大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所 昭和27年(行)24号 判決

原告 下松土地株式会社

被告 山口県農業委員会

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し下松市大字東豊井字舟入八百五十八番地の一、田一反二畝四歩につき昭和二十七年八月三十日附を以つて為した訴願裁決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めその請求の原因として次のように述べた。

右請求の趣旨記載の土地は原告の所有であつたが、訴外下松市下松地区農業委員会は昭和二十六年十二月二十二日これにつき自作農創設特別措置法(以下自創法という)第三条第五項第四号により買収すべきものとして買収計画を樹立し、昭和二十七年六月五日原告にこれを通知したので原告は同年六月十一日同委員会に異議申立を為したところ同委員会は同年八月五日「異議申立は相立たない」と決定した。それで原告は右決定に対し同年同月十一日被告に訴願したところ被告は同年同月三十日附の裁決書で「法人の所有する小作地として買収した地元委員会の処置妥当と認められる」との理由を付して「異議の申立は相立たない」と裁決し、その裁決書は同年九月十三日原告に送達された。しかし本件買収計画及び本件訴願裁決手続には次のような違法があるから原告は本件訴願裁決の取消を求める。

一、本件土地のうち別紙図面の青色部分に当る約一畝十歩は昭和二十年の空襲の被爆によつて生じた泥沼であつて農地ではないから買収計画の対象から除外すべきである。しかるに下松地区農業委員会はこの部分をも含めて本件土地全部につき本件買収計画を立てた。尚この部分が買収を免れゝば原告はこれを食用蛙の養殖場として利用することができる。

二、前項に述べたように本件買収計画は買収すべき農地と買収すべきでない泥沼とを区別しないで本件土地全部について定められた結果買収すべき農地の区域が明確に特定されていない。

三、本件土地は下松市都市計画区域内にあつて将来右都市計画により新設される恋ケ浜、鳥越線道路が現存の通称産業道路と合流すべき枢要部に位置し、その一部は右恋ケ浜鳥越線の敷地に予定されており、昭和二十三年十二月二十五日下松市長から山口県知事に対し自創法施行規則第七条の二、の三、による都市計画関係の売渡留保地としての指定を申請した土地である。従つて本件土地は自創法第五条第五号にいう「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」に当るからこれにつき買収計画を立てることはできないものである。

四、本件買収計画には買収の時期と対価が定められていない。

五、本件訴願裁決はその主文で「異議の申立は相立たない」としたゞけであつて、訴願そのものに対する判断即ち原告の為した訴願の直接対称である下松地区農業委員会の為した前記異議却下決定の当否についての判断を遺脱している。

六、原告が被告に為した訴願は本件土地が近く使用目的の変更を相当とすること及び本件土地の中には空襲被爆による農耕不適の荒廃地があることを訴願理由としたものであるが本件訴願裁決は原告の右訴願理由に対し何らの判断を示していないから訴願法第十四条にいう理由を付したことにはならない。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、次のように答弁した。

原告の主張する請求原因事実中本件土地が原告の所有であつたこと本件土地に対する買収計画樹立、通知、異議、訴願が原告主張のような経過を辿り、昭和二十七年九月十三日訴願裁決書が原告に送達されたこと、及び別紙図面の青色部分に当る場所が昭和二十年の空襲被爆により泥沼状を呈していることは認めるがその他の事実は全部否認する。乃ち右泥沼状の場所については被爆当時の面積のうち三分の二以上は已に耕作地として復旧したものであつて残存部分も徐々に埋め立てられやがて農地となるのであるからこれは農地というべきである。仮に農地でないとしてもこれは周囲が農地に囲まれた孤立した存在であるからこれを買収計画から除外してもその所有者は泥沼状に荒廃したまゝ放置する外なく、従つてその者にとつて価値がないのみならず、これにより農地部分所有者の耕作が妨げられ、公共の福祉に適合しないからこの部分が非農地であることを前提とする原告の主張に対しては行政事件訴訟特例法第十一条第一項を適用すべきである。本件土地については自創法第五条第五号所定の指定が為されておらず又本件土地は数十年来の水田であつて近く土地使用目的の変更を相当とするものではない。訴願手続に於ては民事訴訟手続に於てのように当事者主義が行われず専ら職権主義が行われるのであるから訴願裁決の理由に於て必ずしも訴願人の訴願理由に対する判断を示す必要はない。のみならず「………地元委員会の処置妥当と認められる」というのは訴願理由の採用し得ないことをも意味するのであつて訴願法第十四条にいう理由として欠けるところがない。これを要するに本件訴願裁決は適法である(立証省略)。

