山口地方裁判所 昭和26年(行)31号 判決
原告 北川チエノ
被告 山口県知事
補助参加人 内田ヨ子
一、主 文
被告が山口県玖珂郡神代村字瀬戸四千百三十番地の五、田三歩及び同所同番地の六、田一反二十六歩につき、昭和二十五年三月三日附山口県報に公告して為した買収処分は無効であることを確認する。
訴訟費用中補助参加人の参加に因つて生じた部分は補助参加人の負担とし、その余は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一項同旨並に訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求原因として次のように陳述した。
原告は米国領ハワイ島ヒロ市に生れ、同市に現住し、米国と日本の両国籍を有する者である。主文第一項掲記の二筆の土地(以下これを本件土地という)はいずれも原告の所有であるが、これにつき訴外神代村農地委員会が昭和二十四年四月八日自作農創設特別措置法(以下これを自創法という)第三条第一項第一号に該るものとして買収計画を樹立し、訴外山口県農地委員会が同年六月三十日右買収計画に承認を与え、被告は右買収計画に基いて買収令書を発行し、これをば原告に交付せず右令書の交付に代るものとして昭和二十五年三月三日附山口県報に右令書記載事項を公告してこれを買収した。しかしながら本件買収処分は次に述べるような理由によつて当然無効であるから原告はその無効確認を求めるものである。
一、原告は前述の如く長年ハワイ島ヒロ市に居住しているが、時々内地と往来し、本件土地の所在地たる玖珂郡神代村字瀬戸には本件土地を含む原告所有財産の管理人を置いているのであるから本件土地が原告の所有であることや原告がハワイ島ヒロ市に居住していることは判然としている。しかも本件買収計画が樹立されるやこれに対し当時本件土地等の原告所有財産を管理していた訴外柳原岩松が原告を代理して昭和二十四年四月十八日原告の現住所をハワイ島ヒロ市と明記した書面を神代村農地委員会に提出して異議申立をしているのであるから被告は原告に対し本件買収令書を郵送交付することが容易にできた筈であり、従つて本件買収処分当時の状況は自創法第九条第一項但書にいう「令書の交付をすることができないとき」に該らないものであつて、令書の交付に代るものとして為された前記公告は無効である。被告は前記の異議申立書に記載された原告住所の真偽が不明であつたというが、これは非常識極まる言であつて右柳原岩松に確めてみれば真偽の程は即座に判明した筈であり又ハワイ島ヒロ市というだけでは令書の郵送交付ができないというが、これはハワイの実情を知らぬ者の言であつてヒロ市は市とはいつても日本の市とは異り人口僅か一万五千内外に過ぎず、原告宛の郵便物はハワイ島ヒロ市北川チエノ宛で充分に原告に届くのである。更に被告は被告が本邦に土地を所有するハワイや米国居住の在外邦人に一々外国郵便を以つて買収令書を送達することは著しく困難であつたから前記公告は同法右条項但書の場合に該るものとして適法であると主張するが、被告は昭和二十三年十二月二十日附昭和二十三年農政第四三二八号都道府県知事宛農林次官通牒により在外邦人及び二重国籍者所有農地を買収した場合は当該買収令書及び日本国籍の有無を確める旨の通知書を本人宛直接書留郵便で送付すべきものとされているのである。
二、前述の如く本件買収計画が樹立されるやこれに対し当時本件土地等の原告財産管理人であつた柳原岩松が原告を代理して昭和二十四年四月十八日神代村農地委員会に異議申立をしたのであるが、これに対する決定が為されないまゝ同年六月三十日買収計画承認、続いて買収令書発行と本件買収手続が進められ、同年八月二日に至りようやく右委員会は原告の異議申立は相立たないと決定した。しかも右委員会はその決定書謄本を原告に交付せず、その為原告は訴願も為し得ず時を経るうち前記公告が為されたものである。被告は柳原岩松は原告の異議申立代理人でなかつたと主張するが、不在者の土地管理人は本人を代理して当該土地に関する保存行為を為す権限を有するのであるから同人は原告を代理して本件買収計画に対する異議申立や訴願は勿論取消訴訟の提起すらできるものと解すべきである。
