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山口地方裁判所 昭和26年(行)17号 判決 1952年3月13日

原告 山田末一

被告 宇部労働基準監督署長

被告 山口労働者災害補償保険審査会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「(一)被告宇部労働基準監督署長が原告に対し昭和二十五年五月二十一日した治癒並に障害等級の決定を取消す(二)被告山口労働者災害補償保険審査会が原告の審査請求に対し昭和二十六年一月二十六日した審査決定を取消す。」(三)右の各請求が理由のないときは「被告山口労働者災害補償保険審査会がした右審査決定を取消し、原告の障害等級を労働者災害補償保険法施行規則別表の第一の第八級とする。」旨の判決を求め、

その請求の原因として、原告は宇部興産株式会社東見初炭鉱に雇われ稼働中、昭和二十四年五月四日炭車捲揚げ路線のカーブのローラーから外れた捲揚げワイヤーに刎ねられて腰部に打撲傷、右肘部及び右下腿部に外傷を受け、次いで同年九月七日脱線した空函(炭車)にはさまれて右大腿部及び腰部を圧せられて身体障害は益々甚だしくなつた。原告は最初の負傷以来鋭意治療に努めていたが、被告署長は同二十五年五月三十一日原告の災害について治癒と認定し障害等級を労働者災害補償保険法施行規則別表(以下規則別表と言う)第一の第十四級九号と決定したので原告は右決定を不服として訴外山口労働基準局保険審査官伊藤武夫に審査の請求をしたが原告の請求は容れられなかつた。それで原告は更に被告審査会に審査の請求をしたところ、同審査会は同二十六年一月二十六日障害等級を十二級と認める旨の決定をし、右決定書は同年二月四日原告に送達された。

しかし乍ら原告の災害は腰部及び右大腿部挫傷後遺症で加療により軽快する見込のあるものであり、症状固定して医療効果を期待し得ない状態即労災法第十二条第一項第一号の「治つた場合」に該当するものでないから両被告の治癒の決定は不当である。而して障害等級の決定は治癒の場合に始めてなさるべきものであり、「治癒」でない原告に対しては等級決定はなさるべきものでないから等級の決定は不当である。それで原告は右各決定の取消を求め仮りに原告の災害が治癒していても、原告の障害は(一)脊柱外観上第五腰椎棘状突起わずかに後方に突出すると共に腰椎部の生理的後弯増加し(二)胸部は軽度円背を形成し(三)脊柱可動性前屈軽度に障害されているが疼痛を訴えず後屈に際し僅かに疼痛を訴え(四)臀部圧痛点は右陽性、左弱陽性にして膝蓋腱反射両側共出進し、アキレス腱反射両側共正常でラセーグ氏症状は陰性にして腸腰筋症候は弱陽性であり(五)レントゲン線写真上第五腰椎支椎分離症と第一腰椎横突起骨折があり、(六)腰痛並に右下肢に疼痛を遺残して一時間以上の止立、正常歩行及び十五分以上の続歩行は不可能で重労働は勿論中等度の労働も不可能であるという程度のものであるから原告の障害等級は規則別表第一の第八級の三号に該当すべきものである。然るに被告審査会はこれを局部症状と認め同別表第一の第十二級と審査決定したのは違法であるから右審査決定を取消し、原告の障害(補償費)の等級を規則別表第一の第八級の三号とする旨の判決を求めるため本訴に及んだ次第であると述べ、被告等の本案前の抗弁及び答弁を否認した。(立証省略)

被告署長は先づ「原告の請求を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、その理由として本件訴は被告審査会の審査決定に対する不服の訴であるから、処分庁は被告審査会であるべきで被告署長は被告となるべきものではないから請求却下の判決を求めるものであると述べ、次いで本案について、被告署長(訴が却下されないとき)及び被告審査会代表者は主文同旨の判決を求め、答弁として原告が宇部興産株式会社東見初炭鉱に雇われて稼働中、原告主張の日に業務上災害により負傷した事実、原告主張の如く被告署長が原告主張の日に原告主張の如き決定をし、原告が訴外保険審査官伊藤武夫に審査の請求をし、同審査官が原告主張の如き決定をし原告がこれを不服として被告審査会に審査の請求をしたので被告審査会が原告主張の日に原告主張の如き決定をし、右決定が昭和二十六年二月四日原告に送達されたことは認めるが、原告の症状及び原告が治癒していないとの事実及び原告が一時間以上の止立不可能等の事実は否認する。原告の身体障害はその全部が業務災害によるとの点並障害等級が原告主張の如くであるとの点は認め難い。然らば被告署長及び被告審査会の審査決定は正当であつて原告の請求は失当であるから本訴請求に応ずることはできないと述べた。(立証省略)