三、理  由

下松地区農業委員会が昭和二十六年十二月二十二日原告の所有であつた本件土地につき自創法第三条第五項第四号により買収すべきものとして買収計画を樹立し、昭和二十七年六月五日原告にその通知があつたので原告は同委員会に異議申立をしたが却下され、原告は更にこの却下決定に対し被告に訴願したところ被告は昭和二十七年八月三十日附裁決書で「異議の申立は相立たない」と裁決し、その裁決書が同年九月十三日原告に送達されたことは当事者間に争いない。以下順次争点につき判断する。

一、本件土地のうち別紙図面の青色部分に当る約一畝十歩が泥沼であつて農地ではないからこれを除外せずに本件土地全部を対象とした本件買収計画は違法であるとの原告の主張について。

別紙図面青色部分に当る場所が戦時中の空襲による農地被爆部に水が溜つて泥沼状を呈していることは被告の認めるところであるが、検証の結果甲第五号証(成立について争いない)、証人内山栄松、藤田春一の各証言を綜合すると右被爆当初は泥沼状場所の面積が現在の二倍位あつたがその後本件土地の耕作者である内山栄松が徐々にこれを埋め立て本件買収計画公告当時である昭和二十七年六月頃にはほゞ現状程度迄に耕作地として回復していたこと、泥沼状場所の面積は全体では現在でもかなり広いがその大部は別紙図面に示すように本件土地の北側隣接地に属しており、その本件土地に属する部分は右泥沼状場所南東周辺の狭長な浅い部分(別紙図面青色部分中斜線を施した部分)であつてその面積も僅か七歩位に過ぎず、従つて若し右内山がこの部分を埋め立てゝ耕作しようと思えばいつでも容易にそれが可能と認められること、しかし同人は泥沼状の場所全部の埋め立ての都合上これをば徐々に行うことゝし、この部分を含む泥沼状場所周辺の浅いところに稲を栽培していることが認められる。しかして農地の一部が一時的事情の為に耕作不能となつていても、若し耕作者に於てその部分をも耕作しようと思えばいつでも容易にそれが可能な場合は当該土地を全体として自創法にいう農地というべきであつて本件土地は正にこれに当るから原告の主張は採用できない。

二、本件買収計画は買収すべき農地と買収すべきでない泥沼とを区別しないで本件土地全部について定められた結果、買収すべき農地区域を明確に特定していないから違法であるとの原告の主張について。

市町村農業委員会(地区農業委員会をも含むものとする。以下同じ)が農地買収計画を立てるには自らの判断に基いて政府が買収すべきもの若しくは買収を相当とするものにつきこれを為すのであつて、たとえ客観的に見てその判断に過誤があるとしても買収計画に於ける買収対象特定の問題としては当該買収計画に於てどの土地が若しくはどの土地のどの部分が買収されるのかが明確になつておりさえすれば瑕疵はないのである。本件買収計画が下松市大字東豊井字舟入八百五十八番地の一の土地を対象としていることは原告自ら認めるところであり、それが特定されていることは言うまでもない。従つて原告の右の主張が何を言わんとするのか必ずしも明かでないが、若しそれが下松地区農業委員会が本件買収計画を樹立するに際してはその対象として本件土地を特定した外に本件土地のうち事実上農地であつて本来買収すべき農地部分を特定すべきであつたのにこれを為していないというのであれば、農地買収計画そのものに於ては買収すべきものとされる土地と別個に本来買収すべき農地なるものは在り得ないのであるからその特定を要求する原告の主張はそれ自体無意味であり、若しそれが本件買収計画はその対象として本件土地全部ではなくその泥沼部分を除いた事実上農地の部分だけを定むべきであつたというのであれば、これは買収計画の買収対象不特定の問題ではなく、その趣旨は結局本件土地の泥沼部分については買収計画から除外すべきであつたとの前項の主張に帰するものと考えられるがこれについての判断は已に述べたとおりである。