三、本件土地は公簿上の地目が田地となつているが、元来これは原告の父である訴外北川磯治郎が昭和九年七月本件土地附近の山林宅地十数筆と共に別荘敷地とする為他人から買受けたものであつて、当時同人は石垣を築き地上げをしてこれを宅地とし、こゝに観賞用梅樹数十本を植えて庭園としていたものである。原告は昭和十六年六月本件土地の所有者となつたのであるが、その頃から日本への帰来不如意となつたので訴外内田憲一及びその妻補助参加人内田ヨ子に本件土地等の財産管理を依頼した。しかるに同人等は昭和二十二年九月頃当時の食糧難を克服する為原告に無断で本件土地上の梅樹を他に移植してこれを菜園畑にした。しかしこれは一時的のものであつて本件土地は前叙の如く本来別荘地内庭園であつて自創法第二条第一項にいう農地に該らない。本件土地上にかつて建物の存したことがないとの被告主張はこれを争う。
四、右内田憲一は元山陽線大畠駅々長であつたがこれを罷めてから右憲一も前記ヨ子も別に職業もなく、もとより耕作の業務を営んでいるものでもない。又原告は前述の如く右内田夫妻に本件土地の管理を依頼した事実はあるが、賃貸は勿論使用貸借によつて貸したこともない。従つて原告は同人等に管理料を支払いこそしたが地料等は一切受領していないのである。この点につき原告は原告が昭和十六年に本件土地を内田憲一に使用貸借によつて貸したものであるとの被告主張を一旦認めて自白したが、この自白は真実に反し且つ原告訴訟代理人の錯誤に基くものであるからこれを撤回する。要するに本件土地は自創法第二条第二項にいう小作地ではない。
五、仮に本件土地を農地と認むべきものとしても本件土地は大畠瀬戸に臨む景勝の地であつて観光ホテルの敷地として嘱望されており、近い将来に於て宅地化する土地である。従つてこれは自創法第五条第五号にいう「近く土地使用目的を変更することを相当とする農地」に該るから神代村農地委員会が同条同号所定の指定手続を為さずして買収計画を樹立したのは違法である。
被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、次のように陳述した。
原告がハワイ島に住所を有し、米国と日本の両国籍を有すること、本件土地が原告の所有であつたこと及び本件土地についての自創法による買収計画樹立、その承認、買収令書発行、令書の交付に代る公告が原告主張のような経過を辿つて行われたことはこれを認める。原告主張の
一、の事実中柳原岩松が原告の本件土地管理人と称してその主張の日神代村農地委員会に対し原告の現住所としてハワイ島ヒロ市と記載した書面を以つて本件買収計画に対する異議申立をしたことはこれを認めるが、その余の事実は争う。本件買収処分の当時被告には原告の住所が判明せず、又神代村農地委員会に於ても右異議申立書に記載された原告住所の真偽が不明であつた。仮に原告の住所が被告に判明していたとしてもハワイ島ヒロ市というだけでは買収令書の郵送交付はできない。従つて被告は原告に買収令書の交付ができなかつたのである。仮に右の主張が理由ないとしても被告が本邦に土地を所有するハワイや米国居住の在外邦人に一々外国郵便を以つて買収令書を送達することは数万枚の多きに達するこの種買収令書を発行する被告にとつては著しく困難であり、自創法第九条第一項但書にいう「令書の交付をすることができないとき」とは右のように買収令書の送達が著しく困難な場合をも含むものと解すべきであるから本件買収手続に於て被告が令書の交付に代えて前記公告を為したのは適法である。
