、かかるAに付保する保険金額としては、右は余りに高額であり、不自然である。

よって、本件において自殺した被保険者であるAに係るこのような付保状況は、通常の保険契約における危険の分散の限度をはるかに超えており、極めて異常かつ不自然であるから、公序良俗に反し無効である。

(2) 保険金不正取得目的による公序良俗違反

原告が、本件各生命保険契約締結時に保険金不正取得目的を有していたことは明らかである。すなわち、本件各生命保険契約は、保険事故の発生の有無・時期等によって当事者間の具体的給付相互間の均衡関係を左右するという射倖行為性を悪用し、被保険者死亡の事実を作り出すことを前提に締結され、不法かつ不労の利得を得ようとするものであり、社会的妥当性を著しく欠くから、公序良俗に反し無効である。

(二) 原告の主張

前記1(二)に同じ。

4  争点4について

(一) 被告らの主張

危険の著増の理論とは、保険契約者側が、その責めに帰すべき行為により著しく危険を増加せしめた場合には、保険契約は失効するという理論であるところ、本件各生命保険契約は、契約締結日から三か月後の平成六年三月一三日、被保険者であるAにおいて、保険金騙取目的の偽装交通事故による自殺未遂をなしていることから、商法六八三条一項、六五六条により、右をもって失効した。

(二) 原告の主張

被告らの主張は、Aが保険金騙取目的の偽装交通事故を起こしたことを前提とするものであるが、そもそもかかる事実はないから、理由がない。

5  争点5について

(一) 被告らの主張

原告の実体な、倒産し形骸化した法人であり、他方、被保険者であるAは、多額の借金を負担しているだけで、何ら原告の営業に貢献したことがないから、Aが死亡したとしても、原告に何らの損失はなく、したがって、被保険利益は全く認められない。

よって、本件各生命保険契約は、被保険利益という目的を欠くもので無効である。

(二) 原告の主張

争う。

第三  争点に対する判断

一1  争点1(一)(Aの死亡は、自殺によるものか否か)について

(一) 前記第二、二3に掲記した事実に加えるに、甲第二四号証並びに丙第一六号証、第三〇号証及び第三二号証によれば、次の各事実が認められる。

(1) 原告の取締役B及び同Cは、平成七年四月一四日午前八時五分ころ、原告の駐車場において、軽乗用車内にホースで排気ガスを引き込んでいるAを発見したが、救急車及び警察を呼んだが、Aは既に死亡していた(死亡推定時刻は、同月一三日午後一〇時ころ。)。

(2) 右軽乗用車はガムテープで目張りがされており、そこから多数の指紋が検出されたものの、それはすべてAのものであり、また、検死時に、その首にロープでつった古い傷があり、Aにおいて、これまで何度も自殺を試みたことがあったことがうかがえた。

(3) Aは、B5版の紙に九枚の遺書を残していたが、その一部には、「事故の後意傷(「後遺症」の誤記と思料される。)で疲れた、手足が痛い、目がかすむ、頭痛がする、死ぬのをゆるして下さい。」と記載されていた。

(二) 右(一)で認定した各事実に弁論の全趣旨を照らし合わせると、Aの死亡は自殺によるものと推認される。

そこで、右を前提に、以下、争点1(二)につき判断する。

2  争点1(二)(商法六八〇条一項一号の適否)について

(一) 本件各生命保険契約締結に至るまでの状況

前記第二、二1及び2に掲記した各事実に加えるに、甲第六号証、第二二号証、第二五号証、第二九号証、乙第三号証の一、二、第四号証の一ないし三、第五ないし第七号証、第一三ないし第一六号証、第一八号証、第一九号証の一、第二一ないし第二四号証、第二五号証の一、二、第二九ないし第三一号証、丙第一ないし第五号証、第七ないし第九号証、第一〇、一一号証の各一、二、第一三号証、第一七ないし第一九号証、第二〇号証の一ないし三、第二一ないし第二三号証、第二五号証、第二七、二八号証、第三〇ないし第三四号証、第三七ないし第三九号証、証人D、同E、同F、同Gの各証言、原告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば(ただし、甲第六号証、第二二号証、第二五号証、証人Dの証言及び原告代表者尋問の結果については、いずれも後記採用し得ない部分を除く。)、以下の各事実が認められる。