三、本件土地は自創法第五条第五号にいう「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」に当るのにこれについて買収計画を立てたのは違法であるとの原告の主張について。

原告の右主張に対し被告は本件土地については同号所定の指定が為されていないと抗争し、右指定のない以上本件農地がたとえ原告主張のようなものであるとしてもこれにつき買収計画を立てたのは違法でないと主張するものゝようであるからまずこの点から考えるに、市町村農業委員会が農地につき同法第三条の買収計画を樹立するに当つて、客観的にみて「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」は都道府県農業委員会の承認を得て同号所定の指定を行い、これを同法第三条の対象から除外するというのが自創法第五条第五号の趣旨と解されるから本件土地につき仮令同号所定の指定がなされていなくとも若しそれが客観的にみて同号にいう「近く土地使用の目的を変更することが相当な農地」に当るならばこれについて買収計画を立てたのは違法である。そこで進んで本件土地が原告主張のようなものであるか否かについて考えてみるに、本件土地は藤田春一の証言によるとずつと以前から水田として耕作されてきたものであつて、検証の結果によれば下松市から光市に通ずる通称産業道路(幅員十五米)の北側百米以内の近傍にあるが、下松市の中心繁華街からは相当離れており、その四周の状況はその南側は本件土地より約三尺高位に造成された住宅地、東側も本件土地より約三尺高位にある一筆の水田を置いて住宅地、西側は本件土地と同一平面にある一筆の水田を置いて約三尺高位の前記産業道路が走り更にその西側が株式会社日立製作所笠戸工場の敷地となつているが北側は下松市北方の山麓まで途中山陽本線が東西に走つている外は本件土地とほゞ同一平面の水田が続いていることが認められる。右認定のような沿革、位置、地形、四周の状況から客観的に判断すると本件土地が自創法第五条第五号にいう「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」とは言い難い。証人石井成就の証言及び甲第三号証(成立について争いない)によれば下松市都市計画による恋ケ浜、鳥越線の道路が本件土地の一部を通りこの附近で前記産業道路と合流することに予定されており又本件土地が下松市第二次土地区画整理施行予定区域内にあることが認められるが、自創法第五条第四号が土地区画整理を施行する土地や都市計画による道路等の施設に必要な土地の境域内にある農地を直ちに買収から除外すべきものとせず、かゝる農地のうち都道府県知事が指定する(この指定は自由裁量処分と解される)区域内にあるものだけを買収から除外すべきものとしていることに鑑みると右石井証人の証言によつて認められる事実から直ちに以つて本件土地が同条第五号の「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」といえないことは明白であり、しかも同証人の証言によれば右恋ケ浜、鳥越線道路新設の都市計画事業がいつから着手されるのか全然予想がつかず、のみならず経済事情その他の関係から右予定線の走路が変更されて本件土地を通らないようになる可能性がないわけではなく、又右第二次土地区画整理についてもその施行時期が具体的に定まつていないことが認められるから本件土地を以つて自創法第五条第五号の「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」に該当しないとするさきの認定は動かない。それでこの点についての原告の主張も採用できない。

四、本件買収計画には買収の時期と対価が定められていないから違法であるとの原告の主張について。

下松地区農業委員会が昭和二十六年十二月二十二日本件買収計画の樹立を決議した会議の議事録たる甲第一号証(成立について争いない)には買収の時期及び対価についての記載がないが、証人相本秋一の証言及び乙第一号証(成立については争いない)に本件買収計画が昭和二十六年十二月二十二日決議されたのに昭和二十七年六月五日に至つて原告に通知されている事実を併せ考察すると、右決議の際下松地区農業委員会では買収の時期について後日山口県当局からの事実上の指示が予定されていたのでその指示される時期を以つて本件買収計画等の買収の時期とすることに定めたこと、田地の買収の対価については以前から画一的に賃貸価格の四十倍とすることに定められていたこと、従つて特に改めてこれについて定める必要がなかつたこと、しかるところ昭和二十六年六月はじめに至り山口県当局から本件買収計画等の買収の時期を昭和二十七年九月一日とする旨の指示があつて買収の時期が確定したので同委員会では買収の時期を昭和二十七年九月一日、買収対価を九百六十円(本件土地の賃貸価格二十四円の四十倍)とする本件買収計画をその頃公告したことが認められ、藤田春一の証言中右認定に反する部分は信用できず他に右の認定を左右するに足りる証拠はないから原告の主張は採用できない。