二、の事実中前述の如く柳原岩松が神代村農地委員会に異議申立を為し、これに対し同委員会では原告主張の日右異議に対する決定をしたこと、及びその決定書謄本を原告に交付していないことはこれを認めるが、右柳原岩松は本件買収計画に対し原告を代理して異議申立を為す権限を有しない者であるから右の異議申立は原告から為されたものではなく、従つて右異議に対する決定前に買収計画承認、買収令書の発行と買収手続が進められ、又右決定書謄本を原告に交付しなかつたとしても本件買収処分が無効となるものではない。
三、の事実中本件土地の公簿上地目が田地であること、本件土地は原告の父北川磯治郎が昭和九年頃他人から買受け一時これに梅樹を植えたこと及び本件土地の現況が菜園畑であることは認めるが、昭和十七年本件土地の一部が水害を蒙つて流失した際その賃借人内田憲一は原告の承諾を得て右梅樹を徐々に撤去し爾来本件土地をば野菜畑として使用しているものであるから本件土地は現況農地である。仮にこれを宅地とみるべきものとしても、右に述べたとおり本件土地はその地目が農地であるうえ現に野菜畑として使用されており、かつてこの上に建物の存したことがないからこの点についての本件買収処分の瑕疵はこれを当然無効ならしめる程明白なものではない。
四、の事実については内田憲一は本件土地の外耕作地を有しないが農業を営む者であつてその主たる収入を本件土地の耕作によつて得ているのであるから自創法第二条第二項にいう「耕作の業務を営む者」に該り且つ本件土地は昭和十六年同人が原告から賃借したものであつて、仮にしからずとしてもその頃原告から使用貸借によつて借りたものであるから本件土地は同法右条項にいう小作地である。尚原告が使用貸借についての被告の右主張を自白したに拘らずこれを撤回することには異議がある。
五、の事実はこれを争う。
補助参加代理人は次のように陳述した。
補助参加人は今次農地改革の実施により本件土地を政府から売渡を受けてその所有者となり、これによつて農業を営んでいるものである。若し被告が本訴に於て敗れ政府の右売渡処分が取消されると参加人は本件土地の所有権を失うことになるので本件訴訟の結果につき重大な利害関係を有する。それで被告を補助する為参加の申出をした次第であつて、事実関係については被告指定代理人の陳述を援用する(証拠省略)。
三、理 由
本件土地がハワイ島に住所を有し、日本と米国の両国籍を有する原告の所有であること、神代村農地委員会が昭和二十四年四月八日本件土地を自創法第三条第一項第一号に該る農地として買収計画を樹立し山口県農地委員会が同年六月三十日右買収計画に承認を与え、被告が右買収計画に基いて買収令書を発行したがこれを原告に交付せず、昭和二十五年三月三日附山口県報に右買収令書の交付に代るものとしての公告を為して本件土地を買収したことは当事者間に争いがない。
先ず、原告は本件買収処分当時の状況は自創法第九条第一項但書にいわゆる「令書の交付をすることができないとき」に該るものではなかつたから買収令書の交付に代るものとして為された右公告は無効であると主張し、被告はこれを争うのでこの点を考察してみるに、成立に争いない甲第七号証によれば本件買収計画に於ては原告の住所が玖珂郡神代村とされておつたことが窺れるし、又本件買収処分当時被告には原告の住所が明確に判らなかつたものと推認されるが、証人青木久一(第一、二回)同三戸友太郎、同山元増蔵、同平原チエ、同柳原岩松、同山重裕保、同稲本宗治の各証言に成立に争いない甲第一号証の二、第五号証の一、二、三、五、六、七、第八号証右青木久一(第一回)の証言によつて真正の成立を認め得る甲第四号証及び検証(第一、二回)の結果並に弁論の全趣旨を綜合すると原告は大正十二、三年頃ハワイに渡り爾来父北川磯治郎と共にハワイ島ヒロ市に居住していること、右磯治郎は昭和九年頃玖珂郡神代村字瀬戸の大畠瀬戸の景勝に臨む山林、宅地等十数筆(この中に本件土地を含む)を別荘敷地とする目的で他から買受けたうえ本件土地の東隣りに接する台地上に別荘を建てその後原告は昭和十二、三年頃に一度この別荘に来ただけであるが右磯治郎は本件買収計画が樹立されて間もない昭和二十四年四月二十二日に右別荘に来