(1) 原告の実体及びその経営状態

ア 原告は、平成五年一〇月一日、当時、休眠会社であった丙有限会社を商号変更した上で、Iを代表取締役とし、かつ、有限会社丁の営業財産を引き継いだ会社である。

右丙有限会社は、昭和五一年二月一六日、指定暴力団O組組長のOにより、貸しビル業、金融業等を目的として設立され、Oにおいて、代表取締役に就任していたが、平成三年一一月七日これを辞任し、その後、O組組員のJが代表取締役となった。

右有限会社丁は、Dにおいて、その経営していたD石材店を平成元年一月に有限会社に法人成りさせ、Dを代表取締役、Iを取締役として、石材業を続けていたが、平成五年一一月五日、銀行取引停止処分を受けて倒産した。

原告は、有限会社丁の倒産後、その債務整理のため、Dの所有不動産を信託譲渡の形で譲り受けたOにおいて、Dに前記D有限会社を三〇〇万円で売却した上で、当時の有限会社丁の取締役をそのまま原告の取締役に就任させ、有限会社丁が行っていた石材業を継続させたものであった。

原告の代表取締役であるIはいわゆる名目的取締役であり、実質的オーナーはDであるが、原告の実印は、Oの愛人であるHが保管していた。

イ 原告の決算は、平成五年一一月一日から平成六年一〇月三一日までの期については、売上総利益九七〇万八三九七円(売上高三八二六万一〇六八円)、販売費及び一般管理費一一二六万六八四六円、営業損失一五五万五四四九円、平成六年一一月一日から平成七年一〇月三一日までの期についてのそれは、売上総利益二三七一万〇六五四円(商品売上二七三二万一一八六円、仕入三六一万〇五三二円)、販売費及び一般管理費二四二二万三二四二円、営業損失五一万二五八八円であった。

(2) Aの原告における地位

Aは、昭和五七年以降、Kの愛人であったが、平成五年一〇月以降、Oの愛人となり、同年一二月一日、原告の取締役に就任したものの、営業活動には、全くといってよいほど従事しておらず、原告から、一度だけ営業手数料として約一〇万円の支払を受けたほかは、役員報酬を含め、金員を受け取っていなかった。

右に対し、原告は、Aが原告の取締役として営業活動に従事していたと主張し、甲第二五号証、第二七号証の一ないし八(タイムカード)、第三二号証、証人Dの証言及び原告代表者尋問の結果の各一部にも、右主張に沿うかのごとき部分がある。

しかしながら、Aが実際に原告の営業活動を行っていたと認めるに足りる客観的な証拠はない上、右タイムカードも、後記(二)(3)アで認定する平成六年三月一三日の交通事故以降、Aは入院療養のため、現実には原告に出社していないと認められるにもかかわらず、これが出社したとの記録となっており極めて不自然であることにも照らすと、右掲記の各証拠は、信用性に乏しく、いずれも採用することはできない。

(3) Aの負債状況

Aは、スナックの開業資金や賭博、Kのゴルフ場開発資金等が原因で、平成五年一二月一日当時、O等に対し、約一億四〇〇〇万円の負債があったが、同月ころ、右債務整理をOに委託し、平成六年三月二七日、その旨を債権者に通知するとともに、債権者に対し、平成七年二月二〇日までの支払の猶予を求めていた。

また、A所有の不動産はすべて競売にかけられ、売却されていた。

(4) Aの付保状況等

ア(ア) Aは、平成四年四月一日、被告千代田生命との間で、次のとおりの生命保険契約を締結した(なお、Aは、同年三月一一日、右契約の申込をしたのであるが、その際、当初、保険金受取人をOとしていた。)。

保険の種類

普通終身保険、新医療保険

保険証券記号番号

五九八―三〇五五〇五―A・B

被保険者 A

保険金受取人 G(Aの長男)

保険金額

災害による死亡のとき

普通終身保険

基本保険金 一五〇万円

定期保険特約 二五五〇万円

傷害特約 五〇〇万円

新医療保険 五〇万円

合計 三二五〇万円

右以外によるとき

普通終身保険

基本保険金 一五〇万円

定期保険特約 二五五〇万円

新医療保険 五〇万円

合計 二七五〇万円

支払時期

催告到着の日の翌日から一週間以内

支払場所 被告千代田生命本店所在地又は同会社の指定した場所

(イ) Aは、平成四年一二月三一日、Lから六五〇万円を借り入れ、その際、借用書の余白に、「万一の為、生命保険証券(五九八組、三〇五五〇五番、右(ア)の生命保険証券のこと。)を預けます。死亡受取人は、L様にお願いします。」と記載していた。