理由

原告が宇部興産株式会社東見初炭鉱に雇われ稼働中、昭和二十四年五月四日炭車捲揚げ路線のカーブのローラーから外れた捲揚げワイヤーに刎ねられ、次いで同年九月七日脱線した炭車空函に圧せられ各業務上災害を受けた事実及び右災害につき被告署長が同二十五年五月三十一日治癒と認定し障害等級を同規則別表第一の第十四級九号と決定し次いで訴外山口労働基準局保険審査官伊藤武夫の審査決定を経て被告審査会が同二十六年一月二十六日等級を同規則別表第一の第十二級と審査決定をし、同決定が同年二月四日原告に送達されたことに関する原告主張事実は被告の認めるところである。

先づ被告署長の本案前の抗弁について考えるに、被告署長の決定した障害等級は、裁決庁たる被告審査会が、これと異なる決定をしたのでそれにより取消されたと見るべきであること勿論であるが、処分庁である被告署長の右決定の前提である災害治癒の認定処分は裁決庁である被告審査会もこれを認容し治癒の認定の下に障害等級の決定をしたのであり、原告は被告等の障害等級決定の前提である災害治癒の認定の違法をも主張してその取消しを求めているのであるからその限りに於ては被告署長も尚処分庁といえるから被告署長の本抗弁は採用できない。

原告の身体障害が(一)脊柱外観上第五腰椎棘状突起わずかに後方に突出すると共に腰椎部の生理的後弯増加し(二)胸部は軽度円背を形成し、(三)脊柱可動性前屈軽度に障害されているが疼痛を訴えず、後屈に際し僅かに疼痛を訴え(四)臀部圧痛点は右腸性、左弱陽性にして膝蓋腱反射両側共出進し、アキレス腱反射両側共正常で、ラセーグ氏症状は陰性にして腸腰筋症候は弱陽性であり(五)レントゲン線写真上、第五腰椎支椎分離症と第一腰椎横突起骨折があり(六)腰痛並に右下肢に疼痛を遺残している等の点にある旨の原告主張事実は被告等の明らかに争はないところであるから被告等においてこれを自白したと見做すべきところ、右身体障害が業務災害に起因する傷害であるか否かについて争いがあるから考えるに、甲第一号証の四、五、第二、三号証(後記措信しない部分を除く)乙第一及び第二号証の一、二及び証人内藤三郎の証言並に原告本人訊問の結果(後記措信しない部分を除く)を綜合すれば、原告は昭和二十四年五月四日右手、右足首に擦過傷並に腰部に軽度の打撲を受け、同七月二十二日廃療し、更に同年九月七日右大腿部及び腰部に打撲を受けたが、第一腰椎横突起骨折は特に骨骼にひびが入つた程度で八ヵ月乃至一、二年の内に障害を貽さず治癒する程度の軽微なもので、第五腰椎分離症は右骨折により生ずることはなく、又腰部に一、二度の外力を受けて生ずるものではないこと、亦背柱に硬化はないこと、原告の神経症状中、第一腰椎右側の圧痛及び同部より腹腰筋を経て右臀部右下肢後面に及ぶ放散性疼痛は右臀部及び大腿中央部に腫脹が明らかでなく、右下肢に知覚鈍麻筋肉羸痩等なく突側において右大腿及び下腿中央部に左右差なく、亦右下腿下端にも腫脹なく左右差がないから右圧疼痛が著明なものでないことが認められる。そうすると原告の業務災害に基く障害は身体障害中第五腰椎支椎分離症を除く障害であつて、第一腰椎横突起骨折は障害を貽さず治癒する程度の軽微なもので、背柱可動性において前屈に際し軽度に障害され、後屈に際し僅かに圧痛を感じる障害で、第一腰椎右側圧痛及び右臀部右下肢疼痛も著明なものでないことを認定することができ、右認定に反し、腰痛及び右下肢に疼痛を遺残して一時間以上の止立等は不可能であるとの原告主張に沿う甲第三号証及び原告本人訊問の結果は、前掲資料に照し遽に措信しがたく仮りに右の如き事実ありとするもそれは医学的見地から必ずしも右災害に基くものとは認め難く他にも右認定を左右するに足る証拠はない。

次に右神経症状を軽快にする医療方法が存するかについて争いがあるからこの点について判断するに、甲第四、五号証によれば、未だ医学会の定説ではないが山口医科大学は原告の如き障害の場合の治療方法として椎弓切除手術を研究中であるが、現在二十八例実施の結果は大部分軽快に向い良好であることが認められる。

よつて原告の場合も右椎弓切除手術を施行すれば軽快に向う可能性があるから尚療養を行う要があると考えることは前示認定の如く右手術は学会の定説ではなく研究中途のものであるので一般的に通常の療養として施行できないとするを相当とするから肯定できない。而して他に右認定を左右する証拠はなく又他に原告の障害を軽快にする医学療法を認めることのできる証拠もない。

以上を綜合すれば被告等の災害治癒の認定処分被告審査会の障害等級を十二級とする旨の決定は結局いずれも相当であり、又原告の行政処分を変更し障害等級を規則別表第一の第八級とする旨の判決を求める請求は裁判所の判断作用の域を超えるものであつて許されないから排斥すべきものである。よつて原告の請求はすべて理由がないのでこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとをり判決する。

(裁判官 御園生忠男 黒川四海 大前邦道)

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