て同年六月三日迄滞在したこと、これらの財産は昭和十六年に原告の所有名義となつたのであるが、北川家では右別荘に当時留守番を置き、昭和十六年十月以降は同年六月本件土地南隣宅地四十坪を原告から賃借した内田憲一とその妻補助参加人内田ヨ子が右留守番をしていたが、昭和二十三年十月以降は右磯治郎とその妻同士が姉妹である柳原岩松がその留守番になり、これら財産に関する税金は同人が原告に代つて神代村役場に納め、そして右内田夫妻は右賃借宅地上の自宅に居住して従前どおり本件土地を耕作していたこと、従つて昭和二十四、五年頃原告の住所若くは原告宛の郵便物宛先を知りたいと思う者が神代村に来て右柳原岩松か内田ヨ子等に尋れば容易にそれを知り得る状況にあつたこと、以上のような事情にあつたうえ柳原岩松が本件買収計画の縦覧期間内である昭和二十四年四月十八日原告の財産管理人として(果して同人が本件土地について原告の財産管理人であつたか否かは措く)原告の住所をハワイ島ヒロ市と正しく記載した異議申立書を神代村農地委員会に提出したので右異議申立の適否に拘りなく同委員会としては本件買収計画に原告の住所を明確に示すことが充分可能であつたこと、及び日本からの原告への郵便物はハワイ島ヒロ市私書函三六七北川チエノ宛とすれば最も確実に原告に届くが、ハワイ島ヒロ市北川チエノ宛としたゞけでも充分原告に届き昭和二十四、五年頃に於ても右と異る特段の事情は存しなかつたことが認められる。以上の認定を動かすに足る証拠はない。しかして自創法による知事の農地買収処分は市町村農地委員会が樹立し都道府県農地委員会の承認した買収計画に従つてこれを為す建前であるから買収計画を樹立する市町村農地委員会としてはその樹立した買収計画に可能な限り農地所有者の住所を特定的に表示し(自創法第六条第五項、第九条参照)それによつて知事がその農地所有者に買収令書の交付ができるようにすべきものと解されるが、前記認定の事実関係のもとに於ては神代村農地委員会は本件買収計画に於て原告の住所を少くともハワイ島ヒロ市と示すべきであつたに拘らずこれを為さなかつたものと謂わざるを得ないし、従つて本件買収処分当時被告に原告の住所が明確に判明していなかつたとしてもそれは本件買収手続の第一次的関与機関なる右委員会の右のような義務違反に基くものであり、且つ若し右委員会のかゝる義務違反がなかつたとすれば被告は容易に原告の住所を知り、原告に対し本件買収令書を郵送交付することができたものと認められるのであるから本件買収処分当時の状態は自創法第九条第一項但書にいう「令書の交付をすることができないとき」に該らないものと認めるのが相当である。尚被告は被告が本邦に土地を所有するハワイや米国に居住する在外邦人に一々外国郵便を以つて買収令書を送達することは数万枚の多きに上るこの種買収令書を発行する被告にとつては著しく困難であり、同法右条項但書にいう「令書の交付をすることができないとき」とは右のように買収令書の送達が著しく困難な場合をも含むものと解すべきであるから本件買収手続に於て被告が令書の交付に代えて前記公告を為したのは適法であると主張するが、被告が在外邦人に対し数万枚の買収令書を発行したとの点について全然立証がないのみならず本件買収処分の当時ハワイに居住する者に対し買収令書を交付することが著しく困難であつたとは認められないから右の主張は採るに足らない。されば本件に於ける前記の公告は自創法第九条第一項但書に違反して為されたものであつて買収令書の交付に代る効力を生ずるに由ないものであるから本件買収処分は爾余の争点について判断するまでもなく無効であるといわなければならない。
よつて原告の本訴請求を理由あるものとして認容し、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条第九十四条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 河辺義一 榧橋茂夫 宮崎富哉)