(ウ) Aは、平成六年二月二三日、被告千代田生命に対し、右(ア)の生命保険契約につき名義変更の請求をし、死亡保険金受取人を高井昭美弁護士に変更するとともに、同月二四日、保険証券の再発行請求をした。また、Aは、高井昭美弁護士に対し、受領した生命保険金をOに渡すように依頼していた。

なお、Gは、自己が右保険金の受取人となっていたことは知っていたが、その後、受取人が高井昭美弁護士に変更されたことは、平成七年六月二三日に受理された被相続人Aに係る相続放棄の申述をするまで知らなかった。

イ Aは、平成四年一一月一日、訴外日本生命保険相互会社との間で、以下の内容の各生命保険契約を締結した。

(ア) 保険の種類

ニッセイ三大疾病保障定期保険

保険証券記号番号

三五二―九六〇八〇五八

被保険者 A

保険金受取人 M

保険金額 普通死亡 一〇〇〇万円

(イ) 保険の種類

定期保険特約付終身保険

保険証券記号番号

三五二―九六〇八〇六四

被保険者 A

保険金受取人 M

保険金額 普通死亡 三〇〇〇万円

災害による死亡 六〇〇〇万円

ウ なお、Aは、平成四年一〇月二六日、Mから三三〇万円を借り入れた際、その借用書の余白に、「私Aに万一のことが有りましたらMまでお金を取りに行って下さい。」と記載していた。

他方、Oは、右Mとの間で、右各生命保険契約締結前に、「保険料はOが支払うが、万一保険金が支払われたら、全額Oに渡す。」という内容の約束をしていた。

(5) 本件各生命保険契約の締結経緯

Aは、平成五年の暮れに近いころ、Dに対し、保険に入って欲しいと話をもちかけ、被告らの担当者を紹介し、主としてDが交渉に当たり、本件各生命保険契約を締結した(この点につき、証人Dの証言中には、Iが交渉したとする部分があるが、信用できず、採用し得ない。)。これによると、原告の当時支払うべき年間保険料は、合計二四〇万六三七二円に上るものであった(これに対し、甲第六号証及び第二二号証の各一部によれば、平成五年一一月一日から平成六年一〇月三一日までの期における原告の保険料は二二一万三七三一円、平成六年一一月一日から平成七年一〇月三一日までの期のそれは一五五万一〇八四円とされているが、この間、本件各生命保険契約の解約の事実がないにもかかわらず、右保険料が減少するなどその正確性に疑問があり、いずれも採用できない。)。

なお、被告らの右各担当者は、被告千代田生命がE、被告第一生命がNであったところ、右両名は、いずれもOの愛人であった。

(二) 本件各生命保険契約締結後の状況

乙第三三号証の一ないし一九、第三四号証、第三六、三七号証、丙第一五号証の一ないし一二、第一六号証、第三〇ないし第三三号証、第三六ないし第三九号証、証人Fの証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

(1) Aは、前記(一)(3)で認定した負債を、Kが手掛けようとしていたゴルフ場及びボートレース場の場外車券売場の利権で支払うことを企図していたが、平成五年一一月ころ、これらが断念されるに至り、資金調達が困難となった。それ以降、Aは、O等周囲の者に対し、「自分が死んでその生命保険で清算する。」と口にするようになった。

(2) Aの自損交通事故

Aは、平成六年二月二〇日ころ、山口市内において、自らが運転する軽乗用車を崖下に転落させる自損事故を起こし、脳震盪、全身打撲傷の傷害を負った。

(3) 交通事故の発生

ア 本件各生命保険契約締結から約二か月後の平成六年三月一三日午前〇時一九分ころ、O組組員のPが運転し、助手席にA、後部座席にFが同乗する原告所有の軽四輪貨物自動車が、山口県宇部市亀浦<番地略>先道路上を、常磐公園方面から山口宇部空港方面に進行中、右自動車の左前部が道路左側電柱に激突する交通事故が発生し、これにより、Aは、入院加療三か月を要する顔面挫創、鼻骨骨折等の傷害を負い、左目失明、左顔面挫創、左足骨折の後遺症(後遺症等級・七級一二号)が残った。