五、本件訴願裁決はその主文で「異議の申立は相立たない」としたゞけであつて訴願そのものに対する判断即ち原告の為した訴願の直接対象である下松地区農業委員会の為した本件異議却下決定についての判断を遺脱したから違法であるとの原告の主張について。

原告が下松地区農業委員会の為した本件異議却下決定を対象として被告に訴願したこと並に被告が本件訴願裁決の主文で「異議の申立は相立たない」としたことにつき当事者間に争いないことは已に述べたとおりである。そして原告の右訴願に対する裁決の主文として右の措辞が妥当を欠くことは冗々説明するまでもない。しかし訴願裁決書の方式については何ら法定するところがないのであるから訴願裁決庁が訴願に対する判断をしたか否か、若し判断をしたとすればいかなる判断をしたか等は裁決書の主文の措辞のみでなく裁決理由その他裁決書の記載全体を見て決すべきものである。右の見地から本件訴願の裁決書である甲第二号証(成立につき争いない)を見ると本件訴願裁決に於て被告は下松地区農業委員会の立てた本件買収計画を是認すると共に同委員会の為した本件異議却下決定をも正当として是認したことが窺われ前記主文はこの判断の結論として実質上原告の訴願を棄却する趣旨を示したものと認められるから本件訴願裁決に於ては訴願そのものに対する判断がなされているものと謂うべくこの点についての原告の主張も採用できない。

六、本件訴願裁決は原告の訴願理由に対して何らの判断を示していないから訴願法第十四条にいう理由を付したことにならない違法があるとの原告の主張について。

原告の右主張に対し被告は訴願手続に於ては専ら職権主義が行われるから訴願裁決の理由に於て必ずしも訴願人の訴願理由についての判断を示す必要がないと主張するので先ずこの点から考えてみる。凡そ法が意思表示に理由を付すべき旨を規定している場合に於て仮令形式上理由を付してあつてもそれが理由を付すべきものとする当該法意を没却する程に瑕疵がある場合は当該法条にいう理由を付したものと言えないことは事理当然である。訴願法第十四条が訴願裁決に理由を付すべきものとした法意は主として訴願人に対し裁決主文の由つて生ずる推論過程を説明し以つて違法不当な行政作用に対する人民の権利利益救済制度たる性質をも有する訴願制度の目的を担保しようとするにあると解されるから本件訴願裁決のように訴願裁決庁が訴願請求の本案について審理した結果訴願を理由なきものとして棄却する場合は訴願人の不服の由つて来たる根源である訴願理由に対し応答すべきであつて若し裁決がこれを欠く場合は前記の法意を没却するものとして同条にいう理由を付したことにならないと解する。そしてこのことは訴願手続に於ては裁決庁が訴願人の訴願理由に拘束されずに職権で原処分の適否を判断することゝ矛盾するものではない。そこで進んで原告の訴願を棄却した本件裁決がその訴願理由に対し応答したか否かを審究するにまず原告が本件土地が近くその使用目的を変更することが相当であること及び本件土地の中には農耕不適の荒廃地があることを訴願理由として訴願したこと及び本件訴願裁決がその直接の理由として「法人の所有する小作地として買収した地元委員会の処置は妥当と認められる」と示しただけであることは被告の明かに争わないところである。しかし本件訴願裁決書たる甲第二号証の記載の体裁を見ると右裁決理由は原告の前記訴願理由、これに対する下松地区農業委員会の弁明要旨の順で争点が摘示された後に右争点に対する判断の形で示されているのであつて、その説明いさゝか簡に失する嫌いがないではないが右争点の摘示と相俟つてこれにより原告の訴願理由をすべて採り得ないものとして排斥する旨の応答をも併せ示したものと認められ、従つて本件訴願裁決は訴願法第十四条の理由として適法なものを付しているから原告の主張は採るを得ない。

以上のとおりであつて本件訴願裁決には違法の点がなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 河辺義一 榧橋茂夫 宮崎富哉)

(図面省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!