右交通事故に関し、宇部警察署は、承諾殺人罪の疑いで捜査をするも、Pは右警察署の司法警察員に対し、「進路前方に右から左に向けて白い猫が飛び出してきたので、これを避けようとハンドルを左に切った。」と供述し、しかも、被告千代田生命が被害届を提出しなかったこと等から、結局右罪名で立件するには至らず、Pは、平成六年七月一日、宇部簡易裁判所から、業務上過失傷害罪により罰金四〇万円に処するとの略式命令を受けるにとどまった。

なお、Fは、平成七年九月一八日、出血性ショックにより死亡し、Pは、右略式命令以降、行方不明となっている。

イ 技術士林洋は、右交通事故に関して、①道路左側の路外に逸脱した運転理由は希薄である、②前記アのPの供述どおり、猫が飛び出してきたので、それを避けようとハンドルを左に切ったのであれば、当該電柱に衝突することは出来ない、③Pは、右カーブを限界旋回速度である時速五二キロメートルより速い、時速五八キロメートルの速度で、右にハンドルを切ることなく、ほとんど直進して、電柱に衝突している、等と疑問点を指摘し、右交通事故は、Pが、カーブを回り切る意思はなく、最初から事故車の左前面を電柱に衝突させる意思で運転していたことによる事故であると鑑定している。

ウ Aは、知人の女性であるVが、入院中の病院に見舞いに来てくれた際、同女に対し、「私はOに騙された。」、「あの事故(前記交通事故)は普通の事故じゃあないのよ。」などと話していた。

エ ところで、原告は、前記イの鑑定意見に対し、①A自身が同交通事故による死を望み、計画していたのなら、なぜシートベルトをし、またFまで同乗させていたのか、②前記事故現場まで行かなくとも、国道四九〇号線上において居眠りをしたという理由をつけて本件同様の事故を発生させることができたこと、③Pが衝突すべき電柱の約一〇メートル手前から制動効果が発生するように急ブレーキをかけたこと、④現場のスリップ痕は右車輪のものが衝突地点の手前9.8メートルから衝突したところまでであり、左車輪のそれは衝突地点の手前4.5メートルからしかないことからして、ハンドルを少し左に切ったので右への遠心力で車の左車輪が浮いたのではないか、などと主張し、右交通事故が故意による事故であることを否定する。

しかしながら、①については偶然性を装うためになしたものと解する余地があること、②については、乙第三三号証の七ないし一四、第三四号証並びに丙第一五号証の四、六及び七によれば、右事故現場は、道路の幅員5.3メートルと狭く、対向車などからの目撃を受けにくい場所であることを指摘でき、③及び④については、前記鑑定意見は、それらを前提としての結論であるといえるので、前記イの鑑定意見を排斥する事情にはならないというべきである。

(4) Aの自殺未遂

Aは、自殺する平成七年四月一三日の五日前である同月八日午後三時三五分ころ、山口県吉敷郡小郡町の自宅マンションで、自己の両手首を切創し、出血しているところを知人に発見され、一一九番通報による救急車で宇部協立病院に搬送されたところ、その間、「死にたい。助けるな。」とわめいていた上、治療中の医師に対し、「どうしたら死ねるのか。」と話しかけていた。

(5) 本件保険事故前のO及びAの言動

ア Oは、暴力団Q組に対し多額の借金があり、その返済に追われていたが、「保険金がおりたら支払うと約束している。」と言っていた上、平成六年三月ころ、Kに対し、Aの借金は生命保険金で返済するから、その間手形を貸してくれと依頼し、同年五月一六日、Kをして手形を振り出させ、その後、書換により、支払期日を平成七年三月三一日に変更したが、その理由として、「生命保険は一年一か月経過すると自殺の場合でも金が出るので、平成七年三月末であれば間違いない。」と言っていた。また、Oは、K以外の周囲の者に対しても、「裁判で請求している保険がおりたら借金を支払う。」と言いふらし、Oの姉であるRに対し、「(本件各生命保険契約を)自分が掛けている。」、「俺は(Aが)死ぬと信じちょる。」、「自殺は金がおりる。保険会社もきたない。早く払え。」と言ったこともあった。さらに、Oに対し約二〇〇〇万円を貸し付けていたSは、Rに対し、「あの保険どうなった」と尋ねたことがあり、Oに対し四五〇〇万円を貸し付けていた山口県小野田市内のW産業の会長も、Rに対し、「裁判の保険金がおりたらもらえる。」という話をしたことがあった。

しかも、Oは、Aとの携帯電話における応答で、「まだ生きちょるんか。ええかげんにせえ。」等と言っており、その後、Rらに対し、「なんぼ使うちょると思うんか。よう(「再々」の意)金、くれくれ言いやがって、死ぬ死ぬいいやがって。なかなか死にやがらん。そねえそねえ(「そんなに」の意)金があるわけがないわあのう。Oさんにも一緒におってえやゆうんぞおー。ばかたれが。」とAをののしる言葉を口にしていた。

イ Aは、Oに対し、「保険金がおりるからそれで借金を返せるので自殺をする。」、「そんなに責めないで、そう云われんでも死んで払うから」、「死ぬことはなかなか出来ない。簡単には死ねない。」、「死ぬ前にもう一度桜の花の咲くのを見てから死にたい。もう少し死ぬのを待ってくれ。」と言っており、Rに対しても、電話で、「お姉さん助けてもらえないでしょうか」と涙声で話してきたことがあった。

(三) 本件保険事故の発生

前記1で認定したごとく、被保険者であるAは、平成七年四月一三日、自殺により死亡した。

(四) 債権者・保証人と称する者によるRの当裁判所への出頭妨害様の行為

乙第三七号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

(1) 被告千代田生命は、平成一〇年六月九日の本件第一七回口頭弁論期日においてRの証人申請をしたので、当裁判所は、これを採用し、同年七月二八日の本件第一八回口頭弁論期日において右証人尋問の実施を予定していた。

(2) しかるに、Rは、同年七月付けで、Tの氏名を差出人として、「債権者七名及び保証人二名」と称する者の名で、R及び夫のUを名宛人として、「来る七月二八日午後一時三〇分、山口地方裁判所に出頭されるとの事聞きました。当日、裁判終了後、あなたが迷惑をかけた多額の債権の件で話し合いをしたいと思いますので、よろしくお願い致します。」との内容の手紙の送付を受けたため、身の危険を感じ、右期日に当裁判所に出頭困難となり、同女の証人尋問の実施に至らなかった。

(五)  ところで、乙第二号証及び丙第四〇号証によれば、本件各約款には、「被保険者が契約日から起算して一年以内に自殺した場合には死亡保険金を支払わない」旨規定していることが認められるところ、かかる約款は、すべての自殺を法定免責事由として定めた商法六八〇条一項一号の適用を、その限りにおいて一部排除したものであると解される。そして、かかる規定を反対解釈すれば、被保険者が右の一年を経過した後に自殺した場合には、死亡保険金が一律に支払われるかのごとくである。

しかしながら、本来、商法の規定の適用を排除する約款の解釈は厳格になされるべきところ、右商法の規定が、生命保険契約において被保険者の自殺を免責事由としたのは、射倖契約としての性質をも有する生命保険契約は、偶然の事実の経過によって事を決することをその本質とするのであるから、契約者又は被保険者において故意に危険を生ぜしめてはならないことは、保険契約上要請される信義誠実の原則として当然のことであり、また、被保険者が自殺した場合にも保険金を支払うものとすれば、自殺の誘発の危険があるとともに、生命保険契約が不当の目的に利用され、保険契約上の危険が予測不可能なものとなって、生命保険契約制度の維持が困難となるので、かかる事態を防止しようとする趣旨によるものである。かくして、本件各約款は、右商法の規定を受けつつ、個々の場合における自殺の目的を究明することが困難であることに鑑み、右法の趣旨を没却せしめない限りにおいて、被保険者が保険契約締結後一年以上経過して自殺した場合には、保険金取得をその唯一又は主要な目的としたものではなく、かえって、これが、何ら保険契約締結の事実とは無関係な事態であると推定されることを前提とした規定と解するのが相当である。

とするならば、保険者において、被保険者の自殺が、保険金取得をその唯一又は主要な目的としたものであること、及び自殺免責期間である右一年の経過と保険事故の発生日時に有意的な相関関係があることを主張・立証すれば、右推定は覆され、本件各約款はその前提を失うことになる。したがって、かかる場合は、本件各約款の存在をもって商法六八〇条一項一号の適用は排除されず、たとえ、被保険者の自殺が保険契約締結後一年以上経過してのものであっても、保険者は免責されるとするのが、前記商法の規定の趣旨、及びこれの適用を排除する約款の規定は厳格に解釈すべきとの前記解釈態度にも適うものと思料される。

(六) そこで、前記(一)ないし(四)で認定した各事実に照らして本件を検討する。

(1)ア 本件各生命保険契約は、その各内容からして、いずれも、企業の役員等の死亡による退職金の支払及び人材の喪失による企業の損失を填補するための、いわゆる経営者保険であるとみられるところ、原告の経営状態、それに照らした保険金額、Aの原告における営業活動を含めた地位等の諸事情を勘案しても、原告が、Aを被保険者として本件各生命保険契約を締結する必要性及びその合理的な根拠は認め難い。

イ むしろ、本件各生命保険契約が締結されるより前に、Oが、Aの前記多額の負債につき、債務整理の委託を受けていたこと、本件各生命保険契約締結前後のO及びAの言動、原告とOとの、丙有限会社及びOの愛人Hを通じての密接な結びつきを併せ考慮すると、原告による本件各生命保険契約の締結には、Oの意向が強く働いており、各保険金を取得することによる右債務整理を目的とするとの可能性が否定できない。

ウ また、本件各生命保険契約締結からわずか五〇日くらい後に、Aは、自損事故を起こし、それからさらに二〇日余後には、Pの運転による前記交通事故が発生しているが、Aは、これによる死亡は免れたものの、重傷を負い、しかも右交通事故は、その態様及び前記(二)(3)イで認定したところの鑑定意見からして、Pの故意により招致されたものとの蓋然性が極めて高い。

エ そして、前記(二)(4)及び(5)で認定した各事実に弁論の全趣旨を照らし合わせると、右交通事故以降、自殺免責期間の一年が経過後の本件保険事故発生に至るまで、Oは、Aに対し、その債務整理ないし自らの債務の弁済のために自殺を教唆ないし強要した事実が推認され、O自身も保険金の取得を見込んだ言動をなしており、実際、右交通事故以降、自殺免責期間の一年が経過するや、わずか二か月余の後に、Aは、自殺未遂をし、さらに、それから五日後には、同女の自殺による本件保険事故が発生している。

(2)  右各事情に加えるに、前記(四)で認定したところの、当裁判所におけるRの証人尋問の実施に対し、同女の債権者及び保証人と称する者らによる脅迫ないし妨害めいた行為がなされた事実を照らし合わせると、本件保険事故と本件各生命保険契約との間には有意的な相関関係が認められ、ひいては、本件保険事故たる被保険者Aの自殺は、原告ないしOにおいて、本件各生命保険契約に係る各保険金を取得させることを唯一ないし主要な目的としていたものと認めざるを得ず、したがって、かかる原告に各保険金を支払うことは、前記(五)における判断にもとるものといわざるを得ない。

(3) 以上に対し、前記1(一)(3)で認定したところの遺書の記載及び甲第二五号証の一部によれば、Aの自殺は、前記交通事故の後遺症を苦にしたものであるかのごとくである。

しかしながら、他方、前記(二)(5)イの認定事実によれば、Aは、本件保険事故前に、OやRに対し、再三、生への執着を示す言葉を口にしていることが明らかなわけであるから、Aの自殺は、前記交通事故の後遺症を主たる理由にしたものとは認め難く、右遺書の記載及び甲第二五号証の一部は、前記(六)(2)の認定を覆すに足りるものとしては採用し得ないというべきである。

3  したがって、Aの自殺が、本件各生命保険契約締結後一年以上経過した後にあったからといっても、本件の場合、本件各約款は排除されて、商法六八〇条一項一号の規定が適用されるので、被告らの免責を認めるのが相当であるから、この点に関する被告らの主張は理由がある。

二  右に検討したところによれば、その余の争点につき判断するまでもなく、原告の本訴各請求は認容し難いところである。

第四  結論

以上の次第により、原告の本訴各請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石村太郎 裁判官向野剛 裁判官上田洋幸)

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